5 中央護衛連隊、次期連隊長推考議会の決定
フィンスはエルベス公の、アイリスとの血統を示すような巧みな弁舌で皆の中に、ギュンターは中央護衛連隊長として相応しい、十分な実力と実績を兼ね備えた適任者である。と強く印象付けるのを、安堵の心持ちで拝聴していた。
更に身分が伴わないとの批判にも、ダーフス大公と口を揃え
「彼に、連隊長に相応しい身分を与える準備がこちらにはいつでもある」
と言って反対意見を退け、更に所用で遅れて着いたダンザイン迄もが
「彼程人命が尊いと知って居る者は居ず、他の候補から抜きんでており、近衛の実績もそれを物語っている。
あれ程の激戦のさ中、部下を一人も失わずに帰還出来る隊長が、他に居ようか?」
と発言し、ディアヴォロスの側人カッツェの
「代理として、座っているだけでいい」
の言葉道理に成りそうで、胸を撫で下ろした。
だが、強固な反対意見を発言していたゲロス公がとうとう黙り、議長が会議の終了を、告げようとした、その時だった。
使者が駆け込み、ゲロス公に耳打ちし、ゲロス公が顔を上げて議長に合図する。
エルベス公もダーフス公も一瞬顔を見合わせ、そして…議長がゲロス公に、発言の許可を与えるのを、見守った。
ゲロス公は立ち上がる。
彼はグーデンの、叔父に当たった。
その甥の為に、もう一肌脱ぐ気か。と皆が見守る中、彼は渋い顔でそれを告げる。
「…確かに、候補者の一人グーデンは私の甥だ。
が、選出は公平であるべきだ。
そちらの押すギュンター隊長は、実績がある。と推薦者の方々は申される。
ではそれを、実証して頂こう。
我が甥グーデンも、皆に相応しい実証を、示す機会を切望している。
何せ彼所属の宮中護衛連隊は、激戦等無くそれを示す機会を、与えられていない」
エルベスが、まさか…!とゲロス公を凝視する。
「幻影判定で、甥グーデンは貴方方に、長足るに相応しい実力を示すだろう」
皆が一斉に、ざわめいた。
幻影判定とは、候補の実力が切迫している時、仮定の幻の中でその実証を、示す。と言うもので、候補者、そして判定者達は共に神聖神殿に出向き、幻術使い達の集う中で眠り、夢の中で仮定の戦闘での彼らの戦い振りを、観戦する。と言うものだ。
無論、候補者は夢でありながら幻術者達の見せる、実際の戦闘で戦うし、ヘタをすればその場で命を落とし、二度と目覚めない。という危険を伴う判定だった。
が、中央護衛連隊。と言う重責を担う者が幻の戦闘で死ぬのでは、話に成らない。
かつて数度その判定は行われ、選び出された者は全てが、『私欲の民』を断固として退ける剛の者ばかりで、その判定は最も信頼出来る選出方法として、皆の信頼を勝ち取って来た。
エルベスは幾度も、それを口にしようとした。
が、ダーフス公は首を横に、振った。
誇り高い「左の王家」の血を継ぐ者が、自ら“良し”としない判定を強行すれば、後々面倒な遺恨を残す。と。
グーデンは本当に、剣が使えなかったので。
もしそれを言い出せばあちらは、殺気立ってそれを言う者の暗殺も辞さない程、追い詰められるだろう。
選出に凶行は、避けるべきだ。
神聖神殿隊、神聖騎士団の推薦を得るだけで十分な説得力があるから、それで押し切る方が無難だと。
だからダーフス大公は、それを言ったゲロスを目を見開き見つめた。
“気が狂ったのか?”
そんな瞳でダーフスに見つめられ、ゲロスは不機嫌な表情で、本心は全くの不本意だ。と言う顔を、崩さなかった。
エルベスはつい、皮肉にささやいた。
「ギュンターを上回る実績を、そちらは示せるとお考えのようだ」
二人の実力を知る者なら誰もが、ヘタをしたらグーデンは目覚めず、そのまま葬式を出す羽目に成るだろう。
と予測した。
ダンザインですら、ゲロス公を見つめる。
神聖神殿隊が管理する以上、不正が入り込む余地が無い。
また判定者達は共に眠り、事の次第を見守る役目を担い、彼らの戦いを実戦さながら、観察する。
どう頑張っても、誤魔化しは効かない。
だが議長はとうとう決定する。
とエルベス、ダーフスに顔を向ける。
「異論はありますか?」
エルベスはダーフスを見た。
ダーフスは暫く沈黙し、が、頷く。
エルベスが口を開く。
「我々に異論はない」
議会の終了に、ダンザインは議場を出ようと扉に歩を進める。
フィンスが駆け寄り、目前へと飛び出す。
ダンザインは了承している。と言うように、優しげに微笑むとつぶやく。
「…なぜ彼らが幻影判定を持ち出すのか?
それを知りたいんだろう?」
フィンスはその、西領地[シュテインザイン]中央護衛連隊の長でありながら同時に、神聖騎士団の長でもある、人外の神秘的な人物を驚愕の表情で見つめる。
が躊躇いながらもつぶやく。
「…ご存知なら話が早い。
だって奴らには圧倒的に不利の筈だ!
………違うんですか?」
「不正が介入する余地があるか?
と問われたら、全く無い。とは言い切れない。
がほぼ不可能だ。
私も立ち会うが、神聖神殿隊の幻術師が不正を計れば直ちに判明する」
フィンスはほっ。と安堵の吐息を漏らす。
いつの間にか、二人の背後にダーフス、そしてエルベスが聞き耳を立てていた。
フィンスは振り返り、両者に会釈する。
ダンザインも同様振り返り、二人に微笑む。
「貴方方もご心配ですか?」
年配のダーフスがおもむろに口を開く。
「彼の、言う通りだ。
自分達に不利な事を言い出すだ等と。
ゲロスは全くどうかしている!
不正を行わなければグーデンがギュンターに勝る事は不可能な筈だ」
ダンザインはちょっと首を傾げる。
彼はこの中で誰よりも長身だったので。
「…メーダフォーテは多分、グーデンに下駄を履かせる方法を、見つけたんでしょうね」
エルベスがそれを聞いて即座に口を開く。
「だがたった今、不正を働く事は不可能だと!」
「それは幻術使い達が。だ。
が…幻の中に、その実力を増幅させるような物を、持ち込む事は可能。
だがそれだとて、幻を操る幻術師達に知られなければ。の話。
幻術師達が気づけば、即座に不正。と糾弾を受ける」
ダーフスは俯いたし、エルベスは吐息を吐いた。
フィンスが言った。
「だがギュンターが勝れば問題無いはずだ。
違いますか?」
ダーフスもエルベスも同時に顔を、上げる。
ダンザインは微笑んだ。
「その通り。
彼はそれは勇猛だ。
怪我を負ったと聞いたが、『光の里』の結界の中。
判定迄には、癒えるだろう」
ダーフスはそっ。と頷く。
が、ダンザインの肩にその手を触れてささやく。
「貴方だけが頼りだ。
私共は共に眠り、彼らが戦う夢を受け取るのみ。
不正が働いているかどうか等、知る術も無い」
ダンザインは微笑むとその、「左の王家」の血を継ぐ、黒髪の大物政治家に告げる。
「私の他に、神聖神殿隊の長も見守る。
アースラフテスは自らが仕切る神聖神殿隊隊員の、不正を決して許しません」
ダーフスもエルベスも…そしてフィンスもそう告げるダンザインを、微笑を浮かべた明るい表情で見つめ返した。