3 焦る敵
ギュンターとローランデの二人きりのシーンは
こちちで…。
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メーダフォーテは“里”より数キロ離れたのその館を訪れた時、玄関広間を追い縋るように部下達が寄って来るのに目を止める。が、メーダフォーテは怒鳴ってその手で払い退けた。
「ええい後だ!
准将らを見舞ってからなら、いつでも聞いてやる!」
歩を止めぬメーダフォーテに、一人が必死に叫ぶ。
「…ディアヴォロス左将軍の…馬上で“里”に向かう姿を見たと、夜盗の一人から報告が…!」
メーダフォーテは咄嗟に歩を止め、目を見開く。
「左将軍は軍連隊会議に呼び出され、都の連隊本部に居る筈だ!」
一人が、脇でささやく。
「会議には代理で、フィンスが出席したと………!」
メーダフォーテがかっ!と目を見開く。
総大将のディアヴォロスを呼び出し、都に足止めして置くつもりで会議をお膳立てたのに!
「…ムストレスは…彼は出席したのか?」
使者は頷く。
メーダフォーテはじっ…。と床を見つめ唇をぎり…!と噛む。
連隊本部でディアヴォロスの推薦人ギュンターの、身分の資格を問い、糾弾し、資格取り下げを行う予定で、幾人かの重鎮達を抱き込んでいた。
それが…功を奏しているなら、ギュンターの命等狙わなくとも事は済む。
だが………。
相手はディアヴォロスだ。
欠席すると言う事は自分の主張を通す、十分な手を、既に打っている。と言う事だ。
メーダフォーテはともかく、戦闘の様子を、直接ノルンディルとレッツァディンの口から聞きたかった。
彼らが休む広間の続き部屋に足を踏み入れると、レッツァディンの部下らが雁首揃え、椅子に掛けて顔を上げる。
銀髪のララッツはメーダフォーテと目が合うと軽く頭を下げ、だがザースィン、レルムンスはふん。と顔を背ける。
間に合わなかったか…。
三人は無傷で、憮然。と控えていた。
その前を通り過ぎ、広間の扉を開ける。
そこにはレッツァディンが…シャツをはだけ、逞しい体躯を晒してそこら中に負った掠り傷の手当てを、薬師から受けながら憮然。と自分に振り向く。
「報告を聞きたい」
告げるとレッツァディンは顔を周囲に向ける。
そこには厳しい表情のラルファツォルとフォルデモルドが椅子に掛けてやはり、傷の手当てを受けていた。
ラルファツォルの胸に大きな斬り傷を見つけ、メーダフォーテは静かに近寄りささやく。
「深い傷のようだ」
が、ラルファツォルは眉間を更に寄せてメーダフォーテを見つめる。
静かに無茶苦茶、腹を立てている様子で、そのグレーの瞳は怒り狂う感情を必死で…抑え込んでいる様子だった。
が、メーダフォーテはその濃紺の瞳で促し、仕方なさげに吐息混じりでラルファツォルは口を開く。
「…ディングレーに捨て身で傷を負わされた。
勿論、奴に傷を作ったが。
だが奴は重傷のアイリスを助けに俺から逃げた。
その後シェイルをあと僅かで捕らえる事が出来た筈だった………」
そこでラルファツォルはぎり…!と唇をきつく噛み、思い出すだけでも腸が煮えくり返りそうな表情で、唸った。
「ギュンターに邪魔された」
レッツァディンはその時ぼそり。と乱暴につぶやく。
「ギュンターに、剣で無く拳で殴られ気絶した」
メーダフォーテはつい…ラルファツォルを見つめる。
彼はまだ血のこびりつく銀髪を胸に流しその瞳をぎらり…!とメーダフォーテに投げる。
「矢の刺さったままの足を持ち上げて腹を蹴る!
剣を持ちながら拳を使う!
あんな非常識な男は見た事が無い!」
レッツァディンがぼそり。と告げる。
「育ちが悪いからな」
メーダフォーテは、一つ頷く。
「ドラングルデはどうした?
………ノルンディルは?」
フォルデモルドがそっとささやく。
「ドラングルデは重傷だ。
ギュンターに一太刀喰らい…シェイルらに短剣で傷を負った。
ノルンディル殿は………」
フォルデモルドはその、大きな図体を屈め、心から労るように顔を下げつぶやく。
「…そこら中に傷を作り…出血がかなりひどい」
メーダフォーテは頷く。
「容態はだいたい知っている。
だが相手は誰だ?
オーガスタスか?」
が、フォルデモルドは顔を下げる。
レッツァディンが唸る。
「オーガスタスは居なかった。
相手はローランデだ!」
メーダフォーテの、瞳が一瞬見開かれる。
「ローランデ…?
あの小柄な男にまさかノルンディルが…?」
メーダフォーテは笑ったが、レッツァディンもフォルデモルドも口を噤んだまま。
メーダフォーテは理解出来ない。と首を横に振り、無言の二人に尋ねる。
「だが負った傷の分、ローランデを細切れにしたんだろう?」
レッツァディンは首を横に振る。
「唯一奴らの中、怪我をしてないのはローランデくらいだろう」
メーダフォーテの顔が、揺れた。
「評判は聞いているがまさか…そこ迄の、使い手か?!
ノルンディルは全く、歯が立たなかったというのか?」
レッツァディンは苦み走った嗤いを口の端に湛え、振り向くと告げる。
「仰せの通りだ。
ノルンディルの…上を行く早さで斬りかかり、烈剣は空を斬るばかりで…奴を掠りもしない」
フォルデモルドですら…ローランデの腕を認めたように俯く。
「君の相手は?」
レッツァディンに尋ねると、彼は吐息混じりに首を振る。
「ディンダーデン。
あの忌々しい男と、ほぼ互角。
互いに掠り傷を負わせ合い…決着は着かぬままだ」
今だ悔しそうなレッツァディンのその、男らしい厳しい顔付きを眺め、メーダフォーテはささやく。
「重傷はアイリスだけか?」
レッツァディンは呻く。
「ローランデが邪魔してなかったらノルンディルは今頃、アイリスの屍をあの草原に晒してた!
後一太刀の所で…あいつはアイリスを庇い、振り下ろされる剣先に飛び込み止めた。
…ギュンターはドラングルデの放った矢傷だらけで…ラルファツォルを沈めた後、シェイルの肩を借りなきゃ立っていられない程の重傷。
ローフィスを…そこのフォルデモルドが嬲り、後一太刀で殺す所だったが………化け物が出やがった!」
「化け物?」
メーダフォーテがフォルデモルドを見るが、フォルデモルドは口を固く閉じて竦む。
が、メーダフォーテにじっ。と見つめられ、ささやく。
「金色に透けたオーガスタスだ。
だが奴が剣を振ると傷が出来る」
言って、胸元を開けて傷を見せた。
メーダフォーテは呻く。
「“里”が近いんだろう?
“里”の奴らが連中に、力を貸してるな?」
レッツァディンがフォルデモルドに視線を向け、唸る。
「…短剣が、宙を泳いで……小柄な男の横にじゃらじゃらと落ちた。
が俺は目前のディンダーデンと剣を振り合っていたから、じっと見てる間も無かったが」
フォルデモルドが心から戸惑い、呻く。
「あんな…あんな事があっていいのか?!
人間じゃない…透ける体をどうやって…斬る!」
メーダフォーテはフォルデモルドの動揺を見取って両手を腰に当て、レッツァディンに顔を向けて一つ吐息を吐く。
「その…小柄な男。と言うのは知らない男か?」
レッツァディンは俯いたまま、唸り声を絞り出す。
「銀に近い栗毛の男で、短剣を使う。
オーガスタスの姿をした化け物とフォルデモルドがやりあってる時…援軍の姿が多数見えてディンダーデンに隙が出来、決着を付けようとした途端………」
レッツァディンは右肩を押さえ、眉間を寄せる。
メーダフォーテがささやく。
「短剣を投げたのか?」
「背後からな!」
メーダフォーテは頷く。
「ドラングルデはどっちの部屋だ?」
二つある扉に視線を向ける。
ラルファツォルが憮然。と右側を目で指し、メーダフォーテはそちらに歩を、進めた。
扉を開けるとドラングルデは肩と胸を布でぐるぐる巻きにされ、寝台の上に横たわっていた。
青冷めた顔色だが、メーダフォーテの姿を見つけるとささやく。
「連中は“里”に逃げたか…。
今頃とっくに癒えて動き回ってるぞ!」
メーダフォーテは目端の利くその男の推察に、微かに頷きながら尋ねる。
「化け物…金に透けたオーガスタスを、見たか?」
ドラングルデは苦笑する。
「姿が見えないと思ったら、あれだ。
きっと一人先に“里”に入っていたんだろうな」
メーダフォーテが頷く。
「銀髪に近い栗毛の男を見たか?」
「神聖神殿隊付き連隊のゼイブンだろう?
アイリスのもう一人の片腕で、短剣使いの有能な男だ。
そこら中の酒場じゃ“女っ垂らし”で有名だが」
「“里”の男は?
一人でも現れたか?」
ドラングルデは首を横に振る。
メーダフォーテは尚も聞く。
「誰と誰に負傷を負わせた?」
「ギュンターにしこたま矢を叩き込んだが…。
奴は帷子を付けてるらしく、動きを止められずにこのザマだ!
悔しいから…しつこく狙ってやったのに…。
シェイルが奴を庇って自分が喰らい、死に損ないのローフィスに、短剣投げられて邪魔された」
「シェイルも矢傷を?」
ドラングルデはまだくっ!と痛みに眉を寄せて呻く。
「…だが“里”に入られちゃな。
あんな傷、直ぐ癒えるだろうよ!
…だがローフィスはかなりの重傷だ。
フォルデモルドの奴、オーガスタスが居ないんで腹立ち紛れに思い切り剣をブン回してた」
「アイリスも重傷か?」
ドラングルデは青ざめた顔で笑った。
「ひどい傷だ。
その上ああ動き回っちゃな。
幾ら“里”でも暫くは動けまい」
「つまり…案内役のアイリスもローフィスも…暫く“里”を、出られない訳か?」
ドラングルデは頷く。
「肝心の、ギュンターはどうだ?」
「あいつは化け物だ。
ほぼ全身、自身の血で染めながら平気で馬に跨る。
“里”で暫く休養すれば動けるだろう…。
連中は神聖神殿隊に顔が利く。
“里”に居れば奴らの推薦状等直ぐ手に入れるぞ?」
「………だがアイリスとローフィスは、動けないんだな?
それに………オーガスタスも………」
「どうしてそう思う?」
「あの、オーガスタスが滅多な事で隊列を離れるか?
負傷したから先に“里”に担ぎ込まれたんだろう?」
「担ぎ込まれた?
誰に?」
「多分、“里”の男に」
ドラングルデは吐息を吐いた。
「人外の者か………。
厄介だな」
「全くだ………。
アイリスは“里”の援護を期待して、あの地下道を選んだんだ!」
忌々しげにそう怒鳴るメーダフォーテを、ドラングルデは見つめつぶやく。
「ほぼ、奴らのチェック・メイトだ。
覆せるか?」
メーダフォーテは考え込むように顔を上げ、つぶやく。
「…策が、要る」
ドラングルデは頷く。
が、メーダフォーテはそっと告げた。
「ディアヴォロスが……どうやら奴らと合流しそうだ」
ドラングルデの、深い吐息をメーダフォーテは聞く。
「神聖神殿から都の中央護衛連隊本部迄……奴らの足を止め、ギュンターの命を狙うのはほぼ、不可能だな。
ディアヴォロスたった一人で、こっちを全滅させられる」
メーダフォーテは落胆し、吐き捨てるようにつぶやく。
「半死人だらけじゃな。
どれだけ数を用意したって無駄だ。
今度は奴らは弱点の子供達を、“里”から出すまい」
ドラングルデは笑う。
「弱点じゃない…強味だった」
メーダフォーテがその重傷の、男の顔を伺い見る。
「子供を護ろうと…奴ら一丸と成って団結してやがったから…奴らに軍配が上がったんだ。
こっちは数で勝り、子供さえ捕らえればチョロいと、油断し切ってた」
メーダフォーテはそう言う、栗毛の軽い…だが頭のきれる利発な男の顔をじっ。と見た。
ドラングルデが最後にささやく。
「ディアヴォロスが合流したと言う事は奴ら、無敵だと言う事だ。
勝敗は決まったな」
メーダフォーテは唸った。
「それで済むか!
だから策が要ると…そう言ったんだ!」
メーダフォーテは背を向けると、かっ!かっ!かっ!と高らかな靴音を響かせ、ばたん!と派手な音を立てて扉を閉め、ドラングルデはその大きな音に思わず肩を跳ね上げ、痛みに思い切り、顔をしかめた。
扉をそっ。と開けると、ノルンディルは寝台に横たわっていた。
血の気の失せた白い顔。
美男だったから…メーダフォーテは
『これも一つの芸術作品だな』
と思ったが、そんな場合じゃない。
「起きてるか?」
ノルンディルは目を、開ける。
そして…呻くようにつぶやく。
「……を何としても………」
「?」
「…思い返していた…。
ローランデを縛り上げ、俺を銜えさせた時の事を」
メーダフォーテは思い切り、吐息を吐く。
「ローランデに、派手にやられたそうだな?
唯一無傷なのは奴だけだと」
ノルンディルが顎を上げ、深く息を吸う。
そしてつぶやく。
「餓鬼を庇ったアイリスに重傷を負わせ…俺に膝を折らせた」
メーダフォーテはまだじっ。とノルンディルを見つめる。
が、ノルンディルは斬り殺した!と思った瞬間、がつん!とそれを止める振動を、剣を握る手に感じた一瞬を思い出すと、かっ!と瞳を見開く。
突然目前に現れ、振り下ろす剣を受け止めて見せた。
その交える剣の向こうに、伺い見える澄んだ射るような青の瞳。
思い返すと拳を握り、震わせる。
そして、押し殺したしゃがれ声でつぶやいた。
「……ローランデの…誇りをずたずたに出来る策を考えろ!」
メーダフォーテはすかさずつぶやく。
「ギュンターを殺す事だが……。
あいつはシェイルと死に損ないのローフィスに護られ、命拾いだ」
ノルンディルの頭が揺れ、微笑を漏らす。
「…ローランデは直、北領地[シェンダー・ラーデン]に戻る。
あっちでギュンターの訃報を聞くのは大層…ショックだろうな?」
メーダフォーテがささやく。
「…そうだな………。
例えギュンターが一時的に中央護衛連隊長に成ったとしても………」
ノルンディルが笑う。
「暗殺してやれば直ぐ、そのポストが空く」
メーダフォーテが吐息混じりにささやく。
「だが………。
とりあえず打つ手を全て打たないと、ムストレスの機嫌を損ねる。
『一時的にもディアヴォロスに勝たせる事は我慢ならない』
そう言って。
その後…そっちの要望を何とかしよう。
中央護衛連隊長にギュンターが、成った後なら隙も見つかる」
ノルンディルは横たわったまま、大きく頷いた。
メーダフォーテは書斎を見つけると、使者を待たせ書状をしたため始める。
ノルンディルの遺恨は理解出来た。
あのプライドの高い男が一太刀すら入れられず滅多斬りに剣を浴びせられたら…あの腹立ちも無理は無い。
が今は出来得る限りの手を、打つしかない。
確かにドラングルデの言う通り、チェック・メイトだ。
だから余程の…手を打たないと。
が…ふ。とペンを取る手が止まる。
そして机に置かれたベルを取り、けたたましく鳴らす。
控えの間の使者が慌ただしく室内に駆け込む。
「会議の結果はまだか?」
「鷹は今だ飛んで来ません!」
メーダフォーテはちっ。と舌を鳴らす。
誰がどんなやり方でギュンターの肩を持ったのかが、知りたかった。
かつて準爵風情が中央護衛連隊長に、成った試し等無いのだ。
………が。中央護衛連隊は都治安の要。
勇猛さは勿論。常に結果を求められ、その為身分より実力を問われる事も必至。
戦闘実績ではグーデンは確実に…候補から滑り落ちる。
ギュンターを蹴落としたとしても、中央護衛連隊の毛並み良く実力のある男を、自分の領土大切な大貴族共が圧すのは目に見えている。
何と言っても大貴族の居城点在する中央テールズキース。
その護衛を、頼れる男に任せたいとどの大貴族達もこぞって口を出すに違いない。
そして任命責任者にはアイリスの叔父、大公エルベスも名を連ねてる…!
奴は確実に甥の候補を推すに決まってる…!
任命代表のディアヴォロスの養父、ダーフスもギュンターを確実に圧すだろう。
こちらはだが、三人の任命責任者を押さえていた。
………計七人から構成される任命責任者達。
が、数を抑えそれで勝ちとはいかない………。
西領地[シュテインザイン]の護衛連隊長ダンザインも、大きな発言力を持つ。
この圧倒的不利を覆すにはギュンターを葬り去るのが一番手っ取り早かったが…………。
「メーダフォーテ様…あの……ご来客が………!
止めるのも構わず、こちらに向かっていると…!」
メーダフォーテは顔を上げる。
そして使者の顔を憮然。と見つめ唸る。
「誰だ?
まさかディアヴォロスじゃあるまいな?」
が、かっ!かっ!かっ!
靴音を鳴り響かせて入場したその男の顔を見つめ、メーダフォーテは喉をごくり。と音を殺し飲み込む。
「………アシュアーク……准将」
その顔立ちの綺羅綺羅しい金髪の若造は、尊大に顎を上げるとメーダフォーテを見下す。
「右の王家」の大貴族。更にその顔立ちの美しさとは裏腹の、勇猛さをどの戦闘でも見せつけ、准将の地位は飾りじゃない。と周囲にひけらかし、自分に傅く若き精鋭達を部下に据える、右将軍アルフォロイス傘下の大物だったが、ギュンターに心から心酔し、入れ込んでる。
『厄介な………』
メーダフォーテは内心舌打ったが、身分の高い遙か年下のその若造に、頭を垂れて見せた。
が、アシュアークは儀礼だけの礼は結構だ。
と突っぱね冷たい瞳を、崩さない。
透けた金の輝きを放つブルーの瞳は、真っ直ぐ不満そうにメーダフォーテの冷たい美貌を見据え、口を開く。
「アルフォロイスより伝言だ!
近衛の兵を私事に使うな!と!
それに俺からあんたに言い含めたい」
その、外見綺麗で可愛らしい顔をした猛獣は、ぞっとする気配を放ちメーダフォーテを見据える。
「ギュンターにこれ以上の手出しをすれば!
俺が直ぐ様お前とノルンディルに決闘を申し込む!」
「…つまり……私とノルンディルを斬り捨てると?」
アシュアークはぞくり。とする笑みを洩らす。
「そうだ。お前はギュンターを中央護衛連隊長候補から外すのに、手っ取り早い方法を使う。
確かに参謀だけあってお前は頭がいい。
そのやり方に俺も賛成だ。
邪魔者は、消すに限る」
メーダフォーテの、眉が寄る。
“ノルンディルはこの男が苦手だったな”
メーダフォーテは思い出して舌打つ。
アシュアークの要請を伝えたら、ギュンター暗殺に二の足踏みかねない。どころか、アシュアークの名を出した途端ノルンディルは………。
アシュアークがまだ入隊間もない頃、ノルンディルは後ろ盾右将軍アルフォロイスの居ない野戦のテントで、幾度かアシュアークに伽を命じた。
ローランデと違い、アシュアークは気軽に応じそして…ノルンディルを骨抜きにし………。
気を見せるノルンディルを袖にして、ギュンターを派手に追っかけ始めたのだ………。
ノルンディルは口には出さないが、アシュアークをかなり…気に入る様子で、ギュンターをきっかけにディアヴォロス派と仲良くするアシュアークを口汚く罵ると決まって…奴を取りなす。
それでもアシュアークは時折、ノルンディルに餌を与えるように、彼の要請に従ってその身を与え………。
メーダフォーテも一度濡れ場を見たが、ノルンディルの…SM趣味にも平気で付き合い、壮絶に色っぽく…だがそれを見られようが、メーダフォーテに恥じらう様子すら見せなかった。
「…だがノルンディルと…君は、肌を合わせてる。
剣を握る手が、躊躇いで震えたりしないのか?」
アシュアークは鼻で笑った。
「誰に言ってる?」
メーダフォーテは顔を下げる。
戦場に出てないせいで、この男の戦い振りを殆ど見ていなかったが噂では………その戦いはアルフォロイスを彷彿とさせ、真っ先に敵に斬り込み、そしてその暴れぶりは……猛虎そのものだと…………。
ローランデと変わらぬ身長でその近衛では小柄。とも言える体格の不利を物ともせず、有無を言わせず間を詰め、あっという間に敵を斬り殺す。と。
教練で唯一ローランデに敗れ、近衛を去ったローランデに今だ激しい遺恨を残している。
そう、噂で聞いた。
「戦い方はローランデに似てるな?」
ノルンディルにそう、尋ねた事があった。
が、ノルンディルは顔を下げた。
「奴には…アシュアークには解るのだ。
どうしてだが…天性の、カンとしか言い様がないが…相手の弱点が、瞬時に」
確かに右将軍アルフォロイスも同様、「右の王家」金髪の一族が圧倒的な強さを誇るのは、そのしなやかな野生のカン。
理屈等無く、全てが自分の赴くまま進みそれでいつも…人を勝利へと導いてきた。
メーダフォーテは努めて本心を押し隠す。
「ギュンターを殺す等私は毛頭…」
がアシュアークが直ぐ口を挟む。
「相手に通用する口の利き方を考えるんだな!参謀。
俺に誤魔化しが通用すると、本気で思ってるのか?」
メーダフォーテの、眉が寄る。
人外の者で無いにかかわらず、「右の王家」の者は嘘をその本能で見抜く。
容姿に騙されると最悪だ。
さっきから幾度も…右手がぴくり…!ぴくり!と動く。
今直ぐ斬り殺し、ごたくを止めたい。
そんな様子で。
アシュアークはメーダフォーテの視線に気づき、両腕を組む。
「…ちゃんと、決闘を申し込んでから剣を抜く気はある。
一応。
だがいつ迄も俺が忍耐出来ると思うな。
我慢は大嫌いだ。
斬りたい男が目の前に居る時は特に」
メーダフォーテはその、ギュンターと似合いの猛獣に、心から顔を背けたかった。
芸術や思考。とは無縁の、情緒の欠落した直接思考の塊。
まだアイリスとのやり取りの方が、手応えがある。
「つまりギュンターの命を狙うな。と?」
アシュアークは笑った。
「命が惜しいならな!
お前は毒薬も使うそうだな?
こっちも用意出来る。
だが直接剣を使った方が楽しい」
メーダフォーテはその、尊大な王族の若き血の気の多い男の綺麗な顔をたっぷり…見つめた。
アシュアークはもっと笑った。
「俺を殺したらお前の身分を剥奪してやる。
俺の取り巻きが必ず実行する。
身分財産を全てはぎ取られ、路頭に迷え!」
アシュアークは心から楽しそうにそう笑い、メーダフォーテはその、大胆極まり無い肝の据わった猛虎を眺めた。
アシュアークは言いたい事は全部だと、手に持つ白革の手袋をはめ始め…そして、思い出したように告げる。
「ギュンターが生きて居る限り、お前もノルンディルも安泰だ」
そしてその後は含んだ目付きで笑い、告げなかった。
が、メーダフォーテにその脅しは伝わった。
『ギュンターが死ねばお前達は終わりだ』
アシュアークは鮮やかな金髪を飜し出て行き、メーダフォーテは俯き、机に両手付く。
そして一切の手を封じる、アシュアークを呪った。
目的の為なら全力で挑み、一切手抜きせず真っ直ぐ突き進む。
『言った事は必ず実行する』
そう公言し憚らぬ男でそして…今まで口にして行動に、移さなかった試しが無い。
『あの男の言葉はそのまま、行動だ』
ムストレスですら…そう認めた。
考えろ!
絶対手は、ある筈だ!
ギュンターを、殺さず中央護衛連隊長候補から、滑り落とす手が!
微かに記憶の底に揺らめく、一人の人物を思い描いた時、メーダフォーテはペンを走らせ始めた。
控えの間の使者を、けたたましくベルを鳴らし呼びつける。
「連隊本部のウッドルトン大公に大至急!
会議が終了していたのなら即座に全員呼び戻し、即決しろと!」
そしてもう一通を差し出し、告げる。
「それとグーデンに。直ぐこの館に出頭しろと伝えろ!
何を置いても直ぐ様駆け付けるように!」
使者は二通の書状を受け取り、部屋を駆け出す。
これしかない………!
あっちが本来、申し出たい案の筈だ。
だがこちらは実績で劣るから、その申し出を拒否すると奴らは考えて居る。
それをこちらから申し入れたりしたら、奴ら度肝を抜かれるだろうが、渡りに船と快諾するに違いない。
事の裏を読むディアヴォロスが、会議に顔を出していない事が逆に幸いする。
これが可決され、実行されればこちらにもう一度、機会が訪れる。
メーダフォーテはマントを羽織ると足早に室内を抜ける。
「馬を用意しろ!」
召使いに叫び、廊下を抜けて玄関広間へ歩を進める。
アイリスはこっちの裏をかき続けた。
だから今度はこっちが…裏をかく番だ!
場丁が玄関扉の前に連れ出した馬の鞍に手を掛け跨ると、真っ直ぐその手綱を神聖神殿へと向け、メーダフォーテは駆け去って行った。