16 決死の脱出
ゼイブンはコーネルが自分の元に駆け込む手綱を取り、ファントレイユの手を引っ張り、鐙に足を掛けて乗り込ませる。
「ゼイブン!」
馬上でファントレイユが呼ぶが、ゼイブンはディンダーデンの向かいのレッツァディンに視線を振り、その肩目がけて短剣を瞬時に振り上げ、投げ付けた。
「う゛…っ!」
レッツァディンが右肩を押さえ、剣を下げて崩れ落ちるのを目にした途端、ノートスが激しい駒音を蹴立て、駆け込んで来る。
「ノートス!」
ディンダーデンは駆け寄り、手綱を手繰り寄せて握り引き、ギュンターとシェイルの元へと駆け込む。
「大丈夫か?」
屈むシェイルに尋ねる。
が、ギュンターが、左肩に刺さった矢を抜こうとするシェイルに怒鳴るようにささやく。
「今抜くな!血が噴き出す!」
言ってディンダーデンに、首を縦に振る。
ディンダーデンは頷くと、矢の刺さったままのシェイルの肩を支え、ノートスに乗るのを手伝った後、ひらりと後ろに跨る。
「自力で馬に、乗れるのか?」
馬上から矢傷だらけの悪友に聞くが、ギュンターは
「大丈夫だ」
と言い、鼻面を背に押しつけて来るロレンツォに、振り向いた。
レイファスに来い!と顎をしゃくり、涙を頬に伝わせる彼を、抱き上げる。
肩や腿、数カ所の傷口から血を伝わせ血に染まるギュンターの姿に目を見張り、抱き上げられたレイファスは思わず眉を寄せ、震えながらギュンターに尋ねる。
「痛く、無いの?」
ギュンターは咄嗟に怒鳴った。
「痛いに決まってる!」
でも平気な顔でレイファスを馬に跨らせ、ギュンターはレイファスの背の後ろに飛び乗る。
ロレンツォもレイファスも、ギュンターが拍車を掛けるのを暫く待った。
が、ギュンターは動かない。
レイファスはそっと振り向き背後を見ると、ギュンターは飛び乗った衝撃で全身の矢傷の痛みが走るのを、唇を噛みしめ耐えていた。
覗き込むレイファスにギュンターは
「痛い。だなんて言うと途端に、痛むものなんだ!」
と眉間を寄せて叫び、がその言葉が、終わるか終わらない内にロレンツォが主人の合図がないのに業を煮やし、勝手に駆け出してギュンターの背をがくん…!と思い切り大きく後ろに揺らし、更に主人の傷の痛みを、深くした。
「急げ!」
馬に跨り様草原を駆け登る男の群れが近づくのを目に、ゼイブンが手綱を引きながら絶叫する。
ディングレーは駆け寄るとテテュスをエリスの背に乗せ、アイリスに振り返る。
アイリスは笑うと、ささやく。
「先に、行って」
テテュスの、顔が歪む。
が、ディングレーは、傷を押さえながらも頷くローフィスがアイリスの元へと進むのを見、テテュスの背に跨り様拍車を掛ける。
「はっ!」
エリスは主人を乗せ、誇らしげに
「ヒヒン!」
と一啼きして前足を跳ね上げ、飛ぶ様に駆け去る。
テテュスはディングレーの胸元から、一気に背後に遠ざかるアイリスに振り返る。
ひどく青冷めた顔で微笑を浮かべ、自分を見送るアイリスの横にローフィスが立ってサテスフォンの手綱を引き寄せ、アイリスが馬に乗り込むのを手伝うのを見て、ほっとした。
アイリスが馬に跨ると、ローフィスはその前に尻を乗せ、右足を前へ跳ね上げ、馬の首を跨ぎ降ろし様右手で手綱を強引に引き、左手で脇の傷口をきつく押さえながら、アイリスに一声怒鳴って拍車を掛け、怒濤の如く馬を走らす。
「俺の腰に、死にもの狂いで抱きついてろ!」
ローランデは駆け込むラディンシャの背に、一気に跨る。
ノルンディルの、叫びが背後に聞こえた。
「覚えていろ!」
が、ローランデは馬を止めると、その射るような青の瞳を向けて振り向く。
「なら今度は正式に、私に決闘を申し込め。
どんな時でも必ず受けて立つ!」
ノルンディルはローランデのその本気の瞳に、気圧されて眉を寄せ、唇を噛んで右肩を、押さえた。
「ハッ!」
ローランデは拍車を掛け、ラディンシャは空を蹴るように軽やかに駆け出す。
オーガスタスの愛馬ザハンベクタは、群れ走る皆の周囲を護るように鼻息荒く駆け回り、シェイルの愛馬ミュスは、俯き顔を上げない主人を心配するかのようにノートスの横を並んで走り、ローフィスの馬オーデはサテスフォンの後ろから彼らに、付いて行った。
群れ来る男達が、駆け去る馬に追いすがるようにバラバラと一斉に駆け寄って来る。
が、轡を掴もうと走り寄る男の背後から、別の男が襲い来る。
アイリスが、青冷めた顔を揺れる馬上で上げ、その男を見つめる。
「フォーランディーン」
その名を呼ばれた、エリューデ婦人の別宅に訪れた赤黒いベストの若い男は、傷付いたアイリスを見つめ、頷く。
「遅くなりました!」
が、ローフィスが青冷めた顔を上げ、怒鳴る。
「十分だ!」
馬を止めようと群れ来る賊達を、フォーランディーンの部下達が次々に襲い始め、皆は無事、丘へと駆け登って行った。