10 地下道の出口
「ここだ………」
下卑た顔の男は、その崖にぽっかり開いた暗い穴を指し示す。
メーダフォーテの部下は、一つ、頷く。
「なる程。
『光の里』の結界へほんの僅かな距離だ。
だが他にも里へ直結の通路があると言ったな?」
「あるぜ…。
そっちは地下で待ち伏せしないと。
出口は『里』だからな」
「塞げ。大急ぎで、岩を積み上げろ!」
下卑た男は首を横に振った。
「…手間賃が、余分にかなり、要るぜ」
部下はその下品な男の笑顔に、無言で金のたんまり入った革袋を五つ、差し出した。
「冷たいな…」
ディングレーの言葉に、アイリスは笑う。
「地下水がどんどん染み出している。
だが、洞窟の出口が近い」
ディンダーデンが、ぽたぽたとそこら中から滴り落ちる滴が顔を伝うのを拭い、呻く。
「やっとか…」
ファントレイユは冷たい水滴が、光蘚で白く輝いては滴り落ちて来るのに、肩を震わす。
ゼイブンが気づき、自分にその小さな体を抱き寄せて暖める。
ファントレイユがそっ。と背後を振り向いて、ゼイブンに感謝の視線を投げた。
テテュスは暗く冷たいその濡れた洞窟の黒光りする岩肌を見つめる。
アイリスはだが、前と違って決然と、馬を進め先頭を走り行く。
背後に続く一行からは、彼らを照らす太陽が、洞窟の暗闇と共に遠ざかっているように感じられ、テテュスは思わず俯く。
改めて、オーガスタスが太陽そのものだった事を思い知らされ、ついアイリスの気持ちが痛い程解った。
アイリスは一言も、言わなかった。
『この洞窟を進もうと無理に決断したのは私だから』とは。
でも、アイリスにそれを言わせなかった皆の気持ちも、痛い程感じる。
アイリスは僕達の為にこの道を、選んだ…。
きっと…僕らが居なかったらディンダーデンやディングレーの希望道理、別の道を選び敵を切り裂いて進んでいた筈だ。
オーガスタスは『影』で無く人間と戦いそして…オーガスタスは血塗れに成る事無く…余裕すら見せて敵を退けたろう…。
そっ…と覗うと、レイファスもそう、思ってるように感じる。
シェイルの前に跨り、暗い洞窟の前を、真っ直ぐ見つめてる。
その瞳は…血塗れのオーガスタスが、また元気な太陽のような笑顔で
「よぉ!」
と声を掛けてくれると信じて、見えない未来のその姿を、見つめているように見えた。
突然、心から血が噴き出し、涙が零れそうになる。
アリルサーシャが目前で死に神と必死で戦い、その苦痛を耐える姿を思い出す。
何も…出来ない。彼女の為に何も…。
それは彼女の戦いで、自分には祈る事しか、出来はしなかった。
嫌という程体験した自分ですら…今また誰かのそんな戦いを目前にしたら、身が震える程辛いだろう…。
だがレイファスはそれを、体験したのだ。
オーガスタスが…あんなに血塗れに成る程戦い、でも自分に出来る事は何も無くて………。
レイファスの、心からオーガスタス同様血が、吹き出してるような気がして、テテュスは祈った。
オーガスタスの血が止まったのと同様、レイファスの心の血も、止まりますように。
その傷が塞がり、痛みがすっかり消え失せますように。
レイファスが、テテュスのそんな思いに、気づいたように視線をふ…。と向ける。
暗い洞窟の、壁が水で濡れて黒く光り、不気味にぬめり、冷たい中、テテュスのその瞳は暖かい暖炉を思わせ、思わずレイファスは笑った。
テテュスはいつも、本当に優しい。
優しく…暖かい。
僕は、大丈夫だから。
言えたらいい。でもふっ…。と、それを言おうとすると力が滑り落ちる。
まるで、欠けてしまったように。
シェイルは疲れてると言ったけど、休めば本当に、治るんだろうか?
でもきっと………。
眠っても治らない。
欠けているのはオーガスタスの存在で、彼の元気な笑顔とあの大きな暖かい手に再び触れられなければ…。
それが無ければ、永遠に欠けたままだ…。
レイファスはまた、胸の奥に閉まった心の慟哭が脈打つのを感じ、目頭が濡れるのを必死で抑え込んだ。
ローフィスが、信じてる。
ギュンターは祈ってる。
アイリスは、意志の力でオーガスタスを奪おうとするものを、跳ね除けているように感じる。
だから…きっと戻って来る。
アーチェラスが微笑んだ。
心が救われるような柔らかく優しい微笑だった。
オーガスタスに再び会えたら、アーチェラスの“約束”の微笑はきっと、僕の中で永遠になる。
だから…。
僕は泣かずに前を、見る。
ファントレイユはそっ…と、レイファスの横顔を見つめた。
呆けているように見えた。けれど…まるで聖なる力を借りて、意志をその体に精一杯、満たしているように感じられ、本当にそっと、心配げな表情を向ける。
が途端、レイファスが振り向く。
その瞳はだけど、自分の表情を見つめ、こう言ってるみたいだった。
この旅が済んだら思い切り、神聖騎士達がどれ程凄い戦いをしたか、思う存分話そう。って。
いつもみたいに。
僕らはレイファスが、新しい騎士物語を見つけると一緒に草の上に寝転んで、レイファスが読む話を、わくわくしながら楽しんだ。
どんな凄い活躍をするのか。心の底から期待して。
そして二人共思い思いに、どんな所が格好いいか、お互い夢中でしゃべり続ける。
僕らはそんな時、ただの男の子に成って思い切り、僕らには体験出来ない冒険をした騎士を、それぞれの言葉で褒め称えるんだ。
“きっとそんな時間が持てる。再び。必ず”
レイファスの瞳は、そう言っていた。
だから、ファントレイユはレイファスの為に微笑んで頷いた。
彼が精一杯虚勢を張っているのが、解ったから。
アイリスの背を、ゼイブンが必死で後圧ししていた。
そんな風に自分も。
レイファスの心細い気持ちを、助けるように。
“必ず、そうしよう”
思いを込めてレイファスを見つめる。
“今度はテテュスも一緒に”
ムアールが、ドロレスが…。
ホールーンが、アーチェラスが…。
そしてウェラハスが…。
闇に飲まれようとするエイリルを取り戻し、どんなに恰好良くて頼もしかったか。
凄くて、素晴らしかったか。
ギュンターの目が赤く光りだけれど…。
ローランデがどれ程必死に彼に語りかけたか…。
そして、ローランデの言葉がギュンターに届いた時、自分もどれ程感動で心が震え、ほっとしたかを…。
無邪気に。思い切り。
心からはしゃぎ、どれだけでも時間を費やして。
語り尽くそう。全てを。
その時を、心の底から楽しみに。
レイファスはファントレイユの気遣いを感じた時、再び目頭が熱く成った。
ローダーの時も、そうだった。
いつもは自分のこまっしゃくれた言葉に翻弄され、時にはむくれるのに、でもこんな時はいつも察し、とても優しい気遣いを見せる。
テテュス同様、ファントレイユも気持ちが真っ直ぐな優しい男の子だった。
そして我が儘を言ったりせず、どれだけお人好しなんだ?と自分を呆れさせる程付き合いが、いい。
ファントレイユの約束を、絶対本物にしよう…!
レイファスは心の中で誓った。
絶対!
ファントレイユががっかりするのは…とても辛かった。
アロンズに避けられた時ファントレイユは少しも自分を庇おうとせず、そのままの心で泣き続けた。
『アロンズはひどい奴だ』とか。
『自分はアロンズをそれ程好きじゃないから、どうって事無い』とか。
普通の奴が使う良い訳を、一切使わず。
そのままの心で。
だから…。
きっと約束が果たされなかったらファントレイユはどれだけがっかりする事だろう?
ローダーに…とても似ていた。
老衰で逝った、茶色の毛皮の、大好きな年上の犬。
レイファスはローダーの事を、毛皮の騎士。と呼んでいた。
悲しい時、彼はその茶色の瞳でそれを物語る。
だけど、危険だから決して入らないで!としつこく言われ続けた池に服を脱いで飛び込んだ時、ローダーのそんな瞳を見ても笑い飛ばし、気にも止めなかった。
やっぱり水草に足を取られて溺れた時、ローダーはそれでも助けに来てくれて…その後熱を出し、寝台から起き上がれず苦しんで…そして気づいて目が醒めた時、寝台の傍らに居たローダーは側に来て…その瞳を向けた。
とても…悲しそうな茶色の瞳。
心から自分の事を気遣う、優しい彼。
その彼の瞳が、僕が自分の事をちっとも大切にしない。と悲しんでいた。
だから…その時誓った。
二度と…彼にこんな瞳はさせない。
そう………。
崖から滑り落ちるのを近所の子達と競った時、側に居たローダーがそんな瞳をまた、向けた。
『意気地なし!』
どれだけ罵られても、背を向けた。
罵られても、マシだった。
ローダーの悲しげな、瞳をまた、見る位なら。
案の定、滑り降りた子は足の骨を、折ったけど。
覗き込むファントレイユの瞳は、ローダーのそれだった。
言葉では何も言わない。
だけどその瞳は千の言葉を語っていた。
今は言えない。
『僕は大丈夫』とは。
けど…。君にそんな瞳を、させ続けたりはしないから。
レイファスはオーガスタスの太陽のような笑みともう一つ、ファントレイユの心からほっとした微笑を、思い描いた。
レイファスの、大好きな宝物の一つだった。
人形のように綺麗な彼の、そんな微笑は。
素晴らしく美しかった。
まるで雨上がりの虹のように。
それを必ずもう一度見るんだ。
だから…頑張ろう。
そう心でつぶやいた時、ウェラハスが応えた気が、した。
『それは必ず叶うだろう』
白い、輝きを伴って。
レイファスはつい、周囲を見回した。
彼の姿は暗い洞窟の、どこにも無かった。
けどそれは…オーガスタスが自分を護る為に張ってくれた、光の結界に似ていた。
ウェラハスが気に止めていてくれるんだろうか?
彼は神聖騎士達の中でも、とても力が強いから………。
僕の心の動揺に気づき…そして、応えてくれたんだろうか………?
それとも…さっき一緒だった時その言葉はとっくに放たれていて…今やっと、僕の心に、届いたんだろうか?
“…………………”
レイファスはその不思議に強烈に心惹かれるように、アイリスを、ローフィスを…そしてゼイブンを、見た。
不思議に慣れた彼らなら、何でも無い事だと、笑い飛ばすかもしれない。
そして…。
ディアヴォロスは言った。
『神聖神殿隊付き連隊。君に相応しい進むべき道筋だ』と。
でも『影』はとても…怖かった。
なのに…不思議だったけどレイファスは、その道に進む自分を確信していた。
おかしかった。『影』がこれ程怖いのに。
でも確信は確かで、神聖神殿隊付き連隊の騎士になる事が自分にとってあんまり自然で当然で、ついそう納得している自分が笑い出したくなる程おかしくて、レイファスは腰を抱くシェイルがミュスを、でこぼこの道をそれでも促すのにその揺れに身を合わせ、腰を柔らかに揺らした。
きっといつか…。自分も崖の上で馬に跨り…もしかしたら、ファントレイユやテテュスが馬の背から降りて文句を言うのを、聞いているのかもしれない。
そう…思い描くとおかしくって…つい、くすくすと心の中で、笑い続けた。
シェイルは腕に抱くレイファスの、随分元気が無い様子をそっと心配げに伺いながら、岩が突き出し始め起伏あるその道を、ミュスを繰って駆ける。
足場の悪いその道を気遣いながら馬を操るゼイブンの前で、ファントレイユは揺られながら天井を見上げる。
縦に伸びた岩の亀裂から一筋の光が洩れ注し、白金の光の筋と成って進み行く一行を照らし出す。
テテュスも、アイリスの前で馬に揺られながらやはり顔を、上げる。
真っ暗な中の仄白い光蘚の明かりとは違い、頭上から注す僅かな一筋の光は開放感に満ち、閉ざされて窒息しそうな空間から外へと繋がるその巨大な亀裂は、次第に先に伸び蛇の背のようにくねりながらそれでも広がり行き、だんだん進み行くその先を、光と影の陰影をくっきり際立たせて注し照らし、その光景にテテュスは心から、ほっ。と吐息を吐き出した。
ギュンターは、今まで来た道とは違ってごつごつとした岩場を登ったり下ったりの厄介さに唸る。
頭上の亀裂から僅かに陽の光が差し込み始めたとはいえ、足下の岩場に大きな影を作り、視界が好いとはとても言えない。
が、斜め後ろのゼイブンは視線を馬の足元に落としているとは言えファントレイユを前に乗せ、全く動じる様子無く、その軽い手綱捌きに呆れる。
少しずつ、高い岩肌の天井の亀裂は大きくなり始め、真っ白い光が前方を照らし出し、皆一様に、地下の闇に慣れた目をしばたかせた。
出口は随分上で、序々に坂に成るその岩場の道は左右にくねりながら階段のように高い出口へと通じていた。
が、アイリスは少し周囲が広く平らな場所に来ると、先が二股に分かれた右の道のその先が、真っ暗に見えるのに目を見開き、咄嗟にひらりと馬を飛び降りてオーガスタスの愛馬の手綱を鞍に括り付けると、さっとそちらに向かって駆け出す。
道に、入って直ぐの場所が岩ですっかり塞がれていた。
「…………………!」
皆が、岩天井の亀裂から漏れ注す、幾筋もの光に照らされたその少し広い平らな場所に次々に登り来て、アイリスの後ろ姿を見守る。
アイリスはゆっくり、見つめている皆に振り向くと、そのきつい濃紺の瞳を向け、口を開く。
「ゼイブン。
二週間前、ここはこんな岩で塞がれていたか?」
ゼイブンは視線を、アイリスが立つ少し暗い岩壁に振るが、小岩が無数に積まれ、すっかり行き来を塞がれた縦に長い岩穴を見つめ、眉間を寄せるとアイリスの言葉の意味に、気づく。
「………いや」
ローフィスが、横を向いて吐息を吐き出す。
「…確かもう一つの出口は、出て、草原を抜け丘の向こうが『光の里』だったな?」
ゼイブンが、深く俯く。
「大した距離じゃない。が、洞窟出口近くはひどく足場が悪い…」
ディンダーデンはアイリスに言った。
「別の出口はないのか?」
背後で、ゼイブンがおもむろにつぶやく。
「三本ある。
今アイリスが立ってる、岩に塞がれた場所は里に直通。
もう一つの出口は足場が悪い。
が、出てほんの少し駆ければ『里』に着く。
残りもう一つは…一番『光の里』迄距離がある。
出口迄は歩き易いが、岩場を抜け、三つ程丘を駆け登らなければ辿り着けない」
皆が、アイリスの背をじっと見つめ、決断を待つ。
アイリスは思案するような厳しい瞳を地に投げていたが、ゆっくりその濃紺の瞳を、上げる。
「…近い方を行こう…」
ローフィスが吐息混じりに俯く。
「出口は狭くて馬を降りなきゃならないぞ?
それに出て直ぐは足場の悪い岩場。
そこさえ抜けりゃ、なだらかな草原と丘だが…」
ディングレーが彼らの様子でその思惑に気づき、突然きつい瞳でローフィスを振り返る。
「待ち伏せされてると?!」
ローフィスは俯いたまま真剣味ある青の瞳を、振り向くディングレーに投げる。
背後でゼイブンが、吐き捨てるようにつぶやく。
「通れる筈だった道が塞がれてるとあっちゃ、ほぼ確実だろうな!
しかも選りに選って地下から『里』へ、直通の道だ」
ギュンターが顔を揺らし、ローランデがそっと尋ねるようにささやく。
「人数は居る。
崩せないか?」
アイリスはローランデの言葉に、再び頭上を遙かに超え、高く積み上げられて行く手を塞ぐ岩壁を見上げる。
がその幾重にも複雑に積み上げられた重厚な岩壁に、落胆したように首を、下げて振る。
力あるオーガスタスが居れば、違ったかもしれない。
がそれを言っても、何もならない。
重い、口を開く。
「…かなり、時間を要する」
ローフィスも呻く。
「下手すると、日暮れ時を過ぎるぞ?
第一…」
ローフィスの言葉を、ゼイブンは俯いたまま頷き、後を継いだ。
「陽が暮れてくるとまた、『影』の奴らが蠢き始める。
“障気”を、そこら中に飛ばされると、厄介極まる」
言って、アイリスの決断を既に読みとったように、咄嗟に後ろに括り付けた革袋に手をやり、中からじゃらり…。と、小さな刃物が革のベルトに一列に並び付くそれを、今付けているベルトの上に巻き始めた。
ディングレーもギュンターもディンダーデンも…そしてローランデもシェイルも、『影』の名を聞き一瞬喉を詰まらせ、あのおぞましい人外の化け物を思い描き、語る言葉を無くした。
ファントレイユも…そしてレイファスも、戦う術のロクに無い化け物を思い出し、背筋をぞっ。と震わせる。
テテュスがだが、明るい瞳をして顔を上げる。
ホールーンやアーチェラスを心に思い描いて。
アイリスが愛息の様子に気づき、低く響く、だが気遣うような小声で告げる。
「神聖騎士達の力を、早々は借りられない。
『闇の第二』と戦った後だ。
彼らはとても、消耗している筈だ…」
テテュスが、アイリスの言い諭す言葉に、頷くように顔を下げた。
ローフィスがそっ…と、やはり小さな短剣が入った革袋を三つ、後ろの革袋の中から取り出すと、背とベルトの間に挟み、胸元にもしまい込む。
シェイルはいつもぬかりない義兄の、その様子に顔を揺らす。
「…戦いに、成るか?」
ローフィスはきつい青の瞳をシェイルに投げ、静かに言い放つ。
「死んでもレイファスを護れ」
シェイルは義兄の普段明るい青の瞳が、真剣そのものの輝きを帯びて自分を見据えるのを真っ直ぐ見つめ返し、ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込み、だがこっくり。と深く頷く。
途端前に座るレイファスが振り向き、その瞳が見開かれ、気づいたシェイルはレイファスの喰い入るように見つめる大きな青紫の瞳を見つめ返し、つぶやく。
「戦う相手は人間だ」
「けど………!」
「いいから俺の側を離れるな。いいな?」
レイファスは微かに震い、だがこくん。と小さく頷く。
ファントレイユはゼイブンに振り返ったし、テテュスは塞がれた入り口から戻って来るアイリスが、濃い茶の長い髪を胸元で揺らし、天井から漏れ差す陽に顔にくっきりと陰影を作って、濃紺の瞳を厳しく下に向けているのを見つめた。
ディングレーはアイリスの視線がゆっくり上がり、その濃紺の瞳が自分に真っ直ぐ注がれると途端、笑った。
「テテュスの、護りに付こう」
アイリスが、真顔で頷く。
ギュンターの表情が、一気に引き締まる。
ローランデは横でギュンターのその横顔を見つめ、そしてそっ。とゼイブンに振り向く。
ゼイブンは、自分すら認める凄腕の剣豪の視線に気づき、チラと前に座す小さなファントレイユに視線をくべ、そして顔を上げ、姿だけは端正で優しげな騎士を、真剣そのものの表情で見つめ、つぶやく。
「あんたを心から信頼してる」
その言葉に、ローランデは微笑んで頷いた。
ファントレイユは二人のその静かなやり取りを交互に見つめ、胸の奥が熱くなった。
ローフィスはギュンターに、視線を向ける。
「自分の命は自分で護れるな?
お前を殺られたら、俺達はお終いだ」
ギュンターは真顔でその紫の瞳を煌めかせ、唸る。
「俺の他も、護れるぜ」
ローフィスは、顎を上げるとそのギュンターに、一つ大きく、頷いた。
ディンダーデンはやれやれ。と焦げ茶の長い髪をばさり!と振り
「やっと俺の、流儀だな!」
と叫んだ。
青空を背に、ノルンディルが馬上で、激しく駆け込む馬の手綱を強く引き、止め叫ぶ。
「どっちだ!」
「まだ、出て来ません!」
見上げるメーダフォーテの黒装束の部下の言葉に、ノルンディルはほっと吐息を吐き出す。
「間に合ったか」
レッツァディンも、手綱を引き怒鳴る。
「ここと…もう一つの出口は近いのか?!」
部下は自分達の居る岩場のより上の、三つ丘を越した高台にある草原を指す。
「雇ったごろつき達を掻き集め、配置してあります。
こことの中間地点にも、多数。
どっちに出ても加勢に、駆け付けます」
「…時間稼ぎか。
そちらの出口から来ても十分、間に合うな」
ノルンディルの言葉に、レッツァディンも頷いた。
「ではここで、待とう」
アイリスは出口を見上げた。
もうとっくに、急な坂の岩場の水滴で濡れて滑るその道を、皆馬を降りて進んでいた。
出口近くの縦幅は低く、馬は頭を殆ど背の高さ迄下げなければ抜けられないくらいだった。
「…子供達を降ろせ」
アイリスの言葉に、ローフィスはシェイルに顎をしゃくり、シェイルは馬上のレイファスの脇にそっと手を差し入れ降ろす。
テテュスはアイリスに抱き下ろされて彼に抱きつくと、アイリスはテテュスにうっとりとした微笑を、向けた。
その濃紺の瞳が
『とても大切で、大好きだ』
と物語っていて、テテュスは胸が詰まった。
ゼイブンに抱き下ろされ、ファントレイユは足下が滑った。
ゼイブンの大きな手が腕を掴んで引き上げ、転びかけた足を持ち直し顔を、上げる。
見た事の無い程真剣なゼイブンの顔に、ファントレイユは胸がざわつく。
『大丈夫だよね?』
聞きたかったけど言葉が出なくて、行くぞ。と促す、ゼイブンの無言の手に引かれ、ファントレイユはそっと滑る足下を見つめ、歩き出した。
ディンダーデンがその長身の背を屈め、背後のギュンターを見る。
「低いな」
ギュンターの顔が更に引き締まり、横を歩く愛馬ロレンツォに身を屈めたまま振り向き、そっとつぶやく。
「背を擦るなよ」
馬は『解ってる』と
ヒヒン!と首を揺らし、短くいなないた。
が、その低い通路を出て直ぐの洞窟の天井は人二人分程高く、その向こうはもう、岩壁は途切れて青空が顔を覗かせた。
けど目前は岩が迫り出す高い段になっていて、アイリスは馬に、駆け上がるよう手綱を波打たせると、サテスフォンは前足を跳ね上げ、その狭い場所から嬉々として焦げ茶の体を艶めかせて飛び上がる。
アイリスがテテュスの手を取り、テテュスは足場の岩に前足を掛け、一気によじ登った。
テテュスが、巨大な岩で出来たお碗のような周囲を岩壁に遮られた窪地に立つと、アイリスが直ぐ横に飛び並ぶ。
大きなすり鉢のようなその場所はもう天井が無く青空が頭上に広がり、テテュスはその足元が湾曲した岩の底をアイリスに手を引かれ、進む。
その先は狭い岩の間をよじ登って窪地を出、一面広がるごつごつとした岩場に出る。
岩場のその向こうには緑の草原が風に揺れていたものの、両側は小山のような岩で囲まれ、前方は一面足下に岩がごつごつと突き出し、歩くのが大変な場所だった。
皆は後に続くものの、足場を確かめながら進む。
尖った岩が所々突き出し、うっかりすると岩と岩の間に足を挟まれそうに成る。
テテュスはディングレーとアイリスに両脇を護られ、手を引かれて進んでいたが、空は頭上いっぱいに青く輝き、雲一つ無い快晴で、頭上から陽が差し込み爽やかな風が吹き渡ってたなびく緑の草原が、岩場の向こうに見えた。
『西の聖地』と違い、開放的で明るい感じの場所で、どこか気持ちのいい特別な“気"が、漂ってる気がして、『光の里』が近いせいなのかな?とその景色を見つめた。
ファントレイユもゼイブンの愛馬コーネルが、岩場で苦労して足場を探すのを目に、まだ乗れない。と不安はあったものの、前方に広がる緑の草原とその向こうのなだらかな丘を眺め、思わずその清々しさと爽やかさに胸がすっ。と気持ち良くなって、ゼイブンの不安は当たって無くて、このまま『光の里』迄直ぐに行けるんじゃないか。と思った。
レイファスは両横のローフィスとシェイル。
そして前を行くゼイブンとローランデの皆が皆、何気なく振る舞いながらも底に緊張を隠し持ち、いつでも反応出来るよう、目と耳をそばだてる様子につい、唾を飲み込む。
が、爽やかな風が頬を撫でると、そんな緊張を一気に忘れ、どこまでも広がる晴れ渡る青空に微笑む。
まるで、闇が永久に、消え去ったように思えて。
だが、最後尾のレイファスらが洞窟を出、碗の窪地を上がった、その時だった。
彼らの両横の高い岩の上から、そして先頭アイリスの左横から、まだ岩場を抜けきらない内にバラバラと賊達が現れ、襲いかかったのは。
「ヒヒン!」
馬達が一斉に前足を跳ね上げ、刃物を持つその男達の襲撃に怯える。
アイリスもディングレーも、一瞬でテテュスを背に回すと、左右から襲いかかる男に素早く剣を抜いて、その不安定なごつごつした岩だらけの中足場を探し、踏み込むと走り来る敵に、一気に斬りつける。
ずばっ!
テテュスはアイリスの振り切った剣を受け、のけぞり血を吹き出す男を見、ディングレーが斜め上から一瞬で斬りつけた男の肩が、縦に避けて血に染まるのを見つめる。
そして前方、彼らの馬サテスフォンとエリスが、男達の襲う刃物から逃げようと激しく身を振るのを、見た。
賊達は馬をも殺そうと、周囲を囲う。
ディングレーは目前の男を短い横振りで、ずばっ!と至近距離で殺すと、賊の刃物から身を逃して暴れるエリスの手綱を放し、怒鳴る。
「逃げろ!エリス!」
エリスは横腹に刃物の傷を作り、咄嗟にアイリスが手綱を手放したサテスフォンと共に、岩場を抜けて草原へと駆け出す。
その後をオーガスタスの愛馬ザハンベクタも、襲いかかる賊に目を剥き鼻息荒く唸り、主人と同じ赤い毛並みの、他の馬より一際大きな体のその腰を思い切り捻って敵を吹っ飛ばすと、二頭の後を追った。
襲った男はその巨体に思い切り弾かれ、あまりの衝撃に刃物を手からふっ飛ばして岩場にもんどりうって転がった。
ギュンターとディンダーデンも馬を殺されてはと、襲いかかる男達を斬り殺しながら、手綱を放して怒鳴る。
「行け!ロレンツォ!」
ディンダーデンは黒毛の愛馬ノートスに刃を振りかぶる男の背を、ずばっ!と斬り殺し、怒鳴った。
「何て事しやがる!」
ノートスは黒光りする体の向きを変え、そのまま岩場を、足場を探しもたつきながらも抜け、草原へと一気に駆け去る。
シェイルも飛びかかって来る男に長剣を振り、ローフィスも突き入れようと真っ直ぐ向かって来る男の腹を思い切り蹴り、彼の栗毛の愛馬オーデに剣を向ける男の背に、短剣を叩き込む。
ゼイブンは腕の中にファントレイユを庇うと、ローランデが彼らを取り巻く男達を、瞬時に振る剣を返し、なぎ倒しながら次々斬り殺す、その四人をあっという間に倒すあまりの鮮やかな剣捌きに、さすが実戦だと半端じゃないな。と長髪を波打たせ激しく身を振るローランデに視線を送る。
が、ローランデがいななく馬に振り向き、轡を掴み剣を突き刺そうとする賊を見、思わず叫ぶ。
「ラディンシャ!」
ゼイブンの短剣が飛ぶと男は、そのまま肩を押さえて後ろに、飛んで転がった。
「こっちは任せろ!」
言ってゼイブンは、どれだけの数を配備したんだと思う程、層の厚い男達が岩場の上から次から次に姿を見せるのに、コーネルとサテスフォンに群がる男達を短剣で次々と狙い、刺し殺しながらファントレイユを、そっと見た。
群がる男達に囲まれ、コーネルの背は激しく揺れている。
乗せてる間も、無い。
ゼイブンは覚悟を決め、手綱を放すとコーネルに怒鳴る。
「行け!」
ローランデも同時に放すと、クリーム色の毛並みの二頭、ラディンシャとコーネルは群がる賊を蹴立て、並んで駆け去った。
草原に駆け出す馬を、それでもニ十人以上の男達が追い立て、取り囲み、殺そうと襲いかかる。
「ヒヒン!」
手綱を掴んで引き寄せ、刃を振り上げる男に、ギュンターの白のアクセントの入った栗毛、ロレンツォは怯えて前足を跳ね上げ振り解こうと必死だが、その刃が首を振る彼の毛皮を掠る。
傷は浅いが、まだ手綱を握る男が突き殺そうと刃を振り上げた途端
どかっ!
ディングレーの愛馬黒毛のエリスがその背に、振り上げた前足を蹴り降ろす。
「ぐわっ!」
後続の馬達も次々に轡を掴まれて襲われるのを目に、エリス。そして体の大きなオーガスタスの愛馬、赤毛のザハンベクタが、前へと進む向きを後ろに変え、怒濤の如く向かって行く。
エリスもザハンベクタも、仲間の馬に害成す人間達を次々と前足を跳ね上げ、蹴りつけて襲う。
ディンダーデンの愛馬ノートスも、黒毛を艶めかせ、ロレンツォやミュスを襲おうとする人間達に首を大きく、そして激しく振り回して近づくけまいと突進する。
ラディンシャの脇に剣を突き入れようとした男に、エリスは駆け付け様首を下げて突進し、男ははね飛ばされて地面に叩きつけられた。
ノートスとエリス。そしてザハンベクタが、群れの周囲からその襲撃者達を、追い払うように鼻息荒く走り回り、人間が近づくと前足を容赦なく跳ね上げ、首を振り回し、その体で体当たって襲いかかった。
エリスが周囲を一周すると、ヒヒン!と嘶いて、先頭を走り始め、馬達は次々と彼に、追随する。
左をザハンベクタが、右をノートスが、群れを護るように、その丘の上。
彼らが主人達を乗せて辿り着く筈だった場所へと駆け登り、その姿を消して行った。
ディングレーは周囲を取り巻く男達に素早く剣を振り回す。
「ぎゃっ!」
「うぎゃっ!」
二人をあっという間に斬り捨て、賊達は警戒を見せて隙を伺い控えるその間に、チラと横のアイリスに視線を送る。
アイリスは左手を背後のテテュスに回し、右に握る剣を逆手に持ち、襲い来る男達を至近距離で右に、左に薙ぎ払っていた。
足場が悪い。
草原迄はほんの僅かだ。
「ぃえええいっ!」
気合いを込めてかかって来る賊を、ディングレーは斜め上から
ずばっ!
と素早い振りで一刀の元斬り捨てると、振り向きテテュスの手を、掴む。
テテュスのあどけない濃紺の瞳を見た時、ディングレーの胸が熱く成る。
アイリスが振り向き、頷く。
ディングレーとアイリスは両脇から襲いかかる敵に剣を振って威嚇し、まん中のテテュスを庇いながら草原へと駆け出した。
混乱の隙を付いてファントレイユに襲いかかる敵を目に、咄嗟にゼイブンは左腕を差し出し息子を後ろに庇い、真正面に滑り込むと、短剣で至近距離から喉をかっ切る。
「ぐわっ!」
男は喉から血を吹き出して仰け反り、ローランデが振り返る。
ディンダーデンとギュンターは豪快な立ち回りで敵を威嚇し、同時に振り向き、怒鳴る。
「来い!」
「早く!」
前を切り開く二人に付いて、ゼイブンはファントレイユの手を握ると駆け出す。ローランデが素早く走り寄り、横から追い縋る二人の敵の目前に立ち塞がると、持っていた剣を左右にさっと流れるように斬り返す。
二人の男はローランデが一瞬で目前に現れ、銀の閃光が走ったかと思うと、それぞれ腹と胸を斬られ
「ぐわっ!」
と叫んで仰け反り、後ろへ吹っ飛ぶ。
前方の皆が草原へと駆け出すのを見、ローフィスは目前で剣を振り下ろそうとした男の腹を素早く蹴り倒し、シェイルに怒鳴った。
「レイファスを、抱いて走れ!」
シェイルはレイファスに屈み、抱き上げると、振り返らず走る。
横から飛びかかる男に視線を振るが、背後を護るローフィスの短剣が振りかぶる剣を持つ賊の肩に刺さり、男は
「ぐわっ!」
と叫んで体を後ろに倒す。
その隙にシェイルは横を、走り去った。
アイリスとディングレーが草原に出ると、左横の坂の下から、わらわらと賊達が姿を見せ、走り寄って来る。
その数の多さにディングレーは素早くテテュスの前に出ると、向かい来る敵に剣を、振りかぶって斬り殺す。
アイリスは一歩後ろに引いてテテュスの体に触れて確かめ、剣を横に大きく薙ぎ払って、駆け寄る敵を鮮やかに斬り殺す。
ディンダーデンとギュンターが右と左に、仲間から一歩前進して向かい来る敵を次々と斬り殺し始め、ゼイブンはテテュスの横にファントレイユを導くとその手を離し、振り向き様、ディンダーデンの背後から剣を振り上げ襲いかかる男の背に、短剣を投げた。
「ぐわっ!」
男が仰け反り、ディンダーデンが素早く振り向く。
少し離れた場所から真っ直ぐ見つめるゼイブンの淡いブルー・グレーの瞳が注がれ、ディンダーデンはとうとう短剣の“名手”を認めざるを得なくなって忌々しげに、前に駆け寄る男が剣を構えるその前に、ざっ!と敵の肩に素早く剣を、力任せに振り下ろす。
「ぎゃっ!」
豪快な剣捌きに、後から来る賊達はディンダーデンの周囲を取り巻き、警戒を強める。
ローランデは横のギュンターが、相変わらずしなやかで俊敏な動きで金の髪を散らし、あっという間に相手との距離を詰め様その激しい剣を、一瞬の元振り下ろすのを見、やって来るシェイルがレイファスを抱き上げ、両手が塞がっているのを確認すると、シェイルに襲いかかる男の真正面に一瞬で滑り込んで、ざっっ!と剣を真横に薙ぎ払った。
直ぐ後ろから追い縋る賊にも、柳が揺れる様な流麗な所作で間合いを一瞬にして詰める。
男は目前にローランデを見つめ、あっ!と驚いて、腹を見る。
突き刺された剣が腹を抉り、そのあまりの素早さに目を見開きローランデを…柔らかな色合いの栗毛に囲まれた白面の、澄んで射るような青の瞳の、端正な騎士…を間近で見つめ、ローランデがその剣を引き抜くと共に
「うっ!」
と叫んで、その激しい痛みに崩れ落ちた。
ローフィスはばらばらと草原を走り、襲い来る賊達に短剣を一気に三投投げて倒し、真正面、横に走り込む男達を次々と乱暴に蹴り倒し、相手がヨロめく隙に、右に左に、長剣を素早く振り入れ止めを刺した。
そのあまりに乱戦に慣れた器用な早業に、レイファスはシェイルにしがみつき見惚れる。
また…!
正面から剣を振りかぶって襲い来る男の腹を思い切り蹴った後、ローフィスが一瞬で短剣を遠方に投げ、その手から放たれた短剣は真っ直ぐ前から走ってくる三メートル程遠くの男の胸に刺さり、男は前倒しに倒れる。
蹴った男が起き上がりかけるその間に長剣を、ぶすりと腹に刺し込む。
男は起こそうとした背を反らせ、地に再び転がる。
ローフィスが背後に振り向くと、襲いかかろうとした男は“蹴られる!”と一瞬身構え、慌てて一歩後ろに、引く。
ローフィスは蹴ろうとして気づき、にっこり笑うと賊は眉間を寄せる。
「…?…ぐぁっ!」
瞬間ローフィスの肩が動き、その手から放たれた短剣に胸を刺され、男髭面の下卑た夜盗は後ろに倒れる。
ローフィスは一つ、頷くと、倒れた男の胸から短剣を引き抜いた。
レイファスを護るシェイルを背に回し、ローランデは向かい来る敵を、鮮やかに剣を振って次々に斬り殺し続ける。
その度に彼の濃い栗毛と淡い栗毛の混じる長い髪が動きに沿って流麗になびくのを、レイファスは頼もしげに見つめた。
群れ寄る六人の賊を相手に、引くどころか自ら突っ込んで行く。そして次々刃物が振り上げられるのに、怯む様子無く冷静に瞬時に対応し、薙ぎ払う剣を脇差しで止め、右手の長剣で横の男を斬り殺し、咄嗟に身を返し様脇差しで左の男の腹を突き直ぐにもう、前の男の剣を右で止めて間を詰め、左の脇差しで相手の腹を突く。右の剣で倒れる男の剣を薙ぎ払い様、直ぐ横の賊の向かい来る胸元をばっさり、斬り捨てる…!
賊はまだ、どんどんとやって来るのに、ローランデを見てると不安も恐怖も消え去って行った。
突然ローランデの背の向こう、隙を付いてこちらに駆け寄ろうとする賊が仰け反って倒れるのを目にする。
右。左。戦うローランデを避け、こちら目がけて次々に駆け込もうとする賊が、体を折ったかと思うと、その場に倒れ伏す。
けどローランデは手前の駆け寄る敵に一瞬で間合いを詰め、薙ぎ倒してる。
「ぐわっ!」
その左横でまた…!
賊が喉に両手を当て、仰け反り倒れる。
ふ…と見上げるとシェイルが厳しい顔で、すっ!。と手に持つ短剣を、ローランデの隙を付いてこちらに駆け込もうとする賊に向かって投げつけていた。
一瞬で、シェイルが飛び込んで来る賊を見つけた途端、その男は倒れる。
レイファスは思わず、本領を見せるシェイルの本気とその静かな迫力に、ごくり。と喉を鳴らした。
ファントレイユは皆が序々に近寄り、一塊に成って自分達を護ってくれる様子を、ゼイブンの背の後ろから覗った。
前方をディングレー、アイリスが、テテュスを背に回して護っていて、ディンダーデン、ギュンターは皆らから少し離れた左右で向かい来る敵の数を減らし、後方をシェイル、ローランデ、そしてゼイブンが、レイファスと自分を背に回し、護ってくれている。
ローフィスは最後尾で、長剣と短剣を振り群れを敵から護る為、押し寄せる賊を仕留め続けていた。
それでも…駆け寄る敵の数はまだ減らない。
皆の前に斬り殺した賊の死体が、いっぱい転がってる筈なのに…なだらかな草原の坂の下の方から、賊達はまだ、群れを成して続々とやって来る。
ゼイブンは次々に敵を素早く倒すローランデの活躍を目に、少し前へ出ると、草原からこちら目がけて走り来る男達を遠距離から次々に、短剣を投げて狙い撃ちした。
ゼイブンの手から一直線の閃光が光ったかと思うと、かなり離れた場所の賊が走る途中、身を仰け反らせて次々に倒れて行くのを、ファントレイユは呆然と見守った。
“凄い…!”
ゼイブンが遠距離の敵を、顔色も変えず倒す様子に、ファントレイユは胸が躍った。
が、彼らが抜け出た後方の岩影から、三十数人もの賊が一気に群れ来て、その押し寄せる足音に振り向いたローランデは慌てて身構え、ギュンターもディンダーデンも後方に視線を振ると、黒く群れなす賊の数の余りの多さに、目前の賊を剣を振り上げ様斬り殺し、後方に駆け付ける為に道を切り開く。
ゼイブンはチラ。とその数の多さに眉をしかめ、だが団子のように固まって駆け寄る男達の狙いにくさに、ちっ!と舌を鳴らし、草原下方左側面から、ばらばらと走り来る賊が絶えないのに目を止め、咄嗟に数を減らす為短剣を振り上げた。
ローフィスは目前の、先頭を走り来る三人に一気に三本の短剣を投げ仕留める。先を行く男が三人ほぼ同時に、喉、胸、腹を押さえて蹌踉めく様子を見せても、背後の男達は怯まず倒れる男を避け、尚も突進して来るのにローフィスは長剣を正面に構えて、迎え撃つ。
ずばっ!
また…ギュンターの金の髪が散り、囲む敵を一人、その激しい剣で倒すのを、ファントレイユは見た。後方の群れ来る賊を睨み、敵が背後から剣を振りかぶる気配に、咄嗟に剣を逆手に持ち変え、振り向かぬまま後ろに一気にぶすり…!と賊の腹に突き刺す。
豪快に引き抜き様背後の賊は
「ぐぁっ!」
と大きく呻くがギュンターはやはり、振り向きもしない。
どけ!と言わんばかりに、後方に駆け付けようとするその前を阻む敵を睨み付けたまま、激しい剣を素早く襲いかかるように振り切って敵を続けざまに斬り殺す姿は、まさしく野生の豹が牙を剥く姿を彷彿とさせ、ゼイブンがどうして
“あいつだけは怒らせるな”と言うのか、解った気がした。
ローフィスが、真正面から斬り込む敵に咄嗟に体を屈めて突進し、肩をぶち当てたかと思うとその瞬間、男は腹から血を吹き散らして後ろに倒れる。
そしてローフィスは思い切り剣を、後ろに引く。
剣を頭上に振りかぶり襲い来る二人の賊の腹を、横に大きく早い一振りで、二人同時に薙ぎ払った。
レイファスはディンダーデンが後方を睨みながらも目前の五人を威嚇するように睨み付け、恐れおののいて背後にずり下がろうとする間も与えず、一瞬で飛びかかって豪快な剣を振り下ろすのを見つめた。
ずばっ!
銀の弧の、残像が残るだけで、振り上げた所から一瞬で振り切ってた。
ディンダーデンの濃い栗毛がその一瞬宙に舞い、剣を下げた時頬に振るのを、信じられないようにレイファスは見つめる。
あんな…豪快な大振りなのに…早い!
ローランデの振りは小さく、けどその一瞬で二振りはしてる。
レイファスは皆の本気の戦いぶりがどれ程凄いのかを目の辺りにし、つい思った。
オーガスタスがもし…影の化け物相手で無くここで…戦っていたなら…。
きっと心から彼の凄さに、わくわくしたろうに…。
一瞬また、目頭が熱く成るのを、レイファスは必死で堪えた。
テテュスは混乱を極める様子に、アイリスの時折背後に振る手の温もりが、自分を護るように回されるのにその都度、自分はここに居る。と知らせるようにそっ…と握り返す。
途端アイリスの背に、微笑んだ時のように暖かい輝きが宿るようで、テテュスは必死でアイリスの揺れる大きな背を、見つめ続けた。
ずばっ!
激しい音と共にまた、賊がアイリスの背の向こうで血を吹き出し下卑た顔を思い切り歪め、仰け反る。
ディングレーの背は張り詰め、非情ともとれる程容赦無く、銀の閃光を振らせ目前の敵を叩き斬る。
なのに…自分に向けた背からは気遣う“優しさ”が溢れ、テテュスはディングレーの背に必死に心で、語りかけた。
“僕は大丈夫。ちゃんとここに居るから!”
それがディングレーの背に届いた時、彼の安堵の吐息が、聞こえるかのようだった。
一人斬ってもまた次…!
隙を付いてテテュスへ飛びかかろうとする賊の目前にディングレーは身を寄せ、その剣を振り下ろす。
ばっ!
途端吹き出す男の血を避け、次の賊の真正面に向かい合う。
その敵が途切れる事無く続いても、ディングレーは敵の姿が途絶える迄、戦い抜く覚悟を決めていた。
アイリスは数は減ったとはいえ、まだ前を塞ぐ男達が次々襲い来るのを短い振りで瞬時に斬り倒し、その向こうの丘を見つめる。
馬で駆ければあっという間。
だが今は、遠く、感じられた。
後方は、団子のように群れ来る賊に混乱を極め、シェイルはレイファスの手を握ったまま離さなかった。
レイファスはシェイルが体の向きを変え、短剣を投げる毎に握られた手を引っ張られ、一緒に体の向きを変える。
その手が痛い程きつく握られ、シェイルの整いきった美貌の真剣そのものの表情に、レイファスは彼がどれだけ必死に自分を護ってくれているのかが解って、胸が熱く成る。
どんっ!
背に当たり、振り向くとテテュスがこちらに振り向いていた。
「ごめん…!」
だがまたシェイルに手を引っ張られ、レイファスは引きずられる。
テテュスは反対側の手を握り、レイファスの顔を見つめて微笑む。
「僕は、大丈夫」
レイファスはそう言う、テテュスの顔を見つめた。
こんな時なのに、とても紳士的な彼に、感嘆して。
ローランデは目前に三人が肩を寄せるようにして剣をぎらりと光らせ、襲い来るのを目の端に、チラと後方を睨み据える。
群れ来る男達をローフィスがたった一人で迎え撃ち、だが固まり押し寄せる賊の隙を付いて、シェイルが援護のようにローフィスの背後から短剣を振らせてその数を減らし、ゼイブンは目前の敵を長剣で斬り倒すとローフィスの横に飛び入って、長剣でがっし!と敵の剣を受け止めながら、寄り来る賊達の腹を、ローフィス同様がんがん次々に蹴って、押し戻していた。
ローランデは視線を正面に戻すと、すっ!と腹に“気"を貯め、剣を下げて身を屈め、目前に迫る三人に一気にその剣を、急所目がけて振り切った。
左の男が腹を、真ん中の男は胸を、右端の男が腹を、剣を振り下ろそうとした瞬間斬られ、目前のローランデを驚愕に目を見開き見つめ、その後それぞれ
「ぐわっ!」
「ぎぇっ!」
「ぐうぅっ!」
と叫んで傷を押さえて倒れ伏す。
ローランデはチラ…!と、援護に向かおうと焦るディンダーデンの激しい戦いぶりに視線を送る。
剣を豪快に振り切って敵を仰け反らせたと思うともう次の賊が、横から隙を狙い剣を、振りかぶっていた。
ディンダーデンが振り向き目が合うのに一瞬
『こっちは任せろ』
と目で合図を送り頷くと、ディンダーデンも微かに頷き返し、視線を横へと戻すと敵の剣が振り下ろされるのを待たず一気に、ずばっ!とその早い剣を振り切る。
鮮やかな銀の弧を描き様賊は剣を手放し、鮮血を散らせた。
ローランデは剣を下げて駆け、蟻のように列なしてローフィスへと襲いかかる賊の群れの、列成す真横へ回り込み斬り込むと、あっと言う間に二人を斬り殺し、群れる賊達はその突然の襲来に、ぎょっ!として押し寄せる隊列を崩す。
ローフィスの正面に居た賊達は、背後の男達が一斉にどよめき、背を小突き押し退けるのに眉根を寄せ、ローフィスへと襲いかかろうと振るその剣を止め、何が起こったのかと背後を覗う。
ローフィスはその様子にやれやれ。と、後方の混乱に気を取られる正面の賊の三人の腹を次々にぶすり…!ぶすり!ぶすり!とあっという間に三突きし、賊はそれぞれ
「ぎゃあっ!」
「ぅぐぅ!」
「ぐえっ!」
と叫んで身を屈めて倒れ伏す。
隊列を崩す男達はローランデから逃げるように散りながら、ローフィスの右手ゼイブンへの方へと迂回して背後のファントレイユを、狙い始めた。
ローフィスはちっ!と舌打つと、ゼイブンの背後を通ってファントレイユの正面へ回り込み、その小さな手を握り奪おうと差し出す賊の手を剣で薙ぎ払い、ファントレイユを自分の背後に回すと、身を屈めて襲い来る賊の足の間に足を滑り込ませて絡め、賊の足毎思い切り後ろに引き、仰け反りバランスを崩す賊の腹に再びぶすり…!と一気に剣を、突き刺した。
ファントレイユは突然大きな大人の、賊の下卑た顔が自分を捕まえようと伸ばす手から逃げようとした途端、ローフィスが割って入ってその手でそっ…と自分を押し退け、その頼もしい背を向けるのに安堵の吐息を漏らす。
ローフィスが身を屈めその背が揺れたかと思うと
「ぎゃっ!」
と叫ぶ賊の声がし、血が滴る剣がさっ、と後ろに下げられて、ローフィスが敵を殺したんだと解る。
ローフィスの足の間に、さっきの賊が目を見開き、地にうつぶせて倒れ伏すその顔が見えた。
が、ローフィスはもう次の敵と戦っていて、ファントレイユは震えながら痛みに微かに呻く賊が事切れていく様を見つめ、心の中で祈る。
どうか、ローフィスやゼイブン…そしてみんなが、こんな風に絶対、成りませんように…。と。
ギュンターが、前方を塞ぐ賊を苛立ち紛れに激しい気性のまま、剣を振り降ろし叩っ斬り、後方の様子を伺うように視線を送る。
ローフィスはその視線を受け止めると、再び回り込む敵を思い切り蹴って、敵が蹌踉めく隙にぶすり…!と剣を腹へと突き刺し、血糊をべったり付けて剣を引き抜きながら
『こっちは大丈夫だ』と素早く目で告げる。
ギュンターは自分へと一瞬投げられたローフィスの明るい青の瞳を見、その向こうに視線を振ると、団子のような多数の賊の固まりが斬り込むローランデの剣を避け、散り散りに広がり走る様を見て一つ、頷く。
ローフィスは、それより…。
とその明るい青の瞳を、今だ草原下方から絶えずばらばらと駆け登り来る賊に、視線を送る。
ギュンターは振られた方へと首を振る。
草原から走り来る賊を、一番最初に迎え撃つのは自分の役割だと解ってはいたが、賊の数がまだ続々と増え続けるのを忌々しげにきつい紫の瞳で睨み付け、周囲を囲む賊の一人が振り下ろす剣を、顔を横に振って瞬時に避け、顔を戻すと恐怖に震える賊に、一気に頭上からその激しい剣を振り下ろす。
「ぎゃっ!」
血しぶきが散るのを身を捻って避け、背後の敵にその視線を向ける。
賊は剣を構えるがぎりぎりで恐怖に竦み、体を捻って背を向け、その背をギュンターは金の髪を散らし、再び激しい剣で叩き斬った。
ディングレーは今だ正面から押し寄せる敵が、一人斬っても直ぐ後ろに次が付くのを睨み付け、一気に賊の真正面に付くと剣を振り下ろす。
ばっ!
振り切った途端鮮血が飛び散るのを、肩を捻り避ける。
が途端直ぐにぎらり…!と銀の光が視界の端に飛び込み、ディングレーは身を屈め、突っ込んで行く。
ざっ!
真横に腹を薙ぎ払い、咄嗟に肩を引く。
鮮血が、避けたディングレーの肩に飛沫を散らせて吹き出し、ディングレーは剣を大きく振り下げて、剣に付いた血糊を払った。
アイリスが頻りに後方を気にして顔を向ける様子を目に、そちらに振り向くとローランデが賊の群れの真ん中で、独特の艶やかな髪を流し身を振る度、四方の賊が血しぶきを上げて倒れ行く様を見
『大丈夫だ』
と顎を揺らしてアイリスに合図を送る。
アイリスはディングレーの顎が差し示す方向にローランデの戦う姿を見つけ、ほっ。と安堵したように吐息を吐くと、また左端を狙い、背後のテテュスへと滑り込もうとする賊を、害虫を殺すように短い振りで一気に斬り殺す。
アイリスの側面へ突っ込んだ途端、賊は横から腹を斬られ
「ぐわっ!」と叫び、仰け反った。
が、幾体もの死体が転がるその背を踏みつけ、次の賊が駆け込んで来る。
アイリスは咄嗟に剣を真後ろに引くとその賊が駆け込み様突進し、腹を思い切り突いた。
アイリスの剣先に飛び込むように腹を深く突かれて、賊は目を見開き、口から血の塊を吐き出す。
が、アイリスはさっと剣を引くと、直ぐ真横から突っ込んで来る別の賊の腹を、剣を一瞬で逆手に持ち変えて、一気に左へと鋭く短く、薙ぎ払う。
「ぐえっ!」
仰け反り倒れる仲間を目前に、だが賊達はお宝…子供…の前に、それでも立ち塞がる敵を見た。
優雅に見えるその甘っちろい顔の美男が、長身でしかも…体格が良いのに賊達は気づくが、その背後、子供の姿を目にすると、恐怖も忘れて突っ込んで行った。
アイリスに襲いかかる賊達の一人が、背を突然斬られ仰け反る。
「ぐぁっ!」
振り向くと黒髪の、いかにも強そうな強面の騎士が、挟み撃ちするように背後から襲い来て、賊達は途端左右に散る。
がアイリスの左横を擦り抜けようとした賊は横腹を一突きされたし、右横に駆け込む賊はディングレーから背に剣を、浴びせられて倒れ伏した。
ディングレーの背後に回り込んだ賊が、剣を振り切って下げ、身を屈めるディングレーの背に、剣を大きく振りかぶる。
「ディングレー!」
テテュスが思わず叫んでその歩を踏み出すと、咄嗟にアイリスが振り向き、叫ぶ。
「出るなテテュス!ディングレーは大丈夫だ!」
テテュスは必死な表情のアイリスを見、そしてディングレーに視線を戻す。
真正面に、ディングレーは居た。
長い黒髪に囲まれた…その涼やかで男らしい顔が、見つめる自分に微笑を送る。
けど身を屈める彼の背の真上に、ぎらりと銀に光る剣が、振り下ろされようとしていた。
「ぐぅぅっ!」
くぐもる声と共に、振り上げられた剣はディングレーの後方頭上で震え、その背に振り下ろされる事無く地に落ちる。
からん…!
すっ!
ディングレーが屈めた背を伸ばし、その手に握られた逆手の刃を背後の賊の腹から、一気に引き抜く。
その剣先にはべっとりと血が付いていた。
後ろの敵は腹を押さえてその場に倒れ伏し、がその背後から、また別の賊が剣を振り被って突っ込んで来る。
ディングレーは振り向き一歩を踏み出し間を詰め、賊が剣を振り下ろすのを軽く顔を横へ振って避け、剣を至近距離から下から斜め上へと、思い切り振り切った。
「ぐぅぅっ!」
賊はディングレーに向かって身を倒し、ディングレーは肩を捻ってそれを避け、賊はテテュスの前にその背を曝し倒れ込んだ。
ディングレーは血糊を
びっ!
と音を立てて拭うとテテュスに笑った。
「死体が怖く無いか?」
テテュスはそれでもまだ心配で眉を寄せ、小声でささやく。
「…ディングレーが、斬られる方が怖い」
がディングレーはまた爽やかに笑うと、テテュスに告げる。
「…なら怖いもんは、何も無いな!」
テテュスはその自信に呆れ、けど頼もしくて嬉かったので、ディングレーに思い切り微笑みかけた。
ギュンターが、草原下方から駆け上がって来た敵に囲まれる。
その隙にレイファスの背めがけ、賊が滑り込もうとするのを目にし、ローフィスは一声叫ぶ。
「ゼイブン!ここは任せるぞ!」
ゼイブンは素早くローランデに視線を振ると、群れを散らしていたローランデは一つ、頷いて咄嗟にゼイブンの方へと駆け始めた。
ローフィスはそれを見越すと、レイファスの背に届こうとする賊の背後に飛び込み、賊の首に左腕を回し背後から捕まえると、すぱっ!と右手の剣で喉を掻き切った。
その男を地に降ろし様直ぐ背を狙う賊に振り向くと、長剣を横にざっっっ!
と、振り切りる。
「ぐぇっ!」
ギュンターが敵の囲みの中から視線を送り、ローフィスは彼に視線を向け、一つ、頷いて見せた。
途端ギュンターは身を屈めて正面に突進し、三人の賊は慌てて背を向け、逃げようと身を捻りその内の二人は背を、脇腹を斬られ
「ぐわっ!」
「ぎゃっっ!」
と仰け反る。
背後の賊達はギュンターが背を向けた隙に、ローフィスの方へと向かって走り、剣を構えて斬りかかる。
ローフィスは飛び込んで来る二人の賊に、短い二振りで二人の喉を短剣でほぼ同時に突き、左横からレイファスの背めがけて飛び込む賊の、その足に足を掛け、思い切りすっ転ばす。
「ぐぇっ!」
地に倒れ込むその背に、ぶすり!と長剣を突き刺し、体を起こすと直ぐ正面へと身構えた。
ファントレイユを背に回し、腕を回して抱えながら、目前の腹を襲う賊の剣を、慌てて腹を引っこめて避けるゼイブンに、ローランデが一声叫ぶ。
「いいから、もっと下がってろ!」
ゼイブンもファントレイユもそう叫ぶローランデを揃って見たが、彼の前には二人も敵が、居る。
が、ローランデが身を屈めて流れるように突進し、鮮やかな銀の弧が波打つように上下に揺れたかと思うと、その二人は一瞬にしてその胸と腹から鮮血を吹き出し、ローランデは背後の敵が倒れ伏す様に振り向きもせずに、ゼイブンの正面で今度は頭上から、ゼイブンを叩き斬ろう剣を振り上げる賊の背後に軽やかに回る。
ゼイブンは正面のごつい男が剣を振り上げるのを見、つい短剣を投げようか、それとも長剣を振ろうか左右の手を交互にぴくり…!と動かし一瞬迷ったが、突然その賊は目を見開きぴたり。と動きを止め、そして背後に銀に光る剣が宙に一瞬止まるのを見た後、賊はいきなりゼイブンの方へと、倒れかかる。
ゼイブンは慌てて背後のファントレイユの腕をきつく掴み、一緒に後ろへと歩をずらした途端、賊はゼイブンの横に突っ伏す。
その大きな男が退いたその場所に、ローランデの端正な白面が覗き、彼はつぶやいた。
「…だから、下がってろ。と言ったんだ」
ゼイブンは思わずごくり。と喉を鳴らして唾を飲み込んで頷き、背後でファントレイユも、同時に頷いた。
「現れました!
デナン一家にドーダズ一味、ダルズ一味、それに部下らが足止めを!」
メーダフォーテの部下の叫びに、ノルンディルは顔を上げる。
今居る岩場より高台の草原に、男達が続々と、放たれた矢のように駆け出すのを見つめ叫ぶ。
「出るぞ!獲物だ!」
レッツァディンはその叫びに黒い長髪を、ばさりと振って振り向く。
豪腕フォルデモルドはその巨体を揺らし、赤毛を振ってにやりと笑う。
「オーガスタスを、殺れるんだな?」
栗毛の射手ドラングルデは、どちらも二メートルを越す大柄。同じ赤毛でありながら、人間の出来を比較され、オーガスタスに毎度煮え湯を飲まされ続けた腕力だけの男の言葉に
『奴とお前じゃ、役者が違う』
と冷笑する。
『死の刃』ラルファツォルは、真っ直ぐの銀の髪を揺らし、黙して剣を持つ。
そして部下らに視線を送る。
「シェイルを狙え。
奴さえ押さえれば、ディアヴォロスは我らに膝を折る。
左将軍の動きさえ止めれば、全てが終わる」
部下達はその言葉に、仲間である筈の近衛の騎士達を敵に回し、顔を引き締めると、頷いた。