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4 地下道への道のり


 頭上高くから朝日注す中、全員が旅支度を終えて(うまや)に向かう。

皆が吐息混じりで歩く中、ディンダーデンがアイリスに青の流し目をくべて尋ねる。

「で、どれ程で目的地に着く予定だ?」

アイリスは自分の馬が丁寧に手入れされているのに気づき、神聖騎士団の馬丁に感心しながら振り向いた。

「全うに行けば二日の行程を、たったの一日で、抜けられる」

にっこり笑われ、ディンダーデンは青冷めた。

「…夕べの道行きも確か、たったの二点鐘(二時間)だったよな」

その、二点鐘の大変さを皆が一斉に思い出し、一度に揃って俯き加減に成る。

ローランデがつぶやいた。

「…たった、一日?」

ギュンターも唸る。

「昨夜の、12倍大変ってコトか?」

オーガスタスが、覚悟を決めたように息を止めて一気に赤毛の大きな馬に跨ると、言った。

「具体的に考えるとここに残りたく成るから、それ以上は言うな」

ディンダーデンもギュンターも、ローランデも顔を上げる。

ディンダーデンとギュンターはその大柄な、太陽のような男に習って、湧き出す不満をぐっ。と押さえ込んで馬に跨った。

ローランデは人形のように綺麗でお行儀の良いファントレイユを、優しくそっと抱き上げて、馬に乗せる。

馬に跨るファントレイユはゼイブン譲りの淡い栗毛をふわっと肩の上で揺らし、透けるブルー・グレーの瞳を馬の横に居る、優しい色の栗毛を素直に背に垂らす美しい騎士、ローランデに投げかける。

「どうしてローランデだと、鶏肉に成った気分に、ならないのかな?」

ファントレイユの言葉にローランデはその澄んだ青の瞳を丸くした。

「鶏肉?」

ゼイブンが馬に跨るローフィスの横でとっくに馬上に居て、息子同様の淡い栗毛を揺らし、淡いブルー・グレーの瞳を息子に投げかけ、その言葉を耳にしていきなり怒鳴る。

「どうせ俺の抱き上げ方は、乱雑だしな!」

ファントレイユは美男の父親の不機嫌な物言いに、びっくりして目を、ぱちくりさせた。

が、ローランデはファントレイユの後ろに跨り、尚もつぶやいた。

「鶏肉???」


 ディングレーがアイリスに尋ねる。

「隊列は変わらないんだな?!」

アイリスは鮮やかに笑うと馬に跨り近づき、テテュスを、エリスの背に抱き上げようとするディングレーに微笑んだ。

「地下道迄は。

ローフィス。ゼイブン。

最短距離を、頼む!」

言って、最後尾に着く。

ローフィスとゼイブンはアイリスに振り向いて頷き、皆が一斉に馬上で

『またか…』と顔を、下げた。


 神聖騎士団の神域の、正門で無く使用人の使う小さな出入り口から一団は次々に馬上で駆け抜け、先頭のローフィスとゼイブンはその向こうの、短い草の生えそろう起伏ある草原を一気に駆けて行き、皆が一斉に馬を蹴立てて後を追う。


 やがて草原が途切れ、目前に急で巨大な岩壁が、頭上に広がる晴れ渡った青空の中、そびえ立つ。

ディンダーデンは横の迂回路を見つめた。

その先には、道がある。

ローフィスはディンダーデンの視線に気づき、彼の内心を代弁した。

「確かに、そっちに出るとまっとうな道だ」

ディンダーデンが直ぐ吠えた。

「俺はまっとうな道が、大好きだ!」

ローフィスが肩をすくめ、ゼイブンも同様でディンダーデンが怒鳴る。

「この先は崖だ!行き止まりだろう?!」

ローフィスは拍車を掛けてその岩肌を登り始め、怒鳴り返す。

「ちゃんと通れる!」

ゼイブンも後に続くと、手綱を引いて崖を駆け登る。

「嘘付け!」

後ろでディンダーデンは吠えるが、振り向くオーガスタスと隣のギュンターに

『諦めろ』と視線で促され、仕方無く馬に、拍車を掛けた。

ローフィスもゼイブンも馬を繰りながら、その岩山の崖を、足下を確かめながら斜めに登って行き、その姿はあっという間にうんと高い場所に(うかが)え、どんどん上へとその姿が小さく成って行く。

その後を、やけくそのオーガスタス、ギュンター、ディンダーデンがムキに成って馬を蹴立て、登り始める。

ローランデは目前の光景にそれでも唾を飲み込み、自分の番だと拍車を掛け、足を幾度も滑らせるディンダーデンの馬の後に続き

「はっ!」

とかけ声を掛けて馬を勢いづかせ、崖に駆け上った。

「…嘘だろう?」

シェイルは手綱を持ち上げ拍車を掛けようとし、背後のディングレーのぼそりと零す、言葉を耳にしてつい振り向くと、呆然と崖と登り行く盟友達を見上げるディングレーを見つめ、そっと尋ねる。

「重くて、馬が大変か?」

ディングレーが真顔で見つめ返し、つぶやいた。

「俺が降りれば、エリスは大丈夫だ」

前へと顔を戻すシェイルの、ため息混じりの声が聞こえた。

「あんたが、大変なんだな?」


 始めはまだ、良かった。

だが登り続けるとどんどんと高く成り、その上崖の僅かな道と呼べる岩場は横幅が殆ど無くて凄く急な坂で、尖る岩を避けて足を滑らせたら下に、真っ逆様に落ちる程危険で、とうとうディングレーは馬を、降りた。

テテュスだけを乗せてエリスを行かせ、自分は馬の後ろを必死で、足場の悪い起伏に飛んだ岩を、登り始める。

だがそっと横を見ると、緑の草原が足元遙か下に伺い見え、その余りの高さに目が眩みかけ、二度と下は見まい。と心に誓った。

オーガスタスも揺れる馬上でバランスを取りかねてとうとう馬を降り、ディンダーデンも、自分がバランスを取り損なうとその重みで、崖の遙か下の吸い込まれそうな空間に、馬と共に真っ逆さまに転がり落ちる。と肝を冷やし、馬を降りた。

シェイルは馬が揺れる度、横の何も無い空間に放り出されそうな、心元無い小柄なレイファスの腰をきつく抱き寄せ、その耳元で怒鳴る。

「レイファス!

下を見るな!」

レイファスは俯いた。

必死で、その小さな手で馬の鞍を、掴む。

ファントレイユもその高さに怯えている様子だった。

ローランデが馬を降りて、そっと言う。

「ラディンシャに任せて置いて、君は彼女にしがみついてなさい」

ファントレイユはやっぱり、ローランデの馬は雌だ。と解ったものの、凄く、怖かった。

岩場で馬上はただでさえ揺れるのに、体が傾く横には何も無い空間で、その下には小さく成った草原が遙か下に見えて、風はどんどん強く成り、馬が揺れて体が傾く度、馬の背からその空間へと真っ逆さまに滑り落ちて行きそうな気分に、ひっきり無しに成る。

ゼイブンは馬に跨ったままやはり手綱を繰り、幾分か下から、続いて登り来る息子に振り向き、怒鳴った。

「落ちる!と思うから落ちるんだ!

絶対落ちない!と、思っとけ!」

背後で皆が、まだ平気で馬上に居て進み続けるローフィスとゼイブンを、化け物のように見上げ、とっくに馬から降りて後を歩くギュンターが、ぼやいた。

「そういう問題か?」

ディングレーが振り向くが、やはりアイリスも馬上に居るのを目にしてつい、つぶやく。

「神聖神殿隊付き連隊は、信じられないな」

自分とて崖や岩山に登る経験はあったが、これ程急で危険だと思う場所は、追い詰められてそこしか、脱出や攻略法が無い時の緊急非常時しか、体験した事が無かった。

しかも勿論、徒歩でだ。

アイリスが馬上で微笑む。

「だって神聖神殿隊付き連隊にとっては、普通の道だからね」

ディングレーはアイリスの“普通”に言葉を失い、顔を上げられなかった。


 頂上に着いたのか、ローフィスとゼイブンの馬が、崖の上に止まっている。

皆が、その先はどれ程危険で急な坂を下りるんだろう。と、真っ青に成りながら、少し平らなその横を目指す。

ローフィスが、振り向いた。

「平坦だろう?」

オーガスタスは岩場に片足を乗せ、横で手綱を繰って馬をその平らな場所に駆け上らせ、手綱を握ったままその景色を一瞬覗って顔を下げ、馬上に跨る友、特有の言い回しに吐息を付きながらも付き合う。

「…そうだな」

ディンダーデンもギュンターも、咄嗟に鞍を掴んで馬にひらりと跨り、手綱を繰ってその横に駆け上がると、高い崖の頂上の、下から巻き上げる猛烈な風に髪を散らせながら

『嘘を付け!』

と心の中で怒鳴った。

目前に広がるのは岩場では無く一面若草色の草地で、でこぼこした小さな小山が裾野迄延々と続く、急勾配の坂だった。

ギュンターもディンダーデンも眼下に広がるその坂に暫し呆然と言葉を無くす中、ローフィスのとぼけた声は続く。

「馬が凹凸に足を取られると痛めるし、乗り手は背から放り投げられて一気に下まで辿り着ける。が…。

頭を打つと人間も、馬鹿に成るか死ぬから…」

ローフィスの説明に、ディンダーデンが唸った。

「解りきった説明はするな!」

ローフィスは軽く肩をすくめるが、その轟音に唸る風も高さをもまるで気にする風も無く、崖を降り始める。

本当に軽やかに彼は馬を繰り、右に左に馬の足を進め、馬も慣れた様子でそのでこぼこの坂を下って行く。

オーガスタスが吐息を吐くと、愛馬に跨り告げる。

「あいつを、見習わなくていい。

時間をかけて降りても、平気だ」

だが、やはり軽やかに駆け下りるゼイブンの背とその馬の尻の後を追い始めて、思った。

下り坂で、否応無しに重みがかかって速度が上がり始める。

オーガスタスは何度も、馬から降りて自分も転がろうか。と思った程どんどんと速度は上がり、思わず歯を喰い縛った。

手綱をきつく握りしめ、激しく揺れる馬上で舌を噛みそうできつく口を閉じ、馬が体の向きを変える度、上体を思い切り横に振られて飛び落ちそうで、必死に腿で馬の鞍を挟み込む。

が、馬が走る先の草地の凸凹に一瞬視線を送ると、急に迫り上がる小山とその横の窪みに馬の細い足が挟まれ、(つまず)きそうで幾度も肝を冷やすが、馬から降りる機会も無く馬に殆どしがみついて、あっと言う間にローフィスの待つ、平坦な場所へと辿り着きその横に駆け込んで手綱を引いて馬を留め、安堵の吐息を大きく、吐き出した。


 ディンダーデンもギュンターも、しなやかに上体を揺らしてその激しい揺れに体を保ちながら必死で手綱を繰って何とか下り終えると、一つ吐息を吐いた後、その急な坂を見上げ、ぞっとした。

ローランデもシェイルも、馬に任せて手綱を緩めると、前に座る子供を抱き寄せ、ぴったり身を寄せて馬上の揺れを、最小に抑えた。


 無言で坂を見つめるディングレーに、アイリスが告げる。

「テテュスを私が、引き受けるから…」

言うなり、テテュスはさっ!とエリスから降りると、アイリスの馬の横でアイリスに手を借り、鐙に足を掛けて、登って行った。

ディングレーはエリスに一息付いて話しかける。

「行けるか?」

エリスは

『舐めるな』

と言うようにヒヒン!と一声叫ぶと、軽やかに駆け下りて行き、ディングレーは途端、頼れる馬の背でいつものように、馬に任せ馬の歩を阻まぬ様、馬に呼吸を併せて体を揺らす。

テテュスはアイリスの前に跨ったものの、やっぱり見下ろすと凄く急な坂で、風が唸って怖かった。

けれどアイリスの栗毛の愛馬サテスフォンは落ち着き払い、主人の号令を待っている。

エリスの、軽やかに駆ける尻の黒い尾が跳ね散り、ディングレーが平然と跨り、その坂を降り行くのを見た。

アイリスがそっとささやく。

「直ぐだから」

テテュスが少し振り向き、頷いた。

サテスフォンは羽根が生えたみたいに軽やかで、アイリスと一緒のせいかその坂は急な筈なのに、全然怖く無かった。

でも登りの崖も、エリスが落ち着いていたからやっぱりテテュスは怖く、無かったけれど。

揺れて思わず横の崖の遙か下を見て恐怖が沸き上がる度、エリスに言われた気がした。

『大丈夫』

その都度、恐怖に代わって安堵が訪れ、その内、その高さと足下の不安定さを、ものともせずぐいぐい登って行くエリスに、わくわくしたものだ。

今度もその速度とスリルと、激しく揺れる馬上にやっぱりわくわくし、背には落ち着き払ったアイリスの温もりがあって、つい、はしゃいだ気分に成った。

アイリスは息子が怖がらない様、その腰に腕を絡ませ片手で手綱を繰っていたが、がくん!と大きく馬が揺れて体が前へと倒れ様、思わず息子の顔を横から覗き込んだ時テテュスは笑っていて、思いがけなくてびっくりし、見間違いかと揺れて彼の背にのめる都度その横顔を伺ったが、どう見てもテテュスははしゃいでいて毎度楽しそうで、そんなテテュスの度胸はとても据わってる。と、アイリスも認めざるを得なかった。


 アイリスが追いつくと、一行は草の絨毯の敷かれたその平坦な場所を…と言ってもやっぱり凸凹だったけど、少なくとも体が思い切り傾く事無く居られる草原を、進み始めていた。

風が爽やかに頬を撫で、傾く朝日が差し照らす中、馬はそれでも足場に気を付けながら、ローフィスとゼイブンを先頭に、その後を次々と続いて行った。

が、直ぐ又、崖に出くわす。

皆は覚悟したが、やっぱりローフィスはその崖も道だと、思っているらしかった。

が、アイリスが後方から叫ぶ。

「ローフィス!

レイファスを頼む!

ゼイブン!君はファントレイユだ!」

ローフィスは拍車を掛けようと足を止めてシェイルを見つめ、頷いたし、ゼイブンは直ぐ馬を降りると、ローランデの馬の横に付き、息子に両手を広げ、滑り降りる体を抱き留めた。

オーガスタスもディンダーデンもギュンターも、ローフィスが寄り来るレイファスに深く屈んで手を差し伸べ、引き上げて自分の前に座らせる姿を黙って見つめる。

が、ローフィスは前に乗ってるレイファスが居ないかのように相変わらずの手綱捌きで崖を、軽やかに駆け登って行く。

ゼイブンも同様で、がふと気づき馬を止め、つい見上げる皆を見つめ、つぶやく。

「何呆けてるんだ?」

オーガスタスが

『奴らは普通じゃない』

と一目ギュンターとディンダーデンに投げ、馬にその崖を登れと拍車を掛け、手綱を左右に振って後に、続く。

レイファスはローフィスの温もりを背後に感じた途端、恐怖が一気に、消え去るのを感じた。

彼の茶色と白の(まだら)馬の、慣れた様子も手伝って、つい周囲の景色を、見つめた。

かなり高い。

頭上には青空が広がり、朝の陽が差し、風が頬を叩き、でも爽快だった。

ローフィスが、天候に恵まれ、楽勝だ。と思ってるのを感じ、その彼の、崖をものともしない軽やかな様子と、崖の下の皆がそれどころじゃなく必死に足場を探し、馬を繰る様子とを比べると、つくづく皆の苦労が解った。

けれどさっきよりは早くに頂上に着き、ついその先に一面広がる草の裾野に、歓声を上げる。

「わぁ…!」

ファントレイユも背後のゼイブンの軽やかさが、跳ねるように感じ、馬が岩を登るに合わせ、腰を軽く浮かし、馬の腹を挟む腿を引き上げ、登りを助けているように思った。

腰を捻り、重心を反らさぬまま。

馬はバランスを一切崩す事無く、足下に集中して先に、進む。

ファントレイユはつい、ゼイブンのその見事な騎乗ぶりに、わくわくした。

頂上に着くと、振り向き紅潮した頬でゼイブンに告げる。

「ゼイブン、凄い!」

ゼイブンは笑った。

ファントレイユは父親の陽気な笑顔につい、心が躍った。

そのブルー・グレーの瞳が凄く綺麗で、いつもの三割り増し美男に見えた。

が、ゼイブンは妻そっくりの顔立ちの、自分と同じ色の瞳をきらきら輝かせ、自分と同じ淡い栗毛を揺らすファントレイユがどうしたって可愛らしくてたまらなく感じ、思わず女性にしか向けた事の無い満足げな微笑みを息子に、向けてしまい、内心

『自重しよう。』と自分に言い聞かせた。

オーガスタスが、今度は登りがさっきより短く、何とか馬を降りずに上れた。と吐息を吐き出した。

頂上で見おろす景色は一面が緑の草原で、なだらかな裾野が広がっていた。

ローフィスが親友に振り向き、笑う。

「平坦だろう?」

今度はオーガスタスは、心から同意した。

「ああ」

ディンダーデンとギュンターも登り切ってその景色を見つめ、互いに顔を見合わせた。

ディンダーデンが、言った。

「これを平坦とは、一般的には言わない」

ギュンターも思い切り、頷いた。

「言葉の意味が俺達とは、完全に違ってるな」

ローランデも上がると、そのなだらかな坂を見つめ、同様に頷く。

「平坦とは、降りない事を言うと思う」

シェイルも駆け上がると、親友に告げる。

「だって、ローフィスの言葉だ。彼の常識は俺達とかけ離れてる」

ディングレーもエリスと駆け上がるとその坂を見つめ、尋ねた。

「…本当に平坦な道の事を奴は、何て言うんだ?」

アイリスははしゃいで微笑を零すテテュスを連れて駆け登り、つぶやいた。

「“馬上で昼寝の、出来る道"」

皆がその言葉に

『なる程』

と一斉に頷いた。


 メーダフォーテは自宅の寝台の柔らかなシーツの感触と差す朝日の美しさに、満足しきって伸びをする。

が、廊下に響く蹴立てる激しい足音を耳に、ふ、と伸ばした手を止め、寝台の上に起き上がった。

扉が音を立てて不作法に開くのに視線を向ける。

がその使者は荒い息を整えようともせず、言われた通り礼を取っ払い、直ぐ寝台の上に居る主人に、報告した。

「…ヌースの獣道に配置した夜盗が、全滅したと、たった今…!」

メーダフォーテはその濃紺の瞳を輝かせ、唸った。

「…ヌースか…。他は?

主街道で、殺られた場所は?」

「他からは、奴らが現れたと言う報告は、ありません…!」

メーダフォーテは急ぎ促す。

「子供達とその教師役のローランデとシェイルは見つかったか?」

使者は、まだ肩を上下させ、荒い息をしていたがその顔を、冷たく美しい主人から背けるように隠す。

メーダフォーテはさらりとした銀の髪を肩に滑らせ、眉を寄せた。

「指令した全部の場所を、当たったんだろう?」

使者は口早に小声で告げる。

「夜を徹して、全て…!

ですが…」

「姿は、見えぬか………」

使者の男はその言葉にようやく、顔を上げる。

寝台に上半身起こした彼の主人は、銀の美しい髪を朝日に透かせ、流麗な白い細面の濃紺の瞳を、伏せていた。

整いきった、美しい顔をしていたが、メーダフォーテがどれ程冷酷であるかも知り尽くしていた男は、考え込む主人の言葉を恐れるように、再び顔を伏せる。

「…アイリスめ………!」

吐き捨てるようにそう、呪いの言葉のように唸り、顔をすっ!と上げると、男に怒鳴りつけるように、命を下す。

「屋敷の使用人を抱き込んで、情報を掻き集めろ!

それと地下室を探れ!

指令した屋敷、全部だ!」

「ですが…!」

男は慌てて顔を上げる。

メーダフォーテは男の言葉を待ち、男は続けた。

「アイリスの妹、セフィリアの屋敷には既に、中央護衛連隊の公領地担当護衛官らが、ぐるりと周囲を取り巻いています!」

メーダフォーテは、皮肉に笑うと唸った。

「相変わらず打つ手の早い男だ…。

押し入れとは言ってない。

探れ。やり用はあるだろう?

屋敷に勤めたいとか何とか言って、使用人を捕まえて内部の様子を子細に聞き出せ!

中央テールズキースの別宅二軒と、西領地[シュテインザイン]の隠し館にも、奴らは現れていないんだな?」

「昨夜の内に訪れた気配はありません」

「館の周囲を、見張らせていたのか?」

使者は頷く。

「地下道を作ってないか、直ちに調べろ!

館の内部を探って、奴らが既に中に居ないか、大至急確認を取れ!」

男はまだ言葉を待ち、メーダフォーテは怒鳴った。

「それだけだ!急げ!」

使者は一瞬顔を上げ、足を浮かし直ぐに扉を閉めて、出て行った。

メーダフォーテは暫く、使者の出て行った今だぴったり閉まらぬ樫材の立派な扉を見つめ、その扉の上に浮かび来る、宿敵アイリスの姿を睨み付けた。

若年のあの男は、入隊した年既にその外観に似合わぬ剛胆さを幾度かの戦闘で見せつけ、入隊一年目でありながら大貴族のその身分も手伝って、隊長へと駆け上った。

ギュンターとは違い身分の後圧しと実績に物言わせて誰にも異論を言わせず、左将軍ディアヴォロスの信認をも得、自分の敵対勢力の主力人物として立ち塞がり始めた。

そしてついに、全滅しかない。と見捨てられた部隊に合流。

全員を無事帰還させて右将軍アルフォロイスの信頼をも得、これ以来立てた作戦に口を挟む事しばしば。

自分より近衛での実績ある大物、准将ムストレスにも平気で意見する、小憎らしい若造だった。

メーダフォーテは思い返しても、腸が煮えくり返りそうだった。

あの、取り澄ました顔。優雅な余裕を見せつける態度。そして、きっぱりとした口調。

とても丁寧な、およそ礼儀を逸せぬ口調。

で、ありながら奴の言葉は

『兵の全滅を厭わぬ、非人道的な策略。捨て駒を要しなければ勝てぬ、無能な作戦』

と、メーダフォーテの提案を斬って捨てた。

幾度も。幾度も。

いい機会だった。

ギュンターの逃げ込んだ先があのアイリス。

そして、奴らがギュンターを中央護衛連隊長に就ける為に動くとあらば、立ち塞がるのはまたしても、アイリス。

一挙に奴らを叩く、最高の機会。

アイリスが近衛を去った今でも、恨みを抱えていたメーダフォーテは嗤うムストレスに怒鳴った。

「アイリスは近衛を去ったからと言って決して!我々の脅威で無くなったとは言えない!」

ムストレスはその剣幕に圧され、小声で呻いた。

「奴の叔父の大公が、詳細を問い正しに使いを出さない様、上手くやれ」と。

左の王家。王族の身分のムストレスでさえ、気を使う一大勢力である奴の叔父大公の後ろ盾に、アイリスは気を抜いてるに違いない。と思ったがその奢り無く、たった今受けた報告に、奴のぬかりは見つからない…!

メーダフォーテはさっき迄心地良いと感じた朝日が急に、忌々しく感じるのに猛烈に、腹を立てた。

アイリス…!ディアヴォロスと並び、いつか必ず失脚させてやると自分に決意させる、筆頭の男。

近衛で幾度、作戦の実権を掴む為、奴と渡り合った事か…!

奴がその気なら、いい機会だ。

殺す機会を、執拗に狙ってやる。

だがそれには息子を人質に取る事だ。

あの男がどこにその宝を隠そうが、必ず突き止め、捕らえ奴を目の前にひれ伏させ、命乞いをさせてやる。

勿論、それを聞く気等毛頭無いが。

メーダフォーテはその時を想像しただけで、胸の内が空くのを感じた。

どんな場所に隠しても…!

アイリス。必ず突き止め、お前の宝を奪ってやる。

そしてお前に、その命を投げ出させてみせる。

メーダフォーテはもう一度、朝日いっぱい差す窓に視線を向ける。

その溢れる輝きの中、それを自分の栄光として身に纏ったように再び感じると、彼は満足そうに、止めた伸びをもう一度し直した。



 緑のなだらかな裾野を駆け下りると、左手の先に、白い小石が敷き詰められた地面の、広い街道が皆の目に映る。

ローフィスがつぶやく。

「ラングシャ街道だ」

ディンダーデンが吐息を一つ、吐いてそちらに馬の首を向け、拍車を掛けようとした矢先、アイリスが言った。

「近道は?」

ディンダーデンはぐっ!と馬の足を止め、その姿を見てディングレーは俯く。

「懲りずに学習能力が、無いな」

ギュンターがぼそりと言った。

「自分の我が儘を通すのに、慣れているからな」

ディンダーデンは年下の二人に振り向くと、青の流し目で睨み付けた。

ローフィスが目を振ると、ゼイブンが頷く。

彼の走る方向に、皆が馬を進め始め、ディンダーデンは馬の首の向きを変えると、思い切りぼやく。

「街道と、正反対だ!」


 暫く駆けると、目前に悠々と流れる大河が、見えた。

馬の足を止める二人の案内役の後ろで手綱を引いて馬を止め、オーガスタスが言う。

「ドートネンデ川だろう?」

ゼイブンは頷く。

ディングレーが、背後からそっとつぶやく。

「泳ぐのか?」

ギュンターがその男らしい大貴族を見つめた。

「泳げないのか?」

オーガスタスが唸った。

「馬にしがみついて、助けて貰え」

テテュスが振り向くと、ディングレーは少し情けない表情で黒毛のエリスを、見つめていた。


 草原の坂を下り、朝日差す中、段差ある川岸へと草を踏んで馬は降り行き、進むゼイブンに迷いは無く、強引だが軽やかに馬を操る父親に、ファントレイユは頬を染めて振り向く。

「ゼイブンのこんなとこ、セフィリアが知ったら、絶対惚れ直すよね?」

ゼイブンが吐息を一つ、吐いた。

「セフィリアと結婚出来たきっかけは、彼女がボートから川に落ちたのを助けたからだ。

まあその…川岸で衣服を乾かしてる内にそうなって…お前が出来たから、結婚出来た」

「どうなったの?」

ファントレイユの問いに、ゼイブンは馬を飛び降りると、手綱を束ねて掴み、降りようとするファントレイユを押し止めた。

「ブーツを脱いで…足を、めくっとけ」

「深い?」

「お前でも浸かるだろうな。

水に沈み始めたら、馬の首にしがみついてろ」

「ゼイブンは?」

「手綱を引いて泳ぐ」

ゼイブンが陽の反射で白く輝く砂地で、ブーツを脱ぎ始めるのを目に、皆がやれやれと馬を降りて習う。

「流されないか?」

アイリスが尋ねると、ゼイブンは振り向く。

「流されて、丁度いい」

アイリスが頷き、テテュスのブーツを脱がし、防水した革袋の中に押し込んだ。

ローフィスが、背後の皆に怒鳴る。

「革袋が沈むような物は、入れて無いな?」

「剣はどうする?」

ディングレーの問いに、ローフィスが手を差し出した。

ディングレーはその手に自分の腰に下げた剣を抜いて手渡すと、ローフィスがそれを左側の腰に下げるのを見て、目を丸くする。

「外さないのか?」

「別に、水の中でも平気だろう?」

ディンダーデンが怒鳴る。

「錆びるだろう!」

ゼイブンが振り向く。

「水から上がったら、布で拭け!」

オーガスタスが振り返って注意を促す様に叫ぶ。

「帯刀して泳ぐ自信が無いなら、馬の鞍に括り付けとけ!」

ゼイブンが、見渡し大声で怒鳴った。

「着替えは絶対、濡らすなよ!」

皆慌てて、革袋の口をきつく、締め上げた。


 砂地を歩き始め、進むと直ぐ踝迄水に浸かる。

そのまま手綱を引き、幅広の川中を、馬を導き進むとどんどん、水に浸かり始めた。

悠々と水を湛える青い川はさほど、流れは早く無い。

が、オーガスタスもディンダーデンもギュンターも、その先が暫くずっと水なのに、うんざりする。

川の水はけれど昨夜程には冷たく無く、昇り始めた陽も手伝い、水面は一斉に陽を弾き、金の光の粉で飾られる。

レイファスは、わぁ…!とその、天然の砂金のような水面の反射を見つめ、声を上げたが直ぐ、前を進み行く水に浮かせた焦げ茶の革袋と手綱を持ち、すっかり肩迄水に浸かったローフィスに、振り向かれて怒鳴られた。

「水が来るぞ!

馬の首に、しがみついとけ!」

レイファスは慌てて、馬の鬣を掴んだ。

腰迄水が来たと思ったら、一気に馬の体が沈み、小さなレイファスの腰は水に浮き、馬にしがみついて無いと流されそうだった。

馬は前足を蹴立てて、泳ぎ出す。

ゼイブンも、怒鳴る。

「この先は流れが急だ!

死ぬ気で馬に、しがみつけ!

間違っても手を放して、流されるだなんて間抜けは、するな!」

後ろの一同はゼイブンのそのスパルタに、思わずファントレイユに同情を寄せたが、ファントレイユは言われた通り必死でしがみつき、ゼイブンに“間抜け"と、言われまいと頑張る。

オーガスタスが、青く透ける水の中を泳ぎ始めながら、つぶやく。

「…息子が、可愛い筈だ」

シェイルも横で泳ぎながらも言葉を返す。

「ああ、健気じゃな」


 ローランデが、透けた水に沈む鞍に手を掛け、浮かせた体を馬に引っぱられる黒髪のディングレーを、見つめる。

「全然泳げないんじゃ、ないんだろう?」

手綱を持ち、楽々と水の中を泳ぐローランデを、ディングレーは見つめると、唸った。

「泳げないんじゃ、無い」

ローランデはディングレーの鞍に捕まる様子を、見た。

彼の見事な黒毛馬は悠々と、しがみつく主人を引っ張り泳ぎ、得意そうに見える。

「でも、どう見ても…………」

ローランデが言いかけると、ディングレーが振り向く。

「俺は筋肉質だ」

ローランデは、つい頷く。

「以前は軽々浮いたのに、最近は良く、沈む」

でも………。

と後ろを振り返る。

アイリスは手綱と水に浮かぶ革袋を持ち、馬の先を泳ぎながら、馬の背にしがみついて体を浮かし、はしゃいだ笑顔を浮かべるテテュスを、幾度も安全を確認するように、振り返っていた。

アイリスも、ああ見えて実はかなり、逞しい(筋肉質な)筈なんだけどな………。

ローランデは思ったが、自分が沈むのは仕方のない事で、泳げないんじゃない。と無言の視線で言い張るディングレーに、反論を控えた。


 一行はかなり流されながらもその幅広の川を泳ぎ行き、やっと先頭のローフィスとゼイブンは、再び足の着く砂地へと、辿り着く。

ディンダーデンは川中で、首から下をすっかり水に浸かりながら、その綺麗な顔を引き締め、唸る。

「剣が、足に幾度も当たって邪魔だぜ………!」

ギュンターも、同様首だけを水面に出し、その美貌の表情を微塵も変えず、だが文句を垂れた。

「剣も一緒に、蹴っちまいそうだ…!」

少し前を行くオーガスタスが、うんざりしたようにぼやく。

「鞍に、括り付けとけって言ったのに…!」

二人は大柄な男の馬の鞍に括り付けられた剣が、進むに連れて水面下でゆらゆら、鈍い銀色に揺れるのに、気づく。

ディンダーデンが、つぶやいた。

「そんな事、あいつ言ってたか?」

ギュンターが、記憶を呼び覚まして呻いた。

「言ってたような、気もする。

とっくに遅いがな」

ディンダーデンが、それを聞いた途端首をすくめた。


 川岸に上がるとギュンターは腰を折り、濡れた金髪を首に垂らし、手綱を引いて馬を川から、引き上げる。

ゼイブンが見ていると、オーガスタスはさすがに顔色も変えず岸に上がって来たが、ディンダーデンもギュンターも水から上がるなり岸にどっか!と腰を降ろし、二人揃って濡れた前髪を、手で掬い上げた。

「色男らしいぜ」

二人は気づいて、その言葉に振り返る。

馬の横に、立って水の滴ってる神聖神殿隊付き連隊の色男を揃って眺め、ギュンターが唸る。

「お前もな」

ディンダーデンが青の流し目をくれて、笑う。

「文字通り、水も滴るいい男だぜ!」

二人の皮肉にゼイブンは顔を背け、馬の鞍の上でへたり込むずぶ濡れの息子を、抱き上げて降ろした。

「…セフィリアとどうなって、僕が出来て結婚出来たの?」

ゼイブンは暫く、くたくたで濡れた髪を顔に張り付かせてそう言う息子を、両脇に手を入れ宙に浮かせたまま、見つめた。

「忘れてないのか?」

「だって話の、途中だった」


 レイファスはローフィスに抱き上げられ、笑顔で褒められた。

「良く、頑張ったな!」

レイファスもやっぱり、顔を覆う張り付いた濡れ髪を手でどかしながら、言った。

「ゼイブンに“間抜け”と呼ばれる位、腹の立つ事って無いから、幾度も手を放しそうに成ったけど、歯を喰い縛ったんだ!」

レイファスの唾を飛ばすその勢いに、ローフィスはつい、顔を後ろに引いた。

ディンダーデンとギュンターがそれを聞き、二人揃って肩を揺らし、笑う。


 だが、ローランデが水から上がった後、ずぶ濡れのシャツを脱ぐと革袋から布を取り出し、体を拭き始め、シェイルも横に並び、二人して体を拭きながら、教練時代の思い出を笑いあった。

途端、濡れた上着を脱ぎ裸の上半身を布で拭いていたギュンターは笑い声にその手を止め、振り向く。

ギュンターの視線が、ローランデの上半身はだけた白い均整の取れた体に釘付き、ディンダーデンは隣で同様濡れた逞しい体を拭く、その手を止め、悪友の様子に内心

『ヤバいな…』

とつぶやき、着替え終わったオーガスタスも髪を布で巻いて水気を取りながら顔を向け、後から上がったずぶ濡れのディングレーもアイリスも、手綱を握りながら気づいて顔を上げる。

着替え途中のローフィスも、ブーツを履こうと屈むゼイブンですら気づいて振り向く中、当のローランデだけは、丸で水浴びの後のように濡れた上半身を布で拭い、シェイルと楽しそうに笑い合っている。

ギュンターの紫の瞳が、ローランデの裸体に吸い付き、すんなりとした白い肩と、綺麗な形の筋肉で盛り上がる胸、そして無駄な肉の一切付いていない腹を伝い見て、その腰をそっ、と浮かせる。

「…止めとけ」

ディンダーデンが横から、濡れた焦げ茶のくねる髪を裸の胸に垂らして水滴を滴らせ、その青の流し目で制止する。

が、ギュンターは一瞬金の髪を振り、獲物を狙う豹のように腰をそっと屈め、ローランデに忍び寄ろうとしていた。

ローランデが周囲の雰囲気に突然気づき、ギュンターの紫の射るような瞳とその美貌がこちらに向けられているのに気づく。

金の濡れた髪を首に飾りのように巻き付け、上半身は裸で、そのしなやかな長い足は飛びかかる機会を狙い、忍び寄ろうとしていた。

咄嗟に、気づいたシェイルがまるで火に水をかけるように、親友の裸体に上着をばさっとかけて隠す。

途端、ギュンターのきつい紫の瞳がシェイルに向けられ、その凄まじい睨みに皆、竦む程だったがシェイルが怯える様子は、やっぱり無い。

どころかそのエメラルドの瞳は気迫を増し、そっと馬の腹に括り付けた革袋の中へ手を入れ、短剣の柄を、掴む。

「…止めとけ」

ディングレーも濡れた黒髪を胸に垂らしたままギュンターの背後に付くとささやき、赤味を帯びる栗毛に布を巻いた長身のオーガスタスも、その真剣味を帯びた鳶色の瞳で

『引け…!』と押し止める。

ローフィスがギュンターの視線とローランデの間にさっと割って入ると、ローランデを自分の背後に回し、その明るい青の瞳を真っ直ぐギュンターに向け、背後のローランデにそっとつぶやく。

「とっとと着替え終えちまえ」

だがギュンターの標的は、目前に立ちはだかるローフィスに移る。

ローフィスは睨み据えるギュンターを真っ直ぐ見返すと、とぼけたように笑いながらつぶやく。

「襲いかかってもいいが、俺も短剣を懐に持ってる事を忘れるな」

ギュンターはその男が、短剣の並々ならぬ使い手だと、突然思い出す。

ローフィスは尚も、つぶやく。

「ヘタに使わせるな。

この先お前を担いで行くオーガスタスを、気の毒だと思え」

オーガスタスが、途端憤慨して怒鳴った。

「奴を担ぐぐらいなら、お前に襲いかかった瞬間、殴るに決まってるだろう!」

ディンダーデンがギュンターの後ろで思い切り俯き、ぼやく。

「結局担ぐ羽目に、成るんじゃないのか………?」

ディングレーがそれを聞いて、大きなため息を吐き出した。

ゼイブンが、慌てて着替えを革袋から出してシャツを羽織るローランデの、背後にそっと寄ってつぶやく。

「自分が狼の前のご馳走だって気遣いは、無いんだな?

隙だらけだもんな」

俯いた顔を揺らし、上げないローランデに代わってシェイルが、その肩を覆う濡れた淡い栗毛の色男を、睨み据えた。

「ローランデは普通で、あいつが異常なんだ!」

ゼイブンは直ぐ、同意した。

「それには全く、同感だ」

シェイルが、そうだろう。と見つめるが、ゼイブンは付け足す。

「だがあいつは異常なだけで無く、凄く、危険な野獣だ」

この言葉に思わず、シェイルだけで無くローランデも、その困惑した端正な白面を上げてゼイブンを見つめた。

「…つまり…もっと危機感を持て…と?」

ゼイブンに、たっぷりと頷かれ、ローランデは俯く。

「出来ないんなら、身を差し出す他無いだろう?」

言うと、銀のくねる髪を首に巻き付けるシェイルに、そのきついエメラルドの瞳のとびきり綺麗な顔で思い切り睨まれ、ゼイブンはブルー・グレーの瞳を伏せ、ぼそっと付け足した。

「…人の、見てない所で」

ローランデが顔を揺らし、チラリとその青い瞳を、大人達の突然の緊迫感にびっくりし、濡れて重い衣服を脱ぐのに手こずっている三人の子供に投げる。

シェイルがその淡い栗毛の、美男の色男の顔をたっぷり見つめ、顎を上げてつぶやいた。

「必要無い。

オーガスタスには悪いが、俺がその危険な野獣を、行動不能に仕留めるからな」

ゼイブンは肩をすくめて、銀髪の過激な美貌の麗人を見た。

「自分は仕留めて、オーガスタスに担がせるか?」

シェイルは思い切り眉間を寄せた。

「あんな重い物担ぐと、俺が潰れる!」

隣でローランデが、その長い濃い栗毛に淡い栗毛を幾筋も混じる優しい印象の髪を揺らし、吐息を吐いた。


 ローフィスとオーガスタスに睨まれ、ギュンターは正気を取り戻し、首を横に、微かに振る。

静まった悪友を見つめ、オーガスタスが吠える。

「とっとと着替えろ!」

ギュンターはオーガスタスを、その紫の瞳でジロリと見る。

「本気で殴る気だったな?」

アイリスが背後でそれを聞いて、濡れた濃い色の栗毛を頬に垂らして、俯く。

が、オーガスタスは親友にその鳶色の瞳を向ける。

「…お前はどうせ、避けるに決まってる!」

ローフィスも肩をすくめる。

「咄嗟の時、頭で判断せず体で、動いてるもんな。

短剣の三本目で仕留められるかどうかだ」

オーガスタスが、腕組みして同年の親友に振り向く。

「三本目でも危ない。

ローランデが餌だと、ギュンターの冴えは尋常じゃない」

ローフィスはまだ濡れて首に張り付く明るい栗毛を振り、思い切り肩をすくめた。

ディンダーデンが、後ろからギュンターの肩に手を置き、揺さぶる。

「着替えちまおうぜ」

ギュンターは無言で振り向き、悪友と共に、着替えの入った革袋を取りに愛馬の元へと、共に並んで歩み寄った。

ディングレーが、黒髪に布を当てながらオーガスタスとローフィスにそっと寄ると、ささやく。

「禁欲が限界に、来てないか?」

アイリスもつい、濃い栗色の巻き毛から滴の滴る髪を振り、彼らに寄ってつぶやく。

「理性が消えていた。完全に」

オーガスタスもローフィスも同時に顔を見合わせ、それぞれ下を向くと、吐息を吐き出した。

「普段はずっと、ローランデは北領地[シェンダー・ラーデン]だもんな」

ローフィスがぼそりとつぶやくと、オーガスタスもぼやく。

「目前に居るのに触れられなきゃそりゃ…理性も飛ぶか…」

「…………………」

アイリスもディングレーも、頼れる二人のそのぼやきに、俯いた顔を上げられなかった。


 テテュスは草の上に尻餅付いて、足先に絡まるびっしょり濡れて重いズボンと、格闘していた。

すっ。と大きな手が伸びると、張り付くズボンを、屈んで足先から引っ張ってくれるアイリスを、見つけた。

濃紺の煌めく瞳を向け、濡れた巻き毛に囲まれた顔にやっぱり優雅で品のいい微笑みを浮かべて、自分もずぶ濡れなのに気にならない様子で。

テテュスは着替えを、ディングレーから手渡しで受け取るアイリスが、ズボンの腰を広げ、迎え入れてくれるのに足を通し、彼の肩に捕まり、もう一方も通した。

召使いにされるのは当たり前だったけれど、アイリスにされるのが始めてで、いつも貴人然としてるアイリスが微笑みながら、シャツを広げてくれるのにも袖を、通した。

着替え終わると布を持ち、立ち上がりかけたアイリスの、頬の滴を掬う。

アイリスは感謝の視線を向けたりするから、テテュスはアイリスの頬にそっと、口付けた。

顔を上げるとアイリスは、小さな息子のその唇の感触に感激するように、ささやいた。

「直ぐ、大きく成ってしまうな。

以前はもっともっと、小さかったのに」

テテュスがアイリスを見つめていると、彼はすっ。と背を伸ばした。

頭上から照らす太陽に、その顔が影に成る程うんと背が高くて、テテュスは眩しそうに、見上げて笑った。

「でも、そんなに大きくなるのに、きっともっとかかる」

アイリスはテテュスの、自分と同じ濃い栗色の髪の、その頭にそっと手を乗せ、微笑んだ。

「でもきっと、直ぐだ」

テテュスはうんと首を上に向け、やっと見られる程長身のアイリスを、呆けたように見つめた。

彼と肩を並べる日が、本当に来るのだろうか。と。

でも彼の背があんまり高くて、それがうんと先の、遠い日の事のように思えた。


 ディングレーが髪を布で拭き、濡れてずっしり重い上着を脱ぎ捨て、シャツに手を掛けようとした時ローフィスの姿を見つけ、思わず湧き出る質問を口にした。

「止めてなきゃ、どうなってた?」

ローフィスはその明るい青の瞳をじろりと整いきった大貴族の男前に投げ、唸る。

「襲いかかっておっ始めてた」

ディングレーは暫く、言葉を失った。

ローフィスは、頭の中が真っ白に成った男に、尚も続けて現実を叩き込む。

「俺がローランデと二人切りで過ごす奴の元へ使者で出向いた時も、食卓の席で目前で、やってたからな」

ディングレーは俯いたまま、無言で表情すら無くしていた。

「…やってたっ…てのはつまり………?」

「服着たまんまでも出来るだろう?

ギュンターは自分の膝の上に、ローランデを乗せて居た」

それで、ディングレーにもようやく、情景が飲み込めた。

「…あんたはそれで、どうしてたんだ?」

「飯を食ってた」

「…………つまり、飯喰ってる最中に奴は………始めてたのか?」

ローフィスはたっぷり頷く。

ディングレーは口籠もりながらも、つぶやく。

「…だが今回はその前に、シェイルと決闘に成ってるだろう?」

「シェイルは俺が止める。地下道に入る前に怪我されると、まずい。

オーガスタスだって本心は放っときたいが、子供達の手前、止めた」

ディングレーは思い切り、顔を下げた。

「…つまり、子供達が居なかったらその…俺の前でも平気で始めてたって?」

ローフィスは思い切り、頷いた。

だがディングレーは俯いたまま、ぼそりと言った。

「…そんなもの、俺は見たく無いぞ?」

「ギュンターに言え。

奴に聞く耳が、あるんなら」

ディングレーはもっと顔を下げ、重いため息を、吐き出した。

「…つまりそこ迄…奴は切羽詰まってたのか?」

ローフィスは髪を振って顔を背けた。

「奴の眼中には、ローランデしか居ないって事だな!」

ディングレーはまたもう一つ、とびきり重い吐息を吐き、普段ギュンターが姿を現した途端、その場全部の視線が吸い寄せられるように集り来るのを物ともしないで、颯爽と肩で風を切り歩く格好良さを思い返すと、周囲を全く構わない今回の醜態にギュンターのその余裕の無さと想いの深さを改めて思い知らされ、顔を深く、深く下げた。


 ファントレイユはゼイブンが、戻って来るのを見つめる。

「ローランデ、大変?」

ゼイブンはギュンターに振り向くと

「あんな野獣に惚れ込まれちゃな!」

とぶっきらぼうに言い、布をばさっ!と投げた。

「とっとと着替えを済ませろ!」

言われてファントレイユは、その父親同様の淡く長い栗毛を揺らし、人形の様に綺麗な顔の、淡いブルー・グレーの瞳を父親に向けて頷き、濡れて足に張り付くズボンを脱ごうと屈み、足先の裾を掴んでもがき始めた。

とうとう、ころん!とお尻を草の上に付いて、うんうん唸って裾を引っ張っていると、ゼイブンが横で両手を腰に付け、ため息混じりに見つめた。

「尻から先に脱ごうという発想は、無いのか?」

ファントレイユは、今度は腰にまとわりつく布を、座ったまま引き下げ始める。

でも、やっぱり腿に張り付いて、それ以上は下がらなくて、じたばたってると、とうとうゼイブンの吐息が聞こえた。

レイファスが、少し離れた場所でささやいた。

「立ったまま、下に真っ直ぐ降ろすんだ」

見るとレイファスは、そうしてとっくに足先に、濡れたズボンを降ろしていた。

「……………」

ファントレイユは腿迄降りた布を纏いつかせたまま、立ち上がろうとした。

蹌踉めき転びかけるとゼイブンの手が、掴んで支えてくれた。

「いいから、座れ」

ファントレイユは再び腰を降ろす。

ゼイブンは横から、腿に団子のように固まる布の端を持って、足先に強引に引っ張り下げた。

「こんな事してると、子持ちに成った気分だぜ」

その言葉に全員が、びっくりした瞳で一斉にゼイブンに振り向く。

「…だって、子持ちだろう?」

ディングレーの言葉にゼイブンは、足首近く迄引き下ろしたズボンの端を持つ手を止めて、固まる。

「そういうセリフは、独身男が言うもんだ!」

ディンダーデンに迄怒鳴られ、ゼイブンはまだ、固まっていた。

ファントレイユが動かないゼイブンに不安げに、ささやく。

「僕、本当にゼイブンの息子だよね?」

ローフィスが固まるゼイブンの背に、蹴りを入れて怒鳴った。

「息子を不安にさせるな!」


 ギュンターはシェイルが、レイファスの濡れ髪を布で甲斐甲斐しく拭き、優しく面倒見ている姿を見つめる。

その向こうでローランデが濡れた剣を拭き上げ、輝きを確かめる姿をそっと、盗み見た。

ローランデが気づき、振り向く。

途端、彼を腕に抱く甘い幻想が立ち上り、ローランデもそれに捕らわれそうになって、慌てて首を横に振って俯いた。

また、顔を上げた時ローランデの青の瞳は

『一行が誰の為に危険を冒し『神聖神殿』迄行こうとしている?』

と、問いかける視線を向ける。

その真っ直ぐな青の澄んだ瞳に、ギュンターは一瞬胸が、詰まった。

言いたかった。

皆は俺の為に。

そして俺は…お前の為だと。

だがローランデには言葉にしなくても、それが解ったかのように一瞬、悲しげに眉を寄せた。

ローランデが“生きて欲しい”と望まなければギュンターは、ディアヴォロスの配慮等蹴って、単独でメーダフォーテとノルンディルに挑みかかる気だ。

彼にとってはその方が、皆を危険に巻き込むよりずっと、気が楽なのだろう。

でも…自分の命なのに。

ギュンターはもし、ノルンディルを殴り殺し死刑判決を受けても、その縄が首にかかり足板が外れ落ちる瞬間ですら、自分の行為に微塵の後悔も見せず、胸を張って逝ってしまう気だ。

ローランデは胸が、潰れそうに感じた。

ギュンターに

『もし、君が逝ってしまったら自分でも自覚無く、君の後を追ってまだ八歳の息子、マリーエルを悲しませる』

と自分の命を盾に、脅迫のようにギュンターの、メーダフォーテとノルンディルへの報復を押し止めた。

ローランデの幸福の為に命を捧げる。と誓ったギュンターはそれで仕方無く、報復を諦め、今大人しくディアヴォロスの用意した中央護衛連隊長の地位に座るべく今ここに、こうして仲間に囲まれている。

危険な獣。

それは…そうかも知れない。

彼が死んでしまったら、途方に暮れてきっとその姿を探し回り、この世で永久にそれが見つからないとしたらきっと…あの世に迄探しに行きそうだから…。

きっと自分にとって彼は、とても危険な…いや多分、最悪に危険な、とても魅力的な獣だ。

ローランデの青の瞳が泣き出しそうで、ギュンターは一つ、吐息を吐き出した。

二人の様子に気づいてたオーガスタスが、背を向けたままギュンターの耳元にささやく。

「惚れた相手を悲しませるなんざ、最低の愛し方だ!」

ギュンターは、異論を唱えようとした。

途端、気づいた横のディングレーに顔を覗き込まれる。

「俺達の同行を、負担に思ってるだろう?」

そう言われ、ギュンターはその男らしい顔を見つめ返し、戸惑うがつぶやく。

「オーガスタスとローフィスはともかく、お前やアイリスは間違いなくとばっちりだ」

ディングレーはその金の髪の美貌の野獣の弱々しい表情を見つめ、たっぷり頷いた。

「俺はディアヴォロスに命を捧げてる。

彼の望みは命が消えても叶える。

これでは不十分か?!」

オーガスタスも、背を向けたまま濡れたシャツを着替えながら、怒鳴った。

「大概、開き直れ!」

ギュンターは項垂れると、オーガスタスの促しと、その黒髪の男の、一途な健気さに俯いた。

「頷け!」

ディングレーの、その深い青の瞳に真っ直ぐ見つめられてそう言われ、ギュンターはしぶしぶ、頷く。

ディングレーはぽん!とその肩を揺れる程叩いて言った。

「素直だと、お前でも可愛い」

ギュンターは暫く

『可愛い?』

と、その言葉を心の中で、繰り返し続けた。


 間も無くディンダーデンが座り、革袋に入れた神聖騎士団の用意してくれた弁当が濡れて無いかを確かめ、それを摘み始めると、ローフィスもオーガスタスも習って座り、酒瓶から酒を喉に流し込み、アイリスはテテュスを前におやつを広げ、シェイルもゼイブンも革袋からおやつを取り出すと、ファントレイユとレイファスは駆け寄って横に座り、頬張り始めた。

ギュンターがその平和な光景を眺めながら、草の上に腰掛けると、ローランデがそっと横に、座る。

「…まだ…私が寄ると駄目か?」

ギュンターは、当然だ。と言おうとした。

が、ローランデの澄んだ青い瞳が注がれるその先を、ふと見ると、ディングレーがエリスが草を食べるその真っ黒い大きな首に、座ったまま手を巻き付けて微笑みながら撫で、ディンダーデンが皆の様子に彼迄酒瓶を取り出して本格的に休憩に入り、ローランデはそれを静かに眺めていてつい、言葉を飲み込む。

が、思い直してそっとささやく。

「…お前を本気で愛してるから、置いて先に、死んだりしない」

ローランデは一瞬肩を揺らしたが、俯いた。

ギュンターは、自覚が無い。

一旦その気になると、気持ちより計算より、咄嗟に体が、動く男だから。

ローランデが、その言葉を信じたくても出来ない自分に、ギュンターより顔を背けて震えた。

「それが本当だと、心から嬉しい」

やっとそう言うと、ギュンターが口を開くより先に、立ち上がった。

振り向くその青の瞳はこう、告げていた。

『私以外の誰でもいい…。

好きになって、離れていってくれて、構わない』

ギュンターは胸がずきん。と痛み、彼の方が泣き出しそうに成った。

死なれるくらいなら、飽きられて捨てられたた方がマシだ。と、ローランデが言うので。

オーガスタスをそっと伺い見ると、オーガスタスは頷いた。

『言った通りだろう』

その鳶色の瞳に一つ、頷き、また吐息を吐くと、レイファスがまるで、慰めるようにギュンターの横にやって来て、その小さな体を寄せた。

「ローランデの事で、悩んでる?」

ギュンターはその小さく可憐な子供に、一瞬顔を揺らし、けど頷く。

レイファスは一つ、吐息を吐く。

「好き過ぎると、余裕が無くなって、結局相手は息が詰まって、離れて行くって」

ギュンターはずきん。と胸が痛むが、表情を変えなかった。

レイファスは一つ、吐息を吐くと、悲しげに言った。

「凄く好きなのに、それって残酷な事だよね?」

ギュンターはレイファスに同情されてると感じたが、微かに頷いてささやく。

「そうだな」

「だからね。そういう時は凄く好きな気持ちを相手に押しつけないで、少し離れた所からじっと、見守るべきなんだって。

そう聞いた時、それって凄く、大変だし、辛い事だよね?って聞いたんだ」

「誰にだ?」

レイファスはその、あどけないくっきりとした青紫の瞳を、上げた。

混じりっけの無い紫色のギュンターの、瞳の美しさと顔を傾ける、すっと真っ直ぐな形の綺麗な鼻筋と、細くしなやかな頬と顎の線の、その美貌に見とれながら、答える。

「家庭教師」

ギュンターが頷くと、金の濡れた髪が陽に照らされ艶やかに輝く。

「それで?」

ギュンターが言うので、その、まだ湿った肩を乾いた上着の下に包んだ、ギュンターの冷えた体を意識し、レイファスは続けた。

「でもそんな大変な思いは、相手を必ず揺さぶって、相手は振り向かずにいられなくなるし最悪、振られても…自分自身もその苦労で大きく成れるし、結局は自分を成長させる、大事な事なんだって。

それに…」

「まだあるのか?」

「そういう思いをしたら、もし失っても次に愛した人が出来た時、相手をとても大切に出来て、深い愛情で結ばれるから、本気で好きな相手が出来たら、そうするよう、頑張れって」

ギュンターは俯くと、吐息を吐いた。

「最近の家庭教師は、そんな事迄教えるのか?」

レイファスは俯くと、手に持つお菓子を一口、かじって口をもぐもぐさせてつぶやいた。

「僕、でも出来そうに無い。

好きだったら側にやっぱり、ずっと居たいよね?」

ギュンターはつぶやく。

「そうだな…。

だが、相手が本当に心から大切なら…家庭教師の言う事が正しい方法だ」

レイファスはチラ…。とギュンターを見上げた。

ギュンターが、深いため息を付くのを、見て言う。

「ギュンター、ローランデ相手にそれって、出来そう?」

ギュンターは肩を揺らし、つぶやく。

「出来なくても、するしか無い」

レイファスは、ギュンターを見上げた。

横顔だったけれど、彼の金の髪が、無敗の王が被る王冠のように輝き、思わず笑った。

「ギュンターなら出来そう」

ギュンターはその無邪気な肯定に、思わずそう言うレイファスに振り返ったが、レイファスはもう尻を持ち上げてシェイルの元へと駆け込み、膝を付いて次のお菓子を摘み上げていた。


 テテュスとファントレイユが心配そうにギュンターの元から帰って来るレイファスを座って出迎えた。

ファントレイユがギュンターに聞こえないよう小声でささやく。

「ギュンター、どうだった?」

テテュスも、レイファスを覗き込む。

が、レイファスは鮮やかに笑うと、二人に言った。

「ギュンター、きっと大丈夫だよ!」

ファントレイユとテテュスは顔を見合わせ、途端氷が溶けるように笑った。

ゼイブンはそれを見て吐息を吐き、シェイルはぼやいた。

「あいつは誰からでも同情を買う、奇特な男で運が強いから、心配するだけ無駄だ!」

レイファスが頷き、二人も一緒に心配事が無くなったように、おやつを頬張った。


 ローフィスは立って全員が、各々(おのおの)自分の馬に革袋を乗せるのを、見つめた。

ゼイブンが、ファントレイユを前に乗せ、馬上に跨って姿を見せて頷く。

レイファスを、両脇に手を入れ馬の鞍の上に降ろし、後ろに飛び乗り、オーガスタスを見つめると、オーガスタスは手綱を繰り、一声低い声で、叫んだ。

「行くぞ!」

ローフィスとゼイブンは先を蹴立てて走り、オーガスタスの後ろから、ディンダーデンがギュンターに頷きながら、二頭は一気に駆け出す。

ローランデはギュンターの背を見つめ後に続き、シェイルは親友の横顔を、見守った。

ローフィスは二人きりの時、言った。

ローランデは自覚無くギュンターに本心では惚れていると。

だから

『ギュンターなんて思い切りすっぱり、ふっちまえ!』

と言う忠告は的外れだと。

だがそれでもシェイルはローランデに言ってやりたかった。

『すっぱりふっちまうのが、あいつの為だ!』

今でも口を突いてそれが出そうで、むずむずした。

が、ローランデが気づき、視線を向けて微笑むので、彼の様子に一気に安堵し、シェイルは嬉しそうに、親友に微笑み返した。


 大木が連なる森に差し掛かると、ローフィスが振り向き怒鳴る。

「後少しで洞窟入り口だ!」

皆が一斉に顔を、引き締める。

ディンダーデンが、後ろのアイリスに怒鳴る。

「どれ位で洞窟を抜ける?!」

アイリスが、怒鳴り返す。

「私の最速で、六点鐘程だ!」

皆が一斉に、洞窟内を想像しようとし、でも出来ずに居た。

オーガスタスが目前の親友に問いかける。

「さぞかし起伏に富んだ、愉快な場所なんだろうな?」

ローフィスは振り向くと、オーガスタスの真剣な鳶色の瞳が注がれるのを見た。

「…いや。かなり平坦だが…」

ギュンターが、後ろから怒鳴る。

「だが?!」

「洞窟を住処とするごろつきと出くわすと、駆除しないと」

ディンダーデンも馬上で怒鳴る。

「任せろ。そっちは得意だ!」

ゼイブンが振り返らないまま、呻く。

「障気付きの化け物だと、厄介なんだ。これが………」

ギュンターがディンダーデンを見ると、彼は眉間を寄せた。

「それは当然、そっちの管轄だろう?!」

ゼイブンもローフィスも首をすくめ、ディングレーも後方のアイリスに振り向くと、当然そうだろう?と、念押しした。




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