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1 危険な旅

 でも、一同が馬場に付くその途端、エリューデ婦人の使用人が飛んで来て、叫んだ。

「使者がお見えです!どうぞこちらに…!」

その、配慮の行き届いた屋敷の、厩横に、使者を出迎える別邸があって、皆がそこに通された。

三方が外へと続く大きなガラス扉に囲まれた、五角形の建物で、両開きの扉にはレースのカーテンが、室内は大きく光沢のあるピンクの布の張られたソファが並び、淡い色の絨毯が敷き詰められ、くつろげる場所に成っていた。


扉と扉の間には、華奢な足の小さな濃い茶色のテーブルが置かれ、その上の華やかな模様の花瓶に、もっと華やかな花が、生けられている。

その、柔らかな雰囲気の趣味の良い部屋に皆が入ると、思い切り部屋に不似合いな長身の体格の立派な男がいきなり、腰を上げてこちらを見つめている。

濃い栗色の巻き毛を背迄伸ばし、深い青の流し目の、たいそうな美男だった。

「…ディンダーデン…!」

ギュンターが思わず叫ぶと、彼はつかつかとギュンターの目前に書状を、さっと差し出し、次いで少し後ろのオーガスタスに、また一通。

そして残りを見つめ、呻く。

「アイリスってのは?」

アイリスはその、自分と同じ程長身でがっしりした肩幅の、やっぱり似たような濃い栗色の巻き毛を長く背に垂らす、青い流し目の色男に控えめに、頷いた。

ディンダーデンはその持っていた書状をアイリスに手渡し、言った。

「お前か……アイリスなんて生っちろい名前だったか?」

アイリスは吐息を吐くと、書状を受け取りつぶやく。

「私はそんなに印象が薄いのかな?

ちゃんと昔、一緒の近衛に居たのに」

ディンダーデンは憮然とすると唸った。

「お前を見忘れる筈無いだろう?

右将軍、左将軍共にお前を大いに気に入って、ど派手に目立ってたじゃないか!」

アイリスは俯くと、ささやく。

「でも、名前は忘れてたんだな…」

ディンダーデンはアイリスを見つめ、怒鳴った。

「俺の記憶力を皮肉るな!」

アイリスはいつもギュンターと蔓んでは、どっちも遊び人で暴れん坊の片割れに、目を伏せた。

テテュスもレイファスもファントレイユもつい、その長身の使者を見つめた。

やっぱり体格が良くって、それにどうやら近衛の騎士のようで、凄く美男で格好良かった。

ディンダーデンは次に、ゼイブンを見つけると突っかかるように怒鳴った。

「よぅ…!久しぶりだな、色男。

お前確か、神聖神殿隊付き連隊だろう?

ローフィスってのは、どいつなんだ?」

ゼイブンは斜め後ろのローフィスを親指で指しながら、察して低く怒鳴り返した。

「他の部署の使い走りが不満でも俺に当たるなよ!

…第一メリサの方が、俺が良いと言ったんだ。

俺は無理に、口説いてないぞ?」

ディンダーデンはローフィスに、持っていた最後の書状を手渡すとゼイブンを睨む。

「嘘を付け…!

まとわり付いて、笑顔を振りまいてたじゃないか!

俺がとっくに先に、約束を取り付けてたんだぞ?」

だがゼイブンは怯まない。

「それを取り消したのは彼女だろう?」

ディンダーデンは流し目をくれたまま、笑った。

「だが、そうさせたのはお前だろう?」

ローフィスの、思い切りのタメ息が、聞こえた。

二人が言い争いを止めて同時に彼に、振り返る。

ローフィスはその青の瞳を威嚇するように二人に向けると、真顔で言った。

「言い争いは後にしてくれ。

結構、大事だ」

オーガスタスも書状から顔を上げたし、アイリスも目を通して頷く。

ギュンターは渡された書状から顔を上げると、金の髪を振ってディンダーデンに振り向き、怒鳴った。

「中央護衛連隊長って、どう言う事だ?!」

ディンダーデンは思い切り、肩をすくめた。

ローランデの、見開かれた青の瞳に一瞬目を止め、ゆらりと幅広の肩を揺らすと、どかっ!と一人駆けのソファに座る。

そして肘を肘掛けに乗せて手を顎に添え、つぶやく。

「お前が近衛の物騒な男達を敵に回すから、お前を奴らの手の届かない所へ逃がそうと、ディアヴォロスが采配したんだろう?」

オーガスタスの、タメ息が聞こえた。

「…嘘を付け…。

またお前が断ったから、ギュンターに来た話だろう?」

ディンダーデンは直ぐ様その大柄な男に振り向き、怒鳴った。

「ギュンターがノルンディルやメーダフォーテを敵に回さなかったら!

初めから来なかった話だ!」

だがギュンターはまだ怒鳴った。

「近衛の一隊長が、いきなり中央護衛連隊長に成れる訳無いだろう?

第一、どれだけ周囲の反感を買うと思ってる?!

それに一体、誰が俺を連隊長として認める!

しかも…この内容は何だ!

ローランデが大切なら絶対、俺に断るなと、そう書いてある!

これは命令なんかじゃ無く脅しじゃないか!」

ローランデはディアヴォロスのその無茶な采配に、感激を覚え、怒鳴るギュンターの横顔を見つめた。

シェイルはやっぱり、もう一人の恋人ディアヴォロスが、ギュンターの命を救おうと画策するにしても、中央護衛連隊長の地位じゃ、ギュンターが怒鳴る筈だ。と腕組みして、吐息を吐いた。

ディングレーは近衛の重鎮、准将ノルンディルと参謀メーダフォーテの名を聞いて真っ青に成った。

どちらもディアヴォロスと対立するムストレス派の実力者で、王族を親族に持つ家柄のいい男達で、おまけに最悪に厄介な男達だ。

王族の血を引く自分ですら敵に回すと大変なのに、ギュンターのような身分の低い男なら、奴らが本気に成ればそれこそ…吹けば飛ぶような命で、近衛の中で目立つギュンターが今迄生きてこられたのは、ディアヴォロスがそれは心を砕いて幾度も、ギュンターの危機に救いの手を差し伸べて来たからだと、知ってはいた。

だが…とうとう、一触即発の事態に成り、ディアヴォロスは近衛から、ギュンターを出してでも彼の命を救おうと決意したのだと、察する。

奴らに喧嘩を売られてもぐらつかない、中央護衛連隊長の地位を与えて。

引き金は…間違いなく、ローランデだろう。

今は北領地[シェンダー・ラーデン]の地方護衛連隊長に収まった彼が、こっちに戻っていた期間、また連中はローランデに手出ししてギュンターを、沸騰するような怒りに叩き込んで挑発したに違いない。

その挑発にギュンターが乗れば…腕自慢のノルンディルに殺されるか、もし万一ギュンターが相手を殺したとしても、陰謀家のメーダフォーテが手を回し、間違いなく今度は公式に、ギュンターは死刑を言い渡される。

ディングレーの深いため息につい、ローランデもシェイルもが、俯く彼の横顔を見つめた。


オーガスタスがぼやくように言う。

「それは…その通りだろう?

さすがのノルンディルも、相手が護衛連隊長ともなれば早々、突っかかったり出来ない。

万一…お前が奴を、殴り殺したとしても、処分は死刑よりもっと軽い。

だから、喧嘩を売れ。と言う事じゃ、勿論無いが」

ギュンターはそのディアヴォロスの側近の友に、怒鳴り返す。

「だから…そうじゃないだろう?!

俺が中央護衛連隊長の椅子に座るのは、不可能に近いと、そう言ってる!」

ディンダーデンが、金髪美貌の悪友に怒鳴り返す。

「だから根回しが大変なんだ!

俺は否応無しにお前と一緒に中央護衛連隊行きだ!

嫌ならギュンターに代って近衛の隊長就任か、中央護衛連隊長を宛がうぞと脅された!」

オーガスタスがぷっ!と吹き出す。

直ぐ様ディンダーデンの怒鳴り声が響く。

「笑い事か!

当のディアヴォロス本人は所用で顔を出さず、代理のカッツェが主人並の迫力で脅して来やがる!

あいつ、教練の時はあんなじゃなかったぞ!

大貴族の割には大人しくて、可愛いげのある男だったのに!」

オーガスタスがローフィスを見ると肩をすくめ、シェイルはそっと言った。

「ディアヴォロスは顔を、出して無いんだな?」

ディンダーデンは苦虫噛みつぶしたような表情で返答した。

「ああ…!

本人に面と向かって言われるならまだしも、これだけの内容にも関わらず代理に脅され、その上神聖神殿隊付き連隊に寄ってついでの伝言を貰って行けと来た!

どれだけ俺がディアヴォロスに腹を立ててるか、これで解ったか?!」

レイファスもファントレイユも、そっとテテュスを見た。

「きっといっぱい力を使って、まだ動けないんだ」

レイファスが言うと、ファントレイユも頷き、テテュスはしょげたように、落ち込んで俯いた。

だがオーガスタスは大いに笑うと、一つ年上の手に負えない、我が儘で態度のそれはでかい色男に言った。

「カッツェもディアヴォロスに言われ、相手がお前だからとさぞかし、肝を入れて凄んだんだろうよ!」

ディンダーデンは思い切り憤慨してそっぽ向いた。

だがギュンターがまだ納得いかないようにつぶやく。

「…幾らディアヴォロスでも俺を中央護衛連隊長に据えるのは、無理だろう?

中央は幾らでも家柄のいい候補者が居るし第一、連隊長はグーデンが狙ってる地位で、ムストレスが彼に約束してる地位でもある」

ディングレーは実兄(グーデン)の名を聞き、顔を上げる。

ディンダーデンは拳を顎の横に当ててギュンターを見上げると、つぶやく。

「今の中央護衛連隊長、ダダンデュスが体調崩して退任間近だ。

事実、辞職を願い出てるらしい。

後任候補を挙げるのに、ムストレス側だって動いてるから早急に『西の聖地』の神聖騎士団と『神聖神殿隊』の了承を得たいと。

二部署の推薦を受け取りゃ、異論を示す者は出ない。

直ぐ出向けと、そこに書いてないか?」

ギュンターはだが思い切り、顔を揺らした。

「解ってんのか?!

中央護衛連隊長って言ったらお前の兄ライオネスの、上司に当たるんだぞ?!

あんな実力者を差し置いて、俺が長に成れるか?!」

ディンダーデンは肩をすくめる。

「グーデンの下に就く位ならお前の方が千倍マシだと、兄貴も言うだろうし第一最初は俺に成れと、ディアヴォロスは無茶苦茶言った」

ギュンターは頷いた。

「当然だ。

お前の家柄はそこそこいいじゃないか…!

第一、お前なら皆が一目置く」

ディンダーデンは眉間を寄せた。

「ふざけるな!

俺は中央護衛連隊に顔は利かないし、兄貴とはデキが違って、人の上に立てる器じゃない!」

ディンダーデンの言い切りに、尚もギュンターが口を開きかけ、ローフィスはキリが無いのでオーガスタスに顔を向ける。

その友は察して口を挟んだ。

「承認の旅の随行と護衛を俺は依頼されてる」

ローフィスも素早く言った。

「最後はディアヴォロスの義父、ダーフス大公に会う為にディアヴォロスの別宅で落ち合うとあるだろう?

その別宅への案内を、俺が頼まれてる」

アイリスも言った。

「『神聖神殿隊』と『西の聖地』の神聖騎士団との橋渡しと紹介を、私が頼まれた」

シェイルは顔を揺らす。

オーガスタスはディングレーを見つめると告げる。

「俺達の留守の間、子供達とその講師、ローランデとシェイルの護衛をお前に依頼したいと、ディアヴォロスからの要請だ」

ディングレーは無言で、頷く。

だがこれにはアイリスが、ぴしゃりと跳ね除けた。

「相手はメーダフォーテだろう?

彼らを残して置くのは危険だし、ディングレー一人で護衛は気の毒過ぎる」

皆が一斉に、アイリスを見た。

「どっか、隠れ家に移すか?」

ローフィスが尋ねると、(いや)。とアイリスは首を横に振る。

「メーダフォーテは探し出すだろう…。

彼らを押さえたら、ギュンターもディアヴォロスも

そして私をもひれ伏させる絶好の機会だ。

あの男がそんな好機を逃すとは、到底思えない。

どれだけの力を駆使しても、全力で拉致しようと居場所を突き止めて来るに決まってる」

ディングレーが吐息を吐き腕組みする。

「なら…どうする?」

「連れて行く」

ディンダーデンが怒鳴る。

「子連れで?

ふざけるな!」

だがアイリスは聞いて無いように、シェイルを見つめる。

「君はレイファスを。

ローランデ、君はファントレイユ。

ディングレー、テテュスに付きっきりに成るが、構わないか?」

ディングレーはテテュスを見つめるが微笑む。

「テテュスなら、全然構わないぜ!」

テテュスもディングレーを見つめ、嬉しそうにそう言い放つ彼に感激したし、ファントレイユがローランデを見ると、ローランデも同感だと、自分を見つめ優しく微笑み、ファントレイユを喜ばせた。

だがレイファスだけはシェイルに、怖くて視線が、振れなかった。

シェイルの管理体制の恐ろしさを晩餐会で、思い知っていたので。

「今回はもっと危険な旅だ。

絶対目は離さないぞ!」

シェイルの言い切りに、レイファスは思い切り、項垂れた。

ディンダーデンはまだ、文句を言った。

「俺は補佐の役職の承認を貰う為に否応なしに、随行しなきゃならないんだぞ!」

ギュンターはそっと言った。

「なら俺が補佐に成ろうか?

それ位なら反発も多少は、マシだ」

ディンダーデンは噛み付くようにギュンターに振り向くと、怒鳴った。

「だから…!

お前が補佐だと俺が!

中央護衛連隊長に成らなきゃならなくなるだろう!」

「成ればいいじゃないか…」

ゼイブンがぼそりと言うと、ディンダーデンはその軽い色男を睨め付けた。

「人事だと、気楽でいいな!」

「年下のギュンターに大役おっかぶせて、自分は補佐で楽をする気なんだろう?」

「それのどこが、悪い?」

テテュスもレイファスもファントレイユも、その使者の開き直りに思い切り顔を、伏せた。

ゼイブンがやれやれ。とローフィスにつぶやく。

「じゃ俺は、本部に戻って次の仕事の命令を受け取ればいいんだな?」

だがローフィスはゼイブンを、じっと見た。

「アイリスは今回、ギュンターの紹介者だ。

本部は神聖神殿隊付き連隊からの付添人に、お前を選んでる」

ゼイブンが目を、まん丸にした。

「どうして?

だってお前が一緒に行くんだろう?!

お前で事足りるじゃないか…!

俺は必要無い」

「言ったろう?

俺は最後の推薦人、ダーフス大公と会う為の、ディアヴォロスの別宅への案内人だと。

案内終えたら、その後は本部へ直帰だ。

お前は推薦を無事取り付けたかどうかのその結果を、本部に報告しろと書いてある」

「お前が全部立ち会った後、本部に帰って報告すりゃいいじゃないか!

たったそれだけの為だけに、俺が行く必要がどこにある?!」

だんだんゼイブンの語気が荒くなり、皆がつい、彼を注視した。

ローフィスは解らない奴に言い諭すように告げる。

「俺は今回ディアヴォロスの要請で動くから付添人は出来ないし、本部は一刻も早く助っ人が欲しいから、俺に早々に引き上げて帰って欲しいんだろうよ!」

「どうして!

だって…どのみち別宅迄行くんだろう?

兼任してどこが不都合だ?

ダーフスが来て、ギュンターと会わせて。

たったそれだけの違いじゃないか!」

ローフィスが吐息を吐いた。

「だってアイリスが何日も居ない。

どれだけ仕事が溜まってるか、解ってんのか?!」

「だけど…!」

ゼイブンは尚も口を、ぱくぱくさせ、ローフィスにそう言う事だ。と頷かれ、ディンダーデンに

「とっとと諦めろ!」

と怒鳴られ、それでもまだ、何か言おうと言葉を探した。

だがローフィスは書状を見つめて口を開く。

「ああ…!

ゼイブンが嫌だとゴネたら、本部の記録係を二ヶ月させろと書いてあった!」

ゼイブンは途端、目を剥いた。

「嘘だろう…!

大嫌いなデスクワークの上に、管理統率者のデラロッセは俺を目の敵にして、記録室から一歩も出さないんだぞ!

まるで囚人だ!」

だがオーガスタスが言った。

「だが普通机仕事なら、仕事が終わったら定時に帰れるんじゃないのか?」

ローフィスは親友に振り向くと、ぼそりと言った。

「神聖神殿隊付き連隊の隊員はいつ、帰還するか解らないし、帰って直ぐ、記録室に直行して旅の間の記録を取るのが決まりだから、24時間体制で記録室に人が詰めている。

デラロッセがゼイブンを帰さないと言うんなら、そうなんだろうな。

仮眠室があるし、風呂も付いてるから、そこで暮らせと言う気だろう」

言ってゼイブンを見つめる。

「デラロッセの恨みを買う馬鹿をするお前が悪い。

今本部に戻ったらその仕事が待ってるが、どうする?」

ファントレイユもレイファスもテテュスもがゼイブンを見ると、ゼイブンはがっくり項垂れて、頷いて言った。

「…喜んで、同行させて頂く」

ローフィスは、頷いた。



 アイリスが使用人から受け取った地図を広げ、皆がそれを見つめる。

「街道を、見張ってると思うか?」

オーガスタスの言葉に、アイリスは静かに口を開く。

「ギュンターが対立候補だからと侮って、楽させてくれるとは思えない。

奴らはディアヴォロスを阻む為、全力で阻止しようとする筈だ。

推挙が得られなければ、ギュンターが護衛連隊長に就任するのは、不可能だしな…!」

皆がアイリスの集中力に、つい地図を見つめる。

「直線で行けば『西の聖地』迄僅か、四点鐘(四時間)程だな」

ディンダーデンが言うと、ギュンターはため息混じりにつぶやく。

「迂回路を通ると半日だ」

だがアイリスの見つめている地図上の道を見て、ディングレーがぼそりとつぶやく。

「獣道を、通るつもりじゃないだろうな?

細いし物騒な上、盗賊もごろごろ潜んで居るぞ?」

だがアイリスは、にっこり笑った。

「願ったりだ。

メーダフォーテの放つ刺客達も相手してくれる」

ディンダーデンとギュンター、そしてディングレーは同時に吐息を吐いた。

その時その離れに、アイリスの送った使者から伝言を受けた男が、到着した。

すらりとした長身で赤黒いベストを着こなす、目付きの鋭い、青い瞳をその赤毛で片方隠した、若い男だった。

一目で、気質(かたぎ)でも軍人でも無い、物騒な物事に慣れた身分の低い男だと分かり、騎士達はその男の登場に、押し黙る。

アイリスは彼ににこやかに振り向くと、ささやく。

「ドーデ街道は?」

「奴らは既に、店という店に配下を配置していました」

アイリスはその、部下の言葉に頷く。

「エミリエンヌ街道とラッテン街道の情報も頼む。

私の進む道筋を逐一伝えるから、迅速に情報を集めてくれ」

男は頷く。

「出来るだけ目に付いた害虫は、駆除しときましょうか?」

「ドーデはそうして置いてくれ。

こっちが動けばそこを通ると狙いを付けて、奴らはもっと人員を注ぎ込むだろう?」

男は椅子に座るアイリスを、目を丸くして見つめた。

「ドーデを、通らないんで?」

騎士達が見守る中、アイリスは艶然と微笑んで、頷いた。

男は一つ、吐息を吐いた。

「獣道は、迷いますよ?」

アイリスはローフィスを、見た。

「どう思う?」

ローフィスは頷くと、吐息混じりに告げる。

「俺とゼイブンが居れば、迷わない」

ゼイブンはそう言うローフィスを、椅子におっこちない程度に腰を浅く掛け、背もたれに背を乗せて見つめる。

アイリスは男に振り向き、言った。

「だ、そうだ」

男は一つ、頷いた。

「ではそっちにも人を配置して置きましょう」

「そうしてくれ」

「言われた品は、全てこちらの厩番に預けました」

「ご苦労」

アイリスが言うと、男は紹介すら無用。と言う用に、アイリスの用事を終えてさっとその場を立ち去った。

ギュンターが唸った。

「…付き合いが広いな。情報通の、筈だ」

ローランデもつぶやく。

「ごろつき上がりだろう?」

アイリスは目を、丸くした。

「ああいう配下を、ディアヴォロスだって持ってる筈だ」

ローフィスは肩を、すくめた。

「彼の配下はもう少し、品がいい」

シェイルも思わず頷いた。

子供達は緊迫した大人達の雰囲気に、与えられたお菓子を口に入れる事も忘れ、ただ顔を、見合わせた。


「で?

いつ発つつもりだ?」

腕組みしたオーガスタスが、のそりとその大柄な身をテーブルの上に乗り出すと、アイリスが言った。

「旅の用意は既に整えたから、今、直ぐに。

子供達は、君達(シェイル、ローランデ、ディングレーに振り向く)が同乗してくれ。

ローフィスとゼイブンは先頭で道案内を頼む。

オーガスタスは先頭指揮を。

ギュンターとディンダーデンはその後ろで守護を頼む。

その後ろを、子供達を乗せたローランデ、シェイル、ディングレーが行ってくれ。

私は最後尾を守る」

ギュンターが唸った。

「采配を下して自分には一番しんどい役を割り振るか?

随分、格好いいな、アイリス?」

ディンダーデンも同様に唸る。

「俺はディアヴォロスに呼び出し喰らって以来、走りずめだ!

第一お前らだって、疲れてるだろう?

獣道をこれから深夜に通ろうだなんて、本気でのたまってんのか?!」

オーガスタスがそっ、とディンダーデンを伺い見つめ、ささやくように言った。

「あっちに着きさえすりゃ、休めるように成ってる。

アイリスはそういう配慮の出来る、有り難い男だ」

ディンダーデンはその男に

『もう数時間我慢しろ』と言われ、ぐっ。と押し黙る。

アイリスは頷くと、ローフィスに顔を向けた。

「どれぐらいで『西の聖地』に着ける?」

ローフィスが、ゼイブンを見た。

「月も出てるし、まあ…。飛ばせば、二点鐘だな」

ゼイブンも、頷く。

ディンダーデンが驚愕に顔を上げた。

「マトモに行っても四点鐘なのにか?!」

オーガスタスがアイリスを、見た。

「ゴタつきゃ、もっとかかるだろう?」

アイリスは頷くと

「三点鐘以内が目安かな?」

ディングレーとシェイル、ローランデは顔を見合わせ、やれやれと吐息を、吐いた。

 

 皆が部屋を出ようと、席を立つ。

アイリスはテテュスをまん中に、両脇にレイファスとファントレイユが並ぶ三人の前に立ち、屈むととても優しい瞳を向けてささやく。

「私の一存で決めてしまった」

だがテテュスはしっかりとした顔付きで、アイリスを見つめ返す。

「連れて行ってくれて嬉しい。

絶対、足を引っ張らないから…!」

テテュスの言葉に、両端のレイファスも、ファントレイユも頷く。

アイリスはテテュスの濃紺の瞳が輝く様を愛おしげに見つめた後、レイファスに振り向く。

「アリシャが、心配だと思うれど…。

ちゃんと使いを送って様子を君に、知らせるから」

レイファスは頷く。

「でも、僕に強く成る迄帰るなって言うくらいだから多分、大丈夫だ。

アリシャは病慣れしてて、自分の容態が良く、解ってるし」

アイリスはそっ…と顔を傾けてレイファスの髪を、なぜる。

レイファスは覗き込む濃紺の瞳の、濃い栗毛に囲まれ品良く整った顔立ちの美しい、彼の甘やかな男らしさに、つい、うっとりと見惚れた。

アイリスは、ファントレイユを見つめて言った。

「ゼイブンも、一緒だ」

ファントレイユは心から嬉しそうに、頷いた。

「仕事してるゼイブンを見るのは、初めてだ!」

アイリスが、頷く。そして三人に顔を向けて告げる。

「君達を、どんな危険からも守るから、信頼して付いて来て欲しい」

三人は揃って、その美しい騎士に、頷いた。

皆が部屋を出始める中、ギュンターだけが戸口近くでその様子を切なげに見つめ、俯き顔を、揺らす。

そして立ち上がるアイリスが顔を上げると、躊躇ったが言った。

「俺が、馬鹿したツケがお前に迄回って、世話かけるな」

だがアイリスは、そのとても殊勝なギュンターが、金の髪を首に巻き付け紫の瞳を伏せ、俯くのを目に、微笑む。

「私はディアヴォロスにうんと恩があるし、これは彼の意向だ。

彼の役に立てる機会を与えてくれて、礼を言うのはこちらの方だ」

ギュンターはほっ。と俯いたまま顔を揺らし、吐息を吐くとぼやく。

「ほんっとに、可愛げの無い男だな!

お前は!」

ローフィスが彼に振り向くとぶっきらぼうに言った。

「アイリスが可愛かったら、それはそれで気色悪いだろう?」

シェイルが横で、ぷっ!と吹き出し、アイリスもそれを聞いて肩をすくめた。

だがギュンターはローフィスに向き直り、その軽そうに見えながらも動じない、強い意志の輝きを放つ青い瞳を、見つめ返す。

「冗談で無く、俺のせいで全員を巻き込み、とばっちりを喰らわせたのは確かだ」

オーガスタスが動かないギュンターの肩を、その大きな手で揺れる程ぽんっ!と強く叩き、言った。

「誰に聞いても、ディアス(ディアヴォロス)の為と、言うさ!

文句を垂れるのは、ディンダーデンとゼイブンくらいだ」

ギュンターは朗らかに笑う友の、穏やかな鳶色の瞳を見つめた後、つぶやく。

「…ディンダーデンとゼイブンに詫びを言う気はどう頑張っても、沸かないな…」

無理も無い。とアイリスもローフィスも、オーガスタス迄一斉に、首をすくめた。






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