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「アースルーリンドの騎士」別記『幼い頃』  作者: 天野音色
第四章『晩餐での冒険』
44/115

番外編 レイファスの恋心。

次の章に移行する迄のちょっとした読み物。


ご参考までに、どうぞ。


レイファスが9才の時のお話。


6才の時、母方の伯父アイリスの領地で狼藉者に強姦されて以来

アイリスと付き合っていて、母アリシャは兄アイリスに

「息子をたぶらかした最低の男」

のレッテルを張り、会うと喧嘩に。


レイファスの父カレアスは、事情をアイリスから聞かされていたし

男なので、アイリスと息子レイファスに同情的。


でも妻、アリシャが大好きなカレアスは、面と向かって

アリシャの意見に異を唱えられない…。

 カレアスが荷馬車の御者台の、横に座る九つに成ったレイファスの、少し大人びた顔付きをそっと伺い吐息を吐く。


アリシャは決然と最愛の兄に果たし状を付きつけ

「不道徳にも程があるわ!

お兄様の毒牙にこれ以上レイファスを曝さないから!」


そう怒鳴って、レイファスを無理矢理屋敷に連れ帰った。

レイファスの、言い分も聞かずに。


カレアスは息子が、アイリスは悪く無く、自分が彼に関係をねだったのだ。と譲らなかったのを聞いていたが、アリシャは取り合わなかった。


「お兄様は相手を言いくるめるのも、自分の虜にするのもお得意なのよ!

…騙されてるのよ。レイファス。

後で泣くのは、貴方なのよ?」


心配する体の弱い母親に、(レイファス)がそれ以上逆らえなかったのを、カレアスは知っていた。

アイリスと会うかも知れない。と外出を禁じていたのを、カレアスは

「このままじゃ、レイファスの息が詰まるだろう?」

自分がちゃんと監視するから。と、領地の視察に、強引に連れ出した。


レイファスが口をきかず、カレアスは手綱を握り、吐息を吐く。



「じゃ、こっちの作物の出来を、聞けばいい?」

慣れた様子で手伝うレイファスの大人びた口調に、カレアスは頷く。


農民達が領主の姿を見かけ作物を持ちよって、出来ばえを訴えかける。

レイファスは幾人かの農民にオレンジの甘さを聞き、その甘さに応じて出荷先を割り振った。


「やあ…久しぶり」

レイファスが振り向くと、幼なじみのダナンが立っていた。


相変わらずひょろりと背が高く…けど、昔彼とばかり遊んでいた頃、それは綺麗だ。と思っていた顔は間延びして、洗練されたアイリスに比べたら随分、くたびれて田舎くさい顔に見えた。


「うん…。元気?」

ダナンは笑うと

「随分、べっぴんに、成っちゃったな!」

レイファスは俯いて苦く、笑うとつぶやく。

「アーサスーシャとは、上手く行ってるの?」


ダナンは髪を掻くと、視線を落として笑った。

「隣村のエダルテと、上手く行ってる」


レイファスは一瞬、顔を揺らした。

が、レイファスが顔を上げると以前可愛らしかった彼が、華やかさと艶と輝きを増してその美しさが完璧に見え、ダナンは笑った。


「もう、すっかり貴族のおぼっちゃんだ。

俺みたいな奴とは、もう仲良く出来ないよな」


レイファスは俯くと、農家を継ぐダナンにつぶやく。

「そうじゃないけど。

お互い進む道が違うから、話しがどんどん、あわなくなるよね」


ダナンは漏れ聞く領主の息子の噂話を思い出し、つぶやく。

「領主じゃなくてやっぱり…騎士になるのか?」


レイファスは、頷く。

「神聖神殿隊付き連隊だと、馬であちこち色んな所に行けて、楽しいんだ」

「でも騎士なら剣が、使えないと」

「習ってる」


ダナンは農民で

『人殺しなんて、考えたくも無い』

と言う様に首を振って言った。

「…そうか」


ダナンは背を向け、破れかけた茶のくたびれた衣服のポッケに手を突っ込み、それでも向けた背から顔だけ振り向き、手を、振った。

レイファスもそっと手を上げ、振る。


ダナンのその、後ろ姿を見送った。

それは、昔何も知らなかった頃輝いていたものが色褪せたように感じてひどく落胆したが、それを再確認する、作業のようだった。


 その頃レイファスはたったの四つで、アリシャは療養所にひっきり無しに出かけ、カレアスは忙しく療養所と領地を行ったり来たりで、自分を監視する大人が居なくて、レイファスはしょっ中領地の農民の所へ潜り込んでは農家の子に紛れて、遊んでた。


ダナンはその子供達の“顔”で、彼は大きな子達がチビ。といばるのに対し、小さな子達のヒーローだった。

栗色のくるくるの巻き毛で、横顔が本当に綺麗だと、レイファスは見惚れた。

でも人懐っこい茶色の瞳をして、何でも器用に出来て、はしっこくてそして、優しかった。


彼はチビ達の中で一番、大人で、誰かがおやつを泥の中に落とすと自分の分を差し出したりするので、レイファスは心から感心した。

一人っ子の彼は自分のおやつを誰かに分ける。だなんて、考えた事すら、無かったから。


レイファスは、領主の息子だとバレると屋敷に連れ戻され、口五月蠅い乳母に叱られ、罰を受け、おやつか晩ご飯を必ず抜かれたのでいつも顔や髪に泥を塗り、わざと汚して遊びに加わった。

皆、隣のその隣の村の子供だと、レイファスの事を思ってた。


でもある日、レイファスが泥を落として屋敷に戻るのをダナンに知られてしまった。

レイファスは、がっかりした。


幾つもある領地の村々。

領主の息子だとバレるともう、その村では遊べない。

だから折角ダナンが気に入ったのに、もう遊べないないや。と落ち込んだ。

みんな、バレると途端親に叱られる。とか言い出し

大人が怖くて、レイファスを大人に、売った。

つまり、領主の息子が紛れて遊んでいる。と告げ口したのだ。


レイファスはその都度屋敷に戻った時、乳母にお尻を散々叩かれ、食事抜きの刑に耐えた。

でも直ぐ抜け出しては、別の村へと出かけた。

村はそれぞれ違っておもしろかったし、遊びもまちまちだった。


ダナンは、レイファスが項垂れ、でも仕方無い。と大人びた顔で自分を見るのに、吹き出した。

「そうなんだ。

お屋敷の、お坊ちゃんだったんだ」

でも、それ切りだった。

屋敷に帰っても乳母にしかられる様子が、無い。

レイファスは翌日、村に行ってみた。

いつも通り皆が出迎えてくれる。

ダナンを見ると、丸で二人だけの、秘密。と言うように、片目つぶって合図してくれた。


けど…大人に黙っててくれる奴は大抵、下心があった。

おもちゃを寄越せとか、おやつを寄越せとか。

果ては、金目のものを持って来い。と言う奴迄居た。

それでレイファスはダナンを呼び出して尋ねた。

「黙っててくれるかわりに、何が欲しいの?」

ダナンはびっくりし、笑った。

「別に、何もいらないよ!」


びっくりしたのはレイファスの方だった。

「どうして?」

「だって今別に、欲しいものが、無い……」

言った後にダナンは、あ。という顔をした。

(やっぱりあるんだ)

ダナンはレイファスに見抜かれて、少し頬を染めて俯いた。

「いいよ。言って。

僕、何とかする」

ダナンは頬を染めたまま俯くと、レイファスを導いた。


 そこは女の子達が集まる小さなボロ小屋で、女の子達はそこで大抵自分の持ち寄った人形の、洋服とかを縫ったり自分の手で動かして、ドラマを作ったりして遊んでいて、男の子達は通りかかると

「馬鹿みたいだ!」

とからかう場所で、レイファスはどうしてそんな所に引っ張って来られたのか、頭を捻った。


アーサスーシャが庭の木苺を摘んで、隣の女の子と、笑いあっていた。

ダナンがアーサスーシャが好きだと、仲間のみんなが言っていたし、ダナンも聞かれると

「そんな事無いよ!」

と言いながら頬を染めるから、みんなで

「嘘だ」

と影で言い合ってた。


「どう、思う?」

レイファスは茂みの影に隠れてアーサスーシャを盗み見しながら聞くダナンに、やっぱり顔を引っ込めて俯く。

「どうっ…て?」

「だって君の秘密を知ったから。

アーサスーシャが好きだっていうのは、僕の秘密だ」

まるで、交換するようにそう言うダナンの、欲の無さにレイファスは彼を呆然と、見つめた。


彼の事がうんと、うんと好きに成った。

実際、領主の息子だと知って態度が変わらなかったのはダナンだけで、レイファスは幼いながらも、その滅多に無い宝石のような友達に生涯の友情を誓った。

それにレイファスはバレる度、村を転々としなくて、良くなった。

いつも出かけて行って、迎えてくれる仲間の一員で居る事がとても気に入ったし、顔ぶれが変わらないのは安心だった。


 でも、その冬だった。

アーサスーシャは年上の、ゼルダンスとキスしたという噂が立ち、二人は恋仲だ。と言う噂が、駆け巡ったのは。

ダナンはふさぎ込み、レイファスはどう慰めていいのか、凄く困った。


ある日屋敷に戻る時、屋敷近くの人の来ない小川で顔の泥を落としている時、ダナンに出会う。

ダナンはレイファスを見つけ、寄って来た。

「もう、戻るの?」

レイファスは彼がそんな事、した事が無いので不安に成ったが、ダナンが人に秘密をバラしたりはしない。と思い直して尋ねた。

「ダナンも、家に戻らなくていいの?」

でも、ダナンが、綺麗に成ったレイファスをじっ。と見つめ、つぶやく。

「以前、欲しいものをくれる。って言ったよね?」

もう、半年も前の話だったけど、レイファスは不安に胸がざわついた。

領主の息子は利用出来る。と、ダナンが誰からか知恵を付けられ、今、それを要求する気なのかと。


レイファスは慌ててつぶやいた。

「勿論、僕に出来る事なら」

「レイファス、君って川遊びの時泥が落ちると凄く可愛くて、女の子みたい。って、みんな言ってたの、覚えてる?」

レイファスは、ダナンが何を言い出すのかって、びっくりした。

でもそれは、不快な記憶だった。

だって少し年上の男の子達が、レイファスが本当に男の子かどうかを確かめようとやって来てはひどく乱暴にズボンを脱がせたり、体を触って来たから。

でも仲間意識の強いちびっ子軍団が、追い払ってくれたけど。


あの時手を引いて

「逃げるんだ!」

と叫んだのは、ダナンだった………。


「うん。覚えてる」

ダナンは凄く、言いにくそうだった。

「キスって、した事ある?」

「ちゃんとした、キス?

恋人みたいな?」

ダナンは頷いた。

そして俯いたまま、顔を上げず言った。

「ティミー(弟)と、試そうかとも思ったけど…」

レイファスは、びっくりした。

「どうしてそんな事、しようと思うの?」

ダナンは真っ赤に成って言った。

「した、事が無いから……。

した事の無い男の子は、キスがヘタで、相手に出来ないって、女の子達が…言うんだ」

「それ、アーサスーシャが、ゼルダンスとキスした事と関係ある?」

「年上の…ヴッキが言ってた。

ゼルダンスよりキスが上手かったら、僕にも望みがあるって」


レイファスは素っ気なく言った。

「僕、経験無いから役に立てそうにない」

「そんな事無いよ………!」

ダナンに手を握られ、レイファスはそっ…と、屋敷近くの小川から彼らの村近くの、窓も扉も開けっ放しの壊れた廃屋迄、引っ張られた。


「あの………しても、いい?」

レイファスはダナンを、まじまじと見つめた。

「僕に?」

「だってその…ティミーはどうしても女の子に、見えないしその……。

言ったろう?

欲しいものをくれるって」


レイファスは、それは品物の事だ。と言おうとした。

けど、ダナンがこのキスの練習に、アーサスーシャとの未来がかかってる。というように、両手を組まれてお願いされ、とうとう吐息を吐いて

「いいよ」

と言った。


ダナンにそっと口づけされたが、唇の端っこが、ほんの少し当たっただけで、レイファスは駄目出しした。

「全然、キスってカンジじゃないな」

ダナンは少しずつ、唇を触れさせた。

二回、三回。


ダナンがとても震えていて、レイファスはくすぐったい気分に、成った。

そしてとうとう言った。

「ほら。大人って相手を抱きしめて、顔を見つめた後するし、顔の向きを変えたりする。

ああいうの、マネしてみたら?」

ダナンは意を決してレイファスを、抱きしめた。

最初はぎこちなかったけれど、どんどん上手に成って……レイファスはダナンの腕の中で口づけされてると、凄くくすぐったくって、けど、ダナンがとても真剣で、あんまり…初々しかったから、なんだかうっとり、した気分に成った。

自分にそんなに必死に成ってくれるのが、嬉しかったのかもしれない。


けどその廃屋の窓から、キスしてる現場を通りかかったアーサスーシャの友達のおしゃべりスーザンに見られ、スーザンが

「ねぇ、ちょっと…ダナンがキスしてるのって、彼の仲間のレイなんじゃない?」

と隣のアーサスーシャを突っついたのだ。


アーサスーシャは顔を上げて二人を見、ダナンは気分を出してレイファスに口づけしてたけど、視線に振り向くとおつかいの帰りのアーサスーシャとスーザンにその現場を見られ、慌てて怒鳴った。

「これは……、これは違うんだ!

レイが……その、レイの方から、してくれって。

女の子みたいな顔してるし、男の子相手でも構わないって!」


レイファスは胸が裂けるように、ズキン…!と痛んだ。

アーサスーシャとスーザンはレイファスを見、くすくす笑って

「そうなの!」

と言った。

彼女達はその場を去りながら、幾度も振り返り、くすくす、レイファスを見つめて笑い続けた。


凄く、腹が立ったしプライドを傷付けられた。

レイファスは、その時解った。

ダナンとは、凄く友達だと思ってた。

大事な、一番の。

でもダナンはそうじゃなかった………。


「ごめん。あの……でも………」

そう、ダナンは黙ってる代わりに、と、要求した事だから、許されると、思ったのかもしれない。

口では幾度も、押し黙るレイファスに謝ったけど。


 でも、次に村に行くと、すっかり“レイ”は、女の子みたいに男の子にキスをねだる、ヘンな子。と注目を浴びて、からかわれた。

スーザンが言いふらしたんだけど、ダナンはその時庇ってなんか、くれなかった。


やがて…そのヘンな子の顔は領主の息子とそっくりだ。

と、バレてしまってもう、村には行けなくなった……………。


レイファスはあんまり悔しくて悲しくて、暫く泣き続け、何がいけなかったのかを考えてみた。

僕は何があっても友情を取ったけど、ダナンは違った。


考えてみると、それだけの事だった。

ダナンは悪く無かった。

アーサスーシャの事が、僕よりも大事なだけだった。


…けれどレイファスは思い知った。

物品や金を持って来い。と言う奴の方が、マシだ。

思い切り罵れるから。

元々嫌いな奴を、もっと嫌いになったってどうって事なんか、無い。


でも、ダナンに裏切られた心の傷は深くいつ迄も痛み、レイファスにこう教えた。

他人がどう思おうと、他人よりも自分を優先させたって、誰も本気でその人を非難出来たりはしないんだと……。


レイファスは臆病だったから、それ以来相手を探るようにした。

自分が相手を一番にしても、相手にとっての一番に自分が成れないのなら傷つく事を、覚悟しなくては成らない。


 カレアスが忙しく領民の間を歩き、収穫のできばえを吟味する中、その村の者達が身支度を隙無く整えた領主の息子の、実の叔父との関係を知っていて、ひそひそ話すのが聞こえた。

「だってあいつ、昔こっそり村に遊びに来た時だって、ダナンとキスしてたろう?

男が相手でもへいっちゃらなんだ!」

「綺麗な子だしね。

女の子でもあんな綺麗な子も居ないから、間違えて好きに成る男の子もいるだろうよ!」


…間違えて好きになられて、たまるもんか!

とレイファスは思った。

男だと、バレた段階で失望される。

それ迄持ち上げといて、失望した途端ボロ切れのように扱うんだ。


レイファスは、アイリスの事を考えた。

けどアイリスは大人で、一緒に寝たって知らない事を教えるようにしか、扱ってくれない。

けどとても、とても優しい。

それに…普段人が知らない裸のアイリスや、彼があの時、どんなに魅力的でうっとりして男らしいか、知ってる事が誇らしい気がして、アイリスを手放したく無かった。


それはアイリスを困らせる事だったけど、レイファスはうんと彼を、困らせたかった。

どこかで思っていたから。

アイリスもきっと本当に困ったら、僕より自分を優先させる。

そうに、決まってる。


アイリスは大人だし色々なやり用を知っているから、ダナンのようにひどく傷付けて置き去りにしたりはしない。

そのやり用を、レイファスは知りたかった。

アイリスの、やり方を。


だからいつでもアイリスにこう言うつもりだった。

「貴方を優先させて、僕を裏切っても構わないんだ」

アイリスは、けど決してひどく傷付ける事は、しないだろう。

それはとても良く、解った。

彼のような魅力的な男を、独り占めしたりは出来ないと知っていた。

それに…彼はとうに死んだ妻を、今だずっと忍んでいたし、その心は愛息テテュスに捧げられていたから………。


いつかきっと、僕よりテテュスを優先させるに決まってる。

最初から、勝負の見えた戦いで、レイファスは自分が馬鹿だと思った。

けど、馬鹿にさせる程にアイリスは魅力的で、自分が彼を自分だけのものにしたい。と恋にのめり込んでも、仕方無い相手だから。と言い訳を、作った。


それに、(レイファス)は知ってる。

アイリスはいつか、どこかで都合が悪く成ったら、絶対自分を裏切る筈だ。と………。

だからその時が来ても決して…ダナンの時のように思い切り傷ついたりは、決してしない。と………。


 けどレイファスはその後、思い知る事と成る。

十歳に成った時、とうとうアリシャが食卓の席で言い続けるアイリスの悪口を聞くのに耐えきれず

「アイリスの元に行く!」

と家出して、アイリスの屋敷に押しかけた。

けど、アイリスは黙って受け入れてくれた。

妹である、母、アリシャを敵に回しても。


アリシャはアイリスの元に乗り込んで、大事な息子を垂らし込む極悪人!と兄を非難した。

が、レイファスは腕を掴み、連れ戻そうとする母に

「彼を愛してる。ずっと一緒に居たいんだ!

アイリスが望むなら、側を離れない!

アリシャがどう言おうが、絶対に!」

と啖呵を切った。


その場の勢いだったけど、アイリスを悪人呼ばわりする事だけは絶対、耐えられなかった。

アリシャはアイリスの返答を伺ったが、アイリスは妹に

「レイファスの意志を、尊重する」

と言い、アリシャの罵りを聞き続けても、意志を曲げなかった。

…そして屋敷に、受け入れてくれたのだ。


世間にそれは知れ渡り、アイリスは著しく評判を落とした。

レイファスは幾度も社交界での彼の扱われ方が、冷たくぞんざいになった。と漏れ聞いて、帰って来るアイリスを寝ずに待って、彼に問い正そうとした。


でもアイリスはいつも

「君の心配する事じゃないし、私の友人達は私の心臓に毛が生えているから、それ位何とも無いだろう。と皆、笑い飛ばしてるよ」

と優しく微笑み

「もう遅いから、お休み」

とそっと額にキスして、レイファスの心配を笑って受け流した。


でもその後、彼の恋人のように屋敷で暮らすレイファスに、アイリスの息子テテュスは耐えられない様子で、二人の姿を見ると決まって姿を隠した。


食事も部屋で取ったし、部屋を、二人に出会わないよううんと遠くに離し、レイファスとは時に、挨拶くらいはしたけれど、アイリスには一切その顔を見せなかった。


アイリスは最愛の息子、テテュスに軽蔑され、避けられ続け…。

ひどく、落ち込んでも、それでもアイリスは言わなかった。

『もう、君とは関係を続けられない』

とは………。

「僕よりテテュスが、大事でしょう?」

そう、言っても。


それでもアイリスは、優しい微笑をたたえてこう、言った。

「それはそうだけど…私は一旦引き受けたものを、放り出す事はしない。

君は大切な妹の息子で、君を傷付けたらそれこそ本当に心底、テテュスに軽蔑されてしまう」


 …それでもテテュスに冷たくあしらわれ、彼ほどの大人が、時々真っ青な顔で、参ったように項垂れる姿をとうとう見かねて、自分から別れを言い出した。


アイリスはびっくりしたし、何度も

「それで、君は本当にいいの?」

そう…尋ねてくれた。


側に居てくれて、嬉しかった。

テテュスより、僕を、選んでくれて。


けど…自分が一番の相手に、一番に思ってもらえないのがどれだけ惨めかも、思い知った。

アイリスは僕を選んだけど…それでもやっぱり彼の一番は、テテュスだったから……………。


けれどアイリスは、最後の最後まで優しかった。

でもそれは…恋人の優しさじゃなく、どこ迄も叔父としての優しさだった…………………。


 裏切られなくても…それでも傷つく事があると、レイファスは思い知って、深い吐息を吐く。

けど、裏切らないアイリスは彼に、教えた。

裏切られない相手には決して牙は剥けず、そして…例え傷付けられても、恨む気持ちは沸いて来ないのだと…。


だから…自分の都合を、利己を、優先させないやり方をする相手は誰からも尊敬と、深い情愛を受けるのだ。とも…。


アイリスを、忘れるのは一苦労だ。

アリシャが、息子を本当に愛してるからこそ、口五月蠅く忠告し続けたのだと、思い知る。


今も、アイリスの腕に抱かれて、安心し切って目を覚ます夢を、見る。

でもそれはアイリスに、恋人のように愛して貰える。と言う夢よりはうんと、現実的だった…………。

だってただ

「寝たい」

そう言えばアイリスは、微笑んで時間を作ってくれただろうから……………。


でもアイリスと別れた後、テテュスが幾度も会いに来た。

そして、胸の内を打ち明けた。

アイリスと僕を避けたのは…テテュスが僕を好きで、父親に取られて辛かったからだ。と。


随分呆れた。

アイリスはテテュスを好きで、テテュスは僕を。

そして僕は、アイリスが好き。

誰も、誰かの一番にはなり得ない。


僕はうんと笑い続け、アイリスの元に戻って欲しいと言うテテュスに、もう、いいんだ。と言った。

「アイリスは僕を、大事に扱う手段として恋人ごっこに、付き合ってくれたに過ぎないんだ。

だって僕は父親にほったらかしにされ、アリシャは構いたくても病気で出来なくて、誰かにずっと真剣に、大事にされた事が無くて気の毒だと、同情されていたから。

その上に領地で幼い僕が、ひどい体験をしたから。

ずっと、その責任を取る事と、同情だけだったんだ」


「でも…」

と、テテュスは言った。

そう…テテュスの恋人に成ったりしたらきっともの凄く、大切にされるだろうな。

でも、テテュスも僕もうすうす、解ってた。

テテュスは本当の僕にはきっと耐えられない。

姿道理の、いい子ちゃんでも可愛い子ちゃんでも無い僕は。


アイリスは大人で平気だったけど、純情で心根の優しテテュスに、どんどん失望されていくなんて耐えられない。

テテュスの、愛情を永久に失うだなんて、それだけは絶対、嫌だった。

だから言った。

「アイリスは大人なんだ。

僕と違っていっぱい相手が居る」


でも、テテュスは心配そうに覗き込んで言った。

「君はそれで、本当にいいの?」


レイファスはその時、テテュスとアイリスがあんまり親子で似ていて、笑い出したくなった。

この親子の事を、この先どんな事があっても絶対、嫌いになったり出来ないな。

そう、思って。


 教練には特待生扱いで行かず、アイリスの口利きで、神聖神殿隊付き連隊へ進む為の特別訓練を個別で受けて、形だけ卒業し、そして直ぐ、アイリスが長を務める神聖神殿隊付き連隊に入隊した。


訓練中もずっと、ローフィスに世話に成ったけど、もう一人のいとこ、ファントレイユの父親のゼイブンも居て、新人訓練でずっと、僕の面倒を見させられて、文句ばかり言っていた。


そして、ローフィスと二人揃うと必ず口にする。

「アイリスに惚れるなんて馬鹿だ」

と。


「そんな事、とっくに知ってる。

もっと別の、罵り言葉を用意したら?」

そう言い返すと、ローフィスは決まって笑い、ゼイブンは堪えない僕にぶすったれて不満そうだった。


その後、どれだけの相手と付き合ってもアイリスを忘れる事なんか、出来なかった。

結婚しても兄に憧れ続ける、アリシャとセフィリアの気持ちが痛いほど解ったし、僕はもっと、重傷だった。

アイリスと、寝たりしたから。


いつも決まって相手と情事を過ごすと必ず、アイリスと無意識に比べている。

どうしたって彼、以上の相手なんて見つかりっこ無くて、ああ、この相手とも長くないな。

と、飽きずに決まってがっかりする。


 でも、まあ………。

いつか運命が味方して、アイリス以上の相手に、出会う時が訪れないとは限らない………。

そんな日が来るとは思えないけど、何が起こるのか、未来の事は誰にも解らないから、希望を、持ったっていいじゃないか。

そうファントレイユに告げると、決まって彼はタメ息を付き、それでも顔を上げて

「そうだね」

と、同意してくれる。


じっ。と顔を見つめると、ファントレイユは決まって

(どうしたんだろう?)と言う顔を、する。

『そんな日、絶対来ないだろうな』

と顔に、書いてある。

と僕は毎度、言ってやったものかどうか思案しながら、はっきり言われた方が幸せなのか、それともその同情を、受け入れたものかどうかを決まって、首を捻って、考え続けている…。



---------END

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