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「アースルーリンドの騎士」別記『幼い頃』  作者: 天野音色
第四章『晩餐での冒険』
42/115

7 フィナーレ

 アイリスが意向をエリューデ婦人に伝えると、彼女は感激に溢れ、うるうるした青い瞳を向けた。

ギュンターはオーガスタスの視線を、感じた。

『何だ?』と視線を向けると、ローフィスが代理で返答した。

「行方不明者を増やして、主催者には大層、心配かけたからな」

『だから、穴埋めに奉仕しろ』

と言いたいんだな。と察し、もう一人の遭難者ゼイブンが居ない今、自分にその非難が集まりつつあるのに、ギュンターは知らんぷりを通す。


 曲が終わり、エリューデ婦人は広間の中央に進み出ると、皆に告げた。

「今夜、讃える騎士達が、この屋敷独特の構造の為に不幸にも遭難と危険に遭遇した事は、わたくしの不徳と致す所。

幾重にもお詫びしなければならないのは、わたくしの方ですのに、騎士達は今夜の為に、『ダダュスの悲劇』、『ミアネスの決闘』そして最後に、『ダフネス』を披露して下さるそうです!

『ダフネス』の最後はどうか皆様も、ご参加を!」


アイリスはテテュスにうんと屈み、耳元でそっと告げる。

「『ダフネス』の最後に私とローフィスが踊り、同じ振りを他の騎士達が、そして周囲の人々を引き入れて、皆で同じ振りをずっと繰り返すから。

君達は、振りを覚えて一緒に踊れる。

君が私の元に直ぐ来てくれたら、私が振りを教えるから」

テテュスが焦げ茶の髪に囲まれた色白の顔で、本当に愛らしくにっこりと微笑むので、アイリスは彼の無事を、心の中でディアヴォロスとワーキュラスに向けて感謝を叫び、涙ぐんだ。


だがファントレイユはそう優しくささやくアイリスを羨ましそうに見つめ、踊りから戻り腕に手を添えるセフィリアを連れたゼイブンはその視線に気づく。

「どうした?」

セフィリアが直ぐに、気づいてささやく。

「貴方に、お兄様のように面倒見て欲しいのよ!

お兄様って、本当に色事にはだらしないお方だけど、父親の情愛は貴方より絶対勝れているわ!」

ゼイブンは途端、眉を寄せて恋い焦がれる美人の妻を見つめた。

「だって奴は恋女房を亡くし、息子しか居ないからだろう?!」

セフィリアも思い切り、眉を寄せた。

「あら。じゃもし私が死んだら、貴方必死に成ってファントレイユを構うの?

どう考えても、そこら中の女性のしとねを走り回って、妻を亡くした自分を慰めてくれと、駄々っ子のように気を紛らわす貴方しか、想像出来ないわ!」


皆が、自分も同感だ。と、俯く。

ゼイブンはそう言うセフィリアの顔をじっと、見た。

「冗談で言ってんのか?」

「あら。本気よ?」

「君が…死んだなんて、考えるのも怖いのに、君は自分が死んだ後の事が想像出来るのか?!」

後ろで、今だローランデの腕に手を添えるアリシャも言葉を添える。

「あら。

セフィリアが死んだらどうするなんてとても、考えられないとでも言うの?」

ゼイブンは見た事が無い程真剣なブルー・グレーの瞳で、半分怒りながらアリシャに振り向き、怒鳴る。

「そんな不吉な事は、死んでも言うな!

妻に死なれたら…女と遊んでる場合じゃないだろう!

セフィリアの代わりなんでどこにも居ないんだからな!」


その声があんまり切羽詰まっていたので、思わず皆が、振り返る。

だがアリシャはそう怒鳴るゼイブンに、平気で言い返す。

「あら。じゃ代わりはいないから、天国迄彼女を探しに行くとか?

する気じゃないんでしょう?まさか」

が、ゼイブンは青冷めて俯く。

その表情は真剣そのもので、皆は奴がそのつもりだと、解った。

がこれにはセフィリアが、怒鳴った。

「ゼイブン!

私が居なくて貴方迄居なくなったりしたら、ファントレイユはどうなるの?!

どういうつもりよ!

約束して!

もし私に不幸があってもアイリスお兄様のように立派に息子の面倒を真摯に見るって!」

だがゼイブンは、やっぱり青冷めた顔でそう、真剣に怒る美貌の妻の顔をチラリと見た。

「お返事が聞こえないわ?!」

セフィリアに、尚も促されたが、ゼイブンは冷や汗を流し、返答をしない。

皆がつい、じっ。とゼイブンを見たが、ゼイブンはようやく掠れた声音でささやく。

「知ってるだろう?

アイリスは優雅に見えても実はとても剛胆で、俺は肝っ玉が小さい男だと。

とうに、気づいてる筈だ」

セフィリアはそう告げる青い顔の夫を見つめ続ける。

「だから?」

「だから…」

ゼイブンは弱ったように、顔を横に振った。

「ファントレイユの顔を見たら君そっくりだから、凄く辛いしそれに…」

やっぱり、彼女を失うという考えは彼の思考の中で拒絶反応を示すのか、ゼイブンはとうとう油汗を滴らせて苦しげに、声を絞り出す。

「そのつもりが無くても、天国迄君を追い掛けてる可能性が、高い」

セフィリアがやっとそう言う夫の真っ青な顔を見つめ、だがまだ尋ねた。

「約束出来ないと、まさか言わないわよね?」

彼女の基準はアイリスだったから、アイリスの出来る事を夫が出来ない理由は理解出来かねた。


皆が、惚れた相手にど真面目にしか、返答出来ない不器用なゼイブンをもう、容赦してやれと、彼に同情を寄せた。

ゼイブンはとうとう顔を震わせ、声を絞り出した。

「セフィリア。だから……絶対俺より先に死ぬな!」

セフィリアもアリシャも、苦しげに顔を歪めて必死でそう言うゼイブンを、呆れて見た。

「それが…返答?

貴方の出した結論なの?!」

ゼイブンはとうとう怒鳴った。

「だってファントレイユを悲しませたくないんだろう!

俺は……絶対無理だ!

君が死ぬと言うなら俺が先にこの世とおさらばしてやる!」

皆が呆れ返ったが、ファントレイユが前に居たディングレーを突き飛ばして走り寄り、ゼイブンの腰に体当たりするように抱きつく。

テテュスも、レイファスも、言葉も無くただ必死にゼイブンを失くしたくない。ときつくしがみつくファントレイユを、悲しそうに見つめた。

だがゼイブンは、しがみつくファントレイユに顔を屈めると、そっ。とささやく。

「すまない…。

だが俺はアイリスとは違う。

言ったように…肝の小さい男だ。

不甲斐ないとお前は思うだろうが…」

だがファントレイユはゼイブンの腹に顔を埋め、嫌だ…!と言うようにきつくきつく、しがみついた。

「お前も大人に成れば解る。

図体が立派だって、中味がそうとは限らない。

手に入れたらそれを失う事が、怖くなる。

それが、大切なものであればある程。

…命と引き替えてもいい程の宝を手にしたら…失うとただの抜け殻だ。

そんな親父はお前は嫌だろう?」

ファントレイユの肩が、震えていた。

ゼイブンは尚も小さな息子に屈み、ささやく。

「お前の親父は肝が小さいと覚えて置いて…自分は俺の二の舞をしないやり方を…アイリスにでも学べ。

俺を悪い手本に、していい。

解るか?」

だがファントレイユは顔を上げてきっぱり言った。

「ゼイブンは最高だ!

だって僕の、父親だから!

ゼイブンが駄目なら、僕だって駄目な奴だ!」

ゼイブンの眉が切なげに寄った。

「…折角セフィリアの血を継いでいるんだ!

ちゃんと…半分!

全部俺を手本にする事は無い!

都合の悪い時はアイリスを手本にしろ!」

だがファントレイユは食い下がった。

「ゼイブンはずるい!

自分だってアイリスと同じ事が出来ないと言うのに!

僕にそれをしろだなんて絶対、ずるい!」

セフィリアもすかさず言った。

「息子にそれをさせたいなら、御自分で手本を見せて!

血の繋がりとかで逃げないで!

ファントレイユの目前にあるのは、貴方の背中なんだから!」

ゼイブンは困ったようにセフィリアを、見た。

「だって君を心から愛している。

こんなに愛して無いなら、後なんか絶対追わず、他の女の腕の中で一晩で忘れてやれる」

セフィリアは今にも泣き出しそうな夫を見つめ、ほっ。と吐息を吐くとささやいた。

「じゃあ、私を忘れるのに10年かかってもいいわ。

でもいい事?

もし貴方が追い掛けて来ても、天国の入り口で私が貴方を追い返すから。

それだけは、絶対に、覚えておいて」

そしてゼイブンにしがみつくファントレイユに微笑む。

「私が居なくなった後、絶対貴方から、ゼイブンを取り上げたりしないと私が約束するわ。

だから、安心して」

ファントレイユは不安そうにゼイブンを見たが、彼は『天国の入り口で追い返す』と言う言葉にショックを受けて、固まったままだった。


 呆れてゼイブンを見つめるアリシャから、ギュンターはローランデをさっさとその腕を引いてかっさらうと、ローランデは顔を上げて異を唱えようとし、アイリスが気づいて口を挟む。

「『ダダュスの悲劇』を、君とギュンターに割り振ったんだ。彼と踊ってくれないか?」

ローランデは言われ、視線を振ると、皆が広間の中央を開けて見せ舞踏を見ようと集まり来始め、楽団の演奏者達は、踊り手が姿を現すのを、楽器を構えながら、今か今かとこちらを、伺っていた。


エリューデ婦人はアイリスの横に来ると、踊りの解説を。と勧め、アイリスが先に中央に進むと、楽団の奏者は一斉に弓を引こうと振り上げ、アイリスは慌てて彼らに、待て。と静かに視線を送り、開けた中央のぐるりと周囲に群がる着飾った人々に視線を回し送りながら、口を開いた。

「『ダダュスの悲劇』は、(いにしえ)の騎士、ローダンとアィリアの物語です」

その、良く通る、低く明瞭に響く声音と、彼の素晴らしく魅力的な微笑みをたたえた品格ある顔立ち、そして焦げ茶の艶やかな巻き毛を胸に背に流す、ゆったりと気品溢れた長身の立ち姿に、皆が見とれた。


「アィリアはお前が踊れ」

ギュンターは隣のローランデにそう告げる。

ローランデは呆れたように彼を見上げると、ささやくように告げた。

「…君の腕の中で無防備で居ろと本気で言ってるのか?

大観衆の目の前で!」

ギュンターは肩をすくめる。


アイリスの明るく男らしい声が響く。

「二人は親友ですが、決闘を余儀なくされる。

その決闘の場面を舞踏に振り付けたもので、ローダンが傷ついた時アィリアが気遣い、そして最後はアィリアがローダンの手にかかり、息絶える場面で終わります」

そしてアイリスは踊り手のローランデとギュンターを紹介しようとして二人に振り向いたが二人はまだ、どちらがどちらを踊るかで、小声で言い争っていた。のでアイリスは仕方無く、踊りの解説を続けた。

「この踊りは名の残る有名な見せ舞踏を数々後世に残した、ラーダウィツの振り付けで…」


ローランデが密やかに、だが強い声音で異を唱える。

「…アィリア役は最後、ローダンの腕の中で息絶えるじゃないか!」

ギュンターもすかさず言い返す。

「俺を抱きかかえるのは、だってお前無理だろう?!」

「無防備に死んだふりなんて君みたいに危ない奴の前で出来るか!

…誓えるか?

絶対公衆の面前で悪さしないと!」

ギュンターは一瞬顔を揺らし熱い紫の透けた瞳でローランデをじっ。と見つめる。

がローランデは意思の強い青の瞳を射るように投げかけて、確約を強要した。

ギュンターはもの凄く、ためらい、小声でぼそり。と告げる。

「…くそくする」

「聞こえない!」


アイリスが二人の様子にチラリと視線をくべる。

近衛でこの踊りは大抵酒の余興で、おふざけに最後、息絶えたアィリア役にローダン役の男が口づけをする。

という罰ゲームに頻繁に、使われていたし、ギュンターにとってはバツどころか褒美に成ると、気づいたので。


二人の様子に後ろでローフィスが、隣に居るディングレーとオーガスタスにぼやく。

「二人に割り振るのは『ミアネスの決闘』の方が、良かったんじゃないのか?」

ディングレーが直ぐ様、反論した。

「オーガスタスと俺が『ダダュスの悲劇』なんて踊ったら、アリシャが今度は相手をオーガスタスに変えてまた、俺を勘ぐるだろう!

冗談じゃない!

『ダダュスの悲劇』なんて絶対、踊れるか!

あれは、ソノ気のある奴が踊りにかこつけて男を口説くのに使うか、それとも完全に、悪ふざけの罰ゲームじゃないか!」

ローフィスがやれやれとディングレーを見た。

「確かに、やたら男二人で絡む舞踏だが、おふざけだと全然危なくない踊りだ。

第一お前とオーガスタスで、色気が出るか?」

オーガスタスも腕組みして頷く。

「見る方が気の毒に成るくらい、むさいだけだ」

だがディングレーは引き下がらない。

「セフィリアとアリシャは視界は歪み、思考回路がブッ飛んでるからな!

だって!」


ファントレイユはそっとディングレーを見上げ、テテュスとレイファスはぷっ!と吹き出した。

「彼は何を言ってるの?!」

セフィリアが夫、ゼイブンを見上げると、ディングレーの言い草に憤慨する。

アリシャも後を追う。

「彼は自分の性癖をそんなに隠したいのかしら!

バレバレなのに!」

だが二人の中央に居るゼイブンはまだ青い顔でセフィリアにささやく。

「…どうしても…天国の入り口で俺を追い返す気か?」

セフィリアもアリシャも怒った。

「…とっくに終わった話を、蒸し返す気?!」

「そう言われたのに、どうして解らないの?!」


アイリスがとうとう、ネタが尽きてギュンターに振り向く。

が、ローランデがようやくアイリスに頷き、彼はほっとしてその手を振り上げ、踊り手の二人を中央に招き入れた。

「この踊りを今夜披露してくれるのは、北領地[シェンダー・ラーデン]の貴公子ローランデと、近衛の誇る“金髪のガーディアン"、ギュンター!」

拍手が沸き起こり、ローランデが静かに進み出る。隣のギュンターの眉間は寄ったままで、歩きながらまだ、ローランデに顔を傾け、何かささやき続けていた。

ローランデはその度にきっぱり、短い言葉で跳ね返す。

アイリスははらはらし、つい寄り来たローランデにささやく。

「ローダン役は、どっちが?」

ローランデがにっこりと、微笑む。

「私だ」

一瞬、アイリスがギュンターを見た。

彼はむっつりと青い顔で俯いている。

アイリスが慌てて小声でローランデに尋ねる。

「ローランデ。でも最後彼を抱えられなくて、床に落としたら………」

ローランデは先刻承知とばかり、またにっこりと微笑む。

「そういう、演出だ」

アイリスは気の毒そうにギュンターを、見た。

ギュンターの憮然とする表情に、アリシャの件に上乗せして今度の事で、多分舞踏会の後、ギュンターに絶対何らかの報復を受けるだろうと、アイリスは思わず俯いて覚悟を決める。


そしてアイリスは意を決するように楽団に視線を向けると、彼らはすっかりくつろいで居たが皆慌てて楽器を持ち上げ、視線を合わせて一斉に、音を奏で出した。

華やかな旋律と流麗な響きが二人にぴったりの曲で、ギュンターが激しく歩を踏み振り向くと、金の髪が揺れ、彼の美貌故にその男らしい美しさが際だつ。

金糸の縫い込まれた紫の上着を着こなす、すらりとした長身は隙無くしなやかな動作で、見事な舞踊だった。

「…格好いい…」

テテュスが思わず彼のそのスマートさと男らしさに見惚れる。

金の髪の美貌でありながら、溜め息が出そうな程、男っぽかった。

「…相手がローランデだしな」

ディングレーのつぶやきに、ローフィスもオーガスタスも、短い吐息を吐いた。

対するローランデは艶やかで長い、明るい栗毛と濃い栗毛の混じる髪を振り、青の光沢ある衣服は彼の気品ある姿を引き立て、その足捌きの滑らかさと侵しがたい気品溢れる稟とした姿は、剣を振る彼を、連想させる。

「…流れる水みたいだ…」

ファントレイユが思わずつぶやくと、レイファスが頷く。

「水の上を滑るみたいに歩いてる」

セフィリアが思わず、彼の足捌きと動作に見惚れるファントレイユを、そっと見る。

アリシャもその動きを目に焼き付けようとしているようなレイファスの、輝く青紫の瞳をローランデに向けるその小さく可憐な横顔を、見つめた。

二人は背を合わせ、曲に合わせて離れては剣を構え、打ち合う仕草を幾度か繰り返す。


さすが、本物の剣士。

と、舞踏でありながら剣を打ち合う姿を彷彿とさせる二人の凛々しい姿に皆が、見惚れた。

が、ギュンターがさっ!と剣を、腕を曲げて後ろに引き、それをローランデに向けて突くとローランデは一瞬、本当に突かれたように肩に手を当て、蹌踉めく。

皆がはっ!と見入ったが、ギュンターは彼に駆け寄り、二人が労り合うように身を一瞬寄せたものの、また激しい曲調に合わせ、さっと離れる。

だがその後の打ち合う二人は苦しげに見え、試合と言うよりも舞踏に変わった。

背を合わせた後、崩れかかるローランデをギュンターが手を引き、起こし、また合い対し、打ち合う振りを入れながら、傷つくローランデに振りかぶるギュンターの眉に苦悩が漲る。

その男らしい金髪の彼の、相手を気遣いながら戦う姿にあまりに皆が共感を寄せ、二人は背を合わせ、ギュンターがローランデの腰を抱き、支える仕草の後にまた、離れては戦う振りが入る。

背を合わせる度、二人の親密な絡みは悲愴感すらあって皆が、相手と戦う辛さを親身に感じ、涙を誘われた。


「…ど・シリアスだな…」

ローフィスが感想を述べると、シェイルがつい彼を見上げる。

「真面目にやってんな」

ディングレーが見入ってつぶやき、オーガスタスも軽く肩をすくめた。

「浸りきってるな」

レイファスが三人を見つめ、ファントレイユはギュンターの格好良さに見惚れた。

粋で隙無く、しなやかな動作で時折蹌踉めくローランデを抱きかかえる彼は、素晴らしく男らしく見え、その顔に肩に降り懸かる金の髪が彼を一層輝かせ、時折煌めく紫の透けた瞳が彼の美貌を完璧に見せていた。

が、ギュンターと相対して剣を振り入れるローランデは少しも講師をしていた時と同じく遜色無い、見事で誇り高い剣士に見え、青い瞳は迷い無く意思が籠もり、いつもは優しい印象の独特の長い栗毛を翻す彼は、素晴らしく凛々しく見えた。でも傷つき、時折足を蹌踉めかせて体勢を崩しながらそれでも戦う彼の演技は本物のように見え、つい、テテュスがささやく。


「ローランデでも本当にあんな風に傷ついて危機を迎えた事が、あったのかな?」

アイリスがささやく。

「…あったとしても…あんな風に人に解る様子は絶対見せない」

レイファスも、ファントレイユも、そうささやく長身のアイリスの濃い艶やかなくねる栗毛の降りかかる端整な横顔を見上げる。

レイファスが艶やかな大きくウェーブを描く栗毛をふって、可憐な顔を上げて尋ねる。

「…だって、傷ついてるのに?」

ファントレイユもあどけないブルー・グレーの瞳を彼に注いだ。

「…凄く、痛いでしょう?だって」

アイリスは二人に振り向き、優しい微笑をたたえ、ささやく。

「…敵に傷ついた事を知られたら、そこを突かれるから」

ディングレーはその横でアイリスを見ないまま、ぼそりと告げる。

「お前は相手を騙す為に、わざと傷ついたふりを、するがな!」

アイリスはディングレーを見る。

彼はアイリスに振り向かないでくっきりと黒く太い眉の男らしい横顔を、晒したままだった。

アイリスはディングレーの機嫌を伺うように、そっとささやいた。

「あの時の事をまだ、根に持ってるのか?

だって君迄騙すつもりは無かった」

ディングレーは思い切り、ぶすったれた。

「ああ!騙される俺が馬鹿なんだ!」

アイリスは弱ったようにディングレーにささやく。

「ちゃんと、君に心配されて嬉しかった」

だがディングレーの横からオーガスタスがアイリスに顔を傾けて告げた。

「その内本当に怪我をしても誰も本気に、しなくなるぞ」

だがオーガスタスの横のローフィスがつぶやく。

「本当に怪我をしたら私生活でも絶対誰にも内緒にする。

そういう可愛くない男だ」

アイリスが二人の年長者の意見に肩をすくめた。

「だって、敵を騙すには味方からと言うだろう?

近衛の時代私はムストレス派に、ギュンター同様凄く、睨まれていたし。

一度腕に怪我をした時、気づかれたノルンディルに、さりげなく傷ついた腕を掴まれた。

あの力自慢に思い切りで、半端じゃなく痛くてそれで、懲りたんだ」

皆がやれやれと首を横に振り続けた。

だが、ゼイブンは子供達の端で立っていたが腕組みしてつぶやく。

「怪我した演技は定石だろう?

俺はしょっ中やるぞ?」

ファントレイユが顔を上げる。

「本当に怪我したら?」

ゼイブンは即答した。

「死んでも隠す!」

レイファスもテテュスも、つい

『そういうものなんだ』と顔を、見合わせた。


 流麗な旋律は悲哀を帯びて劇的に流れ、ついにローランデの突き刺す剣にギュンターがその身を飛び込ませ、彼は金の髪を振って仰け反ると、ローランデが飛び込んで、その背に手を、当てる。

ギュンターはその腕を支えに背を、崩れるようにもたせかける。

本来はここで、背を支え踏ん張るのだが、ローランデの下がる腕と共にギュンターはゆっくり、腰を落として床に尻を、付いた。

「…やっぱり」

ローフィスが言い

「成る程」

オーガスタスも頷く。

アイリスは『演出だ』と言い切ったローランデが不自然を感じさせず床に崩れ落ちるギュンターと共に膝を付くのを『流石(さすが)』と感心した。

ローランデは流れるような動作で、床に尻を付けるギュンターに寄り添いながら身を屈め、床に仰向けに倒れる彼の背を支えたまま、顔を傾けてギュンターの様子を伺う。

その仕草があまりに気品があって、ふわりと長い艶のある栗毛が髪が胸元で揺れ、婦人達の吐息を誘う。

ローランデの腕に支えられ、目を閉じて事切れるアィリアを演じるギュンターの金の髪が散る顔立ちは本当に美しく見え、悲愴で、ローランデはつい、真剣に役にのめり込むそんなギュンターの顔を、伺ってしまった。

が、死んだ筈のギュンターの顔が一瞬揺れ、次の瞬間その腕はローランデの頭の後ろに持ち上げられて、ローランデの顔を引き寄せ、目を開け顔を上げて、その唇に唇を重ねた。

わっ!

と一瞬会場に歓声が沸き上がる。

テテュスもレイファスもファントレイユも、ローフィスとディングレーとオーガスタスを見たが、三人共顔を下に向けて項垂れていた。

アイリスだけは顔を上げたまま、口を開けて呆けてる。

「…あれって、ああいう踊り?」

レイファスが聞くと、シェイルが腕組んで怒鳴った。

「…な訳、無いだろう?!」

子供達はシェイルの怒りに、思い切り怯み、また広間中央の二人に視線を戻す。

ローランデはそれでも何とかギュンターの背をその腕で支え、その口づけの間大人しくしていた。

死に行くギュンターの、名残を惜しむようなその口づけは確かに、その前の打ち合いが悲愴だったから意表は突かれたものの、皆が思わず、その最後の切ない別れに拍手を、送り始めたからだった。

耳にその賞賛は届くものの、ギュンターが死にかけてるにしては数度顔の向きを変えて唇を合わせ、更に深く口づけようとするのにローランデは気づくと、わなわなと震え出し、途端ギュンター気づき手を離し演技に戻り、青冷めた表情で微かに微笑み、今度こそがっくりと首を垂れて死人を、演じた。

曲はとっくに終わっていたが、演者の最後に合わせ楽団は、ギュンターががっくり首を落とす瞬間、じゃん!と音を奏でて見せ、皆がその最後に思わず、猛烈な拍手を送ってその最後を盛り上げた。

ローランデは死んだギュンターの背を支えたまま、俯いて暫く顔を上げず、シェイルはつい

『相当、怒ってるな』と肩を、すくめた。

アイリスは慌てて二人の側に拍手をしながら駆け寄り、立ち上がるギュンターに手を差し伸べて叫ぶ。

「もう一度死者に、大きな拍手を!」

と言い、皆が立ち上がるギュンターに気を取られてる隙に、ローランデを伺った。

彼は髪に顔を隠して俯いていたがゆっくり身を起こし、見つめるアイリスに気づき、彼にその青い瞳を向けて頷く。

ギュンターの横に立つローランデにも、アイリスは拍手を。と会場に求め、ローランデはようやくにっこり微笑んで、万雷の拍手を迎えた。

戻り来る二人に、

「嵐が来るな」

と、ローフィスはささやき、シェイルは当然だ。と腕を組み、ゼイブンはセフィリアとアリシャに両脇から

「彼らは恋人同士なの?」

と聞かれて、大きなため息を吐き出した。


 戻り来る二人は、屈み言い訳をささやくギュンターを、怒ったローランデが突っぱねて居て、オーガスタスとディングレーは入れ替わりで中央に出られて良かった。と、その場をさっさと逃げ出した。

「続いての踊りは、『ミアネスの決闘』です。

これは有名なかつての勇者、アレクサンデとドレッドの決闘を振り付けたもので…」

アイリスの声が続く中、ローランデはギュンターに密かな声で怒鳴る。

「約束したのに!」

ギュンターが反論した。

「約束したのは俺がローダン役の時だ!

俺の約束が信用出来ないと、自分がローダンを踊ると言い出した時点で、俺の約束は無効だろう?」

「だって!

無体な事はしないとの約束はどうなる!」

「だから…!

俺がアィリア役なんだ!

お前がしないから、俺の方から……!」

「しなくて、いいんだ!

あれは近衛の中でだけ通じる、おふざけだろう?!」

「拍手を、聞いてないのか?

あれが無いと最後が締まらないじゃないか!」

「締めなくて、いい!」


「やっぱりそうなの?」

「何とか言いなさいよ!ゼイブン!」

アリシャとセフィリアに両脇からせっつかれ、とうとうゼイブンは問題を投げ出した。

「二人がどういう仲かなんて、知った事か!

俺を天国から追い返さないと約束するなら、答えてやる!」

「まだそんな事言ってるの?!」

「知らないんでしょう?本当は!」

「そう思うなら、俺に聞くな!」

二人は今度はローフィスに、揃って視線を投げ、レイファスもテテュスも、ローフィスを気の毒そうに見た。

ローフィスは首筋に冷や汗が伝うのを感じ、先制に出た。

にっこり笑っていきなり二人に振り向くと、こう言ったのだ。

「本人達に聞くのが、一番だ」

戻ったアイリスがローフィスの言葉を耳に、つい彼に駆け寄り、怒鳴る。

「…一番の訳が無いだろう?

ギュンターがどういう男か、解ってる癖に!」

だがローフィスは猛烈に、顔を寄せて屈むアイリスに、喰ってかかった。

「ディングレーもそうだが、俺にだって世の中に一つくらい苦手な事は有り、そのたった一つの苦手は君の妹達だ!」

あんまりきっぱり言い切られ、アイリスは言葉を、無くしたし、ゼイブンですらローフィスを、目を丸くして見つめた。

がその隙に、まだ小声で言い争うギュンターとローランデの横にセフィリアとアリシャは進み出て、尋ねる。

「二人は恋人同士なの?」

咄嗟にギュンターは金の髪を振って振り向き怒鳴る。

「そうだ!」

「違う!」

間髪入れずローランデの否定の言葉に、ギュンターはローランデを真剣に見つめる。

が、公衆の面前で唇を奪われたローランデは引き下がらなかった。

セフィリアとアリシャは思わず、顔を見合わせた。

「お取り込み中のようね?」

セフィリアがアリシャに言うと、彼女も

「そのようね」

と返答した。


テテュスもファントレイユもレイファスもつい、二人の睨み合いを見つめたが、広間の中央でオーガスタスとディングレーが距離を置き向かい合って立ち、楽団の前奏曲にたたずむ様につい、視線を向ける。

いつも朗らかな笑みをたたえているオーガスタスは真顔で、そのライオンの鬣のような赤味を帯びた栗毛に囲まれた顔は随分と小顔に見えたし、彼の広い肩幅と長身も手伝い、そ黄色の光沢を持つ褐色の衣服を付けた姿はそれは勇猛に見え、素晴らしく立派な戦士に見えた。

対するディングレーは殆ど黒に近い煌めく小さな宝石を散りばめた濃紺の上着とその背に流れる艶やかな黒髪は彼の男っぽさをより一層引き立てていたし、その整った強面の顔の、深いブルーの瞳は煌めくようで、大貴族としての気品と、厳しく見える表情は彼の激しさを覆い隠し、それでもほの暗く揺れる炎のように甲斐間見せ、これからの戦いを彷彿とさせる、緊張感溢れる曲も手伝い、嫌でも皆の視線がこれからの彼らの動きに、惹き付けられた。

曲調が変わると途端、二人は曲に合わせて戦い始める。

二人は向かい、相対し、舞踏用の飾り剣をゆっくり振り上げた。

オーガスタスが獅子なら、ディングレーは狼。と言った雰囲気で、その迫力ある二人の対戦に見ている者の喉が、ごくり。と鳴る。

あっという間に間合いを詰めると、曲のシンバルの音に合わせ、一気に剣を合わせる。


曲が展開すると二人共が目前で交えた剣を離し、すっ。と後ろに下がる。

その足捌きも、手の動きもが完全に、本来の戦いを良く知る彼らから見たら舞踏で、テテュスは二人の足が、交差するように再び進み出、頭上を大きく弧を描くように剣を振りかぶり再びすり足で一気に間を詰め、打ち合う姿を、見た。

二人とも大柄で立派な体格だったから、素晴らしく見応えがあり、次にバイオリンがかん高い音を奏で始めると、二人は間を詰め、互いに背を向けて交差して場所を入れ替え、シンバルの奏でる音に一瞬で互いに向き合って剣を合わせる。

ギュンターとローランデの時のような劇的な展開と言うよりは、反射神経を試されてるみたいで、曲調が変わる毎に、二人の舞踏は激しさを増して行った。


殆ど至近距離で幾度も背をくるりと向け、ひっきり為しに鳴るシンバルの音に瞬間振り向いては剣を交え、また背を向けては向かい合う。

曲調がどんどん早くなり、タンバリンのリズムが二人の動きを促し、シンバルがハデな音を立てる瞬間に二人は打ち合うのだが、その間隔はどんどん短くなり、オーガスタスはしなやかな振りで、ディングレーはキレのある動作で、音の鳴る瞬間互いに相手と、剣を交えた。

曲の忙しさは変わらないのに、それ迄殆ど近くで打ち合っていた二人がふいに、間を開ける。

その間が四メートル程で、皆がシンバリストの手元をはらはら見つめたが、彼は自分のリズムを崩す事無く思いきり、両手を、振り上げる。

バシン…!

オーガスタスはしなやかに身を屈めて、突っ込んで行ったし、ディングレーは飛ぶようにして一瞬で間を詰め、その音に間に合った時、皆がほーっ。と安堵の吐息を付き、拍手が沸き起こった。

が、二人はまた剣を離しさっと同じだけ離れると、今度は互いに一気に突っ込んで行き、一瞬で互いも見ずに横を通り過ぎ、シンバルの音で一瞬できびすを返し、打ち合う。

その二人の見事な息のあった打ち合いに、今度は熱狂的な拍手が、沸き上がった。

「…あれって…。踊りの内容って決まってるの?」

レイファスが聞くと、アイリスが振り向き、ささやく。

「私の説明が、聞こえなかった?」

レイファスは隣のファントレイユを見、ファントレイユとテテュスはギュンターとローランデが今だこっそり後ろのソファで二人で掛けて、顔を寄せて小声で言い争う姿に視線を向けた。

二人の横のソファで、セフィリアとアリシャは上品に腰掛け、口元で扇子を揺らしながら、目の前の舞踏か二人の言い争いか、どちらが見物かを首を回して伺ってる様子で、アイリスはやれやれ。と吐息を吐く。

ローフィスが振り向き、言った。

「どれだけ初めに打ち合わせても、合わせられない相手じゃムリだろう?」

レイファスはローフィスのその謎掛けのような答えについ、むくれた。

「つまり、どっち?」

シェイルが振り向くとぶっきらぼうに言った。

「打ち合わせなんて、あるか。

組む二人で毎度違うから面白い。

ルールはシンバルの音で剣を合わせる。

どんな事があっても」

ローフィスはシンバル奏者をじっと見つめてつぶやく。

「…今のところ全うだが、演者の力量が解ると、遊び始めるぞ」

レイファスはローフィスの視線を追った。

シンバル奏者は確かに、曲のある部分で鳴らすと、決めているように正確だった。

テテュスがローフィスを見つめた。

「だって曲も決まってるんでしょう?」

「どういう早さで演奏するかは、決まってない」

ゼイブンも唸った。

「シンバル奏者は好きな所で振り入れる」

「じゃあ、奏者が意地悪したら、失敗するの?」

ファントレイユに尋ねられ、ゼイブンは息子を見つめた。

「最低のルールくらいはある」

シェイルもたっぷり頷く。

「曲の、節の間だ」

テテュスもファントレイユも、そしてレイファスもが一斉に解説者のアイリスを見つめると、彼は三人に振り向き、

『その通り』と頷いたりするものだから、三人は一気に落ち着かない気持ちで、二人の戦いを見つめていた。

が、ゼイブンが言った通り、次に二人が剣を合わせ背を向け離れ去ろうとした途端、シンバルが鳴る。

オーガスタスが奏者の手の動きを目で追っていて、ディングレーと合わせた背を一瞬で返し、ディングレーはそのオーガスタスの気配に反応する。

見事にシンバルに合わせて剣が合わせられ、その素早い二人の応対に拍手が、巻き起こった。

ディングレーを真っ直ぐ見つめるオーガスタスが、チラと視線を奏者にくべると、ディングレーはこくり。と頷く。

次にバイオリンが、むせび泣くように奏でられ、二人はその悲哀籠もるゆっくりな曲調にそっと距離をあけた。

剣を下げたままのディングレーはさりげない男らしさに気品が滲み、婦人達の心を鷲掴みにしたし、オーガスタスはゆっくり剣を幾度か慣れた仕草で右手で回し、左手を柄に添えると一気に、左後ろに引いて構える。

その、あまりの格好良さに、テテュスもファントレイユもレイファスもがぼーーーっ。と見とれ、アイリスもローフィスも、ゼイブン迄もが、彼らは次の講義で絶対真似をするな。と思った。

バイオリンが引っ込むと、一気に曲は華やかになり、早く、軽快になる。

シンバルはだが、まだ鳴らずオーガスタスとディングレーは様子を伺い二人は一瞬曲に合わせ、肩が寄る程近くに接近した。

その時だった。

いきなりシンバルが振り上げられ、今度はディングレーが先に剣を振り上げ、オーガスタスはディングレーに振り向いた。

だがその剣は下げたままで、彼は間に合わないのではと、思う程だった。

まるでどちらの予想を裏切ろうかと思ってる風の奏者は一瞬手を止め、結局シンバルは鳴らず、ディングレーがその振り上げた剣を美しい弧を描き下げた途端、シンバルは鳴り響いた。

オーガスタスは斜め上から、ディングレーは下から、その剣を咄嗟に引き上げ、音に間に合わせ、会場からはまた、拍手が飛ぶ。

それから、短い節の間毎に毎回シンバルは鳴り、オーガスタスもディングレーも実戦さながら、横縦斜め下と、次々と剣を繰り出しては合わせ、子供達は夢中だった。

オーガスタスがマトモに剣を振っているのを見るのが初めてだったし、彼の長い手の先にその剣が操られ、右に、左にその剣は持ち変えられ、見事な剣術で、しかもとてもしなやかで体を柔らかく使い、ゆったり見せながら時にとても、素早かった。

剣を下げていても、一瞬で回し、下からで無く上から剣が現れて、ディングレーの剣と合わさる。

「…魔法みたい…」

レイファスが呆けてささやくと、ファントレイユもつぶやく。

「自在に操れるなんてすごい…」

テテュスは口も開かず、見入っていた。

対するディングレーはシンバルが急かすように立て続けに鳴り出すと、舞踏をすっかり忘れ、本来の剣捌きをしていた。

一見、ぶっきら某な程剣を無造作に下げ、オーガスタスと合わせる事だけを念頭に、剣を振り入れてるみたいに。

オーガスタスが剣を振り上げるとそれに合わせて上げ、音が鳴らないので二人は合わせる瞬間、互いに剣を、さっと引く。

その時もやっぱり、大きな拍手が巻き起こった。

「…凄い!」

テテュスがとうとう賛辞の声を上げ、アイリスは息子を見つめてささやく。

「奏者は演者の持ってる技術を引き出すからね」

だがシェイルは冷たく言った。

「…恥を引き出す場合だってある」

レイファスがつい、見上げると気づいたシェイルはささやく。

「そっちの方が多い。

今回はオーガスタスが上だと言う事だ」

ファントレイユがつい、言った。

「でもそれって、オーガスタスが凄いって事でしょう?」

シェイルはファントレイユを見つめると、じっくりと告げる。

「あいつのどっから飛び出すか解らない剣は、戦場じゃ鳥肌ものだぞ。

第一あんなの奴にとっちゃほんの、お遊びだ」

ローランデは足を使うけど、オーガスタスはその大きな体格と長い腕で自在に剣を振り回し、体の後ろに隠したり、持ち替えたりで、本当にどこから次に剣が出て来るのか、魔法みたいだった。

でもあれが真剣だと、出たと思ったらばっさり殺られるのかと思うと確かに、ぞっとする。

ディングレーはもう自分が奏者を目で追うのを完全に諦めたみたいで、オーガスタス相手に戦ってるように“気"を研ぎ澄ましていたから、無造作に剣を下げ、一瞬で振り合わせるぶっきら某なあの振りは確かに、いつもの戦ってる彼の、ようだった。

“気"が漲るディングレーはそのさりげなさとは裏腹に、牙を剥く狼のような激しさを内に秘め、青の瞳がきらりと光るともう背筋が震える程、格好いい。

彼の長い、手入れの行き届いた黒髪が、男前の顔の横ではらりと揺れると、女性達は彼のあまりの男っぽさにくらくらしそうで両手を、握りしめていた。

曲はフィナーレを迎えようとし、シンバル奏者はオーガスタスに視線を向け、合図を送るように両手を振り上げ、オーガスタスは彼の目線を受けて振りを入れ、ディングレーはもう完全にオーガスタスの剣を待ち構えた。

シンバルが立て続けに鳴り始め、シェイルが子供達に向けて呻く。

「見せ場だ」

子供達はごくり。と喉を鳴らすと、音に合わせ、さながら実戦の戦いのようなオーガスタスとディングレーの迫力ある剣を交える様を見守った。

息を付く間無く六回鳴るその間一度も二人は外した事が無く、左右上下と忙しく剣を振り入れるオーガスタスの剣をディングレーは全て合わせて止め、会場の皆がその格好いい戦いに、夢中で拍手を、送り始めた。


「…まあ!」

「素敵」

セフィリアとアリシャの声が後ろから響き、子供達も彼女達がようやく、ディングレーの格好良さを認めたのかと振り返った。

が、三人同時に振り向いた途端固まってしまう。

アイリスも振り向いたし、ローフィスは少し遅れて、ゼイブンに至っては、子供達が振り向いたまま固まったのでその理由を知ろうと。


セフィリアとアリシャの横のソファで、ギュンターがどうやらローランデの四の五のをこれ以上聞く気が無いと意思を表示したかのように彼にのし掛かって、腕に抱きすくめて口づけで、黙らせていた。

ローフィスはさっさとアイリスに何とかしろ。と視線を送り、正面に向き直ったし、ゼイブンも肩をすくめると

「俺もローフィスもあんたに比べると、うんとひ弱だ」

と、優雅に見えるがギュンターと張る程長身で体格のいいアイリスに視線を送る。

アイリスは“ひ弱"には思い切り異を唱えたかったが、仕方無しに一歩踏み出すと、先にさっさとシェイルが懐から短剣を抜きながら歩を進め、ローランデに被さり逃げ場無くソファに押し倒し、深く口づけするギュンターの背にその短剣を無造作に、振り上げた。

「きゃっ!」

アリシャが美貌の彼の、そのあまりのさりげない本気につい、口元を手で覆い叫ぶ。

が、その短剣が深々とギュンターの背を貫く瞬間、ギュンターは振り向くとシェイルの襲い来る手首を咄嗟に、掴んだ。

シェイルはだが直ぐにもう片手に短剣を握り変え、ギュンターは血相変えて左手の短剣が襲い来るのを、防ごうとした。

がシェイルは右手首を掴まれたままそれを軸に、さっと左肩を後ろに引いては、隙を見つけて左に握る短剣でギュンターに斬りかかる。

ギュンターは三度、襲い来る短剣をかわしながら、その手首を掴み損ね、とうとう本気でシェイルを睨み付けたがシェイルは、顔色も変えず、にやりと不敵な笑みを口元にたたえる。

子供達は格好いいディングレーとオーガスタスの見事な連続の戦いに視線を送りそして、ソファに腰を降ろしたままシェイルと真剣で睨み合う、ギュンターをも、交互に見た。

どっちもど迫力で、素晴らしい見物だった。

アイリスがソファからさっさとローランデを助け出してその腕の中に保護すると、ローフィスにささやく。

「本気でギュンターに怪我させない内に、シェイルを止めてくれ…!」

ゼイブンはぎょっと真っ青に成った。

「…あれは、本気なのか?

ローランデを逃がす為に自分に釘付ける為の、パフォーマンスじゃなく?」

ローフィスはちっ!と面倒臭げに短く舌打つと、また振り上げるシェイルの腕を後ろから抱きつく勢いで、掴み止めた。

「ローフィス」

ローフィスは振り向く義弟に一つ、頷くと

「掠り傷くらい作りたいだろうが、ここは晩餐会場で決闘場じゃ、ない」

場をわきまえろ。というその忠告にシェイルは思い切り、ぶすったれるとつぶやく。

「絶好の機会なのに…!」

ギュンターは目を剥くと、言い返した。

「邪魔されて腸煮えくり返ってる俺の言い分は、聞かないんだな?」

ローフィスは素っ気なくそのもう一人の美貌の野獣を冷たく見つめ、言った。

「ここは寝室でも無い」

シェイルはギュンターに、『だ、そうだ』と肩をすくめて見せ、もう離せと、右手首に喰い込むギュンターの手を思い切り、振り払った。

ギュンターはローランデを見つめるが、その横のもう一人の邪魔者アイリスがそっとささやく。

「君、だって始めると止まらないだろう?」

ギュンターは大柄なアイリスに隠れるようなローランデに咄嗟に寄ろうと進み、アイリスは彼を自分の背に回すと、凄まじい迫力で迫り来るギュンターと正面で対して彼の歩を、止める。

ギュンターは足は止めたものの今にもアイリスに殴りかからん勢いで、ゼイブンはそれを見て更に真っ青に成ってつぶやく。

「…本気のギュンターの真正面に立つだなんて、アイリスはやっぱり勇敢だ…!」

ファントレイユがつい、父親を見上げた。

「そんなに怖いの?」

「剣を腹に突きつけられてるのと変わらないぞ?

いつぶすりと刺されても、おかしくない」


ギュンターがきつい紫の瞳でアイリスを睨み付けると、低く唸る。

「そこを、どけ」

アイリスは途端、にっこり笑うとささやいた。

「どかなきゃ、殴る?」

「拳で返事されたいか?」

だが瞬間、ギュンターの眉が寄った。

艶やかに微笑みながらアイリスは、ギュンターの放つ拳に素早く対処する気構えをチラリと覗かせたからだった。

ギュンターは幾度もアイリスに“気"を放ったがアイリスは微笑みを崩さぬままそれを全て、受け止めてみせる。

そして、口元に微笑をたたえたまま濃紺の瞳がきらりと光るとささやく。

「利口な君の事だ。

無駄な体力は、使わないだろう?」

ギュンターはその忌々しい微笑と

『どれだけ殴りかかっても止めてやる!』という脅しに思い切り、腸が煮えくり返り、その喰えない年下の優雅な男を思い切り、睨み付けた。

「お前は嫌いだ!」

アイリスはふっ。と吐息を吐くと、少し悲しげに眉を寄せてささやく。

「とっくに知ってる」

ギュンターは一つ、頷くと横を向き、もう一度その真正面に顔が来る自分と同じ長身の甘いツラの美男に向き直り、睨め付けて低くささやき返した。

「どうあっても、どく気が無いんだな?」

アイリスは肩をすくめると、つぶやいた。

「だって私がどかなくても、ローランデがその気なら私の背から出て、君の元へ行くはずだ。

違うか?」

ギュンターはその、一見軽口だが思い切り自分を皮肉り、こちらの反撃をぴしゃりと遮る言い草に思い切り、腹を立てたが頷いた。

「出てこないのは、ローランデがお前を必要としてると、そう言いたいのか?」

アイリスはにっこり微笑むと、言った。

「さすがに君は、察しがいい!」

にこやかな微笑のその思い切りの嫌味に、ギュンターはまた怒りが混み上がった。

が、アイリスと言葉で戦うと、最悪に落ち込む程の精神的打撃を覚悟しなければならないと察して、さっと背を向けると元居たソファに、憮然とどかっ!と腰掛けた。

隣ソファのアリシャがすかさず、ささやく。

「貴方の気持ち、凄く解るわ…!」

セフィリアも同意した。

「あの微笑、人を馬鹿にしてるったらないものね!」

ギュンターは思わず二人に振り向き、つぶやいた。

「アイリスはあんたらの兄貴なんだろう?」

「だから熟知してるのよ!」

セフィリアが怒鳴るように言うと、アリシャも追随した。

「あの人を小馬鹿にしたような嫌味な微笑で立ちはだかって、人の意思を挫くのよ!」

そしてセフィリアが、言い足した。

「それに、魅力たっぷりだしあの男ぶりだから、余計何も言えなくなって、もっと腹が立つわ!」

ギュンターは彼女達をじっと見た。

「俺の場合はそうじゃない。

優雅に見せて、拳には拳で応対する気なのが腹が立つ」

アリシャが髪をふってつん!と顔を上げると言った。

「お兄様は言葉には言葉で。

暴力には暴力できっちり返すのがお得意だから」

セフィリアもささやく。

「ああ見えてとても乱暴な事でも平気でなさるわ」

ギュンターは手の上に顎を乗せて言った。

「知ってる」


シンバルの音が響き、素晴らしい斬り合いを見せていたディングレーがすっと背筋を伸ばし、剣を振り上げる。

オーガスタスは微笑を浮かべ、横に大きく剣で弧を描いてディングレーの剣に合わせ、二人はくるりと背を向け、胸を掻きむしるように響くバイオリンの音が低く落ち着く迄待って、次に鳴り響くシンバルで咄嗟に振り向き打ち合い、そしてすっと同時に剣を、下げた。

その二人の見事な剣士の引き際のスマートさと隙の無さそして勇敢な男らしさに、会場中から拍手が沸き起こる。

戦い終えて剣を下げたままはすにオーガスタスを見つめるディングレーの男っぽさに、エリューデ婦人は夢中で両手を素晴らしいけたたましさで打ち合わせ続けて、賞賛を送っていた。

ディングレーはオーガスタスがまた彼に背を向けて会場の拍手に、頭を垂れて応えているのを見、少し吐息を吐いて同様に背を向け、軽く頭を下げて拍手に応えた。

解説者のアイリスが進み来る気配が無く、オーガスタスは三度ゆっくり角度を変え、ぐるりと取り巻く客達に感謝の礼を取るとディングレーに『引くぞ』と合図を送る。

途端、ディングレーはチラチラと目の端で見ていた、ギュンターとローランデの口づけ。

そしてその後の、シェイルとアイリスを相手取ったギュンターの攻防に思い切り重い吐息を吐き、

『今戻るのは凄く気が重い』

と眉を寄せてオーガスタスを見た。

オーガスタスは一つ吐息を吐くが、ディングレーを見つめたまま、顎をくい!と引き、ディングレーは項垂れて深い吐息を吐いたが、中央を後にするオーガスタスの背に、続いた。

アイリスは背の後ろのローランデに視線を送ると、オーガスタスが寄り来て、

「後は任せろ」とアイリスの耳元でささやくのでアイリスはさっと身を翻してまだ拍手に包まれる中央に踊り出た。


オーガスタスはソファに座るギュンターを見つめると、金髪美貌の悪友はフテ切っていた。

「…二度も唇を盗んでまだ、不満か?」

ディングレーもオーガスタスの横に付くと、その金髪の野獣に眉を顰めてささやいた。

「これ以上ローランデを怒らせない方がお前の為だと俺でも、思う」

ギュンターはその同学年の黒髪の大貴族の言葉にそっぽ向くとつぶやいた。

「大層なご心配、痛み入る」

その嫌味に、ディングレーは思い切り首を振って項垂れて唸る。

「…アイリスに、何言われたんだ?」

オーガスタスが愚問だ。と隣のディングレーを見つめてささやく。

「丁寧な口調で心臓に止めを刺されるくらいきつい言葉を、優雅でにこやかに言われたに、決まってる」

アリシャとセフィリアが途端、声を揃えた。

「素晴らしい推察力だわ!」

「その通りよ!」

子供達はついその揃って美人の、野次馬根性丸出しの母親達を、目を丸くして見つめた。


「さて。次にご披露致しますのは『ダフネス』です」

アイリスの高らかな声音に皆が、振り返る。

アリシャ、セフィリア、そしてギュンターの憮然とした様子は、その朗らかで会場の人々の注目を一身に浴びる濃い栗色の巻き毛を長く背に垂らす長身で優雅な解説者を良く思っていないのは、一目瞭然だった。

ローランデはそっとギュンターの様子を見つめ、直ぐ前に立つ大柄なオーガスタスを見上げてささやく。

「『ダフネス』の狼藉者の、ローフィス側とアイリス側のどちらに誰が相対するか、決まってないんだろう?」

オーガスタスは色白のその貴公子を見つめると朗らかに笑い

「ギュンターと組んでローフィス側に付かないか?

それ位してやったらどうだ?

どうせちょい役だし」

言われてローランデは、まだアイリスを苦々しく見つめる金髪美貌のギュンターをそっと伺い、吐息を吐いた。

「ギュンターは怒ってるととても意地悪なんだ」

ディングレーも心配そうにそっとささやく。

「でも避け続けたら、もっと意地悪になるんじゃないのか?

一緒に踊って、毅然とした態度を貫き通せ」

ゼイブンは寄り来ると、その黒髪の大貴族の鈍さに首を横に振る。

「だって近くに居たら、ギュンターに強気で押し切られるから、ローランデは避けまくってるんだろう?

毅然とした態度だなんて、出来ない相手に要求するのは拷問だ!」

ディングレーは直ぐ様そのお気楽な淡い栗毛の色男に、喰ってかかった。

「これからあいつを交えて一緒に踊るのは、俺達なんだぞ!

あいつがブチ壊さないか、ハラハラするのはお前じゃない!」

ローランデはディングレーの様子に大きく、吐息を吐いて俯いた。

「…私を差し出すとその危険は無くなるから、人身御供に成れと言う気だな?」

ディングレーはローランデを見下ろすと声を張り上げた。

「あいつの視界にあるのは、だってお前だけだからな!」

シェイルが親友の様子に見かねて、腕組みしてつぶやく。

「ラミネアは君が踊れ。

俺がギュンターと組んでやる」

この発言には、ディングレーもゼイブンも同時にシェイルを見つめた。

「…踊りじゃなく、乱闘にする気か?」

ゼイブンが言うと、ディングレーもささやく。

「決闘は今夜誰も、見たくないと思うぞ?」

シェイルはかっか来て叫ぶ。

「舞踏だろう!

決闘するとは言ってない!」

ローフィスが、解ってない義弟の肩越しに後ろからささやく。

「だってお前らが組んで、決闘にならない方がどうかしてる」

シェイルは振り向き、ローフィスを睨む。

「俺はちゃんと踊るし、あいつだってそれ位の分別くらい、あるだろう?」

ディングレーとゼイブンに同時に見つめられ、オーガスタスは肩をすくめた。

「あいつとずっと友達してるが、ローランデの事で怒ってるギュンターに、分別なんてもんは、無い」

言い切られてシェイルはぐっ!と言葉を詰まらせた。

この言葉に、すっ、とギュンターはソファから立ち上がると、オーガスタスの後ろにすっぽり隠れるローランデに歩み寄ってささやく。

「俺の相手は人身御供か?」

ローランデはオーガスタスの背から顔だけ出して少し屈んで彼の顔を伺う金の髪の美貌の野獣を見つめた。

ローランデはシェイルに気を使わせまいと、務めて平静に告げる。

「幾ら約束してもここに来てからの君は、守らないだろう?」

ギュンターは肩をすくめる。

「それは言葉の取りようだ」

ローランデはかっ!と腹を立てた。

「さっきの舞踊も!

今さっきの行動も!

君は周囲を全然考えてない!」

だがゼイブンのとぼけた言葉が聞こえる。

「…だって奴には周囲が、見えてないからな」

ファントレイユはゼイブンを見上げ、レイファスもテテュスも俯いて頷いた。

だが三人は今度はアイリスの説明を聞こうと、耳だけは会場に浪々と響きわたる、アイリスの声に傾け続けた。


「…美女、ラミネアを巡り二人の親友は彼女を取り合います。が途中現れる狼藉者から彼女を守る。

しかし最後はラミネアを中心に皆が輪に成って踊り、大円満を迎えるという踊りで、踊り手が皆さんを次々踊りの輪にご招待致しますので、手を引かれた方は輪に加わってください。

勿論、加わりたい方はご遠慮なさらず、ご参加くださって結構です!」

テテュスとファントレイユは顔を見合わせわくわくしたが、レイファスだけは、その中心のラミネア役のシェイルがまだ、ギュンターに鋭い視線を送るのを見つめ、可愛らしい顔を傾けて、吐息を吐いた。

ギュンターは睨み付けるローランデに申し出た。

「『ダフネス』で、狼藉者の絡みは無い。

無体なマネがしたくても、出来ない」

ローフィスはつい、その真顔のギュンターの申し出に、ぷっと吹き出した。

シェイルは義兄の不謹慎な態度に眉を寄せたが憮然とささやく。

「ローフィスが笑うなら、その通りだ」

ローランデはまだオーガスタスの背後から出ず、ぶすっとつぶやく。

「それでもするのが、ギュンターだ!」

ディングレーは横で俯き、

『その通りだ』という意味のため息を付いた。

ギュンターはとうとう、もっと真面目な顔でローランデに言った。

「だから…踊ってたらしたくても出来ないだろう?

皆が踊るんだし」

ローランデはまだ警戒するようにつぶやく。

「皆が踊ってるのをいい事に、強引に腕を引いて会場から連れ出さないな?」

オーガスタスもディングレーも、さすがギュンターと長い付き合いで、奴の思考が読めていると感心した。

ギュンターは低い声でささやく。

「誓って最後迄踊りの輪からお前を出さないし、俺も真面目に踊ると約束する」

ローランデはようやく少しオーガスタスの背から体を出して、ギュンターを真っ直ぐ見つめた。

「それなら組んでもいい」

ギュンターはほっ。と吐息を吐くと、途端、その美貌が更に素晴らしく輝き、ローランデを見つめるその男らしさに、テテュスもファントレイユもレイファスも目を、こすりそうに成った。

肘を曲げてその腕をローランデに差し出すと、ローランデはそっと掴まり、オーガスタスの背から、出た。

オーガスタスはディングレーを見つめ、朗らかに笑った。

「取りあえず、一件落着だ」

ディングレーは心からほっとして、つぶやく。

「俺が最悪、ギュンターと踊るかと思ったらぞっとした」

オーガスタスはディングレーの耳元でささやく。

「どうせ俺に押しつけたろう?」

ディングレーはオーガスタスを見返し、言い返した。

「だってあんたは、物好きにもあいつと親友だ」

オーガスタスは思い切り、肩をすくめた。

「俺とお前はアイリス側だ」

ディングレーはまた吐息を吐くと、ぼそりと言う。

「まだそれがあったか…」

「アイリスに合わせるのは、大変だぞ?」

すかさずディングレーは大柄な年上の男に告げる。

「俺はお前に付いて行くから、アイリスに合わせる役はお前に任せる」

「よっぽど楽したいんだな?」

ディングレーは歯を剥いて怒鳴った。

「最悪のお手入れと、行方不明者の探索。

それに世界で一番会いたくない相手と、おしゃべり迄したんだ!

少しくらい楽させてくれ!」

オーガスタスはその大貴族の真剣そのものの顔に、大きな吐息を吐くと言った。

「今夜の晩餐は余程の打撃か?」

「盗賊にレイファスを人質に取られて剣を捨てなきゃならない時よりもっと、最悪だ!」

アリシャが叫ぶディングレーをはすに見つめ、扇越しにセフィリアにささやく。

「彼、よっぽど体面が大切なのよ」

セフィリアは頷くと

「あの金髪の彼くらい、開き直れないのかしら?」

アリシャはくすくす笑うと

「あれだけ堂々としていらっしゃると、解りやすくていいわ」

セフィリアは憮然と眉を寄せる。

「アイリスお兄様みたいに、バレバレなのに隠そうともなさらなくて、とても男らしいわ!

お兄様の、あの魅力たっぷりの笑顔で相手を小馬鹿にしきって誤魔化そうとなさるのを見ると、本当に腹が立つわ!」

テテュスはつい、父親を悪く言うセフィリアを心配そうに見たし、ファントレイユは自分の母親の言葉で気持ちを揺らすテテュスを、不安そうな表情で見つめ、ささやく。

「誤魔化したりしないよ。きっと、アイリスは」

だがレイファスは、がっくり項垂れた。

「誤魔化したい気持ちは凄く解るけど。

アイリスがゼイブン同様、二人にバレバレの誤魔化しをするのはがっかりだ」

思わず、テテュスもファントレイユも、目を見開いてレイファスを見た。

美女二人の言葉を耳に、ディングレーはムキに成ってオーガスタスに向き直る。

「…どうしてギュンターは、女や子供にウケがいいんだ?」

オーガスタスは大きなため息を付き、シェイルも詰め寄った。

「それは俺も、知りたい!」

オーガスタスは睨むように真っ直ぐ見つめて来る二人を見

『そんな事知るもんか!』

と言いたかったが、詰め寄る二人の強い視線に言葉が出ずに、思い切り顔を背けてまた、吐息を吐いた。







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