4 探す者達
ディアヴォロスは一つ、吐息を吐いた。
「…そんなに、気になるのか?」
だがそのだだっ広い執務室には、人っ子一人、居なかった。
声は彼の中から、返って来た。
『…光り輝く魂の男だ。
お前も良く、知っている』
ディアヴォロスはまた一つ、吐息を吐くとつぶやく。
「とても…気に成っているようだな?」
『…もの悲しげな声が、私に迄響く。
お前よりとても遠い男なのに』
「……近しい者じゃないと言う意味か?」
『今は別の隊に行き、お前から離れていった男だ。息子を失くして悲しんでいる』
ディアヴォロスは“息子"という件で、アイリスを思い浮かべた。
ワーキュラスが、“そうだ”と頷いた気がし、彼に訊ねる。
「…だが、死んだという事じゃないんだろう?」
『行方知れずだ』
だがもうそこで、ワーキュラスと付き合いの長いディアヴォロスは、彼の要求が、理解出来た。
だがワーキュラスは敢えて言った。
『…少し、眠ってもらえないか?』
「力を、使うのか?」
『無茶はしないと、約束する』
ディアヴォロスは一つ、吐息を吐いた。
「だが私の意識を全部使う程の力が、必要なんだな?」
ワーキュラスが、頷いた気が、した。
だがディアヴォロスはワーキュラスが敢えて自分に、伺いを立てる程それが必要だと感じられたので、立ち上がると部屋の扉を、開ける。
隣の続き部屋に居た部下は扉の開く気配に、顔を上げて慌てて、座っていた椅子から腰を上げる。
ディアヴォロスは『立たなくて良い』と彼を目で制し、ささやく。
「…悪いが、私が次に扉を開ける迄中に誰も、入れないでくれ」
だが驚く部下の様子に言葉を、足す。
「…この直ぐ後の会議には出られないと、アルフォロイスに使いを出してくれ」
部下は呆然と、左将軍を見つめた。
「…右将軍殿に…会議には出られないと、使いを出すのですか?
けど………」
だが戸惑う部下の言葉を、ディアヴォロスは遮って言った。
「ミネッツァに代理で出席するように。と。
彼は事情を全て良く、知っている。
アルフォロイスにはミネッツァの発言は私の発言として扱うよう、頼んでくれ」
部下は、その大事な会議を放り出す上官の顔をたっぷり、見つめたが返答した。
「解りました。お任せ下さい」
ディアヴォロスは察しのいい、その部下の信頼感に微笑むと、扉を閉じた。
部下は閉まった扉を暫く見つめ、毎度だがふいに訪れる彼の上司の、神秘的なのに柔らかく、とても男らしい微笑みに魅了されている自分に気づき、慌てて用を果たす為に、部屋を出た。
外部屋に居る警護官に、誰も通すなと告げると廊下に出る。
歩く彼の脳裏には、輝く漆黒の長い手入れの行き届いた縮れ毛をゆったりと胸に流し、浮かぶようなブルーともグレーとも見える淡い色の神秘的な瞳と、整ってとても男らしい美しさを持つ上司の微笑みが浮かび続け、彼の為に用を果たす喜びに胸が震えるのを、秘かに抑え先を、急いだ。
テテュスはようやく、目を開ける。
とても眠くて、目を擦るが、確かに彼の覚醒を促す者の存在に、その重い瞼を上げて、周囲を見回す。
隣の温もりのファントレイユも、片肘付いて体を起こし、その眠そうな顔に、迷惑そうな表情を浮かべていた。
「…何かに、つつかれた。
テテュスも?」
テテュスは頷いた。
気配で、人では無くて、でも、とても確かなもの。
あんまり抽象的なその存在にテテュスは困惑したし、その、月明かりで小じんまりした部屋を照らし出す暗がりにも目をやるものの、姿は無い。
ファントレイユがとうとう、しっかりした声でつぶやく。
「でも、居たよね?
…なんか、とても暖ったかい、もの」
以外に寝覚めのいいファントレイユが、すっきりとし、人形のような綺麗な、利発そうな顔で、寝台を抜け出す。
そして、何かを探すように、横に置かれた小さなテーブルに屈むと、その下を、覗き込んだ。
途端、くすくす。と笑う声がして、ファントレイユは慌てて頭を起こし、もう少しでテーブルの下に頭を、ぶつけそうに成った。
テテュスが振り向き、周囲を見回す。
ゆっくりと空間から黄色の輝きが浮かび、そこには透けて笑う人の顔が、浮かび上がった。
ファントレイユもびっくりしたが、テテュスも目を見開き、その人物を見る。
金の光に包まれたその人物の、髪は透けて金色に見えたし、目の色も濃い青に見えたけど、普通の色なんかじゃ、無かった。
ファントレイユがそっ…と告げる。
「ここ…君の家なの?」
その金の光に包まれた人物は自分達より少し大きな少年に見えて、思わず尋ねるがテテュスはそうつぶやくその不思議に、あまり怖がったりしないファントレイユの度胸に、感心した。
確かに禍々しさは全く無く、その金の光は暖かく、例え人外のものだとしても、悪いものなんかじゃない。とは、解ったけれど。
でも、悪戯っ子だっているし、味方とは限らない。
でもそう警戒する自分が、ファントレイユの素直な心の前では、恥ずかしい気が、テテュスはしたので、黙って見守った。
けれどその、少し大きな少年はテテュスを真っ直ぐ、見た。
『疑って当然だし、恥ずかしい事じゃない』
テテュスの、眉が寄った。
「…心を、読むんですか?」
彼は頷いた。
『透けているのは、ここに本当は体が、無いからだ』
「…じゃ、どこにあるの?」
ファントレイユの問いに、テテュスが答えた。
「『光の国』だ。
…そうでしょう?」
少年は輝く光の中、とても高貴で崇高な感じを、醸し出していた。
どこか、清々しく、澄み切ったような。
『…その上、この姿も、していない』
「じゃどうして、その姿なの?」
ファントレイユに聞かれ、少年は笑った。
『だってこの姿の方が、親しみ易いだろう?』
テテュスは問うた。
「…『光の国』の…人がどうしてここに居るの?」
彼はテテュスを真っ直ぐ見ると、告げた。
『君の父上はとても悲しんでる』
テテュスは途端、夢の中で見た、アイリスの悲しげな顔と声を思い出し、胸が痛んだ。
ファントレイユが代わりに、つぶやいた。
「…アイリスに頼まれて、ここに僕らを、探しに来たの?」
少年は笑った。
『…とても悲しげな声が、私の耳に届く程だったので。
放って置けなくてね。
さて………』
彼は相変わらず、金の光に包まれて、透けていたけれど、首を横に振り、周囲を、見回した。
『本当に、とんでも無い所に居るね。
テテュス。君が思った通りここに人が来るのは、もう数日先で、ここは滅多に人が来ない外れの場所だ』
ファントレイユが途端、不安そうに尋ねる。
「…じゃ、探して貰えない?」
テテュスはそう心細げにつぶやく、ファントレイユの整った顔を、見つめた。
とても、聞き分け良くお行儀の良さそうな、でも、とてもがっかりした表情だった。
「…でも貴方は道を知ってる。
…そうでしょう?」
その不安を自分達に植え付けたまま、去ったりしないと、テテュスは信じて。
少年は利発なテテュスに感心したように、吐息を吐いた。
『見つけて、貰えそうな場所迄、君達の方から、出向かないといけない。
本当に厄介な場所に、居るね。
君達が元居た場所はこことは、高い塔で遮られていて、その塔を通り超さないと辿り着けない』
自分なら、空を飛んで訳無いけど…と、その金色の少年はとても体の重そうな、二人の人間の子供を見つめ、どうしたものかと、ため息を吐く。
「…だって塔なんて、通って無いのに?」
ファントレイユが聞くと、少年はまるで、ファントレイユの頭の中の記憶が見えるように、ささやく。
『…だって君達が見つけた屋上庭園は、既に塔の、こちら側だ。
第一、あの庭園に戻れたとしても…。
まだあそこに皆が居る間に辿り着かないと、また閉じられて出口を無くしてしまうだろうし』
テテュスが、そっと言った。
「…そんなに、遠いの?」
少年はまるで屋敷の構造が、全て見えているみたいに、その道筋を頭の中で、辿っているみたいに頷く。
『…凄く、入り組んでるし、幾つも錆び付いて、開かない近道がある。
…ああ、でも…』
テテュスとファントレイユは、揃って言った。
『…ちょっと冒険をするつもりなら、とてもいい近道が、ある…。
幸い、力を貸してくれそうな大人も、居るし…』
でも、ファントレイユが言った。
「力を貸してくれそうな大人が居るなら、出会えたらもう、迷子じゃないでしょう?」
でも少年は言った。
『でも彼らも、迷子だから』
「………………………」
テテュスは思い切り、俯き、ファントレイユはびっくりした。
「…大人なのに、迷子なの?!」
ゼイブンは、嫌な予感がした。
その真っ暗な階段は、登るに従ってどんどん隙間風が身に滲み、どんどん寒く、成っていく。
ギュンターもそれを、言い出せずにいた。
『戻らないか?』
と。
凄く。心の底から。
けれど、途中更に上に上がる扉を開け、進んだ時背後で閉まる扉の音で、凄く嫌な予感がし、先をだかだか歩くゼイブンを放って、扉に取って返すもののやはり、その扉は閉まったきり、もう開かなかった。
戻る道筋を断ち切られ、ギュンターはゼイブンとの道行きに絶望を、感じて俯いた。
…どんどん、高く上がり、多分ここは塔の中だろう…。と、ギュンターは思った。
そして、天辺で扉を開け、吹きっ晒しの塔の屋上で呆然と下を見下ろすゼイブンの背後から、遙か下の、月明かりの屋上庭園で、その鮮やかな濃い栗毛を振り乱して息子を探す、アイリスの小さな姿を見下ろし、ギュンターは救いのない、絶望的な気分に成った。
ギュンターが、くるりと向ける背に、ゼイブンは怒鳴る。
「…アイリスが、居る!」
ギュンターは振り向き様、怒鳴った。
「だから、何だ!
俺達は遙か上に、居るんだぞ!」
「…だって、ここからどうやれば戻れるか、解るかもしれんだろう?!」
ゼイブンも喰ってかかるが、ギュンターは思い切り、ムキに成った。
「…お前と迷ってる恥を晒すのは、断固として断る!」
ゼイブンが、怒鳴り返す。
「体裁を、構ってる場合か?!!!」
だがギュンターが問答無用で来た道を戻り、ゼイブンは慌てて、階段を降り始めるギュンターの腕を、掴んだ。
「…どこへ戻る気だ?」
「途中、階段脇に扉があった!」
「ますます迷ったら、どうする気だ?!」
「どうだろうが、知った事か!」
「おい…!おい待て!
自暴自棄にも、程があるぞ…!」
ローフィスは、扉の前で眉を思い切り、顰めた。
廊下の扉は全て、開かなかった。
彼らの姿がそこに無いとしたら…。
この階段を上がるしか、手が無い筈なのに…。
その更に、上がる扉は、閉まっていた。
何度取っ手の握りを回しても、鍵の外れる様子無く、悪戯にがちゃがちゃ、音を鳴らすだけだった…。
あの、でかい図体が煙のように掻き消えるだなんて、有り得ない。
一体奴らはどこに消えたのかと、いぶかりながらも仕方無しに、ローフィスは元来た階段を、下った。
「…アイリス!」
ディングレーの、叫ぶ声にシェイルも、振り向く。レイファスもその、月明かりの屋上庭園を見つめ、テテュスとファントレイユがきっとここを見つけた時、凄くわくわくしたろうな…。と思った。
ディングレーの後ろから、ディングレーを怖がらない別の召使いがその庭園に姿を現し、絶望的な声を、上げた。
「…ここでかくれんぼなんて、してないでしょうね?」
その言葉に、ディングレーが振り向く。
「…どうしてだ?」
「だって……。
ここからは屋敷に入る隠れた入り口が幾つもある上…。
みんな、別々の場所に、出るんです………」
ディングレーはあんまりふざけた話で目が、まん丸に成ったし、シェイルは近寄ると、怒鳴った。
「…嘘だろう?」
が、召使いが嘘を言う理由が、どこにあるんだ?と、気弱な表情を見せ、シェイルは拳を握り込む。
「…アイリス!よせ!」
一つの入り口を見つけたのか、アイリスは跳ね板を上げて、下の階段へと降りようとし、ディングレーは慌ててすっ飛んで行った。
レイファスが、その、わくわくするような場所に心惹かれ、つい彷徨い歩こうとした途端、シェイルにその腕を、しっか!と掴まれた。
そしてその美貌のエメラルドの瞳がきつく、彼に突き刺さる。
「…絶対!迷うな!」
その、凄まじい迫力にレイファスは息を飲み、有無を言わせず睨み据える彼に、ただただ、頷いた。
「…どうした?」
オーガスタスが、召使いを連れてその廊下に姿を現し、階段から現れたローフィスに声を掛けた。
「…上への扉が閉まり、行き止まりだ」
ローフィスがため息混じりに告げると、オーガスタスの体の影で召使いは、後ろを、向いた。
ローフィスはつかつかとオーガスタスの横迄来ると、召使いに顔を傾けた。
「どうした?」
「……開かないんですね?」
召使いは、恐る恐るローフィスに尋ねる。
ローフィスはたっぷり、頷いた。
「…で?それがどうした?」
オーガスタスの、親しみ易い朗らかな声に後押しされ、その気の弱い召使いはつぶやく。
「…開かないという事は、上に上がったと、言う事です…」
ローフィスが、ため息混じりにささやいた。
「解るように、言ってもらえないか?」
が、オーガスタスが先に言った。
「…まさか一旦入ったら開かなくなる仕掛けか?」
ローフィスは、馬鹿な…!
とオーガスタスを見、続いて召使いを、見た。
召使いは、俯ききっていた。
「……つまり……奴らは上に行ったと言いたいのか?!
だって廊下の扉だって皆、開かないぞ?!」
「…階段だけは、別なんです…。
上がると、もう開かなくなるから…。
誰も、あの扉を閉めないようにいつも、注意を、払うんです…。
でも重いし…すぐ閉まるから、いつもは、つっかえをして…………」
オーガスタスが落ち着いた声で尋ねた。
「閉まっちまったら、どうするんだ?」
「…方法は、一つしか、ありません…」
オーガスタスと、ローフィスは顔を、見交わした。
「………どうして、閉まっちまったんだ?」
ゼイブンが呆然とし、隣のギュンターに告げる。
ギュンターはその扉の横に小さく粗末な扉があるのに気づいていて、その扉が開かないか、試していた。
だがゼイブンの問いに、呻きながらも答える。
「開かないものにどうして?と聞いて、何の意味がある!」
「………だって、ここが開かないとなれば………出口ときたら、塔から飛び降りるしかもう他に、方法が無いじゃないか………」
ゼイブンが呆然自失してつぶやくと、ギュンターは唸った。
「それは最後の方法に、とっとけ…!」
その扉を押すが、びくとも、しない。
「………だってあの高さから飛び降りたら……着地場所は間違いなく、天国だ………」
「良かったな!
やっと、美人にありつける…!」
「冗談言ってる場合か?
大体天国に美人が居ると、誰が保証する!
誰も、行ったきり帰って来ないのに!」
「だがここよりは、マシだろう?!」
「ふざけるな!
こんな所で果てる為に今まで女を、喜ばして来た訳じゃないぞ!
まだまだ制覇してない美人が、少なくとも四人は、居るのに………!」
ギュンターは扉を押したり、引いたり試み続けたが、ようやく視線を後ろで喚くゼイブンに向けた。
「…こういう時は嘘でも、妻と息子に、二度と会えなくて悲しいとか、言うもんだ!」
が、ゼイブンの顔をたっぷり見た後
「…ああそうか…。
お前は本音を言うのが、誰よりも恥ずかしいんだっけ……」
とつぶやく。
ゼイブンは視線をその扉に向け、恐る恐れ尋ねる。
「…もしかして…開かないのか?」
ギュンターは、無言で首を、縦に振る。
「…もしかして……閉じこめられたのか?」
ギュンターは肩をすくめた。
「…今回は、出口が、ある」
「………………」
ゼイブンは暫くの間、真顔でそう言うギュンターの美貌を、たっぷり、見た。
「………お前本気で塔の上からのダイビングを、出口だとか抜かす気じゃないよな?!」
「大真面目だぞ?」
「俺に腕がありゃ、殴ってやりたい!」
「いいぜ。但し拳が飛んだ瞬間俺は避けるし、その次の瞬間、顎に喰らってふっ飛ぶのは、お前だがな…!」
ゼイブンは、悔しそうに睨んだ。
「お前の脅しは、脅しに聞こえないからな!」
ギュンターは、肩をすくめた。
「だって、脅しじゃ、ないものな」
ローランデは幾度も、婦人のしがみつく腕を振り払い、アイリスらの元に、行こうと試みた。
が婦人は半狂乱のまま、召使い達がなかなか召集出来ない詫びを、口にし続ける。
「大丈夫ですよ…!
きっと、見つかりますから………!」
言う度に婦人は、きっぱりと言う。
「…本当に、迷路なんです…!
馴れた私ですら、たまに迷ってどこに出たのか、解らなくなるのに……。
全然知らない子供達がこんな日の暮れた夜に迷うだなんて………!」
婦人はどう見ても、子供達と再び再会出来るのは少なくとも三日後だと、信じ切っている様子で、
「あの子達はポケットに、何か食べる物を、入れてるかしら?」と仕切りに、尋ねる。
どうしても婦人の考えでは長期戦で、今は最早、迷っている子供達がどうやって食べ物を手に入れ、見つかる迄過ごすかを、考えているようだった。
「…婦人……。
私も一緒に、探さない……」
「あああ!
どうすれば、居場所の解らない子供達に食べ物を、届けられるんでしょう…!」
ローランデはつい、口を開きかけた。
『だって食べ物が届けられたら、もう迷子じゃないでしょう?』
が、真剣そのものの婦人の眼差しに、とうとうローランデはその言葉を、口に出来なかった。
「……本当に、ここに上がるの?」
古い石レンガの積まれた焦げ茶色の、そびえ立つ壁はそれでも夜空のもと、黒っぽく見えたし、そこにぽっかり開いた真っ暗な入り口は、上がアーチ状に成ってる縦穴で、古くて、かび臭い匂いがした。
中に伺い見える、すり減り、年季の入った石階段は、上に続いていた。
ファントレイユは思い切り、そんな狭い洞窟のような暗く湿った階段を進むのは気が引けて、戸惑うようにテテュスを見た。
が、テテュスはその『光の国』の少年に言った。
「…ここを上がれば本当に、頼りになる大人に、会えるんだね?」
少年が頷き、テテュスはファントレイユを見つめ、頷いた。
ファントレイユはその時、思った。
テテュスの濃紺の瞳は、魔法みたいだ。
だって見つめられただけで凄く安心で、あの洞窟の階段がもう、怖くないもの…。
テテュスの手に引かれて、ファントレイユは一緒にその、小さな大人が精一杯の、縦穴のような古びた階段を、登り始めた。
ゼイブンは、フテ切っていた。
ギュンターは、呆けて居た。
二人は言葉を完全に、無くしていた。
もう全くの、お手上げだった………。
その分厚い石の扉は、外の音すら、聞こえない。
もう、本当に飛び降りるしか出口が無い。と二人共解っていたものの、口にする気力すら、今の二人には無かった………。
が、微かに、音が、する。
ゼイブンは気づいていたし、ギュンターも、俯いたままその音を聞いていた。
が、遙か下で石が滑り落ちるような音が、間違いなく、近づいて来る。
ギュンターは目を輝かせ、ゼイブンは恐怖に、その目を見開いた。
「…誰か、来る…!」
ギュンターの声は、明るかった。
が、ゼイブンはつぶやいた。
「…生け贄の部屋じゃ…ないよな?
ここは………」
ゼイブンの様子についギュンターは思い切り眉間を寄せて尋ねた。
「…生け贄?」
「………まさか、怪物を、飼ってるんじゃあ………」
ギュンターはその、殆ど真っ暗で、高い窓から僅かに月の光差す、青白いゼイブンの恐怖に歪む顔を見つめ、靴音のする、扉を見た。
…それは、入って来たぶ厚い石の扉の方で無くその横の、小さく粗末な扉から、聞こえて来た。
が、ギュンターはゼイブンの恐怖に一瞬引きずり込まれた事がどれだけ馬鹿げてるかに、気づく。
「…怪物が居たとして、こっちに入って来た途端扉は開かなくなり、ここに閉じこめられてる筈だ…!
ここに居ないんだから、怪物じゃないだろう?」
「…だから…。
怪物はここの奴らに、飼われてて…。
餌を喰ったら、屋敷の奴らに元居た場所に、戻されるんだ………」
ギュンターはまた暫く、ゼイブンの意見に引きずり込まれた。
が、いつの間にか腕にしがみつく、ゼイブンの手を思い切り、振り払うと怒鳴った。
「俺は今の今まで、怪物に会った事が、無い!
居もしないものに怯える気はさらさら、無いぞ!」
「お前は滅多に交流の無い地方に、行った事が無いんだろう?!
毛むくじゃらの大ゴリラだとか…!
足が三本もあるケダモノだとか…!
見た事が、無いんだな?
奴らは人喰いなんだぞ?!
こんな大きな餌が二つもありゃ、踊り狂って喜ぶんだ!」
餌……。と言われ、ギュンターはもう少しで、
『晩餐に来て、餌になるなんて………』
と、自分の人生を憂えそうに、成ったが踏み止まった。
「…これ以上お前のおふざけに、付き合えるか!」
きっぱり怒鳴るが、ゼイブンの恐怖は去らなかった。
「俺は本当に、住民に騙され、餌にされかけた事が、あるんだからな!」
「じゃ、どうやって切り抜けた!」
「持ってる短剣をあるだけ投げつけて、逃げたに決まってるだろう!」
「じゃ、今回もそうしろ!」
「…だって、お前も野獣だろう?
怪物と対決するのは野獣と、相場が決まってる!」
「どこの相場だ!
やってられるか!」
「…俺はもうこれ以上、得体の知れないものと戦うのは、ゴメンだ…!」
「…俺だって戦う相手は、一応人間に見えるケダモノと、決めてるぞ!」
「そんな事言ってる場合か?!
えり好みするんじゃない!」
カツン、カツン………!
足音は扉の、前で止まり、二人は慌ててその場所から、飛び退いた。
ゼイブンはギュンターの後ろに隠れ、ギュンターの体を前に押しやるので、ギュンターは唸った。
「おい…!
俺を先に餌にしたって、どうせ出口は天国だぞ!」
「喰われるよりは、マシだ!」
「短剣を、持ってるんだろう?」
「二本しか無い…!
だって晩餐で、怪物と戦う余興があるなんて一瞬たりとも頭に、浮かばなかった…!」
「どうせ女と楽しむ事しか、念頭に無かったんだな!」
テテュスは黒く古い扉が、以外にあっさり開くのに拍子抜けしたけれど、その二人が言い争う姿を呆然と、見た。
ギュンターは戸の影に居る怪物が、意外に背が低い事に、気づく。
「…どうしたの?テテュス……。
行き止まり?」
後ろから、更に小さな生き物が動き、その声に、聞き覚えが、あった。
「…いいから…!
お前が先に、喰われてくれ…!
それか嫌なら、戦うしか無いだろう?」
「…自分の、息子の声も聞き分けられないのか?!」
ギュンターに、振り向かれて思い切り怒鳴られ、ゼイブンはテテュスの後ろから入って来る小さな子供の姿を、見た。
彼はいきなり走り寄って、腰に突っ伏し、抱きつく。
「…ゼイブン!」
「………………………」
隣のギュンターに、呆れ混じりに睨み付けられ、ゼイブンは呆けた。
テテュスはそっ…と入ると、ギュンターを見上げる。
「…迷ってる大人って、ギュンター?」
「…… ……… …………」
テテュスに言われ、ギュンターは凄く、否定したかったが、出来なかった。
「閉めるな!テテュス!」
が、テテュスは戸を閉め、ギュンターはその戸に駆け寄るが、戸は再び開く事は、無かった。
ギュンターはつい、隣のテテュスに、怒鳴る。
「解ってるのか?!!
この先の出口は、天国しか無いんだぞ!」
テテュスが、でも………。
と言いかけた時、その金色の少年がテテュスの横に姿を、現す。
『でもこの下はもっと、出口に遠い…』
ギュンターはその不思議に気づく事無く、取っ手をがちゃがちゃ言わせて、怒鳴り返す。
「ここの出口はだから…!
生きて着地するには大変な努力が、要るんだ!」
ゼイブンが思い切り、その金の少年を見つめ、ギュンターもようやく気づいて、隣のテテュスに首を振る。
「…変わった、友達だな…!」
ゼイブンが、怒鳴る。
「…“光"を装う、“影"だろう!
俺達を心中に、追い込みたいのか?!」
ゼイブンの必死の叫び声に、ファントレイユは顔を、上げた。
「違う…。『光の国』の子だ」
ゼイブンは腰に抱きつくファントレイユに、歯を剥いて異論を、唱え掛けた。
が、ギュンターは疑う事無く、告げる。
「…つまり、この石の扉を、開けてくれるんだな?」
彼は金の少年を見た。
ゼイブンも、見た。
テテュスも見たが、彼は返答しない。
ゼイブンがとうとう、怒鳴った。
「…やっぱり…!
ファントレイユ!絶対信用するな!
“影"は人を騙す為なら、何だってするからな…!」
テテュスは困惑し、ファントレイユは、そんな筈無いと、少年を見つめた。
少年はそっと、ささやいた。
『扉を開けるだけの能力は、使えない。
けれど生きて着地する方法なら、教えられる』
ゼイブンはその言葉を、思い切り、疑ったが現実的なギュンターは頷いた。
「どんな、方法だ?」
ローフィスとオーガスタスと、気弱な召使いがその屋上庭園に出た時、ディングレーとシェイルは必死で階下に滑り込もうとするアイリスの体を、両側から抱き、止めていた。
ディングレーは後ろから、アイリスの両脇を抱え上げてて後ろに引き、シェイルは階段へ降りようとするその前に立ち塞がって、迫り来るアイリスの胸を押し止めていた。
「…レイファス!そこを動くな!」
小さなレイファスがチラと少し動いただけで、シェイルは振り向き様目線を送り、怒鳴る。
後ろからやって来たローフィスの姿を目にし、レイファスは可愛らしい唇をとんがらせて思い切り、ぼやいた。
「あれだけ大きなアイリスを捕まえるのに必死なのに、どうして解るのかな?」
ローフィスは肩をすくめた。
ライオンのような風格の、大柄なオーガスタスが姿を現すと、ディングレーが心の底から、ほっとした。
「…アイリスを説得してくれ…!」
ディングレーは、外そうともがく暴れるアイリスを、後ろから羽交い締めに、してはいたものの、一見優雅そのものに見えるそのチャーミングな甘いマスクのアイリスは、格闘技の方でも歴戦の強者だったから、外されるのは時間の、問題だった。
ローフィスはその厄介さに思わず、オーガスタスを見上げたが、オーガスタスは親友の視線に気づき、頷くとため息混じりにささやいた。
「…お前迄迷ったら、テテュスとは永久に、会えなくなるかもな………」
その落ち着き払ったオーガスタスの声に、アイリスの、動きがぴたり。と止まる。
戦場で、押し寄せる敵の数の多さに騎兵達がどれ程取り乱し、浮き足立っても、オーガスタスがその存在感ある姿で腕組みし、一声口を開くだけで、皆が途端に落ち着きを取り戻す。
その聞き慣れた声にアイリスは無意識に、反応していた。
ディングレーはやれやれ。と、自分より僅かに上背の、高価な上着に隠された鍛えきった体付の、厄介なその男を放した。
側に居るローフィスに近寄り、ぼやく。
「…どうしてたったあれだけで、止まるんだ?」
ローフィスは秘かに、自分がアイリスを取り押さえる役目で無くて良かった。と内心ほっとしながらその、黒髪のどっしりとした風格の、頑健な肩を持つ逞しいディングレーが少しやつれた様子で、ため息混じりにそう言うのを、聞いた。
ギュンターが暴れたりしたら、自分には無理だと初めから投げ出しても周囲は納得する。
が、実は一見簡単に、取り押さえられそうなアイリスが暴れ出すと、もう完全にお手上げだと、彼は経験で、知っていたからだった。
「オーガスタスの、人徳だ」
言うと、それじゃ叶わないな。と、ディングレーは面室に頷き、思わず二人揃って頼もしげにオーガスタスを見つめ、側で聞いていた小さなレイファス迄も、二人に習ってその男を、見上げた。
ふいに、庭園の隅に居た気弱な召使いが、叫ぶ。
「これです…!
これを…………!」
一同が振り返ると、召使いは庭園の脇に隠れた太いロープを、指した。
アイリスが、オーガスタスを見つめて叫ぶ。
「…テテュスが、見つかったのか?!」
オーガスタスは咄嗟にローフィスに、振り向いた。
ローフィスは、オーガスタスを。
…が、口先三寸で丸め込むのは、今度は自分の役割りだとローフィスは気づく。
そして、仕方なさそうに口を開いた。
「脱出方法が解ったのは、迷っているギュン……」
言いかけた時、空から声が、降って来た。
「アイリス…!」
皆が思わず周囲を、見回す。
「テテュス!」
アイリスの瞳には歓喜の涙が、浮かんでいた。
その、高い塔の縁で、テテュスはおっかなびっくり、下を、見たし、後ろに居たゼイブンはファントレイユを腰に抱き留めながら、はらはらした。
ギュンターが、テテュスの胴に腕を回し、落ちないように捕まえてはいたが、そのもう片腕は、塔の柱にしっかと、回されている。
テテュスはだが、遙か下の月明かりに浮かぶ暗い屋上庭園の、豆粒のような大きさの慣れ親しんだ人々が首を横に振り、周囲を探し廻るのに、落胆したようにつぶやいた。
「…風で声が飛んで、下迄届かない…」
だが、光の少年は言った。
『君の声を届ける能力くらいは、ある。
直、気づくよ』
アイリスは必死で、その声がどこから届くのかと周囲を、見回す。
が、ふと目線を上げて気づき、気が狂いそうになった。
「テテュス…!」
アイリスだけで無く、他の皆も視線を、その庭園の向こう、少し距離を置いて黒くそびえ立つ、遙か塔の上にその小さな姿を、月明かりの中見つけて、呆然とする。
「…………凄い………!」
レイファスが、胸躍らせてわくわくして言い、シェイルが怒鳴って訂正した。
「…危ない!だろう?!」
召使いが、叫ぶ。
「…丁度いい!
これを…………」
オーガスタスが、言われるまま、その太いロープを引く。
ゼイブンは、足元でずるずる動くそれが、巻かれた極太のロープだと、気づく。
「………何だこれは……?
もしかしてこれは…………」
ゼイブンが言うと、ファントレイユが可愛らしく首を傾け、父親を見上げてささやいた。
「蛇じゃ、無いよね?」
ゼイブンは、頷いた。
「…ロープだ……。意味が、解るか?」
ファントレイユは頭上の天井を、見上げる。
鉄の半円が石造りの天井に埋め込まれ、ロープの先はその円に、縛り付けられている。
そしてもう片端は、テテュスの居る塔の縁から下へと消え、ずるずる。と下へと動き出す。
「…伝って、降りるの?」
あどけない瞳を向けられ、ゼイブンは、吐息混じりに頷き返答した。
「多分な……!
だがこの高さで腕が、保つか?
ギュンターでいっぱいいっぱい。
子供じゃまず、無理だろうし…」
と、やっぱり、ファントレイユの横に居る、光に包まれた少年を、ゼイブンは睨み据える。
「…もっと引いて下さい…!
もっと………」
召使いの声にオーガスタスは、手に握る、今まで無い程太い、そのロープの重さに顔をしかめ、ディングレーに怒鳴る。
「見てないで、手伝え!」
ディングレーより先に、アイリスが駆け寄ると、オーガスタスの後ろでロープを、引いた。
ディングレーも後ろに付き、ロープを握り引く。
「…こっち…!
こっちへ、引っ張って下さい…!」
ローフィス迄もが参加し、召使いの先導で、皆がそのロープを引き動く。
シェイルが瞬間、動きかけたレイファスの腕をがっ!と掴む。
「………塔の上をもっと、見ようとしただけだよ」
レイファスの言い訳に、シェイルは睨んだ。
レイファスが、思い切りびびりながら言葉を続ける。
「…勿論、あの塔に登りたいなんて、考えてない…。入り口は閉まってるし」
「だとしても、動くな!
お前の管理責任は俺が問われるんだ!」
「……どうなってる?」
ローランデが婦人とその庭園に、飛び込んで来た。
「…ロープを、引いてる」
シェイルに言われ、ローランデは言った。
「それは見れば、解る…!」
が、婦人はロープ…にふと気づき、目線を上に上げて、叫ぶ。
「…まあ上に…!
まあ…テテュス達も、一緒なの?
まあ……まあ!
何て事でしょう………!」
アイリスがつい、その婦人の声に気づき、ロープを引きながら叫ぶ。
「…危険なんですか?!」
「……だってこの高さですよ?!
小さな子供には、無理です…!」
アイリスの心が挫け、ロープを放しかけるのを後ろから見、ローフィスが叫ぶ。
「安心しろ…!
ギュンターとゼイブンも、一緒だ!」
アイリスは振り向くと、ローフィスに怒鳴った。
「…どうして見つけたなら、保護してくれないで一緒にあんな所に、居る…!」
ディングレーが、ぼそりとつぶやいた。
「…だって奴らも、迷ってたからな………」
アイリスはその言葉に、返す言葉を無くした。
「戻れ!」
ギュンターは下の連中が動く度にロープが張られて行くのを確認し、テテュスに怒鳴る。
テテュスは振り向き、頷くと、ギュンターは胴に回した腕を引き、テテュスの体を塔の縁から引き戻す。
そして、ベルトを外し始めた。
光の子供は、微笑んだ。
『貴方は事態が誰よりも、解っている…!』
「俺だって、必死だからな…!」
テテュスもファントレイユも、表情には微塵も見せないけど、そのベルトを外す素早い動作で、そうだと納得した。
「お前も外せ…!」
ゼイブンは問おうとし、直ぐに察する。
「…そのロープを、もっと張って、ここに回して下さい…!」
オーガスタスはつい、引く度に重くなる、そのロープを引っ張りながら、ぼやいた。
「俺が居ない時は何人で、引いてるんだ?」
もう一人の召使いが、ぼそりとつぶやく。
「…20人近く、人手が要ります…」
シェイルはその男にレイファスの腕を託すと、
「絶対放すな!」
と一声叫んで最後尾に付く。
ローランデもその後ろから一緒に、ロープを引っ張り始めた。
だんだん、塔の上からこの庭園に、ロープが斜め一直線に伸び始め、その一番後ろの端を円状の石に、ぐるぐる巻きにし始める。
「たるませるな!
しっかり張るんだぞ!」
ディングレーは引いては送り、ローランデとシェイルは、引っ張りながら巻いて行く。
「…お前とテテュスは、無理だろう?」
ゼイブンに言われ、ギュンターが頷く。
「テテュスを抱いてみろ」
言って、付け足す。
「野郎だとか、文句付けるなよ!」
ゼイブンはテテュスを見ると
「来い!」と怒鳴った。
ギュンターがファントレイユの腕を掴むと、ファントレイユが彼を見上げる。
「どうするの?」
「…お前達が、ベルトを放さず下迄降りられたらいいが…。
迂闊な事すると、アイリスに怒鳴られるからな…!」
が、ゼイブンはテテュスを抱き上げて言った。
「…大体、アイリスに怒鳴られてびびるお前か?!
…俺に、しがみつけるか?」
テテュスは頷き、ゼイブンの首に腕を回し、そっと尋ねた。
「…重い?」
ゼイブンは唸った。
「そうだな…。
それよりずっと、俺に捕まっていられるか?」
テテュスはゼイブンから手を放し降りると、言った。
「私もベルトがあるけれど……」
ファントレイユも、不機嫌に言った。
「私もだ…!」
ゼイブンとギュンターは顔を、見合わせた。
「…凄い速度だぞ…!」
ギュンターが言うと、ゼイブンも怒鳴った。
「解ってるのか?
手を放したら、お陀仏だ!」
ファントレイユがすかさず尋ねる。
「お陀仏って?」
「楽しみもロクに知らず、あの世に行きたいか?」
ギュンターに真面目に尋ねられ、ファントレイユは首を横に、振った。
「……つまり、ベルトの両端を掴んで、ロープを伝って降りるの?」
ゼイブンも、ギュンターも、テテュス迄もが、頷いた。
ゼイブンはぶっきら棒に言った。
「いいから…!
その金髪の野獣に、くっついていろ!
ローランデ以外には、喰い付かない筈だから…!」
ギュンターはゼイブンの戯れ言に取り合わずに、つぶやく。
「…腕の力は俺の方が、ある。
ローブが保つなら、俺がテテュスを受け持つが…」
ゼイブンは苦々しく怒鳴った。
「問題は、ローブじゃ、ない!」
ギュンターは腕に掴んだ、ベルトを、見る。
ゼイブンが腕組んで『そうだ』と頷く。
テテュスが、ベルトを外そうとする動作を、ゼイブンはその腕を掴み、止めた。
「…もっと短い距離で高さも無かったら、俺だって『自分で降りろ!』と言う」
ギュンターも唸った。
「…野郎を抱きたく、無いしな」
ファントレイユも、俯くとつぶやく。
「ゼイブンは自分で出来る事は絶対手伝わない、不親切な父親なんだ…」
ギュンターは呆れてゼイブンを見るが、ゼイブンは『そうだ』と大真面目に頷き、テテュスに言った。
「その俺が、『しがみつけ』と言ってるんだ!」
テテュスは項垂れて、大人しく頷いた。