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「アースルーリンドの騎士」別記『幼い頃』  作者: 天野音色
第四章『晩餐での冒険』
36/115

1 晩餐

 食後、アイリスが皆に告げる。

「賊を追い払ってくれた騎士を(ねぎら)いたいと、この辺りの領主から申し入れがある。

私は喪中だから派手なもてなしは出来ないけれど、気軽に夕食のつもりで来てくれたらと言われているが、どうしよう」


途端レイファスがきらきらした瞳を上げたし、ローフィスはゼイブンを見て呟く。

「…ガス抜きが必要な、奴も居るしな」


シェイルが隣のローランデにそっと、囁く。

「ダンスが出来るぞ?

ついでに子供達に、君の足捌きを見せてやれよ」

シェイルが気遣ってくれているのが解って、ローランデは微笑んだ。


ギュンターがその笑顔をいきなり顔を上げて見つめ、傍目で解る程ほっとし、全身から力を抜く。


オーガスタスが肩をすくめ、ディングレーに振る。

「当然、来るな?」

ディングレーは、真顔で尋ねる。

「どうして?」

「また(ギュンター)が暴走したら、歯止めは一人じゃ無理だ」

ディングレーは思い切り、むくれた。

「そういうお誘いか?」


ファントレイユはテテュスを見つめた。

「ゼイブンに言われた。

ローランデとアイリスはダンスの名手だから、足捌きを覚えたいならダンスしろって」

ファントレイユの言葉に、テテュスも目をきらきらさせる。

「それなら、凄く楽しい鍛錬だね!」

それを聞いてアイリスが、心の底から微笑んだ。



 午後、室内は騎士達の世話をする召使い達で、ごった返していた。

ディングレーが髪を梳かれ、オーガスタスは腕を布で拭かれ、ローフィスはバスケットを差し出され、どれもレース飾りの付いた豪奢なハンケチの中から一つを、選んでいた。


ディングレーが叫ぶ。

「どうしてこんなに大事なんだ!

気軽とか、言って無かったか?!」


が、侍従長がしかめっ面で返答する。

「エリューデ婦人はとても、ご趣味のよろしい方です。

英雄の騎士達をひどい姿でお送り等したら、私共が仕事を怠ったと思われてしまいます!」


アイリスが入ってくると、そっとディングレーの横で囁く。

「あそこの侍従長と、どっちの主人の趣味がいいか言い争って以来、敵対心を燃やしてるんだ。

彼の名誉の為にも、磨き上げられてくれないか?」


ギュンターも髪を香油で梳き上げられながらその言葉に振り向き、ディングレーが声を落としてアイリスに怒鳴る。


「どうしてお前はそんなに使用人に甘い!

俺は花だらけの浴槽にもちゃんと、浸かったんだぞ!」


アイリスは肩をすくめた。

「うちは、その道のプロフェショナルが多い。

彼らは仕事に誇りを持っているから、迂闊にこちらが口を挟むと逆にやり込められる。

仕事に完璧を記すから、文句の言いようがないし。

絶対妙な化粧なんかさせないから、任せてあげてくれないか?

三割増しでいい男に変身出来る事は、請け合うから」


ディングレーはまだ睨んでいたが、ぼそりと言い捨てた。

「使用人側だな。間違いなくお前は!」


アイリスが肩をすくめる。

「当たり前だろう?

今後彼らと身近に長く、付き合うのは私なんだから」


ギュンターもディングレーに呆れ顔を見せる。

「大体、アイリスに言葉で喰ってかかる事自体がもう、馬鹿げた戦いを始めてるという自覚がないのか?」


ゼイブンは顔にクリームを塗られ、マッサージを受けながら頷く。

「凄く不毛だ」


オーガスタスは子供みたいな身長の眼鏡の女性に丁重な命令口調で、屈むように言われながらゼイブンに言った。

「お前は慣れてるみたいだな」


ゼイブンは任せきりで頷く。

「公爵家から客人が余所に出かけると、召使いが大騒ぎするのはいつもの事だ。

公爵家の名誉にかけてもぴかぴかにされるから、覚悟を決めろ」


三人は一斉に、げんなりして、蟻のように群がり来る使用人達を、そっと見回した。




 アイリスが室内に入ると、子供達の方がよっぽど場慣れしていた。

ファントレイユもレイファスも、女性達が自分の体を拭き上げるのに任せていたし、彼らに何を着せようかとはしゃぐ女性達が持って来る衣服を、取っ替え引っ替え次々体に当てるのにも、慣れたように顔を合わせていた。

テテュスはとてもお行儀良く、差し出す使用人に愛想良く応えている様は、品良く落ち着いて見えた。


ローランデは椅子に掛けて髪の手入れをされながらその色艶を誉められ、困惑していたし、シェイルはとびきり華やかな香りのコロンを降られて、眉を寄せて咽せていた。

ローフィスがいつの間にか抜け出してアイリスの横に付いては、30人近い人間が衣服から香油やらお湯やらブーツやらを持って廊下と室内を忙しく行き来する壮観な様子を、目を丸くして、見た。

「凄いな。いつもこんなか?」

アイリスが、要領のいい彼にそっと告げた。

「だって…磨き甲斐のある騎士がこんなに居るんだから、彼らの張り切りようったらないじゃないか。

で、解ってると思うけど…夜更け過ぎ迄は帰らないようにしないと」

「俺達が出かけたら、彼らは宴会か?」

アイリスが、頷いた。

「ゆっくり息抜きさせてあげるべきだろう?」

ローフィスも、そうだな。と慌ただしい彼らの様子を、眺めた。



 三時間を過ぎてもまだこの支度が終わる様子無く、ギュンターがため息を付き捲りながら、召使いの差し出すサンドイッチと飲み物を受け取り、やけくそのように喉に流し込んだ。

オーガスタスが、髪を蒸した布でぐるぐる巻きにされながら、務めて丁寧に尋ねた。

「いつになったら衣服に辿り着くのか、知りたいんだが」

女性はきびきびと告げた。

「まだ、爪のお手入れをされないと。

手と、当然足も、させて頂きます」

オーガスタスが、思わず俯いた。


ギュンターはサンドイッチを取り上げられると寝椅子に横に成る様言われ、腰に一枚布を巻かれただけの姿で仕方なくそこに寝転び、背に香油を塗られ触られ巻くられながら、女性が場所を陣取り、争うのを、大人しく我慢していた。

「まあ…本当にお美しい筋肉ですわ!」

「あなた、手を出さないでよ!」

ディングレーがギュンターの隣の寝椅子に手を引かれ、上着に手を掛けられて脱がされかけて、怒鳴った。

「…俺にもあれを、やる気か?」

当然ですわ。と上着に手を掛けた女中に微笑まれ、思わず怒鳴った。

「アイリスを、呼んでくれ!」

ゼイブンが、爪をぴかぴかに磨かれながら唸った。

「無駄な抵抗は、するだけ疲れるぞ」

ローフィスも顔をクリームだらけにされ、触られ巻くって頷いた。

「死んだ、ふりしとけ」

ディングレーはもう、噴火しそうにわなわな震えていたが、とうとう数十本の女中の手で衣服を剥がれて寝椅子に沈められ、観念した。


ファントレイユはレイファスを見つめて、呆然とつぶやいた。

「凄く、可愛い」

レイファスは、思い切りにっこり笑うとファントレイユに告げた。

「君はとても、綺麗だ」

ファントレイユはその笑顔に思わずぞっとして、恐る恐る鏡の前に立つと、自分の姿を眺めた。

銀糸の刺繍の入ったクリーム色の上着が、銀に近い淡い栗毛と、綺羅綺羅しい綺麗な顔立ちの淡いブルー・グレーの瞳の色を引き立て、唇にたっぷり香油を塗られたせいで、あどけなく開かれた唇がまっ赤に、映える。

折角騎士達と過ごした、片鱗さえ見えぬとても綺麗な人形のようなその容姿に、彼は端で見ても解る程がっくり肩を落とした。


テテュスをそっと伺い見ると、彼は喪中の紺の衣装を付け、控えめな銀の刺繍が入ったもので、流れる背迄ある焦げ茶の髪も、その色白の肌も俯く濃紺の瞳もとても綺麗で、だからこそ余計に品良く、素晴らしい貴公子に見えた。

レイファスがそっとファントレイユの横に立つ。

見るとレイファスの衣装は、赤味が勝つ紫色で、金糸が縫い込まれてとても似合っていて、鮮やかな色の栗毛は肩の上でなだらかなウェーブを纏い、大きな青紫の瞳と小さな赤い唇で、とても華やかで可憐な美少女にしか、見えない。

その、くっきりと際だつ青紫の瞳で、レイファスはファントレイユをそっと見て告げる。

「きっと僕ら、テテュスと並ぶと絶対

『どうしてドレスを着ないの?』

と嫌味じゃなく言われるぜ」

ファントレイユは深く俯いて、蚊の啼くような声でつぶやく。

「…嫌味じゃないなんて、最悪だ」

レイファスは、同意見だ。とたっぷり頷いた。

が、どこから見ても素晴らしい小さな貴公子に見える、整い上げられた焦げ茶の艶のある美しい髪を上品に背に垂らしたテテュスは振り向くと、並んで彼を見つめている二人を見て、あんまり綺麗で可愛らしいのに、息を飲んだ。

レイファスがそれを見てファントレイユにそっとささやく。

「あれも、嫌味じゃないから余計嫌味だ」

ファントレイユも思わず、こくん。と頷く。

テテュスには聞こえなかったものの、二人の凝視する無言の視線で彼は直ぐ気づき、うなだれてつぶやいた。

「ごめん」

ファントレイユはそっとレイファスを、見る。

レイファスは肩をすくめた。

「どう頑張ったって、君を絶対、嫌いになれやしないよ」

テテュスは途端、とてもにっこり微笑んだ。

その笑顔がとても綺麗だと、二人は思ったが、やっぱりアイリス譲りの大柄な体付と雰囲気は、どれだけ彼が綺麗に見えてもちゃんと男の子に見えて、二人揃って内心、自分達の容姿にとてもがっかりした。


が、気配に気づいて振り向くと、シェイルがたっぷりのウェーブのかかる銀髪に囲まれた小さな色白の顔に、大きなエメラルドの瞳と華奢な鼻筋、真っ赤で小さな唇の、本来の顔立ちの美しさを更に際だたせて立っていて、レイファスはテテュスへの批判をきっちり忘れ、自分も彼のあまりの美しさに、息を飲んだ。

緑に銀糸の縫い込まれた衣装がとても似合っていて、その衣服の胸に柔らかな銀の髪が緩やかなウェーブの巻髪で流れ、大きなエメラルドの瞳と相まって、彼の美しさを一層引き立たせている。

隙無く整いきった顔立ちは素晴らしく綺麗で、彼が居ると他の人間が間違いなく、霞むくらいに、目立つ。


シェイルが睨むのにレイファスは気づくと、

「人の事を言えるか?!だよね?

でもやっとゆっくり綺麗だと眺めてられる時くらい、容赦してくれないの?」

シェイルはレイファスを、もっと睨んでつぶやいた。

「お前、他人の批判をかわすのが上手だな!」

怒気含んでそう言われ、皆がシェイルのいつもの性格を思い切り、思い出して項垂れた。

ローランデがその背後から、ようやく女中に解放され、上品に会釈して立ち上がる。

その艶やかな濃い栗毛と明るい栗毛の交互に混ざる、緩いウェーブの流れるような美しい髪を長く背に胸に垂らす彼は、上品な、明るい青の光沢ある上着を付け、その澄んだ青の瞳と色白の肌も手伝い、どこから見ても気品溢れる立派な貴公子に見えた。

シェイルの女性的な可憐な立ち姿とは違い、ローランデは美しい騎士。といった風情で、レイファスもファントレイユも顔を見合わせ、テテュスは彼の騎士ぶりに見とれた。


騎士達の控えの間に、ファントレイユとレイファスが駆け込んできて、オーガスタスが立ったまま、その足音に振り向いて微笑んだ。

「元気だな!」

二人はオーガスタスの、髪が跳ねていず、髪も肌も艶々なのについ凝視する。


その鬣に櫛を入れ、綺麗な艶のある赤褐色の巻き毛でとてもきちんとした、野性的で崇高な感じのする鳶色の瞳のでもやっぱり、ライオンに見えた。

彼は黄色のかかった褐色の上着を着、立ち姿がとてもたおやかでしなやかで、あんまり上品な格好良さに見えて、二人共が目を、こすりそうだった。

ローフィスは明るい唐色の上着で、いつものように軽やかに微笑んだ。

けどオーガスタス同様跳ねた明るい栗毛がやっぱりとても品良く、肩と胸の前で大きなウェーブを描いてまとまり、その青の瞳がとても鮮やかで、ひどく伊達男に見える。


ギュンターは長椅子に掛け、腕を背もたれに乗せてこちらを振り向いた。

が、いつも目立つ金髪がまとまり更に輝きを増し、顔も艶やかでその美貌が際だち、紫の瞳が宝石のように煌めき、どう見ても、野獣に見えない程気品に溢れている。

瞳と同じ金糸を縫い込んだ濃い紫色の上着が彼を、落ち着かせて見えるからなのかもしれなかったが。

顔に巻き付きかねない緩やかにくねる金髪に囲まれた顔を少し俯けて揺らす彼の横で、椅子に沈み込んで座る、果てたディングレーが、二人の姿にその身を、肘掛けに捕まって何とか起こす。


ダーク・ブルーの瞳がその艶やかな顔の中鮮やかに瞳に飛び込み、くっきり整えられた黒い眉毛が品良く男らしく見え、白に弾く宝石を散りばめた殆ど黒に近い紺の上着の胸に、黒髪が流れるような艶を纏い、素晴らしい男前に、見えた。

が、ディングレーはまじまじと二人を見ると、言った。

「…随分綺麗に、されたな」

二人はとても男らしい彼にそう言われ、思い切りヘコんだ。

後ろからテテュスが現れると、ディングレーは苦笑した。

「お前も、可愛くされちまったな!」

が、ファントレイユもレイファスも『絶対、嘘だ』と内心、怒鳴った。


ゼイブンが部屋の隅から姿を現す。

洒落た銀糸の飾り模様の刺繍の施されたグレーに近い光沢ある上着を付け、淡い銀に近い栗毛が肩をふんわりと被い、ブルー・グレーの瞳がとても美しく見える。

これがあの軽い男かと思う程、品良く整った美男に見えた。

が、ファントレイユを見ると眉間を寄せる。

「…良く、ドレスを着せられなかったな…。

奴ら、これはいかが?とか言って、持ってこなかったか?」

ぶっきら棒にそう言うと、ファントレイユが寄り添うのを受け止めてしげしげと見つめ、ファントレイユは思い切りぶすったれた。

「それ、女の子みたいに綺麗だって意味?」

ゼイブンは一瞬ためらったが、つぶやく。

「そう言ったつもりだ」

ゼイブンは肩の上でその独特の淡い色の栗毛を揺らし、ブルー・グレーのとても上品に見える瞳と綺麗な鼻筋で、どう見ても粋な美男で、ファントレイユがそれをとても羨ましそうに見上げて、ささやいた。

「僕、やっぱり顔はセフィリアに似てる?」

ゼイブンは、頷いた。


シェイルとローランデがテテュスの後ろに姿を現し、シェイルの美貌は一気にその場を明るく変え、レイファスはつい感想を口にした。

「シェイルが居れば、女性は必要ないくらい華やかだよね?」

皆がつい、一番華やかで花のような可憐な小さいレイファスを、一斉凝視し、シェイルは彼の横に来ると見下ろし怒鳴った。

「お前が一番、華やかなんだよ!」

レイファスは真っ赤な可愛らしい唇を少し開くと、そうか。と項垂れた。


アイリスが、おもむろに室内に入って来る。

一斉に振り返る皆の出来を見回して頷き

「彼らも心から満足した筈だ」

と微笑んだ。


艶やかな焦げ茶の巻き毛をとても品良く胸に垂らし、濃紺の瞳の際だつ美男で、いかにも大公。と言った品格の塊のような彼は、喪中の濃紺の衣服を付け、やっぱり控えめな銀の刺繍が付いていたものの、いつもの彼よりほんの少しおめかししただけに見えて、ローフィスが代表してつぶやいた。

「さてはお前、暇が出来るといつも召使いどもにいいように、いじられてるんだな?」

アイリスは肩をすくめた。

「今日は人数が多いから、私は手抜きされて嬉しかった」

ディングレーが目を丸くした。

「それで、手抜きか?」

アイリスが吐息を付いた。

「お手入れ品目を省く言い訳を作るのに、毎度苦労するんだ」

皆が一斉に、項垂れてため息を吐いた。


が、外に出た途端全員がさっさと厩に向かい、アイリスがつい声を掛けそびれ、屋敷の前に付いた馬車の御者に告げた。

「一台で事足りるようだ」

アイリス、それにゼイブンだけが馬車に子供達と同乗し、がらがらと音を立てて走り出して、テテュスもレイファスも、ファントレイユも窓の外に顔を出す。


もうすっかり暮れかけた空は、夕焼けのグレーの雲の間から月が顔を出して、その輝きを放ち始めていた。

アイリスがそっと、告げた。

「彼ら、騎乗はいいが、雨にでも降られて使用人達の苦労した作品がすっかり台無に成って帰城したら、きっとみんなとても、がっかりするな」

「俺達は作品なのか?」

馬上のギュンターの憮然とした声がし、続いてローフィスの声もした。

「ここ迄付き合ってやったんだ。

もう勘弁してくれ」

アイリスが見ると、ローフィスが拍車を掛けて叫ぶ。

「先に行ってる!」

道を知っているローフィスを先頭に、彼らは心から解放されたように、一斉に馬を蹴立てて彼の後を付いて行った。


レイファスとファントレイユはそっと、そんな彼らを心配げに見送る、アイリスを見た。

アイリスは俯いて、ため息を付く。

「やっぱり、着く前にみんな、埃だらけ?」

ファントレイユの声に、テテュスがアイリスに代わって言った。

「多分ね」



 エリューデ伯爵夫人邸は確かに素晴らしく趣味のいい建物で、華奢な塔が二つ並ぶ、珍しく横より縦に長い豪邸だった。

門から既に、大勢の馬車が押し寄せ、ローフィスを先頭に一同は混雑する馬車の間を、すり抜けて進んだ。


馬留めでも大勢の使用人が貴人達から手綱を渡されて馬を引き、貴人達は控えの間に、次々と案内されて行く。

ローフィスがアイリスの名を告げ、馬を降り立つ一団を連れだと振り向いた途端、使用人のその男は慌てた。

そして丁重に暫く待つよう告げられ、彼は年上の威厳ある男にその騎士達の来訪を告げ、白い立派な髭の威厳溢れる侍従は彼らを、揃って表階段へと促した。

見事な装飾の美しい、白い階段を登った先の一室へと促され、彼らはその室内の豪華さに目を丸くした。


赤の絨毯。

赤のソファ。

寝椅子、白い壁に至る所に、金の飾り模様。

良く落ちないな。という位これでもかと金細工とガラス装飾で飾られた、豪華そのもののシャンデリア。

侍従はうやうやしく礼を取り

「おくつろぎを」

と告げて退室後、それぞれが口を開く間無く、手や顔を洗う銀の皿と布。

続いて果物が盛られたもの。飲み物が、列を成した召使い達によって持ち込まれ、それぞれが飲み物を聞かれて、それを口にして注文した。


「凄いもてなしだな」

オーガスタスが目を丸くしてつぶやくと、シェイルも呆れた。

「招待客も多いしな」

ディングレーがグラスに食前酒を注がれながら、今更ながらにぼやいた。

「あいつの“気軽”ってのは一体、どうなってんだ?!」

ギュンターが直ぐ横でその剣幕に顔をしかめた。

「当人に文句言え!

…だがあの様子じゃ、馬車は入場制限待ちで、アイリスは当分ここに顔を出しそうに、無いな」

ローランデが窓の外の、その人が群成す凄い混雑の様子を見てつぶやく。

「馬で正解か」

が、一同が食べ物を選び皿を手渡されて、それを口に放り込もうとした頃に、アイリスとその一行は顔を、出した。

「…早いな」

ローフィスに驚き混じりに言われ、テテュスが駆け寄ってローフィスを見上げた。

「馬車を降りて、庭園用の屋根無し馬車に乗り換えて来たんだ!」

ファントレイユスもディングレーににこにこ笑った。

「止まって待ってる馬車に侍従がやって来て

『どうぞ、こちらに』

って。他を差し置いて、特別待遇だった!」

が、言った後ふと、大貴族のディングレーを見

「…ディングレーは、いつもそう?」

とそっと聞いた。

ディングレーはぶっきら棒に告げた。

「そういう場所ではな」

が、ローフィスは肩をすくめた。

「ゼイブンと違って彼は宴会嫌いだから、滅多に無いだろうな」

ゼイブンは後ろから来てどっか!と椅子に掛けて早速召使いに飲み物を頼み、ぼやいた。

「代わりに招待に出かけてくれと依頼されたら、いつでも行くぜ!」

ディングレーは内心、そのやり方もあるなと頷き

「機会があれば、頼むかもな」

とつぶやくが、アイリスが直ぐに言った。

「後で、苦情を受けてもいいのか?」

ローフィスも告げる。

「覚悟が要るぞ」

ディングレーが二人を見た。

「どうして?場慣れしてるんだろう?」

オーガスタスが肩をすくめた。

「見て、解らないか?

来た美人をひっきりなしに口説く気だ」

ギュンターも唸った。

「絶対、場の男達に睨まれまくる」

ローランデとシェイルと一緒に、子供達もゼイブンを見たが、彼はその言い様に肩をすくめた。


くつろぐ間も無く、アイリスがそっと皆を見回した。

「注意点がある。

この屋敷は迷路みたいに、廊下を進むといきなり庭に出たり、小部屋は至る所にあるし、区切られた庭園や二階があちこちにあるから、絶対人気の無い所には行かないようにしてくれ。

探訪と言って皆喜んで巡るけど、大人で最長二日間、屋敷内で迷った記録が、ある」

皆があんぐり、口を開けた。

オーガスタスが俯いた。

「ディングレー。絶対ギュンターから、目が離せないぞ」

ギュンターは思い切りむっとしたが、ディングレーは頷いた。

「奴の為にあるような屋敷だ。

シェイル。ローランデに張り付いてろ」

シェイルは頷く代わりに、懐から短剣を出した。

「人が大勢居るから投げられないが、肩に手を掛けたら刺せる」

ローランデは思い切り顔を下げ、皆、彼の本気の気合いに、ぞっとした。


ゼイブンも話にのっかる。

「高級娼婦を幾人も抱える事業主が、ひっきり無しに屋敷を売らないかと、ここの主に交渉している」

皆、ゼイブンのその、秘密の隠し小部屋や区切られた小庭がたくさんあるロマンチックな場所でのピンクの妄想が解って俯き、アイリスはきっ!と

『そんな場合か』

と彼を睨んだ。

「迷った子供の最長記録は、一週間だ。ゼイブン」

ゼイブンはファントレイユを見て、眉を寄せた。

「絶対はぐれるな。置いていくからな!」

だがファントレイユはいつものように青くなる代わりに、ローランデを見た。

レイファスが代わって言った。

「悪いね。ローランデや、ローフィスやディングレー達は誰かと違って優しいし、テテュスも一緒だったらアイリスは絶対、僕らを放って置かない。

いつもの手が使えなくて残念だね。ゼイブン」

にっこり笑うそのとても華やかで可愛らしい小悪魔に、ゼイブンは唸った。

「なら、今の内に食い物と飲み物をポケットに詰め込んで置け!

最長の一週間に挑戦する気ならな!」

アイリスがレイファスにそっと言った。

「真面目な話、本当に入り組んだ構造なんだ。

廊下を調子に乗って進むと、とんでも無い場所に出るのは事実だから。

絶対広間とか人の多い場所に居るようにして、小さな廊下や庭には入り込まないようにするんだよ?」

テテュスもファントレイユも頷いたものの、凄く残念そうにレイファスを、見た。

レイファスも、解った。と項垂れる。

が、直ぐに顔を上げた。

「ローフィスは、ここで迷った事、無い?」

ローフィスは直ぐに言った。

「ここで迷わない奴は一人も、居ないぞ?レイファス。

中央広間から余所へ行けば、必ず訳が解らなくなる」

テテュスも、びっくりして彼を見た。

「ローフィスでも、迷うの?」

アイリスが、きっぱと言った。

「テテュス。ローフィスを探検に誘わないと約束して」

テテュスは思い切り、項垂れて頷いた。

ファントレイユはゼイブンを見たが彼は、問題外だと、余所を向いた。


ディングレーが、がっかりする子供達を気の毒そうに見つめるのに気づいたオーガスタスは、彼にそっとささやいた。

「奴らと一緒に迷ったら、間違いなく笑い者になるぞ」

ディングレーはオーガスタスを見上げると、もう一度短い、吐息を吐いた。


が、扉が直ぐに開くと、この催しの主催者、エリューデ婦人が顔を出した。

明るい栗毛を結い上げ、白のレースがふんだんに施されて上品なアクセサリーを散りばめた、品のいい暗褐色の落ち着いた色合いのドレスを着け、少し年輩ながらも細身で、少女のようにおっとりとした微笑みの婦人で、子供達は一辺に彼女が好きになった。

彼女はアイリスを見つめると、アイリスは彼女の手を取って軽く屈み、そっと、その甲に口付ける。

「アリルサーシャは本当に、残念だったわ」

心から気遣う彼女に、アイリスはそっと、頷く。


彼女の明るい青の瞳が潤み、だがにっこりアイリスに笑い掛けると、彼女はそっと、ささやく。

「でもまだ貴方は若くてこんなにいい男なんだから。人生を楽しまなくちゃ、駄目」

だがローフィスもゼイブンも彼の打撃は知っていたものの、アイリスがそれを諦める気は全然無いのを知っていて、アイリスの

「ご心配には、及びませんから」

の返答に、二人とも微かに

『そうだろう』

と俯いた。


婦人は頷くと、隣の小さな貴公子にそっと屈んだ。

「貴方もよ。テテュス。

本当にお父様そっくりだから、年頃に成ったら女性達が、きっと貴方の奪い合いに成るわね」

テテュスは微笑んだが、それがどういう状況か、解っていないのは誰の瞳にも明らかだった。

そして婦人は、その滅多にお目にかかれない、若くて立派な騎士達を眺めて、叫んだ。

「本当に、何とお礼を言っていいのやら!

『私欲の民』達と来たら、押し入った屋敷でそれは、残酷で乱暴ですからね!

この辺りには最近悪い噂が無くて、安心していた所にこれですもの!

でもたった一晩で退治してしまうなんて、それは素晴らしい武人ばかりと言う事ですわね!

今日ご招待した皆様に代わって、お礼申し上げるわ!」

オーガスタスが、その立派な長身を揺らして丁寧に尋ねた。

「随分招待客が、多いようですが」

小柄な婦人は、その優しいライオンのような男を見上げて微笑んだ。

「感謝出来る機会を私が作りましたから、お礼を言いたい方はどうぞ。とご招待さしあげたら、こんなに大勢に成ってしまって」


ディングレーもギュンターも、俯いた。

ローフィスがそっと尋ねた。

「今日の招待は、アイリスを労り、称える為じゃなくて?」

「皆さんの雄姿を一目見たいと、押し寄せたんでしょう。

だって、近衛の騎士だなんて、この辺りでは滅多にお目にかかれないんですもの。

それに…」

「それに?」

アイリスが丁重に微笑を浮かべて尋ねる。

「北領地[シェンダー・ラーデン]の、地方護衛連隊長がおいでだとか…。

勇敢なのにとても、品のいい貴公子だとかで、婦人方は一目お会いして、話の種にしたいんでしょう」

隣のシェイルも、他の連中も思わずローランデを見た。

婦人が、その静かで気品溢れるたたずまいの、姿のとても美しい騎士に目を止めると、アイリスに尋ねる。

「あのお方が、そうですの?」

アイリスは頷くと、婦人はうっとりと彼を見つめた。

「女性の憧れの王子様を、そのまま現したような、気高くてロマンチックなお方ね?」

その評価に、アイリスはそっとギュンターを見たが、ギュンターは余所を向いて知らんぷりした。

ローフィスがそっと、顔を横向けてディングレーにささやく。

「公爵家の召使い共が、誇りにかけても俺達を磨き上げる訳だ」

ディングレーも思わず、下を向いて長い吐息を、吐いた。


そしてその後、一人一人がアイリスからの紹介を受けて婦人と挨拶をかわす。

婦人は、大層立派な武人なのにとても朗らかに微笑むオーガスタスに魅了されて微笑んで挨拶を交わし、次に気品と威厳に溢れる男らしいディングレーを紹介され、彼を見上げた途端、頬を染めて俯いた。

ディングレーは婦人の様子に顔はそのままで、瞳をまん丸に見開いてアイリスに二度、咳払いされて落ち着きを取り戻すと、その手を取ってそっと甲に口づけた。

その時の婦人が、初恋の男の子に出会った少女のように恥じらっていて、皆がその様子に思わず婦人を凝視し、ディングレーはそれは困った様子で、婦人にどう声をかけていいのか戸惑った。

次に、ギュンターを紹介されると婦人はその長身の、素晴らしい美男に目を見開く。

「…余りにご婦人が寄ってらして、結婚相手を選ぶのにそれは、ご苦労されそうですわね?

奥様に成られるお方も大層大勢の女性に恨まれて、同様にご苦労される事でしょう」

ギュンターはその言葉に、ただ、笑ったが、他の者は皆、婦人の気遣いに思い切り、顔を反らしてそしらぬ顔をした。

ゼイブンは年老いたとはいえかつてそれは可愛らしい少女だったご婦人に、それはにっこりと愛想を振りまき、婦人の笑顔を勝ち取った。

シェイルの、性別を超えた美しさに婦人は一瞬息を飲み、小声でつぶやく。

「どんな女性も貴方のお隣では、霞みそうですわね?」

シェイルはにこやかに微笑むと、言葉を返す。

「ご安心下さい。

私には女性のまろやかで大抵の男が魅了される、豊かな胸がありませんから」

婦人はシェイルのその大層気の利いた言い回しに、思わず微笑みを返した。


ローフィスを紹介されると、婦人はやはりにっこりと微笑み、誰にでも好感を持たれる彼の感じの良さに、親しみを浮かべた微笑みで挨拶をかわす。

最後に、レイファスとファントレイユの前に屈む婦人は、まあ!と瞳を丸くし、二人は顔を、見合わせた。

結局ファントレイユが、提言した。

「二人とも、男の子です」

ぶっ!と吹く音がし、見るとディングレーが口を押さえていたし、隣のギュンターも俯いて金髪で顔を隠していたがその髪も肩も揺れていて、隣のオーガスタスに、二人に見られてる。と小突かれていた。


ゼイブンが背後に立つと、ファントレイユの肩に手を乗せ、にっこり笑った。

「妻が、身だしなみと立ち振る舞いを、それは気遣うので。

男の子らしい乱暴な所が少しも、ありません」

婦人は彼と二人を見比べ

「素晴らしいわ!

だって男の子の躾けには本当に、手を焼きますからね!

奥様はその、成功例と言えるでしょう」


テテュスがそっと、気遣うように二人の側に立つと、婦人はつい、口を滑らせた。

「…まあテテュス。

貴方ったら綺麗なお姫様を護る、小さな騎士のように立派だわ」

だがその場はしん…。と凍り付き、三人の子供の、じっ…と見上げる視線に、婦人はそのまま、固まった。

アイリスが婦人を気の毒に思って助け船を出す。

「主催者で招待客が多いので、お忙しいでしょう?」

婦人は三人の視線から顔を背け、慌てて言った。

「そうそう、もう、本当に忙しくって!」

そして三人に、またね。と軽く会釈し、騎士達にも、後程また。と挨拶してそそくさと、退出した。


ファントレイユとレイファスはつい、テテュスをじっと見た。

テテュスは見つめられて凄く、困っていた。

「テテュスはちゃんと男の子に見えて、いいね」

レイファスが少し、嫌味混じりにつぶやくと、とうとうディングレーがもう我慢出来ないと、爆発したように笑い出した。

ギュンターがきつく口を手で押さえ、それでも隣のディングレー同様、ハデに肩を揺らしてる。

シェイルがぶっきら棒にギュンターに言った。

「とっくに笑ってるってバレてんだ。

ディングレーくらい、開き直れば?」

ローランデも、頷いた。

「余計に、失礼だ」

ファントレイユとレイファスは同時に、体を前折りにして笑うディングレーと、思い切り肩を揺らすギュンターに振り向き、二人は見つめられてもっと、笑った。

ファントレイユは眉間に皺を寄せて、唸った。

「笑ってれば?」

レイファスもつぶやく。

「自分達は男らしいと思って…。

テテュスやオーガスタスくらい、謙虚になれないの?!」

ディングレーは小柄などう見ても女の子にしか見えない可憐なレイファスと、人形のように綺麗なファントレイユの睨み顔を見、また笑って言った。

「…無理だ…」

ギュンターは口を押さえた手を離し、笑い交じりにつぶやく。

「自分から性別の申告する子供を、初めて見たもんだから…つい…………」

言って、ディングレーと二人でギュンターは笑いこけ、ファントレイユとレイファスに思い切り睨み付けられた。


アイリスがそっと、テテュスの横に付くと、テテュスは心底困ってた。

「だって僕は男の子だから…」

でもファントレイユとレイファスもそうだと思い返し

『でも男の子に見えるのは、普通の事で全然特別じゃないと、思うんだけど…』

でもそれを口に、出来ない彼の様子に、アイリスはため息混じりに息子の肩を、抱き寄せた。

侍従が、広間にどうぞ。と部屋の扉を開けて一同を促し、皆がぞろぞろと部屋を出始めてもディングレーの笑いは止まず、ローフィスに呆れ顔で背中をその手で促され、何とか列の、後に続いた。



 廊下を抜けて広間に彼らが姿を現すと、場の一同はどよめき、歓声を上げた。

ディングレーが余りの人の多さに、つい口を開けたまま固まった。


豪勢で巨大なシャンデリアが10個は吊されている広々とした大広間に、200人近くがびっしりと詰め込まれ、着飾った客達の無数の視線が、一斉に注がれる。

客達は広間だけでなく巨大な二階に続く階段にも、廊下に続く戸口の側にも、外に続くテラス脇に迄もびっしりと溢れ返っていた。


ギュンターが見ると、アイリスはにこやかな笑みを浮かべ、ローフィスは肩をすくめ、オーガスタスはその長身を少し、屈めて俯いた。

ゼイブンはさっさと一同を見渡し幾人かの美人に素早く視線を送り、早速微笑んで自分をアピールした。

テテュスはそんなに大勢の人前に出た事が無くて、少しアイリスの後ろに隠れ気味で、自分達に視線を送る彼らを伺っていた。

ファントレイユは呆然として思わずレイファスを見つめ、レイファスはファントレイユにささやく。

「主役はどうせ、騎士達だ」

ファントレイユは途端、ほっとして頷く。

ローランデはその盛大な舞踏会のような晩餐会に呆れた表情を浮かべ、シェイルはローフィスを見つめ、自分は彼らの相手をするのはごめんだ。とじっと強い瞳で見つめ、ローフィスはそれを受けてため息を付いた。


彼らは人々が良く彼らを見る事の出来る金糸の入った赤絨毯の敷かれた演壇へと招かれ

『本気か?』

と問う、ディングレーの強い視線に皆心の中では同意するものの、大人しくそこに上がり、並ぶ。

婦人の、騎士達を褒め称える演説の間中、皆は壇上でずっとさらし者にされ続け、客達…特に、女性達はどの騎士の元へ駆け込むかを素早く視線を送り合って狙い澄まし、早く話が終わらないかと皆、じりじりして待っていた。


「…ここで私達は心から彼らに、感謝を捧げましょう!」

婦人のその言葉で盛大な拍手が沸き起こり、それが終わるか終わらない内に争奪戦のように、一斉に女性客達がドレスの裾を摘み、騎士の元へと駆け込む。


シェイルがさっさと子供達を抱え促すと輪の中から抜け出し、人目の付かない、部屋の隅へと逃げ込む事に成功した。

ギュンターもゼイブンも、ローランデもディングレーもがあっという間に着飾った若い女性達に取り囲まれ、アイリスだけは、場慣れた様子で微笑んで相対していた。

オーガスタスはその大柄に体ゆえに逃げ遅れ、とうとう女性達に行く手を阻まれ、苦笑を漏らして捕まったが、彼の場合は取り囲む者達には男性も、混じっていた。

レイファスは、人混みからその小柄な子供達を庇うように抱えるシェイルを見上げ、ささやく。

「…シェイルはいいの?」

シェイルは視線を下げるとしかめっ面した。

「冗談だろう?ごめんに決まってる」

シェイルは三人をそっと促し、小さな階段を登り、他からは上がって来られない小さな二階のバルコニー席から、その取り囲まれるみんなを見下ろす。

背後から丁重に銀製の盆を差し出す召使いに振り向き、盆に乗った食べ物を摘み、飲み物を注文する。

子供達がシェイルに習い、飲み物を尋ねて屈む召使いに注文を口にし、盆から食べ物を摘む。

行こうとした召使いに、シェイルは声を掛ける。

「ああ…君」

彼は階段を降りようとして振り向く。

「俺達がここに居るのは、誰にも内緒だ」

シェイルがそっ、と人指し指を口の前に立てて片目をつぶると、召使いは同様に、立てた人指し指を閉じた口に当て、やはり片目をつぶって茶目っ気混じりに同意した。

子供達の見つめる視線に気づくと、シェイルは階下の騒動を指してささやく。

「あそこに戻りたいなら止めないが…」

が、子供達に

『そんなの、絶対に嫌だ』

と一斉にじっ、と見つめられ、シェイルは項垂れて続けた。

「…ならお前ら、ここに居るのがバレないようにしろよ。

どうやらあんまり宮廷に出向く機会の無い、退屈で話題に飢えている、そこそこ上級の田舎暮らしな連中のようだ」

テテュスもファントレイユもが、思いっきり頷く。

「…凄いね」

レイファスが一階を見下ろしつぶやく。

ファントレイユがそっと、聞く。

「君でもこんなのは、初めて?」

レイファスが頷く。

ファントレイユに視線を振られ、テテュスも頷いた。

シェイルが顔を揺らしてアイリスを顎で指す。

「親父さんは、慣れてるみたいだな」

アイリスだけがとても場慣れし、優雅で余裕のある様子で微笑み、女性達とにこやかに会話を楽しんでいた。

が、ギュンターの四方はぎゅうぎゅう詰めで、皆が押し合ってギュンターの前へ出ようと争い、将棋倒しに成りそうな騒ぎで彼がいつ、怒鳴り出すか見物だ。とシェイルが笑った。

ディングレーは取り囲まれて無遠慮に女性に腕を取られ、鳴り出した音楽に踊ろうと誘いまくる女性達に眉間を寄せ、女性達は彼の腕を争って取り合い、こちらも怒鳴り声が響くのは、時間の、問題のようだった。


ローフィスは彼女達に丁重にしゃべりかけ、愛想良く相対しては、逃げ出すきっかけを探っているようだったが、隙無くびっしり囲まれていたからどうやら長期戦のようだ。

オーガスタスは女性のみならず、若い男性から老公爵迄をその周囲に従え、彼らの尊敬の眼差しを一身に受けながらも朗らかな微笑みを浮かべていた。

どうやらその長身と体格と威風で逃げ出す事は可能だが、失礼に当たると思い彼らの相手をしているようだった。


ローランデの周囲はまた、違っていた。

取り囲む一段と年若い女性達から

『気品漂う、夢の王子様』

と、うっとりとした瞳で見つめられ、皆が彼の品の良さと美しさに一斉にぽーっと、見惚れてる。その、静かな女性達の中には、少女の心を持った年輩のご婦人も多数、居た。

ゼイブンは巧妙に、囲む女性を選り分けていた。

美人で色気のある豊満な女性、だけに狙いを絞って愛想を振りまき、勘違いする女性を序序に退かせて輪の中から引かせ、残った女性の中から更に、選び絞る。といったやり方に、レイファスは呆れ返った。

「…この状況に動じないのは、アイリスとゼイブンだけみたいだね」

シェイルも全く、同感だと頷く。

「…動じるどころか、楽しんでる」


ついに、きゃーっ!という悲鳴が聞こえ、ギュンターの周囲の女性が押し合いに崩れ出した。

ギュンターが咄嗟に、押されて下敷きに成ろうとした女性の腕を掴み抱き寄せたりしたから、また別の、きゃーっ!が、飛んだ。

彼女達の遠巻きに、取り残されていた男性群はだが、長身で輝く金髪のギュンターの、美貌の男ぶりに『あれじゃ、仕方ない』

と言うように、皆無言で首を横に、振り続けていた。


ディングレーがとうとう怒鳴った。

「俺は踊れない!

アイリスが名手だから、あっちに相手して貰ってくれ!」

だが一人の女性が彼の耳に何かひそひそと話し、ディングレーは少し屈んで…と言っても、強引に腕を引かれて屈まされていたけど、その言葉を聞いた後、ディングレーは彼女を睨んだ。

「そっちがいいなら、あの淡い栗毛の色男に頼め!

奴なら絶対、断らない!」

言って、輪の中から逃げ出そうと周囲を見回し…すっかり取り囲まれ、どこにも出口が無いのに絶望したように首を横に、振った。


テテュスがそっ、とシェイルを見上げた。

「ディングレーを、助け出さなくていいの?」

シェイルは視線を彼に向けたまま唸った。

「あそこに降りたら最後、奴が逃げ出す間も無くこっちも、捕まる」

レイファスもファントレイユも戦闘のようなシェイルのその状況判断に、思わず顔を見合わせた。


レイファスが視線を向けるのに、テテュスが気づく。

ファントレイユもレイファスが見つめている、後ろの壁の小さな戸口に目を向けた。

「…ここから、降りられると思う?」

ファントレイユがそっと言うと、レイファスは肩をすくめる。

「…ちょっと、覗いて見る?」

テテュスが、そう聞くレイファスを見つめ、

「僕が行って、ディングレーを助ける。

君は…」

テテュスがそっ、とバルコニーに肘を付き、飲み物を煽りながら階下を見つめるシェイルに視線を送る。

レイファスはそれに気づいて、頷いた。

「解った。残る」

テテュスがシェイルに気づかれないよう、そっと戸口を開けて中へ入ると、ファントレイユもテテュスの衣服の裾を握って続く。

レイファスが目を丸くして彼を見ると、ファントレイユはそっと振り向き、後は頼む。と言うようにレイファスを見つめた。

「…ローフィスと寝たい女は三人は確実に、居るな」

唸るシェイルにレイファスは、冷や汗を隠して相づちを、打った。

「ローフィス、格好いいし。しょうがないよ」



テテュスはその、大人ではちょっときつい高さの小部屋を歩き、付いて来るファントレイユを見つめた。

「君迄、来ちゃったの?」

ファントレイユはその綺麗な顔をテテュスに向けると、ぼやいた。

「だって、ダンスの訓練どころじゃないもの」

テテュスもため息混じりに俯いた。

直ぐに小さな下に降りる階段があり、二人は笑った。



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