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「アースルーリンドの騎士」別記『幼い頃』  作者: 天野音色
第三章『三人の子供と騎士編』
34/115

14 親愛なる刑罰

 ファントレイユと稽古を終えて部屋に入ったゼイブンは、厳しい表情の男達に取り囲まれ、やっぱり。と、大きな吐息を、吐いた。

シェイルが歯を剥いて怒鳴る。

「腹に付けた掠り傷くらいじゃ、足りないぜ!」

ギュンターが、まだ青い顔を揺らして彼を見つめた。

が、まだ憤慨するシェイルはローフィスに、心配げに戸口から覗いてる子供達の面倒を見てろと視線をくべられ、一つ吐息を吐いて彼らを促し、子供達と一緒に戸口の外へと姿を消した。


ローフィスに頷かれ、ローランデはゼイブンに、その顔を上げると告げる。

「ギュンターに場所を教えた君の責任だ。

ファントレイユの講義は当分、しない」

ゼイブンがいきなり、顔を揺らして怒鳴った。

「俺が悪いんなら、どうしてそうなる?

ファントレイユに罪は無いだろう?

君を素晴らしい講師と慕っているのに!」


やっぱり、息子可愛いのゼイブンに、皆が黙って頷き合う。

ローランデが静かに、ゼイブンに告げる。

「その態度で十分、君への処罰に成ると考える」

「…おい…!おい!待ってくれ…!」

ゼイブンは背を向けるローランデの肩を掴み、必死で怒鳴った。

「…俺への刑罰なら受けてやる!

だが…そのやり方は汚いだろう?

ファントレイユに罪は無いと君も、知ってる筈だ!

あいつがどれだけがっかりするか…君なら解って…解ってても…それを実行する気か?」

ゼイブンが、本当に必死な表情を見せ、皆がやはり、実は子供思いのゼイブンに感心した。

が、ゼイブンの本気を引き出す為にも皆は表情を、引き締めた。


ローフィスが冷たく、言った。

「ファントレイユはお前の息子だろう?

父親が悪ければ、共に罰を受けるのも致し方無い」

ゼイブンが振り向くと、目を、見開いた。

「本気で言ってんのか?!ローフィス!」

アイリスも腕組みしたまま頷くと、ローフィスに同意した。

「…ゼイブン。君は解ってないが、ギュンターは大人しくローランデとの約束を護っていた。

君の息子を、鍛え上げる為にだ。

君がそれを反古にするような方法をギュンターに教えた以上、ローランデの判断は妥当だ」

ゼイブンは今度はアイリスに、必死な眼差しを向けた。

「…ファントレイユの為に、取りなしてくれないのか?!

あんたにだってあいつは、懐いてるじゃないか!」

アイリスは肩を、すくめる。

「そりゃ、ファントレイユは可愛い。

が口では騎士に成っていいと言いながら、ローランデを講義不能なくらい追いつめたのは誰だ?

君はギュンターの気持ちはそれは理解出来るだろうが、子供達の為に自分を保とうとするローランデの努力を解ってない。

ギュンターは君同様、それは魅力的な男だから、ローランデはその誘惑に抗うには努力が、要るんだぞ?」

ゼイブンは顔を、思い切り、揺らした。

そしてつぶやく。

「魅力的?

…………思い切り袖にされててあんまり相手にされてなくて、ローランデに同情で、付き合って貰ってたんじゃ、なくて?」


ギュンターが、思い切り顔を、揺らした。

ディングレーもローフィスもオーガスタスも、ギュンターに口を挟むな、と一斉に視線を送って彼を、制した。

ローランデが途端、恥ずかしそうに俯くと、小声でつぶやく。

「ギュンターが、面倒見のいい男だと知ってるだろう?

彼には色々、世話に成っている」

ゼイブンがそっ、とささやく。

「でも、惚れてなくて、あいつのやり用がその…野獣だから、キレて俺どころかファントレイユに迄、当たってるんじゃ無いのか?」

ローランデがますます俯くので、アイリスが助け出した。

「…ゼイブン。問題はそこじゃ無い。

約束が、果たされ無かった事が、問題なんだ」

ゼイブンがアイリスを睨んだ。

「その約束をしたのはギュンターで、俺でもファントレイユでも無いのに?」

ローフィスが腕組んだ。

「そそのかしたのは誰だ?

飢えてる奴が必死で耐えてるその横の耳元で、我慢は体に良くないと、ささやいたのは?」

オーガスタスが、唸った。

「約束を反古にさせた責任は、問われると考えて無いのか?」

ゼイブンは、それはそうだが、と肩を揺らして手を、振り上げた。

「その責任は…だから俺が、取る!

一ケ月女に近寄るなと言われたらそうする。

だからファントレイユを悲しませるやり方だけは…するな!」

ローフィスが、ため息混じりにつぶやく。

「お前が約束を本当に護るかどうかを、一ケ月間監視しろと言うんなら、きっぱり断るぞ」


ゼイブンが顔を揺らし、アイリスがローランデを促すと、彼はゼイブンに厳しい目を向けて告げた。

「言った事を、実行する」

ゼイブンは、絶望の表情をローランデに向けた。

「…子供に、がっかりされた事が、無いのか?

あいつら、表情を偽ったりしないから…見ているこっちが堪えるんだぞ?」

ローランデはゼイブンを見据えると、告げた。

「ならその責任は、君が取るんだな」

ゼイブンは肩を落とし、手を振り上げて何か言おうとし、口ごもりまた手を、振り上げ、すがるようにギュンターを、見た。

それに気づいたディングレーが、ギュンターの隣からゼイブンに告げた。

「ギュンターもローランデに散々泣かれて、お前を庇う気力も無いぞ?」

ゼイブンが項垂れるギュンターの顔をたっぷり、見た。

「………泣かれたのか?」

ギュンターは肩をすくめ、腕を組んで俯いた。

青く見える表情で、ゼイブンは呆けた。

「……………………」

ゼイブンは俯き切ると、一同は部屋を、出始める。

オーガスタスがぽん。とゼイブンの肩が揺れる程叩き、ゼイブンは揺れるに任せて去っていくオーガスタスに、振り向かなかった。

扉の閉まる音がすると、ゼイブンが何か言おうとし、がその前にギュンターが告げた。

「悪いな。とばっちりが行って」

ゼイブンはギュンターの様子を見、一つ、大きなため息を吐くと、ギュンターにそっと言った。

「…泣かれて、堪えたのか?」

言った途端、ギュンターの方が泣き出しそうで、慌ててゼイブンは言った。

「俺の事は、気にするな」

が、言ったものの、刑罰にどれだけファントレイユが肩を落とすか、考えただけで落ち込んだ。

泣かれるならまだいい。

じっと泣く事すら我慢されたら、一体どうすればいいんだと、ゼイブン迄泣きそうな気分に成り、顔を上げるとギュンターと目が、合って、二人同時に、悲哀籠もるため息を吐き出した。



 ローランデが姿を見せると、ファントレイユもテテュスも、レイファスもが不安げな表情を見せた。

ローランデはテテュスとレイファスに微笑み、ファントレイユの前に立つと彼に屈んで、その両側から腕をそっと掴むと、瞳を覗き込んで告げた。

「私の講義は暫くお休みして、ゼイブンが引き受ける事に成った」

ファントレイユは輝くような表情を見せ、が、ふと思ってローランデに告げた。

「引き替えに、貴方の講義は受けられない?」

ローフィスが横から言った。

「後せいぜい、二日程だ。俺達がここに居られるのは。

その二日も危ない」

アイリスが、すまなそうに俯いた。

ローフィスは、気にするな。とアイリスを見る。

ファントレイユは顔を、上げる。

「…だが、ゼイブンが居なく成ったら私が君をみる事は、ゼイブンには内緒だ。

彼は私が君をみると思うと、安心して私に、任せきりにする気だから」

ファントレイユは瞳を輝かせ、頷いた。

ディングレーも、笑顔で言った。

「せいぜい、ゼイブンに甘えてやれ!」

言われて、ファントレイユは思い切り、ディングレーに頷いた。




 暮れかけた夕日が最後の輝きを食堂に放ち、皆が黙して椅子に掛け始める。

ゼイブンが姿を見せ、ファントレイユが駆け寄る。

ゼイブンはその小さな息子を両手で迎えて、ローランデをそっと見ると、ローランデはシェイルと並び、二人は話をしていた。

「…もう…聞いたのか?ローランデから…」

ゼイブンが項垂れて聞くと、ファントレイユは心配げにそっ、とゼイブンを見上げてつぶやいた。

「…ゼイブンが、代わりに見てくれるって…。

違うの?」

ゼイブンは吐息を吐くと、ファントレイユに屈んだ。

「…だが、お前はローランデの方が、いいんだろう?」


ファントレイユは聞かれて俯き、顔を揺らすとささやくように言った。

「…でも、ゼイブンが見てくれるなら、嬉しい」

皆が素直にそう言うファントレイユを、一斉に見つめた。

ゼイブンは自分に視線を送る、レイファスとテテュスをも、見た。

「だがどう考えても、ローランデの方が講師としては勝れてる。

あいつらに、遅れを取るかもしれない」

ファントレイユはゼイブンが、テテュスとレイファスを見つめているのに気づくが、ゼイブンに向き直って言った。

「ゼイブンが…教えてくれるんなら、それでいい」


アイリスは自分がテテュスにあんな事を言われたら、感激して息子を思い切り、抱きしめるのに。

と思ったが、ゼイブンも同感のようだった。

が、その不器用な父親は、俯くとじっと、自分を抑えてささやいた。

「…それでもここに、居られる時だけだぞ?

どれだけ居られるのかも、解らない」

「それでもいい!」

ファントレイユにきっぱり言われ、ゼイブンは息子の顔を真正面から見た。

「俺がヘマしたせいで、とばっちりがお前に及んだ事は、謝る」

皆はゼイブンのその潔さに感服した。

ファントレイユがそっと、聞いた。

「酒場で女の人を助けたせいで、盗賊が屋敷に来ちゃった事?」

ゼイブンは思い切り、動揺した。

「それとは、別件だ」

ファントレイユは頷いた。

だがそれ以上ファントレイユが尋ねる様子無く、ゼイブンは余計身に詰まされた。


「ローランデ」

ゼイブンに、ファントレイユに顔を向けたまま名を呼ばれ、ローランデは顔を上げる。

「…あんたのやり方を俺も参考にして、構わないか?」

言ってからやっと、ゼイブンは顔を上げてローランデを、心配げに見つめた。

確かに、ギュンターと過ごした後だけあって艶のある様子だが、そんな事を観察してる場合じゃ無かった。

「どうせ隣で、レイファスやテテュスを教えるんだろう?」

ローランデは目を伏せ、素っ気なく言った。

「それは構わない」

ゼイブンは、ほっ、とした。





 食事の席で、大人達がひどく無口だったのに子供達は気づかなかった。

夕べと今日の出来事ですっかり、興奮していたので。

「ディングレーは、何人殺したの?」

テテュスがアイリスに聞くと、レイファスも言った。

「オーガスタスとギュンターは、足かけした?」

アイリスは二人の質問に答えず、優しく聞き返した。

「…怖く、無かった?」

テテュスとレイファスは顔を、見合わせた。

「…僕、半分、寝ぼけてた。ゼイブンが部屋に飛び込んで来て、テテュスが叫ぶ迄」

レイファスがそう言うと、幸せな奴。とディングレーに呆れられた。

テテュスは必死で、飛びだそうとする自分を、強く抱きしめるように押さえ続けたアイリスの腕の温もりを思い出して、アイリスにその真摯な瞳を向ける。

「アイリスは、解ってた?レイファスが傷つけられないって」

アイリスは優しい眼差しを向けると、そっと言った。

「だってあの男の目当てはファントレイユだったから。

それにゼイブンは丸腰だと叫んだろう?

レイファスより先に、賊は自分を傷つけるだろうと、ゼイブンだって思っていたよ。

レイファスを人質にして無いと、みんなが動き出してしまうから」


レイファスがそっと言った。

「ゼイブンがもし飛び込んで来なかったら、僕もファントレイユも連れて行かれた?」

皆がアイリスを、見た。

ローフィスがフォークに鶏肉を刺したまま、つぶやく。

「…ここはアイリスの屋敷だ。アイリスなら幾らでも、奴らの注意をそらせる」

子供達が見守ると、アイリスは視線を受けて言った。

「…宝が幾らでもあるから案内すると言ってやれる。

奴らに隙が出来ればローランデもシェイルもじっとしていない。けど…」

「けど?」

レイファスに見つめられ、アイリスはファントレイユに視線を送った。

「君だけで無く、ゼイブンが居なければファントレイユもきっと、とても怖い思いをした」

それを聞き、テテュスもレイファスも、ファントレイユをそっと見てつぶやく。

「良かったね」

テテュスが言うと、レイファスも笑った。

「聞いた?僕はどうでも良くて、ゼイブンは君が凄く大事だって」

大人達は二人が、ファントレイユを気遣う様子をつい、見つめた。

「危険な時、本音で人はものを言うって、ローフィスが言った通りだ」

テテュスに言われてゼイブンはローフィスを、見つめる。

「…あんた結構くだらない事、教えてるんだな?」

ローフィスは肩をすくめた。

「だが、事実だ」

ファントレイユは二人に、とても嬉しそうに微笑んだ。

「うん…!

レイファスが凄く叫んでたけど、あの時ゼイブンは僕に腕を回してくれて、さっと突き出された剣を、一緒に避けたんだ。

避けた途端に剣の先がぎらりと見えてぞっとしたけど。

ゼイブン、あの時凄く、素早かった」

ファントレイユがにこにこ笑い、ゼイブンは大きなため息を吐いた。


「…それに…」

ファントレイユが続けるのでゼイブンはなるべく顔を下げて、食事に集中した。

「目の前がゼイブンの、背中でいっぱいに成った!

あんな事、初めてだ!

凄く、頼もしくて、あったかくて安心だった」

ファントレイユが嬉しそうで、レイファスもテテュスもにこにこ笑ったけど、ゼイブンは顔を、下げきっていた。


ふと、顔を上げると、皆が…ローランデ迄が暖かい目をファントレイユとゼイブンに向け、ゼイブンは止めてくれ!と、顔をしかめて連中に見せたが、ディングレーもオーガスタスも、今更隠してももうバレてる。と肩を、すくめた。




子供達がお休みなさいを言い、レイファスがギュンターの横にそっと寄ると、その手にそっと、触れてささやいた。

「…元気が、無い?」

ギュンターは顔を横に振ると、返した。

「まあ…良くなった、方だ」

が、見上げる小さなレイファスに気づくと、言った。

「明日は多分、もっと良くなる」

レイファスは、頷いた。

そっとローランデに視線を送ると、ローランデはギュンターを見ないまま俯いていた。

レイファスは一つ吐息を吐くと、テテュスとファントレイユの、後を追った。





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