13 ゼイブンの講義
テテュスは召使いに食事を差し入れられてテーブルに付く。
レイファスもファントレイユも起き出して一緒のテーブルに付く姿に、テテュスは微笑んだ。
レイファスは相変わらず可憐で、ファントレイユは綺麗だった。
二人が皿の上に並んだバーンズに挟んだ野菜やハムを見て直ぐに手に取り、嬉しそうに食べている様子に、心からほっとする。
ファントレイユがレイファスにそっと尋ねる。
「ゼイブンが、死んだと思ったの?」
レイファスは思い切り眉間を寄せる。
「そう見えた。
でもゼイブンが普段言う事をマトモに聞いて彼を評価するのは、大間違いだと解った」
ファントレイユが口をもぐもぐさせるレイファスを、それでも見つめる。
その、少し首を傾げた様子がとても綺麗で、テテュスは無事な彼を何事も無く見られて、安堵で涙が浮かびそうになった。
レイファスは見つめるファントレイユにそっとささやく。
「ゼイブンは凄く、有能だ。無能で無謀で馬鹿のフリをしてるだけで」
ファントレイユはその言い方でレイファスがまだ、怒ってると感じたようで、少し彼を気遣うように見つめたから、レイファスは彼に言った。
「僕はびっくりさせられてひどく怒ってるけど、誉め言葉だから君は喜んでもいい」
それでもファントレイユが気遣う様子を止めないのに気づき、テテュスはつい、言った。
「夕べ、本当に君が連れて行かれるか、傷つけられるかって凄く、はらはらしたんだ」
レイファスはふ、とバーンズを手にしたままテテュスのその濃紺の瞳をそっと、見つめる。
が、少し俯いて口を小さくもぐもぐさせ、つぶやく。
「怖いより、凄くびっくりしたし…。
きっと僕より君達の方が、怖かったんじゃない?」
テテュスもファントレイユも、その言葉に凄くびっくりして目を、見開いた。
「どうして?絶対君の方が、怖いんじゃないの?」
テテュスがそう言うと、レイファスは肩をすくめた。
「だって転びそうな本人より、転びそうなのを見てる方が絶対、心臓が炙ると思う」
テテュスとファントレイユは思わず、顔を見合わせた。
ファントレイユがそっと言った。
「寝ぼけてた。って言うのは、本当だったんだ」
レイファスは心配する二人に少し、バツが悪そうに俯き、頷いた。
ギュンターはそっ…。とローランデを見つめた。
殆ど自覚無く、彼の衣服を剥いで貪ったせいで、ローランデはしどけなく衣服を乱して、気を失っていた。
ゼイブンのように、キレて意識が飛んで覚えていない。と言えれば楽だったが、飢えていた者が食べ物を貪るように彼に喰らい付いた自覚が確かに、あったし、腕に彼を抱いた幸福感の余韻が彼を包み込んでいたから、今更ばっくれる訳にも、いかない。
が…確かに、後の事を何一つ、考えていなかった事は確かだった。
ローランデは『約束』をくれ、ギュンターは自分がそれを、待てなかった事をようやく今、しっかりと思い出してしまった。
ギュンターはそっ…と乱れた自分の金髪を掻き上げ、短い吐息を、吐いた。
近衛ではいつも決まって多くの男達が戦闘の後、たぎった血を“夜付き人"で鎮めていた。
自分もそれはいつもしていた事だったし、その鎮める相手がローランデだったりしたら、もう幸福感で目が眩んでいたとしか、言いようが無かったが、ローランデにその言い訳が通用するとは、思えない。
ギュンターはまだ、ぐったりとその、豪奢な刺繍の施された美しい光沢あるピンクの寝椅子に、気絶した身を投げ出す愛しい相手を見つめてた。
この所、浴場に浸かる時ですら、ディングレーやオーガスタスに見張られて満足に堪能出来ないでいたが、その白い肩や胸、そしていつも綺麗だと感嘆する、長い脚は素晴らしく艶っぽく寝椅子の上に投げ出されて、胸が締め付けられる程愛おしく感じて、やっぱり泣き出しそうになった。
だが…ローランデは正気に戻ると、自分を責めるだろう…。
幾ら性急に掻き立て、自分の意のままに彼を高めようが…。
他の相手ならどれだけでも、情事の後なら言いくるめられたが、ローランデはそうはいかないのを、ギュンターは経験で知っていた。
彼はその、すっかり熱が去った紫の陽に透ける瞳を揺らめかせながら、もう一つ短い吐息を吐くと、覚悟を決めるようにそっ…と、その手をいつも懐に忍ばせている、アーフォロン酒の小瓶に、伸ばした。
ゼイブンは目を、開けた。
いつの間にか昼が過ぎ、子供達は寝室に軽い軽食を運ばれ、摘みながら嬉しそうに頬張っていた。
シェイルは目を擦り、だが子供達が食事をさっさと終えて剣の講習を催促するように見上げ、アイリスと共にすっかり片づいた庭を見た。
アイリスはだが、外出用の上着に着替えた後、ライオネスと一緒に領地の見回りと事後の話し合いの為に出かけ、シェイルはローランデの姿を探そうとして、ゼイブンに止められた。
「…まだやる事が、あるんだろう?」
居間で酒を飲んでだれ切る、皆へ訊ねようとしたが、ゼイブンの言葉に振り向き、シェイルはぼやいた。
「ローランデがいないと、始められない」
「俺が、代わる」
シェイルはさっと、顔を上げた。
そのエメラルドの瞳が見開かれ、ゼイブンは随分バツの悪い思いがしたが、自分の提案でギュンターがさらったと言いだせ無くて、仕方無かった。
「…勿論、ローランデが戻る迄の、代理だ」
シェイルが、そうだろう。とたっぷり、頷いた。
庭に出ると、ファントレイユの瞳が輝く。
その面立ちはセフィリアそっくりで、髪と瞳の色と鼻の形が自分そっくりで、野郎に見えなかったのでとても可愛いと思ったが、アイリスの、テテュスへのデレデレした態度の恥ずかしさを見ているので、自重した。
剣を持つと、ファントレイユが言った。
「ローランデはいつも、僕とテテュスを同時に相手して、くれてる」
シェイルは無理言うな、とファントレイユを、見た。
「テテュス。レイファスとやってみろ。
肩慣らし程度なら、大丈夫だろう?」
レイファスが、言った。
「シェイルじゃ、僕とテテュスは、無理?」
シェイルが、言ったな。と笑った。
「…いいだろう。俺を捕まえて見ろ。足捌きの訓練だと思って」
テテュスが、ムキに成った。
「二人がかりだから、捕まえられるに決まってる!」
レイファスが、テテュスを見てそっとささやいた。
「…シェイルを甘く見ると、とんでも無い事に、成るんだよ?」
その通り、テテュスとレイファスは剣を構えた。
が、シェイルは二人を軽く、かわして身を、翻す。
ファントレイユがそれを見てると、ゼイブンは息子に屈む。
「お前は長剣だけか?」
ファントレイユがゼイブンの見事な短剣の扱いを思い出して、ささやいた。
「僕も、短剣覚えられる?」
ゼイブンは首を、捻った。
「さあな。向き、不向きがある。
俺は餓鬼の頃叔父に仕込まれて以来、好き嫌い考えた事無くおもちゃにしていたからな」
「…シェイルみたいに?」
ゼイブンはチラと、剣を振り回した鬼ごっこみたいなシェイルとレイファスとテテュスの様子にぞっ。とし、つぶやく。
「ああ…。ローフィスが、仕込んだみたいだな」
「ゼイブンも、僕の事仕込む?」
ファントレイユに聞かれ、ゼイブンは肩をすくめた。
「三歳位からじゃないとな。お前のそんな頃に刃物なんて持たせたら、セフィリアが大騒ぎした」
ファントレイユが、俯いた。
「じゃ、僕もう、遅い?」
「じゃなくて、お前、短剣投げるの、好きなのか?
実際俺のような性格に短剣扱わせるのは、問題なんだ」
「…人を簡単に、殺せるから?」
ゼイブンは、頷いた。そして訊ねる。
「ファントレイユお前…人殺し、好きか?」
ファントレイユはゼイブンを、見上げた。
「まだ殺した事が無いから、解らない」
ゼイブンは、そうだろうな。と頷いた。
「剣振り回すのは?」
ファントレイユはやっと笑った。
「大好きだ!」
ゼイブンは思い切り肩を、すくめた。
そしてじっ。とファントレイユを見つめた。
「暇を惜しんで、練習を積め。
教練にはディングレーみたいに餓鬼の頃から剣の講師が一通り叩き込み、後は鍛え上げるだけにしたような奴らが、ごろごろ居る。
そんな奴らに舐められないには、奴らの上を行くしか、無い」
ファントレイユは頷いた。
「ローランデもうんと小さな時から、してる?」
ゼイブンはファントレイユのブルー・グレーの瞳を、見つめた。
「ロクに遊んだりせず、ずっと鍛錬し続けて来たんだろうな。
お前、ローランデがちっともごつごつして無いのを、不思議に思わないか?」
ファントレイユは、そう言えば…と頷く。
「しなやかな筋肉の持ち主で、体が柔らかいからな…。
そういう奴は、俺みたいにごつごつして無い」
ファントレイユはゼイブンを見上げた。
「ゼイブンはローランデより体が、硬い?」
ゼイブンは頷いた。
「体の柔らかい奴は、俺から見たら信じられない動きが出来る」
ファントレイユは流れる水のようにしなやかで燕のように早い、ローランデの動作を思い出して頷き、ゼイブンの言葉の続きを、待った。
「呼吸が、違う。息の吸い方、吐き方だ。
身につけるのには訓練が必要だが、ローランデは普段からそういう呼吸の使い方をしている」
ファントレイユは良く、解らなくてゼイブンを、見上げる。
ゼイブンはファントレイユをじっ、と見た。
「動作をする時、息を吐きながらする。
すると、体が柔らかくなって、良く動く」
ファントレイユは頷いた。
「腕を振る時、剣を突き入れる時。
俺は短剣を投げる時だけは無意識に息を、必ず吐いてる」
ファントレイユはそう言うゼイブンを、見つめ続けた。
「息を詰めると、筋肉が硬く成る。
…それで突き入れるのが普通だと思うと、熟練した相手には直ぐにかわされる。
だが息を吐きながら突くと、腕がぐんと伸びて、相手の予想を裏切れる。
ローランデはそれを自在に調節しながら、相手の隙を上手に作って、攻めている。
だから…あいつの剣はみんな、避けられなくて怖いんだ」
ファントレイユは、思い出してつぶやいた。
「ギュンターもアイリスも、止めるのがやっとだった」
「…俺はいつも見てる側だったから、観察だけは出来てる。
奴に隙を作ろうと思ったら、その呼吸のリズムを崩してやるのが一番だが、あいつは良く、鍛錬が出来てるから滅多に崩れない」
「どうして呼吸のリズムを崩すといいの?」
「呼吸が乱れると攻撃して来る剣の威力が、落ちるからだ」
ファントレイユは瞳を、見開いた。
「呼吸で、戦ってる?」
「呼吸で自分の体を制御してるんだ。
敵の司令官が混乱して馬鹿な命令を下したら、相手の数がどれだけ多くても勝てるからな」
「……ローランデでも、慌てて隙が、出来る?」
ゼイブンはじっ、とファントレイユの瞳を、見た。
「…そうだ。だがそれもローランデ以上の鍛錬を、積んだらの話だ。
俺も頑張ってるが、あいつは遊ぶ時間も惜しんで、自分を鍛え上げてる。
いつでも剣が振れて決して錆びないように。
そういう奴は、恐ろしく強い」
「…いつでも戦える準備が、出来てるから?」
ゼイブンは、そうだ。と頷いた。
「ローランデに勝てる迄に成れとは言わない。が、あいつを冷やりとさせられたら、他の奴はチョロいぞ」
ファントレイユは、夜空の星のように遠い目標を指されて、呆然とした。
ゼイブンは眉を寄せる。
「今成れとは言って無い。
今のローランデの年齢に、お前が成った時の話だ」
ファントレイユは凄く、ほっとしたように頷いた。
「突く時は、必ず息を吐け。意識して、やって見ろ」
そう言い、ゼイブンはファントレイユから離れ、剣を構えた。
オーガスタスは二階の客間から、庭を見て、唸った。
「シェイルが…レイファスとテテュス相手に、鬼ごっこしてるのはいいが…」
鬼ごっこ。でついディングレーが体を椅子から持ち上げて、オーガスタスの横迄来る。
昼の陽光輝く広いバルコニーに続く、カーテンを風が巻き上げなぶる窓辺で、腕組んで立つオーガスタスの隣から彼を見上げた後、ディングレーもつい庭の様子に目を落とすと、黙り込む。
が、そっとささやいた。
「…あれがあんたの目にもやっぱり、ゼイブンに見えるか?
良く似た髪の、他の誰かじゃなくて?」
ディングレーにとても慎重に尋ねられ、オーガスタスは彼を見つめ返した。
「あの髪の色はゼイブン以外はファントレイユしか、俺は知らない。
あの髪の色の他の知り合いが、居るか?」
逆に問い返されて、ディングレーはオーガスタスを腑に落ちない様子で見つめ、いや。と無言で首を横に振った。
ローフィスはようやく椅子から立ち上がると、呆けて庭を見る二人の友人の横に、立つ。
そして、視線の先をおもむろに探る。
緑が鮮やかな芝生と、白いテラスと花が色とりどりに咲き乱れる美しい庭。
その向こうの大木を挟んだ土の見える、剣の訓練をするいつもの場所で、ローランデの独特な髪の色では無く別の…。神聖神殿隊付き連隊で見慣れた色が、同色の髪をした子供と剣を振っているのを、ローフィスは目に、した。
ローフィスの反応が無く、ついオーガスタスもディングレーも、彼を注視する。
ローフィスは無表情だったが、ぼそりと二人に問う。
「俺は、酔っぱらってるのかな?」
オーガスタスとディングレーは顔を見合わせると、オーガスタスが言った。
「実は俺もそれを、お前に聞こうと、思ってた所だ」
ローフィスが二人に振り向くと、ディングレーも自分もそうだ。と頷いた。
ローフィスは俯くと、ささやく。
「…ローランデが居なくて…ゼイブンが居て、ギュンターの姿が無いんだろう?」
ローフィスは顔を上げなかったが、ディングレーがぎくっとする気配を感じた。
が、オーガスタスは肩をすくめねる。
「だがアイリスも居ない」
ローフィスはそっ…と顔を上げて、教練から馴染みの友を見上げる。
ディングレーが横でつぶやいた。
「そうだな。ギュンターが連れ込もうとしても、ローランデが大人しく従う筈も無い」
ローフィスも、頷いた。
「絶対シェイルが喧嘩売る筈だ」
オーガスタスがぶっきら棒に言った。
「…仮に連れ込んだとしても、屋敷の管理はアイリスの管轄だしな」
三人は顔を、見合わせた。
ディングレーが、そっとつぶやく。
「…確かに俺も目を、疑ったが…」
オーガスタスもローフィスを見つめて、後を続けた。
「長年奴と付き合ってると、あれを見てゼイブンが心を入れ替えて息子の面倒見る気に成ったと、素直に思えないものなのか?」
ローフィスは顔を上げて二人を見、素っ気なく言った。
「無理だろう?だってゼイブンには、入れ替える心が、無い」
オーガスタスの大きなため息が、その場を、包んだ。
ローランデは気付けのアーフォロン酒の味に目を開けると、ギュンターの唇が離れて行き、その紫の透ける瞳が彼を、覗き込んでいた。
「………っ」
ローランデは顔を揺らして顔を、歪めた。
ギュンターが心配げに、覗き込む。
ローランデの、その青の瞳が、潤んでいたので。
「…………」
ローランデの言葉が聞き取れなくて、ギュンターは顔を、寄せた。
「?…何だ?」
ローランデは悔しくて怒鳴りつけたかったが、代わりにギュンターの首筋にしがみついて、やった。
ギュンターが、思い切り動揺しているのが感じられ、ようやくローランデは顔を、上げる。
「…約束…したな?」
ギュンターが今度は顔を揺らす番だった。
「君がしたのがどういう事か、解ってるのか?」
ローランデの声がまだ、掠れていて、ギュンターは切なげに眉を寄せる。
「…ゼイブンを、殴ったのか?」
ギュンターは顔を揺らしたが、一つ吐息を吐くと、ささやくようにつぶやいた。
「この場所を教えたのは奴で、自分なら我慢したりしないと俺を焚き付けたのは奴だが…。
それに乗ったのは、確かに俺だ」
ローランデの顔が泣き顔のように歪み、ギュンターは弱り切った。
「私に応える準備が出来たらそう言うと、君に約束した筈だ…!」
ギュンターは口を、閉じた。
「まだ、講義の途中なんだぞ?
君とこんな風に成って…意識せずに、いられるか?
講義の相手は…子供なのに!」
ギュンターは一つ吐息を吐いて、そっと告げた。
「どうせ俺は野獣なんだから…。ロクで無しと見下して構わない」
ローランデの顔がもっと歪んで瞳が潤み、ギュンターは思い切り、狼狽えた。
「…君にどれ程私が…世話になって恩を感じてるのか、解って無いだろう?
約束を例え破られたって…それ以上の恩を受けてる。
でも、だからと言って…左将軍…ディアヴォロスの依頼をこんな形で………!」
ローランデが泣き出しそうで、ギュンターはそっと、ささやいた。
「俺に抱かれるのがそんなに…恥ずかしいのか?」
ギュンターの問いに、ローランデは絶叫した。
「女のように抱かれて、恥ずかしく無い筈、無いだろう?!」
ギュンターは叫ばれ、切なげに眉を寄せるとローランデを見つめ、一つ吐息を吐く。
「気が済む迄殴って、いい」
「…それで気なんか、済まない!
…だって君とした後…私の様子が、変わるのは君だって良く、知ってるだろう?!」
ギュンターはさっき、自分の腕の中で深い快感に震えて今現在、素晴らしく艶やかで色気のあるローランデを目にしたものの、ささやく。
「…だがお前は剣を持ってると緊張感があるから、目立たないぞ?」
「慰めて、どうする!」
だが衣服をはだけ、白い胸と肩。そして腰を晒すローランデのしどけない情事の後の姿が、心から愛おしくて、ギュンターは切なげに眉を、寄せた。
「…衣服を付けるといつも、俺の事なんか知りもせず、気づきもしない男に戻るじゃないか」
ローランデは、わなわなと今だ真っ赤な唇を戦慄かせて怒鳴った。
「そんな訳、無いだろう?
大体…こんな大きな図体の男に射るように始終見つめられて、どうして無視出来る!
いっぱいいっぱいだから…オーガスタスもディングレーも察してくれて、庇ってくれているのに!」
ライオネスが言い争う声を耳に、白の飾り彫刻のふんだんに施された壁に囲まれる、小さな東屋に馬を進めるアイリスの後に、従う。
耳を済ますアイリスに、ライオネスがそっとささやく。
「賊が、潜んでいたんでしょうか?」
アイリスはライオネスをそっと見ると、眉を寄せて変な顔を、した。
「いや…。声に聞き覚えが、あるんだ」
彼は裏に回り、ノブに手を掛け、その戸が開いているのを知った。
この扉は外から鍵がかかり、そして鍵は、管理者が持ってる。
アイリスはそっ、と扉を開け、中を見て暫く固まった後、静かに告げた。
「…私とライオネスの二人がかりで連れ出されたく無かったら、自分から出てくれ」
ライオネスも馬から降りた後、アイリスの背から中を伺う様子を見せたが、室内を見る前にアイリスが戸を、閉めた。
アイリスが告げて間も無く扉の中から、ギュンターが姿を、見せる。
「……………。
どうして彼が、こんな所に居るんです?」
ライオネスはアイリスに尋ねたが、彼は怒りを抑えた様子で、憮然として言った。
「それを彼に聞きたいのは、私の方だ」
ライオネスはギュンターを見たが、いつも隙の無い猛々しい男がどうやら…項垂れているように見えて、我が目を疑った。
アイリスは厳しい目を、ギュンターに向けて言った。
「話は屋敷に帰ってから聞こう。
ライオネスと一緒に先に、帰っていてくれないか?」
殆ど、命令に近い口調で、ライオネスはギュンター相手にその言いようはまずいんじゃないか。とギュンターを伺ったが、彼は顔を揺らして返答に代え、ライオネスに、行こう。とその紫の瞳で促す。
ライオネスはギュンターのその金の髪を肩に垂らして俯く、珍しくしおらしい様子に、目をまん丸に見開いたが彼の後に従った。
アイリスはライオネスと並び去るギュンターの背を見、一つ吐息を吐くと、その後、すっ!と戸の影から姿を見せるローランデにそっと心配げな視線を向けた。
アイリスは、小柄なローランデにその長身を屈め、小声でつぶやく。
「私が、仲裁を務めるから…」
ローランデは少し顔をきっと上げ、アイリスの心配げな濃紺の輝く瞳を見つめ
「介抱して、やってくれ」
と掠れた声で告げた。
そしていきなり足早で後ろからギュンターに追いつくと、足音で振り向くギュンターの顔めがけ、思い切り拳を叩き込んだ。
がっ!
ギュンターが金の髪を散らし、仰け反って頬を腫らし、口の端に血を滴らせるのをチラと、ローランデは見る。
ライオネスは仰天し、アイリスが慌てて追いついてローランデとギュンターの有様を目にする。
が、ローランデはその青く澄んだ瞳にきつさを滲ませアイリスに視線を送ると、アイリスはギュンターにつぶやいた。
「…介抱してくれと、言われたが」
ギュンターはぺっ!と俯いて血を、吐き出すと、口を手の甲で拭って言葉を返す。
「必要、無い」
ローランデが、泣きそうな青の瞳を向け、怒鳴りつけた。
「足りないか?!」
ギュンターは顔を一瞬揺らすと、ぼそりと言った。
「アイリスに介抱させたいんなら、全然足りない」
アイリスがささやく。
「…私の問題じゃ無いだろう?
ローランデ。君の気は、済んだのか?」
ローランデは顔を揺らすと、アイリスを泣き出しそうな青い瞳で見つめ、怒鳴った。
「どれだけ殴ったって、気なんか、済む筈無いじゃないか!」
ライオネスが見ていると、ローランデが泣き出さないか、はらはらしているのは殴られたギュンターの方で、ローランデはアイリスを見つめながらとうとう、頬に涙を滴らせた。
アイリスもぎょっとしたが、ギュンターはもう、心臓に矢が突き刺さったみたいな情けない表情で労るようにローランデを見つめ、ローランデに振り向かれ、又怒鳴られた。
「そんな表情して見せる位なら、私を泣かせるような真似を、するな!
約束を破られて、どれだけ…!」
ローランデの声が涙で詰まり、ギュンターは端で見ても解る程、おろおろした。
ライオネスはそのギュンターの様子に、目をまん丸に見開いて心から驚き、アイリスは大きなため息を、吐いた。
「…今まで泣かせた事が、無いのか?」
アイリスがそっと、ギュンターに聞くとギュンターの声は平静に聞こえた。
「…およそ泣きそうに無い奴に泣かれると…ひどく傷つけた気分に成る」
アイリスがローランデの様子を目に止めて、つぶやく。
「ひどく…傷つけられたから、彼は泣いているんだろう?」
ギュンターは止めを刺されたように顔を揺らした。
そして抱き寄せようとローランデに腕を伸ばし、思い切り、振り払われた。
だがギュンターはどうにか、ローランデを泣きやませたいようで、更に腕を伸ばして払われ、また伸ばして、思い切り、その手をはたかれてようやく、ローランデに狼狽えた声でつぶやいた。
「…頼む。顔が変わる迄殴っていいから、泣き止んでくれ………」
ライオネスがその、とても情け無いギュンターの声にとうとう、肩をすくめた。
ローランデが、きっ!と振り向き、怒鳴り返した。
「…嫌だ…!殴ったって、堪えないじゃないか!」
アイリスが、その通りだと、頷いた。
「君に泣かれる方が、ずきずき心が、痛んでるようだ。
顔を殴られるより、ずっと堪えて見える」
ギュンターが、そう言うアイリスを睨むが、ローランデはやっぱり。と頷き、涙をぽろぽろ零して言った。
「お前を殴ったって、拳が痛いだけじゃないか…!」
ギュンターは頬をひっきり無しに伝うローランデの涙に、彼の方迄泣きそうになって、つぶやいた。
「…だって…お前は誇りを大事にしてる。
その…名を轟かせた剣士が泣いたりしたら、絶対恥ずかしいぞ?」
だがローランデは涙で溢れた瞳で叫んだ。
「お前が私にした事は恥ずかしく無いのか?!」
アイリスは、ローランデの横で、そっと言った。
「…子供達の前でしようと誘うくらい、厚顔無恥なんだ。
恥ずかしさなんて、ギュンターにある筈無いだろう?」
ローランデはそれを聞くと俯いて肩を震わせ、もっとぽろぽろと頬に涙を滴らせ、ギュンターは狼狽えきってアイリスに怒鳴った。
「もっと泣かせて、どうする!」
アイリスはため息混じりにささやく。
「でも、私が言ったのは単なる事実で、泣かせたのは恥を知らない君なんだけどな」
ギュンターは何とかローランデを慰めたいようだった。
が、ライオネスがぽん、と肩を叩く。
「気の済む迄、泣かせてやるしか、方法が無いだろう?」
ギュンターはライオネスを見ると、怒鳴った。
「…放っとけるか?!」
アイリスがジロリと見つめ、冷たく言った。
「ローランデがどれだけ泣くか見届けて、せいぜい良心の呵責に、耐えたまえ」
ギュンターは思い切り、顔を、揺らした。
「泣き止まなかったら、どうなるんだ?」
アイリスは、そのギュンターの情けない声音に振り向くと肩をすくめた。
「君の毛の生えた心臓が、止まり掛ける位痛みまくるだけだ」
ギュンターは真っ青に成って俯き、ライオネスも横からギュンターを見、泣いているローランデを心底参ったように見つめるギュンターに呆れ、アイリスにそっと告げた。
「…ひどく堪えるのは確かに、ギュンターの方のようだ」
アイリスは頷き、その刑罰からギュンターを救い出さないまま、ローランデの肩を抱いて、彼の気が済む迄泣かせる事に、した。
ギュンターはずっと、馬上でも落ち着かずにおろおろしまくり、ローランデを盗み見てはその涙がまだ滴ってるのに、心臓を抑え、俯いた。
ローランデは時々、馬に同乗するアイリスを見ると、アイリスはギュンターの様子に視線をくれて促し、ローランデは微かに頷いてまた、ぽろぽろと涙を、滴らせた。
その度、ギュンターは青く成り、周囲に解る程心を痛める様子を、見せた。
裏庭からこっそり屋敷の一室に入る迄に、ギュンターがげっそり見える程青冷めて、憔悴しきったのは言う迄も、無い。
ローランデを一人掛けのソファに座らせ、アイリスが様子を伺った後、召使いを呼ぶ紐を、引く。
ギュンターはそっと戸の側に立ったまま、ローランデの様子を伺った。
ライオネスはアイリスの横に静かに寄ると、また不審な事があればいつでも駆けつけると告げ、いとまを言い、アイリスは彼の背を見送った。
そして室内に目を、向ける。
ギュンターはソファの横に付き、ローランデの濡れた頬にそっ、と手を触れていた。
「…どうしたら…許してくれる?」
ギュンターの声が震えていて、アイリスが思い切り、ため息を吐く。
ローランデはまるで、抑えていた支えが解けたように涙を滴らせ続け、俯いて答えた。
「…君も、知ってる癖に…!
君に求められたりしたら、私は簡単に身を君に委ねてしまう…!
どれだけ恥ずかしいか、解らないんだろう?!」
ローランデが子供達の為に自分を保とうと努力しているのをアイリスは感じ、側に歩み寄り、ソファの横に膝を付いてローランデを覗き込むギュンターの背後で足を、止めた。
「…ギュンター。ローランデはちゃんと君に応える気はあるんだ。
待てないのか?!
第一、どうして彼との約束を破る気に成ったんだ?」
召使いがディングレーとオーガスタス。それにローフィスを室内に案内し、彼らは通された室内に姿を見せてその言葉を耳にし、呆然とした。
オーガスタスが、静かに言った。
「それは俺も、聞きたいな」
ギュンターはオーガスタスの声に一瞬気づいて身を揺すったが、振り向かなかった。
いつも朗らかな男が笑っていなくて、ローフィスもディングレーもついオーガスタスを見つめた。
真顔で、真剣で静かな眼差しだった。
アイリスが振り向く。
そしてオーガスタスには報告の義務があるとばかりに、事情を説明した。
ローフィスが見ていると、オーガスタスは眉を寄せた。
「…どうしてそんな場所に居た?」
オーガスタスの言葉はギュンターに、向けられていたが答えたのはソファに身を静め、俯いたままのローランデだった。
「…ゼイブンが、彼に教えた場所だと…ギュンターが言った」
ローフィスは、顔を片手で覆って大きなため息を吐くと、言う。
「…ゼイブンが焚き付け、ゼイブンが…君を呼び出したんだな?」
名が出た所で全部を察するローフィスに、オーガスタスもディングレーもが目を向けた。
ローランデは返事をしなかったが、アイリスがギュンターの表情を伺い、そうだ。とローフィスの見解が正しい事を、彼に振り向いて軽く頷き、保証した。
「…あいつを連れて来て、管理出来なかった俺の、責任だ」
つぶやくローフィスに、ディングレーが思い切り眉を寄せて怒鳴った。
「どうしてそうなる!勝手にギュンターが暴走したんだぞ!」
オーガスタスもローフィスを見つめて告げた。
「ギュンターの管理責任者は、俺だ」
ローフィスは二人に肩を、すくめた。
「…だがゼイブンをきっちり押さえて置けば今回の事は起きなかった。
俺のせいだろう」
ギュンターがようやく、ローフィスに振り向く。
「…俺が悪いに、決まってる」
そのげっそりし、青冷めきった美貌の男に皆が一瞬驚愕を浮かべる。
が、ローフィスは静かに言った。
「そんな解りきった事はどうでもいい。
爆薬の近くに発火物を置けば爆発するんだ。
爆薬と発火物の責任を追求したって意味が、無い」
ギュンターの、眉が寄り顔を激しく揺らすと怒鳴る。
「…だがローランデを泣かせたのは、俺だ!」
ディングレーとオーガスタスが見つめていると、ローフィスはそれでも顔色も変えずに続ける。
「それは君らの間の問題だ。
ローランデとマトモに付き合っていたんなら、誠実な彼が約束事を破った事が無く、例え口約束でもそれを重視すると、知っていた筈だろう?
それを、無視したんだ。
泣くのは、当たり前だ。
だがギュンター。
お前も約束を、滅多に無視しない男だ。
俺は、ゼイブンの口が上手い事も、奴のやり用につい乗っかる男達をも良く知っている」
ギュンターが顔を揺らす。
ディングレーがそっと、ローフィスを伺うと、ささやく。
「…本当にそこ迄、ゼイブンに責任があると思うのか?」
ローフィスが大きく、頷く。
がギュンターは俯くと、告げた。
「…あいつに焚き付けられようが、乗った俺の、責任だろう?」
オーガスタスが肩を揺らすと、ギュンターの覚悟を誉めた。
「自覚がそこ迄あるんなら、いい覚悟だがな」
アイリスも言った。
「した事は全然、誉められない。
だがギュンターの様子を私は知り尽くしていたし第一、ゼイブンを連れてきてくれとローフィスに頼んだのは、私だ」
直ぐにローフィスは肩をすくめた。
「つまり俺ならゼイブンを管理出来ると任されたんだろう?
期待を裏切って、悪かった」
ようやく、ローランデは俯いたまま小声で尋ねた。
「…ゼイブンの…責任を問う気か?」
ローフィスはそっと言った。
「今、君の思惑通りあいつは君の代理で、ファントレイユの稽古を付けている。
折角自分の責任だと、仕方なしでも息子の面倒を見ているんだから、稽古が終わったら呼び出して締め上げる」
ローランデはようやく、顔を上げてローフィスに、振り向いた。
「…ファントレイユの稽古を?あの、ゼイブンが?」
その青い瞳は潤んではいたが、見開かれていた。
ローフィスは腕組みすると、大きく、頷いた。
オーガスタスはたっぷり、ローフィスの持っていきように感心し、ギュンターは、やっと泣き止むローランデの様子に安堵して、泣きそうな表情でローフィスに感謝を滲ませ、ディングレーとアイリスは、さすが。と下を向いて吐息を吐いた。
建物の影から、ローランデはゼイブンが、自分と対戦した時のように引き締まって大層美形に見える真剣な表情で小さな息子と剣を交え、時にその手を止めて突きや振り方を教えている様を、見た。
ファントレイユがとても嬉しそうで、だがやはり父親同様、とても真剣な眼差しで、父親の言葉や動作を受け止めて必死で剣を、振っていた。
ローフィスはそっとローランデの横でささやく。
「君はあいつに、あいつのせいだから当分ファントレイユの講義はしないと、言ってやれ」
ローランデはローフィスを、見た。
ローフィスが頷き、ローランデもようやく、泣き顔を笑顔に、変えた。
途端、ギュンターが心底ほっとして、脱力しきったように肩を大きく落として吐息を、吐き出した。
それを凝視するディングレーとオーガスタスに、アイリスが説明した。
「ローランデに思い切り泣かれ、極刑を受けた男のように、哀れだった」
ディングレーもオーガスタスもが肩を揺すって笑ったが、余りの安堵に包まれたギュンターが彼らを睨む事は、無かった。
ゼイブンはファントレイユの飲み込みが早いのに舌を巻いた。
だが少し打ち合うと足が、もつれる。
ゼイブンが
「もっと足を、鍛えないとな」
と言うと、ファントレイユは荒い息を吐いて、つぶやく。
「ディアヴォロスに、そう言われた」
ゼイブンは頷いた。
「千里眼だと有名な、左将軍だからな」
ファントレイユは胸に手を当て、必死で息を整えてささやく。
「ローランデは息切れしても直ぐ、整う?」
ゼイブンは、頷いた。
「攻撃の時いつも息を、吐いてる?」
また、ゼイブンは頷いた。
「浅い呼吸はするな。息切れが激しい時は思い切り、吸って吐け」
ファントレイユは暫く試し、だが再び荒い息に戻った。
「一気に、しなくていい。少しずつ。だが毎日。
それでも少しずつしろ。
一気にすると、筋肉を痛めて余計に後退する」
ファントレイユはそっ、とゼイブンを見上げた。
「…ゼイブンも、少しずつ毎日、した?」
ゼイブンはそのブルー・グレーの瞳できらきら見上げる息子の瞳を見つめ、言った。
「暇が出来るといつの間にか、短剣を投げて的に当ててる。
今は暇つぶしで、癖に成ってる」
ファントレイユはゼイブンを、見上げた。
「どうしたら、足が鍛えられるの?」
ゼイブンは顎を上げた。
「誰を参考にしたい?」
ファントレイユは俯く。
「ギュンターやディングレーが凄く、男らしくて格好いいけど…」
言った後、すっと顔を上げて、とても真剣な眼差しでゼイブンに告げる。
「無理だと解っていても、ローランデみたいな足運びがしたい」
「なら岩山を飛び跳ねたり、ダンスをしろ」
ファントレイユがゼイブンを、たっぷりと見た。
ゼイブンは吐息を吐くと、つぶやく。
「アイリスとローランデはダンスの名手でそれは優雅で軽やかに、踊る」
「ギュンターや、ディングレーは?」
ゼイブンは肩をすくめた。
「男らしく、相手をリードする」
ファントレイユは、また尋ねた。
「平地を、走るんじゃなくて?」
「ああ。ローランデは足首も、柔らかい。
だからどれだけ体勢が崩れても、持ち直せる」
ファントレイユは、頷いた。
「岩山を飛ぶ時はなるべく、つま先で飛べ。
だが足を滑らせて、怪我はするな。
怪我をすると最悪だ。痛めてるとロクに、戦えない。
しょっ中喧嘩してどこか痛めてる、ギュンターの気が知れない」
ファントレイユが呆けた。
「怪我をしたらギュンターでも、負ける?」
ゼイブンは肩を怒らせて唸った。
「あいつは痛む神経が無いから、どこか痛めてても勝つ!」
「ゼイブンは痛くて、負ける?」
彼は息子の質問に、頷く。が思い直すと
「…キレてる時は、ギュンター同様痛みを感じないな。そう言えば」
ファントレイユも頷いた。
「僕も、かっと成ると、痛くない。でも後で最悪にずきずきする」
ゼイブンはたっぷり、頷いた。
「俺もお前もちゃんと、神経のある証拠だ。
覚えて置いて、なるべくキレても無茶しないようにしないと…後が最悪だぞ?」
「ゼイブンも、そう?」
聞かれてゼイブンは吐息混じりに、俯いた。
だがファントレイユの頭に手を乗せ、なぜて言った。
「鋭い突きと振りを、するように成ったな。
鍛錬を忘れず、足を鍛えて剣を毎日振り回してたら、それなりに大した剣士に、成れる」
ファントレイユは嬉しそうに、目を輝かせた。
「ディングレーもアイリスも、ちっとも真剣に相手してくれないけど、ローランデはいつでもちゃんと、相手してくれる。
少し扱えると、それに併せてもっと厳しく成るんだ!
ゼイブンの言ったみたいに…少しずつ。
痛めない程度に強く、だんだん強く、打ち合ってくれてる」
ファントレイユのその、目を輝かせる様子にゼイブンがそっと尋ねる。
「…ローランデが、好きか?」
ファントレイユはゼイブンが居ない時、馬の前に乗せて優しく抱き寄せ、甘えさせてくれた彼を思い出して、微笑んだ。
「すごく、優しくて強いんだ!」
それはゼイブンの問いの答えと違っていたが、そう言ったファントレイユの表情がかつて無い程生き生きとしてきらきら輝き、十分な返答だとゼイブンは思った。
テテュスは吐息を吐くと、今だ笑うシェイルを、見た。
ローランデも軽やかだけれど…シェイルは途中、屈んでお辞儀をしかねない位、戦ってると言うより、ダンスしてるみたいだった。
どれだけ剣を突き出しても、飛び跳ねられて逃げられる。
テテュスはとうとう、顎を上げて息切れを整えようと、剣を下げた。
隣のレイファスはもう、へとへとで、地面にへたり込んでつぶやく。
「言った…通りだろ?……シェイルを…甘くみると………」
首を垂れるレイファスに、テテュスも大きく、頷いた。
シェイルは寄って来ると、腰に手を当て、二人の顔を覗き込んで言った。
「…もう、降参か?」
レイファスが胸を押さえながら聞く。
「どうしたら…そんなに身軽に、成れる?」
シェイルは肩をすくめた。
「ローフィスと、短剣を投げ合いっこして遊ぶと、こうなる」
レイファスとテテュスは思わずぞっとして顔を、下げた。