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「アースルーリンドの騎士」別記『幼い頃』  作者: 天野音色
第三章『三人の子供と騎士編』
30/115

10 深夜の訪問客


 子供達は、テテュスの部屋の大きな寝台に潜り込むと口を開く間も無く、眠りに付いた。

もうここ数日は、いつもこうで、お休みなさいも言わずにいつの間にか眠り、気づくと朝だった。


アイリスはそっとテテュスの寝顔を伺うと、部屋を出ようとしてゼイブンが、戸口で腕組みしている姿を見つける。

「…あんた位強く成って、絶対生き残る…か」

アイリスはゼイブンにそっと頷く。

「手助け、してやるのか?」

ゼイブンの問いにアイリスがつぶやく。

「そのつもりだ」


アイリスに顎をしゃくられて、ゼイブンも部屋を後に、した。

横に並ぶゼイブンに、アイリスが告げる。

「ローランデが話が、あるそうだ」

ゼイブンは無言で、頷いた。


だが…。その居間ではオーガスタスとギュンターが、二人立ちすくんで睨み合っていた。

「…どうした?」

アイリスがそっと訊ねる。

オーガスタスの長身の後ろにはローランデが困惑したように隠れ、ディングレーがギュンターの横で諫めてる。


ゼイブンは部屋を見回したが、ローフィスとシェイルの姿が、見えない。

ディングレーが振り向くと、告げた。

「…シェイルがローフィスの寝室に泊まると言い、ローランデの寝室にギュンターが入る気で、言い争ってる」

ゼイブンの横で、アイリスががっくりと肩を落とした。

ゼイブンが問う。

「まずいのか?」

アイリスが、髪の間から顔を上げ、言った。

「まずいだろう?」

ゼイブンが肩をすくめる。

「だって餓鬼の前でする訳じゃない。

品良く二人で寝室に籠もるんなら、問題無いだろう?

第一ギュンターと来たら、とっ替えひっ替え相手が居たんだぞ?禁欲なんてどだい無理だ」


アイリスがオーガスタスを見るとオーガスタスは頷き、後ろのローランデに振り向くと彼を促して、間に挟むようディングレーは横に付き、ローランデを部屋から連れ出す。

「…おい!」

ギュンターが、その背に怒鳴るが、ディングレーが振り向き、深い青の瞳で押し止めるように見た。


ゼイブンは彼らが室内から出て行くのを黙って見守っていたが、アイリスは彼らに続き最後に戸口に手をやり、部屋に残るギュンターとゼイブンに振り向くと、ゼイブンに言った。

「…そう思ったら、君が、何とかしてやるんだな」

途端、それまで他人事のように見ていたゼイブンが血相変えて怒鳴る。

「俺に何とか、出来る訳が無いだろう!」


だが戸は閉まり、思わず駆け寄るギュンターが隣に並び、ゼイブンは彼を、見た。

ギュンターは糞!と、激しく手を振り降ろし、ゼイブンは黙った。

ギュンターがいきり立つように肩をせり出し、後を追おうとするその、腕を掴むと、ゼイブンは小声でつぶやいた。

「少し行けば酒場がある」

ギュンターが、唸った。

「酒は持って来てる!」

「そっちじゃ、無い」

「代わりに、なるか?他の誰かが!」


ゼイブンは自分より頭一つ程長身の、怒鳴る優美な猛獣の激しい怒りを感じて、ため息を、付いた。

「…だが寝室に押し入る手助けは出来ないからな」

ギュンターはもう一度

「糞!」

と怒鳴ったが、促すゼイブンに、従った。


ローフィスがテラスから何の騒ぎだったんだ?と、シェイルを連れて顔を覗かせ、ゼイブンは部屋を出かけて、彼に告げた。

「ギュンターと出かける。あんたは、ゆっくりしてくれ」

ローフィスは隣のシェイルをそっと、見たが、頷いた。




 月明かりが煌々と照らし出す馬上で、ギュンターはまるで口を、きかない。

絶対側には近づかないと決めた男との道行きで、ゼイブンは会話に困ったが、ついいつもの自分に戻った。

「…ローフィスの弟は近衛でディアヴォロスと一緒で、神聖神殿隊付き連隊所属のローフィスはたまにしか、機会が、無い」

ギュンターは俯き、黙ったままだ。

「…あれで…顔にも出さないが、凄く…想ってる」

ギュンターが大きな吐息を吐き、ゼイブンに振り向き怒鳴った。

「それで?俺が大人しくしてたら、ローフィスもシェイルも安心だってか?!」

ゼイブンは静かに頷いた。

「その通りだ」

ギュンターは、かったるい。と言うように、馬に拍車を掛ける。

ゼイブンが駆け去るギュンターの背に、怒鳴った。

「おい…!道案内の俺を置いて行く気か?!」

ギュンターの、声が響いた。

「どうせ、この先だろう?!」


だが着いた酒場と、その前の広い馬場は大騒ぎだった。

馬を降りようとした時、ランプの吊された木々に囲まれたその場所に人が数人、悲鳴を上げて店から飛び出して来る。

ギュンターが馬上で怒鳴った。

「どうした!」

だが店からいかにも大柄で人相の悪い男達が、女の手を掴み、逃げ出す人々を蹴立て、出て来る。

「嫌!放して…!」

見ると他の男も女を引っ立てていた。

その内の一人が美人で、ギュンターより先にゼイブンが馬を降りる。

その素早さに、今度はギュンターがその背に怒鳴る。

「おい…!」

ゼイブンはいきなりのし歩く男達の前に立ち塞がり、進路を阻むと怒鳴った。

「何してる…!」

腕に掴まれた女が、顔を歪め、叫んだ。

「助けて…!」

男は乱暴に女を揺すって黙らせると、ゼイブンをにやにや笑って見た。


「どけ…!へなちょこの色男!

それとも俺に、斬り殺されたいのか?」


男が全部で六人。

ゼイブンはさっと数え、内の三人がそれぞれ女を捕まえ、さらおうとしてるのを目に、止める。

背後にギュンターが、闘気満ちる迫力で、静かに立つのを感じた。


「…女は嫌がってる。放してやれ」

ゼイブンがそっと言うと、だが正面の人相の悪い男は周囲の男達に笑いかけた。

「俺達に、命令する気でいやがる!」

別の男が言い、正面の男がゼイブンに向き直り、目を剥いて怒鳴った。

「どけ!」


正面のごろつきはなかなか大した迫力だったが、ギュンターが見ていると、ゼイブンはすっ、と背筋を伸ばした。その端正な横顔は動揺も無いが、怒気すら無い。

「…可哀想だと、思わないのか?

抱く気なら、嫌がる女相手は…彼女達に取ってはただの、暴行だぞ?」


男はへっ!と笑った。

「酒場の、女だぞ?」


ギュンターがそっ、と伺うと、ゼイブンのその表情は悲しげにすら、見えた。

その腕を、乱暴に男に掴まれた、綺麗な女の歪んだ泣き顔が、堪えてるみたいに。


「関係、無いだろう?女は女だ」

その声は、静かだった。

ギュンターはまどろっこしく成ってさっさと喧嘩を売りたかったが、ゼイブンはしつこく、自分と居ると、厄介事に巻き込まれて嫌だと怒鳴るのを散々聞いていたので、俯き、短いため息を吐いて仕方無しに、大人しくしていた。


男達は、大声で笑った。

「面が綺麗でもあっちの方で役に立たなきゃ、意味無いんだよ!色男さん達よ!

どうせ、その面で女が寄って来るから、大層いい顔して見せてんだろ?

格好付けるのも大概に、しろ!

やる事ぁ俺達と、どうせ変わらないだろう?」


「…達?」

ゼイブンが、眉を寄せる。

そして思い出したように、斜め後ろのギュンターに振り向く。

確かに派手な金髪で長身の、目立ちまくる美男だ。

ゼイブンは頷き、男達に告げる。


「そりゃ俺は柔な色男に見えても仕方無いが、この男は近衛の隊長だ。

こう見えても、勇敢極まりない。

敵に回していいのか?さっさと女を放せ!」


ギュンターは、自分をネタにして説得するゼイブンに思い切り呆れて深く俯く。

が、男達の目の色が、変わる。

「…近衛の?」

「しかも、隊長か?」

ゼイブンが、おや?と連中を、見る。


「はったりだろう?」

一人が言い、ギュンターがとうとう堪忍袋の尾が切れ、怒鳴った。

「はったりじゃ無い!」

肩を怒らせて怒鳴るギュンターが総毛立つのを見、ゼイブンは彼がここで喧嘩して、憂さを晴らしたいんだと解った。


「…本当に隊長なら…」

「仕留めりゃ、親方に大金を、貰える」

「本当に、近衛の隊長なんだな?」

ギュンターはゼイブンを見た。

「言っとくが、俺は巻き込んで無いからな。

先に奴らに突っかかったのも、俺を近衛だとバラしたのもお前だ!」

ゼイブンはギュンターを、じっ、と見た。

「一人で六人は、軽いだろう?」

ギュンターはぐっ!と怒りが登って来た。

「で、お前は女を助ける役か?」

当然だろう?とその、明るいグレーに近い栗毛の軽い色男が頷き、ごろつきより先にこいつを殴ろうかと、ギュンターは思った。

が、男達が剣を抜き始め、ギュンターは唸った。

「死にたくなけりゃ、鞘に戻せ。抜いたら命の保証はしないぞ!」


ゼイブンはそっ、とギュンターの側を離れ、ギュンターは剣を持ったまま取り囲み始める男達に視線を送り、自分を残して離れていくゼイブンに舌打ったが、剣をすらりと抜いた。

「どうしても剣で、やりたいのか?」

ギュンターが静かに尋ねると、正面の一番でかい男は汚い髭面で、笑った。

「仕留めるってのは、普通剣を使わないか?」

へらへら笑う男達の手元を見つめて、ギュンターは疑問視する。

「…お前ら本当に剣が、使えるのか?」

ギュンターが言うと右端の男が斬りかかり、ギュンターはさっと避けて、足を掛け転ばした。


ずどん!

凄い音で、マトモに転んだ様子だった。

ギュンターのぐるりを男達が囲み、ゼイブンはそれを見、小声でつぶやく。

「…まるで猛獣狩りだな」


酒場の店の前で賊の一人が、捕まえた女三人を右手で一人、左腕で二人の腕を抱え込み捕まえていて、女達は一生懸命その男に蹴りを入れていた。


ゼイブンが真正面に立って、にっ!と笑い、男がその笑顔に気を取られた隙に腹に一発喰らわすと、男は途端膝を折り、二人の女が手を放されて必死で逃げ出すが右手で掴まれた、ゼイブンが気に止めた一番美人の黒髪の女だけが、放されず捕まったままで、彼女は必死に掴まれた手を引き泣き出しそうだった。


「…しつこいな」

ゼイブンが、屈む男の腹に蹴りを入れようとした時背後に気配を感じ、咄嗟に体を前に屈めて後ろから襲いかかる男の腹に、後ろに肘を入れてふっ飛ばす。

「…何で、こっちに来てるんだ?」

体を起こしながら見ると、ギュンターを囲む男は四人で、一人は体を起こしてヨロめき、他はまるで猛獣をからかうように剣を突きだしては引き、ギュンターから間合いを取ったままでギュンターの怒りを更に、煽っている。


が、ゼイブンが視線を逸らせた隙に、男は女を引っ立てて走り出していた。

「…この…野郎!」

後ろからその背に、蹴り入れようと足を振り上げた時、後ろからさっき肘を入れた男が抱きついて来た。

「…女と、間違えるなよ!」

ゼイブンがきっちりキレて、膝を垂直に曲げると、後ろの男の股間目がけ、思い切り蹴った。

「うがっ!」

男は股を押さえ、もんどりうって地面に転がる。

女を引っ立て、逃げ去る男の右肩にゼイブンは短剣をさっと投げる。

「あっ!」

男が右肩を押さえて女を放す。

女が放されて振り向き、こちらにそのつぶらな黒い瞳を向け、駆け始めた。


ゼイブンは思わず両手を広げて彼女を迎えたが、彼女はゼイブンの少し前でいきなり向きを変え、横の酒場の戸口へ飛び込み、彼女の姿は中へと消えて、扉が閉まった。


「…………………………」

ゼイブンは、両腕広げたまま暫く固まった。

が、戸が再び開く様子無く、がっかりして肩を落とすと戦うギュンターの方へ視線を、投げた。


一人がばっさり斬られて足元に転がり、だが残りの三人は用心してギュンターに迂闊に近づかず、ギュンターのイラ立ちは頂点で怒鳴ってた。

「逃げるか斬りかかるかしろ!この腰抜け!」


ゼイブンは俯き、ため息を吐いた。

剣を手に持つギュンターはもう美男に見えずただの野獣で、怒鳴ったりしたら余計相手がひびるじゃないか。と俯くが、自分が始めたんだと、顔を上げた。


ざっ!ざっ!

二本投げ、ゼイブンに近い男二人が右肩に手を当て、思わず握る剣をその手から落とす。

ギュンターが短剣が投げられた方向に顔を上げ、そのとぼけた色男を、見た。


ゼイブンはギュンターに見つめられて肩を、すくめる。

「後もう一人斬ったら、気が済むだろう?」


だがただ一人剣を構えた男は、残り自分一人だと解るといきなり剣を放り投げてとっとと逃げ出し始める。

ギュンターはそれを見て、男の背に怒鳴りつけた。

「…おい…!ここ迄人を煽っといて、それは無いだろう?!」

ギュンターが素早く剣を鞘に戻すと、追いかける。

それを見てゼイブンは肩をすくめた。

「どうしてローランデじゃない男の尻を、追いかけたいんだ?」

だが俊速のギュンターは直ぐに追いつくと、男の襟首を後ろから掴み、振り向かせ様拳を振り上げ、顎に殴り入れた。

がっ…!

男はもんどり打って土の上に、倒れる。

ゼイブンが見ているとギュンターはさっと肩を起こしさっさと歩み寄ってゼイブンの前迄来ると、真横に転がり、股間を押さえて立ち上がろうと試みる賊の背を、乱暴に足で踏み倒して怒鳴った。

「目当ては奴の尻じゃ無いぞ!」


ゼイブンはあのさ中自分の軽口を聞いていたギュンターに、呆れた。

が、ギュンターはゼイブンの顔をたっぷり見、皮肉に、笑った。

「…女はお前より、酒場の中の男が良かったって?

助けたのはお前なのにな!」


ゼイブンは思わず顔を下げると、つぶやく。

「見てたのか?」

ギュンターは思い切り笑って、俯くゼイブンを覗き込んだ。

「当たり前だ!一番の見物だろう?

目の前で弱腰どもが慣れない剣を振ってようが、見逃せるか?」

ゼイブンは俯いたまま、吐息を吐き出した。

「笑ってたな?」

ギュンターは更に体を屈めて俯くゼイブンを覗き込み、口の端を上げて笑って見せた。

「最高に、愉快だったぜ!」

ゼイブンは思い切り笑う美貌の野獣をチラと見るが、いきなりさっと顔を背け、ギュンターを避けてさっさとその場を離れ、酒場の扉を開けた。


中では荒らされた店内で、額が血だらけのぐったりした若い男を抱きかかえる彼女が泣いているのが、真っ先に目に入る。

ゼイブンが後ろに続くギュンターに、振り向かず声をかけた。

「…近衛じゃ傷は日常茶飯事で、いい傷薬をみんな持ってるんだろう?携帯して無いのか?」

ギュンターが自分より頭一つ程低いゼイブンの背に向かい、怒鳴る。

「いつも、俺を頼るんだな!」

ゼイブンは振り向き、顔色も変えずに続ける。

「アイリスの気持ちが良く、解るだろう?」

ギュンターは眉を思い切り寄せていたが、懐から皮袋を取り出して手渡し、厳しく言った。

「ローフィスの気持ちもな!」

だがゼイブンは頷き、革袋を受け取ると、彼女の横で屈み、そっ、と女の肩をその袋で叩き、顔を上げる彼女に、見せる。


女は泣き顔を上げ、それを白い、華奢な手で、そっと受け取った。

ゼイブンは見つめるその女につぶやく。

「傷薬だ。塗ってやれ。

見た目はひどいが、たいして切れて無い。

頭を打って脳しんとうを、起こしてるんだろう?」


彼女はそのとても柔らかな印象の髪と瞳の色をした、優しげで魅力的な微笑みを向ける美男を見上げた。

「…お礼を…」

だがゼイブンはささやく。

「彼の手当てが、先だ」

彼女はこっくり頷くと、革袋から塗り薬を取り出し、彼の額の切れた傷に塗り始める。


ゼイブンは荒れた店内を見回したが他に狼藉者の居る気配は見られず、店内の男達は皆どこか傷付いて椅子に座り込み、嵐が過ぎ去ってやれやれと傷を押さえていた。

ゼイブンはそっと後ろに顔を向けて、ギュンターを店の外へと、促す。


酒場を出るとギュンターが唸った。

「彼女から、本当は礼が、欲しいんじゃないのか?」

ゼイブンが素っ気なく言った。

「害虫を片づける方が、先だ」


だが月明かりに照らされた薄暗い馬場を見ると、男達はギュンターが切り捨てた男を一人残しその場を逃げ出し始めていて、黒い群を成して月明かりの下、なだらかな丘の向こうへと遠ざかって行った。

横たわる、その重症の呻く男を二人は囲み、見下ろしながらゼイブンがギュンターにささやく。

「…殺して無いのか?大したもんだ」

だが返答するギュンターの声は、少し掠れていた。

「…殺すつもりだったが、一瞬手が、滑った」

ゼイブンは顔を上げると、ギュンターを真正面から見つめた。

「……それでも、隊長か?」

ギュンターが、見つめられていきなり怒鳴った。

「殺してないと誉めたのは、どこのどいつだ!」

ゼイブンは肩をすくめた。

「手加減したと思ったから、誉めたんだ。

し損じたんじゃ、ただの手落ちだ」


ギュンターの眉が思い切り、寄る。

「人を厳しく批判出来る立場か?!

俺が取り囲まれた時、猛獣狩りと笑って逃げたのはどこのどいつだ!」

ゼイブンはギュンターから顔を背けた。

心の中で思い切り、まずい。と舌打ち、が向き直り言った。

「聞き間違いだ」

ギュンターは即答した。

「俺の耳は確かだ」

ギュンターが、怒気籠もる真顔で真正面から睨み、ゼイブンは思い切り顔を下げて、頷いた。

「聞き逃してくれ」

ギュンターが顔を寄せ、傾ける。

「それは、お願いか?」

ゼイブンは顔を上げると、真顔で言った。

「聞いて、くれるか?」

ギュンターの眉が、寄った。

「…仕方無しだがな」

ゼイブンはギュンターにくるりと背を向け、内心猛獣が牙を引っ込めてくれた事に安堵の吐息をこっそりと吐き出し、だが素っ気なくつぶやいた。

「良かった」


が、途端ギュンターに背を後ろからどつかれて前のめりによろけ、咄嗟に振り向き怒鳴る。

「おい…!聞き逃すと言って置いて、それは無いだろう?!」

瞬間ざっ!と矢が地面に突き刺るのを見、ゼイブンは瞬間目を見開き咄嗟に体勢を立て直し、さっと駆け出し、隣に駆けるギュンターと並んで同時に茂みに飛び込んだ。

馬場を伺うと、倒れていた重症の男に矢が二本刺さり、男はがっくり首を垂れて事切れた。

見ると逃げ出した男達らしい影が丘の麓に月明かりの元、黒く伺い見える。

別のもっと偉そうな男に連れられ、十四・五人程の影が、かなり離れたその場所からこちらを狙っている。

「…どうする」

茂み越しで伺いながら問う、ゼイブンの秘やかな声に、ギュンターが矢を放つ敵を睨み据えたまま、怒鳴った。

「俺を近衛の隊長だと、バラすからだ!」

「あんた目当てか?それとも…」

ゼイブンが心配げに、酒場に目を向ける。

ギュンターが気づいて振り向き、低く唸る。

「両方だろう?」

ゼイブンは、ため息混じりに頷く。

「そうだな」


「馬に乗って援軍を呼びに行け!」

ギュンターの言葉にゼイブンは彼を見た。

「あんた一人じゃ、あの数は手に負えないだろう?」

ギュンターは忌々しげに舌打つと、ゼイブンを見つめ怒鳴った。

「俺が行ったら奴ら、付いて来るぞ!

俺の金髪は月明かりでバレバレだ!」

ゼイブンはその輝く髪の色を、見てつぶやいた。

「…いい案だ。少なくとも奴らを二分出来る」


ギュンターがそう言うゼイブンをじっと見た。

「残って酒場の連中を、一人で護る気か?」

ゼイブンは笑った。

「どっちの数が多くても、恨みっこ無しだぞ?」

ギュンターが素っ気なく言った。

「その言葉を、絶対に忘れるな」


言うなりゼイブンにさっと背を向け、ギュンターは茂みを伝うと、繋いだ馬の側迄忍び行く。

見るとごろつき達は、もう近く迄来ていた。

ざっ!

途端、ギュンターが馬に乗って駆け出した。

弓持ちが、弓を引いて背後を狙ったが、放たれた矢は月光の下、振り返り様弧を描くギュンターの剣で叩き落とされた。

男達はざわめく。

そして屈強な体格の、ごつい面構えの五人が馬に乗り込み、駆け出した。


「………10人?」

残った数に、茂みの中のゼイブンは眉を寄せたが、仕方ないとため息を一つ吐くと、身を屈めて茂みを伝い、酒場の戸口が見える位置へと移動した。

短剣で済めばいいが、いざと成れば剣で斬り込むしか、方法は無い。



 ギュンターは振り向く。

弓使いは居ず、ごつい男が五人、馬に跨り付いて来る。

「…ゼイブンがちゃんと、言った事を覚えてるといいが…」

ギュンターは月明かりの中身を屈め、疾風のように駆け出した。

男達が速度を上げるのが解った。

が、ギュンターは鞍から腰を浮かせて馬への負担を減らし、膝で体を支えて体を浮かせたまま、鞭を軽く入れると、更に頭を、馬の首の後ろに隠れる程低く下げ、速度を上げた。


その一本道を駆けて行くと直ぐ、アイリスの公爵領の巨大な木門が目に、飛び込む。

立派な、鉄の錨の打たれた木門は閉まってる。

ギュンターは門の前で馬から飛び降りると、門を思い切り蹴って門番を呼んだ。


三度蹴ると門の向こうで、慌てて駆け寄る人の気配にギュンターは怒鳴る。

「開けなくていい!

直ぐそこの酒場で、ゼイブンが戦ってるから援軍を寄越せとアイリスに告げろ!

屋敷まで、絶対馬で行け!一刻を争うからな!」

門の向こうで、声がした。

「旦那様は…?門を開けなくてもよろしいんで?!」

「開けるな!今から戦闘だ!」

「は…はい!」

ギュンターは再び馬に乗ろうとしたが、月を背に、四人の男が馬の足を止め、馬上からこちらを伺っているのを目にした。

ギュンターはそっ、と馬の尻を叩くと、自分の馬を門の脇へと逃がした。

馬は門を伝って走り、やがて門を囲む茂みの中へと姿を消して行った。


男達は馬を降りながら、つぶやく。

「馬を逃がすなんざ、さすがに近衛の隊長だな。

逃げ出す気は無いか」


酒場の馬場で取り巻いてた、ロクに剣を振った事の無いへなちょこ共とは違い、どうやら剣を扱い慣れたその荒くれ者達に、だがギュンターは眉を寄せて言った。

「本当に、近衛の隊長を仕留めると金が貰えるのか?」

四人の男が馬を降り様、剣をぎらりと抜き、つぶやく。

「本当に、貰える」

だがギュンターは五人居た男の内一人が消えているのに、気づいた。

「…一人は逃げ出したか?」

男達は、笑った。

嫌な予感がした。

が、今は門を背に、剣を抜くしか手は無かった。




 ゼイブンは男達がまだ、酒場を襲う様子が無いのを伺った。

が、最悪な事に、駆けつける男の数がどんどん増えて来る。


10人程度だった筈が、一人増え…そして二人……終いに、二十人を超えて三十人近くになり、それでもまだ増えていきそうな気配に、これはヤバく成ったと心の中で思い切り、舌打った。

いよいよ酒場に乗り込み、女を拉致する気かと身構えた所で馬に乗った男が、駆け込んで来た。


月明かりで顔が殆ど影に成って見えないが、頭領らしい大柄で威圧ある男に何か告げ、男が低い声で取り巻く男達に命を下すと、いきなり殆どの男が一斉に慌ただしく、馬に乗り始める。

ゼイブンは暫く、呆然とその様子を伺っていたが、結局残った男は六人程で、ゼイブンは短剣の数が足りると、ほっと安堵した。

が、一人が油を、袋から戸口に垂らし、一人が店の周囲に吊られたランプを外すのを見て血相変えた。

焼き討ちにする気だ。

ゼイブンは油を撒く男の腹に短剣を放った。ランプを降ろす、男の肩にも。

ほぼ一瞬で離れた二人が呻いて倒れ、他の男達はどこからそれが飛んだのかと慌てて見回す。


ゼイブンは茂みに隠れながら見えない敵を走って探す、一人の男の腿に投げ、剣を抜き身構える、別の男の右肩深くにも短剣を放った。

二人が刺さった場所を押さえて体を折ると、残りの二人が周囲を必死で見回す。

ゼイブンはそっと茂みを伝うと、少し遠い方の男の腿に狙いを定めて、放つ。


が、手前の男が走り寄るとそのランプの灯りで銀に光る短い閃光を、剣で叩き落とし、ゼイブンは間髪入れずにその男の脇腹に放った。

男は剣を放して呻いて倒れ、残りは後、たったの一人だった。


男は剣を抜いて、喚いた。

「卑怯だぞ!出てこい!意気地無しめ!」

持っている剣をひゅっ!ひゅっ!と振り、どこから飛び出すか解らない短剣の代わりに、空気を切り裂きながら叫び、ゼイブンはその男の剣が泳いだ隙を付くと腿めがけて投げた。

「がっ!」

男は腿を掴んで顔を、歪め、倒れた。

ゼイブンはそっ、と茂みから姿を現し、痛みに呻く男達を見て、つぶやく。

「何が卑怯だ…。てめぇの事は棚上げして!」

そして酒場の扉をどん!と蹴ると、中の人間に怒鳴った。

「手を貸してくれ!悪党を縛るのに!」


酒場の男達がそっ、と顔を出し、外に倒れる男を見て、慌てて縄を取りに行った。

二人の男が傷を負うごろつきを見下ろし、殴る。

「武器を全部、取り上げろ!靴の横とか腹の中にも隠してるから、ちゃんと見ろよ!」

ゼイブンが叫ぶと、酒場の男達は頷いた。

ゼイブンはやれやれと吐息を吐くと、盗賊共の去った公爵領の方向をそっと見てぼやいた。

「……ギュンターがちゃんと、俺の言った事を覚えてるといいんだが」



ざっ!

ギュンターが剣を振りかぶると、相手の男が青冷めた。もう二人が足元に、転がっていた。

「…なあ…まだ俺を、仕留めたいのか?」

ギュンターが嗤うと、残った二人の男は背筋に冷や水掛けられたように、ぞっ、とした。

金髪の美男が、月明かりに顔の半分を影にし、獰猛な猛獣のように、嗤ったからだった。


一人の剣を握る手が、ぶるぶると震える。

ギュンターはそれに気づき、剣を、下げた。

「死にたくないんならとっとと逃げろ。俺は手加減が苦手だ。

それとも本当に近衛の隊長がたった四人で仕留められるとでも、思ってたのか?

…だいたい隊長を殺って賞金貰おうなんざ、どれだけ無謀で馬鹿げてるか考えた事が、無いのか?

俺でさえ、同僚の隊長を殺れ。と命令されたら『考えさせてくれ』と言うぞ?

第一俺ならもっと楽な金儲けを考えるがな。

命が無くなったらそれも出来ないが、どうする?」

言われてだが、男達は立ち去る様子も、剣をしまう様子も見られず、ギュンターは不審に思った。

その時門が、開く。


きぎい…と大きな軋む音と共に馬の駒音がし、ローフィスとシェイルが馬上で姿を見せ、一瞬月明かりに浮かぶギュンターとその足元に転がる死体。そして対決するごろつき二人に視線を送るが、大丈夫そうだと確認すると二騎はそのまま、彼らの脇を猛スピードで飛び去って行った。


「…愛想無しだな」

ギュンターはぼやくと、二人の男に怒鳴った。

「これ以上付き合えないぞ!」

そして、斬りかかる。



シェイルが、叫んだ。

「ローフィス!」

ローフィスはシェイルの視線の先を、見る。

煌々と照る月明かりの下、公爵領を取り囲む小高い丘のような石塀の一部の破損場所から、かなりの数の男達が中へ続々と侵入する様子が見えた。

そして気づいた男の一人が、溝を挟んだ公道に居る二人に向かって弓を、構える。

狙い飛ぶ、大きな弧を描く矢をローフィスは咄嗟に剣を抜き様凪払い、シェイルに怒鳴った。

「屋敷に、戻って知らせろ!」

シェイルは頷くと、馬の首を元来た方向に向け、一気に駆け出して行った。



「ぎゃっ!」

残った一人の背を斬り、ギュンターは眉を、寄せた。

「剣を向けといて、土壇場でどうして背を向ける?

これじゃ俺は卑怯者扱いされるじゃないか!」

シェイルが馬で駆け込み怒鳴った。

「…死んだ奴に文句付けてる場合か?乗れ!

奴ら、屋敷に入ってる!」

シェイルはしかし速度を全く落とさず、ギュンターは横に飛び込む馬の鞍を走り寄って掴むと、地を蹴って飛び乗った。

腰にギュンターの腕が回るのを見て、シェイルはぼやいた。

「…落ちないんだな…」

その言葉を耳に、ギュンターが瞬間沸騰して怒鳴った。

「乗れと言って、落とす気だったのか?!」

シェイルは、そこまで陰険じゃないぞ。と、怒鳴り返す。

「乗り損ねて、落ちると思っただけだ!」

ギュンターが、腹の底から怒鳴った。

「同じ事だ!俺が無様に落ちるのを見て、笑う気だったろう?!」

が、シェイルは知らんぷりを決め込み、振り向かない。

「…大概図星だと、認めろ!」

後ろから迫るギュンターに、シェイルは思い切り突っぱねた。

「笑い損ねて機嫌が悪いんだ!」

ギュンターは思い切りぶすったれた。

「そうだ、ろうよ!」



少し走ると、シェイルは庭の灌木の間から黒い人影が、屋敷に続々と向かう様を目に、拍車をかけた。

後ろにでかい男を乗せて速度が上がらぬ上、このだだっ広い公爵領の庭から屋敷迄は、かなりの距離があったので。

「ミュス…。重いだろうが、頑張ってくれ…!」

そのシェイルのつぶやきに、ギュンターは馬を、見た。

シェイルの馬は彼に似合い、小柄で機敏だった。

ギュンターは、今更体重を落とす訳にもいかないと、シェイルの腰を抱いたまま、腰を浮かして馬を、労った。



ざっ!

ローフィスが酒場の前へ馬で駆けつけると、ゼイブンが縛り上げた男達の前で、笑って出迎えた。

「ギュンターは俺を、恨んでたか?

あっちはさぞかし多かったろう?」

が、ローフィスは馬上から怒鳴った。

「さっさと馬に乗れ!

ギュンターの相手はたったの四人で、その多人数は今、屋敷に侵入してる!」

ゼイブンは血相変えた。

「…!あの…害虫ども!」

そしていきなりローフィスの馬に駆け寄り、鞍に手を掛けさっ、と後ろに飛び乗って馬の腹を蹴り様、後ろに向かって叫ぶ。

「俺の馬を預かってくれ!」


酒場の男達が頷くのを、確認する間も無く馬は駆け出し、ローフィスは慌てて馬の首を屋敷に向けた。

ゼイブンはローフィスの腰を抱いたまま馬の腹を蹴り続け、ローフィスがとうとう叫んだ。

「ゼイブン!俺の馬だ!」

ゼイブンが怒鳴り返す。

「だから?!」

「腹は俺が蹴る!」

「…どのみち急ぐんだ。別にいいだろう?」

ローフィスは、ちっ!と舌打って、はすに後ろを見た。

「どうして自分の馬に乗って来ない!」

「こっちの方が早いからに、決まってる!」

だがゼイブンはまだ馬の腹を蹴り、激しく速度を上げる馬に揺られながらローフィスはつい、唸った。

「…俺は野郎なんだ!何で抱きつく!」

ゼイブンは揺れまくる馬上で、しっかりローフィスにきつく抱きつく、自分に気づく。

「馬から、落ちたくない」

「俺だってシェイル以外の野郎はごめんだ!」

「連れないな」

「お前が言っても全然可愛くないんだよ!」

「何でもいいから急いでくれ!」

ローフィスは歯を喰い縛った。

「糞…!」

今度はローフィスが馬の腹を蹴り、馬は白煙を蹴立てて、怒濤のごとくに駆け去った。



「旦那様!玄関に狼藉者が…」

アイリスは階段を駆け下り、転げるように知らせて来る召使いに向かって叫ぶ。

「皆を奥に避難させろ!一人も零すな!

敵に会っても、絶対逆らうんじゃない!

例え家宝を取られてもだ!

一人でも死んだら、首にするからな!」

侍従長が、頷く。


「アイリス!」

オーガスタスも剣を持って階段から駆け下りて来る。

ディングレーはもう、玄関で押し入ろうとする男の一人を斬っていた。

アイリスが駆けつけるとディングレーの背に、叫ぶ。

「ローランデは?」

ディングレーが怒鳴った。

「とっくに、外だ!俺は出遅れた!」

オーガスタスが、続こうとするアイリスの肩を掴む。

「お前は屋敷の中に、居ろ!」

アイリスは頷く。


オーガスタスが扉を閉めて庭に飛び出ると、次々に沸いて出るように男達が暗がりの庭の茂みから、灌木の影から飛び出して来る。

「どっから沸くんだ?!」

オーガスタスは突進し、剣を振りかぶる男の前で思い切り身を屈めて突っ込み、相手の腹に拳を、叩き込む。

目前の男が吹っ飛んで間も無く、後ろから剣が肩を掠め、体を捻って避け様右手に持っていた剣をざっ!と振り下ろす。

男は血を吹いて、仰け反った。


ディングレーが剣を向ける男の正面に滑り込み、振り被る相手より先に剣を振り下ろして一気に、斬り捨てた。


ローランデは二階へ上がる、テラスの脇の外階段に列を成す男達の群の中へと、突っ込んで行った

短い呻き声が次々にし、階段の前のその男達を掻き分けるように斬り、進む。

瞬時に銀の閃光が走ると、男達は肩を胸を、脇を斬られて押さえ、あっという間に六人程が、しゃがみ込む。


ローランデは階段を駈け登ろうする男達をも、掻き分けるように進みながら、一人、また一人。

ローランデが進む毎、瞬間煌めく銀の閃光が、目に止まらぬ早さで光ったと思うと、男達は凪ぎ倒されるように傷を押さえて倒れ伏す。

ローランデは上に居た階段を登る男が、後ろから聞こえる呻きに振り向き、咄嗟に剣を振りかぶるのを見たがそのまま突き進んで男の横に剣を鮮やかに、振る。

瞬間、男は切り捨てられて剣を手放し壁に倒れ、ローランデは歩を止める事無く階段を駆け登って行った。


ざっ!

シェイルが馬で駆けつけると、ギュンターは直ぐに飛び降りる。

ディングレーが、剣で敵を迎え撃ちながらギュンターに向かって叫ぶ。

「ローフィスは?!」

ギュンターは剣を抜き様、怒鳴る。

「ゼイブンを迎えに行ってる!」

ディングレーは頷き、襲いかかる剣を、受けた。


かん…!

ギュンターは、後ろから襲いかかる敵を振り向き様、一気に剣を振り下ろし斬った。

外れたものの、相手は肩を押さえて下がった。

背後から襲い来る卑怯者。と、ギュンターに凄まじい瞳で睨まれ、傷を負った男は怯え、蹌踉けながら更に後ろに下がると、大きなオーガスタスの背にどん…!と当たり、次の瞬間彼の肘で思い切り、背を殴られて倒れ伏した。

「怪我人だぞ」

ギュンターが倒れた男を見下ろしながらぼそりと言うと、オーガスタスは目前の敵と剣を交わし、火花を散らせながら、笑う。

「お前を怖がってたし、さっさと気絶した方が奴にとっても、楽だろう?」

ギュンターは親友のその言い草に、肩を、すくめた。



アイリスは避難した召使い達の、姿がすっかり消えたがらんとした屋敷の中で、がしゃんと言う音と共に、屋敷の西端の、廊下の先のガラス戸が破られた事に気づいて暗い廊下を走る。

アイリスが駆けつけると廊下の端から男が剣を抜いて走り寄り、すでに一人がその横の階段を駈け上がる姿を目に、寄り来る男に真っ直ぐ走りながら剣を、見えない早さで抜いて脇を掠めた。

相手は剣を振り下ろす間無くアイリスに斬られ、倒れる音が背後でしてもアイリスは振り向かずそのまま、階段を駆け上がる男の背を追った。


シェイルの短剣が、オーガスタスとディングレーが戦っている敵の喉と、胸に飛ぶ。

目前の敵が倒れ、オーガスタスは剣を下げ、ディングレーは肩で息を、吐いた。

「…邪魔した?」

馬上からシェイルがオーガスタスに聞くが、彼は笑った。

「いや?俺がでかくて相手にひびられ、なかなかかかって来なくてうんざりしてた所だ」

ディングレーも怒鳴った。

「そうだろう!これだから盗賊は嫌なんだ!

結局命が惜しいから、半分逃げ腰の中途半端だからな!」

向かって来た相手をあらかた倒し、足元に転がる死体を見つめ、ギュンターもぷんぷん怒った。

「命が惜しけりゃ、命乞いしろってんだ!」


だがシェイルが月明かりの中、暗がりから沸いて出て来る男達を見つけて怒鳴った。

「第二波が、来てるぞ!

暗いから、俺は止まってる相手しか狙えない」

シェイルが言うと、ギュンターが懲りずに走り来る、敵の数の多さにうんざりして唸った。

「いいから、屋敷に戻ってろ!」

シェイルはぼやいた。

「お前に庇われてもな」

ディングレーが、屋敷の入り口目指して飛び込もうと走る、男の正面に飛び込み、がっちり剣を、交えて怒鳴った。

「野獣が紳士的だなんて、滅多に無いぞ!」

ギュンターがその言葉に一瞬、苦虫噛んだような表情でディングレーを睨み、シェイルはそれもそうかと、肩をすくめる。

が、見るとローランデが二階の外階段から屋敷の中に、カーテンを払って姿を消すのを目に、馬の手綱を取って静める。

「…屋敷に幾人か、侵入したようだ!」

だがとっくにオーガスタスもギュンターも、新たな賊相手に剣を交えていた。


シェイルは馬の向きを変えて屋敷の玄関へと急ぐ。

入り口ぎりぎりで馬を駆け下り、風のように玄関階段を、駆け上がって屋敷の中に飛び込んだ。


シェイルが屋敷に入ると入れ違いのように、ローフィスが門の方から馬を蹴立てて駆けつけた。

が、ゼイブンは馬から飛び降りる成り、玄関へと突っ走る。

「…ファントレイユか?」

敵と剣を交えながら、ディングレーがその、血相変えて走る後ろ姿を見て、ささやく。

ローフィスも剣を抜くと、かかって来る敵の剣を受け止め、言い返す。

「多分な」

オーガスタスが相手の腕を捻り上げて足を掛けてすっ転ばし、笑った。

「あれで実は凄く、心配なんだな?」

ギュンターも、顔の横で襲う剣をがちっ!と音を鳴らし様受け、直ぐに剣を突き放して俊速で、振り下ろす。

ぎゃっ!と言う声と血しぶきを受け、ぼやいた。

「あれで、照れ屋だって?

野郎が嫌いだから愛してると言えないってのは、絶対嘘だな」

言って剣に付いた血糊を、思い切り払って拭う。

「ああ…」

ローフィスが言うと、交えた剣を、一瞬振り上げ、あっと言う間に脇に構えて相手の腹に突き刺す。

ぐわっ!という声に顔色も変えずに、つぶやく。

「恥ずかしくて、言えないんだ」

ディングレーが笑い、オーガスタスも笑った。


ディングレーの向かいの賊が両手で剣を持つへっぴり腰で、立派な体格でいかにも強そうな笑うディングレーに思わず、叫んだ。

「真面目に、やれ!」

ディングレーは吐息を吐くと、剣を下げてそう言う相手を、見た。

「…野郎…!舐めてるな!」

男が剣を振りかぶって、たどたどしい足取りで突っ込んで来る。

ディングレーはつい、その勢いに足元を、見た。

頭上から剣が振り降ろされるのを、ひょいと避けて足を突き出す。

ずどん…!

男は前につんのめって、すっ転ぶ。

ディングレーはその様子に目を、見開く。

男は転んだまま顔をディングレーに振り向け、がなった。

「野郎…!ふざけやがって!」

ディングレーはその背を、思い切り上から踏み付け、男が地べたに凄い勢いで押しつけられて手放す剣を遠くに蹴って、寝ころぶ男の腹につま先を入れ転がし、仰向かせた所に屈んで腹に、拳での一撃を叩き込んだ。


オーガスタスとローフィスが、それを見て笑った。

「結構、楽しいだろう?」

ディングレーは頷いた。

「思いの外、楽しい」




 アイリスは階段を登り切り、二階の廊下に出ると二人の男が振り返った。

一人が先に進み、一人がかかって来る。

その先には子供達の寝室が、あった。

まずい…!アイリスは思い、剣を下げたまま突っ込み、相手が横から剣を振るのを体を振って避け、男の横を通り様その腹を思い切り、横から突いた。


ぎゃっ!と言う声で先に進む男が振り向き、アイリスは刺した剣を男の脇から血糊と共に引き抜き様、咄嗟にその男めがけ突っ込んで行った。

男は慌てて剣を構えるが、アイリスは右から剣を振り入れようとし、男が右に剣を泳がせた隙に刃を俊速で返して、左から一気に斜めに、男の胴を凪払った。


剣を振り切った瞬間、男の血しぶきが顔に飛んだがアイリスは歩を止め、ゆっくり剣を、下げた。

こと…!

音がし、廊下の先の、戸が開いて、テテュスが顔を見せた。


アイリスが、ガウン姿で顔と胸に血しぶきを受けて剣を下げているのを見、目を丸くする。

が、アイリスはテテュスを見、うっとりとする微笑を浮かべた。

「休んでいて、いいから」

テテュスが、アイリスの握る剣が血に染まるのを見、ささやいた。

「悪者?」

アイリスは愛しいその自分に良く似た息子に、そっと言った。

「退治するから。任せて、ゆっくりお休み」



 ローランデは、五人の男が外階段から屋敷の中に侵入した後を追って行った。

バルコニーに面した広間から、次の間へと駆け込む一番後ろの男の背に追いつき様、斬る。


ずどん…!と音を立てて男は前へ倒れ伏すが、すばしっこい男達はそれを見、戦うべき相手で無いとローランデの剣を避け、物陰に隠れては次の間へと散って行く。


ローランデは舌打つと、窓辺の月明かりが薄いカーテンから青く洩れ注す室内を進む。

次の間へ入った一人の男に追いつき、迫り、一瞬進む様子を見せて男を後ろに引かせ、壁際に追いつめた。

後ろが壁で、後が無いと知った男は襲いかかり、ローランデがあっという間に間合いを詰め、その手に握る剣が横に綺麗な弧を描くと、男はローランデの横に倒れ伏す。

ローランデは直ぐに体を起こすと、もう一人の男を見つける。

その男はローランデを見、必死で逃げ場を探した。

ローランデは剣を下げたまま、静かに歩を進めて追いつめる。

男は横に扉があるのを見つけ、幾度もローランデに視線を送りながらそちらに飛び込もうと、ちらちら見やる。

が、ローランデがすっ!と剣を下げると、男はほっとしたように一気に走りかけ、うっ!と仰け反って、倒れた。

「シェイル」

ローランデが微笑むと、男の背後に立っていたシェイルが、背に短剣を受けて倒れ込む男を、覗き込む。

「まだ、居るか?」

ローランデは頷いた。

「後、二人」

シェイルは軽く頷く。

が、バタン…!と開いた戸が風で叩かれ、二人はしまった!と駆け出した。



テテュスが物音に気づき、寝台を滑り降り、目を擦ってその音のする廊下に、顔を出す。

レイファスがその気配に気づいて、寝台から体を起こす。

テテュスが、廊下に顔を出して話している様子を目に、レイファスは目を擦って、何があったのかと、寝台を這い進み、そっと床に足を付けて寝台を離れた。

ファントレイユはまだ寝台に横たわって、重い瞼と戦っていた。


がレイファスが、テテュスの方へと歩くのを見つけ、のろのろと体を起こし始めた、その時だった。

次の間の扉が突然開き、テテュスの後ろに行こうとしたレイファスの体がいきなり、その扉から現れた男に抱き上げられたのは…!


「…レイファス!」

レイファスの喉に光る短剣が押しつけられたのを目に、テテュスが振り向き様叫ぶ。

ファントレイユは反射的に身を起こしてそれを、見た。

バタン…!

テテュスの後ろから彼の叫び声を聞き、扉を蹴立ててアイリスが飛び込んで来、男は静かに、腕に抱いた小柄なレイファスの喉にぎらりと光る短剣を突き付け、アイリスに告げた。

「…殺されたくなかったら、剣を、捨てろ!」


テテュスはアイリスを、見たが、アイリスは顔色も変えず、そっと屈んで、血の付いた剣を床に、置いた。

男はそれを見るなり、大声で叫んだ。

「人質を取ったぞ!綺麗な餓鬼だ!お宝だ!」


ローランデはその声が、開いた扉の向こうから聞こえ、戸の前の暗がりにもう一人の男が居るのに気づく。

男はローランデとシェイルを見、笑った。

その男の背の向こう。

開いた扉から背を向けた男の腕の中に、子供の頭が見え…窓から差す月明かりでそれが、鮮やかな栗毛で小さなレイファスだと解り、愕然とする。


「…さあ…剣を捨てて、貰おうか」

見つめる男に言われ、ローランデは俯くと剣を、床に投げ捨てた。

からん…!

シェイルは苦い表情でローランデを見たが、ローランデは黙って頷き、シェイルは脇の剣を鞘毎引き抜き、そっと屈んで床に、置いた。

それを見て男は走り寄り、二人の床に置いた剣を腕に抱えて拾い集め、ローランデに脇差しを抜いて渡せと視線をくべる。

ローランデは顔色も変えずそれを鞘事抜いて、男に手渡した。

男は大人しく立つ二人に視線を向け、その動向を監視したまま窓辺に近寄ると、窓を押し開けて外に向けて大声で怒鳴った。

「お頭!餓鬼を人質にしたぞ!」



 二階の暗い窓からその声が庭に響いた途端、ディングレーは顔を歪め、ギュンターは静かに剣を、下げ、ローフィスは舌打ち、オーガスタスは窓を、見上げた。

もうほんの、残り三人だった。

が、その後ろから、闇に隠れていた首領とやらがのそりと姿を、現す。

いかつい顔でがっしりした体格の、下卑た男が笑い、言った。

「聞いたろう?剣を、捨てて貰おうか」


ディングレーがやけっぱちのように剣を地面に放り投げ、ギュンターはその手を下げて剣をからん…!とそのまま落とし、オーガスタスは首領を見、笑い、剣を後ろに(ほお)った。


ローフィスは俯いたまま、ため息を吐くと、剣をそっ、と地に降ろした。



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