7 ファントレイユの父親
ローランデが、薬を染み込ませた布を取り出すと、シェイルが引ったくった。
「…俺がやる!」
ギュンターは目を剥いた。
「…お前はごめんだ!怪我人の扱い方を知らないだろう!」
シェイルはその猛獣の怒鳴りにひびる様子無く怒鳴り返した。
「人ならな。お前は猛獣じゃないか!」
ローフィスは吐息を吐くと、シェイルの手から布を、その頭上から取り上げた。
シェイルは自分より背の高い義兄を、少しうっとりとした瞳で見つめるが、明るい栗毛に囲まれた伊達男に見えるスマートさを持つローフィスは、少し見つめ返すだけで布を手に持つと、ギュンターに振り向いた。
「俺の方が、まだマシだろう?」
ギュンターは顔を、揺らした。
ローランデに一瞬視線を送るものの、俯く彼を見、吐息混じりに顔を傾けつぶやく。
「…あんたで、我慢してやる」
ローフィスは頷くとギュンターの前に進み出て屈むと、その布を腹の傷口に当てた。
ファントレイユはゼイブンに会えたのが嬉しいらしく、頬を紅潮させて彼の横で立て続けに言葉を発した。
「決闘じゃないんだ。
レイファスがギュンターと戦ったけど、ギュンターは凄く怖いからシェイルが見本を見せていた」
ファントレイユと髪と瞳の色が同じで並ぶと親子だと一目瞭然のその美男は、それでも息子ほどの感激を見せず、冷静だった。
ゼイブンは怪我を負ったギュンターの様子を目につい、ぼやく。
「随分ハードだな。お前も怪我だらけか?
俺はともかく、セフィリアが泣き叫ぶぞ?」
ファントレイユは途端、その綺麗な面を俯けると
「みんな手加減してくれるから、怪我はしてない」
と声落とし、ささやく。
ゼイブンは息子が、自分の不甲斐なさにがっかりしている様子に嬉しそうだったが、言った。
「…相手を誰だと思ってるんだ。
名だたる騎士ばかりだ。
俺相手じゃ絶対手加減してもらえないぞ?
特別に扱われてるんだから、もっと嬉しそうにしてろ!」
オーガスタスがその説得の仕方に呆れるように目を、見開いた。
アイリスが彼の横に来ると、ささやく。
「ゼイブン。ファントレイユは子供だ。
手加減するのが当たり前で、自分と比べるのはどう考えても、おかしい」
「ゼイブンは相手が子供でも対等に扱う。
それが良い悪いを考えずに」
アイリスは小さなレイファスが、腕組みして憮然とそう言うのを、目を丸くして見つめた。
が、ゼイブンはその可愛らしい毒入りキャンデーのような小悪魔に、笑った。
「…相変わらず、いい態度だな。
騎士達の前じゃ、ちゃんといい子してたんだろう?」
ファントレイユのその軽い父親につい、レイファスは唸った。
「ローフィスに、少しは息子を気にしろと引っ立てられて来たんだろう?どうせ」
喰ってかかる勢いがあったがレイファスはそれでも慎重で、ゼイブンは肩をすくめた。
「良く解ってるじゃないか。
休暇だと言うから家に帰ろうとしたら、ここに連れて来られた」
その素っ気ない言い用に、レイファスはファントレイユが途端、しゅん。とした表情で俯くのを気にしてゼイブンを睨んだ。
「ちょっとは父親らしい所を見せろとローフィスに言われてないのか?
あんたがどれだけロクでなしだろうがファントレイユは…慕ってるのに!」
レイファスの真剣な抗議に、オーガスタスもディングレーも彼らを見つめる。
ローランデがその美男のふざけた様子に、ついファントレイユに視線を送って小さな人形のように綺麗な、俯く彼を心配げに見つめた。
皆が、ファントレイユが一見人形に見える位感情を出さないのは、この父親のせいか。とため息混じりに納得する。
テテュスはあんなにはしゃいでいた彼が、自分を全部引っ込めたように大人しくなる様子に心が痛んだ。
アイリスとローフィスは、ゼイブンには何を言っても無駄だろうとは思ったが、レイファスがファントレイユの為にこのロクデナシと対決する気構えに、心から感心した。
テテュスがそっと、俯くファントレイユの横に付いて彼を気遣うように見つめる。
気づいたファントレイユは少し、その表情の無い人形のような綺麗な顔を揺らす。
ゼイブンは皆の視線が自分に集まるのを感じたが、それで態度を変える彼では無かった。
「…お前の方が父親みたいだな」
レイファスに、彼の真似をして腕組みし、屈んでそう告げる。
レイファスはゼイブンを見たが、彼よりうんと大きなふざけた美男を睨み付けて言った。
「…いつか、絶対後悔するからな!」
ゼイブンは肩をすくめた。
背を向けようとする彼に、レイファスがとうとう怒鳴る。
「ファントレイユに、ちゃんと会いたくて顔を見に来たと、言ってやれよ!」
オーガスタスはファントレイユの為に大人に喧嘩を売るレイファスを見て苦笑した。
ギュンターとローフィスはそんな彼を見やった。
が、確かにレイファスの気持ちは解るものの、どうやら相手が悪すぎるようだ。
ゼイブンはレイファスに振り向き、再び小さな彼の前で身を屈め、そのファントレイユとそっくりなブルー・グレーの瞳を向けてぶっきら棒に告げた。
「ファントレイユはちゃんと俺の息子だと、解ってる」
レイファスがとうとう、噛みついた。
「だがあんたに愛されて無いと、しょげてるじゃないか!」
ゼイブンがその言葉に釣られて、ファントレイユを見た。
テテュスとより添う彼は少女のように俯いていて、悲しげだった。
「…ファントレイユ」
ゼイブンの言葉で直ぐ顔を上げる彼は、どれだけ父親を慕ってるのかを、皆に教えた。
ゼイブンは真顔で言った。
「…俺の息子で居る事が、気に入ってるか?」
ファントレイユは即答した。
「うん!」
ゼイブンは鮮やかに笑うと
「それで十分だ」
と、レイファスに振り向く。
が、レイファスはそのふざけた男に怒鳴った。
「…あんたの気持ちを言ってやれと言ったんだ!」
だがゼイブンはレイファスを覗き込んで告げた。
「告白は女にするもので、息子にするもんじゃない。
こんな人の多い所で男相手に『愛してる』だなんて俺に、言えって?
例え息子だろうが男相手にそんな事を言うのは、絶対にごめんだ」
全員がそう言う父親に、思い切り呆れ果てた。
ローフィスと、アイリスのため息が聞こえた。
「男だけど、息子だろう?
私はテテュスに幾らでも言えるが…」
ゼイブンはそう言うアイリスを、体を起こし見つめ、眉を寄せてつぶやいた。
「あんたは博愛主義で告白相手が男だろうが、気にしないだろうが俺は、気にするんだ」
ローフィスも、ギュンターの腹に布を巻きながらつぶやいた。
「親としてでも、言えないもんなのか?」
ゼイブンはぶすったれて言った。
「親としてだろうが、ファントレイユは男だからな。
幾らセフィリアに過保護にされて女みたいだろうが。俺から見たら立派な男だ」
ファントレイユはそう言われて、まるで一人前の男扱いされたように嬉しそうに微笑んだりしたから、テテュスは目を、ぱちくりさせた。
ローフィスはまた、ため息を付いた。
「…レイファスは五歳だ。子供を思いやる気持ちが、普通あるんじゃないのか?」
ゼイブンはその一つ年上の同僚に反論した。
「五歳だろうが、野郎だ。幾ら可愛らしい顔をしようが。
…だいだい、こいつの外見にあんたもダマされてるんだろうが、口は達者でそこらの成人した男よりタチが悪いぞ!」
ローフィスはレイファスを、見た。
レイファスはそのどう見ても可愛らしい女の子に見える小さな顔を下げて揺らし、つぶやく。
「…あんた、もしかして浮気をバラすと脅した事まだ、根に持ってんのか?」
皆がつい、ぎょっとしてそう言った可憐なレイファスを見つめた。
ゼイブンは途端、目を剥いた。
「…俺だって五歳の餓鬼に脅されたのは初めてだからな!
忘れたくても、忘れられない!」
レイファスはきっ!と顔を上げた。
「…じゃあ、追加事項だ。
ちゃんとファントレイユに会いに来たと、言ってやれよ!」
ゼイブンはレイファスの正面を向いて屈むと、彼を睨み付けた。
「…じゃなきゃ、バラすか?」
レイファスは、頷いた。ゼイブンはいきり立って怒鳴った。
「脅されて言って、ファントレイユが喜ぶか?」
「じゃ、本心を言ってみろよ。
本当は、気に成ってたんだろう?
セフィリアは教練に入れないつもりだって、あんたは聞いていたの?」
ゼイブンはすっと屈む体を起こし、真顔で言った。
「それは俺も、初耳だ」
レイファスは頷いた。
「じゃ、あんたに相談無しで独断で決めてたんだな。
つまりあんたは自分の決定に逆らったりしないと、セフィリアに思われてる」
ゼイブンは手を振り上げて何か言おうとし…そして諦めるように腕組むとつい、頷いて同意した。
「…確かにセフィリアの意見に反対するのは、骨が折れる」
ファントレイユが、か細い声で訊ねた。
「…じゃ、教練に入れないって、決められたらそれに、反対しなかった?」
ゼイブンは思い切り俯くと、つぶやく。
「…出来ないかもな」
皆が、その情けない夫に、大きなため息を吐いた。
シェイルがとうとう聞いていられず口を挟む。
「子供の意見は無視でか?!」
ディングレーもアイリスも、ローフィス、そして…ゼイブンもが、シェイルを一斉に見、シェイルはどうして見るんだ?と彼らの反応にぎょっとした。
ローフィスが言い諭す。
「…言ったろう?ファントレイユの母親は毒舌だと」
ローランデがアイリスにそっと告げた。
「君の妹だと、聞いているけど?」
アイリスがローランデの問うような青い瞳に見つめられ、言葉を無くして俯いた。
シェイルが呆れたように目を見開く。
「…お前でも駄目なのか?!軍一口達者な、詐欺師だろう?!」
“詐欺師"呼ばわりで一斉に子供達に見つめられ、アイリスがぼそりとささやく。
「…詐欺師だと思っていたのか?君は?私を?」
だがこれにはシェイルだけで無く、オーガスタスもギュンターも同感だと、頷いた。
ディングレーは控えめにつぶやいた。
「…結局二人の母親を、騎士にするよう説得したのはディアヴォロスなんだぞ」
シェイルは、彼のその引き締まって男らしい顔付きを、見た。
「…あんたファントレイユの母親が、そんなに苦手なのか?」
ディングレーは俯ききって、ぼそりと告げた。
「彼女とは二度と口をききたくない」
そして顔を上げてゼイブンを、見た。
「よく、旦那やってられるな。
その事だけでも、凄い」
ゼイブンはそのかつて教練で同学年だった男を見つめた。
彼からしたらディングレーは学年一の実力者で、王族の身分の高い別格で、近寄った試しの無い相手だった。
ついその誰もが一目置くその男の様子に呆けて、聞き返した。
「…そうなのか?」
ディングレーがゼイブンに頷き、ついその淡い銀に近い栗毛を見つめ、以前見た記憶が蘇ってつぶやいた。
「…俺と、もしかして同学年か?」
ゼイブンは頷いた。
「あんたは有名人だったからな。
こっちが知ってるのはともかく、良く俺を覚えてたな」
ファントレイユもテテュスも、レイファスもがつい、ディングレーを見た。
ギュンターは上着を着、破れた穴を気にしながら口を挟んだ。
「有名人はあんたもだろう?俺はちゃんと解ったぞ。
ディングレー。あんた俺が編入する前から一緒だった癖に、覚えが悪いんだな」
ゼイブンは思い切り眉を寄せ、忘れたくても忘れられない金髪の美貌の男に視線を送って俯く。
「…やっぱり、あの、ギュンターか………」
ギュンターは顔を上げた。
「…それが悪いか?」
ゼイブンは俯いたまま、吐き捨てるようにつぶやく。
「ディングレーは有名人だったが、あんたはもの凄く、有名人で俺に側には決して寄らないと決めていた」
ゼイブンの言葉にファントレイユがそう言う父親を見上げる。
ギュンターがその美貌を揺らして彼に問い返す。
「…どうしてだ?」
ゼイブンは肩をすくめた。
「…だっていつも、相手を思い切り挑発して喧嘩を売らせ、待ってましたと言わんばかりに買ってただろう?
あんたの側に居るだけで争い事に巻き込まれるじゃないか」
オーガスタスがそれを聞いてその通りだと、くすくす笑う。
ローランデも同感だと、ギュンターを見つめた。
ディングレーが思いついたように口に手を当て、その軽そうな美男の色男を見直した。
「思い出したぞ…。
ギュンターは男女問わず垂らしで有名だったが、あんたは女が出入りする場所で必ず名が、一番に出る有名人だった。
あれだけ女に囲まれて…で、結局セフィリアに捕まったのか?
…最悪だな」
ゼイブンが異論を唱えた。
「絶世の美女を目の前に、口説かない訳が無いだろう?
彼女と結婚出来たのは、俺に取っては快挙なんだぞ!」
ローフィスは、事態が解ってないゼイブンに呆れるディングレーにささやく。
「カレアスと同じだ。ディアヴォロスの言葉を聞かせてやらないと」
レイファスがムキに成って言った。
「言ったって、聞くもんか!自分は最高に幸せだと、カン違いしてる!」
ディングレーが二人の意見を聞き、ゼイブンに振り向いた。
「そりゃ…美人だとは思うがその…お前、女垂らしだろう?
あれだけ女と遊んでて、それで…彼女の性格を読めなかったのか?」
ゼイブンはそれを聞くとまた腕組んで、ため息を吐いた。
「美人は性格が悪いと言うが、セフィリアは情も厚いし心も優しい。
…息子を除く男に対して、それは不親切だというだけだ。
最愛の、世界で最高に素晴らしい男性の筈の兄に、夢をひどくブチ壊されて以来男は全員とんでも無い不誠実な生き物だと、思い込んでる」
全員の呆れた視線を一身に浴びて、アイリスが慌てまくった。
「…全部、私のせいなのか?
君で更にそれが、決定的に成ったんだろう?!」
が、ゼイブンは異論を唱えた。
「だって外で遊んで来いと言うから、そうしてる!」
アイリスが尚も、つぶやいた。
「でも浮気を、隠してるんだろう?」
「普通、隠すだろう!」
ギュンターがとうとう吹き出し、オーガスタスもとっくに、笑っていた。
ローランデがつい、呆れたように口を挟んだ。
「…それをレイファスに知られて、脅されているのか?」
ゼイブンはその、学年どころか、学校中に名を轟かせたかつての最高に有名な、大層品のいい端正な騎士を見つめて言った。
「…五歳で脅す方が恐ろしいと、どうして気づかないんだ?!」
シェイルが真顔で言った。
「脅すしか手が無く、あんたが聞かないし切羽詰まってるから、レイファスはそうしたんだろう?」
ディングレーも思い切り、同意するように頷いた。
「レイファスで無くても、ファントレイユを気の毒だと思うぞ?
健気にあんたを慕ってるってのに。その態度じゃな」
ゼイブンは口を揃える二人の男につい、怒鳴った。
「無理したって子供には直ぐ、バレるんだ!そっちの方がバツが悪いだろう?
それに息子はちゃんと、可愛いぞ!
だが男相手にベタベタ接する気は無いし、あまつさえ『愛してる』だなんて、気色悪くて言えるか!」
ギュンターが、ぼそりと言った。
「徹底してるな」
ゼイブンは彼に振り向いた。
「性に合わない事をすると、悪寒が走る。体質だから仕方ないだろう」
ギュンターは、頷いた。
「息子相手に試したのか?」
ゼイブンはファントレイユを、見た。
「試す迄も無い」
ファントレイユは男だと認められて嬉しかったけど、アイリスのように素直に態度に出してくれない事には不満だった。
でもそれが、ゼイブンだ。やっぱり、しゅんとしてつぶやいた。
「…無理は、良く無いね」
ゼイブンは頷いた。
「本音が、一番だ」
レイファスが意地悪く言った。
「じゃ、どうしてセフィリアにはそうしないの?」
ディングレーもローフィスも、アイリス迄もが想像して、ぞっとした。
ゼイブンは殊勝に俯き、静かに、つぶやいた。
「…家庭内の平和を保つ為だ」
ファントレイユが顔を上げた。
「でもゼイブン。嘘を付いてバレるとセフィリアはそれは、怒るんだよ?」
ゼイブンは頷いた。
「だからなるべく、バレないようにしてる。
第一世界一愛してるのは間違いなく彼女だから、まんざら嘘じゃない」
ファントレイユは幼い顔を上げたまま、尚も言った。
「そうじゃなくて…シャーレス侯爵婦人の事、朝二人で宿屋から出て来るのをセフィリアは見てるのに、浮気してないって言ったでしょう?」
皆がゼイブンを凝視した。
ゼイブンは真顔で、頷いた。
「俺の中で、セフィリアを目の前にしたら他の女性の記憶が無くなるから、あれも嘘じゃない」
全員がその開き直りに、各々呆れきってため息を吐いた。
テテュスが、むきに成って言った。
「でも宿屋から出てきたのは確かに貴方で、セフィリアにとっては貴方が浮気したんだと、思ってるのに?」
ゼイブンはアイリスそっくりの髪と瞳の、息子よりしっかりした体付の綺麗な子供を見つめてつぶやいた。
「…それを掘り下げてどうする?
二人で楽しく、一晩中いちゃついてたと認めたら、セフィリアに寝室から閉め出されるのに?
…認めたら、最後なんだぞ?」
テテュスは、尚も言った。
「…でも、バレてるのに?」
ゼイブンは子供に言って聞かせる。
「それでもだ。
寝室ですっ裸で決定的瞬間を抑えられない限り、疑惑でしか無いから、例え朝宿屋から二人で出て来ようが、言い逃れ出来るもんなんだ」
全員がゼイブンのその言い切りに『嘘を付け』と、心の中の思惑を隠し、顔を下げきった。
だが納得の行かない表情のテテュスに、ゼイブンは尚も畳みかける。
「いいかい?セフィリアにとってはアイリスの寝室で見た事が最悪だから、彼女の目の前で他の女性と遊ばない限り、例えバレても、何とかなるんだ」
全員が思わずアイリスを一斉に見たが、アイリスは頭を、抱えきっていた。
シェイルがそっと、アイリスに訊ねた。
「まさか決定的瞬間を見られたのか?」
アイリスは頭を抱えたまま、頷いた。
「寝室に押し入られて…」
それを聞いたローランデは大きくため息を、吐き出した。
だがテテュスはファントレイユの為に、まだ言った。
「…じゃ、レイファスがバラしても、平気でしょう?」
その言葉にゼイブンは初めて、慌てた様子を見せて怒鳴った。
「セフィリアが、俺とレイファスのどちらを信用すると思ってる!
第一レイファスは絶対バラす時、脚色していかにも俺が彼の目の前で…したような事を言うに、決まってる!」
皆が一斉にレイファスを見たが、レイファスは『当然そうする』とにっこり、とても可愛らしく可憐に、笑った。
オーガスタスが、ため息混じりにつぶやいた。
「…子供の…しかも息子じゃない、他人の子供の言葉の方を信頼する程、あんた奥方に、不誠実だと思われてるのか?」
ギュンターも顔を、下げきった。
「…良くそれで結婚迄、漕ぎ付けたな………」
ゼイブンも深く頷くと腕組みし、つい同意した。
「…俺も未だに、そう思う…」
ゼイブンのつぶやきに、オーガスタスもギュンターも、顔を上げて彼を呆れたように、凝視した。
昼食は結局、外庭のテラスに運ばれた。
立派な騎士に囲まれ、ゼイブンも一緒で、ファントレイユはうきうきしているようだった。
が、テテュスは隣のレイファスにそっと聞いた。
「…ファントレイユのお父さんって、いつもあんなんなの?」
レイファスが肩をすくめた。
「滅多に、家に居ない」
テテュスはため息を、付いた。
ファントレイユは頬を紅潮させ、興奮したようにしょっ中隣のゼイブンを仰ぎ見る。
とても…とても嬉しそうだ。
なのにゼイブンは…。
ローフィスがテーブルに頬杖付いてゼイブンの様子を眺め、つぶやいた。
「…不満そうだな」
ゼイブンは俯く顔を上げて一瞬彼を見たが、ため息を付き、フォークで皿を、つついた。
アイリスが下を向いたまま、そっとささやく。
「美女の並み居る酒場に行けば、一発で態度が変わるぞ」
ローランデがそれを聞いて、大きくため息を吐いた。
「息子のこれからの、重大な時だろう?
興味無いのか?」
ローランデに聞かれ、ゼイブンは彼を見つめる。
「…あんたが突出した素晴らしい剣士だと良く、知ってる。人望も厚い。
あんたに治められる北領地[シェンダー・ラーデン]の民は幸いだとも、思う。
あんたの生き方も姿勢も、随分立派だ。
だが俺は…面白可笑しく生活するのが人生だと思ってる」
子供達が見守る中でその剣士は剣同様、鋭くゼイブンに切り返した。
「…私の質問の答えが、まだだ」
ゼイブンは顔を上げてその端正な貴公子を見つめた。
「…ファントレイユは体が弱く、セフィリアは随分入れ込んでる。
彼女が危険から遠ざけたいんなら、それに同意する」
ローランデの瞳が、きつくなった。
「子供は親の付属物じゃない!
あんたよりもずっと長く、生きるんだぞ!」
ゼイブンはローランデを見つめ、素っ気なく言った。
「セフィリアが居なければファントレイユはもうとっくに死んでたかもしれない。
彼女の気持ちがどれ程か、解らんだろうがな」
ローランデはだが、きっぱりと言った。
「それは、過去だろう?現在をちゃんと、見ろ!
彼は今生きて…そして自分の人生を生きようとしてる。
それを手助けしてやるのが、親じゃないのか?」
ゼイブンは、頷いた。
「あんたの言う事は最もだ。
だが俺に剣は教えられない」
「どうしてだ?」
つい、アイリスとローフィスが声を揃え訊ねた。
ゼイブンは俯いたまま言い淀み、でも答えた。
「…剣というか、殺し合いが最悪に嫌いだ」
皆がこの告白に、目をまん丸にして彼を見つめた。
ディングレーが、大きなため息を吐き、ぼやいた。
「よくそれで、騎士やってるな」
ゼイブンは顔を上げ、かつての同級生に言った。
「そりゃ…あんたみたいな家柄に産まれなくて、幸運だとは思う。
あんたは道がそれしか無いからな。
だが俺だって選択は限られていたし、俺の家柄じゃ文官に成れるコネも無かったしな!」
「…だからいつも苦虫噛みつぶしたような顔をして剣を、抜くの?」
レイファスにそっと聞かれ、ゼイブンはレイファスを見つめた。
「楽しいもんじゃ、無いぞ。抜かずに済ますのが最良だ」
オーガスタスはタメ息混じりに腕組みして、言った。
「…それには俺も、同感だが」
ギュンターが、ゼイブンを見つめた。
「それで、済まない時だってあるだろう?」
ゼイブンは口を開きかけ、それより前にファントレイユが必死に告げた。
「でも僕とレイファスがさらわれそうだった時、ゼイブンは悪い男を斬り殺したんだ!」
皆はゼイブンを見直すように見つめたが、彼は頭を抱えていた。
「…あれを見て、どうしてお前達が騎士って最悪だと思わないのか、不思議だ」
ファントレイユは父親を見上げてつぶやいた。
「だって…ゼイブン、格好良かったし、凄く強かった」
ゼイブンはファントレイユをそっと、見た。
「本当に強い男はあそこで斬り殺したりはしない。
上手く切り抜けるか、相手の戦意を無くさせるか…ともかくあんな事で斬り殺すなんて、俺の度量が狭いと解らないのか?」
ファントレイユは、でも…。と見つめ、アイリスがそっとレイファスに訊ねた。
「…殺しちゃ、まずい状況だったのかい?」
「ゼイブンは侮辱されてキレたんだ」
レイファスが言うと、ファントレイユも慌てて付け足した。
「でも剣を抜けって言ったのは、相手なんだ」
ギュンターが唸った。
「相手が殺る気満々なら…」
シェイルが割って入った。
「斬り殺すのが普通なんじゃないか」
ローフィスはシェイルを見つめ、眉を寄せるとささやく。
「ゼイブンは人を殺すと気分が悪く成る。
だからなるべく殺さないよう事を収めようと…いつも努力してる。
だがキレるとタガが外れて、きっちり相手をぶった斬っちまい…」
アイリスが確かに、と頷いた。
「その後暫く落ち込んで、手に負えない」
皆が頭を抱えるその美男の色男を、見つめた。
ローランデが見守ると、ゼイブンはファントレイユに向き直った。
「ファントレイユ。お前がどうしても騎士やりたいんなら、きっちり怖さを教えて貰え。
俺の血を引いてるんなら絶対びびりだから、騎士にならずに済む道があるんなら、そっちを選ぶ方が無難だぞ。
騎士なんて斬り合いだらけだし、近衛なんかは人殺しが大好きでどれだけ殺したか、自慢げに話す最悪の男達の集団だ。
まあ…ここに居る連中はちゃんと、剣を振る意味の解ってる奴らだが…ギュンターだけは、見習うな。
あいつは喧嘩が、大好きだからな」
シェイルとディングレーに見つめられ、ギュンターは肩を、すくめた。
だがゼイブンは構わず言葉を続ける。
「…男ってのは、強いとアピールすると一目置かれるが、びびりだとバレると馬鹿にして平気で侮辱して来る。
…そういう奴らに思い知らせるのに、時には…ギュンターの言った通り、避けては通れないが…。
やめといた方がいい。
折角セフィリアの家柄で文官にコネがあるんだ。渡りに船だぞ」
ファントレイユは、ゼイブンに尋ねた。
「…でもそれで無くても女の子みたいだって、馬鹿にされるのに…。
もうあんな風にいじめられるの、僕は嫌だ」
ゼイブンは頷く。
「だがやっつけたろう?」
ファントレイユは必死に訴え掛けた。
「だって!まだこの先強い奴がいっぱい居て、そいつらにいじめられたら?
黙って、されるがままは嫌だ!」
ゼイブンはため息を、吐いた。
「文官なら周囲はひ弱で、卑怯な奴らばかりだから、頭を使って切り抜けられるぞ」
「…そんな奴らに囲まれて、この先過ごすの?
そんなの最悪だ!ゼイブンはずるい!自分だって騎士なのに!」
ゼイブンは困ったようにファントレイユを、見つめた。
「…そりゃ…お前の気持ちは解る。
男として、侮辱されるのは最悪に気分が悪い。
だが人殺しはもっと気分が最悪だぞ。
騎士に成ったらためらい無く斬り殺せないと務まらない。
そこのローランデなんて、姿はそりゃ、品格の塊みたいな貴公子だが戦場じゃ、半端じゃ無いぞ。
俺は使者で戦地を訪れ、一度彼の戦ってるとこを見たが、10人をあっという間に斬り殺す」
皆がローランデの実力を知っていたので頷くが、子供達は感心したようにローランデに視線を送った。
子供達の尊敬の眼差しを受けたものの、ローランデはゼイブンに呆れきってタメ息をついた。
「…俺はあれを見て、つくづく近衛に行かなくて良かったと思ったもんだ。
10人も殺したら…20人女を抱いても、浮上出来るかどうか解らない。
そんなの、しょっ中してたら絶対セフィリアに浮気がバレて離婚だ。
お先、真っ暗だ…」
全員がゼイブンの言い草にきっちり、呆れ返った。
「…人殺しすると気分が悪くなるから、侮辱されても我慢するの?」
ファントレイユがそっと聞くと、ゼイブンは小さな息子を見つめた。
「…俺の息子なら侮辱されたら黙って無いから、殺してから気分が最悪になる。
俺はしょっ中味わってるが、絶対いいもんじゃ無い。
だがまあ…セフィリア似なら、そこに居る、兄貴のアイリスは確かに分別あるし、強いがちゃんと、やり用も知っていて無駄に殺す事の無い冷静な男だ。
侮辱されてかっか来て、斬り殺したりはしない。
どうだ?冷静にやれそうなのか?」
ファントレイユはゼイブンに真顔で訊ねられて、暫くそのブルー・グレーの瞳を見つめたが、俯いた。
ゼイブンは顔を上げて質問の答えを求め、騎士達を見回した。
全員がそれぞれ目を背け、ローランデが目を伏せてつぶやいた。
「ギュンターを本気にさせる程の気迫の、持ち主だ」
ゼイブンが、がっくりと肩を落とし、ファントレイユをチラと見て、つぶやいた。
「まさか、ギュンター相手に喧嘩売ったりしてないな?」
ファントレイユは俯いて顔を、揺らした。
「ギュンターが他に気を取られて、ちっとも相手してくれなかったから…」
ゼイブンはつい、怒鳴った。
「そりゃ、御の字だろう!あいつは…あの優美な外観と中味は正反対なんだぞ!」
ギュンターはゼイブンに手で差され、つい目を見開いた。
「あんな奴に喧嘩売るなんて、命がどれだけあっても足りないと誰も、注意してないのか?」
シェイルが腕組んで憮然と、ぼやいた。
「ちゃんと止めたさ!怪我して無いだろう?!」
ゼイブンはその銀髪美貌のローフィスの弟を見つめたものの、直ぐファントレイユに振り向いた。
「…お前が騎士に成りたいなら、一番に覚えなくちゃならないのは相手の見分け方だ!
誰がどれだけ危険な相手かちゃんと、観察しとけ!
いいかこれは、肝に命じて置けよ!
キレる時は極力、相手をしっかり、見ろ!
騎士にして、相手に喧嘩売って斬り殺されて死んだなんて事に成ったら、俺はセフィリアに絶対こう怒鳴る!
『俺を寝室から締め出し、弟か妹が居ないからこんな悲しい事態に成るんだぞ!』とな!」
ローフィスが下を向ききった。
「…浮気を隠してるのに寝室から閉め出されてるのか?」
ゼイブンはローフィスを、睨んだ。
「俺は男といちゃつくのは嫌だが、セフィリアも男といちゃ付くのが嫌らしい」
アイリスが、深いため息を、吐いた。
「男と。じゃなくて、君といちゃつくのが、嫌なんじゃ無いのか?」
ゼイブンの瞳が険しく成った。
「他に男が居るんなら俺が嫌なんだと解るが、セフィリアがべったりするのはファントレイユだけだからな!」
ローフィスが頬に手を当て、俯いたままつぶやいた。
「…ファントレイユと、代わりたいか?」
シェイルはそういう義兄を、たっぷり見つめた。
だがゼイブンは大真面目に頷いた。
「代われるものならな」
ファントレイユがついそう言う父親を見上げる。
ローランデがそっと、遠慮がちにささやいた。
「でも息子じゃ母親と愛はかわせないだろう?」
ゼイブンはむすっと不機嫌になる。
「息子に成りたいとは言ってない!
ファントレイユのように夫を扱って欲しいだけだ」
テテュスが大きく、ため息を、吐いた。
レイファスが、そうだろうな。とテテュスを見やった。
そのアイリスの小さな息子にゼイブンは、振り向く。
そしてアイリスとローフィス、そしてオーガスタスの俯く様子を目に止め、言った。
「…俺がファントレイユに妬いてると、そう思ってるのか?」
見られてオーガスタスは、頷く。
「そう、見える」
テテュスがまた、ため息を吐きファントレイユを見るが、ファントレイユがとても悲しげに俯くのに、同様に悲しげな表情をした。
ローランデがゼイブンに、そっと告げる。
「…それで息子に冷たく当たってるんじゃ無いだろうな?
ファントレイユは君に甘えたいのに」
「…それが理由かと言われれば…違うだろう。
俺は赤ん坊のこいつに、ちゃんとあるべきものが付いてるのを、見てるからな。男は例え…」
ローフィスに振り向く。
「…あんたの弟位の美形だろうが、いちゃつくのは絶対、ごめんだ」
ローフィスは思わず、どんな女も敵わないと言われた程の美貌を誇るシェイルを見つめた。
「…要するに、徹底して男が嫌いなのか?」
シェイルに素朴に訊ねられ、ローフィスは声を顰めた。
「違う。徹底して、女好きなんだ」
ディングレーが、訳が解った。と頷いた。
「ローフィスがセフィリアに女好きだと思われた時、彼女凄くいい態度だったのはあんたのせいか。
女好きは軽くて、どの女にも愛想が良く、女なら誰とでも寝る最悪な男だと思ってる」
アイリスのため息が響いた。
「全て、ゼイブンに当てはまる表現だ」
ゼイブンは、そう言う年下の上司を睨んだ。
「俺は相手を選ぶぞ!軒並みじゃない!
第一それはあんただろう?
あんたはもっと最悪で、女も好きだが男も好きで、男女問わず誰とでも寝るとセフィリアは思ってる。
だいたい、世界最高の理想の男がそんな不摂生な遊び人だったと判明して以来、セフィリアの男性不信は深刻なんだ!」
アイリスは俯いたまま、肩を上げて大きな吐息を、吐き出した。
ギュンターがつぶやく。
「あんたの愛の力で、変えられないのか?」
ゼイブンが並外れて美男の金髪のギュンターを、たっぷり見た。
「俺がアイリスよりいい男なら、セフィリアも考えを、変えたかもしれない」
ファントレイユが顔を上げた。
「ゼイブンはちゃんと、凄くいい男なのに?」
オーガスタスもディングレーも、そのファントレイユの賞賛に微笑んだ。
だがゼイブンは肩をすくめた。
「アイリスに勝てるか?彼にタメ張ろうとする男は、ギュンターくらいだろう。
身分が無い分、押し出しの強さと態度と顔の良さで、隣に並べる」
ギュンターが、アイリスを見た。
アイリスはげんなりしてつぶやく。
「ゼイブン。そんなに私を買ってくれて嬉しいけど、全然尊敬してないだろう?」
ゼイブンは目を見開き、異論を唱えた。
「尊敬してるさ!女だけで無く公平に男も相手にする。
色男の見本のような男だ!」
ローフィスが、頬に手を当てて思い切り、ため息を吐き、シェイルがローフィスの内心を代弁するかのようにつぶやく。
「どう聞いても、尊敬してる風に聞こえない」
ゼイブンはローフィスを見て眉を思い切り顰め、腕組んだ。
「…今更、俺の口のきき方にケチ付ける気か?
俺の事は良く、知ってるだろう?」
ローフィスは投げやりに手を振り上げた。
「…そりゃ、そうだが男相手だと尊敬してるといいながらそれはいい態度で、女相手だところっと猫なで声に変わるだろう?」
レイファスとファントレイユは目前でしっかり現場を見てるので、二人揃って頷いた。
ゼイブンが何か言いかけ、だがそれより先にアイリスが、口を挟んだ。
「君、本気で自分より私の方がいい男だと思ってたのか?今迄?」
「思ってるさ」
ゼイブンがなぜ聞くのか解らないように目を見開き、アイリスはすごくびっくりして思わず、訊ねた。
「…どの辺が?」
「俺より、品がいい。
仕草も上品だし、高貴に見える。
肝も座ってるだろう?いつも、冷静だしな。
くだらん事で喧嘩をしない」
ギュンターが、俯いてぼやいた。
「それは俺への、嫌味か?」
ゼイブンは手を振り上げた。
「あんたのやり方は男としては、一つの方法だろう!
確かにあれだけ喧嘩を買っていたら一通り相手した後、かかってくる奴は殆ど居ないからな!」
ファントレイユは二人を、見た。
二人がお互い顔を見合わせ、ため息混じりに俯き、ゼイブンよりいい男だと思われていても全然嬉しそうじゃ無い。
「ギュンターもアイリスも、自分の事ゼイブンより、いい男だと思って無い?」
とても綺麗なファントレイユにそう訊ねられ、二人はファントレイユを見つめた。
アイリスが、そっとつぶやいた。
「だって全然タイプが違うから、比べようが無いと思うんだけど。
そりゃ、私は上品に扱うが、ゼイブンは相手を楽しませるのがとても上手だし、扱いだってとても上手い。
セフィリアが彼と付き合っていた頃、彼女それは毎日、楽しそうにしていたからね。
それでどうして、私より男ぶりが劣ると思ってるのか、不思議だ」
ギュンターも頷いた。
「俺はぶっきら棒だと思われてる。面倒見がいいから差し引かれてるが。
言葉も素っ気ないしな」
ローランデがそう言うギュンターを見つめ、ギュンターはローランデを真っ直ぐ、見返した。
ゼイブンが異論を唱える。
「だがそれが、顔に似合わず男らしくて、魅力的だと女達に思われてる。
俺と違って媚びなくても、受けてるだろう?」
ギュンターが訊ねた。
「媚びてるのか?」
ゼイブンは問われて俯く。
「…媚びるつもりが無くても、気づくと女性相手だとこっちも楽しいからつい、やってる。
だが他人には媚びてると思われてるようだ」
ギュンターもアイリスもほぼ、同時にため息を付いた。
テテュスもファントレイユも、レイファスもが、そんな彼らを見つめた。
レイファスがおもむろにつぶやく。
「ゼイブンはとても魅力的で、いい男だよ。
品も無いし、男らしく無いかもしれないけど。
でも凄く陽気で紳士的だと思う。
第一セフィリアを口説けて、どうしてそう思うのかな?
ギュンターが口説いても絶対タイプじゃないと、思うんだけど」
ゼイブンがこまっしゃくれの餓鬼をジロリと見つめて言った。
「お前にそう言われてもな。
第一セフィリアの理想はどう転んでも、アイリスだ。
彼にうっとりするような微笑を向けられて、落ちない女は居ない筈だ」
皆が、アイリスを注視した。
アイリスはゼイブンに言って聞かせた。
「…その後ろに、“身分"と“財産"が、付いているから更に、魅力的に見えるだけさ」
ディングレーも、そうだな。と頷いた。
「こっちも大概、用心深くなるぜ。
“身分"と“財産"抜きなら、引っかかった女のどれだけが、残ると思う?」
ゼイブンは口を開こうとし、ディングレーとアイリスにじっと見つめられて口を閉じた。
そして一度俯いて顔を上げ、その気品溢れる大貴族の二人を見た。
「…そうなのか?」
二人はおもむろに頷いた。
午後の講義で、テテュスが剣を握り、レイファスも短剣を持ち、だがファントレイユは…。
テラスで掛けて見ているゼイブンに、視線を送った。
ゼイブンはやっぱり『止めとけ』と言いながら、騎士達に意見しようとはせずに、放ったらかしだった。
ローランデはファントレイユをそっ、と見た。
「気持ちが、挫けそうかい?」
テテュスはファントレイユが、誰よりも立派な騎士に成りたいと切望する気持ちが全身から溢れてるみたいなのに。とファントレイユの、しょげた様子を見た。
ローランデが顔を上げる。
「ゼイブン」
テラスの椅子に座るゼイブンが、手に持つグラスを下げて呼ぶ彼を見つめる。
「ファントレイユを騎士にしたくないのか?」
ローフィスも、ゼイブンの隣で怒鳴った。
「ちゃんと、言ってやれ!
ちゃちゃだけ入れて、純真な子供の気持ちを掻き混ぜただけで放って置くな!」
隣に座るローフィスにどつかれて、ゼイブンはファントレイユを、見た。
その人形のように綺麗な彼の息子は明らかに、沈んでいて、レイファスとテテュスが慰めるように側に寄り添っていた。
ゼイブンは一つ、吐息を吐く。
そして怒鳴った。
「騎士に、成りたいか?」
ファントレイユは顔を上げると、叫んだ。
「ゼイブンと一緒に、成りたい!」
アイリスが、テテュスの横に居ながらゼイブンを見つめる。
ローフィスが唸った。
「お前にもっと、構って欲しいんだ。
一緒に居たらお前が騎士で居る事が気に入ってないと解って、考えを変えたかもしれないのに」
ゼイブンは吐息を吐くと、息子を見つめた。
文官なら、少し鍛えれば彼より体格のいい奴は周囲に少ない。
だが宮仕えとなると、宮中に出入りする、もっとタチの悪い男好きに目を付けられかねない程、ファントレイユは確かに綺麗だ。
だがどうやらファントレイユは自分似で、侮辱されると腹を立てるらしいから、そいつらとやりあって、絶対宮仕えも辞めなきゃならなくなる。
が、騎士で軍なら…。
喧嘩騒ぎは日常茶飯事で、それを上手くこなしさえすれば逆に、勇敢だと認められる。
「…お前の考えは、間違ってない。
自分を護るやり方としてはな。
だが始めたら、ある程度の腕が無いと逆に命を簡単に捨てる事に成るし、そうならない為に普段の鍛錬は欠かせないぞ。それをやり切る根性があれば…俺は反対しない。
だが絶対、文官が楽だ。
宮仕え出来て、城のべっぴんを毎日拝める。
軍なんて、むさい野郎ばっかで最悪だぞ?」
そこに居る全員が、ゼイブンは宮仕えして美人を口説き回り、毎日楽しい日々を送るのを夢見てるなと、解った。
レイファスはファントレイユにそっと言った。
「つまりゼイブンは、美女に囲まれたいか、ごつい男に囲まれたいかを、選べって」
ファントレイユはテテュスを、見た。
「テテュスは、騎士なにるんだよね?」
テテュスは大人っぽい表情で言った。
「それしか考えた事が無い」
「…でも、ゼイブン。テテュスみたいな子も居るんだよ?
それにここに居るみんなみたいな騎士がいっぱいいたら…。
凄く楽しいと思う」
ゼイブンは目を見開き、周囲の男達を見回した。
オーガスタスとギュンターとディングレーは一緒のテーブルに居たし、ローランデとシェイルは子供の側に居て、皆ゼイブンの視線を受けてぎょっとした。
「ファントレイユ!お前誰が好みなんだ?」
ファントレイユは首を傾げた。
「誰…って…みんな、それぞれ凄く、格好いい」
「だが好みがあるだろう?
アロンズみたいに好きな奴が、居るんじゃないのか?」
レイファスがとうとう、講義を始められないローランデとシェイルが、ゼイブンがどこに話しを持って行くのか見守ってる様子を見て、口を開いた。
「ファントレイユはまだ、ちゃんとした初恋もまだなのにそれを聞くの?
そう思ったらあんたが、ファントレイユと同じ年頃の女の子がいっぱい居る、貴族の集まりに連れて行ったら?
まさかここに居る全員にファントレイユが惚れちゃったとか、勘違いしないよね?」
ディングレーが、とうとう眉間を寄せて唸った。
「あんた、息子と俺達がどうこう思ってんのか?もしかして」
ギュンターも睨んだ。
「ふざけきった見解だ」
ゼイブンはその男達を見た。
「あんたらじゃなく、ファントレイユが面食いで男好きなんだ。
ヘタに惚れたら、失恋して泣くだろう?
可哀想じゃないか」
オーガスタスが、呆れきった。
アイリスはとうとう怒鳴った。
「男好きじゃなくて、君に構って貰えなくて寂しいから代理を探してる!
いい加減自覚して、もっと家に帰ってファントレイユを構ってやったらどうだ?
休暇願いを出したらいつでも、受理してやるぞ!」
ゼイブンはそれを聞いて、思い切り肩をすくめる。
だがゼイブンの性格を知り尽くしているローフィスは、そっとゼイブンの耳元でささやいた。
「今まで周囲は恋愛対象にならない大人の女ばっかだったんだろう?
男だらけに囲まれたらその内、それがどれだけうんざりか、解るように成って、絶対女に走るさ」
ギュンターもディングレーもオーガスタスも、流石だと、ゼイブンにそうささやくローフィスを見つめた。
「…そう、思うか?」
ゼイブンに聞かれ、ローフィスは頷いた。
ゼイブンはとうとう、腕組みし叫んだ。
「したいように、しろ!お前が望む事に反対しない!」
ファントレイユはようやく輝くような微笑を浮かべ、テテュスとレイファスをほっとさせた。