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「アースルーリンドの騎士」別記『幼い頃』  作者: 天野音色
第三章『三人の子供と騎士編』
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6 剣士の戦い方

 ファントレイユは周囲でもぞもぞと動く気配に、でももう少し寝かせて。と布団を抱いて横を向く。

がいきなり脳裏に、ローランデの鮮やかなブルーの瞳が浮かび上がり、一気に目が醒めた。

顔を上げるとテテュスがもう、いつも着ている紺の上着を付けて振り向く。

同い年の筈なのに…。

テテュスは凄く、大人っぽい表情で、青年のように引き締まった顔で、まるで…ここに集まってる近衛の騎士みたいに見えて、ファントレイユは一瞬、寝ぼけ頭で呆然とした。

テテュスが、寝台の上のファントレイユを見つめている様子に、隣で上着を付けていたレイファスは顔を、上げた。


朝日が差し込む寝台の上のファントレイユの髪は陽に透けて銀に見え、その淡い色のふんわりと覆う色白の顔立ちは透けたブルー・グレーの瞳を浮かび上がらせ、とても綺麗に見えた。

テテュスが昨日“僕が護る!”と言った言葉そのままに、自分がそれをする為に、どれだけでも苦しい鍛錬を受けて立つ気、十分なのが感じられて、レイファスは本当に感心した。

テテュスは目の前にある目標の為なら、少しも自分を惜しんだりしない。


レイファスが、寝台の上のファントレイユにそっと言葉を投げた。

「…置いて行かれたく無かったら、寝台から出ないと」

ファントレイユはテテュスの横に立つレイファスの、見慣れた可愛らしい赤い唇が動くのを見、慌てて布団を剥いで、寝台から駆け下りた。


ファントレイユが上着を引っかける、その横にレイファスが来ると、彼はレイファスを見つめた。

見つめ返す青紫の瞳が、無言で語る。

レイファスも、同意見のようだった。

自分達の世界はやっぱり女性達のそれに似て、少し怠惰で、そして華やかで軽やかだったけど、テテュスにそんな雰囲気は全然無くって飾りっ気無く、じっと、まるで女性の支度を待っている男性のように青年っぽかった。

その癖急かす様子無く、とても礼儀正しく、二人を婦人のように丁重に待っている。


テテュスは二人の綺麗ないとこが、まるで二人だけの会話をしてるように親しげな雰囲気で、二人だけの世界を作ってるように感じられて、ぼんやりと見つめていた。

とても華やかで綺麗で、どこか少女を思わせた。

ファントレイユのふんわりとした薄い色の髪が透けて肩にかかり、優しい雰囲気を作り、レイファスの俯く赤い小さな唇はとっても可憐で華やいで見えて、女性の集まりや集団に入った事の無いテテュスはつい、触れてはいけない宝物のように二人の身支度を見守った。


が、二人は思わず顔を見合わせる。

ファントレイユはテテュスが、まだ子供なのにとても凛々しい雰囲気を纏い、濃く長い栗毛を品良く肩に流し、整って綺麗な顔立ちのその静かな出で立ちを見つめ、思わず大きなため息を付き、レイファスもその気持ちは解る。と隣で微かに頷いた。


テテュスの隣に付くと彼は微笑み、でも途端に二人の脳裏に、ローランデとシェイルが浮かぶ。

テテュスの気持ちが痛い程二人は解り、思わず表情を引き締めた。



まだあちこち痛む体を抱えて子供達が食堂に、降りて来る。

が、アイリスはテテュスの顔付きが、見た事も無く引き締まってローランデを見つめるのにハッとした。

ファントレイユは俯いていたが、まるで決意を固めるみたいで、レイファスですら、きつい瞳をしていた。


ディングレーは腕組み、ギュンターもオーガスタスも頷き合った。

ローランデは彼らを出迎えるように微笑み、シェイルは少し心配げな表情を向けてつぶやいた。

「…やる気満々らしいが、お前らムキに成り過ぎると、マジで筋肉痛で死ぬぞ」

言って、彼はアイリスを伺うように見た。

テテュスの表情が半端で無く、気合いの入り方が、たった六つの少年の域を、超えていたからだった。

ローランデもテテュスの気迫を心配げに見つめるアイリスに気づき、彼にそっと耳打ちした。

「…ディアヴォロスに言われている。テテュスは出口が無いと。

だから…彼の出口を、作ってやれと」

アイリスはそう告げるローランデに振り向く。

見開かれたアイリスの濃紺の瞳が、語っていた。

苦難を避け、もっと楽しさや喜びを彼に与えたいと思っている、父親の親愛を。

だがローランデは知っていた。そこに辿り着く為に、自分の果たすべき役割を。

アイリスが、ローランデの決意に少し俯いた。


カン…!

甲高い音を立てて、テテュスの剣が唸る。

ローランデは彼の飲み込みの早さとカンの良さ。

何より集中力の凄さに、それでも微笑みをたたえながら迎え撃つ。

それでも彼はファントレイユとテテュスの二人を相手にしていたが、レイファスが加わってもまだ余裕のように、テテュスとファントレイユから繰り出される剣を立て続けに受けて、彼らの打ち込みの様子を伺った。


どんどん気迫を増すテテュスを見つめ、ローランデはすっ!と後ろに下がって剣を引くと、テテュスもファントレイユもがいきなり、打ち込みを止めてローランデの言葉を待つ。

「アイリス」

呼ばれて彼は、刃先を潰した剣を受け取る。

そしてローランデはテテュスに顔を向けると告げた。

「…彼は、敵だ。テテュス。

どの剣士よりも手強い相手だ。

彼の微笑と、その懐を良く見て置け。

迂闊に飛び込むと命を落とすぞ」

言って、アイリスに真剣にやれと目線を送る。


アイリスは剣を持ち、周囲の連中がいつもの彼の剣術を期待する雰囲気に戸惑い、テテュスを見つめた。

彼は真剣そのものの濃紺の瞳できっ!とアイリスを見つめる。

そして、ローランデはファントレイユの横に立ち、共に見学に回る。

アイリスはテテュスを目前にそれでもまだ、情けない顔をしていたが、テテュスが斬りかかる。

その風のような早さにアイリスは踊るように避け、まだ続くテテュスの剣をそれでもまだ、避ける。

テテュスはアイリスの優雅な、およそ剣を交えてるのじゃなくて踊ってるような様子にますます、気迫を増した。


二度、三度と斬りかかってもアイリスの優雅さは崩れず、足音も立てず踊るように素早く身をかわし、斬りかかるテテュスの剣を避けてみせる。

アイリスがテテュスの真剣な表情にそれでも戸惑いを見せたものの、いつもの、戦場でみせる微笑をその口元にたたえたのを見て、オーガスタスがそっとつぶやいた。

「ローランデはテテュスだけで無く、アイリスの親心も鍛えるつもりだな」

ディングレーは顔を下げた。

「…まあ…アイリスの息子可愛いの、でれつきぶりと情けなさは、半端じゃないからな…」


ギュンターはだが、喰えない男がいつもの剣を使う様子を眺めていた。

アイリスの微笑は敵のカンを刺激する。

普通あんまり相手を挑発しないに超した事は無いのに、アイリスは敢えてそれをする。

テテュスもその微笑で更に集中を増し、様子を伺って懐に、飛び込んで行く。

わざと…脇に隙を、作ってる。

相手を微笑で挑発しては誘い込む。

テテュスが突っ込んだ途端、アイリスは優美に身を翻すと途端、がっ!と、突き出されたテテュスの剣に、上から自分の剣を叩き付けた。


からん…!

テテュスの剣は一瞬現れたその剣の、あまりの激しさに、剣を手から地面に叩き落とされる。

ファントレイユが思わず息を顰め、ローランデはテテュスに、叫んだ。

「誘いに乗るからそうなる。アイリスの微笑は癖者だぞ!」

テテュスは剣を拾い、アイリスを見つめるがやっぱり彼は、うっとりと見とれるような微笑を、たたえたままだった。

あれにムキになると、彼のペースなんだ…。

ギュンターもオーガスタスもディングレーも、あの忌々しい微笑に向かっていくと、いつの間にか奴の作った隙に誘い込まれて処理されるのを知っていた。


ギュンターは、懐に飛び込んだ筈なのに一瞬の内に腹に深々と剣を突き刺され、驚きの内に倒れた敵を見たし、オーガスタスは咄嗟に剣を握る手首を掴まれ、捻られて剣を手から落とす敵を。

ディングレーはアイリスの剣が優美にしかし鋭く弧を描いて、相手は首から胸にかけてばっさり斬られ、絶命する敵を。

皆がアイリスが倒す敵の様子を見て、あんなに不本意に死ぬのは御免で、この男が味方で良かった。と心底思う相手だった。


テテュスは剣を返すと、アイリスの様子を伺う。

やっぱり、それと気づかぬ程の僅かな隙がある。

そこについ、微笑にいきり立って斬り込むと、彼は待ち構えて…そして…。

テテュスは幾度もそこに飛び込まないよう、剣で斬りかかる。

が、彼の作った隙以外に飛び込むとアイリスは優美な微笑をたたえたまま、どれ程素早く剣を突き出してもどれもとても優雅な動作でかわしてしまう。

隙に突っ込む以外は全く捕まらず、剣すらかわせない。


テテュスは決意したように、その隙に突っ込んで行った。

途端、上から振り下ろすテテュスの剣を紙一重で体を横にずらしてかわし、アイリスは微笑をたたえたまま腰を落として踏み込んだ。

テテュスは腹にその剣が、寸止めで突きつけられて居るのに、一瞬で肝が冷えてぞっとした。

「…手強い敵だろう?」

ローランデに言われ、テテュスはどうして今までアイリスが本気で自分の相手をしてくれなかったのかが、解った。

テテュスは一旦剣を握り直して体を引くと、また立て続けにかかっていく。

やっぱり、アイリスは自分の作った隙以外は全部かわして、懐に入る事すら出来ない。

彼を捕まえられるのは彼の作った隙に飛び込むしか無く、もし飛び込んだりしたら…。


次もやっぱり同じだった。

シェイルとレイファスが、ローランデとファントレイユの横に来ると、戦う彼らを見つめる。

「…また、やられるな」

シェイルがつぶやく。

ファントレイユもレイファスもがそう言う、肩の上で銀髪を揺らす、美貌の彼を見上げた。

テテュスが突っ込むとアイリスは微笑み、すっと右肩を引いて攻撃をかわし、いきなりその肩を戻して捻り様、後ろに隠れていた剣がテテュスの剣めがけ急襲する。

がっ!

アイリスの剣がいきなり現れたのにテテュスは対応出来ずまた、剣をはたき落とされた。


シェイルは唸った。

「…本当に、嫌な相手だぜ…。奴とやるのは、俺だってごめんだ」

ファントレイユもレイファスも、つい俯いてため息を吐いた。

シェイルでさえ、嫌なのか…。

見ると、ディングレーもオーガスタスもギュンターも、同意見のようだった。

「彼はカンも頭もいい。

無駄な体力を使わないし、一瞬で仕留める事を常に念頭に置いて戦っている」

ローランデに言われ、レイファスもファントレイユも感心したようにアイリスを見つめた。


アイリスの、落ちた剣を拾うテテュスの前に立つ姿はそれでも優美さがあり、やっぱりその微笑は消えたりはしていない。

「テテュス」

ローランデが呼ぶと彼は振り向き、自分の、肩で息をする程の疲労に気づき、アイリスの息一つ乱す様子の無いのに気づいた。

そしてローランデが進み出るのを見つめ、その視線が後ろ、ファントレイユとレイファスとシェイルに送られているのを見、彼らの横に控える為ローランデとその場を入れ替わった。


テテュスが、レイファスの横に立つ。

肩を上下させる程の荒い息に、レイファスは肩をすくめた。

テテュスは体力がある筈なのに。少なくとも自分よりはうんと。


ローランデがアイリスの前に立つと、アイリスが集中を増すかのようにその“気"が引き締まる。

さっきの微笑がどれ程柔らかだったかが、解る程。

彼は口元の微笑をたたえたままローランデを迎える。

アイリスと相対すとローランデは小柄に見えたが、アイリスはその強敵をたたえるように微笑んでいた。

その相手にどこか傅き、控えるような態度でだが、一歩も引く気の無い気迫を覗かせた。


ファントレイユは見惚れた。

アイリスは更に研ぎ澄まされたような優美さを見せたので。

激しさも強さも見せる騎士はいても、こんな優美な立ち姿の剣士は居ないだろう。

その癖、その長身のすらりとした立派な体格はとても、頼もしげに感じる。


ローランデはすっ、と剣を上げる。

途端、アイリスに比べて小柄な彼は倍以上大きく感じられた。

やっぱり…ローランデは早かった。

その素晴らしい足使いで一気に、斬り込むが、真っ直ぐ突っ込んで行っているように見えて、でも体の向きをその一瞬で三度は、変えた。

剣がどこに入れるかのフェイントを三度、掛けた事になる。

それでも…どこに剣を振り入れるのか、皆解らなかった。

アイリスは避けなかった。

ギュンターと同じで、全く剣筋の読めないローランデの剣は避けようが無いと言うように、ただ確実に自分を襲い来る剣を、待ち構えたのだ。


ローランデの剣が空を斬り襲いかかる瞬間、アイリスはさっと優雅に身を引いてその剣を、素早い剣で受け止める。剣を交えた瞬間、一瞬だがアイリスから微笑が、消える。

が、ローランデが一瞬の内に剣を引き、足を使い襲いかかる。

アイリスの微笑は消えかけたが、その右に、左に次々襲い来る剣を全て剣で受け取める優美さは更に冴え渡った。

彼が剣を振るとその優雅な美しさに一瞬、見惚れる。

ギュンターの時と違い、剣を受ければ受ける程、その舞踏のように素早い優美な動作は、流れるように美しく見えた。ローランデの風か水のような、流麗な挙動と相まって、まるで、二人で踊ってるように見える。


レイファスはそう思ったが、その間で瞬間交える銀の閃光からは、間違いなく火花が散っている。

しかも、ローランデの剣を受け止める一瞬、必ずアイリスの微笑が途絶える。

ギュンターですら、辛そうだった。

あんなに早く、しかも読めなくて、一瞬で斬りかり、相手が待ちかまえるのを察して一瞬で切り返し、直ぐ別の場所を襲い来るのに、対応するだけでも充分な受け身が取れなくて、間に合わせるのが精一杯で、体勢が、崩れた所に凄まじい重みの剣が、間髪入れずに飛んで来る。


ローランデだって一瞬で切り返している筈なのに、どの体勢からもあの重い剣を振れるんだ。

確かに、自分から攻撃が仕掛けられる程の余裕は無いにしろ、でも、アイリスはギュンターと違い、それでも優美な動作で良くローランデの動きに付いて行っていた。

剣を避け、身を払う動作も、鮮やかに打ちかかるローランデの剣を止める動作も、全て皆、舞踊のように美しかった。

まるでローランデの剣に、振り合わせているように見える。


が…テテュスは目を、見開いた。

けれどあの、アイリスに疲労が見える。

ローランデと剣を交わす度に、少しずつ。

彼の呼吸が乱れて行く。

次の剣を受け止める時少し…タイミングがずれ、でも直ぐに気を入れ直し、次には呼吸を整え…それでも、三度目にまた、呼吸を乱す。

ローランデがそれを、意図してしている。

アイリスを、討ち崩す為に。

アイリスが受け損なう場所を狙い、襲いかかり、瞬間、待ち受けるアイリスの予想を裏切って左かと思うと右に。

一瞬で剣を引き、下から、もしくは上から。

並の剣士では考えられない素早さで剣を切り返して、こちらの予想を裏切って来る。

そして、それが続けばアイリスは、ローランデの剣をどこかで…受け損なうんだ。


それに…ローランデの剣は腕や足にひどい負担がかかるみたいだ。

アイリスの微笑がローランデの剣を受ける度消えるのは、彼が…そう、見せないけど、歯を喰い縛ってそれを受け止めているからで、じゃないと崩れた体制で、ローランデの剣を受け止めきれず、次の剣を受け損なう。

受け損ねたその一瞬で勝負が決まるのは、ギュンターの時と同じだ。

アイリス程の剣士でもローランデ相手には、自分からかかっていく事が出来ないんだろうか?

ローランデが存分に剣を振るうと、相手は全く攻撃に出る事が出来なくなるだなんて…。

でもアイリスは、少しも顔色にそれを出さない。

どれだけ余裕無くローランデの剣を受け止めながらもその優雅さを、崩す様子を、見せない。

例えそれが、はったりだとしても。


テテュスも…ファントレイユも思った。

自分達の時ローランデは仕掛けてこないから解らなかったがローランデは…攻撃型の剣士なんだと。

アイリスは待ちかまえて誘い込むし、ギュンターは相手の隙を見つけてその激しい剣を振り、一瞬で相手を仕留める。

でもローランデは…。

相手が受け損ねた時、勝負が決まる。

ローランデの剣は怯む様子も戸惑いすら無い。

流麗な素早い動作で…丸で自分の全てを出し切るかのように淀みなく、一瞬で隙を見極め、襲いかかり、相手が待ちかまえてると知った瞬間、別の隙に一瞬で切り返してかかっていく。

その一瞬の内でも幾度も剣筋を変えながら。

前後、左右にその見事な足捌きで場所を移動しながら、襲いかかるように鋭く、幾度も剣筋を変えて振り入れ、相手がそれに対応しきれず、崩れる迄攻撃を、止めたりはしない。


でも彼の戦う姿を見ていると、まるで風や水のような清々しささえ感じる。

引く事を知らない、その素晴らしい剣士の戦う姿勢は。


ファントレイユもテテュスも、レイファスですら、二人の戦いが余りに見事で優美で、感嘆のため息しか出なかった。

がっ!

ローランデの剣をアイリスは真正面から受けたものの、その微笑は完全に消えていた。

ローランデはふっ、と戦意を、解く。

アイリスが途端、初めて表情を崩し、ほっとした表情を浮かべて剣を、引いた。


途端、ローランデがそれに気づいて眉を顰める。

「…息子の前で格好付けたく無いのか?」

アイリスはむすっと、ふてくされた。

「格好付けたいさ。出来るならね。

でも君にもう少し手加減してくれと頼む程みっとも無いマネをしてまで、付けたくない」

つい、シェイルが吹き出し、ディングレーは横を向いて笑った。


レイファスもファントレイユも顔を上げると、ギュンターもオーガスタスも、アイリスのふてくされる様子に、くすくす笑っていた。

アイリスはふて切っていたが、テテュスの見つめる視線を受け、その一途な濃紺の瞳に魅入られるように表情を崩すと、微笑んだ。

「格好良く無くて、ごめん」

テテュスは首を横に振った。

「凄く、格好良かった…」

ギュンターもそうだったがローランデと戦うと、相手の凄さが解る。

ローランデが強いから、ギュンターもアイリスも本来の自分を見せるからだった。


アイリスが息子の賛辞に顔を揺らすと、ファントレイユも言った。

「凄く…優美で憧れる」

アイリスはそれを聞くと、いつものとてもチャーミングな笑顔を浮かべてローランデに振り向いた。

「格好付けない方が格好良かったらしい」

ローランデはその調子のいいアイリスに肩を、すくめて見せた。


次にディングレーが呼ばれ、彼は隣のオーガスタスに

「俺も鍛える、対象らしい」

ぼそりとつぶやき、オーガスタスにぽん!と肩を、叩かれた。

ディングレーは不思議な気が、した。

オーガスタスと、それ程仲がいい訳じゃない。

だがオーガスタスはいつも…相手で態度を変えたりは、しなかった。

ローフィスも同様で、どんな相手でもさりげなく、気遣う様子を見せる。

そしてそういう気遣いは…仲間が思わず惚れるものだ。

誰もがオーガスタスを慕い、彼に人が集まり来るのは…彼のそんな、懐の広さなんだろう。


考えてみればディングレーはギュンターの気持ちは良く、解った。

どこか自分に似た不器用さが、あったので。

そのギュンターがあれ程オーガスタスと親しいのは…多分、その容姿だとか身分だとか…オーガスタスが外見で人を判断してその相手との間に垣根を、作らないからだ。

ギュンターはその突出した外見のせいで、男達から常に色物のように見られていたし、ディングレーは王族の血を引く大貴族。という身分のせいでどこか…いつも人に、引かれていた。

誰もが無意識の内に彼を特別扱いして遠ざけ、彼もそれを知り、別に無理をして親しもうとはしなかった…。

迎え撃つのはファントレイユだった。

ディングレーは顔を、揺らした。

人形のように綺麗な彼は、お行儀が良く、何を考えてるのか最初は解らなかったけれど…その内面はいじらしい程男の子で、気性が真っ直ぐで優しい性格で、本当は腕白で暴れたいのをじっと…文句も言わず我慢している、気持ちのしっかりした子供だった。

テテュスもそうだったが、気づくと彼ももう、可愛くてたまらなくなっていた。

子供は身分で判断しない。

彼自身の人柄を真っ直ぐ、見てくれる。

その事がこれ程嬉しい事だなんて、ディングレーは今の今迄、知らなかった。


ちらとローランデに視線を送る。

彼にはバレているだろう。そういう相手に思い切り、剣を振ったり出来ない自分を。

ファントレイユはだが、真っ直ぐディングレーへ斬り込んで入った。

初めて会った時のあの静かさの中に間違いなく、鋭い気迫が漲っていた。

振って来る剣の切っ先に、きつさが宿る。

つい、それに引きずられ、本来の剣を握る自分に引き戻される。

「ディングレーって…格好いいね…」

レイファスがささやくとテテュスも笑顔で、つぶやいた。

「凄く…男らしいね」

アイリスは二人のその評価を耳に、自分はどう見えていたのか気にする様に首を傾げ、シェイルとローランデはそれに気づいてつい、自信を無くす様子を欠片も見せた事の無い男のそんな様子に、目を見交わし合って肩をすくめた。


ディングレーもやはり、ファントレイユと剣を交えなかった。

さっ!と、アイリスとは全然違う、しなやかだがどこか荒々しい様子で、立て続けに避けている。

つい、テテュスがアイリスを見上げた。

「…本気だと…剣を交えられないの?」

アイリスが彼を優しく見下ろした。

「きっとつい気が入っていつもの振りをしたら…ファントレイユが傷つくかもと、心配なんだ。ディングレーは」

子供達は、とても男っぽくて怖そうなのに凄く…本当は優しい彼を、見た。

真っ直ぐな長い黒髪を肩に背に流し、深い青の瞳に少し、焼けた肌をし、広い肩幅と逞しい体格の、気品ある彼を。


態度も言葉もぶっきら棒なのにいつも一緒に居ると、危険から彼らを護ろうと無意識の内に気遣ってくれていた。

ファントレイユは『お前相手に真剣に剣が振れるか?』と言っていたディングレーを真っ直ぐ、見つめた。

彼は大好きだった。

だからこそ…彼が真剣に剣を使う様を、見たい。

ディングレーは幼い彼が、自分と同等の男のように扱って欲しいと熱望するその熱さを感じ、それでもまだ、ファントレイユの鋭い剣を交わし続けた。

冷やりとする剣が幾度も入り、ファントレイユのカンの良さと本気を感じたものの、ディングレーはまだ、彼に剣を振るえなかった。


ギュンターは頭一つでかいオーガスタスを見上げて唸った。

「あれは良く解る。ファントレイユの本気にそそのかされてつい剣を振るうと…」

「加減が出来ないんだろう?」

オーガスタスに言われ、ギュンターは顔を揺らした。

「あの気迫は真剣突きつけられるのと、同じだからな」

オーガスタスは頷いた。

「一番、危険だな。アイリスの挑発よりタチが悪い。

あの気迫で自分より腕のある相手に突っかかっていったら、相手は殺すつもりが無くても殺しちまう」

ギュンターはその通りだと、ため息付いた。


ディングレーはファントレイユが、必死でローランデの足捌きを意識し足を使う様子も見た。

たどたどしさが抜け、襲って来る瞬間はとても早い。

子供ながらも漲る気迫は半端じゃなく、彼がどれ程鬱積し…思い切り戦いたかったか、解った気がした。

剣を交えると相手がどういう人間か解るが、その鋭い気迫は、ファントレイユがどれ程長い間自分を抑え、我慢していたのかを物語っていた。


空いた左にファントレイユが突っ込み、剣を返してディングレーを襲う。

ディングレーは逆を突かれた上不意打ちで、とうとうファントレイユの剣を、真正面で受けた。

皆が、知っていた。

ディングレーは相手を決して、なぶらない。

いつも、向かってくる剣を馬鹿が付く程正直に、真正面で決まって、受け止めるのだ。

どれ程彼が自分を隠しても、気性が真っ直ぐで公平な人間だと、それで解ってしまう。

ファントレイユは咄嗟に剣を引き、立て続けに斬り込むが全て…ディングレーは体を返して真正面で、受け止めた。

ディングレーの、青い瞳が剣越しに見える。

誰もがつい彼に一目置き、彼を大切にしたくなる気持ちが解る。

ディングレーが戦う相手から決して目を、そらしたりはしないから。

ファントレイユは剣を、引いた。知らなかった。

剣を交えるのは相手を、倒す事だと思ってた。

でも…相手を知る事でも、あるんだ。

だから、ゼイブンは一旦剣を抜くと殺してしまう自分を“下手”だと、言ったんだ。


またかかって行くのに、ディングレーはその剣も、屈んで真正面で、受け止める。

幾度隙を狙って切り入れても、ディングレーは必ず体の正面を持って来て相対する。

無言で、本気で俺を、殺したいのか?と…問われてる気がした。


がっ!

とうとうディングレーが捌きにかかった。

剣を放した瞬間真上から、力の一瞬抜けたファントレイユの剣を振り下ろして吹っ飛ばした。

からん…!

ファントレイユは、つい手の痺れを感じ、固まった。

アイリスも…そうだがディングレーも決めるとなると一瞬だ。

ディングレーは気遣う視線を彼に投げたけど、ファントレイユはその剣の奥深さについ、呆然とした。


ローランデがそっ、とファントレイユの肩に触れ、彼は顔を、上げた。

その素晴らしく強い剣士はだが、とても穏やかで優しい、でもとても綺麗なくっきりとした青の瞳で見つめていた。

「自分を…自分の戦い方をまず、一番に考えなければいけない」

ファントレイユは頷いた。

「自分の事がちゃんと解っていれば…相手と存分に戦える」

それはファントレイユに向けられた言葉だったけれど、レイファスもテテュスもそれを心に刻んだ。


ディングレーが、ファントレイユに気遣う視線を送るのを止めないので、ローランデは顔を上げた。

彼らはまた、ローランデが出ると気を引き締めたが、ローランデはオーガスタスに視線を、向けた。

オーガスタスは直ぐその視線の意味を察し、本気かよ。とぼやくように頭を掻いて進み出た。

オーガスタスの横に居たギュンターは、ローランデの横に付く隙を伺うが途端、シェイルとアイリスに、二人同時に振り向かれ、じろりと視線で押し止められて、ふてくされ切った。


オーガスタスがディングレーの前に進むと同時に、ギュンターも皆の場所迄やって来て、アイリスの正面でぼやいた。

「軽口くらい、いいだろう?」

「見てるだけで、臭いも嗅げない馬の人参みたいだね」

ギュンターがそうつぶやくうんと小柄なレイファスを見下ろし、腰に手を当てて思い切り、吐息を吐き出した。

その滅多にそこいらではお目にかかれない美貌の男の沈んだ様子と、レイファスの無礼な例えに、テテュスはつい二人を見たが、ギュンターは控えるようにレイファスの横に付くとレイファスは、彼を慰めるように見上げ、それがカレアスにするみたいでつい、テテュスは吹き出した。


ファントレイユは一見無礼な例えだけど、レイファスに悪意が無いのをギュンターがちゃんと知っている事に驚いた。

レイファスは本気で口をきくと大抵誤解を受けるから、自分のその言葉の“武器"の威力を知っていつも加減してるのに、ギュンターにはそうしないで本来の自分で話してる。

ギュンターが表面にこだわらず、その本質をいつも瞬時に受け止めるカンの良さに、誰もがきっと、彼を好きに成らずにはいられない親しみを感じてると、ファントレイユは思った。


ディングレー同様、その美貌も手伝ってどこか近寄りがたいのに、いざ寄ってみるとさりげなく身の内に、包み込んでくれる暖か味がある。


ディングレーはその大柄なオーガスタスの引き締まった体が目前に立つのについ、眉を寄せてつぶやいた。

「マジかよ…」

オーガスタスは、どうやらそうらしい。と肩をすくめた。

学年が違い、殆どオーガスタスとは剣を交えた事が無い。

その大柄な男は滅多に剣を振らなかったが、一旦振り下ろすとその体格から存分に力を振るい、しかも相手を確実に仕留める正確さで、その振った剣が外れるのを、見た事が無い。


ディングレーはまだ剣を下げたまま、相手の出方を伺った。

オーガスタスが正面で、ゆっくり右に剣を持ち、笑うのを見つめる。

「…かかって来ないのか?」

オーガスタスの言葉に、ディングレーは体を横向け、唸るようにつぶやいた。

「迂闊に切り込めるか!アイリス同様、タチが悪いだろう!」

オーガスタスはディングレーの警戒する様子にまた笑うと、その大柄な体がしなやかに屈んで、小さく見えた瞬間、ディングレーとの間を一気に、詰めるのを皆が見た。


ディングレーが咄嗟に避けるが、まるで鬼ごっこのように避けた方へ、その体で遮ってディングレーの逃げ場を塞ぐ。

「普通剣を使うだろう!」

ディングレーは剣を振り下ろすが、オーガスタスは上体を横に捻って、笑って避ける。

いつの間にかディングレーは、オーガスタスに斬りかかっていた。

二度、三度剣を振るが、オーガスタスはディングレーの行き場を塞ぐ癖に剣を使わない。

一瞬だった。

オーガスタスの、剣を握る手に力が籠もり、ディングレーは察して剣を突き出す。

オーガスタスは一瞬後ろに下がりディングレーは次に上から振り下ろされるオーガスタスの剣を警戒したが、オーガスタスは横に詰めた。


ローランデは剣で襲いかかるが、オーガスタスは剣を振らないのにその剣がいつ、どこから飛び出して来るのか解らなくて、見ていて凄く、はらはらする。

もう、剣が来るか…と言う程間合いを詰めているのに、まだ剣は飛んで来ない。

「…最悪だな」

アイリスが、ため息を付き皆が彼を、見る。

「お前に最悪だと言われる事が、最悪だ」

ギュンターが、そうぼやいた。

アイリスが異論を唱える。

「だって私はちゃんと、相手をなぶるつもりでやってる。

オーガスタスのは本人にそうする気が無くても結果、相手はなぶられてる。

気持ち悪いだろう?思い切り腹が立てられなくて。

大体…」

まだ言葉を続けるアイリスを皆が見つめていたがアイリスが、少し怒ったようにつぶやく。

「あれだけ間合いを詰めて剣を振らないなんて、信じられないを通り越してあんまり相手を馬鹿に、しすぎてる!」

ギュンターがつぶやく。

「俺なら左で殴るがな。

全うな剣士は剣を振るのが喧嘩だと思ってるから、ああいう戦法にはど肝を抜かれるんだろうが」

子供達三人がギュンターを、見た。

「…そういう事か…」

レイファスがつぶやく。

追いつめて間を縮めるオーガスタスに、ディングレーはとうとう、思い切り剣を振った。

オーガスタスは見事に体を振って避けたがディングレーは先刻承知、と言わんばかりに、オーガスタスが避けられなくなる迄剣を繰り出し続ける腹だった。


ディングレーの剣捌きは初めて見たが、確かにギュンターの言うとおり、ディングレーも器用だった。

淀み無く剣を鮮やかに切り返し、鋭い切っ先の剣を、避けるオーガスタスが冷やりとする場所へ斬り入れ、オーガスタスは紙一重でそれをかわしてるように見えた。

「挑発してるな…」

シェイルがつぶやき、アイリスも頷く。

「オーガスタスの本気を煽ってる」

オーガスタスはそれでもまだ、ディングレーの剣の嵐を避け続け、剣を振るう様子が無い。

「だが…」

シェイルの言葉に皆が彼に振り向く。

「…あれで間合いを空けずに剣も振らないとなると、ディングレーにしちゃ馬鹿にされてるとしか取り用が無いぜ?」

彼のぼやきにアイリスが思い切り、同感だと頷いた。


確かにオーガスタスはどれだけ避けても、ディングレーから飛び退いて逃げたりはしていない。

振った剣が届く範囲から、退こうとはしなかった。

子供達はその接近した距離で、剣を鮮やかに振り回し続けるディングレーの格好良さと、オーガスタスの紙一重でかわすしなやかさに見とれた。

ギュンターが、金の髪を少し肩の上で揺らし、つぶやいた。

「オーガスタスは剣を振らずに済むなら、あの長いリーチで殴って相手を気絶させる腹だ。

あの距離から引かないのは、狙い澄ましているからだろう?」

ギュンターの言葉に皆が改めてオーガスタスを、見つめる。


屈んで体を畳んでいるから小さく見える。

でも多分、殴るとなったら一瞬で、その長い腕が繰り出されて仕留められるんだろうな。と。

ディングレーも気づいていた。

左の拳を入れる隙を、狙う様子が垣間見えて。

ディングレーは『こっちは、剣握ってるんだぞ!』ときっちり腹を立てていたが。


ローランデもシェイルも、ディングレーが真剣さを増すのを見た。

今まで本気で仕留める気の無かった剣が、鋭さを帯びてぞくりとした銀色に光る。

避けるオーガスタスの動きを見取り、逃げた先に繰り出される素早い剣を避けきれず、とうとうオーガスタスはその剣を自らの剣で、受け止めた。

がっ!

が、ディングレーは次を振り入れようと剣を引き、その瞬間オーガスタスが一気に間を詰めて左肩を一瞬後ろに引き、ディングレーが剣を振り上げる一瞬の隙を狙う。

ディングレーが剣を振り下ろす間も無く、オーガスタスの左拳が飛び込んで来る。

結果後ろに飛び退いたのはディングレーだった。

オーガスタスの拳が、真っ直ぐ腹に入るのを避けるのになんとか間に合う。

腹を掠めるその左拳に、一瞬ディングレーは剣をきつく握り頭上から、体を低く倒し屈むオーガスタスの体めがけ、振り下ろした。

それを察したオーガスタスが、瞬間顔を上げる。

がっ!

ディングレーの、顔が歪んだ。

「…普通、避けるだろう?」

オーガスタスはだが、笑った。

「間に合わない」

ディングレーが怒りに顔を歪め、怒鳴った。

「ならせめて剣を使えよ!

殴り合いをしてんじゃねぇぞ!」


ディングレーが真剣に腹を立て、アイリスもシェイルも気持ちが解ると言わんばかりに、俯いた。

ディングレーの、剣を振り下ろす右手首を、オーガスタスは力任せに掴んでいた。

その素早く重い一撃を、一瞬の内に止めるその力技は、オーガスタス以外に出来やしないと思われた。


ディングレーは剣を持つ腕を下げ、握られた右手首に一瞬視線を落とし、オーガスタスを真正面から睨んで怒鳴った。

「いい加減、放せ!」

オーガスタスは彼の手首を掴んだまま、やっぱり笑った。

子供達は目を、見開いた。

その大らかな笑いはまるでディングレーを気遣うようで、真っ直ぐな気性のディングレーをとても大切にしている様に、見えたからだ。

そういう男は、死ぬべきでは無いと言うような。


ディングレーはファントレイユ相手に剣が振れるか?と言ったけれど、オーガスタスもそうみたいに。

テテュスもファントレイユもレイファスも、年下の駄々っ子を思いやるみたいなおおらかなオーガスタスの笑顔に、つい魅入った。

けどディングレーはぷんぷん怒り、ギュンターは思わず肩を、すくめた。


「ギュンター」

ローランデに呼ばれて、彼は反射的に振り向く。

その表情が、二人切りの時に恋人に名を呼ばれたような親しげな甘い表情で、皆がつい一瞬、その彼の甘い美貌を一斉に凝視した。

ローランデは男らしい輝きを放った美貌を見せるギュンターを、困ったように見つめつぶやいた。

「…レイファスの相手をしてくれるか?」

ギュンターは、ああ…。と思い出すようにその少し甘く隙のある表情を厳しく引き締め、彼の愛する端正で優しげなローランデの俯く表情を見つめ、その言葉に従ってレイファスに視線を移し、頷いて促した。


途端、レイファスは落胆を隠す彼に同情を寄せたものの、つい俯くと、ため息を、吐く。

ディングレーとオーガスタスが譲った場に立つと、ギュンターはレイファスを待つ。

「レイファス」

レイファスは進み出ようとして、ローランデに呼び止められて振り向く。

「短剣を使っていい」

レイファスは頷き様つい、ローランデの横に立つシェイルに視線を移す。

銀の髪に被われたその見惚れる程の美貌の、だが射るような大きな緑の瞳をきっちり向けたレイファスのその指導者は、彼に向かって低い声で怒鳴った。

「…絶対!遠慮するな」


レイファスは、シェイルのその気合いの入り方に、青く成って頷いた。

ギュンターは剣を下げて持つが、うんと小柄なレイファスは前に出るなりギュンターに横向き、右肩を突き出して右に握る剣を後ろに隠し、体を捻って剣をいきなり横から振り入れた。


ギュンターは、腰の辺りに小枝がいきなり弾かれて飛んで来たようなその剣を避けると、次の瞬間、間髪入れずレイファスの左手から放たれた、襲いかかる短剣を顔を振って避ける。

ほんの僅かでも避け損ねていたら、確実に顔を傷つけていて、テテュスもファントレイユもつい、その鋭さにぞっとしたが、シェイルは駄目だと言うように腕組みして唸った。

「…掠り傷くらい、作れないのか?」

ファントレイユはその辛口の評価に俯き、テテュスは動揺して顔を揺らした。


続いてレイファスが突っ込んで剣を腹に突きつけるのを避け、ギュンターはまた短剣を警戒したがレイファスの剣は直ぐに横に振られ、ギュンターの腹を立て続けに、襲う。

「身長が全然足りないから、腹しか狙えないか…」

シェイルが言い、だがレイファスの剣捌きは素晴らしく器用だと、ファントレイユもテテュスも思った。

軽いんだろうが、切り返しが早い。

彼の頭の回転の早さ同様に、素早く切り返しながらギュンターの隙めがけて次々に突いて出る。


ギュンターは相手が小さ過ぎて、それは手こずっていた。

幾度か、剣を振るより足で蹴ろうとむずむずしてるのを皆が、感じる。

ディングレーがそれを見て、たっぷり頷いた。

「覚えておく。あんたもギュンターも、剣だけで戦う気が無いって事を」

オーガスタスが肩を揺らした。

「…まあ、次のお前との対戦が無いのを祈ろう。

同じ手が通じる程、甘くないしな」

ディングレーがその賞賛にそれでも上目使いで、思い切りオーガスタスを睨んだ。

「…根に持ってるな…」

その様子にオーガスタスはぼそりと、つぶやくように隣のアイリスに告げる。

が、アイリスはディングレーを庇った。

「当然だと思う。彼としては、遊ばれたとしか取りようが無いだろうし」

オーガスタスはだが、肩をすくめた。

「こんな真っ直ぐな気性の激しい男と、真正面から斬り合うのはごめんだ。

俺だって自分の腕が、可愛い」

アイリスが呆然と彼を見つめてささやいた。

「君でも、彼の剣を受けるのはしんどいのか?」

オーガスタスは肩をすくめた。

「…ずしんと来るし、腕だけで無く肩も腿にも来るからな。

打ち合い続けるなんて問題外だ。

捌けるんなら、拳を使うさ」

アイリスも思い描いて吐息を吐いた。

「…ごもっともな意見だ」


ディングレーが大きなオーガスタスを、呆けて見上げた。

「あんた程の力持ちが、俺の剣が重いって言ってんのか?…マジで?」

ローランデがそっと、ディングレーにつぶやいた。

「一番打ち合って耐久性があるのは、多分君かギュンターだろうね」

ディングレーが自分より頭一つでかいオーガスタスを指さした。

「あっちが上じゃないのか?」

シェイルもローランデを見たが、ファントレイユとテテュスも見つめた。

ローランデは戦ってる時とうってかわって、優しげに見えるその独特の色の髪を肩に背に流し、穏やかな青い瞳をしていた。

「オーガスタスは筋肉がしなやかだ。

瞬発力に勝れているから、ヘタに打ち合って筋肉が硬くなると、彼本来の戦い方が出来なくなる」

皆がつい、感心したようにそう言うローランデを見つめた。


ギュンターはまだレイファスの短剣を警戒していたが、レイファスはそれを使う様子が無い。

とうとうギュンターの我慢が切れて、突っ込んで来るレイファスに足を使った。

本気で無かったのが幸いで、避けられたが多分、ギュンターは足を使う機会があれば戦闘中でもやってるんだろうと皆は思った。


ざっ!

短い動作で足を掛けようとするのをレイファスは避けながら、咄嗟に左手を振る。

ギュンターは至近距離から腹に飛び込む短剣に気づき、瞬間体を反らしてそれを剣で叩き落とした。

「…お前……」

レイファスはギュンターに睨まれて、ついびびって後ろのシェイルに振り返り、視線を送る。

シェイルはギュンターを冷やりとさせる生徒の出来に、腕組みしたまま満足そうにギュンターに、笑った。

「相手がチビだと侮ってるから、隙だらけなんだ」

ギュンターがそう言う、はっとする程人目を引きつける美貌の男を睨み、チッ!と舌を鳴らす。

ローランデがその二人の様子に思い切り、ため息を付き、間に挟まれて困惑に項垂れる小さなレイファスを見つめた。

「シェイル。レイファスと代わって君の生徒に君の戦いぶりを見せてやってくれ」

シェイルは親友の許可を得、全開で微笑むと頷いた。

が、その美貌の彼の素晴らしい微笑は、仇敵を叩ける喜びの笑みで、ディングレーもアイリスも眉を寄せ、揃って二人同時にローランデに尋ねた。

「…大丈夫なのか?」


オーガスタスは腕を組んでいたが、いざとなれば乱入する構えを見せた。

ローランデは仕方ないだろう?と二人の視線を、困ったようにギュンターの前に立つ小さなレイファスに送る。

「…だってあれじゃ、レイファスが気の毒だ」

「…確かに」

アイリスは頷くが、ディングレーはシェイルが練習試合で終わらせる気が無いと踏んで、いぶかった。


レイファスはシェイルが隣に立ち、下がれと指で後ろを指すのを見て、ほっと胸を撫で下ろした。

シェイルがギュンターを、嬉しそうに見つめる。

ギュンターの眉が思い切り、寄る。

「獲物を仕留められる機会を得て、嬉しそうだな」

ギュンターがつぶやくと、シェイルは微笑んだ。

「笑いが止まらないぜ」

言うなり剣をさっと抜く。

ギュンターは構えるが、シェイルはしなやかな動作でギュンターにかかっていく。

見事な足さばきで、二度、進路を変えてフェイントをかけ、ギュンターがどこから打って出るかを見極めている内にシェイルの後ろに回した左手から、短剣がびゅっ!と彼の右肩を掠め、ギュンターが咄嗟に間一髪で交わし直ぐに胸。そしてあっという間に腹に飛んだ。


ギュンターがさっと体を下に、沈める。

金の髪が残像でその場に残り、短剣が銀の刃の輝きを放ってその空間を切り裂く勢いで突っ走って行く。

ギュンターは皆が見惚れる程、しなやかで早かった。

胸と腹を狙う剣はギュンターの沈んだ頭頂を掠め、止める者無くそのまま後ろに飛んでいった。

が、体を起こす前にギュンターの、頬めがけて新たな短剣が低く飛ぶ。

ギュンターは咄嗟に剣を、切っ先を地に付け顔の前に立てて飛び来る短剣を弾くが、もうその時シェイルは屈むギュンターの頭上から、一気に剣を振り降ろそうとしていた。

ギュンターは体を僅かに起こし様、間を詰めるシェイルの腹めがけて右肩を突き出し突進し、途端、シェイルは掴みかかるギュンターを避け、左腕を思い切り後ろに引いた。


短剣を繰り出す左手を、ギュンターが掴みにかかったのは明白で、ギュンターの体がなだれ込み、シェイルに襲いかかる瞬間彼は後ろに、飛び退く。

飛び退き様咄嗟に繰り出す短剣を、ギュンターは剣を目の前で鋭く振り、叩き落とす。

隙を見逃す事の無いハンターも見事だったが、間髪入れずに叩き落とすギュンターは鮮やかだった。


そのしなやかさは、本当に豹のように見え、子供達は違った輝きを放つ美貌の二人の戦いに、見惚れた。

シェイルはたおやかで、なよやかにすら見える柔らかな体付で、女性的にすら見えたのに、その繰り出す短剣は息を飲む程鋭かったし、ギュンターはそのしなやかな動作に揺れる金髪はとても勇猛に目に、映る。


テテュスとファントレイユはその金髪を揺らす美貌の男の俊敏さに感心し、レイファスはあれだけ長身なのにその動作は素早くて、ギュンターの反射神経に感服していた。

よく、あのシェイルの立て続けに繰り出される短剣を、避けられるものだと。


シェイルはその猛獣に間を空けると、笑って左手に握る二本の短剣を順に軽く上に放り投げて、一本ずつその手で受けた。

ギュンターはまだ、眉を寄せていた。

両刀使いと変わらない上に、もう片手から繰り出されているのは、距離を置いても牙を剥く短剣だった。


ギュンターがシェイルを睨み据えたまま、さっと左手で脇差しを引き抜く。

その短い剣は、ローランデも使っていたが短く軽く、短剣をはたき落とす用の剣だと解った。

が、シェイルは短剣を握る左手を後ろに隠し、剣筋を読ませない。


ギュンターはざっ!と足を開き長剣を後ろに構え、左肩を前に出す。

先に短剣が飛ぶと判断した構えで、左の剣で叩き落とす気だ。

ファントレイユもレイファスも、思わず息を飲んだ。

二人は明らかに、本気だったからだ。

シェイルは、笑った。

そして再びそのギュンターからは小柄に見える体を更に屈めて、突進する。


早い…。

だが…シェイルはその短剣を、走りながら右手に向かって放る。

右手で短剣を受け止め、右の剣はいつの間にか左に握られ、その魔法のような一瞬の交換に皆が見とれ様、ざっ!

左から飛ぶ短剣を警戒していたギュンターは、腹を狙う短剣がシェイルの右手から走るのを、見た。

一瞬、ギュンターの判断が、遅れた。

剣で叩こうかと、迷った隙にもうその短剣は、腹へと入って行った。

テテュスは目を、閉じそうだった。

ギュンターの腹にそれが、刺さったと思ったがギュンターは咄嗟に体を横向けてそれを避けた。


皆が一斉にそのギュンターの素早さにほっとする。

が…よく見ると腹の衣服が裂けてる。

避けたギュンターにシェイルは突っ込んで行った。

体勢の崩れたギュンターの、胴はガラ空きで、長剣を突き刺す勢いでシェイルは脇を閉めて剣を真っ直ぐ付き出し突っ込み、ギュンターは僅かに避け、皆に背を向けた途端それを、受けた。


シェイルの体が、背を向けたギュンターの懐深く入ってその体に隠れた瞬間、ギュンターの背が一瞬、びくん!と大きく震えた。

全員が思わず吐く息を止め、ディングレーが走り寄り掛けて、足を止めてるオーガスタスとローランデに振り向く。

アイリスはそっとローランデを見つめ、その判定を待った。


「…くそ!俺をローランデの寝室に入れたくないなしても、やりすぎだ!」

ギュンターが叫ぶ。

シェイルは顔色も変えずにギュンターの腹から顔を、起こす。

その手に握る剣を下げるが切っ先に僅かに血が滴り、ギュンターが体を捻ると、彼は真っ直ぐ上に突き立てた左の剣を握っていた。

が、その刃の奥の腹はやはり裂けたように衣服が破れ、その隙間から微かに血が滴るのを皆が見たが、掠り傷なのは明白だった。


ほっと安堵の吐息を皆一斉に、洩らす。

「…突っ込んで来る瞬間、腹の前に剣を突っ立てシェイルの剣筋を、変えて腹を庇ったのか?」

ディングレーがささやき、ローランデは頷きながら困ったようにシェイルを、見た。

が、当のシェイルはギュンターの腹の、破れた衣服から覗く掠り傷を見、落胆して怒鳴った。

「…短剣が、一本も当たらない!」

シェイルのぶつくさ声にギュンターはかんかんだった。

「腹に付けた傷で我慢しろ!」

「それだって、避けやがったじゃないか!」

「避けるだろう!普通!じゃなきゃ…!」

「重体だな…間違いなく」

皆が後ろからのその声に、一斉に、振り向く。

見ると、ローフィスが項垂れきって、たたずんでいた。

シェイルがその姿を目にし、呆けてつぶやいた。

「…ローフィス………」

ローフィスの横に居る人物を見つけて、ファントレイユが嬉しそうに、叫んだ。

「ゼイブン!」

ゼイブンはファントレイユを見たが、訊ねた。

「…お前達の剣の、講習じゃないのか?

どうして決闘してるんだ?」


全員、そのゼイブンの言葉に思わず、下を向いた。





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