5 就任祝いの舞踏会
ファントレイユが大公家の若い侍従におめかしされるのを、じっ。と耐えてるのをレイファスは横目で見る。
自分もパフをはたかれ、華やかな衣装を着、髪を整えられてるのを、我慢してたから。
ダンザインが戻り、就任式の映像を一人に流した事から、『光の里』中で映像を人に見せる事の出来る能力者達が拡散し、ファントレイユもレイファスも、テテュスもその式の様子を、“里”の子供達に見せて貰っていた。
紫の隊服。
金飾りと紫の宝玉を付けたギュンターの姿が、素晴らしく綺麗で立派だったから、この舞踏会でギュンターに会えるんだと思うと、三人共はしゃぎたいのを、じっ…と我慢して仕度を整えてくれる召使い達の邪魔しないよう耐えた。
ミラーレスがやっぱり、ぶつぶつ文句言いながら、横を歩くまだ青ざめたアイリスにもう一度、釘を刺す。
「…いいですか?
私は一言も『出かけていい』とは言ってませんからね!!!」
アイリスは項垂れるものの、綺麗に着飾った愛息テテュスがあんまり…素晴らしくて可愛らしくて、室内に入ると一辺に、笑顔になる。
「テテュス!」
三人の仕度を横でつっ立って見ていたシェイルが、振り向いて溜息吐く。
「俺に、任せとけないのか?」
アイリスは飛び付くテテュスを屈んで抱き止め、呟く。
「…だってテテュスが行くんなら、私も行く」
「だから!!!
まだ無理です!!!」
ミラーレスに、噛みつくように言われても、アイリスの視界にはテテュスしか居なかった。
ミラーレスが自分に視線振るのを、ローフィスは感じ呟く。
「『光の結界』で俺を包んでくれたら、俺も出かけてアイリスを見張る」
ミラーレスは口を大きく開き…そしてテテュスしか視界に無いアイリスがそれは、はしゃいだ様子で聞く耳持たない様に、思い切り俯く。
「…いいでしょう。
特別護符を貴方に差し上げます。
但し効力は、舞踏会から一日程度。
舞踏会を終えたらアイリスを何としても拉致し、一緒にこちらに直帰して貰います」
シェイルが部屋の隅の大きなソファにすっぽり身を浸してるローフィスに振り向く。
その顔が全開の笑顔で、ミラーレスはまた、がっくり…。
と首落とした。
中央護衛連隊長邸宅では、次から次へと召使い達がギュンターの衣服を整える為に列成し並び、用を終えた、もしくは新たな用に退室する者らと入れ替わりに入室し、ごったがえしていた。
ディンダーデンが、ふらり…と室内に足踏み入れる。
ギュンターはデカイ豪華な姿写しの前に立たされ、衣服から宝石からをアンガストに次々と、身にあてられていた。
「良く耐えてるな」
アンガストが即座に口開く。
「当然です。
出席者の殆どが、王族か大公。
宮廷をそっくり詰め込んだような舞踏会ですから」
ギュンターががっくり。
と首落とすのを、ディンダーデンは見て肩竦めた。
アンガストがディンダーデンにようやく顔向ける。
その背後に居た、自分同様エルベス大公家の、ディンダーデン付従者ラウマリオの姿見つけ、微笑む。
ギュンターも横のアンガストが、宝石あてるのを止めた動作でつい、そちらに振り向いた。
ディンダーデンの背後のその従者は、金髪女顔の年若い美青年。
柔和そうだが青い瞳は理知的にも見えた。
アンガストは笑顔でラウマリオに告げる。
「素晴らしい出来だ。
これならきっと宮廷中のご婦人達が、彼に胸ときめかせる事請け合いだ」
が、ラウマリオは先輩に褒められても肩竦めるだけ。
「ディンダーデン殿は宮廷の高貴ではしたなく我が儘なご婦人は、好みじゃないそうだ」
ディンダーデンは黒と濃紺に金糸の入ったその素晴らしい衣装を着こなしながらも、背後、ラウマリオに振り向く。
「お前の方が、余程タイプだ。
変にベタついたり甘えたり、我が儘も言いそうになくて、後腐れ無さそうで遊びと割り切れそうだ」
が、ギュンター横のアンガストが、それ聞いて吹き出した。
「ラウマリオは簡単に惚れませんが、一度惚れるとそれは一途で…しかも貴方はとても彼のタイプなんですよ。
ディンダーデン」
ディンダーデンは一瞬、背後からじっ。と見つめるラウマリオから顔、逸らした。
ラウマリオの声が低く、冷たく響く。
「つまり私は性欲発散のはけ口として丁度良い。
と?」
ディンダーデンはその言葉に振り向き、素っ気無く呟く。
「身も蓋も無い言い方だが、その通りだ」
ラウマリオが睨んでも、長身で頑健な肩をした濃い栗毛の美男、ディンダーデンはビクともしない。
ディンダーデンは青の流し目ラウマリオにくべると、うっとりするような艶含んだ微笑投げて囁く。
「俺に振られて泣いたら、ギュンターが慰めてくれる」
ギュンターが吐息吐く。
「…中央護衛連隊長なんて重責押しつけられ、その上お前の情人の失恋の、後始末迄、してる間なんかあるか」
ディンダーデンは振り向く。
「優秀な秘書を付けろ。
中央護衛連隊に睨みの利く男をだ」
ギュンターは俯いて囁く。
「それ、本来は補佐のお前の仕事だろう?」
ディンダーデンは大真面目に頷くと
「俺の代理でそいつに、ライオネスとの橋渡しを頼む。
俺は兄貴と顔合わせたくない。
あいつの優等生面見ると、殴るか犯したくなるが、あいつは真面目そうで柔和に見えて、腕っ節がそれは、強い」
「…つまり殴れも、犯せも出来ないんだな?」
「…出来たらまだ実家で兄弟してた時に、とっくにしてる。
なんで俺が薬オタクになったと思うんだ?
腕っ節で兄貴に、勝てた試しが無いからに決まってる」
「…なる程。
別の手段で勝とうと思ったんだな?」
「…実家で薬草扱うと母親が文句言うから、教練に入ってからハマった。
同学年にはディアヴォロスも居たし、剣や喧嘩じゃ奴ら(ディアヴォロスと兄ライオネス)に勝てない。
が、近衛に入りディアヴォロスとライオネス以外はてんで、チョロいと解った」
「…それで解き放たれた黒豹みたいに、近衛では暴れまくったのか」
ディンダーデンはようやく、顔をクイ!と上げて、微笑った。
「誰とやっても、勝てたからな!」
ギュンター横のアンガストはそれ聞いて顔、下げたし、ディンダーデン背後のラウマリオも同様に、吐息吐いて顔、下げた。
ローランデは中央テールズキースにある屋敷から、舞踏会服を届けさせて身に付け、オーガスタスの部屋へ訪れる。
オーガスタス住む、左将軍補佐の屋敷は、ディアヴォロスの左将軍邸宅と繋がっていて、扉一枚でディアヴォロスの屋敷へと入れた。
補佐の仕事をローランデは熟知してなかったが、左将軍内部隊の総指揮者がオーガスタス。
内部隊は、近衛連隊の裏の仕事をしている、いわば密偵部隊。
近衛軍は普段、各領地からの援助要請に応える。
地方護衛連隊らの、手に負えない敵を打ち砕く為に。
左将軍や右将軍らは密偵部隊を各領地に送り、常に内情を把握している。
緊急要請に対応する為と…反乱に備えて。
南領地ノンアクタルは特に問題で、過去王の下アースルーリンドが統一された後、一度反乱を起こして自分が国王の座に、就こうとした事がある。
東領地ギルムダーゼンは、「右の王家」と分裂した分家が統べているから、国王の血統が途絶えれば自分の一族が王家になる。
と過去、毒殺も目論んだ。
けど元が喧嘩好きばかりの猛者集団だから、酒の勢いで王宮に殴り込む事しばしば。
彼らは
「親戚付き合いだ」
と誤魔化すが、そこら中で暴れ回り小さな反乱程度の規模で、かなりの被害が出る。
王宮は中央護衛連隊が護衛管轄だが、右将軍、左将軍とも近衛の戦闘が無ければ、東領地ギルムダーゼンの急襲情報が入り次第、都に入る前に、出動して阻止する。
ローランデの統べる北領地[シェンダー・ラーデン]だって、先々代の時代国王の命令を不服とし、部下を率いて文句を言いに行った事がある。
勿論、言葉では無く拳。
すなわち…ほぼ、反乱である。
国王軍である近衛の出動が遅れれば中央護衛連隊が、これを阻止する事となる。
また時にはアースルーリンドの崖を超え、敵国へも探索に出向く。
と聞いた。
敵国の弱点を見つけ、攻め込まれても戦闘を有利に導く為に。
左将軍だけで無く当然右将軍も内部隊を抱えていて、両者は常に情報を共有しているが、右将軍、左将軍が敵対してる場合、両者の内部隊は互いを探り合うこともある。
…更に近衛軍の内の情報も集めてる。
そんな、広大な範囲を探る部隊を、オーガスタスは統べている訳だから、ローランデがオーガスタスの居室に入った時、大勢の部下が入れ替わり立ち替わり、オーガスタスに報告していたとしても、不思議は無い。
が、ローランデはオーガスタスのそんな、内部隊のトップである姿を普段見ていないので、目を丸くした。
オーガスタスは報告を聞き、てきぱきと次の指示を与え、次の部下に振り向く。
この内部隊は大変有能な人間の集まり。
オーガスタスの指示によって、国内のかなりの人々がこの、内部隊の人々に助けられてる。
と、シェイルから聞いた。
シェイルは内部隊の一隊長を務めていたから。
けれど殆どがオーガスタスの補佐で、オーガスタスの代わりに情報を聞いたり部下が戻ってきた時の世話等の内勤。
出動しても一部隊の部下を率いての任務。
単独密偵の仕事は、ディアヴォロスが決して許さなかった。
オーガスタスやシェイルは近衛の戦闘時にも顔を出すので、皆彼らが内部隊に関わってると知ってはいるが、二人の部下の殆どは、近衛の騎士らは顔も知らない。
常に隠密行動をする者らで、それぞれがとても優秀だと聞いている。
オーガスタスは振り向くと、戸口に立ち竦み、中へ入ってこないローランデに、にっこり微笑む。
横の、教練時代の同級生に視線振り
「後を頼む」
と告げる。
告げられたリーラスは呻く。
「…ギュンターがとうとう、中央護衛連隊長か…」
「全然喜んで無いがな!」
オーガスタスの軽口に、リーラスも頷く。
「らしいな!」
が、受け取った書状をめくりながら、指示を仰ぐ男に顔を寄せ、小声で指示を、与え始めた。
オーガスタスは戸口に居るローランデに笑顔で近寄る。
「…もう、行ける」
ローランデは頷く。
「ディングレーは自室から来るのか?」
問われてローランデは微笑む。
「王族から大公、そこらの舞踏会じゃありませんから。
装いも、それなりでないと」
オーガスタスはローランデに顎しゃくり、廊下を歩き出すと笑う。
「じゃ、滅多に見れない飾り立てたギュンターを、見に行くか!」
ローランデは呆れて肩竦める。
「物見ですか?」
オーガスタスに、当然。と笑われて、ローランデはその大物の、人の悪さに肩竦めた。
ギュンターの居る中央護衛連隊長官舎へと出向くと、見事に飾り立てられたギュンター、そしてディンダーデンが振り向く。
ディンダーデンもオーガスタスも、ローランデの姿を瞳にギュンターが、一変に固い緊張をほぐし、頬染めて嬉しそうな様子を見せるのに、揃って肩竦める。
ギュンターは直ぐ、向かい来るローランデに自ら進み寄り、高い背屈めて見つめる。
がローランデは少し憮然。とした表情で、けど横のオーガスタスが顎しゃくるので仕方無く
「とても、立派だ」
と愛想を口にした。
ギュンターはもっと屈み顔を、寄せようとするのでローランデは顎を引き、ギュンターの口づけから逃れ呻く。
「どうしてそんなに聞き分けが悪いんだ?
神聖騎士らの回復した後じゃなきゃ、君のご要望には応えられないと。
言った言葉は記憶の外か?」
が、戸口から声がする。
「そんなの、君の姿見た途端、忘れるに決まってる」
少し高い声音にローランデもオーガスタスも、揃って振り向く。
開いた戸口に背をもたせかけ、腕組みするシェイルの姿。
そして戸口から入って来る面々を見、オーガスタスは一言
「糞!」
と呻くと、戸口へとすっ飛んで行く。
腕組みして立つ美貌のシェイルの横をすり抜け、前屈みで腹を庇うローフィスに手を貸すと、耳元で怒鳴った。
「大人しくしてろと!
ミラーレスは言わなかったのか?!」
その横のアイリスも前屈みで負傷を庇う様に、オーガスタスは腕を背に回し支え、やっぱり怒鳴る。
「何だって…!」
が、子供達が一斉にオーガスタスに懇願を口にした。
「僕が、行きたいって我が儘言ったんだ!」
先頭切ったテテュスを庇い、レイファスも。
「だって、この為にみんなすんごく苦労したのに!」
ファントレイユも叫ぶ。
「中央護衛連隊長の式典は僕たちは入れないけど舞踏会は付き添いが居れば出られるって…!
僕が聞いてテテュスに言ったから…僕を叱って!」
勢い込んで下から告げる小さな子供達の姿に、オーガスタスはうっすらと…大人のテテュスがアイリスと並ぶ長身で…レイファスは相変わらず愛らしく艶やかで…そしてファントレイユはとても華麗だった様子を朧に、頭の中に思い浮かべ…けれどそれが、風のように消え去って行くのを感じた。
オーガスタスは子供達の可憐で可愛らしい姿を目に、それでも脅すように告げる。
「お前達には怒ってない。
付き添いは怪我人で無くとも良い筈だろう!」
途端、テテュスがしゅん。と俯き、レイファスとファントレイユは両横から、そんなテテュスを励ますように見つめた。
アイリスが、支えられたオーガスタスを見上げ、囁く。
「…テテュスは悪くないんだ。
私が付き添いたいと、我が儘を言った」
オーガスタスはさっ!と振り向くと、アイリスに唾飛ばす勢いで怒鳴った。
「お前が我が儘で自分を曲げない事くらい、知ってる!」
そして反対側で支える、ローフィスに向くとやはり、怒鳴る。
「お前はもう少し利口だと思ってたが、撤回だ!」
ローフィスは心配のあまり怒る、親友から顔下げて俯くと、呻いた。
「…レイファスが、言ったろう?
俺だって、苦労の成果をこの目で見たい欲くらい、ある。
頼むから…ギュンターの晴れ姿くらい、拝ませてくれ」
オーガスタスはだが、歯を剥いた。
「ギュンターは!
どれ程着飾ってちんどん屋になろうが、中身は一緒だ!
さっさと脱いで、ローランデと始めたいと思ってる!!!」
室内でそれを聞いたディンダーデンが、悪友に視線振る。
「流石、付き合いが長いから、良く解ってるな」
ギュンターは吐息吐き、ローランデは真っ赤に成って顔、下げていた。
シェイルは組んだ腕解くと、室内に進みローランデを背に庇うように回し、ギュンターを睨め付ける。
「…もう無理だ。
俺が居る以上、お前に勝手はさせない」
小柄なシェイルに下から睨み付けられ、ギュンターは唸った。
「…どうして怪我人と大人しく“里”に居ない!
お前の出席を、俺は望んでないぞ!!!」
が、突然ギュンターの腿に、体当たる小さく柔らかいもの。
ギュンターは振り向くと、レイファスが腿に抱き付き、見上げて言った。
「凄く、立派だ!」
ギュンターは一つ、吐息吐く。
レイファスはギュンターの腿に抱きついたままディンダーデンに振り向くと、叫ぶ。
「別人みたい!
宮廷人みたいだ!」
ディンダーデンはふんぞり返って両腕広げ、おもむろに腕組むと、顎上げて告げる。
「宮廷人だ。
今は中央護衛連隊長補佐だからな!」
テテュスは、オーガスタスの横でやっぱり顔上げて機嫌を伺い、ファントレイユはその横に付き添っていたけど、その言葉に振り向いて叫ぶ。
「ディンダーデン、すっごくお洒落!
武人じゃ、無いみたいだ!!!」
ディンダーデンはだが、戸口にほぼ隠れるくらいのファントレイユを見つめ、呻く。
「着飾って人形みたいだと、男っぽさ激減だな」
言って、横のギュンターを見る。
「…お前も中央護衛連隊長の勲章付けてなきゃ、殆ど女のツバメだ」
ギュンターは咄嗟、髪を振って乱したいのを、背後の突き刺さる視線で何とか、押し止めた。
背後にそっ…と振り向くと、苦労の集大成をせめて舞踏会で、身分高き人々の紹介にあずかるまで崩してくれるな。
と固く誓わせた、アンガストが睨み付けていた。
ギュンターが睨むアンガストに、ぼそり…と告げる。
「…お前の視線、突き刺さるぞ」
「大変でしたから」
言って、ローランデとシェイルの横をにっこり、微笑んで通り過ぎると、ギュンターをチラ、と見る。
ギュンターはぎくり。と顔揺らし、シェイルとローランデはそんなギュンターの様子に視線を、釘付けた。
アンガストは皆の横を過ぎて戸口へ…オーガスタスが支えるアイリスを反対側から支え、囁く。
「ご無理をなさって」
テテュスが慌てて、オーガスタスが支えていた側から、アイリスを引き継いで支える。
アイリスは両側から支えられ、テテュスに微笑み、アンガストに向いてやっぱり美しい微笑を、向ける。
が、アンガストは溜息を付いた。
「…おやつれになられて…」
それを聞いて、ファントレイユは目を、ぱちくりさせた。
「…だって…顔色も悪くないのに?」
アンガストはテテュスの横に立つ、その人形のように綺麗な子供に告げる。
「アイリス様が容貌通り美青年に見えるなんて、異常事態ですよ」
ローフィスもオーガスタスも振り向いて、言われたアイリスを見たが、アイリスは項垂れていた。
「…やっぱり、いけ好かない心を隠した根性悪そうな微笑じゃないと、奴らしくないか?」
ローフィスの言葉に、アンガストはちょっと間を置き、言い返す。
「…自信と、相手につきいる隙与えぬ迫力ある微笑…と私は言いたかったのですが」
言って、支える毒気の抜けたアイリスの横顔を見つめ、心から気の毒げに囁く。
「こんなに素直に美青年に見えるなんて…」
そしてもう一度、ハア…と皆に聞こえる溜息吐いて、室内へと促した。
「…………私が姿通り美青年に、見えたこと無いのか?
君は」
アンガストは歩きながら頷くと
「こんなに綺麗に見えるんですから…さぞかし弱られていらっしゃるんですね」
と、同情を湛えた視線を向けた。
「………………」
テテュスも一緒に、支えながら歩いたけど、アンガストの言葉にただ、ただ無言で、ファントレイユと目を見交わし合った。
ローフィスは咄嗟、腕を差し入れるオーガスタスの腕を、がっ!と掴む。
二人が睨み合ってるので、ファントレイユはきょとん!とし、テテュスは困惑した。
「…オーガスタスに抱き上げられるのって、そんなに嫌?」
ローフィスは一瞬そう言った、戸口から室内へ消えて行きそうなテテュスに視線振るものの、抱き上げようとするオーガスタスの腕を尚も、阻み掴む。
オーガスタスは殆ど力比べしながら、唸った。
「大人しく抱き上げられてろ!」
「…冗談こくな!絶対、ヤだからな!」
背後から廊下を進み来た、すっかり舞踏会用の衣装に身を包んだディングレーはその様を目に、溜息洩らす。
「…どれだけ怪我負ってても、俺ですら一度も、抱き上げた事が無い」
が、オーガスタスはそれ聞いても、腕をローフィスの脇に回そうと力込めて怒鳴る。
「“里”の奴には、させたろう?!」
「奴らは人外だ!」
ディングレーが気づくと、戸口には室内に居たギュンターやディンダーデン、果てはシェイルとローランデ迄が来ては、戸口の陰から廊下の様子を伺ってる。
レイファスが、テテュスとファントレイユの後ろから顔出して、興味津々で見つめ、呟く。
「…凄くえっちな会話に聞こえるね」
途端、ギュンターがこほん。と咳払い、ディンダーデンは声無く笑いこけ、ローランデは赤く成って顔、下げた。
シェイルはどっちの味方しようかと、おろおろし、アイリスとアンガストもやって来ては、二人の様に呆然とした。
ディングレーがぼそり…とローフィスの横で囁く。
「子供達の手前、かなり恥ずかしいぞ」
「だからこれ以上、恥曝せるか!」
「抱き上げられるのが、そんなに恥ずかしいのか?!」
オーガスタスに怒鳴られても、ローフィスはまだ自分の脇に腕差し込み、一気に抱き上げようとする、オーガスタスの腕掴んで放さない。
シェイルがとうとう、見かねて叫ぶ。
「だってローフィス!!!
オーガスタスに抱き上げられた方が、絶対痛まない!」
が、ローフィスはきっ!
と、銀髪美貌の麗人、義弟シェイルを睨め付ける。
「…自分で歩けないなら、付き添いなんてしない!
“里”で大人しくしてるさ!」
「…だってどう見ても、マトモに歩けてない…」
アイリスに、ぼそり…とそう言われ、ローフィスは
『裏切り者!』
と言ったアイリスを、睨め付ける。
「いいから放せ…!」
オーガスタスはその言葉と同時に、一瞬眉間寄せ睨め付けると、一気にローフィスの掴む手外し、腕回し入れて抱き上げる。
「!」
「…流石、力業!」
ギュンターとディンダーデン、そしてディングレーは心秘かにローフィスに同情していたから無言。
言葉を発したアンガストに、同調はしなかった。
「降ろせ!」
「暴れるな!」
抱き上げたオーガスタスに言われ、ローフィスは親友を睨め付ける。
「お姫様だっこなんてお前絶対!
気が狂ってるぞ!!!」
オーガスタスはその時ようやくローフィスをまじっ。と見て、ぼそり。
と告げる。
「…だって背に背負うと傷負った脇が張るだろう?
この抱き方以外、仕方無いじゃ無いか」
「それで無くとも男らしいお前を、これ以上男らしく見せる手伝いだけは、絶対!ごめんだ!!!」
が、ローフィスに喚かれた途端、オーガスタスはそっぽ向き、戸口に群れて物見してる連中に顎しゃくる。
「道開けろ!」
全員が別れ、進み来るオーガスタスを通す。
ローフィスはまだ憤慨していて、オーガスタスをきつく、睨め付けていた。
ファントレイユが、騒ぎが一段落し、そっとレイファスに囁く。
「うん。
僕もかなり、えっちな感じの会話だと思った」
背後でそれを聞いた途端、ローフィスががなった。
「見ろ!
余分な連想させちまうくらい、インパクトある事お前はしてるんだ!!!」
「何言ってんだ。
崩壊直前の、ギュンターとアイリスのキス・シーンの方が、インパクトは確実に在ったぞ?
あれ見た後じゃ、どんな事だって些細だ」
ギュンターが、アンガストとテテュスに支えられてるアイリスをつい、振り返り、アイリスもそっ…と視線を、ギュンターに向けた。
そして、ぼそり。と囁く。
「あんな騒ぎの中じゃ、唇の感触も覚えてない」
ギュンターはローランデの視線感じ、アイリスにがなる。
「不特定多数の相手と散々してるから、ごっちゃになって誰だろうが区別付かないんだろう?!」
アイリスは歯を剥くギュンターをチラと見
「君、自分の事棚上げして他人を批判して、楽しいのか?」
が、ギュンターはもっと声を荒げた。
「お前にさっさとキスしなくて、崩壊する結界支えるワーキュラスと神聖騎士らに負担かけたと!
ローランデにつれなくされてるから頭に来てるに決まってるだろう?!」
アイリスはそう怒鳴ったギュンターの顔を凝視し、その後、プッ…と吹き出した。
ギュンターが咄嗟、殴りかかろうとする腕を、ディングレーががっ!と後ろから掴む。
「…これから舞踏会なんだぞ?」
「殴り合いなんて、しちゃ駄目だ」
レイファスが言って、ファントレイユも囁く。
「テテュスがきっと、ギュンターの前に立ちはだかって怪我する」
ギュンターはアイリスの横で、じっ…と見つめるテテュスの警戒した瞳に気づく。
そして顔下げた。
直ぐローランデの、ファントレイユに告げる優しい声が聞こえた。
「大丈夫。
ギュンターがアイリスを殴ろうとしたら、ディングレーが抑えるしシェイルが短剣投げるから」
ディングレーはギュンターの抑え役に指名されて俯き、シェイルはローランデの言葉に、大きく頷いた。