4 中央護衛連隊長就任式
ギュンターとディンダーデンが、官舎前広場に馬を進めると、広場にはずらり。
と中央護衛連隊騎士らが隊列組んで、居並んでいた。
ギュンターはチラ…と見て、その数の多さに改めて顔、下げたいのを我慢し、胸を張る。
官舎前で馬を下り、手綱を取る部下に預け、官舎内広場に足を向ける。
広間の両扉が開いた途端、ずらりと居並ぶ面々に、思い切り気後れした。
最奥の壇上には、豪華に飾り付けられた場に国王が座す。
その左横に、右将軍、左将軍が座り、オーガスタスはその後ろの椅子に座して控えていた。
エルベス、ダーフス大公らも、国王の右横に並ぶ豪華な椅子に姿を見せている。
中央は広く開き、国王手前の一段低い右側には、地方護衛連隊らが居並ぶ。
西領地護衛連隊長ダンザイン、北領地[シェンダー・ラーデン]護衛連隊長ローランデの姿も、そこに在った。
左側は中央護衛連隊役職らが居並び、皆濃い紫の制服で統一されている。
昨夜会った副長。
そしてディンダーデンの兄、ライオネスの姿も伺い見えた。
手前の更に一段低い席には多数並び、右側には宮廷高位の者らの姿が、左側には近衛の面々の姿が伺い見えた。
レッツァディンは最前列。
その後ろにディングレー、ラフォーレン、スフォルツァ。
そして、昨夜やりあったララッツ、ラルファツォル、ザースィン、レルムンスの姿も、列の後ろの方に在った。
一番手前だったので、ギュンターはつい視線向けるが、連中は自分らより遙かに高位の中央護衛連隊長に就こうとするギュンターより、皆一様に顔、背けていた。
ギュンターはアンガストに教えて貰った通り、真っ直ぐ真ん中の赤絨毯の上を、国王に向かい歩き始める。
ギュンターが国王の前で歩を止めると、高い壇上の国王はおもむろに立ち上がり、広間に響く声で告げた。
「『光の王』は残念ながら出席なさらずご不在故、私が任命を執り行う」
その声に、広間の皆が椅子から一斉に立ち上がり、頭垂れる。
背後でディンダーデンが、きょろ。と視線周囲に振るのを感じたが、アンガストに
『絶対、キョロキョロしないように』
と言い含められていたギュンターは、我慢した。
国王に頭垂れると、国王が口開く。
「かの者、ギュンター・アウグスツ(栄光に包まれた者。と言う意味。
高位に就く者の呼び名として付けられる。式典の仮の名で、正式名称では無い)
に、中央護衛連隊長の任を命ずる。
かの者にこの重大なる領地の治安を任せ、その重責に応えられた時、かの者は皆の心からの敬愛を、受けるだろう」
周囲は皆、気を引き締めていた。
中央護衛連隊長の椅子に座る者は厳選された者のみ。
期待には当然応えられる者。
として、視線が一斉にギュンターに降り注がれた。
ギュンターは頭垂れたまま、歯ががっ!と、噛み合うのを感じた。
拳に、力が入ってた。
顔を、ゆっくりと上げる。
国王は整い落ち着いた容姿でその、青い瞳を向ける。
金の髪をした、「右の王家」の出身者だった。
国王は、赤白交互の光沢在るリボンの首飾りを、横の侍従が手に持つ、濃い紺色の布の、小さなクッションの上から取り上げ手に持つ。
それは中央に金の獅子の彫刻が。
そして大きな紫の宝石がはめられたペンダントが付けられていて、それを、首下げるギュンターの首にそっと、かけた。
ギュンターが、顔を上げる。
そして胸に、中央護衛連隊長の印のペンダントを付け、高らかに声を発した。
「任じて頂いた役職を、全力の覚悟を持ち果たす所存です!」
一斉に、その頼もしい咆吼に、轟くような拍手が湧く。
右より右将軍が、声を張り叫ぶ。
「要請には直ぐ様駆けつけよう!
労力は惜しまぬ!」
左将軍ディアヴォロスは、ギュンターに微笑を送り告げる。
「必要な忠告はいつ、いかなる時にも届けよう!」
右横。
ダンザインが荘厳な響き在る言葉で告げる。
「全力で貴方の、お力になりましょう」
その横、ローランデも声、響かせる。
「領地を護る者として、共に戦おう!」
東領地ギルムダーゼンの護衛連隊長も叫ぶ。
「領地を護る者として、共に戦おう!」
南領地ノンアクタルの地方護衛連隊長も同様、堂とした体格から叫ぶ。
「領地を護る者として、共に戦おう!」
左、副長が誓う。
「貴方の手足となりましょう!」
副長の横。
公領地護衛連隊長ライオネスもが。
「貴方に、絶対の服従を示します!」
その横。
宮中護衛連隊長も同様叫ぶ。
「貴方に、絶対の服従を示します!」
そして、城下街護衛連隊長も。
「貴方に、絶対の服従を示します!」
その言葉が終わった後、国王が壇上から降りギュンターの横に付くと、その背を背後に振り向かせ、皆に横の彼を示し告げる。
「『影の民』、何より『私欲の民』を退ける剛の者がここに、領地の守護に付いた事を祝う!」
国王の声に、皆が一斉に歓声を上げた。
声を発せぬ者らですらがほぼ、王族、大貴族らで、一平貴族のギュンターは正直、背筋の冷や汗が止まらなかった。
だがどの瞳も、職務を当然の如く遂行する者として視線注ぎ、ギュンターは肝が据わるのを感じ、同時に身の周囲がその寄せられる熱い期待で、小刻みに震うのが解った。
私欲の民がどれ程…高い崖を超え侵入し…少しでも金や宝石。
そして麗しい女や子供をさらい、果ては食料や物品を冷酷に奪っていくか。
常に襲撃に曝され続ける領地で産まれ育ったギュンターは、知り尽くしていた。
どの瞳も告げていた。
屋敷に住む、愛しい妻子。
そして老いた両親。
彼らの命のをお前に託す。
そんな、風に。
国王に背を押され、ディンダーデンを斜め後ろに従え、赤い絨毯の上を出口へ向かい、進む。
ディンダーデンの紹介こそ、無かったが、中央護衛連隊長の背後に控え歩くのは補佐と、相場が決まっていたから、皆が横を通り過ぎて行く華々しい二人の体格良い美男の、見栄えの良さに目を見張った。
広間を出、官舎出口に進む。
玄関の外に出ると、広場にはずらりと並ぶ、整列した中央護衛連隊騎兵。
その数は千を超える。
国王が、彼らを見回し高らかに告げる。
「たった今!
新たな中央護衛連隊長が誕生した!」
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
中央護衛連隊騎兵らが、どよめくように手を振り上げて歓声上げる。
馬に乗る国王の後から、ギュンターも馬に跨がると、後ろを付いて、ずらりと居並ぶ中央護衛連隊隊長らの、前を進む。
ギュンターは近衛でのこういった式の時、隊長の一人として隊列の最前列に並んでいた時をつくづく、懐かしい。
と思い浮かべてしまった。
やって来る身分の高い男に頭を垂れる立場に居たのに、今は頭を、垂れられている。
勿論華々しい出世だったが、中央護衛連隊長がどれだけ実力を要し、半端なく重い重責の役職だと、聞き知っていたから、この出世を手放しでなんて喜べない。
なぜなら中央護衛連隊長に敗退は、一度足りとも在ってはならず、常勝を当然のように求められるからだ。
現に、少し年の行って物の解った騎兵隊長は、年若いギュンターを気の毒そうに、見つめていた。
若く物知らずで出世欲ある、大貴族の若造には、羨ましげに睨まれたが。
国王と最前列を一周回ると、国王は玄関前に馬を止め、騎兵らを眺め叫ぶ。
「勝利の為、新しき中央護衛連隊長に、絶対の忠誠を!」
その声に、千を超える騎兵らは、拳振り上げ歓声を上げる。
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
国王は、ギュンターに振り向く。
途端周囲は、一斉に静まり返る。
ギュンターは、自分の着飾った姿は、さぞかし滑稽に見えるだろうな。
とは思った。
が、口開く。
事実上の、就任の決意を告げる場だった。
背後の、官舎玄関上には広間に居た、右、左将軍初め高位の者らが、ずらり。と立ったまま居並ぶ。
騎兵らを目に、熱い波がギュンターの心を襲う。
「…身分の…」
発する、その言葉は最初、掠れてはいた。
「高い低いに関わらず、この地に住む、民を全て『私欲の民』より護る!
奴らを退け、崖の向こうに追い払い!
この地を襲撃するとはどういう事かを!
その身をもって思い知らせる!!!
誰の、どんな命も惜しむ!!!
例え…宿の無い老人の命でさえも!!!」
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
その、歓声が響いた時、ギュンターは逆にぎょっ!とした。
自分の声が、届き、歓声として帰って来ると、思わなくて。
だが騎兵らの、熱波が自分を包む事を、ギュンターは初めて感じた。
そこに、立っている。
その場所が、どんな場所かを。
背後、アルファロイス、ディアヴォロスの視線を感じる。
オーガスタス…そして…ローランデの。
誇らしく…自分を見つめる視線。
だがまだだ。
これは始まりだ。
ギュンターはそう、自分を諫め、祝福する熱烈な歓声に誓った。
誓いを成就する為に、自分のあるだけの、全ての力を尽くす事を。
広場では、散会した騎兵らが馬を厩に戻し、あちこちのテーブルに用意された料理を立って喰い、酒のグラスを片手にわいわい言いながら祝ってる。
中央護衛連隊長宿舎でギュンターは、ちんどんやみたいな飾りを全部取り、やって来るオーガスタス。
そしてどっか!と長椅子でヘタり込むディンダーデンの居る部屋で、椅子にかけて俯いていた。
ローランデが、瞳輝かせて入って来る。
「君、とっても素晴らしかったよ!」
が、オーガスタスが立つその前の椅子に、俯いて座るギュンターの姿を見つけ、あれ?と首捻る。
ディングレーとラフォーレンは揃って、二日酔いの頭抱え入って来て、スフォルツァがやれやれ。と扉閉める。
「官舎前広場では、凄い騒ぎですよ!
あれだけの人数の屋外宴会。
って近衛でも、そうそう無いですよね?」
そして、困惑するローランデを見つめる。
「…どうしたんです?」
ローランデはだが、オーガスタスを見る。
「…腹痛…とか?」
「重責を、改めて噛みしめてるんだろう?」
立っているオーガスタスに上から言われ、ギュンターは俯ききって頷く。
「…ディングレーもディンダーデンも、逃げる筈だ…」
ディンダーデンは椅子にへたり切って、呻く。
「明日は就任祝いの舞踏会だ。
大貴族から王族、大公まで、都の重要人物が軒並み詰めかけるぞ」
ギュンターはますます、がっくり。と首垂れた。
スフォルツァが、ぼそり。と囁く。
「…大観衆の前で就任の誓いを叫んだ貴方は、本当に素晴らしかったのに。
…同一人物ですか?」
問われてオーガスタスは、仕方なげに頷く。
「多分な」
ディングレーは部屋に入るなり、二日酔いの頭に手をやって、手近な椅子にへたり込むと呻く。
「舞踏会には、ローフィスやアイリスは来るのか?」
オーガスタスが唸る。
「…奴らは神聖神殿隊付き連隊だしな。
神聖神殿隊付き連隊からは、出るのはせいぜい長と副。
アイリスはエルベスの血縁として、出席出来るが…。
結構傷があるのにかなり無理してる。
あっち(「夢の傀儡王」結界内)では怪我してても、生身の傷の殆ど癒えてる俺達と違い…重傷の回復途中であの無茶だ。
多分、ミラーレスが首を縦に振らないだろう。
とダンザインが言っていた。
…現にダンザインも、明日の舞踏会は欠席。
式典が終わったら直ぐ、『光の里』に戻って行った」
ギュンターが、俯く顔を上げる。
オーガスタスの横に立つローランデの、心配そうな表情。
つい、小声で問うた。
「…式典では病人には見えなかったが…無理したのか?」
ギュンターの問いに、ローランデは振り向く。
「彼の部下達はまだ完全に癒えてないし…その不在の業務の采配を、神聖神殿隊騎士らに割り振って合同で職務に当たってるそうだ。
部下らが職務復帰出来たら、代わりに休む。とダンザインは言ってた。
けど…“気”を抜くと辛そうだった…。
…倒れないと良いけど………」
ギュンターは再び、がっくり…!と首、垂れた。
オーガスタスがそれ見て、ぼやく。
「全部俺の馬鹿のせいだ。
と落ち込んでるな」
が、ディンダーデンが酒片手で唸る。
「悪いのは間違いなく、「夢の傀儡王」迄担ぎ上げたメーダフォーテだ。
だが俺だって、言いたい!
兄貴を避けて近衛に進んで、やりたい放題出来て幸せだったのに!
また兄貴と同じ隊だしその上!
兄貴が次期副長じゃ、補佐の俺はしょっ中顔合わせる事になるだろう!!!」
が、ギュンターはむっつり…と言った。
「…どうせ、サボる癖に…」
ディンダーデンが、ぎっ!と睨むが、ギュンターは金の前髪手で掻き上げると囁く。
「…お前が本来する職務を全部、ライオネスが肩代わりしてくれるんだ。
今迄同様気ままにやって、相手がつけあがる時だけやって来て睨んで、ビビらせてくれればそれでいい」
「…何て寛容な長だ」
ラフォーレンの呟きが響くが、オーガスタスもローランデも同様な気持ちで俯き、オーガスタスが口開く。
「だってどの道、それしかディンダーデンはしない」
ラフォーレンはスフォルツァを見るが、スフォルツァは頷き倒していた。
「…よう…式は終わったんだな?
…なのになんで、通夜みたいなんだ?」
ふらり。と室内に入って来るゼイブンに、皆が振り向く。
ギュンターはその、お気楽具合に吐息交じりで囁く。
「心底平の、お前が羨ましいぜ…!」
ゼイブンはディングレーの横の椅子にかけると、肩竦める。
「惚れた相手が悪すぎるんだ。
北領地[シェンダー・ラーデン]大公子息だぞ?
中央護衛連隊長くらいになってなきゃ、北領地[シェンダー・ラーデン]の地方護衛連騎士に、バレた時闇討ちされるぜ」
ギュンターが、またがっくり。と首垂れて、ローランデがゼイブンを見つめる。
ゼイブンは訳知り顔で、頷いた。
「…都でこれだけ知れ渡ってるんですから、ここに住む北領地[シェンダー・ラーデン]の高位官らの耳には、入ってるんですよね?」
ラフォーレンの疑問に、スフォルツァが振り向く。
「都では他の地方護衛連隊の手前、長は立てて置きたいから、権威失墜になる情報は地元へは流さない。
内部でモメると、他の地方護衛連隊らに舐められるから」
オーガスタスも補足する。
「…地元では同じ領民がライバルだが、都では領民同士一致団結しないと、他の(主に東領地ギルムダーゼンと南領地ノンアクタル)地方護衛連隊に張り合えないんだ」
ラフォーレンが、感心したように呟く。
「…都でこれだけ有名なのに、北領地[シェンダー・ラーデン]で知られていないのは、そういう事情だからですか…!」
ローランデは少し恥ずかしげに俯くが、言った。
「皆、不名誉な噂だ。
と腹を立てている。
だが事実関係を、問い正された事は一度も無い」
ギュンターが、ぼそり。と呻く。
「事実関係を知ってる者は腹心で、死んでも事実だと、口にしないだろうしな」
オーガスタスが、溜息交じりに忠告する。
「…近衛の目立ちたがりの、一隊長の妄想だと今迄お前が全部ひっ被って悪者に成っていたが…。
中央護衛連隊長になっちまったら、そうそうお前を悪者に出来ない。
…ローランデとの事は出来るだけ陰でこそこそやらないと、地方護衛連隊同志の諍いに使われ、騒ぎももっと大きく成る。
出来るだけ、自制しろ」
言われた途端、ギュンターはがっくり。と首を落とし項垂れた。
ローランデも追随する。
「地方護衛連隊長は地方では王様扱いだけど、都では余所者で、あまり重要視されない。
だが中央護衛連隊長だけは…領民の筆頭は王族で、宮廷内部に直結してるから、私達の領民らよりももっと手強い」
ギュンターはもう、垂れた顔を、上げられなかった。
「…アイリスに手助けして貰うしか、無いな」
ゼイブンの言葉に、ディンダーデン迄が乗っかる。
「不本意だが、仕方無い」
オーガスタスも…スフォルツァですら、もうギュンターは顔が上げられない。
と思ったが…その通りだった。
ギュンターは深く、深く項垂れたまま、その美麗な面を上げる様子は、皆無だったから。