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「アースルーリンドの騎士」別記『幼い頃』  作者: 天野音色
第八章 中央護衛連隊長就任
108/115

3 襲撃のその後

 全員が騎乗し、近衛官舎に辿り着くと、入り口大門を潜る。

ローランデがふと、今夜の宿が無い事に気づき、ギュンターに振り向く。


真っ直ぐ見つめ来るローランデに、ギュンターが思いの籠もる紫の視線を向けた。


が直ぐ、アルファロイスの声が飛ぶ。

「エルベス殿の采配で、ギュンターの部屋はもう既に空っぽに成って、荷は全てここの裏の、中央護衛連隊官舎に移されている筈だ」


ギュンターが即座にアルファロイスへ顔を向ける。

アルファロイスは見つめ来るギュンターを見返す。

「中央護衛連隊官舎に出向けば、案内の者が部屋へ通してくれる」


横のディアヴォロスが、口開く。

「ディングレー、ローランデ。

君達も良ければ私の邸宅に泊まりなさい」


ディングレーはディアヴォロスのその申し出が、超高級酒のシュランゴン酒を好きなだけ振る舞う。

と聞こえて、高貴ないとこの顔を、内心の歓喜堪えてじっ。と見た。


ディアヴォロスはそんなディングレーに零れるように微笑みながら、ディングレーの横のオーガスタスにも告げる。

「良ければオーガスタス、君にも」


オーガスタスも意味が解って、俯く。

「俺の部屋は邸宅内にあるから…礼服は直ぐに取りに行けるが」

ディングレーが即座に頷く。

「使いを出して近衛宿舎から、届けさせる」


そして、ディングレーはローランデを見つめた。

「超高級酒のシュランゴン酒が堪能できる、数少ない機会だ」

ローランデは目を丸くしたが、頷く。

「私もご賞味させて頂けるのか?」


ディアヴォロスがオーガスタスを顎で差して、ローランデに呟く。

「彼がどこにあるかも知っているから。

出して、好きなだけ飲みなさい。

但し、翌朝の式に出席出来る程度に」


ディングレーがオーガスタスを見、オーガスタスがやれやれ。と、ローランデを見た。

ローランデはその視線を受け、少し狼狽えて呟く。

「ディングレーの深酒を、私が止めろ。と?」


オーガスタスが、投げやりに言った。

「ローフィスが居ないからな」

ディングレーがオーガスタスを少し睨む。

「…あんたも今夜は飲むのか?」

オーガスタスは俯いたまま唸る。

「フォルデモルドを殺れてない」


ディングレーは頷き、ローランデを見、ローランデはその、ガタイのデカい二人のお守りを任され、目を見開いた。


アルファロイスが、スフォルツァとラフォーレンに視線を振る。

二人は即座に気づくと

「…私も、よろしいか?」

とスフォルツァが申し出、ラフォーレンも告げる。

「アシュアークを配下の色男に押しつけたら、直ぐ出向けます」


オーガスタスが、二人にぼそりと呟く。

「式の礼服を、持参して来い」

言われた二人は、顔を見合わせた。


ギュンターだけは、潜った大門へと引き返そうと馬を回し、オーガスタスはその背に怒鳴る。

「良い子で酒飲むんなら、後でこっちに、来ても良いぞ!」


ギュンターは振り向き、ディングレー横の馬上で佇むローランデを、未練たっぷりに見つめたが、友の声に小さく頷く。


アシュアークだけは、叔父のアルファロイスの馬に取りすがるように併走し、文句垂れた。

「…どうして私だけ、仲間外れだ?」

「だって君、絶対誰かに迫るだろう?」





 ギュンターが、中央護衛連隊官舎門を潜ったその場は、深夜に関わらずごった返していた。

その官舎前の広場を、数多くの人がやたら行き来してる。


「…………」

ギュンターはともかく厩を見つけると、降りて馬丁に手綱を手渡そうとし、ふ…と気づく。

「中央護衛連隊長って、ここに馬預けていいのか?」


馬丁は顔を上げ、ギュンターの顔をたっぷり見つめ、首横に、振った。

「左のずっと奥に、中央護衛連隊長の邸宅があります。

ここで馬から下りると、そこ迄歩くのは大変ですよ?」


ギュンターは吐息交じりに俯きながら頷き、再び愛馬に跨がった。



 表官舎左奥へと、馬を進める。

表官舎のほぼ後ろに位置する場所に、中央護衛連隊騎士らの宿舎があり、その横を更に左に曲がると小綺麗な庭に出て、その更に奥に、二階建ての邸宅を見つける。


が、夜で暗くて全貌は解らず、やはり入り口は広く開け放たれて、人が大勢忙しく出入りしていた。


横の厩に馬を進め、馬丁に手綱を渡す。

「…ご用の御方で?」

ギュンターは聞かれ、むっつりと告げる。

「明日、中央護衛連隊長に成る」


馬丁は慌てて姿勢を正す。

「閣下。

では特別に、お手入れさせて頂きます。

明日の騎乗はこの馬で?」


ギュンターは振り向く。

「…この馬しか、持ってない」

馬丁は、ギュンターの腕しっか!と掴むと、奥へと引っ張り奥の戸を開け、重厚な焦げ茶の艶のある木に彫刻の施された素晴らしい室内の、仕切りの奥にずらり。と並ぶ名馬を見せて言う。


「…これら全てが、中央護衛連隊長の馬です」


ギュンターが、一目で高級な名馬達と分かる、手入れの行き届いた馬らを見た。

栗毛から黒毛。

クリーム色の馬。

全部で…。


「何頭居る?」

「前護衛連隊長が、それでも三頭連れて行かれましたので…六頭は残っております」


ギュンターは馬達を、見た。

王族のディングレーが乗りそうな、気位高く血統の良い、高価な馬ばかり。


ギュンターは自分の愛馬、ロレンツォが苦労しそうな気がして、そっと囁く。

「…俺の馬は彼らとは、少し離した場所で休ませてやってくれ」


ロレンツォは馬丁に引かれ、その見た事無い高級な厩と気位高い馬達に、ちょっと怯えたように小声でヒヒン…と鳴いて、ギュンターに振り向く。


ギュンターが、ロレンツォに小声で告げる。

「俺が一番だと、奴らに胸張ってやれ」


が、ロレンツォは居並ぶ仕切りの向こうの馬達の、見事に手入れされ艶やかで気位高い様子を見、馬丁に引かれ通り過ぎる度、思い切り顔下げて俯く。


ギュンターはそれ見て、内心呟いた。

「(明日は俺も、同様の身か…。

中央護衛連隊の上級幹部は皆、身分が高いと聞くしな…)」


それを、束ねていかなければならない立場に、ギュンターも項垂れきった。



玄関を入ると、人が入れ替わり物を運んでる。

ギュンターは横目で見、中へと入る。

直ぐ、とても理知的な若者が寄って来る。

「大公家の者です」


ギュンターは、道理で。

と彼を見つめる。

若くて見目が良いが、隙が無い。


彼に、一階左の離れに案内される。

彼は扉をノックし

「入れ」

の言葉と共に扉を開けた。


「副長。

明日、中央護衛連隊長に就任されるギュンター殿をお連れしました」


副長は年配の者だった。

が、明らかに王族だと解る程の威厳がある。

黒髪に黒い髭。

皺は在ったが、歴戦の強者に見える。


ギュンターは思いきり、怖じけた。

「(こんな人材が副で、どうして俺が長だ?!)」


が、彼は寄るとギュンターの手を握り、囁く。

「ダーフスから、話は聞いている。

暫くは俺も補佐するが、慣れたら新しい人材を用意してくれ」


ギュンターはつい、じっ。と、そう言う高貴な副長を見つめた。

副長はじっ。とギュンターを見返す。

「それは…つまり…あんたはもう、引くって事か?」


言葉使いが、高貴な相手にはマズイ。とは思った。

が、副長は気にする様子無く、頷く。

「中央護衛連隊長が辞任と同時に、補佐殿迄引かれた。

補佐殿がやり手だと、副長はまだ、楽だ。

が、補佐が不慣れだと、ほぼ全部の仕事が副の私に回って来る」


ギュンターは今だ握られた手に、冷や汗かくのを感じる。

「今度の補佐殿は、ライオネスの弟なんだろう?

噂は聞いている。

で、私が辞職した後の副は、ライオネスを任命してもよろしいか?」


ギュンターはただ、頷いた。

副長の、声が弾む。

「良かった!

近衛から長が出るのは前例があるが、補佐は大概、中央護衛連隊から出ていたからな!

丸で不慣れな補佐の場合、とてもしっかりした副が必要だ!」


ギュンターはその語尾のきつさに、小声で囁く。

「…それはつまり…乱暴者のディンダーデンの、手綱を取る者が必要と言う事か?」


高貴な副長は、頷く。

「噂は色々…いや、散々!聞いている。

運営を確かにする為にも、次期副長にはディンダーデンの兄、ライオネスが適任だ!」


あまりの迫力の言い切りに、ギュンターは思わず頷く。

が、副長はにっこり、笑った。

「長は強気で良い。

強さを前面に押し出す男が相応しい。

士気も上がるし、中央護衛連隊長にはそれが、何より似合いだ。

ディンダーデンは長に向いてるが、嫌だと言ったとか」


ギュンターは俯く。

確かに、柔な自分の面より、ディンダーデンの方が迫力在って態度もデカく、押し出し満点だ。


副長は、少し気の毒そうに言った。

「大丈夫だ。

近衛の隊長の経歴で、君を綺麗な顔の柔な奴。

と見下す男は居ない」


ギュンターはその、高貴な副長に少し…決まり悪げに囁く。

「…俺が長でその…あんたに迄職を引かせてその…」


が、副長は目を、見開いた。

「前の長が引く事で、こっちも引く準備を進めていたところだ。

大丈夫。

直ぐ次に私が腰掛ける椅子は、宮廷高等院だから」


ギュンターは言った、副長を見た。

副長はにこにこ笑い、告げる。

「中央護衛連隊副長より、遙かに高位だ」


ギュンターは、頷いた。

多分、ダーフスとエルベスらが皆の不満が出ないように次のポストを用意し、勢力交代が滞りなく進むよう手を回したらしい。


大公家の案内人に促され、ギュンターが部屋を出ようとする時、副長が告げる。

「ああ…中央護衛連隊は大所帯だ。

まとめて行くには大変苦労する。

いざと成れば、睨め!

どれだけご託を捏ねられようが、睨み付けて意志を通せ!

議会の長らの意見をあんまり真面目に聞くと、停滞しきって何一つ事が、決まらないからな!」


ギュンターは促されながらも暫くそう言った副長から、目が離せなかった。



ようやく二階の、長の私室に辿り着く。

大公の侍従はてきぱきと室内を案内し、自室から運び込んだ場所を示す。


ギュンターは室内を歩き、ふ…と尋ねる。

「…やたら広いな。一体何室あるんだ?」

「長の私室ですし。

私室だけで…他に客間も備えていますし、執務室は更に向こう。

ええと…何室でしたかな?

ともかく…寝室、食卓。応接間。

広間もありますし…」


ギュンターは項垂れきって呟く。

「もういい…」

「どこにお通し致します?」

「寝室は、どこだ?」


ギュンターは開けられた部屋の広さ。

天蓋付き寝台の大きさ。に絶句した。

しかも何もかもかが凄く、洒落ている。

木が剥き出しの質素な壁は、一つも無い。


「当然布団は、新しく取り寄せました。

お気に召さなければ、お好きな配色をおっしゃって下さい」


ギュンターは疲れ切って尋ねる。

「あんた、いつ迄居てくれるんだ?」

大公の若い侍従は、にっこり。と笑った。

「勿論、貴方が慣れる迄はお世話させて頂きます」


ギュンターは、それを聞いてどれだけほっとした事か。

「名前を聞いてないな」

「アンガスト」


ギュンターは頷き、彼をもう一度、見た。

長い栗毛を後ろで束ね、ダークグリーンの整いきった容姿の、だが落ち着き払った若者。


背は顔一つ、自分より低かった。

ものの、不測の事態では相手を投げ飛ばすくらい、しそうだった。

「…当分、よろしく頼む。

俺は何せ、不案内だ」

「ではこちらに。

明日の、式の説明をさせて頂きます」


寝室の横の扉が開くと、衣装室の真ん中のテーブルの上に、幾多の紋章やら杖といった宝飾品が、やたら仰々しく飾られていた。

その全てが、金と宝石でこれでもか。と飾られ、恐ろしく豪華。


ギュンターは顔下げたいのを我慢し、それらを身に付けて参列する式の説明を聞き始め、アンガストに

「おや?

お怪我ですか。

気がつかなくて済みません。

直ぐにお手当を」


と言われ、たったさっきザースィンと派手にやりあった、気ままで気楽で雑多な近衛が、心から懐かしく感じられて俯いた。


よくよく考えたら、中央護衛連隊長なんてローランデが座ってる椅子、北領地[シェンダー・ラーデン]護衛連隊長同様の高位。


彼のような身分高い男が苦労して座ってる椅子だ。


ギュンターは改めて、今から座る中央護衛連隊長の、高い椅子の苦労に下げた顔が、上げられなかった。




 ララッツは、担ぐ横の男の、顔を見た。

フォルデモルドは腑抜けていた。


いつも饒舌で機会さえ在れば、自分の自慢を欠かさない男が、オーガスタスに斬られた事が余程堪えたのか。


前歩くザースィンですら、気になって振り向く程。

レッツァディンとラルファツォルはとっくに姿消し、ララッツのみが巨体フォルデモルドを担ぎ、あと数歩でこの辺りの地元の治療院に辿り着く。


ザースィンが先導し、道案内をしてはくれたが、決着付けられなかったギュンターの事か。

それとも去ったローランデの姿を思い浮かべているのか、手伝う気配も無く薄情にも前を思案顔でただ、歩いてる。


ララッツはまた、ずり落ちそうなフォルデモルドの腕を肩揺すり担ぎ直し、後数歩。

粗末な治療院の建物が、薄灯りの中見えて来ていた。

が、巨体フォルデモルドの重みで、千歩にも思える。


「…………ディアヴォロスを…」

ふいにフォルデモルドが口開き、前歩くザースィンは振り向き、担ぐララッツですら、横のその顔を見つめる。


「…ディアヴォロスを褒めると、ノルンディル殿は気に入らないんだろうな…」

「当然だろう?!」

ザースィンが即座に言い放つ。


が、ララッツは横のフォルデモルドの顔を、凝視した。

「ディアヴォロスが、気に入ったのか?」

「…いい匂いがした」

「女じゃあるまいし!」

ザースィンが吐き捨てるように即答しても、フォルデモルドは俯いてる。


「…それだけじゃなく………気持ち良かった」

「光竜ワーキュラスの光周囲に、纏ってるからな!」

ザースィンが怒鳴り付けても、フォルデモルドは口を閉じない。


「俺は…変だ。

オーガスタスに斬られたのに…。

いつもなら絶対腹が立つのに…。

どうしてだか………」


ララッツとザースィンは咄嗟、顔見合わせる。

「…光竜の光の影響が消えたら多分、オーガスタスを罵り倒す気力が沸く。

…随分痛かったのか?」

ララッツの問いに、フォルデモルドは顔揺らす。


「…深く斬られた。

暫くしてめちゃくちゃ痛かったが、俺様はみっとも無く呻くのは嫌だから我慢した」


言って、横の自分より顔二つ程背の低い、ララッツに振り向く。

「今は我慢してない」


「痛くないって事か?」

ザースィンに尋ねられ、フォルデモルドは正面で背を向け、顔だけこちらに向けるザースィンに、頷く。

「…丸で、痛くない」


ザースィンに見つめられ、ララッツは吐息交じりに俯く。

「…だから、光竜の光の影響が消えたら、痛くてまたオーガスタスとディアヴォロスを間違いなく、罵る」


フォルデモルドはじっ…と、ララッツを見た。

「…ノルンディル殿はその…大層格好良くて俺の憧れだが…ディアヴォロスのように手ずから傷の手当てをしてくれた事が無い」


「……………………」

「……………………」


ザースィンとララッツは同時に俯き、沈黙した。


が、ザースィンが顔上げる。

「左将軍が手ずから手当てするって確かに、普通無いよな………」

ララッツがかろうじて、言い含めた。

「だが右将軍アルファロイスですら、ここに居る自分は職抜きだと言った。

ディアヴォロスもそのつもりだから…自ら手当てしたんだろう?」


「………………ローフィスとディアヴォロスは…親密だよな?

俺はローフィスを殺そうとしたのに…なんでだ?」


ララッツとザースィンはほぼ、同時に怒鳴った。

「俺はディアヴォロスじゃない!(ザースィン)」

「知るか!(ララッツ)」


ザースィンは振り向きフォルデモルドの横に歩み寄り、腕を取ると持ち上げ肩担ぎ、さっ!と反対側で担ぐララッツに、顔向ける。


「(これ以上ご託聞かされる前に、とっとと治療士に押しつけちまおうぜ!!!)」

ララッツは無言でザースィンの視線に思い切り、頷くと、二人力合わせて目前、治療院の扉目がけ、巨体フォルデモルドを両脇から抱えながら遮二無二突き進んだ。



 ギュンターがへとへとになって、近衛官舎奥、ディアヴォロスの邸宅を訪れた時、ディングレーとラフォーレンはすっかり仕上がっていた。


テーブル上の超高級酒、シュランゴン酒の空瓶が幾つも並んでいて、スフォルツァとローランデ、そしてオーガスタスはまだ、マトモでほっとする。


スフォルツァがローランデの横からどこう。

とするのを見て、オーガスタスが即座に釘を刺す。

「どくな。

二人の情事を見せつけられたくなきゃ」


が、ローランデはスフォルツァの腿の衣服引き、座らせて眉釣り上げる。

「ギュンターには!

神聖騎士殿の治癒が終わるまで指一本触れるなと!

そう言ってある!」


グラス片手に自分の衣服を引くローランデに、スフォルツァは困り果てる。

「…なら私が場所を代わっても、大丈夫な筈ですよね?」

が、ローランデは片手にグラス持ったまま、唸る。

「それでも恥知らずに、迫るのがギュンターだ!」

「………なる程」

言ってスフォルツァは、内心ギュンターが怖いようで、横目でギュンターをチラ見しながら再び、ローランデの横に腰下ろす。


が、ギュンターは項垂れきって、一人がけのソファに座るオーガスタスの、横にかける。

オーガスタスはその様子に唸る。

「風呂は?」

ギュンターは顔上げる。

「浴びた。

今度の宿舎は温泉付きで、軽く流して来た」


オーガスタスは頷く。

ディングレーにもたれかかってるラフォーレンが、真っ赤な頬をして杯を上げる。

「ここの左将軍邸宅なんか、凄く広くて洒落た温泉が付いてますよ!」


ギュンターは一変で歯を剥く。

「…まさか、ローランデと一緒に浸かったのか?」

ラフォーレンは気づかず、真っ赤な頬のまま再び杯を上げて言う。

「酒の前に、みんな一緒に浸かりましたよ!

オーガスタス殿の裸って、何度見ても迫力ですねぇ!」


ギュンターが見ると、オーガスタスが思い切り、横で顔下げて居た。

オーガスタスは顔下げたまま視線ギュンターに向け、呟く。

「…酔っ払いの、言う事だ」


ギュンターはオーガスタスの為に、頷く。

「…なあ…。

中央護衛連隊長宿舎って…」

「大邸宅だろう?」

オーガスタスに問われ、ギュンターは一辺に俯く。

「…広くて、それは豪華だ」

オーガスタスも、頷く。


ギュンターが、顔上げて横の友の、顔を見る。

「教練時代から、ディングレーの私室入る度に別世界だと思ってたし、ローランデの屋敷訪れる度同様に思ってた」

オーガスタスがまた、頷く。


「…で、あんたも補佐になって、ここの屋敷の裏に豪邸貰ってるだろ?

最初、戸惑わなかったか?」


オーガスタスが、顔上げて即答した。

「戸惑うに決まってる」

ギュンターが、顔揺らしぼやく。

「木剥き出しの壁が一つも無い」

「俺は最初、一番質素な部屋に私物全部持ち込み、ほぼそこだけで暮らしてた」


ギュンターは頷く。

「なる程。

で、他の部屋はやっはり、空々しいか?」

「当然だ。

少しずつ自分の落ち着くように配置換えし、やっと他でも暮らせるようになった」

「参考にする。

俺はディングレーやローランデの住んでる屋敷見て

『訪れる場所で、自分の住める所じゃない』

と思ってた」


「まあ…さぞかし落ち着かないな」

「だろ?」


そして、会話を目を丸くして聞いている、ローランデとスフォルツァをオーガスタスは見ると、ぼやく。

「大貴族には、解らぬ苦労だ」

ギュンターもその言葉に、思い切り頷く。

「豪華だとやたら落ち着かなくて、しっくり来ない」

「…安酒場や安宿に慣れてるからな」


ギュンターが思い切り、オーガスタスの言葉に首縦に振るのを見て、ローランデとスフォルツァは互いの顔を見合わせた。



それから、オーガスタスは質素な酒場や教練時代の自分の部屋の様子語るギュンターに、付き合った。


スフォルツァとローランデはその、質素と地味さを懐かしがるギュンターの昔話を聞く度、顔見合わせていた。


が、オーガスタスがとうとう、ギュンターに顔寄せて囁く。

「…そんなに、今ローランデ見るとマズイのか?」

「…今迫ると血を見るかも。

明日…もう、今日か。

就任式に俺が大怪我してるのも、マズイだろう?」


「ローランデに、斬られるかも。

と思ってるのか?」

「俺がどれだけ禁欲してるか、知ってるだろう?

その上ローランデが、どれだけ俺に腹、立ててるかも」


見つめられ、オーガスタスは見つめ返して思い切り、頷いた。



ラフォーレンは突然

「飛び(イレギュレダ)!」

と叫び、ディングレーは

「動く死体!」

と叫んでは、二人共ゲラゲラ笑いこけたりするし、スフォルツァは隣のローランデに

「…酔えませんね」

とボヤき、ローランデも同様のようで、こっそり頷いていた。


が、七点鐘が鳴る頃、アンガストが顔を出す。

「中央護衛連隊長、就任式のご準備を」

言われ、顔引き締め立ち上がるギュンターに、オーガスタスがぽん。と背を叩く。

「気楽に楽しめ」


ギュンターはそう言う、中央護衛連隊長同様高位の、左将軍補佐の言葉にほっとしたように、顔揺らす。


が、部屋出るギュンターの背に言葉投げる。

「俺には千里眼のディアヴォロスが居るから、身に過ぎた高位に就こうが苦労は少ない」


ギュンターは、ぐっ!

と歩を止め、振り向いて室内の、ソファに座る悪友を睨んだ。


アンガストがすかさず、囁く。

「そりゃ千里眼の左将軍には及びませんが。

私がお世話致しますから」


言われて背を押され、ギュンターはしぶしぶ部屋を出て行った。


扉が閉まると、スフォルツァとローランデに目を見開いて見つめられ、オーガスタスが唸る。

「だって、覚悟は必要だろう?!

俺との違いを、ちゃんと教えとかないと!!!」




 ギュンターが中央護衛連隊長邸宅に戻ると、二階左尾根でディンダーデンが喚いていた。

「俺の薬品に手を触れたのか?!

どこにやったか言え!!!」


アンガストが頷くと、ディンダーデンの背後に居る、やはり大公家の侍従らしき若く有能そうな男が、さりげなく吠えるディンダーデンに告げる。

「取扱に慣れた薬師が、ちゃんと別室に運び込みました。

覚え書きの一枚も落とさず、全て」


ディンダーデンはその若者に振り向く。

「確かだろうな!!!」

「ええ。

湯に浸かり着替えをされた後に、ご案内さしあげます」



白んでいた空はすっかり太陽が昇りきり、光降り注いで豪華な中央護衛連隊長邸宅内部を浮かび上がらせる。


数分後、飾り立てられたディンダーデンとやっぱり正装したギュンターは、幅広の赤絨毯が敷かれた、豪華な中央階段前で出会った。


開口一番、ディンダーデンが横に付くギュンターに小声で囁く。

「お前の部屋は右か」

「お前は左のようだな。

近衛官舎と違い、やたら広いが…。

あんた、大貴族だから戸惑わないだろう?」


中央護衛連隊制服、濃い紫色の上着にズボン。

刺繍と宝石で飾られた黄金のマント。

所狭しと飾られた、肩から胸にかけての宝飾品を朝日に綺羅綺羅させた、ギュンター本人が『道化』と思ってるチャラい様子を見た物の、ギュンターに真顔でそれを言われ、ディンダーデンはその顔をマジマジ見返す。


「俺の育ちが何だ!!!

俺は手入れを必要とする家具は、嫌いだ!!!」

言われてギュンターは、ディンダーデンが片付けない事に気づく。

「召使いが片付けるだろう?」


「あの部屋で汚したら、新しい家具を入れないと他と釣り合いが取れない!

俺だって質素な部屋は、汚しても目立たない利点がある事くらい熟知してる!!!」


ギュンターは顔の前で歯剥かれ、だがその言い様にたっぷりと、情感込めて頷いた。

「同感だ」


ディンダーデンは途端、近衛時代から連んできた連れに心落ち着き、二人並んでその豪華な大階段を降り、だだっ広い玄関ホールを抜けて邸宅を出た。


が、玄関前に飾り立てられた愛馬ロレンツォを見つけ、ギュンターが目を見開く。

豪華な宝石の付いた鞍。

頭飾り。

手綱ですら、飾り紐だった。


ギュンターはつい、横のディンダーデンに囁く。

「就任式だからだよな?

毎回、こんな飾り付けてたら…道化だ」


ディンダーデンもギュンターよりは少しだけ質素な愛馬、ノートスを見て唸る。

「…よくあいつ、あんなごちゃごちゃ大人しく付けさせたな…。

気が荒いから、気に入らない飾りつけられると振り払うのに」


二人共肩で息吐き、溜息交じりに愛馬に跨がる。

ギュンターは、自分の飾り立てられた姿は絶対、想像したくない。

と思い浮かべる事を、拒否した。


今朝、アンガストに言われるまま身に付け、目前の大鏡を一度も見ず、アンガストに幾度勧められても、鏡に映る自分を見る事を、拒否した。


…人にどう見えるかなんて、知っていてたまるか!

ともう一度、飾り立てられた愛馬に跨がり思う。

愛馬ロレンツォがあまりに…ちゃらちゃら飾り立てられていて、自分が同様なのを熟知していたから。


横を見ると、それでも濃い紫の中央護衛連隊服に、銀のマントを羽織り宝飾品を付けたディンダーデンは、ちゃらさよりもその態度のデカさと存在感が勝って見え、迫力でちゃらさを他へ、押しやっていたから、自分も同様に見えるよう

『気迫で着こなすぞ』

と腹を括る。


ディンダーデンは酒場で楽しく憂さ晴らし出来たようで、これから大層な式典だと言うのに、近衛で出動がかかった時のように気楽に自分を見つめるから、ギュンターも同様肩の力が、一気に抜ける。


足が動き、同時にディンダーデンも拍車かける。

二騎は一気に駆け出し、中央護衛連隊表官舎目指して中央護衛連隊長邸宅門を、潜り抜けた。







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