2 襲撃
前方、黒い馬上の騎士達のシルエットが、道の向こうに月明かりで浮かび上がると、オーガスタスもディンダーデンもがうきうきした様子見せ、ゼイブンは歯喰い縛り思いっきり、手綱引く。
直ぐ、馬止めたゼイブン通り越し、オーガスタスが馬進め怒鳴る。
「やっと、来たか!」
ディンダーデンもギュンター横から馬蹴立て、進み怒鳴り付ける。
「脇道逸れないで、出迎えてやったぜ!!!」
ギュンターだけが進み来るローランデの横に、馬付けて囁く。
「俺が、レッツァディンとやる」
ローランデは無言で横のギュンター睨み付けると、フイと馬進め、ギュンターは慌ててローランデの横に並ぼうと、拍車かける。
道で待ち構えてたレッツァディンが、背後ララッツに振り向く。
ララッツは肩竦め、吐息交じりに告げる。
「メーダフォーテとノルンディルの寝室前に居た神聖神殿隊騎士には、心を読む能力が、あったようだ。
襲撃計画は、おそらく奴らに筒抜け」
フォルデモルドが肩怒らせる。
「…それでも逃げないとは!
どこ迄思い上がった奴らだ!!!」
ラルファツォルが無言で馬降り、先頭レッツァディンも馬降りると月明かりに浮かぶ唯一の金髪、ギュンターに怒鳴る。
「貴様が中央護衛連隊長だと?
生き恥さらす前に、俺がぶっ殺してやる!!!」
が、さっ…とローランデが馬止め様飛び降り、駆ける。
ギュンターがぎょっ!とし、オーガスタスもディンダーデンがも素早く馬止め、下りてローランデの背を追う。
真正面に淡い栗毛と濃い栗毛が交互に混ざる、長い髪翻し立つ、ローランデの姿にレッツァディンが、嗤う。
「…お前を可愛がるのは、ギュンター殺した後だ!」
背後、ギュンターが慌てて駆け来て、ローランデに寄ろうとするのを振り切って、ローランデが剣抜きレッツァディンに一気に詰め寄る。
「ごたくはもういい!
貴方の相手は私だ!!!」
「待てローランデ!
レッツァディンの指名は俺だ!!!」
オーガスタスとディンダーデンは、自分達を追い抜くギュンターの慌て振りに、思わず互いに目を見交わし合った。
が、ザースィンが飛び出すと、ギュンターの目前に立ち塞がる。
「…やっと…お前を殺れるぜ…!!!」
ギュンターはその、近衛の隊長就任時からしつこく、ローランデにちょっかいかけ続けてる恋敵を睨め付ける。
ザースィンは一気に剣抜きギュンターの、頬に斜め掠る程の一刀を叩き込み、ギュンターは俊敏に頭傾けてそれを避ける。
そして剣、脇に差した鞘から引き抜き、二刀目と振り上げるザースィン睨め付け、叫ぶ。
「それでローランデが自分の物になると、見果てぬ夢か!!!
その夢、ぶっ潰してやる!!!」
ザースィンが、ローランデを既に幾度も抱いてるギュンターに、悔しげに歯ぎしりして素早い一刀をギュンターに振り、ギュンターは上体捻り避け様、斬りかかる。
ザースィンが素早く剣引き上げ、打ちかかるギュンターの剣に剣ぶつける。
がっつん!!!
ローランデはもう、素早い二刀をレッツァディンに振り入れ、レッツァディンは剣抜き、その斬りかかる“風”のような気配無い殺気に踊らされ、沸騰したように怒りに煮えたぎり、吠える。
「ノルンディルをほぼ沈めたと、慢心してるようだな!!!
俺は奴とは違うぞ!!!
例え自分の愛玩だった男だろうが、殺れる!」
ディングレーは、その通りだ…。
と馬を下り、オーガスタスとディンダーデンの背後から二人の戦い様を見つめる。
レッツァディンはノルンディルと違い、怒りにかられると手加減も容赦も無い野獣。
同じ王家の血持つ、自分が一番良く知ってる。
ディアヴォロスも…そして自分も抑えのタガを持ってる。
が…レッツァディンは戦い始めると抑えなんてものは丸きり存在しない。
“狂い狼”
異名そのまま。
ノルンディルは確かに、ローランデの痴態思い浮かべ見下していた。
だがレッツァディンには…そんな思惑は無い。
剣振り始めたら…相手を、叩きのめすしか念頭に無い男。
が、オーガスタスが怒鳴る。
「先越されたが、俺達もそろそろ始めるか?
フォルデモルド!
ローフィスが随分お前に可愛がられたようだから…借りはきっちり、返さないとな!!!」
ディンダーデンは横で、そう叫ぶオーガスタスの瞳が既に黄金に煌めくのを見
「(もうきっちり、本気だな)」
と呻いた。
オーガスタスの髪は月明かりでも、燃えるような赤毛に見えた。
フォルデモルドは自分に本気に成るオーガスタスを、初めて見た。
いつも…はぐらかされていた。
一応味方。
だから…どんな時も決して本気で牙剥き、剣向けた事が無い。
ただ…隙見てローフィスの、腕を捻り上げようとした時、腕掴まれてあの黄金の瞳で睨め付けられた。
口元は笑い…が、ぞっとする気配で告げる。
「…良かったな。俺が間に合って。
ローフィスの腕折ればお前も。
…腕が折れてた」
自分が折ってやる。
言葉では言わなかった。
が。
その黄金の瞳で告げていた。
だが、フォルデモルドは怒鳴り返した。
「俺か貴様か!!!
どっちが残るか、その身で思い知れ!!!
庇護の左将軍はここには、いないぞ!!!」
ディンダーデンはその巨体二人が、大振りの剣を激突させる豪快さを目の辺りに見た。
そして目前。
自分の前に静かに立つ、『死の刃』ラルファツォル。
そしてその背後。
いとこレルムンスがラルファツォルに、隠れるようにして姿を見せているのに視線向ける。
ディンダーデンはラルファツォルに嗤った。
「…俺を、殺したいようだな?」
ラルファツォルはくっ!と笑い返す。
「殺したいんじゃ無い。
殺すんだ」
ラルファツォルの背後。
こっそり剣抜くレルムンスを、ディンダーデンは見つめる。
「…御大が俺に剣振ってる隙に、俺殺そうとか、もしかしたら思ってんのか?!」
ラルファツォルが気づき、振り向いて背後のレルムンスを、不快そうに見つめ告げる。
「…俺の、獲物だ」
レルムンスは剣の構え解き、不満そうに呟く。
「…ディンダーデンは、それはしぶとくて簡単には死なない」
ディンダーデンは剣担ぐと、レルムンスを見る。
「…そんなに俺が邪魔か」
「お前が死ぬと、心の暗雲が晴れる」
ディンダーデンは一気に剣構え、怒鳴る。
「何が、暗雲だ!
お前の軽い脳みその中に、暗雲なんて存在するか!!!」
ラルファツォルが、とうとう怒鳴った。
「ディンダーデンは俺が殺す!
いいからどいてろ!!!」
ラルファツォルに凄まれ『死の刃』が怖いレルムンスは、剣下げ歩も、下げて二人から離れる。
ディングレーが凄く、やる気無さげにレルムンスを見る。
「俺とやるか?」
が、ララッツがレルムンスを押しどける。
「私が」
ディングレーは顔、下げたいのを我慢した。
アイリスとやるのに相応しい、頭脳派の詐欺師。
が、銀の髪は伊達じゃない。
と言う程、戦い始めると激しい剣を使う。
ディングレーが、ぼやく。
「頭脳派のお前は、王族の俺殺ったらどれだけ自分に不利か、計算出来るだろう?」
ララッツは笑う。
「…せいぜい足止め出来ればいい。
貴方が誰かの助っ人に、入らないように」
ディングレーはかっ!!!と怒って、剣振り上げる。
「お前にそれが出来ると!
本気で思ってるようだな!!!」
がつん!と振り下ろすディングレーの豪剣を、がララッツは剣振り上げ受け止め、ずん…!と腕に来る重い剣見事受け止めて笑う。
「…思ってますよ?」
ゼイブンはゆっくりと馬から下りると、戦い始めるディングレーとララッツを腕組みして見、吐息吐いた。
「(剣、ララッツに振った時点で奴の、思う壺なのに…)」
それにすら気づかないディングレーに、ゼイブンはもう道端の草むらに腰、降ろそうかと考えた。
が、レルムンスがこっち見てる。
「よぉ。
神聖神殿隊付き連隊の色男」
「…ディンダーデンのいとこの、近衛の色男か…。
あんたも、やる気無しか?」
「俺はディンダーデンが、俺に向かって来なけりゃそれで、いい」
「それには俺も、同感だ」
言って、ゼイブンとレルムンスは互いを見つめ合った。
そして互いが、知った。
相手も自分同様
『こんなふざけた戦闘に付き合うより、酒場で楽しく女を口説きたい』
そう思っている事を。
「…どっかの助っ人に、入る気か?」
レルムンスに聞かれ、ゼイブンは憤った。
「冗談だろう?!
俺はあくまで案内役で、しつこく、戦いは嫌だと!
あの赤毛の大物に告げてある!」
二人はオーガスタスを、見た。
対戦相手のフォルデモルドは同様、2メートルを越す長身の巨漢。
が、戦うオーガスタスの黄金の瞳がギラリ!と月明かりに輝き、どう見てもオーガスタスを、フォルデモルドより更に大きく強く、見せていた。
「…あいつ(オーガスタス)を本気にさせるなんて、あの赤毛何したんだ?」
ゼイブンのぼやきに、レルムンスは横の、酒場でいつも女取り合う軽い色男に振り向く。
「…ああ…。
お前、神聖神殿隊付き連隊だったな…。
オーガスタスは左将軍補佐なんて、高位に居て滅多な事では喧嘩に付き合わない。
フォルデモルドはもっぱら鬱憤晴らしに、ローフィスに散々嫌がらせしてたし…。
第一見ろよ。
赤毛に長身。
身分もさ程高くない所から、腕一本でのし上がってきてる。
…完全に、キャラ被ってる。
フォルデモルドは自分より年下のオーガスタスの方が、近衛では大物と一目置かれてるのが、心から気に入らない」
「…………………」
ゼイブンは、言われてフォルデモルドとオーガスタスが戦う姿を見つめた。
「…オーガスタスが年下?」
レルムンスは吐息吐く。
「…ああ。
オーガスタスが来る前は、あいつ程デカくて力持ちでしかも、剣が強い奴がいなかったから…。
そりゃフォルデモルドは、皆から大物扱いされていた」
オーガスタスの黄金の瞳がギラリと光るが、その剣が引かれる度、車輪のように銀に輝き放ちながら一瞬で回り、フォルデモルドの予測裏切る場所から飛び出したかと思うと、急襲する。
フォルデモルドがやりにくそうに、襲い来る高速の車輪に必死で剣合わせ、防いでいて防戦一方。
オーガスタスの方は余裕を見せながらも、仕留める獲物としてフォルデモルドを見つめ、張り詰めた気を緩める様子も無い。
良く…見ると、オーガスタスは怒ってるように…見えた。
自分の居ない戦場で、フォルデモルドがローフィスを、殺そうとした事を。
がっ!
オーガスタスの高速車輪のような剣が、フォルデモルドの脇掠る。
衣服避け血迸るが、フォルデモルドは必死で襲い来る剣に剣、ぶつけ止めていた。
レルムンスは沈黙から口開く。
「…見てるだけで…なんか、力んじまうな…。
俺だって巨漢のフォルデモルドと戦うなんて、腕が痛くて論外。
あの、レッツァディンやノルンディルですら嫌がるんだぜ?
どっちも力じゃ負けてないから、素早くて頭の回転早いオーガスタスの方が、勝ってるな」
レルムンスのぼやきに、ゼイブンは呟く。
「…オーガスタスと、やるのも嫌か?」
レルムンスは振り向く。
「左将軍補佐だぜ?
准将と並ぶ程の高位に居る。
高い地位から見下ろしいつも落ち着き払って、滅多に喧嘩も売ってこないから、戦う事なんて考えた事も無い。
せいぜい言葉で恥かかせてやる程度だが、ララッツが知恵絞っても、オーガスタスは軽くいなして相手にしない。
フォルデモルドと違って、胸反っくり返らせて威張り散らさなくても、どっしり構えてて存在感デカいしな。
年下のオーガスタスの方が大物に見えても、無理無い。
フォルデモルドは戦闘無ければ威張るだけの能なしと、皆に影で笑われてる」
ゼイブンはまた、吐息吐いた。
「…俺だったら、どっちとも戦うなんて考えたくも無い。
とっとと逃げるな」
同感だ。
とレルムンスも、巨漢同士の戦いとしては凄く見応え有る戦闘を、眺めた。
オーガスタスはでも、真剣だと、ゼイブンには解ってた。
“里”に居ながら、体が透けても駆けつけた。
ローフィスの、命救う為に…。
吐息吐き、視線移すと、ローランデが素早い殺気溢れる風となって、レッツァディンの周囲を音無く歩運び襲う隙伺い、レッツァディンは掴まらぬ風に苛立ち増し、殺気剥き出し。
最早ぞっとする凶獣と化していた。
「…近衛って人の皮被った野獣ばっかだって聞いたが…」
レルムンスが、気づきゼイブンの視線の先を見つめる。
「…レッツァディン殿か…。
あれで…日常は、胸糞悪い何考えてるか丸で解らぬノルンディルやメーダフォーテなんかより、余程素直なお方だが…戦い始めるとまさに野獣。
俺ですら、理性飛んだあの人に睨まれると背筋が氷る」
それを聞き、ゼイブンは再びぞっとする形相のレッツァディン見つめ、震えて尋ねる。
「…どうしてローランデは怖く無いんだ…!」
レルムンスが呻く。
「俺も、味方に剣振るローランデは初めて見たが…。
なんか遺恨溜まってる分、近衛の戦闘時より凄まじいな…」
ゼイブンはつい、横のレルムンスの柔っちい横顔見つめ、呻く。
「あんたでも、初めて見たのか?
でも年上のあんたらは教練でローランデの戦い様見てないから、知らないだろうが…。
あいつの居る時教練に在籍してた者で、ローランデに剣でかかって行く物好きは、一人として居ないぜ?
…どうせあいつが、柔な外見で背だってあんま高くないし、礼儀正しく上品で年下だと舐めてかかって、見下してたんだろう?」
レルムンスはゼイブンを、見た。
「…まあな。
だが本気のレッツァディン殿相手に、引くどころか攻撃してるの見て、あいつに喧嘩売るのは絶対よそうと…たった今、肝に銘じた」
ゼイブンはレルムンスが本気で、牙剥くレッツァディンを恐れもせずそれどころか、翻弄し、更にその怒り買うローランデの戦い振り見て、本心ぞっとしてるのに気づく。
レルムンスが、重い口開く。
「…マジでレッツァディン相手にあんな事したら…姿が解らなく成る程、滅多斬りで肉の塊にされるぜ」
レルムンスのぼやきに、ゼイブンは狂気のような凄まじい蒼の瞳を月光で物騒に煌めかせる、レッツァディンの凄まじさ見て、唾呑み込んだ。
「…やりそうだな」
レルムンスは頷く。
「実際やってる。
レッツァディンの怒り買った近衛の猛者が…馬鹿にも剣抜き、レッツァディン殿に…ズタズタに斬り裂かれた。
…最も、正気に戻ったあの人に、聞かれた。
『どうして俺を止めなかった』
…だけど…」
「止められない程…凄まじかったんだな?」
「一刀入れ相手に隙が出来れば最後。
斬って斬って、斬りまくってて…そんな時、止めに入ったらこっちまで斬られる」
「…結果最後…斬られたそいつ、人の姿してなかったのか?」
レルムンスはおもむろに頷く。
「…皆それ知ってるから、レッツァディン殿を怒らせる間抜けは、近衛に居ない」
二人は心からぞっとしながら、視線を戦いに戻す。
ローランデが一瞬でレッツァディンの背後に回ったかと思うと、頭上より剣振り下ろし、レッツァディンの背を掠めた瞬間、レッツァディンは振り向き剣を一気に振り下ろす。
ざっっっっ!
瞬時にローランデは身屈め、その場から消え去った。
空ぶる剣に、レッツァディンは背を斬られた憤り増す。
ゼイブンが見てると、レルムンスは唾呑み込み、しゃがれた声絞り出す。
「…ローランデは速さに自信があるから…あんな攻撃出来るんだな」
言って、歩滑らせ再び殺風となって隙伺う、ローランデの青い射るような瞳見、レルムンスは呻く。
「…あんな…度胸ある男だったのか………」
ゼイブンは吐息吐く。
「どうせギュンターにちょっかい出されてるから、柔っちく見えてたんだろう?
だがあいつが一年の時、ディアヴォロスとの対戦見た奴は誰もあいつに剣で戦いを挑まない。
今世紀最高剣士の異名持つディアヴォロスにだって、向かって行くんだぜ?」
「…………俺はその噂聞いた時てっきり、相手があんま、優しげだし下級だから、ディアヴォロスが手加減したのかと思ってた」
「…違う」
「今見て、解った」
ゼイブンは、頷く。
がっっっっ!
凄まじい剣のぶつかり合う音に、二人は視線移す。
ギュンターとザースィンが、意地剥き出しで剣ブツけあってた。
「…ザースィンはあれで何トチ狂ったか、ローランデに魅入られて、ローランデを自分の物にしたいと言う、見果てぬ夢見続けてる」
レルムンスのぼやきに、ゼイブンも同意する。
「ギュンターも、同様だ。
ちょっと考えれば、地方大公子息なんて絶対、モノに出来ないって解りそうなのにな。
恋って、怖いぜ」
レルムンスも頷く。
「…要するに…馬鹿同士の戦いか?」
「…だがどっちも野獣でガタイデカイし喧嘩強いから…凄まじい激突具合だよな…。
で、お前戦う気丸で無しか?」
ゼイブンに言われ、レルムンスがゼイブンに振り向く。
自分より頭一つ背が低かったし、ガタイは自分の方が良くて有利。
…だが、そう言う問題じゃ無い。
「お前は戦わなくて平気なのか?」
ゼイブンは肩竦める。
「俺は案内役しかしないって、言ってあるしな。
逆に戦わせたら、文句言ってやる!」
レルムンスは吐息吐き出す。
ゼイブンが、気づいて振り向く。
「だがお前は仲間の手前、戦わないとまずいんじゃないか?」
見つめ来る、自分同様垂らしの柔な顔見て、レルムンスは囁く。
「自分の戦いに夢中で、こっちなんて誰も見てない。
だが…もし『何してる!』
なんて脅しの視線向けられたら、流石に戦ってるフリだけはしなくちゃならない。
その時はフリだけに、付き合ってくれるか?」
ゼイブンはその申し出に、心から賛同した。
「いいぜ。
もしフリだけでも戦う羽目になったら、奴らにうんと、恩着せられる」
レルムンスは呆れたが、やはり横に
『さっさとこんな場から逃げ出して、酒場で楽しく女と遊びたい』
と同じ気分の同志が居る事が、心強かったから、頷いた。
ディアヴォロスとアルファロイスは並んで丘に馬止めると、その坂の下の草原で月明かりの中、戦う男達を見つめる。
アルファロイスはディアヴォロスが、いとこのディングレーが本気でララッツに剣向け、ララッツがからかうように捌いてる様を心配げに見つめてるのに気づく。
「…ディングレーは、本気に成りそうか?」
尋ねると、ディアヴォロスは頷く。
「…理性が飛ぶと危ないな…」
アルファロイスが、視線振る。
「レッツァディンはとっくに、飛んでる」
ディアヴォロスは“狂い狼”が、激しく黒髪靡かせ、捕らえられぬ風にますますの憤り増す様に、視線落とす。
「…ローランデも同様の気迫を放ってるから…決着が付くのに時間がかかりそうだな…」
アルファロイスも同感だ。と頷く。
「放って置くと、オーガスタスはフォルデモルドを殺す」
ディアヴォロスはチラ…と視線投げ、呟く。
「殺す、前には止める」
アルファロイスが、再び頷く。
そして二人同時にラルファツォルとディンダーデンを見つめ、呟く。
「問題はあれだな」
ラルファツォルは近衛の癌、ふざけたディンダーデンを一掃しようとその剛剣を振り、ディンダーデンは一本気を叩きのめそうと豪剣振り回す。
隙無い剣使うラルファツォル。
が、ディンダーデンはラルファツォルの筋の通った剣技に、しなやかな身のこなしの変速技で対応する。
ラルファツォルが一直線に素早い剣、突き入れるとディンダーデンは鮮やかに身を返し、その逞しい肩から、豪快に剣を振り回す。
がちっ!!!
火花散り、二人は一気に剣下げ離れ、相手の出方伺い…そして一気に間を詰め、至近距離で互いに豪速の、剣振り回してた。
「私には、年下の癖に左将軍職をムストレスよりもぎ取った無礼者。
としてラルファツォルは敬意を払わないが…。
貴方には、違うだろう?」
言ってディアヴォロスは横の馬上の、四つ年上のアルファロイスを見つめる。
アルファロイスは陽気に笑う。
「私だって、彼からしたら若輩者の右将軍。
が、余興の戯れ試合で彼の剣を全部先読みし、止めて以来、一応敬意は払って貰えてるな」
ディアヴォロスはその笑顔に、そっと頷いて見せた。
ギュンターとザースィンは最早どっちも理性の、欠片すら見えず、相手叩きのめそうと、あちこち互いに掠り傷作りながら剣を、振り入れていた。
ギュンターも素早かったが、ザースィンの切り返しも早い。
どっちも意地剥き出しで、ローランデは俺のモノだと、いきり立っていた。
ゼイブンは横のレルムンスが、ディンダーデンとラルファツォルの戦い見つめ、吐息吐くのを聞いた。
「…どっちも強いな」
言ってやると、レルムンスは俯く。
「ラルファツォルが圧倒的に強いと嬉しかったんだが。
どうしてあいつ(ディンダーデン)は相手が強いと、更に強くなるんだ?
普段はどう見ても、態度もガタイもただデカいだけの、垂らしなのに」
「…態度に見合って、剣も強いのが不満か?」
レルムンスはぷんぷん怒った。
「あいつが餓鬼の頃、どれだけ暴君のいじめっ子だったか、知らないだろう?
デカい態度で意地悪で!
俺はあいつより体小さかったから、どれだけ虐められた事か…!
理不尽にいつも威張ってるし、あれしろこれしろと、調子に乗って俺に命令する。
聞かないと殴られるか蹴られる。
毎日泣かされたし、たった!
二ヶ月しか違わないのに、年上ヅラして威張りやがって!
今じゃ役職だって、あいつは副隊長だが俺は、隊長だ!!!
それであいつが俺に、一度だって敬意払った事、あると思うか?!」
ゼイブンはその剣幕に、つい黙り込んだ。
そういや、ディンダーデンのいとこだと言われ酒場でレルムンスを見た時、あまりにディンダーデンと印象が違ってて、びっくりした事をゼイブンは思い出す。
レルムンスはどっちかってーと柔で優美な女顔。
どこかキツネを連想させた。
確かに、近衛だけあって背も高いしガタイも良かった。
が、ディンダーデンのデカい態度はディンダーデンを、体格より更に大きく見せていたから、レルムンスの軽い色男ぶりは、軟弱に見えた。
「…何か、気持ち解るぜ…。
俺だって神聖神殿隊付き連隊に居たら、背だってデカいし体格良く見られて、一目置かれる。
が、近衛の騎士に囲まれた途端、小柄で軟弱に見られる」
レルムンスは背は自分より低く細身で顔の整いきった横の美男見て、頷く。
「…だから顔と違って、中身はスレてんだな」
ゼイブンは顔、上げた。
「スレてる?」
「黙ってると、大人しく端正な美男に見える。
そう酒場で言ったら、大爆笑された」
ゼイブンは顔、下げた。
「まあ俺は外見と性格のギャップが、大層デカいらしい」
レルムンスは大きく、頷いた。
「そう聞いた」
「ぎゃっ!」
その声に、二人同時に振り返る。
フォルデモルドが肩に深手負い、血の吹き出す傷口に、左手を当てていた。
が、オーガスタスの黄金の瞳の輝きは消えない。
オーガスタスが頭上に剣振り上げた時、レルムンスが咄嗟、怒鳴る。
「殺す気か!」
ゼイブンはオーガスタスが躊躇いもせず、血の吹き出す肩に手当てて腕の上がらないフォルデモルドに、剣振り下ろそうとする様見て思った。
“親友…ローフィスの為なら、殺れるんだな…”
ゼイブンは顔、下げた。
自分達だってあの時、覚悟した。
ローフィスが間違いなくフォルデモルドに、殺される。と。
レルムンスは信じられぬ光景見て、鳥肌立つのを感じた。
がちっ!
オーガスタスの剣、咄嗟に割って入って受け止めたのは、ディアヴォロス。
しかもその向こう。
ローランデが一瞬、突如現れたディアヴォロスに視線振るその隙に、凄まじいレッツァディンの剣が飛び、その剣を…瞬時に飛び込み、軽く受け止める右将軍アルファロイスの姿…………。
レッツァディンは止められ、剣を振って合わせから外すと、一気に上から斬りかかる。
アルファロイスはがちっ!
と音立て高速の剣に剣ぶつけ止め、剣合わせたままズイと前へ出、レッツァディンの目前で“狂い狼”の瞳を、見つめる。
レッツァディンは怒りで意識ほぼ飛んで居たが、目前金髪のアルファロイスの顔が視界に入り…はっ!と我に返った。
オーガスタスは剣下げ、フォルデモルドを背後に回すディアヴォロスを、黄金の瞳で見つめる。
輝きは消えず、ディアヴォロスの整いきった顔を、異を唱えるように見据える。
ディアヴォロスはそっ…と囁く。
「殺す迄…気が済まないか?」
その優しげな口調に、オーガスタスは顔背け、怒鳴る。
「三太刀…いやもっと…!
ローフィスはこいつに、喰らってる!」
オーガスタスの叫びに、ディアヴォロスは静かに告げる。
「君がそれだけ剣振れば…フォルデモルドは確実に死んでいる」
オーガスタスはそれを聞き、ふっ…と瞳から黄金の輝き消すと、俯き髪、揺らす。
「…殺すな…と?」
オーガスタスはディアヴォロスが頷くのを見、その背後、血が流れ行く、肩の傷口に手当てるフォルデモルドを見つめる。
「たった一太刀しか、あいつは喰らってない」
「その一太刀は、深い」
「だがまだあいつは、俺を怖がってない!
ローフィスを殺ろうとしたらどんな目に合うか!
まだ俺は奴に、思い知らせてない!!!」
ディアヴォロスは心から吹き出す感情をぶつけ来るオーガスタスを、優しい…暖かな眼差しで見つめ、囁く。
「フォルデモルドはそれを、君が止めの剣振り下ろし死ぬ一瞬前にしか、思い知る事が出来ない…。
そしてそれが解った時、フォルデモルドは死んでいる」
オーガスタスは、悔しげに顔、一瞬歪めディアヴォロスの方へと迫り出した。
が、ディアス(ディアヴォロスの愛称)のどこ迄も静かな態度に顔、下げると吐息と共に言葉を、吐き出す。
「…あんたが…そう言うのなら、そうなんだろうな…」
ディアヴォロスはゆっくり…光が零れるように微笑むと、オーガスタスの下げた手から、剣をそっと…掴み外した。
オーガスタスはされるままに剣をディアヴォロスに取られ…そして俯いたまま、唇を噛む。
ディアヴォロスはそんなオーガスタスに、そっと告げる。
「君の気持ちは、私にも解る」
オーガスタスが顔上げた時、ディアヴォロスは背を向け、肩に手当て必死で吹き出す血を止める、フォルデモルドに手を外すよう、促していた。
レッツァディンは目前の、アルファロイスの心に突き刺さるような青の瞳で静まり…ゆっくりと…剣を、下げた。
アルファロイスは一歩下がり、その後ゆっくり剣降ろすと、告げる。
「…いい加減、ローランデへの執着は、止めるんだな」
レッツァディンは横通り過ぎるアルファロイスの言葉に、顔上げる。
が、アルファロイスは背向け、レッツァディンはアルファロイスの遠ざかる背を、見続けた。
アルファロイスは歩止め、髪靡かせ立つ、ローランデに微笑む。
「君の親友がそれは、君の事を心配していた。
相手がレッツァディンでは流石の君も、無傷では済まないぞ?」
そして、顔寄せると囁く。
「…だが傷を負えば君もそれ以上の本気に成る。
レッツァディンを…殺していたぞ?」
ローランデはそれを聞き、顔、揺らす。
考えて…無かった。
殺そうと迄は。
だが、アルファロイスの言う通りだ…。
レッツァディンの本気に引きずられ、最後の一刀に手加減など忘れ…きっと…殺していた。
アルファロイスが、ぽん…。
とローランデの腕軽く叩き、その横を通り過ぎた。
ディアヴォロスとアルファロイスの登場に、ギュンターとザースィンはほぼ同時に気づき、剣下げたし、ラルファツォルが剣下げるのを見て、ディンダーデンもようやくその時、気づいて構えた剣、振り下げる。
ディアヴォロスだけなら…ラルファツォルはまだ自分に剣、振っていたろう。
が、ラルファツォルは右将軍アルファロイスに一目置いていた。
つい、やっぱり邪魔しに入って来たアルファロイスに視線振り、ディンダーデンは剣を鞘に、収めた。
ラルファツォルはアルファロイスに振り向かれ、軽く頭下げる。
アルファロイスはその年上で銀髪の誇り高い剣豪に、笑って告げる。
「ディアヴォロスは降格するな。
と言う。
だからここに居るのは右将軍の私では無い。
近衛の騎士ですら、無い。
ただの…馬鹿な殺し合いを止めに入った一、通行人だ」
ディングレーはまだ、からかうような笑み向けるララッツに、剣下げたものの再び振り上げる機会探し、睨み付けていた。
が、布でフォルデモルドの肩の止血してるディアヴォロスに、ぼそりと言われる。
「止せ。ディングレー。
ララッツは最初から、君の剣をマトモに受ける気なんか無い」
ディアスに言われ、ディングレーは途端我に返ると、ララッツの誘いに乗って足止めされた愚かさに気づき、顔下げた。
ゼイブンはレルムンスに告げる。
「収まったみたいだな」
レルムンスも頷く。
「このままここから、ずらかりたいぜ」
ゼイブンも心から告げた。
「俺だって案内役なんて放り出して、遊びに行きたい」
オーガスタスが、俯き加減で剣担ぎ、顔向ける。
「行って、いいぞ。
襲撃は終わったし、もしこの後夜盗なんて出たら、悲劇はそっちだ。
皆決着付けられない鬱憤、溜まりまくってるからな」
「近衛の血の気が多いのって、信じられないぜ…。
上品に、情事で発散しようって発想は、無いのか?」
ゼイブンの言葉に、ディンダーデンが笑って寄って来る。
「俺も夜盗より女が良い」
肩に回されたディンダーデンの腕をゼイブンは見つめ、強引に促す様に釘刺した。
「女の取り合いは、無しだぞ?
喧嘩は御法度。
目付けた女が被ったら、話合いでケリ付ける」
横のレルムンスは、ディンダーデンがゼイブンのその申し出に、頷くのに驚きの目、見開いた。
「…こいつの言葉、お前が聞くのか?」
ディンダーデンはレルムンスに振り向くと言った。
「こいつはこう見えて短剣の名手だから、気に入らないと突然飛ばす。
酒場で、目標狙う短剣は投げられても、それ避ける剣振り回すと周囲迄斬っちまって怪我人出し、酒場を追い出されて女ともお見限りになるから、迂闊に敵に回せない」
そしてゼイブンの肩に腕回したまま行こうとし、レルムンスに振り向く。
「お前も来るか?
俺殺そうとした事、一時忘れてやるから」
レルムンスは、ディンダーデンが振り返った瞬間身構えたが、それ聞いて頷くように顔、下げて、ゼイブンとディンダーデンの後ろを付いて行った。
「………………………(あれだけ“死んで欲しい”とか言ってて、後付いて行くのか?)」
ララッツが惚けてその場から去って行く三人の背を、見送った。
気配で横見ると、ディングレーが項垂れて剣を鞘にしまっていて、ララッツはついそんなディングレーを見守った。
ディングレーは気づいて顔、上げると、ララッツ睨み付けて唸る。
「…お前の面は、当分見たくない」
ララッツは肩竦めた。
「降格処分が無ければ、明日の中央護衛連隊長就任式に私も出る事に成るから…避けるのは無理じゃないのか?」
ディングレーは口の端持ち上げ、ぷんぷん怒って背を、向けた。
ローランデが慌てて、オーガスタスに駆け寄る。
「ギュンターの就任式では同時にディンダーデンは、補佐の任命を受けるんですよね?」
オーガスタスは下げた顔、咄嗟に上げて離れた場所に繋いだ、馬の元へ行くディンダーデンの、背に怒鳴る。
「お前、明日の式に顔出さないつもりか?!」
ディンダーデンが振り向く。
「式までにはちゃんと、護衛連隊官舎に戻るさ!」
「九点鐘だ!
絶対遅刻するんじゃ無いぞ!
親友ギュンターの、顔に泥塗りたくなかったらな!!!」
アルファロイスはディアヴォロスの横で、フォルデモルドの傷の様子を見守っていたが、まだ憤懣やるかたないレッツァディンに、振り向く。
「…ディンダーデンとディングレーを差し置いて、一番身分低いギュンターが中央護衛連隊長なのが、気に入らないのか?」
レッツァディンはジロリ…!
と、同様王族の、その男の言葉に追随する。
「どう考えても可笑しいだろう!
ディアヴォロス!
配下で無いディンダーデン退けるのはまだ、解る!
が、同じ「左の王家」一族の、ディングレー迄差し置き、ギュンターをその上に乗せるとはどう言う事だ!!!」
アルファロイスは怒鳴られた、ディアヴォロスを見た。
ディアスはようやくフォルデモルドの肩を縛り上げ、止血を終えて顔、上げる。
身分では自分の方が、高かった。
が、「左の王家」の一族では年上で目上の、レッツァディンに静かに告げる。
「本人が居る。
彼に聞けばいい」
ディングレーはレッツァディンに咄嗟に振り向かれ、目を見開く。
が、すかさず酒場に向かう為騎乗する、ディンダーデンが叫ぶ。
「俺かギュンターか。
どっちか成れと言われたから、俺は断った!」
言って、背後にゼイブンとレルムンス連れ、拍車駆けて駆け去った。
レッツァディンはそれ聞いて呆れ、ディングレーを再び見つめる。
ディングレーはうんと年上のいとこに見つめられ、つい顔、下げる。
レッツァディンは吠えるように怒鳴った。
「ディアヴォロスに、命じられたから控えたか?!」
ディングレーは俯いたまま、ぼそり…と呟く。
「ディアスはその…俺の心情が、とても良く解ってるから絶対俺に、中央護衛連隊長に成れ。
なんて意地悪は言わない」
それを聞いた時レッツァディンは惚け、心底びっくりして吠える。
「意地悪…?!
中央護衛連隊長任命が意地悪…?!」
その声に、ギュンターは俯いて吐息吐き出し、ローランデもオーガスタスもやっぱり、顔下げた。
ディングレーはムキになって「左の王家」一族の、うんと目上のいとこ、レッツァディンに半ば焼け糞で叫んだ。
「俺は役職受けるのが面倒で大嫌いだから、任命されたら意地悪されたと、俺は受け取る!」
「お前は、餓鬼か…?!
それなりに一人前の、青年になったんじゃないのか?!」
「俺を、人押し退け誰より先頭に居たがる、あんたらと一緒にするな!
それが嫌だから…ディアスの配下で居るんだ!!!」
レッツァディンは呆れて物が、言えなかった。
「…ディアヴォロスに…甘えてるのか?」
ディングレーが思い切り、開き直る。
「だって、甘えさせてくれるからな!!!
ギュンターは矢面に立とうが、責任押しつけられようが平気だから、奴が任命されたんだ!」
ギュンターが咄嗟に、怒鳴り返す。
「平気じゃないぞ!
俺が任命受けないと、ローランデに迷惑と心配掛けると脅されて…!
選択権が無かったし第一…!
ローランデを愛してるなら絶対受けろと言うから…!」
からん…。
剣が落ちる音がして、皆がその音を発した主、ラルファツォルを一斉に見つめる。
「…そんな…くだらない事でこれだけの大騒ぎになったのか?」
心から脱力するラルファツォルに、ギュンターが怒鳴る。
「ローランデを愛してる。の、どこがくだらない!!!」
ララッツは、言い返す気も無く俯くラルファツォルの、横で取りなす。
「恋に狂うと大抵の者は常識遙かに超えて、大馬鹿になるから…。
忘れるのが、一番の特効薬です」
ラルファツォルがその言葉に頷く様は、ギュンターを更なる怒りへと叩き込んだ。
「愛を、舐めるなよ!!!」
オーガスタスは横のローランデが、心から恥ずかしげに頬染めて、俯くのを見た。
が、言った。
「…馬鹿の、言う事だから」
ローランデ迄オーガスタスの言葉に頷くのを見、ギュンターがそちらへ行こうとする腕を、ザースィンが掴む。
「何ほざいてやがる!!!
毎晩辱めて、良く愛だとか言えるな!」
「“愛”してたんだ!
辱めたがってたのは、お前らだろう?
いい加減、愛ある情事を少しは学べ!
そうすりゃ愛する行為と陵辱の違いが、お前にも分かるだろうよ!」
「ローランデに袖にされて北領地[シェンダー・ラーデン]に逃げられたお前が!
良く言うよな!!!」
が、ギュンターが怒りに煮えたぎって言葉発する前に、ローランデがぴしゃり!と言う。
「母の具合が悪く、私が父の地位を継いで父を母の看護に当たらせる為だ!
私の帰郷はギュンターとは、関係無い!!!」
ディアヴォロスはフォルデモルドの傷口に薬草当て、布巻く横で、アルファロイスが顔下げ髪に隠して、くすくす笑うのを呆れて見つめた。
アルファロイスは視線に気づくと、笑い交じりで囁く。
「お前の部下って、全員ほんっとに楽しいな…!」
ローランデは、ギュンターとザースィンをジロリと見つめ、言った。
「まさか私がどっちの物だとか、二人の間で勝手に決着付けようとか、してないよな?」
ザースィンが、真っ直ぐローランデを見つめ、告げる。
「俺がギュンターぶっ殺してお前を解放してやる」
が、ギュンターがすかさず言った。
「お前の乱暴な愛撫はあいつには陵辱にしか、感じられないぞ?
指一本触れなくてあいつ振り向かせられるのか?
無理に抱いたら夜道で暗殺される程、憎まれるしな」
「お前、自分が憎まれて無いとか、思ってるのか?!」
「ああ!
だって俺は本気で、愛してるからな!!!」
「俺だって、つきまとう蛆虫のお前ぶっ殺す程には、あいつの事を思ってる!!!」
やはりローランデはすかさず、怒鳴った。
「ギュンターをちゃんと、人間的には尊敬してる。
ギュンターを殺したら私が君を、殺す」
ローランデの冷たい視線を受け、ザースィンは一瞬で凍り付き、ギュンターは喜びに溢れて、両腕広げてローランデに駆け寄った。
が、ローランデはその腕払い退けて怒鳴る。
「あの土壇場で、ワーキュラス殿と神聖騎士らがどれ程の大変さで崩れかかる結界を支えていたのか、どうして君は解らないんだ!!!
アイリスに口付けるのを、君はどれだけ長い間躊躇っていたか忘れたのか!!!
神聖騎士の御方々の、傷が癒えるまで私に指一本、触るな!!!」
ギュンターの、表情が泣きに代わり、アルファロイスのくすくす笑いは大きくなり、ラルファツォルとララッツはそれを聞き
「(毒婦のような男、アイリスに口づけ?
一生自分の身には、起こって欲しくない出来事だ…)」
と二人同時に、ギュンターの気持ちが凄く解って、顔を下げた。
途端、けたたましい駒音が響き、三騎の馬が雪崩れ込み、皆が振り向く。
「襲撃は…戦闘は、どうなった?!」
アシュアークは叫ぶと同時に馬から飛び降りる。
そして…背向けるレッツァディン、俯くオーガスタス。
怒るローランデとしょげるギュンター。
アイリスに口づけするなんてぞっとする恐怖におののく、ラルファツォルとララッツを見回す。
唯一笑ってる叔父、アルファロイスに怒鳴る。
「叔父様…!
フォルデモルドは、斬られたのか?!
誰が、斬ったんだ?」
オーガスタスは溜息交じりの、スフォルツァとラフォーレン見つめ、呻いた。
「あいつのお守りか?
心から、ご苦労様を言うぜ」
ラフォーレンがそれを聞いて、小声で呟く。
「…オーガスタス殿…。
あいつが「夢の傀儡王」の結界で、死にかけたって誰に言ったら、信じて貰えると思います?」
スフォルツァが、項垂れて横のラフォーレンに言った。
「誰に言っても、信じない」
オーガスタス迄もが同意して頷き、ラフォーレンは心から落胆して、溜息を長く、吐き出した。
「残念だな。アシュアーク。
戦闘も襲撃も無い」
アルファロイスのその言葉に、アシュアークは長身の叔父を見上げ、膨れっ面。
「フォルデモルドのは絶対刀傷でしょう?」
アルファロイスが振り向くと、ディアヴォロスは布巻き終え、呟く。
「落馬して尖った岩で切り裂いて、今手当てが終わったところだ」
アシュアークはますますムキになる。
「…幾ら俺でも、嘘だって解る!!!
もう、無いんですか?
間に合わなかった?!
みんなで楽しんで、俺だけ仲間外れ?!」
ラルファツォルはその、ふざけきった「右の王家」の男が大の苦手だったから、俯き切って主のレッツァディンにぼそり。と告げる。
「撤収して、よろしいか?」
レッツァディンはまだ、ディングレーの不甲斐なさに、惚けていたが頷く。
「ララッツ。
フォルデモルドに付いてやれ」
ララッツが、頷くがディアヴォロスが笑う。
「この図体のデカさだ。
ララッツには手に余る」
が、ララッツは進み出るとディアヴォロスに告げる。
「いえ。
これ以上貴方のお手を煩わせる訳には」
アルファロイスもディアヴォロスに告げる。
「彼に任せとけ。
それに…屋敷に戻る道筋は、アシュアークが護る。
戦いたいようだから、夜盗が襲ってくれれば鬱憤も晴れる」
この、アルファロイスの申し出に、ラルファツォルは呻いて顔下げ、申し出た。
「夜盗は私が蹴散らす。
右の御方の、お手は煩わせない」
ララッツもラルファツォルも、帰りの同行にアシュアークが一緒なのが凄く嫌そうで、ラフォーレンもスフォルツァも、ほっとした。
が、アシュアークだけは異を唱える。
「だって叔父様の申し出だぞ?」
レッツァディン迄もが、アシュアークの同行嫌がる様子見て、スフォルツァがとうとうアシュアークの横に来て小声で告げる。
「みんな…お前と行きたくないんだ」
ぼそっ…と告げたが、アシュアークは声高に叫ぶ。
「どうして私が嫌だ!
こんなに綺麗で可愛いし、付き合ってくれたら寝室でだって、いい思いさせてやれるのに!!!」
アルファロイスは甥に囁く。
「「左の王家」の御方らは「右の王家」の者と違って、寄って来る相手より振り向かない相手を追いかけるのが好みだから、仕方無いだろう?」
スフォルツァは流石。とアルファロイスを敬意込めて見つめる。
だがアシュアークはそれ聞いて、思いっきりふてくされた。
「…ギュンターも、同じだから私よりローランデが、好きなのか?」
アルファロイスはやっぱり、笑って告げた。
「近衛は猛者だらけだが、心は人一倍ロマンを求めてる。
皆決して認めようとしないが。
で、ロマンってのは、慎み在る相手と心からの熱情で繋がり合いたいと思ってる。
君には、理解出来ないだろう?」
言われた通り、アシュアークの脳裏には疑問符が無数に、浮かんでる様子だった。
ラルファツォルもララッツも、右将軍の言い出す言葉に青ざめかけたが、言葉の内容よりも、単にアシュアークを混乱させて思考停止にしようとする思惑が読めて、ほっとした。
アルファロイスは混乱するアシュアークに、優しく告げる。
「スフォルツァの意見に従いなさい。
彼程しっかりし、目端の利く男は居ない」
アシュアークはやっと疑問符から解放されて叔父の言葉にただ、頷き、スフォルツァとラフォーレンはアルファロイスに、感謝の視線を投げた。
そしてスフォルツァは、ディアヴォロス派の連中同様苦手な、気が荒く乱暴な、レッツァディン配下との道行きをアシュアークに、諦めさせた。