30 中央護衛連隊長 ギュンター
アースラフテスは神聖騎士達を寝台に休ませ、氷室に飛び、見張りの部下が、放心し意識無くしたような「夢の傀儡王」の魂を指すのを見、頷く。
そしてまた一瞬で、領地の背後…メーダフォーテの隠れ屋敷へと、飛ぶ。
ムストレスはほぼ、自分が抜け落ち廃人同様で、癒やし手が頷くのでそれを許可し、“里”の光の結界の中へと、その身を移す。
ディスバロッサはうっすらと目を開けたまま…死んでいるように見える。
が、周囲から次々と途切れる事無く…彼…いや、『闇の第二』に囚われた魂が美しい金の光となって天へ昇り続ける様を見つめる。
「…これが終わらなければ、ディスバロッサは動かせません」
アースラフテスは一つ、頷く。
「もう…光を送っても、痛がらないか?」
「麻痺させました…。
が、死ぬ程の治癒は施していません」
アースラフテスは一つ、吐息吐く。
「長く闇に浸っていた体だ………。
暫く滞在して貰うしか無いな」
癒やし手が一つ、頷く。
そして、囁く。
「…彼は…戻ってこないかもしれない…。
失われた生体のエネルギーが大き過ぎ…苦痛は限度を超えていた…。
かろうじて、息がある程度。
もし光の結界から出たら…」
…たちどころに冷たくなって、骸と化すでしょう…。
その、声に発せられない癒やし手の意識読み取り、アースラフテスはディスバロッサの、整いきった顔を見つめた。
浮かぶ微かな気配は母、レキウナスの残酷な所行に恐怖の絶望を垣間見せ…が、救われた乳母、アンタネストの包む愛に、心からの安らぎが見て取れる。
もう…見たくない。現実は。
残酷で、辛すぎるから………。
そんな意識が、生きているかどうかも解らぬ程微動だにしない彼を、覆ってる。
アンタネストと天に昇る。
彼女をこの永遠の地獄から救いもし出来るなら、自らも…。
それだけが…この「左の王家」の若者の…唯一の希望だったに違いない。
実母が彼の肉体に刻印で『闇の第二』に、巣くっていい。
と許可を下し、常に膨大で圧倒的な大きさの『闇の第二』に意識乗っ取られ続け…。
自らの手で、多くの者を残虐に殺す恐怖…。
毎夜悪夢の中に居て…それでも狂わなかったのは…多分ディスバロッサに唯一の…希望があったから…。
その微かな意識を、闇に抵抗ある「左の王家」の血が、護り通した…。
『闇の第二』が、光竜の守護無くしたディアヴォロスを滅ぼす唯一の機会。
と「夢の傀儡王」の結界に入り込んだと同様…。
ディスバロッサにとっても、ムストレスの全てを乗っ取ろうとし、『闇の第二』が自分からほぼ完全に抜け出た時。
その時こそが、唯一無二の、機会だったに違いない……………。
“…ましてやここは、光の結界”
ワーキュラスだろうか…朧な声がする。
『闇の第二』が抜け出た途端、光の結界の力借り…抑え続けられていた意識は強大な力持ち膨れあがり…ずっと心に持ち続けていた呪文。
コウコーガ・デュラキス・アソッサヌス・フスオレリアンを解き放った…。
ディスバロッサの幼い魂が見える。
ふ…と手にした古代書。
意味が解る筈も無い文字なのに…読める。
覆い被さり寄り添う『闇の第二』は、汚らわしいもののように眉しかめる。
“それは、我らにとっては天敵、闇封じの最強の武器のようなもの…!”
が、読むのを止めないディスバロッサに、『闇の第二』は呟く。
“まあ確かに…敵の武器を熟知出来るのも、『王族』に巣くう醍醐味かもしれない”
が、『闇の第二』はその呪文が、最低でも二人。
一人で唱えようものなら自らの生命を完全に削り取る程のもので更に、それでも成就させる事難しいと解り、そっぽ向く。
程無く…コウコーガ・デュラキス・アソッサヌス・フスオレリアンは…幼いディスバロッサの、意識に刻み込まれる。
自らの生命力を、根こそぎ使うその呪文。
『闇の第二』に…全てを支配されたディスバロッサに、それを使う機会等訪れよう筈も無かった………。
“だが…その機会を、ディアヴォロスが作った…。
ディスバロッサはその唯一の機会逃さず…ディアヴォロスは即座に彼に、その力を貸した………”
アースラフテスは微かな意識のワーキュラスに囁く。
“ディアヴォロス様のお体は…?”
ワーキュラスが、微笑む。
“闇封じ、ラキュサスティノスだけで無く光の国に意識体として存在するタナデルンタス。
二人共が『光の国』に居て、その限り無い光で二人を包み込んだから…。
二人から抜け出でた力は全て、戻った。
ディアヴォロスは注がれる光全て自ら受け取ったが…ディスバロッサは………。
彼の意識は…。
それを、受け取れない程衰弱していた”
アースラフテスは、俯く。
喉の渇いてる馬を水辺に連れていっても…それを、飲むかどうかは馬の選択。
ましてや『影』に浸りきった体…。
光を受け取れば、激痛は増すばかり………。
ワーキュラスが、癒やし手とアースラフテスにそっと、語りかける。
“『影』の“障気”完全に抜ければ…痛み無しに光を受け取れる…。
それを、選択するかどうかはディスバロッサ次第だが”
アースラフテスは寝台に横たわるディスバロッサを再び、見る。
救い出した乳母、アンタネストの魂が、かつて幼いディスバロッサを抱きしめたように…今、彼の悲運嘆き、その成長した身を透けた体と魂とで包み込んでいて…。
ディスバロッサは彼女の渾身の愛に包まれ…幸福に身を浸しきっている。
そっ…と実母、レキウナスに視線送る。
ここより少し北西の、鬱蒼と茂った館…。
彼女は今、フード付きのマントに身をくるみ、その醜い姿を隠していた。
顔を振ると、飛び出そうな目玉。
腐り…崩れゆくその体。
腐臭と不快さと激痛とが、彼女を覆い込んでいた。
“あれは…そのままですか?”
アースラフテスの問いに、ワーキュラスが囁く。
“レキウナスがアンタネストの魂捉え…憂さ晴らしに与え続けた苦痛をアンタネストから全部取り去り、レキウナスにそっくり返した。
レキウナスは自分の顔をした執行者が毎晩、自分を更に切り刻み、苦痛を与える業に耐え続けなくては成らない。
自分がアンタネストを
“決して許しはしない。
腐り果てようが永遠に苦痛を感じ続けろ!”
そう、呪ったから”
“自業自得ですか…”
アースラフテスの言葉に、ワーキュラスは囁き返す。
“…それで、ディスバロッサが救われる訳ではない………”
アースラフテスは一つ、吐息を吐く。
今や…幼い表情を寝顔の上に浮かべる「左の王家」の青年の…自分の心斬り裂かれた痛み脇に押しやり、愛を捧げてくれた乳母を救おうと願う健気な心に、涙して。
横を見ると癒やし手はとっくに泣いていたので、アースラフテスは俯き泣き顔を見ないでやると、一瞬で飛ぶ。
メーダフォーテとノルンディル休む寝室に、部下が見張りで立っている。
彼らに一つ、頷くとメーダフォーテが寝台で身起こし、告げる。
「…犯罪者扱いか」
アースラフテスは視線投げると、そっと囁く。
「どう扱うかは神聖騎士殿らの判定に任せる。
彼らは君のお陰でひどい消耗だ。
…判定は先になるが、見張りはそれ迄解かない」
「…つまり、囚われ人と変わらないか?」
アースラフテスは冷たく頷き、姿を消した。
消え行くその時、ノルンディルの
「恐ろしい夢だった…。
二度と見たくない程恐ろしい…」
と呟く、声を聞いた。
それをメーダフォーテが、必死にとりなす。
「だって君は気絶していて『影』の化け物を、一体も見てないんだろう…?」
やっと最後に、アースラフテスは幻影判定室へと飛ぶ。
会議に集まった面々は椅子で目覚め、事の次第を夢の中で全て見つめ、口々に感想告げる。
「…なんて…世界だ!」
「本当に全員無事なのか?」
「過去にはあんな恐ろしい異形が、ぞろぞろ居たのか…?」
「それで…中央護衛連隊長は、私に決まりだな?」
その声に、集まり語り合っていた皆が、一斉に振り向く。
グーデンが幻影から目ざめ、半身起こし、寄り集う判定員らを笑顔で見つめてる。
判定議会の面々は一斉にグーデンより顔背け、顔寄せ合うと、ひそひそと告げ合った。
グーデンの伯父、ゲロスだけが甥の寝台横にやって来て、とぼけた表情の甥を、睨み付けていた。
「中央護衛連隊長を、ギュンターと定める!」
ダーフスの声が飛んだ時、グーデンのみが異論唱える。
「どうして私じゃ無いんだ!
何とか言ってくれゲロス伯父様!
どう考えても、私以外考えられないはずじゃ無いのか?!」
皆がじろり…と白い視線向けて喚くグーデン見つめ、横のゲロスがとうとう怒鳴った。
「口閉じろ!!!
これ以上、王族の恥曝したいか!!!」
ギュンターは、アースラフテスが現れた途端、はしゃぎ飛び回る部下達をそのままに、一言
「中央護衛連隊長はギュンターに決定した」
と皆の心に響き渡る声音で告げてくれて、心より感謝した。
だってあれ程怒鳴り付けていたローランデがアースラフテスに振り返り、そして自分に振り向いた時、感激の涙をその美しい青の瞳に、浮かべていたから。
怒号止んだ嬉しさに、つい両手広げて迎えるが、ローランデは一瞬で我に返ると、その手をはたいて怒鳴った。
「…それで怒りが収まったと思うなんて、君は甘過ぎだ!!!
人が喰われてるのをレアル城内で見て、どれだけ戦場に居る君達を心配したか!!!
どうせ君には少しも、解ってないんだろう?!」
ディンダーデンがとうとう、ぎゃっはっはっはっ!
と大声上げて笑い転げ、ローフィスがぼそり…と呟いた。
「………考えてみれば、それが目的だったな………」
ディングレーもが囁く。
「中央護衛連隊長の人事選考の事なんて、すっかり忘れてた」
横のゼイブンも追随する。
「…………だから今更何だ。
って感じだな…。
今は中央護衛連隊長なんかより、生きてて御の字。だしな」
言って顔上げる。
ディングレーもローフィスも揃って自分を凝視していて、唯一俯くシェイルに、ゼイブンは告げる。
「…あんただって…一度はあの幻想の中で思ったろう?
もう、駄目かも。って」
シェイルは溜息付くと、ぼそり。と告げる。
「もう完全に駄目だ。と思ったアシュアークが…生還しても相変わらず馬鹿だ」
ゼイブンも…ローフィスもディングレー迄もが視線振ると、スフォルツァとラフォーレンは今だアシュアークに
『どうしてキスの相手がアイリスじゃなきゃいけなかったのか』
を必死に成って説明するものの、アシュアークは今だ理解を見せない。
それで…シェイルだけで無く、ゼイブンもディングレーも、ローフィス迄もが、同時に顔下げて、溜息付く羽目になった。
「…つまり…死にかけても馬鹿は治らないか…」
ローフィスの声に、ディングレーは無言で頷き、ゼイブンは同意する。
「…どうやら、そうらしい…」
が………。
シェイル、そしてローフィスですら…崩れる砂のように鮮明だった「夢の結界」の中の記憶が、朧に消えて行くのに、言葉途切れさす。
「あの崖は、高かったな…」
ゼイブンがぼそり…と告げると、ローフィスも思い返す。
雨が上がり、目前。
雲から陽射す、壮大な渓谷と崖。
崖に這う細道を、馬から下りて歩くのが、現在の流儀。
「崖の中の洞窟は結構、快適だったな」
ローフィスの言葉に、ゼイブンが呆れる。
「盗賊が、うじゃうじゃ居たのに?!」
「今に比べれば、それでも全然マシだ」
ゼイブンは狂気の『影』出る、現在の崖の中の洞窟を思い返し、俯く。
「…まあ…確かに」
“誰かが…助けに入ってくれた”
言おうとして、その姿がぼやける。
「ファントレイユ…だったと思う…。
誰かと一緒で………」
ディングレーも囁く。
「大人のテテュスが居て…だが姿がどんどん消えて行くんだ。
確かアイリスより、ずっともっと…」
シェイルも俯く。
「…まあさぞかし、いい男に育ってたさ」
皆、その姿が留められず消えていくのに、とうとう皆口を閉じて、無言で記憶の糸を辿った。
ディンダーデンは、頭の中の声が幾度と無く響くのに、とうとう笑うのを止め、耳傾ける。
“いい加減、離してくれ!”
“…俺が…あんたを掴んでるのか?”
頭の中でタナデルンタスが、服の裾、しっかり握るディンダーデンの姿浮かび上がらせ
“無意識だから、タチが悪い”
“だが、握ってるからってあんたは、『光の国』に居るんだろう?”
“居るが、無意識でずっと掴まれてるのも、囚人気分だ。
お前と回路作って時々知恵貸してやるから!
いい加減離せ!”
“…ワーキュラスが、ディアヴォロスにしてるように?”
“あれは重なってる。
俺がお前にしてやるのは、せいぜいが会話が出来る程度の事だ”
“俺と重なれないのか?
ゼイブンやローフィスは、出来てたろう?”
“…重なるには、訓練が要る”
“この先『影』に出くわしたら勘弁だから、重なって欲しいな”
“呪文覚える手間、省くつもりだな?!”
“あんたが唱えた方が、威力も高い”
“が、重なるとお前も消耗する。
大体、自分を人に明け渡すには謙虚さが必要だ”
“…………ゼイブンは、してるぞ?
あいつがまさか、謙虚だと言う気か?”
“…あいつは、仕事で『影』に出会うと神聖神殿隊騎士に自分を明け渡さなきゃ成らない事態も出て来るから、反動で明け渡さなくていい時、倍我が儘だ。
だがお前は、生粋生来の我が儘だろう!”
“…つまり自分の、したいようにいつでもしたい。
と思ってちゃ、重ならないのか?”
“当然、そうだ”
“……………………”
“会話は出来るように、回路は作ってやる!
重なって『影』追い払うようにしたいかどうかは、この先考えろ!”
“………だから、離せって?
だが、掴んでる意識が無い”
瞬間、頭に光の細い、糸が見えた。
“これがあるから、もう俺とはいつでも話せる”
瞬間、ディンダーデンは夢幻の中、ずっと一緒だった存在が、離れた気がした。
“………やっぱり…俺が、掴んでいたのか?”
だがタナデルンタスは返答せず、光の糸を思い浮かべると、彼は嬉々として眩しい『光の国』の、美しい花となったかつての人間の女性の意識に、語りかけていた。
ディンダーデンは、目映く眩しい幻の国の光景見つめ、思った。
“タナデルンタスが、見てる物が見えるのか。
便利だな”
…ああ…ディンダーデンが、グレードアップしちゃった…(by 作者)
アースラフテスがその寝室に姿現した途端、オーガスタスがまだディアヴォロスに抱きついていて、呆れた。
「…ディアヴォロス様を少し、休ませないと。
貴方ご自身も、休養が必要です」
が、ワーキュラスが苦笑して囁く。
“二人は互いの想いで相手の欠けた“気”をああやって、補ってる”
だが、オーガスタスはやっと…主の身から顔上げ、俯く。
その頬が濡れていて、ディアヴォロスがそっと…そんなオーガスタスに囁いた。
「…私が…来ないと思っていたから、それ程感激してくれたんだろう?」
オーガスタスが、俯いたまま素っ気無く告げる。
「…あんたは来るべきじゃ無いと…思っていたから………」
そして、涙で濡れた顔上げ、きっ!と見つめる。
「…本当は、怒りたかった。
あの体と激痛抱えた身で…あんな…無茶するから!」
が、ディアヴォロスは優しげに微笑む。
「『闇の第二』とムストレスは、私の敵だ。
彼らから…私の大切な君らが救えるんなら…出向くのは当然」
オーガスタスは普段道理の側近に、戻ろうとし…けど出来ず、顔歪め再び…頬に涙、滴らせた。
今度はディアヴォロスが…そんな、オーガスタスを抱きしめる。
「…来ない筈…無いだろう?
ローフィスに、何て言われた?
君に巣くったのは『闇の第二』だ。
それを跳ね退けただけで…戦いに、勝ったも同然。
そう…言われなかったか?
ローフィスは、『闇の第二』を知り尽くしてる。
君と違って。
そんな敵に君を奪い取られようとしてるのに…私が黙って見てると本気で…思ったのか?」
オーガスタスは頬から…後から後から滴る涙を、止められなかった。
ずっと…語りかけてくれていた。
ローフィスと二人で。
帰る場所はここだ。と。
遠い…遠い場所に思えた。
けれど…諦めずにずっと…意識だけで寄り添っていてくれた。
ディアヴォロスはそんなオーガスタスを見、再びその両の腕に抱きしめる。
オーガスタスの涙は、止まる様子を見せなかった。
幼い頃…突然逝った両親…。
どれだけ泣いても喚いても…二人は帰って来なかった…。
だから、心の隅のどこかで…思ってた。
別れは突然来て…それは…仕方の無い事なんだと。
だから、ローフィスとディアヴォロスですら…。
突然別れ、二度と会えない事だってあるのだと…。
『闇の第二』はそんな心の隙を突き…自分を支配しようとし、ディアヴォロスとローフィスは…けれど、諦めなかった。
ずっと…その心で語り続けていてくれた。
“ここに居る。
決して消えたりしない”
ずっと君を…想ってる。
その事をその心で、告げていてくれた。
嬉しい。を通り越して…感激の塊になってるその忠義溢れる側近オーガスタスの姿に、アースラフテスは一つ、吐息吐く。
そして…そっ…とエルベスに振り向く。
一つ、頷いてその身を、甥アイリスとその息子、テテュスの寝室へと飛ばした。
アルファロイスが振り向く。
だからアースラフテスは囁く。
「ムストレス殿も…ディスバロッサ様もここに居る」
アルファロイスが頷くから…寝台から出るアルファロイスの横に立つと、並んで…一瞬で、飛んだ。
ムストレスは…光の結界に包まれた寝台で…半身起こしていた。
が俯き、その顔からは生気が完全に消え、虚ろな廃人のように見えた。
開いているのに何も捉えない眼差し。
少し開いた唇。
アースラフテスが、アルファロイスにそっ…と囁く。
「強烈な自我が消え…。
彼は今迄自分が嬲り殺した魂が、彼より解き放たれて行った為…今度は彼自身が、その魂らにした所行を全部…受け止めるしか無い。
彼は幾度も無残に斬り殺され、嬲り殺され続ける幻影の中に居る」
アルファロイスが、呟く。
「光の…結界の中に居るのに?」
アースラフテスは頷く。
「彼が光を見つめなければ、その救済の恩恵は受けられない…。
例え神が…救い手が、居たとしても…その救いを、彼自らが望まなければ…。
救う側も助けられない」
アルファロイスは、吐息交じりに囁く。
「自分の運命は…自分が選び取る。
と言う事か?」
アースラフテスは微笑む。
「…それが…“生きる”と言う事でしょう?」
アルファロイスはその神聖神殿隊騎士の長に、笑い返して頷いた。
運命を…選び取るのは自分。
選択が、自身の運命を決める………。
アルファロイスはそれを、心に刻む。
消えて行った…大人の姿をした顔も思い出せない幻に、まだ小さな…六つの息子の姿が、浮かび上がる。
ギデオン………。
大好きで愛らしい…私の、宝物。
幻影の中の幼い息子は、無邪気に微笑み頷く。
まるで、それを知っている。と言うように。
アルファロイスはそれを、心に留める。
そして深く…魂に深く、刻み込んだ。
エルベスが現れた途端…テテュスを固く抱きしめていたアイリスが、振り向く。
テテュスとアイリスは二人してエルベスに抱き付き、エルベスはアイリスと…幼いテテュスの元気そうな様子に微笑み、笑いながら抱きついて来る二人の背に腕回し、抱きしめる。
レイファスは、横のファントレイユを見た。
「…ゼイブンは…来ないね」
ファントレイユはその言葉に無言で俯き…吐息を一つ、吐き出した。
「…今回、囚われてたのはゼイブンだし…。
私ですら大人の自分をもう、思い描けないからきっと…」
「ゼイブンも、忘れてる?」
ファントレイユはようやく顔を上げ、レイファスに返答した。
「きっと」
そして二人して寝台上から、再会を喜び抱き合う叔父と甥と…。
仲間の筈の小さなテテュスを、何だか空虚な気持ちで、呆然と見つめた。
雑居部屋で、アシュアークは今だ、頼りになる二人から
「どうしてギュンターのキスの相手が私じゃ無いのか?」
の説明を、聞き続けていたが、ふっ…と呟く。
「なんか凄く…お腹、減った………」
途端、周囲飛び跳ねていた“里”の者らが、気づいたように振り向きほぼ、一瞬で消え去る。
そして…白い扉が開くと、いい匂いがし、アシュアークは説明続けるスフォルツァとラフォーレンをそこに残し寝台飛び出すと、走り去った。
スフォルツァとラフォーレンも顔、見合わせ…。
ゼイブンがのそり…と寝台を出、ディングレーは起き上がる横のローフィスに肩を貸す。
ディンダーデンが、喚き続けるローランデの前で項垂れてそれを聞き続けるギュンターに、告げる。
「…食ってからに、したらどうだ?」
シェイルはディングレーとは反対側からローフィスを支えて歩き出したが、スフォルツァとラフォーレンに追い越された。
皆、その部屋に入るとテーブルの上の山盛りの食事に驚く事無く食卓に着き、無言で空腹の腹にご馳走を、詰め込み始めた。
程無く、ファントレイユとレイファスもやって来る。
シェイルが横にかける小さなレイファスに、囁く。
「テテュスは?」
「エルベスやアイリスと、一緒」
レイファスは、喋るのも惜しいように、両手で食べ物掴み、交互に頬張り始める。
オーガスタスが最後に、やっとディアヴォロスと別れその部屋に光に案内を受けて導かれ、凄まじい食事風景に絶句した。
全員が無言で遮二無二、食べ物を口に掻き込んでいて野蛮人に成り果て、食事の作法護ってるのはかろうじて、ローランデだけ。
程無くローフィスはその長い腕が自分の狙うチキンの丸焼きを先に掠め取るのを見たし、ギュンターは卵のスフレを目前から奪う、長い腕を睨み付け、その持ち主がオーガスタスだと知る。
「糞!
腕の長さがハンデになるなんて!」
ディングレーも目前から、取ろうとした料理をオーガスタスに掠め取られ怒鳴っていたし、ディンダーデンは取られる前に、皿を抱きしめ庇った。
「これは俺が全部、喰う!」
レッツァディンは屋敷内に『光の里』の者が出入りし、妙に傷の痛みが軽減し、起き上がってメーダフォーテとノルンディルの寝室を訪れたが、廊下にずらりと並ぶ、料理皿を手にした召使いが列なす様子見て、絶句した。
先に扉の横に居て中を覗いてたドラングルデが、気づいて振り向き、肩竦める。
「体抜け出して幻影の中へ入ると、その後凄まじい空腹感に襲われるらしい」
ドラングルデの言葉に、横に並んで寝室内を覗いたが、いつも取り澄ましてるメーダフォーテとノルンディルが食事の作法も忘れ夢中で喰ってる様に、思わず顔背けた。
ララッツは訪れる『光の民』、“里”の者に、ディンダーデンの無事と様子を尋ねてるディンダーデンのいとこ、レルムンスを目にし、少し眉下げた。
「(…普段悪口言ってるが…それでも血縁者。
流石に心配したか………)」
「…で…まるっきり、無事だったのか?
恐ろしい幻影の世界で…少しは性格が変わって…謙虚に…成った…とか?」
“里”の者は首、横に振った。
「彼が入り込んだ歴史上の人物、タナデルンタスを結果、我が副長ローレスの勧めで光の国からワーキュラス殿が呼び出し…その、タナデルンタス殿に歴代最高の闇封じ、ラキュサスティノス殿を召喚して貰い最大の危機を脱した後…光の国に帰ろうとするタナデルンタス殿を、ディンダーデン殿は掴まえ……。
結果、『光の国』のタナデルンタス殿と現在、回路で繋がっている状態。
すなわち………」
レルムンスは恐る恐る、尋ねる。
「すなわち…?」
「希代の天才と称され、更に光と『影』に通ずるタナデルンタス殿のお知恵を、いつでも借りれる身分になったのですから…。
ご本人にその気がおありなら、アースルーリンドの支配者にも、成れるでしょうね………」
レルムンスはそれを聞いて、一辺に青ざめた。
そしてぶつぶつ呟く。
「…どうして…幻影内で大人しく、死ぬか廃人になってくれなかったんだ………」
ララッツはそれを聞いて、つんのめって転びそうになって、何とか…踏み止まった。
ララッツが部屋に入ると同様、“里”の者掴まえ、子細尋ねるザースィン、ラルファツォル、フォルデモルドの三人が居て…。
最後「夢の傀儡王」の結界を出る時、ギュンターが姫に入ったアイリスになかなかキスしなかった件。
更に「夢の傀儡王」の手違いで、本来姫にはアイリスで無く、ローランデを入れ込む予定だった。
と聞き、ローランデに内心惚れてるザースィンが、朗らかに笑っているのを目にした。
ラルファツォルは何も言わなかったが、フォルデモルドは敬愛する兄貴分、ノルンディルの為に必死だった。
「で、ノルンディル殿はそんな異形だらけの恐ろしい『影』の居るレアル城内で、御無事だったのか?!」
“里”の者が言った。
「ノルンディル殿はアイリス殿の策略で、気絶させられ拉致され、その場から全然動かなかったので、逆に安全でした」
フォルデモルドは一安心。
と胸撫で下ろしていたが、ララッツは氷の武将、辣腕ラルファツォルの表情の上に
『准将たる者が、なんて体たらくだ』
と侮蔑の表情浮かぶのを、見た。