26 激突
アースラフテスはけたたましく言い合う、皆の言葉を聞いていた。
ディアヴォロスとディスバロッサの唱える呪文。
コウコーガ・デュラキス・アソッサヌス・フスオレリアンは自分達神聖神殿隊の管轄じゃない。
が、結界内でそんな大量に力使う呪文を、専門家の神聖騎士達が唱えたりしたら、結界自身が一瞬で粉々に崩れ去る。
結果、『光の里』中にこの封印された禁忌の神聖呪文、コウコーガ・デュラキス・アソッサヌス・フスオレリアンが使える神聖神殿隊騎士が居ないかを、探し回る事となった。
勿論、人の耳には聞こえないその声は、彼らには100人…いや、300人が一斉にしゃべってるのと同様に、五月蠅かった。
アースラフテスは心の耳を、閉ざしたいのをじっ。と我慢する。
絶対、見つかる筈だ。
そう…確信して。
今や神聖騎士らはホールーンすら戦場から引き、ひたすら夢の傀儡王の結界と、自分達が作った回路を支える為に力を使っている。
子供のテテュスとファントレイユを、次元超えた大人の彼らの中に、戻す為に。
唯一人戦場に残ったアーチェラスは顔、上げる。
癒やしの結界を張り、皆を休ませてる。
スフォルツァもラフォーレンも、ディンダーデンの正面に座して、疲労の回復に努めていた。
ホールーン…ムアールもかなり消耗が激しい…。
いつも頼りの、ダンザイン…そしてウェラハスでさえ………。
ドロレスは馬車の中で二人の子供を中へと戻す為、レイファスとテテュスを眠りに導いていた。
子供二人を回路に通すのに…そして再びここに送り込むのに、“里”の癒やし手達が慌ただしく準備を進めてる。
その間に…大量の神聖神殿隊騎士ら出入りした回路を、少しでも強化しようと…光次々に送り薄い場所を埋め、修復し…回路の広さと強度を、確固たるものにしようと神聖騎士らは必死だ。
エイリルが、長く夢の傀儡王の結界へと伸びる回路の周囲を見回り亀裂を探す。
ほんの小さな亀裂でも人を送る時軋むと、ヘタすると回路が砕ける。
そう聞いて必死だった………。
“精神と言えど、人は…我々より重い…。
我々が苦無く通れる場所も…彼らの重さは簡単に亀裂を広げる。
回路が裂ければ、人の精神がどれ程の衝撃を受ける事か…。
耐えきれなければ、廃人となる”
ダンザインの言葉噛みしめ、エイリルは必死で回路の周囲を、小さな亀裂探し飛び回った。
アーチェラスはもう一度、空を見た。
『闇の第二』が幾重にも閉じ込められて唸り…がその気配が、この空間から確実に、消え行くのを…。
空を見つめ、感じ続けた。
そして同時に去って行こうとする、二人の王族の血と肉。
温もりを感じる。
一人は彼らの神とも言うべき光竜、ワーキュラスの大切な…。
ワーキュラスの大きな悲嘆に触れた時、アーチェラスは祈った。
神が数千年過ごしても滅多に出会えぬ…大切な愛しい命が神の両手から、滑り落ちて行かないように………………。
と。
心から。
ディアヴォロスは二つ目の風が命から飛び立ったその後、ディスバロッサがぐら…と揺れるのを感じた。
が、目向けても彼の体は動いていない。
心だ…。
長い間『影』に身浸し、光を跳ね退けた彼に取って、光を命に捻り込ませる度、焼き爛れるような痛み走り抜けるのは当然の事…!
“ディスバロッサ…!”
声かけるが…ディスバロッサは身屈めるムストレスの上空に巣くう、『闇の第二』を激しい瞳で見つめたまま。
微動だにしない。
その時…ディアヴォロスに見えた。
母の愛、そのものの『闇の第二』の血の契約。
愛して貰えない母からの、最大の贈り物。
ディスバロッサはそれを無邪気に、嬉しげに受け取る。
美しく邪悪な母はそれが…貴方を守護する私の愛だと…幼い愛らしく無邪気な息子に言い含める。
が…その邪悪さは、彼を凍り付かせた。
意識無い間に血に染まる両手。
息絶えた無残な無数の遺骸。
その斬り裂かれた魂が自分に纏わり付く。
もっと!
もっと苦痛を!
絶望を!
彼と同化した『闇の第二』が、高らかに笑う。
その…「左の王家」の血の力の素晴らしさに。
酔ったように。
力に身浸し、大声で幾人もの『影』の大物の名挙げ、その『影』から力吸い上げる。
『影』の大物は力吸い取られ、命吸い取られると同様の、激しい苦悶の声上げて『影』の世界から姿消す…。
こうして…『闇の第二』は力得、勢力を蓄えたのか…。
『影』の世界の、最大の大物。と呼ばれる迄に。
ディスバロッサが10歳を迎えた時…『闇の第二』はとうとう、一人の『影』に標的定める。
『闇の帝王』…彼の、実父だ…………。
巧みに近寄り、気づかれぬよう少しずつ力吸い取り続け…ディスバロッサが16の誕生日迎えたその時…とうとう父親の、全てを吸い取り『影』の世界から…消し去った……………。
それは『影』の世界に震撼起こす。
どうやってそれをしたか誰にも解らずそして…ただ、『闇の第二』への恐怖が『影』の者らの中へと波紋のように、広がり浸透した。
『闇の第二』はディスバロッサの血の力に心から心酔し、ディスバロッサに深く深く根付く為、幾重もの隔絶の結界を、その周囲に張り巡らしているのを見つける…。
光の言葉がディスバロッサを…揺り起こさない為に…。
そして…『闇の第二』にとっての最大の敵の…私………。
長い間『闇の第二』が執着し、血縁である叔父を通じ狙っていたシェイルを、その手からもぎ取り奪い去り…。
更に幾度も…本来の光に満ちたディスバロッサを、揺り動かし眠りから目覚めさせ、自らを自分の中から追い払おうとする私の…光竜ワーキュラスの光………。
幾重にも闇の結界張り巡らした、その中さえも届く“光竜の光”。
ディスバロッサは幾度もあがく。
が…『闇』の結界を母の愛だと信じてる彼はいつも…その結界を破り浮上する、力無くす。
たった一つの…。
ディスバロッサにとってはたった一つの…禍々しく歪みそれでも…母の愛の、象徴だった。
『闇の第二』、こそが…………。
『闇の第二』が『影』の世界で力増せば増す程、ディスバロッサの母レキウナスは、遠い昔髪を黄金に染めて「左の王家」の男を手に入れ、やがて夫にその邪悪さから命を断たれたかつての魔女と同化し、一族の男達に呪いをかける。
全て…!
一族の男全てを、我が手中に!
逆らう者は殺してやる!
ディスバロッサの背後に『闇の第二』と母、レキウナスの黒い巨大な影…。
二人の繰り人形同然の、哀れな…哀れなディスバロッサ………。
“止めろ!”
心覗くディアヴォロスに、ディスバロッサが叫ぶ。
“情け等無用!”
ディアヴォロスの魂が、横で呪文唱えるディスバロッサに触れようと手、延ばしたその時、激しい苦悶の声と供に三つ目の命の力、“火”が、ディスバロッサの足元の波紋より震え出でて激しい炎吹き散らし、光と融合し金と赤の輝き放ちながら、空で縛られる『闇の第二』の周囲を、取り巻いた。
程無く、ディアヴォロスのその足元の波紋よりも炎放出され、同様『闇の第二』取り巻き行く……………。
ディアヴォロスはその時、ディスバロッサが全身激しい苦痛を、必死で耐える様を見た。
『!無理だこれ以上は…!
こんな激しい苦痛を続ければ命が…………!』
が、ディスバロッサは『闇の第二』を、睨め付けたまま。
ディスバロッサの、声にならない声が聞こえる。
“ずっと私を手放さなかった…。
一時足りとも、私から抜け出たりはしなかった。
だからこれは…もうこの先永遠に訪れない、たった一度の機会………”
ディスバロッサの呪文が低く…途切れずディアヴォロスの耳に聞こえる。
アイリスはディアヴォロスが…激しく動揺する様に気づくと正直、狼狽えた。
必死で…ワーキュラスの瞳を通し、状況を伺う。
ディアヴォロスの心が…ワーキュラスがいつも聞いているように、アイリスの心にさざ波立つように感じ取れる。
ディスバロッサを助けたい!
何としても、今度は…!!!
遠い昔…ディアヴォロスは川縁で、泣いているその愛らしい一族の少年を見つける…。
ディアヴォロス自身もまだ…11になったばかりの少年。
ワーキュラスと共に居る為の鍛錬で…彼の本来の姿はボロボロ…。
痛まない場所など、無い程の激しい筋肉痛をその光に包まれ耐え…。
けれど一瞬、振り向くディスバロッサが助け手を求めるように、縋る泣き濡れた瞳を向けられた時、ディアヴォロスは応えようとし…。
が、咄嗟手差し伸べた瞬間、苦痛に顔歪める。
激しい激痛…。
『影』の“障気”が纏わり付く。
ディアヴォロスはディスバロッサの手握り、離すまいと耐えた。
ワーキュラスはディアヴォロスが…どれ程の“障気”からの苦痛だろうが、耐える気なのを知って…光を放った…。
ディスバロッサはその光の眩しさと激しさに焼かれ落ちて行くように…ディアヴォロスの手を、放した………。
ワーキュラスは覚悟していた。
ディアヴォロスにどれだけ責められようが…受け止めようと。
だがディアヴォロスは知っていた。
あのままディスバロッサの手を取り続けていたら…死ぬのは自分だと…。
ワーキュラスは自分の命救う為にした事と…………。
ワーキュラスは程無く、ディアヴォロスの心の言葉聞く。
“強く…成りたい!
もっと!
もっと強く!”
ディスバロッサの手、握り続けても死なぬ程に………。
ワーキュラスは溜息と共に、ディアヴォロスの心の決意を、聞き続けていた………。
それをワーキュラスから受け取った。
だから…アイリスは必死だった。
幾度も…守護の光をディアヴォロスから…ディスバロッサへと伸ばそうと試みる。
幾度…弾かれても止める訳にはいかない…!
このままではディスバロッサが死に…ディスバロッサを支え続けるディアヴォロスも死に…そして全ての者がここに精神を捕らわれたまま、死ぬ!
弾かれる度、火傷のような痛みが走っても…アイリスは続けた。
全ての命を、護る為に。
“前方!!!”
オーガスタスの目前に飛び込んで来た、黄金の光る鳥(ワーキュラスの分身)が叫ぶ。
レアル城手前。
ディアヴォロスが飛んだ、ディスバロッサ居る巨大な真っ黒の荷車。
その場所へ到達しようとしたその背後から、土煙蹴立てて城門から騎馬の大軍勢がこちら目がけ押し寄せ来る。
オーガスタスは手、横に差し出す。
“剣を…!”
アースラフテスだろう…。
一瞬で右手の平が熱くなり、重み感じ、飛び込んで来た戦闘騎兵を馬上から斬りつけた。
「!」
背後、ギデオン、ファントレイユ、ローランデは剣構え、アルファロイスはオーガスタスの横へ飛び出すと、一気に左右の敵、素早く剣振り斬り落とす。
ファントレイユが剣構え、横に飛び込む敵に振り被ったその時。
ずん…と背後に、重みと同時に腰に回される腕が視界に入り、顔歪める。
「!」
敵に剣振りそびれ、敵の剣が自分目がけ、振られようするのを目にし
『しまった!』
と唇噛みしめる。
しゅっ!
が敵は、目前で突然仰け反る。
ファントレイユは驚きに目、見開き背後、振り向く。
「…ゼイブン…!」
ゼイブンは笑うと、オーガスタス、アルファロイス目指し、寄ろうとする敵へ向かって、次々短剣投げる。
ローランデはそれ横目で見、自分の背後の重みに嫌な予感がして、振り向きその背後の人物に告げる。
「…どうしてシェイルじゃないんです…!」
ローフィスは青冷めていたが、ぼやいた。
「歓迎の、挨拶は無しか」
ローランデはつい思い切り振り向き、怪我人に怒鳴った。
「貴方が弱り切ったら!
シェイルがどれだけ悲しむか、分かってるんですか?!
悲嘆に暮れる彼慰めるのは、私なんですからね!!!」
ローフィスはそれでも肩竦め、ローランデの怒声に応える事無く手に持つ短剣を軽く前へと、投げた。
斬ろう。とした男が短剣胸に受け、身屈め馬上から落ちるのを、眺めてる間無く次が襲い来る。
オーガスタスはその敵に剣振り下ろしながら頭の中で思い切り、怒鳴った。
“怪我人は引っ込んでろ!!!”
が案の定、ローフィスは怒鳴り返す。
“人の事言えんのか!!!
お前の背の、抉れた派手な刀傷から血が、噴き出しまくってるぞ!”
オーガスタスは下唇きつく噛んだが、横のアルファロイスはやっぱり声立てて笑っていて、素早く敵の腹に剣、突き立てていた。
「!」
が、アルファロイスの視線の先見て、オーガスタスが血相変える。
黒光りする大きな屋根付きの巨大な荷車の上、ディスバロッサとムストレス、そしてディアヴォロスの姿が小さく伺い見えた。
が荷車に到達した軍勢の、騎兵の一人が馬から滑り下り、ディスバロッサの横で棒立ちするディアヴォロス目指し、横に三つ並ぶデカい車輪の一つを、剣持ち這い登り始める。
ざっっっ!
短剣肩に刺さり、よじ登る騎兵は身仰け反らせ荷車から落ちる。
「少し休んでろ!」
横に並ぶファントレイユの背後からのゼイブンの声に、ローフィスは唸る。
「…んな間がある程敵は少数か?!」
一人が落ちようが軍勢は荷車に到達するや否や、続々敵騎兵らは馬降り始め、ディアヴォロス殺そうと車輪を登り始めていた。
咄嗟オーガスタスもアルファロイスも揃って同時に剣振って敵分けながら荷車へと馬馳せ、馬から滑り降りて荷車へと駆け寄る。
ゼイブンは次々と、荷車に登る騎兵へ短剣投げるが、反対側から来る奴らは狙えない。
オーガスタスはその長い手足使い、次々短剣刺さり、短い呻き声と共に落ちる敵尻目に荷車登り切り、反対側から登り来てディスバロッサの横からディアヴォロスへと切りかかる敵から寸でで、ディアヴォロス抱き止め庇い、一瞬で敵へと剣振り下ろす。
「ぎゃっ!」
ディアヴォロスの瞳が、夢から覚めたようにオーガスタスの決死の顔、視界に映す。
「こっちは俺が護る!
だから…」
オーガスタスの声が届いたようにディアヴォロスは、返答の代わりにその視線を再び、夢現の世界へと戻す。
その間にアルファロイスがとっくに荷車上に登り切り、ゼイブン狙えぬ反対側の縁に立ち、登り来る騎兵に次々、剣振って斬り落とす。
がその斜め前に登り切った敵騎兵が、アルファロイスに横から斬りかかる。
「!」
その男が剣振りきる前に、背後から斬られ仰け反る。
「ぎゃっ!」
敵崩れたその場に剣振り下ろしたばかりの、愛息の姿。
「…ギデオン」
ギデオンは嬉しそうに身引き、父親に笑いかける。
「前方は私に任せろ!」
そして長く広い荷車上の、前方へとしなやかに歩進め、登り来る騎兵を斬り落としにかかった。
ファントレイユはゼイブンが短剣投げやすいよう馬を繰り、ながらも自身で寄り来る敵に、剣を振る。
ローランデは荷車上の、ディアヴォロス背に回し、次々襲い来る敵から必死に主、護っているオーガスタスを仰ぎ見る。
豪快に彼が剣振る度、背から血飛沫が迸る!
“誰でも良い!
ここに私の代わりを寄越してくれ!”
咄嗟馬から滑り降り、気づいて付け足す。
“ギュンターは、駄目だ!”
降りた馬上を見た、その場にラフォーレンが突如現れ、自分見下ろし小声でぼやく。
「ギュンター殿は、フテきってる」
が、ローランデは返答せずさっ!と背向け、荷車向かい敵切り倒しながら突進して行った。
ラフォーレンは腰に回された腕を見る。
背後から、ローフィスに囁かれる。
「荷車の、反対方向に回れるか?」
ラフォーレンは横少し向こうの巨大な真っ黒な荷車とその更に向こうを見た。
「…敵が、唸る程うじゃうじゃ居ますよ?」
「だから、行くんだ!」
ラフォーレンは躊躇い、二度、振り向こうとし、が気合い入りまくりのローフィス背後に感じ、俯いて拍車駆ける。
頭上で誰か…神聖神殿隊騎士のようだったが、ローフィスと…自分に向けてだろうか。
声が聞こえる。
“長は今色々忙しい。
子供のテテュスとレイファス戻すから、暫く回路は使えない。
なんで実際俺がここに来て助けられない。
助っ人ももう少し呼ぶが、あんた通してしか手助けできない”
背後、ローフィスの冷静な返答。
“短剣途切れずに次々出してくれればそれでいい”
相手が、頷く気配。
“では助っ人寄越す。
悪いがローランデの文句あんた、聞いてやってくれ”
“ギュンターが来るのか?”
“人間の助っ人しか、今は送れないからな!”
ローフィスはラフォーレンが振り向くのに気づくと、言った。
「“里”のサーチボルテスだ」
その人物を知らないラフォーレンは、ただ、頷いた。
「どうして!ラフォーレンだ!!!
送った先はどうせ、ローランデらの所なんだろう?!
あいつが行くなら俺だって!
構わないんじゃ無いのか?!」
目前で噛みつくギュンターから顔背け、アーチェラスは頭に響く声に、頷く。
ギュンターの居所をサーチボルテスに中継する。
サーチボルテスはアーチェラスの視界借りギュンターの姿捉え、一瞬でその場より戦場に引き寄せた。
瞬間目の前のギュンターの、睨み顔と唾飛ばすその姿消え去り、ディングレー、ディンダーデン、そしてスフォルツァに振り向く。
ディングレーは一言も無く立ち上がり、ディンダーデンはやれやれ。と剣杖に腰上げる。
スフォルツァは顔付き一気に、引き締めた。
三人の、姿が消えるとアーチェラスは一瞬で馬車の中に飛ぶ。
ドロレスが疲労濃い表情で顔上げ、それでもテテュスとレイファスの、眠る姿を見守っていた。
アーチェラスが現れると、ドロレスは微笑浮かべ囁く。
「レイファスは私が」
アーチェラスは労りを告げる。
「…すまない。君を引かせられなくて」
「貴方が来てくれた、それだけでいい」
ドロレスはそれでも微笑って、頼りになる先輩にそれを告げた。
メーダフォーテは城内見て思いっきり、狼狽する。
アイリスが手一杯で自分糾弾出来ず、良かった。
と胸撫で下ろす程だ。
“誰の指令だ?!”
必死になって周囲見回し、頭の中を探る。
今や女、子供迄がやって来る馬に騎乗し、城門目がけ走り出し、その上塔内に残る『影』迄もが、続々出て来ては戦場に駆り出されて行く。
城内で聞こえる声は、大音量。
『行け!
護れ!
敵を殺せ!
城に入れればお前らの、命が無いぞ!』
“誰が言ってる?!”
夢の傀儡王に問い正すが、返答は戦いを、大音量で促す声のみ。
その時点で、メーダフォーテにようやく、理解出来た。
勝手に登場人物に任せていたこの結界の主(夢の傀儡王)がついに、その手振り下ろそうと自ら駒を、動かしにかかってる。と。
『一人足りとも城に残るな!
一人の敵も殺さず城に戻るな!
城に敵入れれば最期ぞ!!!』
メーダフォーテは城庭に飛び出す。
鍬持つ農民に背、弾かれ農民は振り向きもせず城門目指し走り去る。
次々と。
操られるように城内の人間が一斉に、城門目指し走ってる。
異形の、影達迄もが。
共食いもせずに。
メーダフォーテはその異常な光景に、唾呑み込み取りあえず横の柱に隠れ、思った。
“アイリスと、ワーキュラスに任せよう…”
(作者ですら『こら!』と突っ込み入れたくなる程情けない、メーダフォーテの体たらく…。 By 作者)
ディングレーがその、周囲敵だらけの地に姿現した時、ギュンターはもう鬱憤晴らしに剣、振り回していた。
背後でディンダーデンが豪快に剣、振って怒鳴る。
「これ全部、殺れってか?!」
スフォルツァが横で忙しく剣振り、怒鳴り返す。
「あっちの荷車を!
護ってるんじゃ無いのか?!」
少し先、背後にローフィス乗せた馬上から、ラフォーレンが叫ぶ。
「そうです!
上の左将軍殺そうと!
次々敵が、押し寄せ来てるんです!」
「!オーガスタスはどこだ!」
ギュンターに怒鳴られ、ラフォーレンが荷車の上を目で指し示す。
ギュンターが、聳え立つような黒い巨大な荷馬車上に視線送る。
黄金の髪振り登り来る騎兵斬り殺すアルファロイスの向こう、ディアヴォロスを背に、向かい来る敵に高速車輪のような剣振り下ろす高い背のオーガスタス。
その横でやはり、ディアヴォロス背に庇い身屈め戦う、旋風のようなローランデの姿。
ギュンターが一気に上体落し、目前の敵斬り裂き猛烈に突き進む姿に、ディングレーは敵に剣振りながらも呆れた。
スフォルツァは少しずつラフォーレンの馬に近づき、寄る敵を斬り殺し、馬と乗ってる二人の護りに付く。
ローフィスの短剣は続々、荷車よじ登る騎兵に雨のように降り注ぐ。
が、ローフィスは怒鳴る。
「反対側の、ファントレイユの方は誰も居ないぞ!
ちっとは割り振れ!
ギュンター!
上は十分だ!
ここを護ってろ!!!」
馬を背に回し、護るスフォルツァが怒鳴られたギュンターへと振り向く。
ローフィスに、じっ。と見つめられ、ギュンターは向けていた背から顔だけ振り向くと、凄まじい表情で馬上のローフィス睨み返す。
そのあまりの迫力に、スフォルツァの背筋が思わず震った。
が、ローフィスの青の瞳は射るようで、ギュンターは怒りに任せ周囲の男を斬り殺すと、馬に身寄せ、背を向け護りに付く。
スフォルツァは、自分とは反対側から馬護るギュンターをチラ見し、心からほっとして、胸撫で下ろした。
ディンダーデンとディングレーは一気に、ファントレイユの馬の左右に突然飛ばされ、目前の敵に気づき慌てて剣振り下ろす。
「…まっただ中で、突然だな!!!」
ディンダーデンの不満の怒号に、ゼイブンの背後、透けたアッカマンがぼやく。
“直出じゃないから十分視界は効かないし、能力も満足に使えない。こっちも配慮してる余裕が無い”
「…だろうな!」
ディングレーに迄怒鳴られてもアッカマンは肩竦め、次々ゼイブンの手に、空から短剣現しては握らせた。
ローランデはチラ…と、主背に回し戦うオーガスタス見つめる。
ブン!と剣振る音立て戦う姿は普段道理。
が、彼が動く度派手に背の傷から血が、迸る。
見つめる真っ直ぐのローランデの瞳に気づいたのか、オーガスタスが心話で怒鳴る。
『傷も出血も架空で存在しない!
これは本当の俺の体なんかじゃ、無いからな!』
ローランデは慌てて、剣振り戦いながら頭の中でミラーレス探す。
ミラーレスはオーガスタスの背に手を当ててる真っ最中で、憮然と振り向き、心話で応えた。
“こちらの身体に傷も出血も無い。
私が、体現するのを抑えてるから”
『…貴方の…仕業ですか?
オーガスタスが傷付いてもあれ程戦えるのは』
『勿論俺が!
この傷は幻だと、思ってるからに決まってる!
だから痛みも、出血のお供の目眩も無い!!!』
ディングレーは頭の中でそれを聞いて、ふ…と傷見る。
『そうか。これ実際に斬られた訳じゃ無いんだな』
ギュンターも同様、さっき迄動く度にちくり、ちくりと痛む、刀傷に気を向けた。
『無いんだ。実際これは』
ローランデが、目見開く。
さっき迄背に深々と抉れた縦に長いオーガスタスの傷が徐々に…消えて行く………。
ディングレーは敵に剣振り…腕を見、視線外し…つい、二度見した。
傷は…消えていた。
自分に言って聞かせる。
『魔法じゃ無い。夢の出来事だ。
だから常識外れでも、当たり前なんだ!』
ギュンターは歯を剥いていた。
『無い傷に痛み感じてたなんて、俺はどんだけ馬鹿だ?!
これでこの先どれだけ斬られようが、もう絶対痛みなんか感じないぞ!!!』
皆、その気合いに一瞬敵に剣、振りそびれたが、ディンダーデンだけが言って返した。
『自分が馬鹿だと、ようやく気づいたか…。
だが馬鹿なのがお前の良さだから、出来ればずっと馬鹿で居て欲しいぜ…』
つい皆が、そう心の中で呟くディンダーデンに“気”を向けた。
ギュンターだけが
『ほざいてろ!!!』
と一声怒鳴って、敵に腹立ち紛れに思い切り剣、振り下ろしてた。
ゼイブンとローフィス護る、アッカマンとサーチボルテスが、ワーキュラス送る映像に“気”を向ける。
見渡す戦場。
レアル城より押し寄せる多数の軍勢。
荷車に到達すると半数は荷車へ。
残り半分はそのまま突っ走り、遙か先より向かい来る、ダキュアフィロスの軍勢目がけ走る。
そして後方よりゆっくり進む、『影』の異形達。
“…ドロレス殿もアーチェラス殿も手一杯だ。
第一、二人の子供戻す為、回路は当分使えない”
サーチボルテスの冷静な見解に、アッカマンも呻いた。
“誰が『影』抑える?
死体が増えれば、あいつが動き出す”
“「傀儡の凶王」か…。
その前に、人の影操る化け物も居るぞ”
サーチボルテスの言葉に、ワーキュラスの映像からその魔見つけ出し、アッカマンが唸る。
“古代に滅した奴か…。厄介だな”
アースラフテスの“気”が、荷車周辺で戦う皆を、うっすらと守護の光で包んでる。
“…あれで…保つか?”
アッカマンの声に、サーチボルテスが呻いた。
里では癒やし手達が総動員し、駆けずり回ってる。
ディスバロッサとディアヴォロスの呪文は幾度も、結界内に波紋のような“気”を放出し始め、『闇の第二』が激しい抵抗を示してる。
“…だから長は一刻も早く、子供のテテュスとレイファスを戻そうと必死だ”
“賭けるしか無い”
アッカマンの言葉に短い一言返し、サーチボルテスは再び、ローフィスの傷に癒やしの“気”巻き付けながら、その手に短剣を落とし続けた。