26 切り札
“里”で、控える神聖神殿隊騎士達は、詰めている仲間達の中、長に名を呼ばれた一人の…年若い少年を一斉に、見る。
呼ばれたファロンは後方に居て…その声が頭の中で響くと、びくん…!と身を揺すり、顔上げる。
ファロンに振り向いた一人が長、アースラフテスに叫ぶ。
『が、長!
ファロンは神聖神殿隊騎士とそして…神聖騎士の、両方の血を受け継いでる!
神聖騎士はその力存分に使うと、結界がひび割れると…!』
アースラフテスはそれは重々承知だった。
が、賭けてみるしか無い!
ファロンが一瞬で横に姿現す。
『人間の軍勢を護れ!
が。
最初は力を抑え…ワーキュラス殿に結界の亀裂の具合を確かめろ!』
ファロンは一つ、頷くと戦場を後にするダキュアフィロスの軍勢と、一番遅れてはいるものの、神聖騎士ドロレスに護られる馬車の前に一瞬で姿移す。
ざっっっっ!
ファロンは宙に浮き、戦場より突進来る多数の黒い魔獣、疾風のようなヴォイヴォカンを睨め付ける。
一瞬左手を緩やかに上げ、ふっ…と溜息のような力を解き放つ。
結界に吸収され、消えて行く。
ワーキュラスが慌てて、自分の中でほぼ気絶状態だったアイリスに告げる。
アイリスは億劫そうに身を上げ、上空を見つめる。
「…!」
不思議だった。
彼が…力使うと…………。
アイリスが、ワーキュラスに尋ねる。
「…見間違いかな?」
ワーキュラスは即座にファロンに、大丈夫だと、矢のような“気”を送りアイリスに応える。
“結界が強化されたように君も感じるのか?”
アイリスはゆっくり、頷く。
だが同時に、ワーキュラスの思考も読める。
“が、夢の傀儡王の造りし結界。
“罠じゃないとの補償は無い…!”
ファロンは宙に浮き、背後、ダキュアフィロスの軍勢が蛇足ながら遠ざかるのを感じ、その四倍もの速さで前方戦場から、ヴォイヴォカンがその数増やしながら駆け来るのを睨め付ける。
ファロンが力溜める様子見、ワーキュラスが懸念する。
“賭けになるか?”
アイリスはまだ、上空睨む。
そして、ワーキュラスが見つめる戦場に立つ能力者、ファロンを見る。
まだ…少年。
が、ワーキュラスの瞳を通すとその成り立ちが読み取れる。
父は神聖騎士。
母は護衛官の末裔。
どちらも素晴らしい能力者。
母の奔放な強い“気”と、父の静かで緻密。そしてどこまでも強く澄み渡る“気”とが、彼を包み込んでいる。
人間の瞳には映らない。
が、彼が前方扇状に広がる敵を一気に、消滅させようと狙い澄まし膨大な“気”を、溜める姿が映し出される。
アイリスはもう一度、上空を見た。
心の中で湧き出る一瞬の疑問に、即座にワーキュラスが答え、アイリスが頷く。
“危機は知らせる…!”
その声が届いた途端、ファロンは前方横に広がり向かい来る、ヴォイヴォカンの群れに一気に貯め込んだ力放射した。
ズァァァァァァァッッッッッッッッ!
アイリスは一瞬絶句し、ファロンに短く警告発し、ファロンは即座に馬車のドロレスに叫ぶ。
ドロレスは咄嗟、はっ!と顔上げ、一瞬で馬車の上へとその身移し、去り行く後方に現れた神聖神殿隊騎士の能力者を見つめる。
一体一体への光の閃光は魔獣を捕らえ、消滅させる為光を送り続けている…ものの、その光の量はみるみる増し、閃光は次第に強大な光となって周囲を全て光で覆い尽くして行く。
一瞬で宙に浮くと両腕横に広げ、次第に押し寄せ来るその強大な光の放射から、馬車と去り行くダキュアフィロスの軍勢を護る。
どっおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!
光の炸裂と凄まじい爆風に一瞬、宙に浮くドロレスがその白い隊服と赤味を帯びた髪、たなびかせ耐える。
ファロンは自分と繋がる、全てのヴォイヴォカンが消え行くのを感じた。
まだ僅かにもがく、鼠のような大きさの、力の無い透けた体を蠢かせ逃れようとする魔獣を、一瞬で叩き潰す。
透けたその小さな魔獣は叩き殺され、その姿を完全に消滅させた。
咄嗟、ファロンは神聖騎士ドロレスの身の安全を確認する間無く、アイリスの要請に従い、這い伸びる天上の結界の亀裂へと飛ぶと、透けた繊細に織り込まれたガラスのような結界に両手当て、“気”を這わす。
細く伸びゆく無数の亀裂を、ファロンの“気”が競うように追い縋り覆って行く。
アイリスが、ほっ…として、アースラフテスの人選を流石と褒める。
『この…能力があるから、彼を召喚したのですね…?』
ファロンの“気”は亀裂を追い続け、次々と覆い修復して行く。
が、アイリスの期待は、全ては叶えられなかった。
ファロンは元から在った、神聖騎士達が作った亀裂を見、首横に振ってワーキュラスへ、呻いたからだ…。
“あれは…駄目です。
私の能力とは全く別種の…断面で、近寄る事すら出来ない”
ファロンが幾度も、神聖騎士達の作った亀裂へと“気”を向けるが、まるで弾き飛ばされるように近づけない。
ワーキュラスが
“十分だ”
と彼を労い、アイリスも微笑を向けるが、ファロンの周囲に彼に寄り添う同じ隊の同胞達の“気”が微笑ってファロンを包み込む。
どの“気”も若輩の彼に
『良くやった!』
と祝福を送っていた。
が、アースラフテスは戦場でまだ、神聖騎士らの結界崩そうとするヴォイヴォカンと対峙しながら、その様子に苦笑してるのに気づき、アイリスがそっ…と問う。
『ファロンは…貴方が召喚する程ですから、若いがさぞかし優秀な能力者では?』
が、忙しいアースラフテスを思いやって、ワーキュラスが彼の心から情報引き出し、アイリスはそれを見る。
どんな…訓練の場でもファロンはその強大すぎる力持て余し、大岩持ち上げては粉々に砕き、力解き放ってはその強大な爆風に皆慌てて身を護り、『殺す気か!』と怒鳴られてた。
そして…再びアイリスは、力解き放ち疲労しきった…が、皆に褒められて嬉しそうな、ファロンを見やった。
『…そりゃ、嬉しいでしょうね………』
ワーキュラスも呟く。
“彼はきっと『光の国』でなら、その能力を存分に活かせる”
アイリスも無言で頷きながら、ワーキュラスの意見に同意した。
が、戦場の最前線では、それでもまだ馳せ来るヴォイヴォカン相手に神聖神殿隊騎士らは、次々と人員入れ替わりながら、光ぶつけ魔獣の身を削り続ける。
アースラフテスが、突進する熊のようなヴォイヴォカンにブツかり蹌踉めき、副長ローレスが叫ぶ。
『限界です!
引いて下さい!』
アースラフテスが一瞬“気”を向けた途端、戦場のアースラフテスの姿が光の中、その髪が銀の真っ直ぐな髪へと一瞬融合して変わり行く。
副長ローレスはアースラフテスの居た空間に立ち、銀の長い髪を揺らめかせアイス・ブルーの瞳で敵対し向かい来る魔獣を、静かに見つめる。
そして一気にざっっっっ!
と両腕翼のように振り、青い光放射して、飛びかかる魔獣を凍り付かせた。
振り向くと近くに居る仲間に、怒鳴り付ける。
『避けてろ!』
背後から放射される冷たい“気”に、近くに居た三人組は慌てて場を移す。
ローレスは向かい来るヴォイヴォカンを次々と青い閃光解き放ち氷の塊に変え、神聖神殿隊騎士達は次々と宙から現れては、氷の彫刻を粉々に砕き始める。
一人の隊員は一瞬自分の背すれすれに飛ぶ副長の閃光にぞっ…とし、届く先を見たが飛びかかろうとした魔獣は、既に凍り付いていた。
仲間達は戦場で叫び合う。
『ヴォイヴォカンより、副長の閃光に気をつけろ!』
『凍ったら最期だぞ!!!』
最前線に居た一人は、距離があるからここ迄届くまい。
と向かい来るヴォイヴォカンに光ブツけようと手、振り上げ、瞬間来た仲間に腕、引かれる。
背と髪掠り飛び来る氷の閃光に、ひやっとして身屈め、見ると目前のヴォイヴォカンは一瞬で凍り付いていた。
腕引いた仲間は、囁く。
「忘れたのか…!
副長が冷静なのは、通常業務の時だけだ。
能力使い始めると、仲間なんて一切見ちゃいないんだぞ?!」
言われてようやく思い出す。
なぜローレスが二番手に甘んじたのか。
長を決める最終試験で見物人を半分凍らせ、ミラーレスがやっとの事で凍らされた人物を“死”から救い出した為。
戦場では大声で皆に注意が行き渡っていた。
『気をつけろ!
“凍る奴が馬鹿”
の副長は、仲間だろうが一切遠慮が無いぞ!』
『凍ったら最期だ!』
『ミラーレスの、世話に成るな!!!』
戦場に、飛んで現れた騎士は閃光飛び来るのに、防御の光張って胸、撫で下ろし、仲間に怒鳴られた。
「前!
忘れるな!敵は魔獣で副長の閃光じゃ無い!!!」
怒鳴られた騎士は慌てて、目前より飛びかかる魔獣に光、解き放っていた。
「……………………………」
アイリスは通常、冷静な判断ではアースラフテスより余程その指示は頼りになる。と言われてる副長の、存分に戦う姿に言葉無くす。
が、今尚神聖騎士張る結界にブチ当たり、ホールーンとアーチェラスの眉歪ませる巨大なヴォイヴォカンに視線振る。
ローレスが怒鳴る。
「馳せ来る奴は俺に任せろ!
俺が凍らせた氷砕く奴以外は、神聖騎士を助けてやれ!!!」
背後からいつ副長の氷の閃光飛び来るか、はらはらしていた騎士達は一気に、神聖騎士張った結界に体当たりしてはその身少しずつ削る、巨大なヴォイヴォカンの周囲に集まり来ては、光ブツけ始める。
びり…!
びり…!
光の結界はヴォイヴォカンが、激突する度、震える。
スフォルツァはつい、ホールーンとアーチェラスの様子伺う。
激突される度、二人が歯を、食い縛ってるのが解る。
ギュンターは腕組み俯く。
ローランデはギュンターを覗き込むと
「今度は絶対!
心に変な映像が流れ込んでも、無視するんだぞ!!!」
と叫び、ギュンターをより一層深く、俯かせた。
ディンダーデンがくっくっくっ…。と肩揺らし笑い、ディアヴォロスとオーガスタスに揃って振り向かれた。
ファントレイユはゼイブンを伺ったが、その軽い色男は気づき呻くと、顔を片手で覆いながら顔上げる。
ファントレイユが感激の面持ちで、ゼイブンを見つめる。
「いつも…私の危機を助けてくれる…!」
子供の頃の表情で言われ、ゼイブンは周囲見回し、人が注目してないのを確かめると体を起こし座り込み、ファントレイユにそっ…と囁く。
「洞窟でのヘマを、チャラにしてくれりゃそれで満足だ」
途端、ギデオンがくっくっくっ…と口に手当てて笑い出し、アルファロイスに見つめられた。
ヴォイヴォカンは目前の、神聖騎士張った結界崩せないばかりか、周囲ハエのように飛び来ては、光ブツけ更に身削る、多数の神聖神殿隊騎士に唸る。
両腕振り回すものの、素早い騎士達は光ブツけ瞬時にその身消し、場を移し現れては光ブツけ来る。
ヴォイヴォカンはとうとう、結界にぶつかるのを止め、遮二無二周囲に腕、振り回し続ける。
少しずつ身、削られながら融合し来る新たな仲間待つが、途中ローレスに凍らされて激減し、その姿は一方的に身を削られ行くのみ。
ディスバロッサは自分から抜け出、ムストレスに巣くった『闇の第二』が、ぞっとするケダモノの呪いの呻き上げるのを聞く。
『おのれ小賢しい、神聖神殿隊騎士共め…!』
アイリスは戦場の様子に一息つき、そして再び結界の読み取りを始め…少し、俯いた。
幾度もワーキュラスの中で、見つけた結果を検証し続ける。
アイリスが追い求める結果は、皆が入った人物から抜け出、元の体に戻る方法だった。
幾度も、試してみる。
結果、広間には、ムストレス、ディスバロッサ、メーダフォーテ、ノルンディルも必要だった。
これだけ戦ってると言うのに、同じ広間に一同会しないと駄目なんて。
出来れば顔会わせたくない面々なのに。
広間で万が一…遺恨から殺し合いに成って一人でも死んだら抜けられず、「夢の傀儡靴王」は随分悦ぶんだろうな。
思うと、思い切り気が重かった。
奴に取っちゃ、随分眠らされ数百年退屈だったから、死なれないでずっと結界に捕らえて置き、遊びを続けたいようだ。
つい溜息が洩れ、メーダフォーテを呼び出す。
「いつ迄我々を攻撃させとくつもりだ?」
メーダフォーテは憮然。と唸った。
「『闇の第二』が暴走してる!
『闇の第二』をここに入れたのは私じゃ無い!」
「そんな言い訳が、通ると思ってるのか!!!」
メーダフォーテはまだ、憮然と言った。
「普段あんまり暴れられない神聖神殿隊騎士らが、それは楽しそうじゃ無いか!
第一ムストレスだっていつか遺恨も尽きるし、危なくなったらディスバロッサが止める!
後…草々長くない」
「それ迄、待てと言う気か?!」
「聞けよ!
『闇の第二』がムストレスからごっそり遺恨を使い果たしてくれりゃ、奴はディアヴォロスがレアル城内に歩を進めてももう、ムキになって手下を焚き付ける気力も無くなる!
お前に取っても有り難い事だろう?!
違うか?!」
「…いいだろう。
但し、ムストレスが死ぬ程遺恨を使い果たしたら、全員ここから出られない事を覚えておくんだな!
『闇の第二』をここから追い出す算段は付けられないのか?!
ムストレスが去った後、『闇の第二』が一番厄介だと!
解っているのか?!!
第一どうしてそんな物騒なもの迄連れて来るんだ!」
「そっちだって、ワーキュラスが入ってる!
ディアヴォロスが光竜の守護解かれ登場した時点で、ムストレスにも『闇の第二』にとっても!
千載一遇の美味しい機会だと、ヨダレ垂らし参加する事くらい、想像出来るだろう?!!!」
「口だけは達者だな!!!」
「お前は口が減らない」
両者、長い沈黙の後、アイリスが呟く。
「…ともかくここを出たい」
メーダフォーテは『私もだ』
と言いたいのを、ぐっ…と堪えた。
「『闇の第二』を退ける方法を、ワーキュラスに聞いてくれ」
「自分の不始末をこちらに押しつける気か?!」
とうとうメーダフォーテが叫んだ。
「夢の傀儡王が招待主で、こちらに打つ手があるか!
出たいんだろう?!!!」
アイリスの沈黙で、メーダフォーテは奴がそれを飲んだと知る。
間もなく、アイリスの声が聞こえた。
「方策が解ったらまた連絡する」
「待ってる」
そして二人の会話は途切れた。
ローレスが振り向く。
背後からまだ数匹の小さなヴォイヴォカンが飛び来る。
が、視線前に戻し、皆護る神聖騎士らの張った結界前の、両腕振り回す身を削られた…それでもまだ巨大なヴォイヴォカン睨め付け、一気に両手横に、振り上げる。
「!」
「引け!」
「副長が、あれをやるぞ!」
場の神聖神殿隊騎士達が続々、空に消え去る。
巨大なヴォイヴォカンは宙浮くローレスの攻撃態勢に敵と睨め付け、突進し襲い来る。
その長く巨大な腕がぶん!と空を唸らせローレスに振り下ろされた瞬間、真っ青な光が宙を覆い尽くす。
背後。
飛び来るヴォイヴォカンに、ローレスは振り向きもせず背から冷気を一気に放却する。
どんっ!
冷気の塊が飛び来る数体のヴォイヴォカンに激突した時、“気”の激しくぶつかり来る音と共に、宙で静止したヴォイヴォカンが凍り始める。
ぴきぴきぴきっ…!
同時に呪い呻く、獣の声が空を震わせ轟く。
ヴヌォォォォォォォォォォォォォォンンン……………。
が、戦場の動きは凍り付いたように全てが静止。
ぱっ!と一人の神聖神殿隊騎士が空から現れ出で、次々に空より飛来し、凍った巨大なヴォイヴォカンを砕き始める。
空に聳え立つ巨大な氷の彫刻を砕くように、無数の神聖神殿隊騎士らがその周囲取り巻き、宙より光送り、氷った魔獣を細かく、砕いて行った。
結界を護っていたホールーンが、がっくり…と首垂れて膝を付き、アーチェラスも髪に顔埋め、肩で荒い息吐く。
ぴ…きっ!
どんっ!
どん!どっんっ!
全て凍った小さなヴォイヴォカンが、宙から落ちて崩れ散る。
凍り付いた巨大なヴォイヴォカンは無数に現れ出でる神聖神殿隊騎士らに、次々砕かれその身は小さく崩れ行く…。
アースラフテスが一瞬で宙に現れると、能力使い果たし、ゆっくりと宙から地に落ち行く、副長ローレスの身を抱き止める。
ざんっ!
腕に体重全て乗るのをアースラフテスは感じ、吐息交じりに完全に意識無い、副長の睫閉じる端正な顔見つめる。
“二週間は副長不在の業務を覚悟するように”
そう告げられた長の言葉に、あちこちから神聖神殿隊騎士隊員達の、吐息が洩れた…。
ディスバロッサは『闇の第二』が、遺恨使い疲労が限界の、ムストレスの中で呪いの呻き吐くのを聞いていた。
頭の中で叫ぶ。
「城門を開けよ!
全騎、出撃!!!」
その上空で響き渡る、声に応えるように、レアル城門では門の端。
城門持ち上げる滑車に数人が寄り来ては巨大なハンドル回し上げ、鎖が巻き上げられる毎、巨大な木の城門は、上がり行く。
騎士達は騎乗したまま、門が潜れる程に上がった途端、一斉に戦場に解き放たれて行く。
メーダフォーテはその声に、動揺し顔、揺らす。
ディスバロッサが叫ぶとは…!
慌てて頭の中で問い正す。
“ムストレスは?
遺恨使い果たせば、死ぬんだぞ!”
が、返って来たディスバロッサの返答は嗤い交じり。
“これはこれは…人の命等屑同然のお前が、ムストレスの命だけは大事と?
大層な忠義心だな?
そんな情愛等、無いがお前と!
我は思っていたがな…!”
メーダフォーテは歯噛みして拳振り下ろす。
“…ムストレスが死ねば皆ここに留まり死ぬ!
君も含め、私もだ!!!”
ようやく、ディスバロッサは顔、上げる。
“やはり…自分の命が一番可愛いか…”
“当然だ!
『闇の第二』は?!
ムストレスを殺さず引き離せるのか?!”
ディスバロッサは目前の、前に屈み込むムストレスとその上で必死で、更なる遺恨を引き出そうと揺さぶる黒い靄、『闇の第二』を見つめる。
ムストレスは…本能で解るのだろう…。
それ以上自分から遺恨引き出されれば、命を無くす。と。
丸で胎児のように身を丸め込み、『闇の第二』の要請に抗っている。
“ええい…!
ディアヴォロスを滅ぼしたいのだろう!
寄越せ!
最後迄!お前のその遺恨を全て!!!”
『闇の第二』が必死でムストレスの心、こじ開けようと揺さぶり続けるのを、ディスバロッサは静かに見つめる。
そして…吠えた。
「アル・デル・デカルテ・ドラ・ロス・アルデダモンテ!」
表題を雷鳴のように叫び、その後指組むと小声で唱え出す。
黒の靄、『闇の第二』は大きく震え…そして、宿主だったディスバロッサを、驚愕の内に見つめる………。
“我を…我を追い出す…と言うのか?
血の契約を交わしたお前が…?”
ワーキュラスの瞳を通しそれがディアヴォロスにすら、見えた。
うずくまるムストレスの上、黒い靄『闇の第二』に戦いを挑むような、ディスバロッサの高等神聖呪文。
顔を上げ、高らかに…時に小さく、低く…“気”を込めて!
ディアヴォロスが必死に成って心で叫ぶ。
“神聖神殿隊長!
私を…!”
アースラフテスはワーキュラスの心を伺った。
黄金の竜は悲しげに…それでも決然と、頷いた…。
だからアースラフテスは一瞬でその尊い血の人間を敵対する同族の元へと、飛ばす………。
「ディアヴォロス!」
横に居たオーガスタスが、一瞬でかき消える、主の姿に叫ぶ。
アルファロイスはもう、走っていた。
オーガスタスも横に並び、解かれた結界より飛び出して馬を、探す。
アルファロイスとほぼ同時に馬見つけ駆け寄り、一気に騎乗し駆け出す。
背後。音。
息子、ギデオンが一馬身遅れ、それでもピタリと付いて来ていた。
その後ろにファントレイユ。
ローランデはギュンターが咄嗟オーガスタスの背を追うその腕を、掴み止める。
「解ってるのか!
君は、怪我人だ!」
鋭く叫ばれ武人の気迫に圧され、ギュンターがそのきつい青の瞳を見つめ返し歩、止めた一瞬で、ローランデ髪が流麗に靡いてかき消える。
くっくっくっ…。
ディンダーデンの笑いに振り向く。
ディングレーもその場で動けず、ゼイブンは膝付くホールーンの様子を、横で伺っていた。
「…任せて休めと!
言いたいのか?」
ギュンターが怒鳴り返すと、ディンダーデンの横で立つ、スフォルツァとラフォーレンはくたびれきった表情を向け、呟く。
「…あんたがくたばったら、皆帰れない」
スフォルツァは珍しく礼を失し、年上の男にそう言う素のラフォーレンを、見た。
「…少しはローランデ殿に信頼を見せたらどうだ?
貴方が後に続いて姿見せたら、彼は信頼されてないと、がっかりする」
だろうが、ローランデの側に少しでも長く居たい。と思いいきり立つギュンターの心情読んで、ディンダーデンが座したその場から、青の流し目くべる。
「行って護られるのは確実に、お前の方だ。
ローランデの足枷に、成り下がりたいのか?」
ギュンターは二度、憤慨したが、ローランデは自分を上回る手練れだと、思い知ってるギュンターは肩怒らせてディンダーデンの横で、どしっ!と音立て、座った。
ディングレーがぼやく。
「流石、長く友やってるだけあって、俺の言えない事でもずばっ!と言うな」
「言えないのか?」
ディングレーは曖昧に手、振り上げ
「俺だって、ローランデが自分より手練れだと、心で思い知っていても言葉に出して迄認めたくない」
ディンダーデンは横のディングレー、反対側のギュンターを見、肩を軽く、ひょい。と竦めた。
メーダフォーテはぎょっ!とした。
ディスバロッサの居るその場に、一瞬でディアヴォロスが…『闇の第二』が殺そうとしている男が、現れる姿が脳裏に浮かび。
“アイリス!
アイリス何考えてる!
ディアヴォロスは標的だぞ!
そんな奴『闇の第二』の前に、出してどうする!!!”
アイリスは、言い返そうとした。
が、驚きに瞳見開く、ディスバロッサの前に現れたディアヴォロスの、横に透けた姿で立つ。
ディアヴォロスに振り向かれ、アイリスが囁く。
「私が…ワーキュラスの代わりをします」
ディアヴォロスに心話で囁かれる。
“人間の、君にそれは分を超えている。
無茶は…”
アイリスは、呆れたようにディアヴォロスに囁き返した。
“その無茶をしてる貴方が私に、それを言うんですか?”
ディアヴォロスはディスバロッサの呪文が自分の登場で小さくなり
、ムストレスの上空で身震わす『闇の第二』の、震えが止まるのを目にした途端、ディスバロッサに追随して呪文を、唱え始めた。
アイリスは、声に聞こえぬワーキュラスの嘆きの吐息を聞く。
そして…その呪文が秘伝。
『影の民』を封印する呪文だと、気づく。
ぞっ…と鳥肌が立つ。
本来神聖騎士が使う呪文で、それを人間でも唱えられるよう所々力の放出方法を変えてある、人間が唱えればヘタすれば命を落とす呪文だった。
光に溶け込んだ神聖騎士らが光を力の源とするその呪文を、人間の生命力に無理矢理光取り込み、捻り混ぜ込ませ、力に変えるものだったから………!
アイリスは歯噛みした。
神聖神殿隊付き連隊の長、自分ですら、禁忌とされ紐解く事許されず唱える等論外。
ただ…記録として残っているに過ぎない、それ………。
そんな秘伝をディアヴォロスに教えたワーキュラスを、責めたい程だった。
必死で、その場を読み取ろうとワーキュラスの瞳を使う。
ディスバロッサは呪文に追随するディアヴォロスに、一瞬視線送り動揺見せたものの、始めたら最後、例えが効力を発しなくとも、最後迄止める事の許されぬ呪文を、唱え続けている。
ディアヴォロスが追随して直ぐ。
…見える。
人の瞳では見えぬそれ。
ディスバロッサの中で彼の命の光が一つ…空に解き放たれ頭上、光の元へと小さな水滴を形作り、螺旋の渦となって昇り行き、光の中に溶けて行く。
間もなく…ディアヴォロスも同様、彼の中の生命力の一部が水滴となって螺旋描き上昇し…頭上の光に融合して行くのが、見えた。
ワーキュラスが声にならぬ声で囁く。
“人は土、火、水、風の四つの命を持っている。
今二人が『闇の第二』を封じる為に使った力は…”
“…水……………”
そして…呪文を続ける、二人を見る。
暗い地に居て、上から差す光。
足元に暗い波紋のように広がる二人の命。
唱える毎に次の風の力が引き出されようと、足元の波紋が幾重にも細かく分かれ震え出すのが、見えた…。
ワーキュラスの、悲しげな声がする。
“その四つの力は人の、成り立ち…。
それが消えれば………”
アイリスに、ワーキュラスの言いたい事が解った。
この呪文は…自分の命を力に変えて、『影』を時空の彼方に封じる呪文。
血と肉を、骨を削るも同じ。
だから…。
削られようがそれでも自我が保てなくては…。
“死………”
それが浮かんだ時、アイリスは自分の戦いを始めた。
二人を何としても、死なせる訳には行かない。
テテュスは止まる馬車から降り、騎乗したまま馬止め戦場に振り向く、ダキュアフィロスの軍勢の中、共に戦場を見つめる。
頭の中のその声に、テテュスはそっ…と、兵が引く一頭の馬に跨がる。
次の頭の中に響く声に、テテュスが一瞬で振り向く。
ワーキュラスの声に従い、背後に叫ぶ。
「敵は騎兵!
城門より放たれた!
全騎、出軍!」
空に轟き渡るような咆吼に、ダキュアフィロスの軍勢は一斉に声を発したテテュスへと振り向く。
言葉を継ぐように次々前方へと叫び、一人、また一人と続々馬の首を背後に捻り向ける。
最前列が向き変え終えるや否や、馬拍車入れ一気に駆け出す。
背後も次々と馬の首回すと、ダキュアフィロスの軍勢は再び、戦場目がけ駆け出した。
テテュスは横を、見る。
アシュアークが騎乗して横に付く。
背後からシェイルが憮然。
と馬を走らせ付いて来る。
どうやらローフィスに、アシュアークを護れ。と短剣渡されて来た様子。
そして横にエルベスが飛び出て並び、微笑う。
「君は馬車だ。
レイファスと共に。
ワーキュラスが君に、子供の二人を君達の中へと戻す」
テテュスは背後、馬車を見た。
御者が必死で馬を鞭で、蹴立てていた。
テテュスは横のエルベスを見つめ、一つ、頷く。
馬の向きを背後、馬車に変え、通り過ぎ様一言、囁く。
「貴方も、どうかご無事で…!」
エルベスは、いつもの優雅な微笑湛え、頷き返す。
テテュスが馬車目がけ駆け去ると、エルベスは腹の底から吠える。
「ここに居るはアルシェンディラの御大、アラステス!
我らディスダスアフダスと、共に戦う!」
背後、共に駆ける騎兵らが、一斉にその声に呼応する。
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっっっっっ!
シェイルが見ると、アシュアークはきっ!とした表情で死にかけた様子は微塵も無く、これだけの呼応に、振り向かぬままさっ!と腕頭上高く振り上げ、返礼する。
背後ダキュアフィロスの軍勢は、その返答に皆、頷き返す。
数騎、背後から横に駆け込む騎兵。
金の…髪。
アシュアークは背後から追いすがる、嬉しそうな金髪の一族の残党らの顔見つめ、内心素早く呟く。
「(アルファロイス叔父様が引かせた…アーマラスの軍勢…!)」
一人が横に飛び付き、叫ぶ。
「お供します!」
アシュアークは瞳、潤ませ頷く。
咄嗟、叫んでいた。
「敵はレアル城前方遙か先!
飛ばすぞ!」
アシュアークのしなやかな野性のチータのような身が、ぐん!と速度上げる中、ダキュアフィロスの軍勢はアシュアークの叫びに声上げ応えながら、ペガサスの羽根生えたように飛ばす金髪の一族の、戦士らの背に続いた。
アルファロイスは横に付く、オーガスタスを見つめる。
言いたかった。
“まだ、休んでろ”
背の傷から血が、滴ってる。
二滴…。
三滴…。
オーガスタスが馬揺らし行くその度に、空に迸る赤い水滴。
が同時に戦に慣れたアルファロイスは知っていた。
傷付いていようが…これだけ闘牙放つ戦士に痛みは存在しないと…!
ギデオンは背後、ファントレイユとローランデが続くのを見た。
ローランデに一つ、頷きファントレイユに叫ぶ。
「大事な親父を放り投げて付いて来て、大丈夫なのか?」
ファントレイユは歯を剥いた。
「大事な親父には今、神聖騎士が付いてる!
だって君は!自分は無敵だとか思ってるから、どれだけだって無茶するじゃないか!
現実でだってそうなのに!
ここは夢の中だと、更に舐めてないか?!」
ギデオンが、言い返そうと口、開きかけ、が弁達者なファントレイユに返す言葉思い浮かばず、返答前に前のアルファロイスが、声上げて大声で、笑っていた。
「はははははっ!
子供の頃から、全然変わってないんだな?!」
ギデオンは父親のそんな言葉に、嬉しそうに見つめ返すもんだから、ファントレイユは一層歯を剥いた。
「笑い事じゃない!
ギデオンは大事な存在なんだ!
あんたからも言ってやってくれ!
自分をもっと、大事にしろ!と!!!」
が、ギデオンは今度は笑ってファントレイユに言い返した。
「ファイ(アルファロイスの愛称)がそれを私に言える筈が無い!
ファイ自身もそうだから!」
ローランデはつい、横のファントレイユを見守った。
やっぱり…どこかアイリスに似ていた。
うんと…華麗で華やかだったが。
が、ファントレイユは歯ぎしりして怒鳴り付ける。
「…右将軍!
あんたん家の教育方針を!
絶対見直した方がいいぞ!」
腹の底から怒気籠もる迫力でそれを言うが、帰って来るのは右将軍の更なる笑い声だけ。
…ローランデですら無駄だと思った。
だってそれが…「右の王家」、金髪の一族の血統。
そんな途方も無い者に常識説いても無駄だ。
が、ギュンターも王族で無いのに同様だと気づいた時、つい吐息吐いて俯き、ギュンターが付いて来ない事を確かめるように、ローランデはそっ…と背後に振り向いた。
アイリスは高速で考え巡らす。
二人の「左の王家」の王族。
その呪文は自分の中から力引き出す難解さにも関わらず、二人に取っては自然にこなせる事のように静かに“風”が突風巻いて、上空に螺旋描き飛び上がり、光に溶けて行って『闇の第二』を包む。
水…で一重。
風…で二重。
四つの力に包まれた時、空間は開き『闇の第二』は異次元…彼らの住む『影』の世界へ、落ちて行く………。
『闇の第二』は必死でその自分包む力押し返そうと、力込める。
靄は最早、黒い人型と成っていた。
真っ赤な瞳を時折暗く、濁り光らせながら、必死で光の力に抵抗し蠢いている。
ワーキュラスがディアヴォロスとの間に開いた回路を、アイリスに示す。
アイリスがそっと…頷く。
その回路伝ってディアヴォロスの中へ…そして、ディスバロッサへと繋ごうとした時、ディスバロッサは拒絶した。
幾度…ディスバロッサの中へ入ろうとしても、ディスバロッサは断固として拒絶する。
アイリスの溜息が、ディアヴォロスの耳に入る。
だが呪文を、止める訳には行かない。
中途で止めれば肉体は、取り出され抜けた力の配分で狂い………。
ぐしゃっ!と砕けて肉の塊と成る………。
丸で、断崖絶壁に居るのに似ていた。
足を滑らせ落ちれば…この身は粉々に砕ける………。
アイリスは仕方無くディスバロッサへと回路繋ぐ事諦め、ワーキュラスの力、透けた体の中に取り込むと、ディアヴォロスを包み込み護るように、彼の身を覆った。
崩れる事を、失われる事を阻止する為に。