85話 ばあちゃん家
新田さん家に行ってから二日経った。
あれから新田さんと直接会ってはいないが、オンラインゲームで遊んだ。あのときユーザー登録したゲームだ。
結婚をする気は無いと言われはしたが、特に関係が悪くなったわけではないと思う。
以前の状態に戻っただけだ。
って、以前の状態なら悪くなったんじゃないか⁉︎
……あの出来事が夢だったんじゃないかと思えてくるぜ。
なんかなんもやる気が起きねえなぁ。
組織からはあれから特に連絡も来てないしな。
……このままぼーと過ごすか。
「……なわけには行かねえよな」
そんなことしたら俺の可愛い妹の絶対的な信頼を失ってしまう。
「……大学の課題でもやるか」
パソコンを買ったのはゲームをするためではない。大学の課題をやるためだからな。
俺はどうにか気力を振り絞り課題を片付けた。
俺はレンタカーで母方のばあちゃん家へ向かっていた。
親には正月に挨拶できなかったから、と言ったが、真の目的は言うまでもなく藤原探偵事務所の所長が本当に俺のじいさんなのか確認するためだ。
色々な事があって確認が後回しになっていたが、もし本当なら聞きたい事が山ほどある。なんで死んだことになってるのか、どうして化け物退治に関わることになったのか、そしてなんで俺のじいさんだという事を黙っていたのか、とかな。
これについては慎重に行動する必要がある。
本当にじいさんが生きているとしてだ、ばあちゃんがその事を知っているのかわからないからな。
まずはばあちゃんにじいさんの写真を見せてもらってからだな。
どうやってその話を振るかだが、……まあ行けばなんとかなるだろう。
……あ、でも今の顔が整形とかしてたらわかんねえぞ。
ったく、本人に直接会えれば苦労しないんだが、あの時、殺人鬼にやられた時以来、姿を見ていないからな。探偵事務所も閉まったままだし。
ばあちゃん家へは最初電車で行くつもりだった。その方が安いし、楽だからな。
だが、にゃっくがマントを装備して現れたのを見て、にゃっくも行く気満々だと気づいた。そこで予定を変更してレンタカーで行く事にしたんだ。
公共機関を使うとにゃっくは自由に行動できない。ずっとキャリーバッグの中じゃにゃっくも大変だろう?
それに折角免許を取ったんだ。使わないと宝の持ち腐れだ。
俺の可愛い妹のボディガードはみーちゃんがやってくれるだろう。
……俺の可愛い妹そっちのけでゲームをしてないだろうな?
あるいはパソコン操作してるとこ家族に見られたりしないだろうな?
みーちゃん、ちょっと抜けてるとこあるから心配になってきたぞ。
俺の頬を柔らかいものが触れた。
俺の肩に乗っているにゃっくの肉球だ。
「悪い。運転中に考え事は良くないよな」
にゃっくが小さく頷いた。
俺がレンタルした車は二人乗りのEV、電気自動車の“テレサ”だ。
複合企業フェニックス・ウィングが開発したEVで非常に評判が高い。
俺が選んだテレサは一番低いランクで最高速度は百キロ程度しかでないが、スピード狂じゃないし、高速道路に乗る気もないのでこれで十分だ。
バッテリーは車体の至る所に設置されたソーラーパネルで絶えず充電されるし、停車位置付近の路面下にワイヤレス充電機が設置されているところもあるのでバッテリー切れになる可能性は非常に低い。
ちなみにソーラーパネルはぱっと見わからないようになっている。テレサはデザインでも非常に高い評価を受けているんだ。俺も気に入っている。
自動運転許可道路がある事を示す標識が見えた。
しばらくするとディスプレイに自動運転許可を知らせるランプが点灯したので、俺は自動運転システムをオンにした。
え?ちゃんと自分で運転しろって?
せっかくある機能だ。使ってやらないとこれも宝の持ち腐れだろ?
ばあちゃん家は一軒家だ。駐車場には普通車を二台置けるスペースがあるが、今は一台も停まっていない。
俺は右側に車を停めた。
「ばあちゃん、久しぶり」
「ああ、久しぶりだねえ、千歳ちゃん。……おや?」
「ん?ああ、こいつはにゃっくって言うんだ」
「前に来た猫じゃないわね」
「みーちゃんのことか、ああ、二騎……二匹飼ってんだ」
「そういえばななちゃんがそんな事言ってた気がするねえ。さあ、お入り」
「お邪魔します」
ばあちゃんが入れてくれた緑茶を飲みながら近況を報告する。主に大学生活だな。にゃっくはミルクを黙々と飲んでいる。
「なあ、ばあちゃん、一人で寂しくないか?」
「んー?いいや、ご近所さんもいるしね。寂しくはないよ」
「そうなんだ」
以前、母さんが一緒に暮らさないかと誘った事がある。その時と同じ返事だった。その時は、そんなもんかな、と深く考えずそう思ったものだが、今は違う。
もしかしたらじいさんが生きていることを知っているんじゃないか?
時折ここに帰ってきてるんじゃないのか?
「なあ、ばあちゃん、じいさんてどんな人だったんだ?」
「どうしたんだい急に?」
「いやあ、最近、友達のじいさんに会ってさ、これがすごい頑固じいさんでさ、そのじいさん見てたら俺のじいさんはどんな人だったんだろうって気になっちゃってさ」
「そうなのかい」
「写真とかあったら見てみたいんだけど」
「写真ねえ……ああ、ちょっと待ってな」
よしっ、なんとかうまくいったぞ!
と、この時は思ったんだ。
ばあちゃんに見せてもらった写真には若い頃、三十代くらいのじいさん、ばあちゃん、そしてランドセルを背負った母さんが写っていた。おそらく小学校の入学式のものだろう。
これがじいさんか……って若過ぎてわかんねえ!
それにだ、今更だが俺、じいさんがサングラスとったとこ見た事ねえじゃんか!
整形以前の問題だったぜ。
ああ、なんてこった……。
俺もみーちゃんの事抜けてるなんて言えねえよ。
「どうしたんだい?期待したのと違ったかい?」
「いや、というか、この写真じゃ若過ぎてじいさんとは思えないんだ」
「そうだねえ」
とその時だ、上で物音がした。
「あれ?ばあちゃん、誰かいるの?」
「ん?ああ、居候がねえ」
「居候?」
居候とやらが階段を降りてくる音が聞こえる。家が古いためか音がここまで響いてくる。
こっちに近づいてくる。
「ばっちゃ、お腹すいた!ごは……ん?」
「な……、ぷーこ⁉︎」
「ちいと!」
「ちいと言うな!」
「おや、二人は知り合いかい?」
「え?あ、まあ知り合いといえば知り合いだが……」
「よくもまあ私の前におめおめと顔を出せたわね!」
「いや、顔を出してきたのはお前の方だぞ、ぷーこ」
「うるさいわね!細かい事気にするんじゃないわよ!」
「相変わらず人に迷惑かけないと生きていけないみたいだな」
「あんたのせいでしょ!」
「さっぱりわからんぞ」
「とぼけたって無駄よ!よくも私一人置いて逃げたわね!あの後、あたしはキリンにめっちゃ怒られたのよ!」
「人のせいにするな。お前が勝手にシステムいじくったんだろ?俺達は知らなかったんだ。全部お前が悪いに決まってる」
「うるさい!うるさい!そんな言い訳が通ると思ってんの⁉︎」
「思ってる。お咎めなしなのがその証拠だ」
「認めない!一緒に遊んだからあんたらも同罪よ!」
「そんなわけあるか!」
「千歳ちゃん、ぷーちゃんも落ち着いて」
「ばあちゃん、でも……わかったよ」
とりあえず、ばあちゃんには迷惑をかけてないようだからな。
あくまでも、まだ、だがな。
それにこいつ、平然と組織のこと話しやがる。思わず俺も口が滑ってしまったところもあるが、このまま言い合いを続けるのは危険だ。
幸いにもばあちゃんは気づかなかったようだ。
「どうやらあたしが正しいとその小さな脳でも理解できたようね」
「勝手に言ってろ。ばあちゃん、こいつ寄生虫だから気をつけてな」
「誰が寄生虫よっ!」
「お前だ!お前、俺の行くとこ現れるよな。もしかして俺のストーカーか?」
「誰がよ!あんたがあたしをストーキングしてんでしょ!」
「するか!」
って、いかんいかん、落ち着け俺!
このアホのペースに乗ったらダメだ。
「それでなんでお前がここにいんだよ?ここは俺のばあちゃん家だぞ」
「師匠んち、つまりあたしの家と言っても過言じゃないわ!」
「は?」
「聞いて驚け!あたしは師匠の隠し子なのよ!」
なんだと⁉︎
あ、いや、じいさんの隠し子だってのに驚いたんじゃないぞ。
こいつもじいさんの事を知ってるってことをだ。
これはチャンスか?
よし、ぷーこ、利用させてもらうぞ!たまには人の役に立たないとな!
「お前は一生隠れてろよ。出てくるな」
「嫌よ!そんなことしたら全人類の損失よ!」
「言ってろ、で誰の隠し子だって?」
「師匠のよ!頭だけじゃなく耳も悪いの?」
「失礼なやつだな!ぷーこ、お前はあの所長が俺のじいさんだって言うのか?」
「そうよ!そんな事も知らないの⁉︎みんな知ってることよ!」
「みんなって誰だよ?あのな、俺のじいさんは俺が生まれる前に死んでんだよ。なあ、ばあちゃん」
「まあ、そうだったのかい?」
「へ?」
あれ?ばあちゃん、あっさり生きてること認めた?
「だって、俺、母さんから死んだって聞いたから……違うのか?」
「おじいさんとは離婚したのよ。それを母さんは言いたくなかっただけだよ」
「そ、そうなんだ」
あれ?秘密でもなんでもなかったのか?
「ばあちゃん、それ言ってよかったのか?」
「千歳ちゃんはもう大人だから」
「そうか。教えてくれてありがとう」
「これでわかったでしょ!あたしが師匠の隠し子だと言うことが!」
「ばあちゃん、じいさんが生きてる事はわかったよ。ちょっと驚いたけど。で、このバカの言う事を信じたのか?」
「誰がバカよ!」
「だって話を聞いたら可哀想になってねえ」
それは境遇が?
それとも頭が?
頭だよな?間違いなく!
「わかった⁉︎」
何勝ち誇った顔してやるがるんだ!
「聞いてよ、ばっちゃ!こいつ、あたしに牛丼しか奢らないのよ!」
「嘘付け!他にも奢ってやったぞ!奢ってやっただけでも感謝しろ!ってそんなこと今関係ないだろ!」
「あとね、あたしのナイスバディも狙ってるのよ!せりすんがあたしのために嫌々ながらも慰みものになってくれたからあたしは助かったけど!」
「お前、いい加減にしろよ!」
俺はぷーこのこめかみをグリグリする。
「ぎゃーっ、う、嘘です!せりすんは喜んでちいとに突撃していきました!」
「……おまえ、新田さんにボコられるぞ」
「ふん、返り討ちよ!」
どっからくるんだ、その自信は?
しかし、こいつ、俺と新田さんのこと知ってるのか?
どこまで伝わってるんだよ?
「そういえばバイトはどうした?」
「とっくに辞めたわよ!」
「なに⁉︎」
「聞いてよ、ばっちゃ!こいつ、あたしに三Kバイトを押し付けて自分だけ逃げたのよ!」
「あら、そうなのかい、千歳ちゃん?」
「そんな訳ないだろ。またお仕置きが必要だな?」
「ばっちゃ助けて!」
「千歳ちゃん」
「いや、止めないでくれ!」
「やりすぎはダメよ」
「え?ああ」
お仕置きする事自体はいいんだ。
「ちょっとばっちゃ!あたし、隠し子よ!大事にしないと師匠に怒られるよ!」
「ぷーこよ、お前はさっきから大きな勘違いをしてるぞ」
「何がよ?」
「仮にだ、お前が本当にじいさんの隠し子だとしてだ」
「事実よ!」
「それをばあちゃんが喜ぶと思うのか?浮気してたって事だぞ」
ぷーこのシンキングタイム。
「……もしかして作戦失敗?」
「大失敗だな」
「だからばっちゃ、あたしに冷たかったのね!買い物行かなかったり、掃除しなかったのが原因じゃなかったんだ!」
「いや、それも原因だ。間違いなくな」
「……どうやらあたしらしくないミスをしてしまったようね」
「いや、大丈夫だ。いつものお前だ」
「ばっちゃ!聞いた?ちいとはああやってあたしをいつもいじめるのよ!言葉責めして、弱ったところをぱくってしようと考えてるのよっ!」
「ふざけんな!」
「……あ、そうだ!そうよ!」
「なんだ?遺言か?」
「あたし、ばっちゃの隠し子だったのよ!」
「……」
ダメだ、こいつ。
その後、ぷーこの絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。




