81話 誰が為のパソコン?
帰宅すると玄関にダンボールが置かれていた。予想通り、PCパーツが届いていたのだ。
そのダンボールの上にはトナカイの着ぐるみに換装したみーちゃんがちょこんと乗っていた。
みーちゃんがジャンプして俺の肩に乗る。
「みゃ!」
「『遅いぞっ』てか?」
「そうでしょうね。ごめんね、みーちゃん」
迎えに現れた母は、俺の肩の上で俺の頬をぺしぺし叩くみーちゃんを見て、
「みーちゃん、会えてすごく喜んでるわね」
「そうか」
本当は「さっさと荷物を運べ」と催促してるんだがな。
俺と新田さんはダンボールを抱えて俺の部屋に向かった。
「……うん、全て揃ったわね」
「みゃ!」
「そうだな」
「じゃあ、早速始めましょうか」
「みゃ!」
新田さんは次々と箱を開け、パソコンを組み立てていく。
「自作するの、初めてなんだよな?」
「ええ」
「結構慣れてる感じがする」
「その手の本を読んでるし、ネットでも記事読んだことあるから」
「なるほど」
とはいえ、普通こうは行かないと思う。結構器用なんだな。
みーちゃんも参加したそうだが、流石に静電気を心配してだろう、自重している。っていうかそもそもその足じゃ無理だよな。
みーちゃんはじっとしてることが出来ず、新田さんの周りをちょろちょろと動き回っては「みゃ」と叫び、アドバイス?を送る。
俺にはさっぱりわからん。
新田さんはその都度「うんうん」と返事しているが、理解してるとは思えなかった。
さてと、人間である俺がこのままぼけっと見てるわけにはいくまい。俺のパソコンだしな。
「俺は何すればいい?」
「空になったダンボールとか片付けて。邪魔だから」
「あ、そう……」
あれ?俺、役立たず?
「みゃ!」
みーちゃん、そのダンボールはうろちょろするのに邪魔なんだな?
でもよ、そのくらい自分で出来るんじゃねえ?
俺のパソコンの組み立てを全て新田さんに任せるのはどうかと思うが、当の本人がとても楽しそうで下手に手を出すと不機嫌になる気がする。パーツを破壊したりしたら新田さんとみーちゃんは間違いなく激怒するだろう。
……俺のパソコンだけどな。
だから素直にダンボール、その他のゴミの片付けに専念することにした。
することがなくなったところで、母がお茶と一緒にお昼寝から目覚めた俺の可愛い妹を連れて来たので、俺は俺の可愛い妹を膝に乗せて組立てを見守る事にする。
退屈な時間から充実した時間に変わったぞ。母さん、たまにはいい事するじゃないか。
俺の可愛い妹は興味深げに組み上がっていくパソコンを見つめている。
「おねえちゃん、なにつくってるの?」
「みゃ」
「パソコンだよ」
「ぱそこん?」
「ああ、いろんなことができるんだ」
「そうなの?じゃあ、あたし、ぜりんにへんしんできる?」
「いやあ、流石にそれは無理だな」
「そうなの……」
なんということだ!俺の不用意な言葉で俺の可愛い妹を傷つけてしまった!
「そ、そうだ!完成したらこのパソコンでぜりんの映画の予約を取るか?」
あ、ぜりんは父さんと先週見たんだっけか……。
俺と父のどちらが俺の可愛い妹を映画に連れて行くかで、ジャンケンして負けた悪夢が蘇る。
だが、俺の可愛い妹は俺の言葉を聞いて、ぱっと笑顔になる。
いわゆる、天使の微笑みである。
「ちぃにぃ、いきたい!ぜりんみたい!」
「え?でも父さんともう見たんじゃないのか?」
「またみたいの、すっごくおもしろかったんだよー!」
「そうか、よし、じゃあ、見に行こう!」
「うん!ちぃにぃ、だいすき!」
俺にぎゅっと抱きつく俺の可愛い妹。
よっしゃー!
これが災い転じて福となす、だな!
と視線を感じた。
「新田さん、何か?」
「……別に」
新田さんは何か言いたそうな表情をしていたが、結局、何も言わず作業を再開する。
「……組み立て完了!」
「みゃ!」
「お疲れ」
「おつかれー」
「まだよ。これからが本番よ。……さあ、起動するわよ、トランザム!」
「みゃみゃ!」
「……ん?トラン……なんだって?」
「……」
「新田さん?」
「……起動中よ。静かに」
「いや、静かにする必要ないよな?」
と言ったら睨まれた。
どうやら漫画かアニメの叫び声がうっかり出てしまったようだ。
やさしい俺はこれ以上追求しないでおく。
ハードのシステムチェックは問題なかったので次にOSのインストールを始めた。続けてOSを最新にアップデート、セキュリティーソフトなどをインストールしていく。
途中で母さんが夕飯に呼びにきたので下に降りると、父が珍しく早く帰宅していた。
俺は父に新田さんを紹介した。
うむ、これでお互いの両親への紹介が済んだな。
別に深い理由はないぞ。
食後、俺の可愛い妹は、父さんと風呂に入る事になり別れた。不本意ではあるが仕方ない。
部屋には再び俺と新田さん、そしてみーちゃんだけになった。
「お父さんは普通の人ね」
「まあな。娘に対する異常な愛情を除けば特に欠点らしい欠点はないな」
「……進藤君がそれ言うんだ」
「ん?」
「なんでもないわ」
そして二十時過ぎ、遂に俺のパソコンは完成した。
俺のパソコンのスペックは、CPUのコア八、スレッド三十二、グラフィックボード二枚、メモリ三十二GB等……、ベンチマークは前のノートパソコンの数十倍の値を叩き出した。
……って、俺、こんなパソコン、何に使うんだ?
「凄いわね!羨ましいわ!」
「みゃっ!」
「そうか?」
「嬉しくない?」
「いや、そうじゃないけど、俺、パワーを持て余しそうだな、って」
「大丈夫よ。オンラインゲームしながら、余裕で宿題もできるわよ」
「いや、それ、同時に出来ないよな?」
「じゃあ、早速、私のやってるオンラインゲームをインストールするわねっ」
新田さんは俺の言葉を軽くスルー。
「あ、いや……」
「大丈夫!基本無料だから」
「あ、そう……」
その前にバックアップデータを新パソコンに移したかったんだが。
……ん?このゲームは確か……。
「これ、確か、ぷーこがやってたぞ」
「そうなの?」
「みゃっ!」
「え?みーちゃんもやってるの?」
「みゃ」
「そうなの?じゃあ、フレンド登録しましょ」
「みゃ!」
「あの、新田さん、みーちゃんの言葉がわかるのか?」
「フィーリングよ」
「みゃ!」
「そう……」
インストールが済むと「お試しだから」と言い訳、もとい、前置きして新田さんは自分のIDでログインし、ゲームを始める。
隣ではみーちゃんが自分のノートパソコンを立ち上げ、同じくゲーム始める。
早速フレンド登録して、冒険を始める二人、じゃなくて、一人と一騎。
「あの、俺暇なんだが……」
「私達のプレイを見てて!後で進藤君も一緒に冒険するんだから」
「あ、ああ、そうなんだ……」
俺の意思とは関係なく、このゲームをやる事が決定しているようだ。
「……やっぱりすごく綺麗ね。しかも動きが滑らかだわ。私もパソコン買い換えようかな……あ、やっぱりゲームパッドがないと難しいわね。ゲームパッドないの?」
「すまん、パソコンであんまゲームやらないんで」
「じゃあ、今度、私が昔使ってた奴持って来るわ。それともネットで買っちゃう?」
「え?あー、うん、一度やってみてから考えるよ」
「わかったわ」
コンコン、とドアが叩かれ、返事をする間も無くドアが開き、母さんが入ってきた。
俺は慌ててみーちゃんの背後に回る。みーちゃんはゲームに夢中で母に全く気づいていない。
迂闊だぞ、みーちゃん!
幸いにも母さんは気づかなかったようだ。
「せりすさん、お風呂入って。千歳は最後でいいわよね?」
「まだ九時過ぎだろ?」
「ゲームならお風呂から出てからにしなさい」
「わかったよ」
俺とみーちゃんが風呂から上がり、部屋に戻ると新田さんは床に敷かれた布団に入っていた。俺の可愛い妹と一緒に。
「なんで七海が?」
「お母さんが寝ている七海ちゃんを連れきたの。『お姉ちゃんと一緒に寝たい』って言ってたんだって」
「嘘だな」
「でしょうね」
「本当なら、『ちぃにぃと寝る』と言うはずだからな」
「………」
母さん、間違いなく、エッチ対策に連れてきたな。
なら最初から別々の部屋にすればいいじゃないか、と考えるかもしれないが、後で一緒になればそれまでだ。
それよりは俺の可愛い妹をそばに置いといた方が間違いが起こらないと考えたのだろう。
その作戦は見事だぜ。俺の可愛い妹がいる前でやる気など起きないからな。
ただ前回もだけどよ、「応援してるわ」とか言いながら行動が中途半端だよな。
それはまあいい。
それより心配なのは新田さんのマナドレインだ。
起きている時は心配してなかったが、寝ている時に無意識に発動したりしないだろうか?
と、俺の心配を察したかのように、俺の可愛い妹に抱かれて寝ているように見えたにゃっくがぱっと目を開いて俺を見た。
「にゃっく?お前、起きていたのか?」
「え?にゃっくちゃん?あ、ホントだ」
いつから目覚めていたんだ?
……そうか、誰にも気づかれず俺の可愛い妹のボディーガードをするために寝ているふりをしてたんだな。
俺の可愛い妹の遊び相手をするのが嫌で寝てる振りをしていた、なんて事はありえんしな。
「そうだな。お前もいるから大丈夫だな」
にゃっくは俺の言葉に頷いた、ように見えた。
「何のこと?」
「何でもないよ。じゃあ、パソコンの続きは明日だな」
「みゃみゃ⁈」
一匹、もとい一騎不満を漏らす猫がいたが、その半分閉じた目をみれば起きているのが限界に近いのは疑いようがない。
「みーちゃん、無理は禁物だ。休める時に休もうぜ」
「みゃあ……」
みーちゃんは不満そうな顔をしたていたが、その数分後には眠っていた。
「明日は進藤君のユーザー登録ね」
「その前にバックアップの復元な」
「あ、そうね、ごめんなさい。マシンのパワーにばっかり目がいっちゃっててすっかり忘れてたわ。……そうよね、復元は大事よね」
このときの俺はまだ目の前に最大の危機が迫っていることに気付いてなかった。




