79話 特訓と帰宅
ホテルに戻るとフロントに荷物が届いていた。
送り主はキリンさんだった。
中に入っていたのは女性用ぽいブレスレットが一つと手紙だった。
ブレスレットは、板状で幅が約一センチメートル、銀色で模様は何もなく、落ち着いた感じのものだった。
「綺麗ね」
「地味じゃねえか?」
「私はいいと思うけど」
「いや、別に悪いってわけじゃないぜ。でも気に入ったならよかった。それ、新田さんにだってさ」
「え?私に?」
「ああ。それは俺の腕時計と同じで魔粒子を測定する機能が内蔵されてるんだってさ」
「……いらない」
「いや、いらないって言われてもな」
「嫌よ。監視されてるみたいじゃない」
「でも、これ命令だから」
「私、まだ組織の人間じゃ……」
「あやめ様の許可もらってるってさ」
「……」
この言葉は絶大な効果があった。もしこれが喧嘩真っ最中の新田母だったらムキになって拒否していただろう。
新田さんは心底嫌そうな顔をしながらもブレスレットを右腕につけた。デザイン自体は気に入っているので複雑な表情だ。
「どこでもいいから、三秒ほど触った後、そのまま上下か左右に三回摩ってみて」
「……こう?……あっ」
新田さんが摩るとブレスレットが銀色から緑色に変化した。
「へえ。なんかかっこいいな」
「……うん。綺麗な緑色ね」
「色の変化は緑、黄、赤か。意味は俺の時計と同じだ」
「そうなんだ。これ、充電とか必要ないの?コネクタがないみたいだけど、非接点式かしら?」
「いや、太陽電池らしい。だから充電は気にする必要ないみたいだ」
「へえ、そうなんだ。……どこがソーラーパネルなのかな?全面がそうなのかしら?」
「さあ、そこまでは書いてないな」
「……進藤君、不機嫌になってる?」
「え?あ、いや、不機嫌てほどじゃないが、それ新型なんだってさ。俺もそっちの方がよかったなと思って。もちろん、デザインは男性用の、でな」
「そうね、まあ、命令だから諦めて」
く、さっきの仕返しか?まあ、機嫌が直ったならいいか。でもこれ言ったらまた機嫌悪くなるよな。
「それで手紙には続きがあるんだが……」
「聞きたくないわ」
「なんでだよ?」
「その表情を見ればわかるわ。ろくでもないことが書いてあったんでしょ?」
「いや、まあ、その新型の機能テストをしてくれって。新田さんの能力調べるのに丁度いいから……」
「……」
「あやめ様も……」
「わかったわよ!」
次の日、俺達は朝食をホテルのルームサービスで済ませることにした。
ペットと一緒に宿泊できるだけあって、ペット用の食事もあるのだ。
あ、言うまでもないが、みーちゃんはペットじゃないけどな。
「進藤君」
「ん?」
「体、その大丈夫?」
「ああ、大分楽になった……ん、大丈夫だ、もう黄色になってる」
「そう、よかった」
「新田さんは?」
「私は大丈夫。緑のままよ」
この二日間でマナドレインの能力についていくつかわかったことがある。
まず発動条件だが、直接相手の肌に触れなければ発動しない。シャツ一枚の上からでも発動しないのだ。効果は自分の、そして相手の触れる部位によって異なる事もわかった。
一番効果があるのは、まあ、その、いわゆる“合体”してる時だ。これはセイリュウだったか、魔粒子を供給する方法と同じだから予想通りだ。次がキス、で手、足と続く。感覚が敏感なところ程吸収率が高いのかとも思ったが、指先より掌の方が吸収率が高いみたいだからそうとも言い切れなかった。
また、マナドレインは使用者の感情に大きく左右される。
興奮状態になると無意識に発動し、相手から自分のキャパシティ以上に魔粒子を奪い取ってしまうこともあるのだ。
先日のレイマとの戦いで、俺が新田さんにカオス落ちする程魔粒子を搾り取られたのは、新田さんが極度の興奮状態にあったからだ。
一通り能力の確認を済ますと弱点の克服、つまり感情に左右されないための“訓練”をメインに行うことにした。
新田さんの努力は言うまでもないが、俺がカオス落ち覚悟でつきあった甲斐もあり、新田さんはこの短時間でマナドレインをかなり使いこなせるようになった。少なくとも平静時には無意識に発動することはないだろう。
ところで、自分のキャパシティを超えた分の魔粒子はどこへ行ったのか?
恐らく大気中に四散したのだろうと思っている。他に思い浮かばん。
十時前にチェックアウトを済ませ、駅へ向かう。目的地は俺の家だ。何もなければ十二時過ぎには着くだろう。
「やっぱり私も少し持つわよ?」
「いや、大丈夫だ。すぐ駅だしな。この時間なら座れるだろう」
俺、そんなに重そうな顔してたか?
家に発送しなかった細かな部品を集めると結構重かった。
特に電源だ。なんでこんなに重いんだよ!
とはいえ荷物だけだったら問題なかったんだ。
じゃあ、何が問題だったのか。
それは言うまでもなく“特訓”が原因だ。魔粒子は回復したが、体力は戻っていないのだ。
こんな情けない理由で新田さんに持ってもらうのは気が引ける。
俺より力も体力も上であろうと、男として彼氏としてのプライドが許さないのだ!
……にしても吹っ切れた新田さんはすごかったな。まさかあそこまでエ……。
「進藤君、変なこと考えてない?」
「な、何を言ってるんだ、急に!?」
「……前屈みになってるわよ」
う、
「き、気のせいだ!」
「……」
「そ、それより、みーちゃん、よろしくな」
パソコンパーツで手が塞がっているのでキャリーバッグは新田さんに持ってもらっているのだ。
新田さんは俺が強引に話を変えた事に少しムッとしながらもキャリーバッグに目を移す。
「前も不思議に思ったんだけど、みーちゃんてすごく軽いのね。子猫なのを除いても軽すぎる気がするわ」
「それはたぶん、みーちゃんが皇帝猫の能力、“空中歩行”を使ってるんだろう」
「空中歩行?」
「そういう能力があるんだ。俺は重力を操る能力だと思っている。この能力で自分の体重をゼロ、もしくはゼロ近くにしてるんじゃないか」
「へえ、羨ましい」
「まあ確かに。俺も使えればこんな重い思いをしなくて済むんだけどな」
「そ、そうね」
ん?俺、回答間違えたか?
「あ、そうか。年頃の女の子なら喉から手が出るほどほしい能力か。自分の体重……」
「進藤君!」
「あ、悪い」
こっちが正解だったか。
でもそれって現実逃避してるだけだよな?
家に着くと母と俺の可愛い妹が出迎えた。
俺の可愛い妹の腕の中でにゃっくが眠っている。
「おかえりなさい」
「おかえりなさい。ちいにい。おねえちゃん」
「ただいま」
「お邪魔します」
俺が俺の可愛い妹を抱き上げ、よしよししてやる。
うん、やっぱり俺の可愛い妹は宇宙一だな。
「せりすさん。そんな他人行儀なこと言わないで」
「いえ、他人ですから」
「まあ、確かに“まだ”他人だけど気にしなくていいのよ」
「いえ、気にします」
「さっきの七海の“おねえちゃん”は漢字で義理の姉と書くほうよ。もちろん気づいたわよね?」
「全然気付きませんでした。今もわかりません」
「ふふふ」
「ふふふ」
「さ、新田さん行こう!」
「こら、千歳、まだ母さん、せりすさんとのお話が済んでないでしょ!」
「必要ない!」
「失礼します」
まったく困った母親だな。
あれ?母さん、今、名前で呼んでたか。俺が呼んでないのに。
「やっぱり、自分の部屋は落ち着くな」
「わかるわ。それより、進藤君、荷物は?」
「え?」
俺の腕のなかには可愛い妹がいる。
しまった。
俺の可愛い妹を抱き上げる時、下に置いたんだった。
「まあ、妹の犠牲になったんだ。パーツ達も本望だろう」
「……」
新田さんが無言でキャリーバッグを開けると同時に飛び出したみーちゃんが俺をキッと睨む。
「みゃ!」
「わかってるよ。冗談に決まってるだろ。ちょっと取ってくるわ」
俺が可愛い妹を抱きながら部屋を出ようとすると、
「ちいにい、あたし、おねえちゃんとあそぶぅ!」
「いや、でも……」
「おねえちゃん」
俺の可愛い妹が新田さんを見つめる。
その天使のような、じゃなかった、天使に見つめられて断る事が出来る者など、どこの世界にも存在しない。
「おいで」
新田さんは笑顔で快諾する。
「わーい」
俺の可愛い妹が俺の腕の中でもぞもぞする。
「……ちいにい?」
「進藤君、どうしたの?」
「体が動かない」
「え?」
頭で命令しても体が反応しないのだ。
新田さんのマナドレインを恐れたわけじゃない。しっかり特訓したし、魔粒子満タンの今なら大丈夫だろう。
じゃあ何が原因なのか?
それはかつて新田さんに抱きついて嬉しそうにしていた俺の可愛い妹の姿が頭を過ぎったからだ。
俺の可愛い妹の大好きランキング一位である(はずの)俺の座を脅かす新田さんに預けていいのか?
「進藤君?」
しっかりしろ俺!俺の可愛い妹を信じるんだ!
そう、俺の可愛い妹は新田さんと魔法少女ぜりんごっこをしたいだけなんだ!
新田さんは怪人アル……そう、アルタンなんだ!
新田さんは怪人アルタン、新田さんは怪人アルタン、新田さんは怪人アルタン、
「新田さんは怪人アルタン、新田さんは怪人アルタ……」
「……何ですって?」
やべっ、声出てた?
「……」
「も、もちろん冗談だよ。冗談」
「………」
「や、やだなあ」
俺の呪文が効いたのか、新田さんの睨みが効いたのか、恐らく後者だろうが、体が動くようになった。俺の可愛い妹が抱いているにゃっくに「妹を頼むぞ」を囁いて新田さんに俺の可愛い妹を預けると部屋を出た。ドアを閉めても新田さんの冷たい視線を背中に感じた。
階段を降りると丁度母がお茶を持ってやってくるところだった。
そうだ、言っておく事があったんだった。
「母さん、新田さんの事だけど、しばらく泊めていいか?」
「え?」
母さんはさっきと打って変わって真剣な表情で俺を見る。
「何かあったの?」
「まあ、その、親と喧嘩したらしい」
「で、この二日間、あんたが付き合ってたの?」
「まあ、そんなところだ」
「あんた、まさか、せりすさんの弱みにつけこんで……」
「そんなわけねえだろ!」
たぶん。
「ならいいけど。せりすさんを泊めるのは構わないわよ。七海も懐いているし」
「そ、そうだな」
「……あんた、そのシスコン、本当にどうにかしなさいよ。せりすさんに愛想尽かされるわよ」
「わかってるよ!」
「……本当に?」
「とにかくっ、しばらく泊めるからなっ」
「ええ、でもちゃんと向こうのご両親には連絡しておくのよ。喧嘩してるっていっても心配してるに違いないんだから」
「わかってるよ」
新田さんも連絡してると思うが、俺からも新田母にメールを送った。




