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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
セクション・サーティーン編
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77話 <領域>の魔法使い

 結局、魔王と話してもいいアイデアは浮かばなかった。

 強大な力を持っていても男女の事にはまったく役立たずだった。

 よくまあこれで俺に意見しようなんて思ったもんだ。


「もういい。俺一人でなんとかするから帰してくれ。まったく、こんな事でカオスに落としやがって」

「あれ?君、もしかして僕がカオスに落としたと思ってたのかな?」

「違うのか?」

「違うよ。僕はカオスに落ちた君を救ったんだよ」

「……なんだって?」

「そもそもカオスに落ちることがどういう事か理解してる?あ、理解してないね」

「勝手に心を読むな!……どういう事なんだよ?」

「カオスに落ちるとはね、肉体と魂の繋がりが切れることなんだよ。これは魔粒子の過剰消費が原因で起きるんだ。そうなったらもう体を動かす事も自分が何者かさえもわからない。そのまま放置すると魂は体から離れていくんだ。で、残された肉体は機能を完全に停止する。死ぬって事だね」

「……俺は自分が誰かわかっている、ということはまだ魂と肉体が繋がっているのか?」

「いやいや、カオスに落ちてるんだから切れてるよ」

「言ってることが矛盾してるぞ!」

「だから僕が救ったと言ったでしょ。君が自分でいられるのは僕を経由して君の世界にある肉体とこっちの世界にある魂を繋げてるからなんだ。これ、結構大変なんだよ」

「……俺はお前に感謝すべきなんだよな?」

「そうだね」

「……ありがとうよ」

「そんなふてくされた表情で言われても嬉しくないなぁ。まあ、感謝されたくてやったわけじゃないからいいけど。で、話を戻すよ。君がカオスに落ちたのは新田せりすに魔粒子を奪われたからだよ」

「そんなバカな!」

「嘘じゃないよ」

「新田さんはそんな力があるなんて一言も言ってなかったぞ」

「本人も気づいてなかったんだろうねえ」

「俺は魔粒子を奪われたことに気付かなかったぞ」

「いやいや、気付いたでしょ。豪快に持ってかれて、気を失いそうになったじゃないか」

「それって、新田さんがレイマにダメージを与えたときだろ?それはおかしいぞ、そのあと色々あったし、<領域>を出る直前までは大丈夫だったじゃないか!」

「それはね、僕が以前君に与えた力のお陰だよ。君は<領域>にいる限り無限に魔粒子を得ることが出来るんだ。いわば君は<領域>の魔法使いなんだよ」

「<領域>の魔法使い、だと?魔法を使えないのにか?」

「ははは」


 笑って誤魔化しやがった。


「だが待てよ。だったらそもそもカオスに落ちたりしないだろう?」

「慌てないで。まだ話は終わってないよ。得ることが出来ると言っても君の周囲に魔粒子が集まるってだけなんだ。体内に蓄積してるってわけじゃないんだよ。体内に蓄積するにはある程度時間が必要なんだよ。君は体内の魔粒子ではなく、その周囲の魔粒子を直接使用することでカオスに落ちずに済んでたんだよ。もちろん無意識にね。もしあのまま<領域>に留まる事が出来れば魂と肉体の繋がりも修復されたんだ。<領域>での君の治癒能力は桁外れだからね。右腕の呪いだって解けたでしょ」


 確かにそうだな。

 しかし、ラグナには他人の魔粒子を奪う技もあるのか……。


「それは違うよ。あれは彼女個人の力だよ。君達のいうムーンシーカーの力だね」

「また勝手に人の心を……って、今、なんて言った?」

「彼女、新田せりすはムーンシーカーだって言ったんだよ」


 新田さんがムーンシーカー……。


「あ、もしかして、彼女がムーンシーカーと知って、”嬉し恥ずかしお仕置きスペシャル”をする気がなくなった?」

「そんなわけあるか!俺は有言実行の男だ!」

「それを聞いて安心したよ……ん?」

「どうした?」

「ごめん。お客が来たみたいだ。ちょっと席を外すね」


 そう言うと魔王はドアから出て行った。


「おい!」


 俺が後を追おうとドアノブに手をかけるが、ノブを回せない。


「くそっ、体がないからか!?」


 空中に映し出されていた映像は魔王がいなくなると同時に消えていた。


 新田さんはムーンシーカー。

 そんなの嘘だ、と否定したい。だが、以前、俺は新田さんが月見症候群にかかってるんじゃないかと疑ったことがある。

 だから魔王の言葉にそれ程驚かなかった。

 それよりもその能力が魔粒子を奪い取る能力って、それも無意識にって危険じゃないのか?



「お待たせ」


 いきなり背後から声がした。


「び、びっくりしたな!なんでドアから入って来ないんだ!」

「まあまあ」

「客は帰ったのか?」

「帰ったというか帰らぬ人になったよ」


 それは殺した、ということか?


「そうだよ。別に僕は殺す気なんてなかったんだけど、向こうがヤル気満々でね。ほら、僕こう見えて魔王だからさ、僕を殺して名声を上げようとか考える人がいるんだよ」

「お前が悪さしてるからじゃないのか?」

「うーん、どうかなぁ。昔はともかく今は何もしてないよ。まあ、僕のことはいいんだよ、って、ちょっと待って。……気づいたようだね」

「今度は何だよ?」

「君の世界で動きがあったんだ。君の治療法に気づいたようだよ。思ったより早かったかな。じゃあ、そろそろお別れだね」

「何?ちょっと待て、おいっ」


 魔王は俺の言葉を無視し右手人差し指を俺に向ける。


 ん?これって……


「どーん」


 魔王がそう言った途端、体に衝撃が走り吹き飛ばされた。

 最後に見た魔王の姿、その背中に光輝く翼が見えたような気がした。



「この野郎!」


 ん?

 なんか景色が違うぞ。


「ふむ、どうやら上手くいったようだ」

「葉山先生?」

「よかったわ!」

「キリンさん」


 部屋にいたのはキリンさん、葉山先生、そして新田さんとその腕に抱かれたみーちゃんだ。

 新田さんは部屋の隅っこに立っていた。

 その表情は今にも泣きそうに見える。


「戻ってきたんだな」

「戻ってきた?君は自分が今までどうなっていたのかわかっているのかね?」

「ああ。カオスに落ちたんだろ。ここは<領域>か?」

「ええ」


 キリンが指差す方向に俺の身長より高い大きな金属製の箱が見えた。それに制御用端末が接続されている。


「あれが<領域>発生装置?やけにデカイな。プリンセス・イーエスには内蔵されていたんだよな?」

「プリンセス?」

「みゃー!」


 あ、みーちゃん機嫌を悪くしたか。しょうがないだろ、あの型番忘れちまったんだから。


「……ああ、あなたのいうプリンセスに内蔵されていたのは特別よ。唯一小型化に成功したものだったの。しかもここにある装置より広範囲で<領域>を発生させる事ができる優れものだったわ」


 今、過去形で言ったか?あの戦いで壊れたってことか?

 ……プリンセス・イーエスの話をするのはやめておこう。

 責任追及されかねん。全責任はぷーこにある!


「君は自分が今までどこにいたか知っているのか?」

「向こうの世界だと思う。キリンさん達がいた世界、かな」

「それはおかしい」

「え?」

「世界間を移動できる方向は決まっているのよ。私達がいた世界は逆方向よ。逆行するには非常に大きな力を必要とするわ。この世界に大きな被害を出す程にね」

「ああ、魔王もそんな事を言っていた気がする。でもあいつは被害を出さずに出来るみたいだ。流石魔王と言われるだけの事はあるって事だな」

「魔王!?」

「あ、ああ」


 あ、普通に考えて魔王って言えばラスボスだよな?マズかったか?

 ……考えてもしょうがないか。今は悪い事をしていない、という奴の言う事を信じよう。


「……もしかして七翼の魔王?」

「七翼?そう言えば翼があった気がする。数もそれくらいだったかな。見えたのは一瞬だったから七枚だったかはわからない」


 キリンさんは何か考え始めた。

 

「ちょっといいかね?」

「え?」


 葉山先生は俺の返事を聞かず、俺の右腕を取ると一心不乱にシッペをし始めた。


「って、痛い痛い痛い!やめろっ!痛いだろ!」

「ふむ、右腕の呪いは解けたようだね」

「俺に直接聞けよ!」

「気にするな。私は自分の目で見たものでないと信用しないのだよ。それに私は機嫌が悪い」


 いや、あんたの機嫌が悪いのはいつもの事だよな?いい時あるのか?


「何故、腕が治ったかわかるかね?」

「魔王が言うには俺は<領域>内では、魔粒子を無限に得る事ができるらしい。回復力も異常に高くなってそのお陰で呪いが解けた、みたいな事を言っていたな」

「ふむ、やはり私の考えは正しかったわけだ」

「考え?」

「あなたを<領域>内に移せと言ったのは真夏なのよ。<領域>にいれば回復するんじゃないかって」

「原理はわかってないがね」

「それは、……ありがとうございます」

「感謝するのは早いな」

「は?それはどう言う事だ?」

「実は魔粒子を供給する方法は他にもあってだね。この話を聞けば君は私を恨むかもしれない」

「真夏!余計なこと言わなくていいわよ!」

「うむ?そうか?」

「そうよ!千歳も気にしなくていいから!」

「は、はあ」


 そんなに顔を赤くして言われるとすごく気になるんだが。


「千歳、腕を見せて」

「いや、もうシッペは間に合ってます」

「何を言ってるの?あなたの魔粒子値を測定するのよ。<領域>発生装置の稼働時間の限界が近づいているから問題なければ解除するわ」

「最初にそう言ってくれればいいのに。普通、シッペすると思うぜ」

「……あなた、どういう生活送ってるの?」


 あれ?俺の考えはおかしいか?


「……問題ないレベルね。<領域>を解除するわ」


 キリンが<領域>を解除すると周囲の景色が自然な感じに戻った。



「どう?大丈夫?」


 体が少し重いが痛いところはない。右腕もちゃんと動くし感覚もある。


「大丈夫です。問題ないです」

「よかったわ。一時はどうなるかと思ったわ」

「すみません。ご迷惑をおかけしました」

「ともかくみんな無事でよかったわ」


 そういえば新田さんはさっきからずっと黙ったままだよな。


「新田さん、大丈夫か?」

「……ええ」


 俺が近寄ると新田さんは怯えたように後退りする。

 

 あ、俺が魔王なんて得体の知れないものに憑かれていると知って怯えてしまったか。


「……やっぱり、俺、恐いか?ま、そうだよな……」

「違うわ!違うの、そうじゃない、ないの……」


 ……違う?

 じゃあ、なんだ?さっぱりわからん。

 

「実はだね、」

「真夏!」

「と言うわけで私も何も言えない」


 少なくとも二人は理由を知っているわけか。と言ってもこのままってわけもいかないよな。


「どうしたんだ?俺には話せないことなのか?」

「……」

「新田さん?」

「……なのよ」

「ん?なんだって?」

「進藤君をカオス落ちさせたのは私なのよ!」


 新田さんは目に涙を浮かべていた。


 なんだ、そういうことか。


「私は……私はムーンシーカーなのよ!私のムーンシーカーの力が進藤君の魔粒子を奪い取ってカオスに落としたのよ!」

「だから?」

「え?」

「だからなんだよ?」

「進藤君は……ムーンシーカーが、恐くないの?」

「何故?さっきの戦いで俺達を助けてくれただろ、翔さん、だったか?あと静君」

「そ、それはそうだけど、でも私は、私は自分がムーンシーカーだってわかったら気持ち悪くなった。私は無意識にムーンシーカーを差別していた。嫌悪してた!あんなものになりたくないって思ってた!」

「それで?」

「それでって……、だから私はムーンシーカーって化け物なのよ!私もレイマになるかもしれないのよ!」

「それがどうした?」

「……進藤君、頭おかしいんじゃないの?」

「まあ、こんな事件に何度も遭遇してるし、おかしいかもな。だからどうした?あ、まさか、そんな理由で俺のお仕置きから逃げられると思ってるのか?甘い!甘いぜ、新田さん」

「な、そんな理由って……本当、進藤君、馬鹿ね!じゃあ、私のお仕置きをなしにするわ!それでおあいこでしょ!」

「わかった。じゃあ、俺のお仕置きが二倍だな」

「全然わかってないじゃない!なんでそうなるのよ!私と一緒にいれば、進藤君やあなたの大事な妹ちゃんもムーンシーカーになるかもしれないのよ!」

「大丈夫だ!」

「何でよ!」

「俺のほうが魔物と多く遭遇してんだぜ。なのになんともない!」

「いや、魔王に憑かれているだろう」


 うるせえ、アラフォーだな!余計な突っ込み入れるなよな!


「そうだよ!俺なんか魔王とやらに憑かれてるんだぞ!だがそれを理由にお仕置きをやめたりしない!」

「……」

「それに妹も大丈夫だ!」

「なんでそう言い切れるのよ⁉︎」

「俺の妹の可愛さは普通じゃない!」

「……は?」

「……馬鹿だな」

「……ええ、馬鹿ね」

「何よ!その根拠のない……んん!?」


 俺は気づくと新田さんの口を塞いでいた。


「ほう、人前でキスとはいい度胸だな」


 俺は呆然としている新田さんの手を握った。

 新田さんの腕の中からみーちゃんが俺の肩に飛び移る。


「キリンさん!俺達帰るわ!葉山先生、ありがとうな!」

「うむ」

「え?ええ……って、ちょっと待ちなさい!そんな体で!キチンと検査をしないと!」

「後でな!」

「後って、無理はダメよ!」

「今無理しないでいつするんだよ!」

「言葉はカッコいいが顔がイヤらしいな」

「ほっとけ!」

「……後悔しても知らないからね」



 その夜、

 俺は頑張った。

 何故か新田さんも頑張った。


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