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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
セクション・サーティーン編
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番外9 月見症候群

明らかにおかしい点がありましたので修正しました。


 午後の診察を終えた私は、白衣を脱いで診察室を出た。ここから私は医者ではない。ただの一般人だ。

 冷蔵庫へ向かいビールを取り出す。先日、特売日に買い込んだもので確か一本百円程度だったはずだ。フタを開けると一気に喉に流し込む。


 空腹に響く。だがそれがいい。


 テレビをつけると特別報道番組が流れていた。

 新宿地下街で無差別殺人が起きたらしい。

 目撃者がスマホで撮影したらしい映像が流れている。

 犯人らしき人物がその場からすっと消えるところが映されていた。


 ……<領域>を作り出した、と言うことはレイマか。

 報道規制には失敗したか。とはいえ皆がカメラを持ち歩いているようなものだ。完全に隠すのは難しいか。ネット上にも動画は上げられていることだろう。


 後始末する者は大変だな。


 私はチャンネルをテレビTKに切り替えた。

 テレビTKは番組表通り海外ドラマを放送していた。


 うむ、流石テレビTK。やはり平常運転だな。

 とはいえ、画面上には小さい文字でテロップが流れていた。


 ブルルウ……ブルルウ……。


 携帯電話が震えた。

 この振動パターンは組織からだ。タイミングからして今ニュースでやっている事件がらみだろう。

 私は無視することにした。

 今日の診察は終了したのだ。今の私はただの一般人なのだ。

 それに私は既に酒を飲んでしまったしな。もういつもの冷静な判断は出来ないだろう。

 私は客観的に自分を見ることが出来るのだ。その私がNGと判断したのだ。その判断に従うしかないだろう。

 私は残りのビールを一気に飲み干す。


 一度は鳴り止んだものの、冷蔵庫からもう一本取り出し、つまみの柿ピーを持って戻ってくると再び携帯電話が震えだした。今度は長い。


 まったく困ったものだな。

 私は一気にビールを飲み干すと携帯電話をとった。


 画面にはキリンと表示されていた。


「何かね?私は今忙しいのだが」

『事件のこと知ってるわね!?』

「……何のことかな?」

『連絡来てないの⁉︎ニュースでもやってるわよ!』

「知らないな」

『……まあいいわ、レイマが出現して負傷者が出たのよ!力を借して!』

「うむ、そうしたいのは山々なのだがな、今日の診察は終了し、今の私はただの一般人なのだよ。今の私は目の前の怪我人を無視して通り過ぎても非難される事もないのだよ」

『それは医者の前に人として失格でしょ!』


 うむ?今のは例えがマズかったか?

 しかし、実際にはそういう者も多いと思うのだがな。


「それにだね、もう酒を飲んでしまったのだよ。今の私はいつもの冷静な判断が出来ない」

『そんなの”リフレッシュ”すれば済むことでしょ!』

「せっかくいい気分になったのに何故魔法で打ち消さねばならんのだ?」

『千歳がカオスに落ちたのよ!』

「千歳?」


 聞いたことのある名ではあるがそれだけだ。患者全て覚えている訳がない。


『前に顔取りと戦った、右腕に呪いを受けた青年がいたでしょ!』

「……ああ、思い出した。あの厨二病の彼か」

『厨二……それはあなたの勝手な思い込みでしょ!』

「いや、私の判断は大体正しい」

『そんなことはいいから早く来て!新宿の鳳凰総合病院よ!』

「なんだ。あそこなら私ほどではないがそこそこの腕の者が揃っているだろう」

『だからよ!あなたほどの腕のある医者が必要なのよ!』


 む、今のは失言だったな。つい本当のことを言ってしまった。

 今ほど自分が名医である事が憎いと思ったことはない。


 あ、柿ピー食べるのを忘れていたな。


 ボリボリ、


『……重要な話してる最中に何か食べてるの⁉︎』


 む、今のもマズかったか?キリンを怒らせてしまったようだ。

 どうやら私は自分で思っている以上に酔いが回っているようだな。


『とにかく来て!千歳は藤原さんのお孫さんでもあるのよ!』

「ん?藤原?……ほう、あのじいさんの……で、それがどうした?」

『え?』

「私は彼に世話になった覚えはないぞ」

『……本当に来ないつもり?』


 ふむ、完全に怒らせたかな。

 しょうがない、行くか。これで千歳とやらに何かあったら一生恨まれそうだ。


「君の熱意に負けたよ。行こう」

『ありがとう!』

「その代わり報酬はいつもの倍だ。あと今飲んでいた“最高級ワイン”の代金は別に請求させてもらう。いいな?」

『わかったわ!とにかく急いで!』



 やれやれ。


 私はガラケーのアプリ、EMUを起動させる。

 EMUは魔法を使用するための魔法補助アプリだ。このアプリのおかげで長ったらしい呪文を唱えなくて済む。

 起動する魔法の番号を打ち込む。


「……リフレッシュ」


 酔いは覚めたが代わりに空腹を思い出したのでつまみの柿ピーを一握り口に放り込んだ。



 私が病室に入るとキリンの他にもう一人いた。


「葉山先生!?」

「君は確か楓の妹だったか」

「姪のせりすです。妹は私のお母さんです」

「ふむ、まあ誤差範囲だ。問題ない」

「いえ、姪と妹は全然違います」

「そんなことよりも今は患者の診察が先だ」

「……」

「今は落ち着いてるけど一度心臓が止まっ……」

「説明は必要ない。私の診断を鈍らせる」

「……わかったわ」



「……ふむ」

「どう?」

「カオスに落ちているな」

「それはわかってるわ!そう電話で説明したでしょ!」

「そうだったか?」

「私達が知りたいのは何故カオスに落ちたのかよ!」

「ふむ。原因は明らかだな」

「本当!?」

「私は病室に入った瞬間にわかったぞ」

「説明して」

「“セイリュウ”に失敗して必要以上に搾り取られたのだろう。若い奴らがよくやる失敗だ」

「……」

「あの、セイリュウ?って何ですか?」

「自分達のやった技の名前くらい覚えておきたまえ。交尾して魔粒子を相手に供給する技のことだ」

「そ、そんなことしてません!」

「……真夏、千歳は戦いが終わった直後にカオスに落ちたのよ」

「何?なぜそれを先に言わないのだ?」

「あなたが説明いらないって言ったんでしょ!まだ酔ってるんじゃないでしょうね⁉︎」

「まあ冗談はこれくらいにしてだ、」

「……冗談言える雰囲気だった?」

「ふむ、では改めてこうなったら状況を説明してもらおうか」

「……」



「……という事よ。<領域>を出る直前までは普通に話してたのよ」

「……ふむ。大体わかった」

「本当に?」

「本当ですか?」

「何故か私の信用はガタ落ちのようだね」

「理由ははっきりしてると思うけど」

「ふむ、まあいい。彼が目覚めないのはカオスに落ちているのに加え、魂が抜けているからだ。これはさっき言った通りだが、」

「え?」

「聞いてないわよ!魂が抜けてるですって⁉︎」

「うむ?言わなかったかな?まあ、ともかく魂がないんだから目覚めるわけがない」

「彼の魂はどこにあるの⁉︎」

「キリン、君は知っているだろう?体から抜けた魂の行方なんて誰にもわからない。蘇生魔法をその場で唱えれば肉体に戻ったかもしれないが、無理な話だ。この世界で蘇生魔法を使える者はいない。少なくとも私は知らない。彼を助ける手段はなかったという事だ」

「どういう事ですか?進藤君は……助からないんですか⁉︎」

「せりす……」

「そうとも限らない」

「本当ですか⁉︎」

「真夏、あなたらしくないわね、そんな希望のあるような事言うなんて」

「事実だからね」

「……どう言う事?」

「彼、厨二君だったかな、彼の魂はない。だが、その割に肉体には変化がないだろう?」

「……確かに。魂が抜けた肉体は処置をしなければ急激に機能が低下して行くはず」

「そう、でも彼は違う。何かが彼の体を守っているんだ。その何かが魂を持ってるのかもしれない」

「何かって?」

「どうしてそんなことを?」

「流石の私でもそこまではわからない。今、私達が厨二君に出来ることは魂が戻ってくることを信じて、」

「カオス落ちを治すのね。あと千歳は厨二病じゃないわよ」

「まあ、それはどうでもいい。問題はどうやって彼に魔粒子を供給するかだが、注射は試したのかね?」

「ええ、だめだったわ」

「となると」

「もしかして……さっき言ったセイリュウ?」

「……私がやるしかないわね」

「え、キリンさんが⁉︎」

「ま、妥当だね。問題は魂の抜けた状態で体が反応するかだが」

「待ってください!わ、私がやります!」

「せりす、気持ちはわかるけど、あなたは魔法使いじゃないから無理よ。やり方だって知らないでしょ?」

「で、でも」

「ただ繋がればいいってわけではない。それに君がやると逆効果になりかねない」

「え?」

「彼がカオスに落ちたのは君のせいである可能性が高いからね」

「え?それって……」

「君は以前、私が診察した際に調合した薬を今も飲んでいるかね?」

「え?」

「真夏!あなたまさか……」

「キリン、君は黙っていたまえ。どうなんだい?」

「あの、頭がボーとした時に飲むように言われた薬ですか?」

「そうだ」

「最近は飲んでません。あの薬を飲むと、眠くなったり、すごくお腹がすいたり……」

「性欲が強くなったりするのだろう?」

「は、はい。それで……一度大失敗しました」

「ほう。それは?」

「言いたくありません!」

「ふむ。まあいい。最近は飲んでいないんだね?」

「はい。ラグナを身につけてからはまったく起きなくなったので」

「なるほどね」

「あの薬がどうしたのですか?」

「あれは月見症候群を抑える薬だ」

「え……?」

「真夏!」

「事実を言うべきだ。同じ事が起こってからでは遅い。君は月見症候群を発症している。君はいわゆるムーンシーカーなのだよ。その能力で厨二、千歳の魔粒子を奪い取りカオスに落とした、と私は考えている」

「そ、そんな……で、でも私は月見衝動が来たことはありません!」

「レベルゼロだからね。自分から見たいという衝動は起きないだろう」

「で、でも……」

「薬を飲んだ時に起きた副作用、君がさっき言った症状が月見症候群患者である証拠なんだよ。月見衝動を抑える代償に三大欲求が強くなるんだ。君に渡した薬は一番弱いものだから副作用も我慢できる程度のものだ」

「で、でも、進藤君が魔法をつかったとか……」

「確かにその魔法は存在する。だが彼は魔法を一つも持っていないのだから不可能だ」

「……」


 ふむ、ちょっとショックが大きかったか。

 だが仕方あるまい。

 これ以上犠牲者を出させてはまずいからな。


「じゃあ、準備するわ」

「……」

「待ちたまえ。その前に試してみたい事がある」

「他に方法があるの?」

「ああ。私の考えが正しければ少なくともカオス落ちは治るはずだ」


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