74話 集う力2
「ご期待に添えなくて残念だけど”まっぱ”にはならないわ。手に集中させるだけだから!」
「ですよねぇ」
「この戦いが終わったらお仕置きだからね!さっき私に卑猥な事言わせた事も含めて!」
あ、やっぱり根に持ってたか。
「わかったよ、でも俺のが先だからな!」
「わかってるわよ」
そう言った時の新田さんの表情はとても妖艶だった。
……もしかして、新田さん、本当にお仕置きを楽しみにしてる?
って、イカンイカン!
今、俺のすべき事は一つ。新田さんが最大のラグナを放てるだけの魔粒子を集める事だ。
とはいえ、今まで意識して魔粒子を集めた事はないからどうすればいいかわからない。
とりあえす新田さんの手を握った右手に魔粒子を集めるイメージを浮かべてみた。
すると胸が、心臓が苦しくなった。
心臓が魔粒子を生成している……?
あれか⁉︎
魔王が俺を魔法使いにしてやると言った時、心臓を撃たれた気がしたな。
あれで俺の心臓に魔粒子を発生させる器官が出来たのか?
だが、もしそうなら今までの検査で引っかかってもよさそうだが……。
「進藤君⁉︎」
「……大丈夫だ。それよりどうだ?力は?」
「うーん、伝わって来てるとは思うけど……」
「その程度か」
俺が思っている程集まっていない?……もしかして漏れてるのか?
新田さんに送るんじゃなくて、俺の体に貯めた方が効率がいいのか?
「無理しないで。顔が真っ青よ」
「大丈……」
「そうよ、命に関わるわよ!」
「「え?」」
突然かけられた声に驚き、声の方に顔を向けるとキリンがすぐ側にいた。今まで気づかなかったのはレイマに気をとられていたからだけではないだろう。
彼女の横には見たことのない男がいた。その男の表情を見てムーンシーカーだと気づいた。
「よく頑張ったわね、あとは任せなさい。といってもナルシーがいるから私の出番はないかもしれないけど」
ナルシーとは俺がナルシストと名付けたラサロンのことだろう。
「あいつらを知ってるのか?組織の一員とか?」
「組織の一員ではないけど、ナルシーとぬーくんは味方よ」
「ぬーくんって天然、ぽい奴の方か?……本名は抜け作とか?」
「さあ、どうかしら?名付けたのは私じゃないから」
「そうなのか」
「キリンさん、さっきの命に関わるってどういう事なんですか?」
「せりすは千歳の魔粒子を使ってラグナを使おうとしてたのよね?」
「え、ええ……」
「それはとても危険な行為よ」
「どういうことだよ?」
「限界を超えて使ってしまう可能性があるってことよ。当然よね、自分の体じゃないんだから。実際、今の千歳は非常に危険な状態よ」
「限界を越えるとどうなるんだ?」
「”カオスに落ちる”わ」
「カオスに落ちる?」
「意識を失い、二度と目覚めないこともあるわ。こちらの世界で例えるなら、植物人間が一番わかりやすいかしら」
「そんなっ⁉︎」
まじかよっ、俺、そんなに危険なことやろうとしてたのかよっ⁉︎
新田さんが慌てて俺の手を放す。
乱暴だな。
もう少し優しくていいんだぜ。
「……ナルシー、やっとやる気になったようね」
「え?」
目を閉じて華麗に舞いながらレイマの攻撃を回避していたナルシーが優雅に手を口に添える。
そしてゆっくりと目を開くとレイマに向かってブレスを吐いた。
レイマはブレスの直撃を受け、一瞬にして上半身が消滅し、ゆっくりと倒れた。
「マジかよっ⁉︎」
「うそ……」
新田さんは複雑な表情をしていた。俺達も殺す気だったとはいえ、このレイマは人の姿をしてたからな。実際に無残な姿を見るのは気持ちいいもんじゃない。
まあ、俺は新田さん程罪悪感はなかったけどな。腕を切り落とした時もなんとも思わなかったし。俺はもうあのレイマを人間とは見ていなかったようだ。
それよりもだ、
ぷーこ!どこが皇帝猫と互角だよ⁉︎あのブレス、圧倒的じゃないか!
ナルシーが華麗に舞いながらポーズをキメる。
その側にぬーくんが駆け寄り、なんかヘンテコなポーズをとる。
「いやいや、お前、何もやってないだろ!それよりナルシー!なんでもっと早くブレス吐かねーんだよ!そうすりゃ、もっと前に戦い終わってただろう!」
「まだよ!」
「え……?」
上半身を失ったレイマがムクリと立ち上がった。
そして上半身が再生した。だが、それはもう黒美少女、人の姿ではなかった。
再生した上半身には頭がなく、その肉体はボディビルダーのように筋肉隆々に見えた。再生した腕は直径三十センチメートルはありそうで、二本ではなく、六本生えていた。そして身体中には無数の赤い目だ。
足は体を支えるために太くなり、更に二本生えた。
再生したレイマの目、そこにあるのは殺意だけだった。
俺は黒美少女の死を悟った。
キリンはレイマの変態を黙って見ていたわけではない。左手に持つガラケーを操作して、右手をレイマに向ける。
「ライ・ディー!」
キリンの右手から雷撃が放たれた。
「「魔法⁉︎」」
俺と新田さんが同時に叫んだ。
レイマは雷撃を腕で受け止めた。
その腕は魔法に耐え切れず崩れ落ちたが、すぐさま再生した。
「︎ライ・ディーで倒せない⁉︎」
キリンの表情に動揺が走る。
その隙をつき、レイマが十本以上もの触手を放つ。
やばい‼︎
俺の前で身構えるみーちゃんと新田さん。
だが、レイマの触手はオレ達に到達する前に突然発生した砂嵐によって進行方向を変えた。
「長くは持たない」
キリンと一緒に来たムーンシーカーが淡々と言った。感情は全くこもっていなかった。
「わかっているわ」
キリンが魔法を使った時はその前にガラケーを操作していたが、この男はそのような手順を踏まず砂嵐を発生させたように見えた。
ということは、
「今のはムーンシーカーの力⁈」
「ええ」
俺達は砂嵐が壁となっているうちにレイマとの距離をとった。
「さっきキリンさんが使ったのは対レイマ用魔法だったのか?」
対レイマ用魔法はダークコアに直接命中しなくても肉体を通してダークコアにダメージを与える事が出来ると"ここどこ戦記"に書いてあった。
「え?ええ、まさかライ・ディーで倒せないなんて……」
「あいつ、体に魔法が伝わる前に腕を捨てやがったんだ」
「え?」
「たぶん、新田さんのラグナを食らった時の事を覚えてやがったんだ」
「それが本当なら厄介ね」
「キリンさん、ダークコアの位置はわからないのか?︎」
「下半身じゃないの?」
「せりす、ダークコアは移動できるのよ。さっきまではそうだったかもしれないけど、今も同じ位置にあるとは限らないわ。人がレイマ化した場合、ダークコアは頭か心臓にある場合が多いんだけど……」
「さっき上半身は吹き飛ばしたもんな。じゃあ、レイマを一気に消滅させる魔法は?」
体全体を消滅させればダークコアがどこにあろうと関係ない。
「"こちら"では使えないわ。翔もそんな力は持ってないわ」
「厳しいな」
「千歳はレイマの事、よく知ってるわね。アヴリルから聞いたの?」
「いや、"ここどこ戦記"だ」
「ああ……」
否定しなかったと言う事はやはりあれは組織と関係してるのか。
「となると後はナルシーのブレスか」
全長五十センチメートル程の小さな体だが出来なくはない気がする。
だが、そのナルシーは黒美少女との時と違い、一切遊びのなくなったレイマの激しい攻撃を華麗に避けるので精一杯のようだ。
「……って、華麗に避けなればブレス放つ余裕ができるんじゃないのか⁉︎格好つけてないでブレス放てよ!」
俺の言葉が聞こえなかったのか、そこは譲れないのか、華麗な動きをやめないナルシー。
ぬーくんも不恰好ながら避けるので精一杯のようだ。いや、お前は全く期待してないけどな。
「苦戦してるようね、キリン!」
ん!その声は!
「優姫!」
「ゆきゆき!」
「また会ったわね、せりす!と、そこの奴!私の事を"ゆきゆき"言うな!」
「お、悪いな、優姫」
「呼び捨てするな!」
面倒な奴だな。
しかし、こいつら組織の人間だったんだな。ホッとしたぜ。
特に子供お姉ちゃんと敵対する事にならなくてほんとよかったぜ。
って、俺はロリじゃないけどな!
「悪かったな、優姫ちゃん、って危ない!」
「ちゃんづけする……うあっ‼︎」
一緒に来た少年が優姫の尻を蹴る。優姫は無様に転ぶが触手は頭上を通り過ぎる。その触手が今度は少年を襲う。少年がそれを左手で弾くとかなり遠くまで飛んでいった。
「気を抜き過ぎだぞ、ゆきゆき」
「痛いわね!もっと良い方法なかったの⁉︎べ、別に自分で避けれたんだからね!あと"ゆきゆき"言うな!」
「……あの、彼、今、素手でレイマの触手弾いたような?」
「弾いたわね」
「……俺の知る限りでは人がレイマに触れると食われるはずなんだが……」
「その通りよ。だから真似しちゃダメよ」
「そんな事しない。じゃあ、あれが彼のムーンシーカーの能力とか?」
「多分ね」
「多分、ね」
なんか歯切れが悪いな。彼、しずちゃん?にもアヴリルのような秘密があるのか?
「これで終わりよ!ライ・ディー!」
優姫の放った雷撃をレイマは腕で受け止めた。その腕は崩れ落ちたがすぐに再生した。
さっき見た光景の再現だった。
「……あれ?」
「優姫!下がりなさい!そいつは特別よ!」
優姫としずちゃんが後退し、レイマとの距離をとる。
優姫の顔が赤いのは気のせいじゃないだろう。
わかるぜ。カッコつけたのにな!
ここは見なかった事にしてやろう。俺は優しいからな。
と優姫と目が合った。
「……覚えてなさいよ」
なんでだよ?
「またあなた達は組織の許可もなく勝手に行動して……でもよく来てくれたわ!」
「ま、まあねっ!これ、貸しだから!キリン!」
「悪いけど私が言ったのはあなたじゃなく、静の事よ」
「な……」
「静!レイマのコアを探して!」
「……」
しずちゃんの本名はしずか、なのか。
俺と同じで男女どちらにもいる名前で、シスコン。なんか親近感を覚えるな。
「キリンさん、静…君はコアを見つける能力があるのか?」
「ええ。彼にはレイマのコアが見えるのよ」
「それもムーンシーカーとしての能力?」
「多分、ね」
「また多分?」
「彼には色々謎が多いのよ」
「はあ」
何故だろう、静が触手を弾くの見た時、四季薫の事を思い出した。
ムーンシーカー同士だから、と言うわけではない。キリンと来たムーンシーカー、翔だったか、には全くそんな事思わなかったからな。
静は四季と似ている。
姿ではない。戦い方も違う。見る限りでは似ている所など何処もない。にも拘らず俺はこの二人は似ていると思った。
俺の視線に気付いたのか静がこちらを見た。
目が隠れるほど長い前髪の隙間から見えた瞳。それはムーンシーカー特有のガラス玉をはめたような感情のない目ではなかった。
その目に俺は確かに意志を感じた。




