72話 逃走の果て
「レイマの様子はどうだ?ちゃんと数えてそうか?」
「……え?ええ、じ、じっとしてるわっ」
よし、ルールを守ってくれてるか。
「新田さん、大丈夫か?俺より息荒くないか?」
「そ、そんな事ないわよっ!」
「痛え!わかったから背中叩くな!」
「で、この後どうするの?」
「このまま<領域>の端まで逃げる」
<領域>の端にたどり着くことが出来ればみーちゃんを叩き起こして皇帝拳で切り裂いて脱出だ。
「もう異論は無しだからな!」
「たどり着かなかったら?」
「……戦うしかないだろうな」
「何か考えがあるの?」
「ない。でも最後まで悪足掻きしてやるさ!」
「そうね……」
「ともかく、今は回復に専念してくれ」
「うん」
とは言ったものの三百秒程度でどのくらい回復するものなのか。
「あっ、私、ワイヤーブレードがないわ」
「拾う暇がなかったからな。他に戦う方法はないのか?ラグナを飛ばすとか?」
「出来るけど威力は弱いわ。お祖母様なら……」
「そうか。じゃあ、にゃっくのようにラグナを全身に覆うことは出来るのか?あれ、攻守揃ってるよな。あ、でもレイマに接近し過ぎるのは危険か」
「出来なくはないけど……」
「やっぱり結構疲れるか」
「それもあるけど、まだ制御がうまく出来なくて、その……」
「何?」
「服、破けちゃうかも……」
「へ?」
「お祖母様やお母さんはちゃんと服の上からラグナで覆えるんだけど、私はまだそこまで上手くコントロール出来ないから……」
「ほう……」
「だからやっぱり無理!」
「でも必然性があれば脱、やるだろ?」
「そ、それは……でも……」
「命がかかってるんだぞ!」
「わ、わかったわよ、それで勝てるならやるわよ……」
新田さん、実は結構押しに弱い?
それはないか。
今まで押しの強い奴から言い寄られた事だってあっただろうし。
単にレイマに負けて気が弱ってるからだろうな。
今が新田さんを落とす絶好のチャンスだ!
って、俺、もう彼氏だった。
「進藤君?」
「ああ、すまん、よし、時間はないが戦闘になった時のためにその技を使って勝つ方法を考えようぜ!」
「そんなの考えなくていいわよ!……進藤君がこんなにえっちだとは思わなかったわ」
「それは違う!」
「どう違うのよ?」
「これは俺の意思じゃない!種の保存本能に突き動かされているんだ!」
「絶対嘘よ!」
おかしい、なぜバレた?
「進藤君」
「まだ作戦は浮かんでないぞ?」
「そうじゃなくて、この体勢、頭に血がのぼるわ」
「じゃあ、お姫様抱っこにするか?」
「……うん」
「みーちゃんを頼む」
「うん」
お姫様抱っこすると新田さんは顔を赤らめてすぐに顔を逸らした。俺も恥ずかしかったので丁度いい。
「……進藤君って結構体力あるのね」
「新田さんを担いで走ってるからか?」
「女の子一人担いで走ってるからよ!」
新田さんはオンリーワンが気に入らなかったようだ。
「それに息も切らさず普通に会話してるし」
「新田さんのお母さんに鍛えてもらった甲斐があったな」
「短期間でそんなに体力つかないわよ。私が思ってた以上にタフだったってことなのかな?」
「惚れ直した?」
「……」
俺がなぜ女の子一人(と子ネコ)を抱えてこれ程長く走れるのか。
それはクララの力だ。
以前からクララを使って何か出来ないかと試行錯誤して出来たのが両足のパワーアップだ。
足は元々動くし指の細かな制御もいらないからクララ一本で両足の制御が可能だった。
俺は新田さんがレイマと戦っている時にこっそりと右腕から両足に移動させていたのだ。移動の際、気づかれないように服の中を移動させたのでくすぐったかったが、表情を変えないように必死に我慢した。
クララを使って脚力を強制的に百パーセント出させているので既に疲労感がハンパないし、痛みも感じ始めている。後の事を考えると恐いが、今を乗り切らないと後なんかないからな。
俺が一番懸念していたのは新田さんの言う通り酸素補給だ。
強化したのは足だけだからな。だが幸いにも息が上がることはなさそうだ。
理由はわからない。今は深く考えないことにする。
「……あれ?」
「どうした?」
まさか、右腕が治ってるのがバレたっ?
「いつもより回復が早いわ。回復してるって実感する。こんなの初めて」
「なんだ、そっちか」
「え?そっちって?」
「なんでもない。やっぱりそうか」
「どういう事?」
「俺、魔法使いになったって言っただろ?」
「ええ」
「俺は魔法の元になる魔粒子ってやつが普通の人より多いんだ。ラグナを使うにゃっくが俺の魔粒子を吸収して回復力が上がったみたいだから、新田さんにも効果があるんじゃないかって思ってたんだ」
「そうなんだ。てっきり進藤君が私に堂々と痴漢行為をする事への怒りで力が蘇ったんだと思ったわ」
「酷いなぁ。仮にそうだったとしてもスキンシップのお陰と言ってくれ」
「いーや!」
……ん?
もしかして息が上がらないのは魔粒子のお陰なのか?
魔粒子が酸素に変換されてるとか?いや、それだけじゃ説明つかないか。
「……そうだ」
「ん?」
「……こうすればもっと効果が上がるかな?」
そう言って新田さんは俺にぎゅっと抱きついてきた。
「ちょ、」
と、遠くから叫び声が聞こえた。
「あー、バカップルはっけーん。やっぱりーあなた達ー、バカップルじゃないのー」
「あ、レイマが動き出した!」
「三百秒経ってないよな?」
「まだのはずよ」
「まだ三百秒経ってないだろ‼」
「バカップルはー即ー、滅ー、ざーん。あらゆる物事にーゆーせーんするのーよー」
「新田さんっ!」
「なんで私の所為なのよ!その前に散々私のお尻触ってたじゃない!」
「俺は奴から見えないようにやった!」
「威張って言うなっ!もー!納得いかないわっ!」
十分時間に余裕をとったつもりだったから、今頃は端にたどり着いてるはずだったんだけどな。完全に計算間違いした。
殺人鬼の時の<領域>はこんなに広くはなかったはずだ。このレイマの方が能力が上ってことなのか?
後ろを振り返るとレイマはすごい勢いで走ってくる。追いつかれるのも時間の問題だ。
「……ここで迎え撃つしかないか」
「うん」
俺は立ち止まると新田さんを下ろし、みーちゃんを受け取る。
俺はスマホを操作してクララを右腕に戻す。
すると一気に足の疲労と痛みが増してフラついた。もう少しで尻餅をつくとこだった。
「進藤君⁉︎」
「だ、大丈夫だ。ちょっと疲れただけだ」
……ヤバイな。
予想以上に足がダメになってる。もっとテストしとくべきだったな。
もう一回やったらこの足は……いや、まずは生き残る事が先決だ!
俺は少しでも動きやすくするためリュックを投げ捨てた。
「……あ、本命チョコ、さっさと食っとけばよかった」
「……」
「あれ?コメントはないのか?」
「……またあげるわよ」
「それは本命と認めたでいいんだよな?」
「……ばか」
俺達が止まったからか、レイマは走るのやめ、やや早足しでこちらに向かってくる。
「……それでどうするの?」
「とにかく時間を稼ぐ。俺はまだ助けが来てくれることを諦めてない。新田さんもすぐに攻撃したりしないでくれ。戦闘になったとしても防御に徹してくれ」
「進藤君はどうするのよ?」
「俺にはみーちゃんがいる」
「でも眠ってるわよ」
「まあなんとかなるよ」
「……」
眠ったままのみーちゃんを左腕で抱え、そっと頭を撫でてやる。
「よくもわたしをー騙したわねー」
「何のことだ?」
「あなた達ー、バカップルだったー」
そっちか。
「俺達はバカップルじゃない」
「そうよ」
「人前で抱きついてたー」
「俺はさっき人前で抱きつく事がバカップルとは言ってない」
もちろん内心は違うぜ。バカップルに決まってる。
「そーだっけー?」
「そうだ。俺は人前で胸や尻を触ったり、触らせたりする恥知らずな奴らをバカップルと言ったはずだ!」
「……」
んー、なんか新田さんの視線が痛い気がするなあ。気のせいだろう。
「そーかー」
「納得してもらったところでやり直しな」
「んー、やだー」
「なんでだ?」
「それはねー、わたしのー中ではー、人前でー、抱きつくのはー、バカップルだからー。バッカップルー死すべしー?」
やっぱ、ダメか。
「そろそろー死ぬー?」
「その前に教えてほしいことがある」
「んー?」
「最後のお願いくらいいいだろ?黒美少女」
「んー、しょーがないーわねー、お姉さんにーいってごらーん」
「この<領域>はどこまで続いているんだ?」
「りょーいきー?なにーそれー?」
「この空間のことだ」
「ああ、このー変な場所のことー?」
「ああそうだ」
「知らなーい。でもー、ここに入ったらぜったい逃さないよー。そう言ってるー」
「誰がだよ?」
「あたし……?」
「お前の中にもう一人いるのか?」
「んー?よくわかんないけどー、逃げようとしてもー、無駄だってー。りょういきー?はねー自由にー動かせるのよー。今はねー、中心にいるんだってー」
くそっ、殺人鬼の時の<領域>は固定だったが、こいつのは動かせるのかよ。道理で広すぎると思ったぜ。
こいつを倒さない限り俺達が生き延びる手はない、ということか。




