7話 ぷーこ、バカ誕
姫の話をまとめるとこうだ。
世界はこの世界を含め七つ存在し、リング状に繋がっている。
ただし、この世界移動は一方通行である。その道が歪みってわけだ。歪みは放っておけば自然に閉じるらしい。にゃっくは歪みが消えるまで監視するつもりだった、ってことだろう。実際には四季薫によって強制的に閉じられたようだが。
世界移動についてだが、一方通行だから一度別世界に移動してしまうと元の世界に戻るためには残りの世界を渡らなければならないって訳だ。
そしてだ、世界を渡るだけでも困難なのにそれぞれの世界は世界を構成するルールが異なる。
例えば、俺達の世界に魔法は存在しない。いや、俺が知らないだけかもしれないが話がややこしくなるのでないとする。その代わりに科学技術が発達している。だが別の世界では科学ではなく魔法が発達した世界もあるってことだ。にゃっくがいた世界はまさに魔法が発達した世界らしい。しかも実際に力を行使する神も存在するとか。
世界のルールが異なるということは、別の世界に移動した者は今まで身につけてきた知識や能力が無駄になるってことだ。魔法が発達した世界から科学が発達した世界へ来た場合、魔法は使えなくなる、あるいは効きにくくなる。大魔法使いもただの人ってわけだ。逆に科学が発達した世界から魔法が発達した世界へ来た場合は、自分の世界で確立された技術、物理法則が通用しない、あるいは効果が変化している。世界が別世界の法則を拒絶するんだそうだ。
姫になんでそんなこと知ってるんだと聞くと、向こう側、この世界の隣の世界から来た人間に聞いたそうだ。
笑って一蹴できないところが、俺がこの現実離れした話を信じかけているということだ。
「ということはにゃっくは…」
「元の世界には帰れないと思うわよ。一つだけ逆方向へ移動する方法はあるけどね」
「難しいんだな?」
「ええ。隣接する世界がお互いの世界の同じ座標に向かって大きなエネルギーをぶつければ一方通行であるはずの道が逆転することがあるらしいの。ただし逆行させる側は十倍以上のエネルギーが必要だから不可能に近いけどね」
「もしかして、俺んちのそばにあったかもしれない歪みでも可能だったのか?」
「ええ。でも向こう側でもエネルギーが必要なのよ。どうやって場所を知らせるの?それにそれだけのエネルギーをぶつければただじゃ済まないわ」
すべてを嘘だと否定しても現実に起ったことの説明ができない。
俺は考えるのを後回しにし、姫の言ったこと、皇帝猫命名の話をのぞく、をスマホのメモ帳に簡潔に書き留めた。
俺は話を変え、姫にみーちゃんとの出会いを尋ねた。
姫はしょうがないわねぇ、と言いながらも嬉しそうに話し始める。
「その日、あたしは珍しく朝寝坊しちゃったのよ」
あ、なんか、嫌な予感がするぞ。
「あー、遅刻っ!あたしはパンをくわえて猛ダッシュ。いや牛ダッシュ、じゃなくってネコダッシュ」
「おい、なにが牛ダッシュ、ネコダッシュだ」
いや、それよりも、やっぱりそうなのか?
「私は勢いを殺さず、体を傾けて曲がり角を曲がった瞬間、
『きゃっ』
『にゃっ』
ってお互い頭をごっつんこ。それがみーちゃんだったの!」
「おい、誰だよ、そのきゃっ、て奴はよ」
姫は当然のように俺の突っ込みは無視。
「運命を感じたわ」
うっとりした顔でみーちゃんを見つめる。が、みーちゃんは無視。
ああ、そうかい。やっぱり、そのオチできたか。
「というわけよ。感動した?」
「するか!だいたい、ネコと頭をぶつけるって無理ありすぎだぞ。お前は匍匐前進でもしてたのかよっ⁉︎…もしかしてお前が見つけたんじゃないんじゃないか?」
「な、ななななにいってるのよっ!あ、あ、私が見つけたのよ!運命の出会いをしたのよ!」
はい、嘘確定。
知らないなら知らないと言えよ。
俺はこのあとも姫のあほ話を延々と聞かされた。
俺は適当に相槌をうつのみの完全な聞き流しモードなのだが、それでも話を続ける姫。
「なんで地球が回ってるか知ってる?ネコちゃんよ!ネコちゃん大移動で、一斉に大地を蹴ったの!それで地球は自転を始めたのよ!太陽の周りを回っているのだってそうよ!ネコちゃんが一斉に大地に向かってネコキックを放ったからなの!すべての事象はネコちゃんで証明できるのよ!」
真顔で言ってるよ。救いようのないあほだ。
気づくと午後六時を過ぎていた。俺は姫のアホ話の途中で何度か気を失ったがその都度、蹴りで起こされた。
マジでキツイぞ、このあほ!
やっと姫のアホ話が終わり、精神的に疲れたので帰ろうかと思ったのだが、みーちゃんに止められた。寿司をごちそうするというのだ。もちろん、俺はネコの言葉など理解できない。そう言ったのは姫だ。実際、みーちゃんはちゃちゃっと慣れた手つき?でマウスを操作しネットから寿司を注文した。
やっぱりネコはマウスの扱いがうまいな。
配達に来た若い女性は迎えに出た姫に笑顔を向ける。
「いつもありがとうございます!」
常連らしい。
「相変わらずみーちゃんはかわいいですね」
みーちゃんとも顔見知りらしい。
だが、まさか注文も支払いもそのネコが行っているとは夢にも思ってないだろう。
奥から覗いていた俺と目があった。
「彼氏ですか?」
「冗談!私には不釣り合いよ!」
「そうですね」
配達員は姫の言葉にあっさりと納得した。
どう納得したのか気になるぞ。
寿司を小皿に分けているのは姫だ。
よく見ると分け方がおかしい。
イカやタコがやけに多く乗っている皿がある。
俺のだった。
俺はタコやイカがマグロより好きなんて一言も言ってないんだがな。
本来、俺の分であるはずのマグロはみーちゃんとにゃっくに配られた。
まあ、俺はイカもタコも嫌いじゃないから別にいいけどよ。
もぐもぐと二匹、もとい二騎の皇帝猫はすしを消化していく。
みーちゃんの鳴き声ににゃっくが大きく頷いた。
「どうだ、いけるだろ?」
「ああ」
なんて会話でも交わしているんだろうか。
「みーちゃんはね、元手十万でデイトレをはじめて、今じゃ数百万にもなってるのよ!」
「まじかよ⁉︎」
恐ろしいネコだ。
「この事務所の設備はみーちゃんが儲けたお金で買い揃えたのよ」
「あのノートパソコンもか?」
「当然よ!みーちゃんはパソコンにはうるさいんだから!」
今の時代、ネットでなんでも購入できる。ネコだってほしいものが購入できるってか。
受け取りも宅配ボックス使えばネコでも受け取れる……いや、それはまずいか。監視カメラにネコが荷物取り出す姿なんか映ってたらびっくりするよな。
実際に物を受け取るのはさっきみたいに姫がやるとしてだ、銀行口座とかを開くには身分証とか必要だよな。
姫は未成年っぽいし、ここの探偵事務所のやつが作ったのか?
食事が終わり、俺はアホ毛レーダー、いや逆毛レーダーだったか、のことを尋ねた。
「逆毛を見たときに叫ぶアレだけど人によって違うのか?」
「人によっていうより、そのときの状態によるところが大きいっていうわね」
「状態?」
「性欲よ」
「は?性欲?」
「そそ、あんたみたいな年中発情している奴はすんごいいやらしい奇声を上げたんでしょうね。あ、あんまりよらないでね。妊娠しちゃうから」
姫は俺のツッコミに備えていたようだが俺が行動を起こさなかったので拍子抜けしたようだ。
俺は他のことを考えていたんだ。
性欲って、じゃあ新田さんあの時、
たまっていたのか?
いやいや新田さんがそんなわけ…とは言い切れないな。誰にだって性欲はある。そもそも嘘かもしれねえ。
こいつのいうことはイマイチ信用できねえし。
ともかくだ。もしあのときのことを新田さんに聞かれてもこのことは言えねえな。もうなでさせないように注意しないとな。
と思いながらももう一度確認したいという欲求があったのは否定できねえ。
「何?あんた、相当卑猥なこと叫んだの⁉︎」
「さあな」
俺は話を変えることにした。
「そういや、お前は平日何をやっているんだ?高校生か?」
姫は鼻で笑いやがった。
「あのねぇ、確かにあたしは普通なら高校に通っている年だけど行ってないわよ」
「ああ、高校浪人か」
「違うわよ!最初から受けてないのよ。自慢じゃないけど中学だってろくに行ってないわ!」
「ほんとに自慢できねえな」
「大体ね、もう学歴社会は終焉を迎えたのよ。今は学歴より実力!いい大学入っていい会社に入る、なんて時代はとっく終わってるのよ!」
ほう。まあ、否定はしないが、俺はお前にどんな力があるのか知らんぞ。
「で、何やってるんだ?まさか、みーちゃんにタカって生きてるわけじゃないよな?」
「あ、当たり前じゃない!」
お、顔が赤くなったぞ!
辺りをしばらくキョロキョロ見回した後、
「そ、そう、ここの探偵事務所の職員よ!言う必要もないほど当然のことじゃない!」
「当然のことを答えるのに時間がかかったな」
「うるさい!もう終わり!女の子の秘密を根掘り葉掘り聞くんじゃないわよ!だからもてないのよ!」
「うるせえ!」
みーちゃんは食事を済ませるとお手拭きで足をきゅっきゅとふき、所長の席に戻るとノートパソコンの画面を見ながらマウスを操作する。
まさかみーちゃんが所長、ってことはないよな?
にゃっくもノートパソコンを見ているので、俺も気になってモニタを覗き込んだ。
モニタに地図が表示されており、所々に×印が記されている。
「通り魔殺人事件が起きた場所よ」
「何⁉︎」
×印の他に日付も記入されており、殺人鬼はこの街に近づいてきているように見える。
「だけどよ、こんなに通り魔殺人事件って起きてたか?」
俺の記憶では三件だったはずだが、この地図には十一個も×印が打ってあった。
「みーちゃんの情報網をなめちゃ困るわね」
なんでお前が偉そうなんだ?
「みーちゃんはネコ達の交渉人、ネコシエータでもあるのよ!」
は?何勝手な造語をさも当然のように使って話してるんだ、こいつは。
「みーちゃんは持ち前のネコシエータ能力をもって、旅猫と番猫によるネッコワークを構築して情報を集めているのよ!」
「ほう。つまり、これは猫達が集めた情報って訳か」
「そうよ!旅猫や番猫から得た情報をみーちゃんが解析した結果がこれなのよ!」
どうやら姫用語で、旅猫は野良猫、番猫は飼猫を意味しているらしい。ネッコワークは言うまでもないよな。
もったいないなぁ、せっかく容姿はいいのに。四季とは違い、神様は才の配分を間違えなかったようだ。
「にゃっくとはタイプが違うんだな」
姫がむっとして俺を睨んだ。
「言っとくけどね、みーちゃんは頭脳派なの。いわゆる軍師ってやつよ。だからって弱い訳じゃないからね!」
「何ムキになってるんだ?」
「うるさい!」
姫の頭突きをくらった。
飼い主も頭を使うんだな、みーちゃんとは使い方が違うが。
「それで、”ぷーこ”、犯人はわかっているのか?」
俺は頭をさすりながら尋ねた。
「当然よ!」
俺が呼び方を変えたことに気づかなかったか。ちなみにぷーことは、プー太郎の女バージョンだ。俺も即席で造語を使ってみた。
「じゃあ、なんで警察に知らせないんだ?」
「無駄だからよ」
「猫達が集めた情報は信用がないか?」
「と、いうより、相手は…」
そこで、玄関のドアが開く音がした。
現れたのはサングラスをかけた男だった。ぱっと見、六十は超えてそうだ。
って、外もう暗いだろ、サングラスかけたまま歩いてたのか?このジイさんもぷーこの同類か?
「師匠!」
師匠?なんの師匠だよ、妄想のか?
「所長だ」
「あ、そうだった、へへ、おかえり、しょちょう」
「君は依頼人かな?」
「いえ、ちょっと、皇帝猫についてぷーこ…、姫に教えてもらってたんです」
「…ふむ。君は学生かな?」
「あ、はい。大学生です」
「そうか。なら、この子の馬鹿話を真に受けるなんてことはしないな?」
「師匠!」
ぷーこは抗議の声をあげるが、師匠、じゃなかった、所長は取り合わない。
俺は話を中断される形で事務所を追い出された。
「怪しいな、あのジイさん」
ジイさんが来なけりゃ、通り魔殺人犯のことをもっと聞けたのに。
いや…待てよ。
わかったとして俺に何ができる?さっきの話の流れから犯人は他の世界の化け物ってことになるよな。警察は無駄だと言ってたし。
なんだ、知ったところで何もできないじゃないか。
視線を感じた。
「…お前ならなんとかできるのか?」
にゃっくは小さく頷いた。
そうか、
皇帝猫は禍が起こるところに現れる、
って書いてあったよな。
お前がまだここにいるのはその禍が終わっていないからなのか。
「それにしても、あのじいさんの登場、タイミングよかったよな。アレは偶然か?まさか何処かで俺達の会話を聞いてたんじゃないだろうな」
俺がにゃっくに話しかけているのを通行人に見られているのに気づいた。恥ずかしいぜ。
今日聞いたことを落ち着いてから整理しよう。
それで必要ならまた来ればいい。
ぷーこと電話とメールの交換は済ませてあるし場所も知ってるんだ。
ぷーこは基本あほだからおだてりゃペラペラ喋るだろう。
問題は自分の知らないことを素直に知らないと言わず、妄想で補完してでも説明しようとするところだ。
だがまあ、なんとかなるだろう。
俺はにゃっくをフードの中に入れると駅へ向かって歩き出した。