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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
セクション・サーティーン編
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71話 死の鬼ごっこ

 さてどうしたものか。

 新田さんとレイマの戦闘力の差は明らかだ。それは戦う前からわかっていたことだ。

 俺はレイマにダメージを与える手段がないし、レイマに対抗できる力を持ったみーちゃんはまったく起きる気配はない。

 まあ、みーちゃんが参戦したとしても状況が好転するとは思えないが。

 みーちゃんがにゃっくのようにラグナとか使えればまた話は違うかもしれないが、おそらくみーちゃんの固有能力、"それほしい"だったか、は戦闘系じゃない。この世界の知識だと思っている。あるいはもっと狭く機械の知識か。

 でなければパソコンやメールを使いこなし、さらにプリンセス・イーエスを操縦するなんてできるはずがない。


 この圧倒的不利の状況を覆す手立てはまったく思い浮かばないな。


(じゃあ、逃げる?)


 それが一番生き残る可能性が高いとは思う。

 問題はどうやってその時間を稼ぐかだよな。


(今がチャンスじゃないか)


 そうだな……って、そうじゃないだろ!

 新田さんを見捨てて逃げるなんてあり得ないだろう!

 ……あれ?何だこれ?俺は誰と話してんだ?

 ……いや、この声は……。


(邪魔者を排除するチャンスだよ)


 邪魔者、だと?


(新田せりすだよ。彼女こそが疫病神でしょ。彼女に関わるとろくな目に遭わない。最初にレイマに遭遇したのも顔取りと戦うことになったのもみんな彼女のせいだよ。彼女を最初に見捨ててたらこんな目に遭うことはなかったんだよ)


 そう……かもしれない。だが、きっと後悔していた。


(かもね。でも所詮は他人、そこまで親しかったわけじゃない。今だってそうでしょ?しばらくは後悔するかも知れないけどそのうち忘れるさ。それが人間のいいところでしょ?)


 人間の、か。


(今までは運が味方したけどいつまで続くと思う?ここで切り捨てたら?ここで死んだら君の可愛い妹を守れなくなるよ)


 妹……痛いとこ付くな。でもな、それでお前はいいのか?

 それでお前は楽しいのかよ!魔王!


(……ふふふ。まあ、そこそこにね)


 否定しないんだな、やっぱりお前は魔王なのか?


(否定はしないよ。そう呼ぶ者もいるからね)


 そうか、じゃあ俺も魔王と呼ばせてもらうぜ。

 やっと会えたな!俺はお前に言いたい事があるんだ!


(会えた、というのは正しくないと思うけど)


 細かいな!そんな事どうでもいいんだよ!俺のどこが魔法使いなんだ⁉︎魔法を一つも使えないぞ!


(当たり前じゃないか)


 何?


(ちゃんと魔法の修行をしないと。ほら、こちらの世界の、RPGだっけ?戦って経験積まないと魔法覚えないでしょ?)


 金で覚えるやつだってあるぞ!


(何でも金で解決しようなんて考えは感心しないなぁ)


 ふざけてんのか⁉︎


(もちろんだよ、僕はふざけてるよ。当たり前じゃないか。君が怒り、喜び、悲しむ、それらすべてが僕の娯楽なんだよ)


 こ、こいつ!……まさか、このレイマを生み出したのはお前なんじゃないだろうな⁉︎


(そんな事しないよ。僕は一視聴者に過ぎないよ。進藤千歳の生涯っていうドラマのね)


 この野郎!……本当なんだな⁉︎本当にこれはお前の仕業じゃないんだな?


(本当さ。僕ならもっと弱い魔物をぶつけるよ。そしてレベルアップさせて……)


 これはRPGじゃねえ!


(ははは。でもそうだねぇ。確かにこれは厳しいよねぇ………そうだ、この戦いを生き延びたらご褒美にとっておきの魔法を君にプレゼントするよ。こういうのを……そう、イベント報酬っていうのかな)


 ふざけるなっ!今よこせ!今必要なんだ!


(それはダメ。面白くないよ。ほらほら、僕のことより、彼女、ピンチだよ)


 何⁉︎


 新田さんを見ると肩で息をしていた。対するレイマは全く疲れた様子がない。


(さあ、頑張って生き延びて。そうしないと別の娯楽を探さなくちゃいけなくなるから)


 以降、魔王の声は聞こえなくなった。



「あーれー?もーう疲れたのー?」

「ぜ、全然大丈夫よっ!」

「そーお?でもあたしー、あなたの相手あきちゃったー。そろそろー終わりにしよーかなー」

「何ですって⁉︎」

「それにー、彼氏の方がー美味しそうだしー」


 レイマの目が俺に向けられた。

 かつてはその目を見ただけで恐怖し、何もかも捨てて逃げ出したくなった。

 だが、今の俺は平気だった。

 それどころか俺は魔王とのやりとりので腹が立っていたので暴れたい気分だった。

 もちろん、そんな事したら即ゲームオー……じゃない!人生終わりなのでそんな事はしない。

 猪突猛進の新田さんとは違うのだ。


「イノシ……新田さん、」

「大丈夫!私はまだやれるわ!って、今、なんか変な事言わなかった?」

「言ってない」

「えー、まだあなた戦う気ー?うーん、まーいーかー。あ、私も武器持とうっと」

「何?」


 レイマは右手をあげるとその袖先を破り触手が無数生えて上に伸びていく。その長さが二メートルほどになったところで纏まり形を変え始めた。最終的にそれは死神が持つような巨大な鎌になった。鎌の柄の先端に一際大きな赤い目が出来ており、ギョロリと俺達を見た。


「へへへー。カッコいーでしょー。これであなた達を斬り刻ーむ」


 新田さんは鎌の攻撃を受け流すので精一杯だ。レイマの元になった人間はその動きからみて戦いの素人のようだが力と武器が違いすぎた。技術など関係なしに新田さんを圧倒していく。



 魔王は生き延びるのは厳しいと言った。

 それはつまりやりようによってはこの窮地を脱する手段があるともとれる。

 この戦力差でどうにかなるのか?

 いや、俺を躍らせるための嘘かもしれない。


 ……とにかく今は俺に出来ることをやるだけだ。


 俺はスマホを取り出した。



「あっ!」


 新田さんは手を滑らせた。宙を舞うワイヤーブレードが光を失い、カランと地面に落ちる。


「さーよーなー……」

「待て!」

「なーにー?」

「今度は俺が相手だ!」

「うん、わかってるよー、今彼女殺すから待っててー」

「新田さんを殺したら俺はお前と遊ばんぞ!」

「……」


 これは賭けだ。こいつが殺戮よりも遊びを優先する事を願った。


「別にーあなたのー意見はーかんけーないよー?」

「遊びは真剣にやるから面白いんだ。今だって新田さんと真剣に戦ったから面白かっただろ?」

「……うーん、そーねー、真剣になってる相手をー弄ぶのはー楽しかったわねー」

「な……」


 新田さんの顔が屈辱で歪む。


「それでー?何して遊ぶのー?」

「鬼ごっこだ」

「……それ、楽しーのー?」

「実際には狩りだな。お前が鬼だから」

「……あー、そーかー。私が鬼ということはー、捕まえて殺すのかー……でもー、それさっきまでやってた事と変わらないよー?」


 新田さんがピクッと反応した。俺は新田さんの前に立ち無謀な突撃をしないように抑える。


「お前が殺した人達とは違う。俺達はただ逃げるだけじゃないぜ」

「うーん……それってー鬼ごっこじゃないよねー?でもーそうだねぇ……やってみようかー。つまらなかったらすぐに終わらせればいいしー」


 自分が勝つ事に疑いを全く持ってねーな。

 まあ、当然か。俺だって勝てるなんて全く思ってねえんだからな。


「じゃあ、決まりだな」

「あ、彼女ー、邪魔だよねー、殺しとくー?」

「なんでそうなる!新田さんも参加するさ」

「でーもー、こんなにヘトヘトじゃあー、すぐ捕まえるしー、今殺しても一緒じゃないー?」

「大丈夫だ」


 俺は新田さんを右肩に担ぎ上げる。


「ちょ、ちょっと進藤君!」


 暴れる足を右手で抑える。左腕にはみーちゃんを抱えてるので両手がふさがった状態になった。


「じゃあ、三百数えるまでそこ動くなよ!」

「えー、それ長すぎないー?」

「こっちは一人担いでるんだ大目に見ろよ」

「わかったー」



「ちょっと進藤君!」


 背後から新田さんの焦った声が聞こえる。


「何だよ?」

「手!」

「手がどうした?痛めたのか?」

「私のじゃなくて、進藤君、お尻掴んでる!」

「……気のせいだ」

「そんな訳ないでしょ!ちょっと……」

「大丈夫。掴んでるのは右手だから」

「ああ……って、でもダメ!これ痴漢行為だからね!」

「違う!スキンシップだ!」

「え……?そう……んな訳ないでしょ!わ、私は認めないから!」


 くそっ、ダメか。一瞬納得しかけたんだけどな。

 もっと堂々と言うべきだったか。


「じゃあお仕置きだ」

「何よっ、お仕置きって?」

「レイマと戦う羽目になった責任を取ってもらう」

「……私のせいじゃいないわよ」

「いいや、新田さんのせいだ!言っとくけどこれで終わりじゃないからな!生きて帰ったらもっとすごいお仕置きするから!」

「……へえ、どんなお仕置きするのかしら。楽しみね」


 そう言った新田さんの声は扇情的だった気がする。

 どういう表情でそう言ったのか気になったが今の体勢では確認しようがない。

 ともかく新田さんが快諾した(と俺はとった。異論は認めない)ので堂々と触れるな。


「ふふふ……」

「……ねえ、本当に右手、感覚ないのよね?」


 やべっ、声出てたか?


 俺は聞こえないフリをした。

 正直に「実はさ、いつの間にか動くようになってたんだ。感覚もバッチリ戻っているぜ、ははは」なんて言ったらレイマより先に新田さんに殺されるかもしれないからな。


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