70話 死を呼ぶ黒美少女
「今ので終わりじゃないわよね?」
「ああ、あれを生み出した本体がどこかにいるはずだ」
「探して倒しましょう!」
「ちょっと待った!落ち着けって!危険すぎる!新田さんが強くなったのはわかった。だが、レイマは一人で倒せるような相手じゃない!今は<領域>から脱出して助けを呼ぶべきだ!」
「その間にも人が殺されているかもしれないのよ!」
「俺達もその中の一人になるぞ!」
俺はスマホを取り出すがアンテナは一本も立っていない。
やはり<領域>の中では普通のスマホは使えないか。
アヴリルがダメとなると、他は……ゆきゆき、か。
あの店からそれ程離れていない。この異変に気づいていればここに駆けつけてくるかもしれないが、彼女が敵側だったら最悪だよな。
ここはやっぱり新田さんを説得して逃げるべきだな。
「新田さんはあれから魔物と戦ったことあるのか?」
「ないわ。でもお祖母様と特訓してラグナを使いこなせるようになったし、さっきだってちゃんと倒したでしょ」
「あんなの参考にはならない。魔物との初戦がレイマじゃ厳し過ぎる」
「……わかったわ」
「じゃあ……」
「進藤君だけ先に逃げて」
「……は?」
「聞こえなかった?進藤君はさっさと尻尾を巻いて逃げていいわよ、って言ったのよ!」
俺を挑発的な目で睨む新田さん。
温和な俺も流石にカチンときた。
「……このバカ女が」
「……何ですって?」
あ、思わず口に出してしまった。
冷静になるんだ、俺!俺まで熱くなってどうする!
俺だけじゃ説得は無理だな。さっきから沈黙を守っているみーちゃんにも説得してもらおう。
「今の新田さんの力じゃレイマには絶対勝てない。そう思うだろ?みーちゃん」
俺の肩に乗っているみーちゃんがコクリ、と頷くのがわかった。
「ほら、レイマを倒した事のあるみーちゃんだって俺と同じ意見だぞ!」
「私はまだ本気を出してないのよ!私ならやれるわよね、みーちゃん!」
そんなの同意するわけないだろ、と思ったのだが予想に反してみーちゃんはコクリと頷いた。
「なっ?」
「ほらっ!」
「いや絶対無理だ!みーちゃん達だって五騎がかりでやっと倒せたんだろ⁉︎レイマに一人で立ち向かうなんて自殺願望を持った奴のやることだ!だろっ?みーちゃん!」
勿論例外はある。
四季薫だ。あいつは戦い慣れしていた。ムーンシーカーとしての能力は知らないが、あの黒い剣、俺を魔法使いにしたらしい奴の言葉を信じるなら、”永遠”の名を持つ黒い剣は世界を砕く程の力があるらしい。
新田さんには悪いが四季と比べると個人の能力も武器も桁違いで比較にならない。
にしてもみーちゃんがこんな優柔不断とは思わなかったぜ。
「進藤君」
「なんだよ?」
「みーちゃん、寝てるわよ」
「なにっ⁉︎」
俺が動揺した拍子にみーちゃんが俺の肩から落ちた。それを慌ててキャッチする。
みーちゃんは難しい顔をして眠っていた。
「寝るか⁉︎こんな時に⁉︎」
皇帝猫は災いが起こる場所に現れるって話だったから、もしかしたらみーちゃんはこうなることがわかっていてついて来たのかと思ったのだが、そうではなかったようだ。
「おい、みーちゃん、みーちゃん起きろ!」
「進藤君」
「みーちゃん!」
「進藤君!」
「なんだよ⁉︎」
「誰か来るわ」
「何?」
新田さんが指差す方向へ目を向けると確かにこちらに歩いてくる者がいた。
生存者か?
ん……?やけに色が黒いな……女性?ガングロ姉ちゃん?……じゃない!
「みーつーけーたー」
その者からどこか気の抜けた、緊張感のない声が聞こえた。
「あれ、もしかして……」
「逃げるぞ!新田さん!」
だが、新田さんはその場を動こうとしない。
「えー、逃げないでよぉ。遊びましょうよぉ」
瞬間、ガングロ姉ちゃんの両腕の服を突き破り黒い蛇、いや黒い触手が二本飛び出した。
シャッ
新田さんが襲い掛かる触手二本をワイヤーブレードで消滅させる。
「すごいすごーい。あたしのこーげきを防いだのあなたが初めてよー」
ガングロ姉ちゃん、いや、レイマはぱちぱちと手を叩く。
くそっ!人の姿をしていたから油断したぜ。
今背を向けるのが一番危険か。
このレイマも殺人鬼と同じで元は人間だったようだが、殺人鬼とは明らかに違う。
殺人鬼が変態したレイマは二足歩行こそしていたが最終的には人とは言えない姿になった。
だが、今目の前に現れたレイマは肌は黒く変色しているもののまだ人の形を保っていた。
顔にある目は確認できるだけで六つ。本来の位置に一つずつ、頬に一つずつ、そして額と顎に一つずつだ。今開いているのは本来の位置にある二つの目だけで、残りは瞼を閉じている。
開いている目の色彩は赤く染まり、結膜は肌よりもっと黒く、まるで闇で出来ているかのように思わせる。
鼻はないようだ。耳は髪の毛で隠れてよくわからない。本当に髪なのかもわからない。
魔物の事を知らない奴が見たらカラーコンタクトにボディペイントしていると勘違いしたかもしれない。
このレイマと殺人鬼が変態したレイマとの最も大きな違い、それは人の言葉を話すことだ。
殺人鬼は変態してレイマに食われた、と新田母は言った。
じゃあ、こいつは?人の言葉を話すこいつはどうなんだ?
人の心を持ったレイマ?
それとも元の人間の知識を得てレイマが喋っている?
考えたところで答えが出るわけない。
今はこの危機をどうやって乗り切るかを考えるのが先決だ。
「あなた達、おいしそうな匂いがするって」
におい?
鼻はないんじゃないのか?人とは違う場所に器官があるのか?
「匂いが、する?誰がそんなこと言ってるのよ!」
「私……?」
レイマは首を傾げる。
新田さん、レイマの赤い目を見ても恐怖を感じてないみたいだな。確かにあやめ様との訓練の効果は出ているようだ。
しかし、このレイマ、なんかおかしいな、普通じゃない。
いや、普通のレイマなんているわけないんだが……。
「あたしねぇ、あなた達に聞きたい事があるのー」
「……何よ?」
「あなた達ってー、もしかしてーバカップルぅー?」
「違うわっ!」
「違うわよっ!」
「えー、違うのー?じゃーあ、どうやって見分けるのー?」
「知らないわよ!」
「えー、知らないのにー、自分達がーバカップルじゃないってーどうしてわかるのー?ねえ、ねえ、ねえー」
このレイマ、俺達の油断を誘っている、わけじゃなさそうだな。会話を楽しんでいるように見える。
新田さんもレイマが言葉を話す事に驚いて今すぐ攻撃を仕掛けることはなさそうなのでちょっと安心した。
言葉が通じるのはチャンスかもしれないな。
応援が来る(ことを信じて)時間を稼げるし、上手く話を合わせられればこの場を去ってくれるかもしれない。その場合は好戦的な新田さんの説得をしなくちゃならなくなるが……。
「俺はわかるぜ、バカップルの見分け方」
「進藤君?」
「ほんとー?教えて、教えてー」
「一般的にバカップルとは人前でイチャつく奴らのことだ」
「それでー?」
「人前で彼氏が彼女の胸や尻を触る。それを彼女は怒りもせず、平然と受け入れる!その行為を見せびらかして喜ぶ!そういう奴らだ!そいつらこそ、真のバカップルだ!くそっ、思い出しただけでマジ許せん!」
「進藤君、進藤君、最後思いっきり私情挟んでたわよ」
「へー、そうなんだー。あなた達はやらないのー?」
「人前でそんなことするか!」
「人前じゃなくてもやってないけど」
「そっかー、違うのかー」
「わかってくれたか?」
「まあ、どっちでもいいどー。あなた達をー殺すことにー変わりないからー」
「何だと⁉︎じゃあ、今の会話は何だったんだ⁉︎」
「……さあ?」
なんなんだ、こいつ。
「それにー、リア充死すべし、だしー?」
「……ああ、それじゃあ仕方ないな、と前の俺なら納得しただろう」
「したんだ?」
「だが今の俺は断固抗議する!」
「……」
「えー、どーしーてー?」
「バカップルに人権はないがリア充にはある!あ、だからといってバカップルが死んでいいわけじゃないぞ!」
「もう進藤君は黙って」
「何でだ⁉︎」
「いいから!あなた今、殺すって言ったわよね?……もう人を殺したの?」
「うん、そうみたーい。あたしをームーンシーカーだってバカにしたからー、だったかしらぁ?理由なんてどうでもいいわねー。今の私はー死を呼ぶー黒美少女?だからー。あたしのー姿をー見たものは死ぬのー。みんな死ぬのー」
黒美少女って、なんだ?
大体、昔はどうか知らんが今の顔なんて不気味でとても美少女なんて呼べねーぞ!
っていうかこいつも元はムーンシーカーかよ!
ムーンシーカーはレイマ予備軍なのかっ⁉︎
「……絶対許さない。私があなたを倒すわ!」
「わー、たーのーしーみー」
レイマはバカにしたように棒読みでそう言うと右腕をこちらに伸ばした。
その人差し指が突然、シュッと伸びて新田さんを襲う。
新田さんは素早く対応し、ワイヤーブレードで切り落とす。
「いーたーいー」
言葉とは裏腹にレイマの表情は嬉しそうだ。切断されたレイマの指は元に戻った。
マゾかこいつ?
結局大して時間稼ぎも出来ず戦闘が始まってしまった。
救いはレイマが本気を出していないことだ。触手攻撃も一度に二本までしか使っていない。
もしレイマが本気になったら、閉じでいる目を一斉に開いたら、あるいは触手を一度に放ったらまず助からないだろう。
くそっ、余裕を見せ付けやがって……いや、違う。
こいつは生への執着がないんだ。だから勝つことよりも楽しむことを優先する。その結果死ぬことになっても後悔はしないのだろう。
その辺は死を恐れないというムーンシーカーらしい。
俺は確信した。
こいつはレイマに食われていない。逆にレイマの力を使いこなしているんだ。




