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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
セクション・サーティーン編
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68話 口は災いのもと

 新宿地下通路は、GPSを利用したマップが普及する前、何人もの行方不明者を出した現代のダンジョンであった……。


 もちろん嘘だ。

 チョコをもらってちょっと高揚してるようだ。


「何嬉しそうにしてるの?」


 やべっ、顔に出てたか?


「いや、やっぱ本命チョコはうれしいよ」

「そうなんだ……って義理だって言ったでしょ」

「大丈夫。その言葉の裏に隠された真意はしっかり伝わったから」

「……やっぱり返してもらおうかな」

「それは無理」


 そう、本命チョコ(たぶん)はすでにリュックの中だ。


「あ、お返しを準備しないといけないな」


 お返しは俺の可愛い妹と母の分しか準備していない。つまり今回は二個だったというわけだ。

 貰ったチョコが家族からだけでも全然悲しくないからな!

 因みに去年はバイト先でもらったのでもう少し多かった。みんな義理であることは言うまでもない。


「お返しは本命クラスで期待してるから。義理だけど!」


 そう言って新田さんは俺の右腕に抱きついてくる。


 おおっ、何この展開⁉︎

 言ってる事とやってる事が真逆だぞ!

 やべっ、顔が熱くなってきた。

 耐えるんだ俺!この程度で顔を赤らめるなんて恥ずかしずぎるぞ!


 しかし、腕に当たる胸の感触がやば……くない?

 あれ……?ない……?新田さんの胸そこまで小さかったか?

 っていうか腕の感触もないぞ!

 ……あっ!


「新田さん、申し訳ないけど腕組むの左腕にしてくれない?」

「どうして?」


 イタズラっぽい笑みを浮かべる新田さん。

 ……そういうことか、俺の右腕に感覚がないのをわかっててやってんだな。

 俺をからかってるのか。でも、俺の右腕が動かなくなったのは新田さんにも責任があるんだぞ。

 結構図太い性格してるよな。行動も大胆だし。

 大学で見せるお淑やかな姿とは大違いだぜ。

 ここまで隠さず本性を見せてくれるならば俺も応えねばなるまい!


「右腕じゃ、む……腕の感触が伝わらない!」


 危ない。危うく胸って言いそうになった。言ってたら本性じゃなく本能剥き出しだ。


「今、"胸"って言った?」


 げっ、気づかれた⁉︎


「言ってない」


 そう、俺が言ったのは"む"だけだったはずだ。


「言ったよね?私は聞こえたわ」

「いや、そんな……ん?」


 なんか周りの視線が痛いぞ。

 お、もしかして俺達、バカップルに見えたりするのか?

 見せつけているつもりは全くなかったが、そう見えてしまうものなんだな。


 悪かったなバカップル達よ!

 今日から俺はバカップルをバカにするのを辞めるぞ!バカップルと呼ぶのはやめないけどな!

 あ、バカップルって言ってる時点でバカにしてるか。


 落ち着いてくると嫉妬というより奇異なものを見る視線が混じっているのに気付いた。

 その理由はすぐにわかった。

 今日の新田さんは男性のような服装で中性的に見える。新田さんを男性と勘違いし、俺達を同性愛者と思っている者もいるようだ。

 

 うーむ、これも新田さんの計算なのだろうか?

 俺を独占したいが為に俺をホモだと思わせ、他の女性を近づけさせないように……はないな。

 言ってて悲しくなってきたぜ。


 新田さんも周囲の視線に気づき、恥ずかしそうな顔でぱっと離れた。

 やはり計算ではなかったようだ。



 新田さんの行きたい店は地下街の結構入り組んだ場所にあるらしい。何の店かは着くまで秘密との事で俺は知らない。新田さんもその店へ行くのは初めてとのことでスマホのマップを頼りに目的の店に向かっていた。


 腕を組むのをやめたとはいえ、新田さんが目立つのは変わらないので今も少なからず視線を感じる。


「新田さんは大変だな」


 新田さんは一瞬小首を傾げ、すぐに俺の言葉の意味を理解した。


「うん、まあ、慣れ、かな」

「慣れ、ねえ」


 確かに慣れるもんなんだな。

 最初は視線が気になっていたが今は気にならなくなった。

 ……っていうか通行人が少なくなってるな。どんどん人気のない方へ向かってないか?

 さっきの腕組みといい、もしや新田さん、本当に俺を誘っている?向かってる店はもしや……。


 新田さんは見た目からして怪しそうな店のそばで止まった。


 ……まさか、本当に?


「ごめんなさい、道間違えたみたい」


 ……だよな。

 新田さん、方向音痴なのか?

 でもスマホのマップは現在地を表示してるから機械音痴でもない限りたどり着くよな。

 新田さんは俺より機械に詳しそうだから考えにくい。


「ちょっと俺にも見せて」

「え?あ、でもそれは……」


 俺がスマホの画面を見ようとしたら新田さんはスマホを持った腕を後ろに回した。


「ここで時間を取られ過ぎるとアキバに行く時間がなくなるぞ」

「……わかったわ」


 新田さんのスマホに表示されたマップを見る。新田さんが行きたい店、それは特定の趣味を持った者にしか価値がわからないものばかりを揃えた店だった。


「この店、オタク専門……」

「私はオタクじゃないから!」


 ムッとした表情で俺を睨む新田さん。

 オタクには二種類存在する。

 自他共に認めるオタクと客観的に見ればオタクなのだが本人だけが認めないオタク。

 前者は皇零、後者は……。


「じゃあ、そう言うことで」

「……」


 俺はマップを見る間、新田さんの鋭い視線を頬に感じたが気付かないふりをした。


「……あれ?」

「なに?」

「この方位マーク、おかしくないか?」

「え?」

「ほら、再表示する度に方向が違う」

「……本当だわ。さっき、こっちが北だったのに今は東になってる」

「アプリのバグか?」

「うーん、でも今までこんな事なかったんだけど?」

「アップデートしてバグが混入したのかも知れないぜ」

「そうなのかな?」

「こりゃ、聞いた方が早いな」

「え、でも……」


 他人でもこの店行くこと知られたくないんだ。


「俺が聞く……」

「よろしくね!」


 新田さんは即答だった。っていうか俺の言葉の最後まで聞いてなかったよな?

 まあ、いいけどね。俺はオタクの店の事を聞くのに全く抵抗がない。



「ここみたいだな」

「うん」


 十分ほどして目的の店に辿り着いた。とりあず着いてホッとした。

 新田さんが再び腕を組んできた。今度は左腕にだ。

 腕に新田さんの腕と胸の感触が伝わる。


 これは案内してくれたお礼なのだろうか?


 確かにそれもあっただろう。だがそれ以外にも理由があった。

 そう、この店に興味があるのは俺で新田さんはその付き添いで来たと周りに思わせたかったようなのだ。


 しかし、甘いぜ、新田さん。

 動きを見れば商品に興味があるのは新田さんの方だと丸わかりだぜ。

 心優しい俺はその事を言わないけどな。

 間違っても胸や腕の感触をもっと味わいたいと思ったからじゃないぜ!


「あ、これじゃない?」

「何が?」


 と言ったら新田さんに睨まれた。

 どうやら俺の探し物を見つけてくれた、という設定らしい。


 すみません、アドリブ苦手なんで、そういうこと最初に言ってください。


 俺は新田さんが指差した品物を手に取った。

 それは飛行機からロボットへ変形するオモチャだった。値段を見ると結構なお値段だった。


「こんなにするんだ」

「限定版だか……らしいわね。元の価格はもっと安いのね」


 まだ、その演技続けるんだ。

 配役完全に間違ってるよな。皇なら完璧にこなせただろうに。

 だが、仮にこの場に皇がいたとしてもこの役を譲る訳にはいかない。

 勿論、嫉妬深い皇嫁のためだぜ。そんな事させたら新田さんと皇嫁との間に亀裂が走るだろう?

 間違っても胸の感触云々の為ではないぜ!


「しかし、実際にはこんなのあり得ないよな」

「どうして?」

「仮に変形出来たとしても複雑過ぎだ。部品数多くて故障率高そうだし、整備とか考えたら絶対量産は無理だ」


 と言ったら新田さんに睨まれた。

 いや、俺達の会話を聞いていた周りの奴らに俺は睨まれた。

 俺はこの店にいるオタクを敵に回したらしい。


 これが甲子園のライトスタンドで相手チームを応援する気分か。

 違うか。


「聞き捨てならないわね」


 そう言って俺の前に現れた少女に俺は見覚えがあった。それは以前、ファミレスで子供お姉ちゃんと一緒にいた客の一人だった。名前はたしか……。


「ゆきゆき?」

「ゆきゆき言うな!……っていうか、あなた、何で私の事知ってるの?」


 しまった!思わず口が滑った。

 凄い剣幕で俺を睨むゆきゆき。

 ついでに?新田さんも身の凍りそうな冷たい目で睨んでくる。


「あー、ごめん、その、以前ファミレスで見かけてあまりに印象的だったんで覚えてたんだ」

 

 主に子供お姉ちゃんの方をだが。

 あんたらの席に料理運んだり会計担当したの俺なんだが、店員の顔なんて覚えてるわけないよな。


「ファミレス?どこの?」

「月見市の」

「月見市……他に誰かいた?」

「無表情の少年とその妹だったかな?」


 本当はお姉ちゃんのはずだが見た目は妹だったし、あまり詳しく話すと更に話がややこしくなりそうだ。


「……そう、あの時いたんだ」


 ゆきゆきは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 どうやら俺は知られたくない古傷を抉ってしまったようだ。


「私のストーカーじゃないのね?」


 おお、自意識過剰だな。

 確かにゆきゆきは美少女だ。

 だが俺は美女は見慣れてんだよ。


「酷いな。そんな暇あるなら妹と遊んでるよ」

「……」


 しまった!今のは新田さんと遊ぶと言うべきだったか。

 新田さんの微妙な視線がなんとなく痛い。


「あなた、シスコン?」

「否定はしない!」

「……まあいいわ。話を戻しましょう。あなたがバカにしたバルキラーの事だけど……」

「悪かった。俺、オタクじゃないからそういう事よくわからないんだ」

「私はオタクじゃないけどわかるわよ!」


 俺はまたもや失言したようだ。

 火に油を注くとはこの事か。

 ゆきゆきも新田さんと同じく自分をオタクと認めないタイプのようだった。


 俺はゆきゆきの説教を聞かされる羽目になった。

 いつの間にか新田さんはゆきゆきの隣に立っていた。

 ゆきゆきの話にウンウン頷いている新田さんの手前、反論するわけにもいかず、更には途中から新田さんも説教に加わる。


「進藤君てさ、自分より少しでも知識があるとみんなオタク扱いするよね?」

「え?少し……?」


 それは自分を過小評価し過ぎだぞ、新田さん。


 と言いたかったのだが、


「そういう奴いるいる!」


 と俺達のやりとりを遠巻きで見ていたオタク女が割り込んできた。

 それが合図だったかのように、次々とオタク達が俺に文句を言いはじめる。


「大体、たかしだってオタクのくせの自分は違うっていうのよ!」

「いるいる!」


 いや、たかしって誰だよ?俺関係ないよな?

 もう話滅茶苦茶だぞ、おい!


 俺は店にいた見ず知らずのオタク達に説教された挙句(話の後半はほとんど俺と関係ない事だった気がするが)、店を追い出された。

 店員は関わりたくないと思ったのか、彼らと同じ思いだったのか俺を助けてくれなかった。



 今、新田さんはゆきゆきその他と意気投合して楽しそうに品物を見て回っている。

 最初からそうしてくれればよかったのに。

 下手な演技をしたばっかりに酷い目にあったぜ。


 時折聞こえる会話の内容は何を言ってるのかさっぱりだ。


 ……やっぱり自分を過小評価し過ぎだぜ、新田さん。


 ふと、視線を感じた。そちらに目をやるといつの間にかすぐ側に少年が立っていた。


「うわっ!びっくりした!」

「……」


 この少年にも見覚えがある。

 ゆきゆきと一緒にいた少年だ。名前は……しずちゃん、だったか?

 こいつはムーンシーカーだ。

 前髪で目を隠しているのはムーンシーカー特有のガラス玉で出来たような生気のない目を隠すためだろう。

 子供お姉ちゃんの姿がないところを見るとゆきゆきと二人でに来たのだろうか。

 しずちゃん?もこの店には全く興味がないようだった。


「お互い苦労するな」


 しずちゃん?は無言で頷いた。


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