66話 ダンジョンズ&ねこちゃんず6
「これ着なさい」
ぷーこから食後に渡されたのは上下一体の黒いスーツだった。見た目はウェットスーツに似ている。
「なんだこれ?」
「これを着ればもっと実戦に近くなるのよ」
「もしかして魔物の攻撃を受けた時に振動が伝わったりするのか?」
「そうよ」
「それすごいわ!」
「なんで最初使わなかったんだ?」
「え……?えっとねぇ……」
「システムに慣れるため?」
「そ、そう!それ!」
……こいつ、絶対忘れてたな。
「で、更衣室はどこだ?」
「ここでいいでしょ」
「は?」
「え……?男女一緒なの?」
「大丈夫よ。監視カメラあるから流石にちいとも手を出せないわよ」
「そう言う事じゃなくて……」
そうだぞ、俺が新田さんを押し倒せるわけないだろう、って違うわ!
「着替えを監視されたくねえって言ってんだよ!」
「誰もあんたの貧相な裸見ないわよ」
「なんだと⁉︎俺はな!新田さんのお母さんの扱き……じゃなくて特訓で結構筋肉ついたんだぞ!新田さんのお母さんなんか『私が若かったら惚れてしまったかもしれませんね、うふふ』って言ったんだぞ!」
「似てないし、お母さん筋肉フェチじゃないと思うけど」
新田さん、冷めた目で見るのやめてください。本当の事なんです。
「一ヶ月程度鍛えたくらいで偉そうな事言うわね。わかったわよ、じゃあ見せてみなさいよ!そのご自慢の筋肉とやらを!」
「あ、いや……」
自分から言っといてなんだが、確かに自慢するほどのものじゃない。
「ほらほら、どうしたの?」
ぷーこがスマホのカメラを起動する。
「……なんでカメラ回してんだよ?」
「弱みは握れる時に握れって諺があるでしょ!」
「ねえよ」
「ほらほら、せりすんも」
そう言って新田さんにスマホを向ける。
「……」
「ちいとはどうでもいいけど、せりすんは下着もとってね!全裸よ全裸!サービス!サービスぅー!」
「……」
ぷーこは新田さんが怒っているのに気づいていないようだ。
何故かって?
バカだからだ。
「一ついいか?」
「何よっ?さっさと脱ぎないさいよ!メモリーもったいないでしょ!」
「お前もここで着替えんのか?」
「何言ってんの、更衣室で着替えるに決まってるでしょ!あたしはタダで見せてやる裸なんか持ってないわよ!」
新田さんが無言でぷーこに近づく。
「な、何よ、その顔……あ、あああ、ぎゃああ!」
ぷーこは新田さんの頭ぐりぐりを受け、涙目になりながらもスマホで撮り続ける。
が、言うまでもなく、程なくしてぷーこは降参した。
ほっ、俺の事が有耶無耶になってよかったぜ。
俺達は更衣室でウェットスーツもどきに着替えた。
言うまでも男女別だぜ。
俺の右腕はクララを装備しないと動かす事ができない。
一度スーツの上から装着してみたが、正常に動作しなかったのでスーツの下に装着している。
スーツの密着度は高く、腕には確実にクララの跡が残るだろう。
俺が着替え終わってから十分ほど経って二人が更衣室から出てきた。
「やっぱりちょっと体の線出過ぎじゃない?」
「普通でしょ。ね、ちいと」
「あ、ああ、似合ってるよ」
男性用より女性用の方が体の線がよくわかる気がする。
じっと見てるとちょっと……まあ、その、やばい。
ぷーこも似合っていたが、こいつからは全く色気を感じない。
え?
結局、新田さんは下着を着けなかったのかって?
……聞けるわけねえだろ!
「……進藤君、そんなに見られると恥ずかしいんだけど」
「あ、悪い」
俺はガン見していたようだ。
これが海やプールだった注意されることもなかったんだろうが。
違うか。
「大丈夫よ、せりすん!お腹はちゃんと抑えられて……痛い痛い!」
「お腹は出てなかった、わよね?」
「はい!出てませんでした!あたしには見えませんでした!目隠しされたから!」
「……全然フォローになってないんだけど!」
なんだかんだで楽しそうだな、新田さん。
俺達は訓練を再開した。
最初に向かうのはねこギルドだ。
以前雇った猫か、新しい猫を雇うか選択出来る。
新しく雇うを選択した場合、いわゆるガチャをする事になる。皇帝猫の出現率は一パーセントで残り九十九パーセントは普通?の猫だ。
最初は皆普通の猫でレベルは一、クラスだけランダムだったが、ガチャではクラスだけでなくレベルもランダムらしい。
「ガチャは一回だけだから。一度雇ったら戻ってくるまで変更出来ないからね」
「新しく雇うを選択して気に入らなくても前の猫に変更は出来ないってことか?」
「そういうこと」
「私は同じ猫ちゃんで行くわ。愛着もあるし」
皇帝猫の出現率は一パーセントなんだよな。
ガチャしてまたレベル一の猫だったらやだし、クラスは癒し猫がいい。ここは安全策を取るべきだな。
「俺も同じにするよ。ぷーこ、おやじに話しかければいいのか?」
「そうよ」
「おやじ、前回雇った奴を頼む」
「ん……あんたが前雇った猫は別の奴が連れてるな」
「なん、だと?」
「そんなことあるのっ⁈私の猫ちゃんは⁉︎」
「ん……あんたのは大丈夫だ」
新田さんの前と同じ猫が現れる。
「よかった……」
俺はなんてついてねえんだ……ん?
「ちょっと待て。ここには俺達しかいないんだよな?俺が雇った猫は誰が使ってるんだ?ありえねえだろ?」
「そう言えばそうね」
「……ちっ、ちいとのくせによく気づいたわね」
「ちいと言うな」
「へっへっへー。あんたの猫はあたしの別アカウントで雇ったのよ!」
「なんだと⁉︎」
「あたしはね、こう見えて執念深いのよ!」
「いや、知ってる」
「私も知ってる」
「ちょ……まあいいわ!あたしはね、復讐できる時にきっちり復讐する女なのよ!」
「何のことを言ってるんだ⁉︎」
「多過ぎてわからないんでしょ!あたしもわからないわ!」
「なんだそりゃ!」
「ぷーこちゃん、流石にそれはダメでしょ」
新田さんの頭ぐりぐりがぷーこに炸裂する。
「い、痛い痛い!せりすんのは残しておいたじゃない!奢ってくれたから!」
「ズルはダメよ。みーちゃんはいいわ。ぷーこちゃんが経験者なのは確かだから。でもこれはダメよ。こんなズルしたらゲームは楽しくないわ」
「わ、わかったわよ!」
「ありがとう、新田さん。でも俺達ゲームじゃなくて……いや何でもない」
さっき雇った癒し猫が再び俺のバディ猫になった。
姿はギルド内をうろついている他の猫と色や模様が違う程度しか差はないのに何故か愛おしく思った。
思わずその頭を撫でてしまう。
「にゃーん」
癒し猫が嬉しそうな声をあげる。
「そうか、お前も嬉しいか」
「そんなわけないじゃん、あんたみたいなヘタレ、って痛い痛い!」
「おお、悪いな。事実だから、真摯に受け止めようと思ったんだが、まだまだ俺は未熟だなぁ」
ダンジョンに入ってすぐにスーツの効果を知る事になった。
現れた魔物はビッグマウス。
一対一じゃまず負けない。だが、無傷で勝つのは俺には無理だ。
ビッグマウスの攻撃を受けた左腕に軽く衝撃が走った。
「お⁉︎衝撃がきた!」
「本当だわ!」
新田さんは俺とは違い、ワザと攻撃を受けたようだ。
確かにこれはさっきより実戦に近いな。
地下四階に到達し攻略するまでに一時間かかった。このシステムを使用できるのは長くても後二時間のはずだ。
「このペースじゃ今日中に十階に到達するのは無理だよな」
「足手まといがいるからね」
「悪かったな!だがな、もともとこの訓練の難易度が高過ぎんじゃないのか?」
「開き直ったわね」
「事実を言ってんだよ!」
「せりすんはどう?物足りないでしょ?」
「え?あ、うん、私はこれくらいで丁度いいけど」
「ほら!」
「何が『ほら』だ!新田さんが丁度いいって事は俺には高過ぎって事だろ!」
新田さんは丁度いいと言ったが、地下四階の魔物の攻撃を完全にはかわせなくなっている。この後更に魔物が強力になっていくことを考えれば、新田さんでもこの難易度は高いと思う。
そう言うとムキになりそうだから言わないが……。
「失礼ね!ちゃんと三人でクリアできるように調整してるわよ!」
「……ちょっと待って、ぷーこちゃん」
「何よ?」
「それってつまり、ぷーこちゃんも数に入ってるってこと?」
「当たり前じゃない」
「その割にお前戦ってないよな?」
「……」
「何黙ってんだよ。その『しまったー』って顔はなんだ?ん?」
「そ、そんな顔してないわよ!」
「大体、お前はどのくらいの強さに設定してんだよ?」
「実力そのままよ」
「それがわからねえんだよ。まさか新田さんより強いって事はないよな?」
「何言ってんのよ!あたしが一番強いに決まってるじゃない!戦闘力二倍よ!」
「……」
ダメだ、こいつ。
「……まあ、お前のイカサマパラメーターは取り敢えず置いとくとして、今の難易度じゃ間違いなくクリアできない。一人でも倒れたらアウトなんだろ。俺は今でさえ一撃でヒットポイントがレッドになることがあるんだからな」
結局、俺は五階で現れた魔物ドムックの肩から生えた生体大砲の一撃を食らい即死した。
もちろん、ワザとやられた訳じゃないぜ。地下五階は見渡す限りが草原で、階段を探していたら狙撃されたんだ。いきなり胸に衝撃が来て最初何が起こったのかわからなかった。
空中に"Mission Failed"と表示され真っ白な部屋に戻る。
「ぷーこ、レベル調整し直せよ」
「……わかったわよ。でもね!あんたに言われたからじゃないからね!あたしが変更する必要がある、と思ったんだから!」
「そんなのどっちでもいい」
ぷーこは「ちょっと待ってなさいよ」と言い残して部屋から出て行った。
そして戻ってこなかった。
代わりに来たのは見たことのない女性だった。
年は二十代後半くらいから。あくまでも見た目が、だ。この女性も美人だった。
日本人じゃないな、いや、この世界の人間ですらないかもしれない。
何故かそう思った。
「初めまして。私はキリン。あなた達は進藤千歳さんと新田せりすさんで合ってる?」
「はい」
「そうです。あの、ぷー……、姫野さんは?」
「ぷーこでいいわよ。あの子はお仕置き中よ」
「お仕置き?」
「今日、あなた達が本来受けるはずだった訓練プログラムをあの子が勝手に書き換えていたの。気づくのが遅くなってごめんなさい」
「えーと、つまり、今までの訓練は予定と違っていたと?」
「ええ」
まあ、そうだよな。ダンジョンなんておかしいと思ったんだ。
「あの子、結構システムをいじくったみたいなのよ。申し訳ないけど再訓練の日程は後日改めて連絡しますので今日はここまでと言うことで」
「はあ」
「あのっ」
「何かしら?」
「猫ちゃんは、レベル上げしたバディ猫はどうなるんですか?」
「バディ猫?……ああ、ぷーこが勝手に追加したモジュールね。それは現時点では何とも言えないわ。利用価値があるようなら残すし、必要なければ消去します」
「そうですか……」
「あのバディ猫システムはぷーこが作ったんですか?」
「ええ、あの子、プログラマーとしては天才なのよ。ただ、すぐに趣味に走るのよね。私達の言う通りのものを作ってくれれば言うことないんだけど……」
キリンはため息をついた。
なるほど、その才能のお陰で組織から解雇されない、と言うことか。
やっとあのバカが組織いられる理由がわかったぜ。
「あれ?でもあいつ、探偵って言ってたような……」
「あくまでもお手伝いよ。組織にいると余計なことするから必要な時だけで呼び戻してたの。藤原さんが別件で面倒見れなくなったから今は澄羅道場で面倒見てもらってるんだけど、今回は油断しわ。……ほんと、困った子よね」
キリンはもう一度ため息をついた。
わかるぜ、その気持ち。




