6話 その名は姫?
「にゃっく、今からお前の仲間のこと聞きに行くぞ」
そういうと、にゃっくは一瞬、目を輝かせたように見えた。
「ただし、電車乗ってる間はこの中でジッとしていてくれよ」
そう言って、準備しておいたバスケットを見せると、にゃっくは微かに頷いた。
メールで指示された場所の最寄り駅である神無月駅に着くとバスケットを開けた。にゃっくがゆっくりと顔を出す。俺は予め準備していた帽子をそのでっかい頭にかぶせる。
これはファッションや防寒のためというより、あの逆毛レーダー対策だ。突然立ったりしたら面倒だからな。
にゃっくを抱き上げると俺のパーカーのフードに入れる。
にゃっくは顔だけちょこんと出した。辺りを警戒するつもりだろうか。
「行くぞ」
俺の言葉ににゃっくは小さく頷いた、ようだった。
俺はスマホにマップを表示させると指定場所に向かって歩き出した。
「ここだな」
あるビルの四階。
ドアのプレートに藤原探偵事務所と書かれているのを見て俺はほっとしたのと同時に不安も込みあげてくる。
何せ、ここへ来る間一度も看板を見なかったからな。ビルに入ってすぐにあった会社案内さえ探偵事務所があることは書かれていなかったんだぜ。
仕事をやる気がないを通り越して怪しすぎるだろ?
約束の時間は午後三時。
十分ほど早く着いた。
俺がにゃっくに視線を送ると、俺の意図を理解したかのように小さく頷き、身を乗り出してきた。
何があってもすぐに対応できるようにだろうか。
本当にボディガードできそうだな。どのくらいの腕かは未知数だが、あの切り裂く技を見ているだけに俺よりは強そうだ。ネコより弱いと認めるのは情けないが、にゃっくはただのネコじゃないからな。
俺は意を決し、インターホンを押した。
すぐに応答があった。
「はい、どなた?」
若い女性の声だ。
「三時に会う約束をした進藤です」
「ちょっと待ってて」
すぐにドアが開いた。
中から出てきたのは俺より少し下、高校生くらいの少女だった。なかなかきれいな顔立ちをしている。美少女といっていいんじゃないか。
「よく来たわねっ!おっ、その子が写真の子ね!いい顔つきだわ!」
元気のいい子だ。
「約束通り話を聞きに来たんだけど」
「オッケイ、オッケイ、ささっ、入りなさいよ!」
事務所には誰もいなかった。他の部屋にいるのか。仕事に出ているのか。
「それで名前は?」
「俺は進藤…」
「あんたじゃないわよ!そっちのかっこいい方よ!」
「…にゃっくだ」
「にゃっく…?」
「あ、ああ」
少女の表情の変化を見て俺は初めて気づいた。
この名前、結構恥ずかしくねえか?
家族や四季薫は名前に無反応だったからまったく気にしてなかったぜ。
「かわいそう。こんなおバカなマスターを持ったばかりに」
「うるせい!」
この女、口が悪いな。
「もしかして今、世間で騒がしている切り裂き魔からとったりした?」
くそっ、簡単に読まれた。
「切り裂きにゃっくかあ。でも切り裂き魔は皇帝猫じゃないわよ」
「そうだろうな。少なくともこいつじゃないことはわかっている」
「うんうん、皇帝猫に悪い子はいないのよ!」
そんなに頷くことか?
「それでそっちは?名前聞いてないよな?」
「姫よ!姫と呼ばせて上げるわ」
生意気な奴だ。いや、実は俺より年上だったりするのか?
「で、本名は?」
「本名などない!」
「ないわけないだろうが」
しかし、自称、姫は本名を名乗ることはなかった。
なんでちゃんと名乗らない?あからさまに怪しいぞ、こいつ。
周囲を見回していると所長の席らしきところで、何か小さなものが動くのが見えたが、ノートパソコンのモニタが邪魔でよく見えない。
俺はその席へ近づた。
「皇帝猫!」
そう、所長の机の上には真っ白な皇帝猫がいたのだ。
にゃっくにそっくりなその猫はノートパソコンのモニタを眺めていた。
ちっちゃいマウスを両前足でそれぞれつかんでいた。マウスは二つともネズミのデザインだ。
やっぱりネコはマウスと相性がいいな。などと一瞬、思ってしまった。
この皇帝猫はあの発見情報に載っていた三騎のどれでもなかった。
つまり、にゃっくは四騎めではなかったのだ。実際にはもっと発見されているということか。そしてなんらかの理由でその存在を隠している。そう思った。
「名前は?」
「みーちゃんよ」
ほう、この皇帝猫はみーちゃんというのか。ん?じゃあ、名前はみー、なのか?
くそっ、俺も難癖を付けてやりたいが、そういう歌手いたな。ファンだとか言われたらケチつけれねー。
「もうちょっと待ってなさい。みーちゃん、お仕事中だから」
「仕事?」
「デイトレよ」
株取引をしてるだと?
「ははは」
俺は姫の冗談を聞き流し、モニタをのぞき込む。
モニタには株価が表示されていた。
ある会社の株価が変わった瞬間、みーちゃんは左前足のマウスを素早く操作した。
そして小さくガッツポーズ。
「…まじかよ」
最近、俺は夢と現実の区別が付かなくなってきてるんじゃないか。
午後三時を過ぎ、株式市場が閉まるとみーちゃんはマウスから手を離し、小さく息を吐いた。
「一仕事終えた男の顔ね。相変わらずかっこいいわ」
子ネコをうっとりした顔で見つめる姫。
あほだな、こいつ。
みーちゃんはノートパソコンを閉じると所長の机の上から飛び降りた。
と同時ににゃっくが俺のフードの中から飛び出し、みーちゃんの正面に着地した。
にゃっくとみーちゃんはお互いをしばし見つめ合った後、ゆっくりと近づき、鏡合わせのように前足をあげると肉球を合わせた。
そしてさらに近づきお互いの背に顎を乗せた。
「…なにやってんだ?」
「何言ってるのよ、あんた!皇帝猫が顎を相手の背に預けるのは相手を尊敬、信頼している証拠よ!そんなの常識じゃない!」
興奮気味に姫が叫んだ。
そんな常識知るか。
「さて、にゃっくの写真を撮らないと」
「写真?」
「ええ、皇帝猫の紹介ページに載せるやつよ」
「みーちゃんは載ってなかったぞ」
「にゃっくと一緒に更新するわ。一騎ずつ更新するの面倒じゃない」
どうやら俺は深読みしすぎたようだ。
「どこがだ、頻繁に更新するわけじゃないだろうが」
「うるさいわね」
「それにだ、ここは発見場所じゃないだろ?」
「大丈夫よ。あとでそれらしい場所に修正するから」
「なんだよ、それらしい場所に修正って」
「どうせあんたが見つけたのは住宅街とか平凡なところなんでしょ?」
「ああ」
「それじゃつまらないじゃない!」
「…」
「あたしに任せておけば大丈夫よ!」
この紹介ページに記されている発見場所の信憑性が薄れたな。
「残念だ」
「なにがよ?」
「お前のおつむが残念だ。せっかく外見がそこそこいいのに」
「失礼ね!あんまり失礼なことばかり言うと殴られても文句言えないわよ」
「俺はさっきから蹴られているんだが、蹴るのはいいのか」
そう、こいつは俺が突っ込む度にローキックを入れているのだ。
平気な顔をしてるが、結構痛いんだ。
「問題なしっ」
姫は大きく頷いて言った。
あほだよ、こいつ。
姫はにゃっくの写真を撮りまくった。
にゃっくはというと、姫を完全に無視していた。
ディスクが一杯になり、交換しようとしているところで俺は声をかけた。
「もういいだろ、そろそろ皇帝猫について教えてもらおうか」
「しょうがないわね」
どこがだ。すごくうれしそうだぞ。
「そうね、じゃあ、まず、なんで皇帝猫って呼ばれるようになったか知ってる?」
「お前が勝手につけたんじゃないのか?」
「違うわよ!知りたいでしょ?あんたが少しでも知性、ってものを持ってるなら知りたいはずよ!」
ムカつく奴だ。できた人間である俺は軽く聞き流す。
「さっさと話せよ」
「ふふふ。しょうがないわね、そこまでいうなら話してあげるわ」
言ってねえよ。
「あるところに小さいけど豊かな帝国があったの」
帝国っていうとでかいイメージしかないんだが。それも悪役の。
「そこへ隣国が難癖をつけて攻め込んできたの」
「難癖?」
「ええ。この国はちょっと前まで王国だったんだけど、王様が皇帝の方がかっこいいって理由で帝国にしちゃったの。それを隣国の皇帝が面白くなかった、ってわけ」
ほんと難癖だな。その王様も王様だが。いや、どうせ、こいつの作り話に違いない。
「その国の騎士たちはそれはもう勇敢に戦ったけど、敗北は誰の目にも明らかだったの。敵が三万に対してこちらは五千。さらに追い討ちをかけるように皇帝が病気で倒れてしまったの。皇帝の病状は日に日に悪化して誰の目にももう長くないことは明らかだったわ。でも皇帝はまだ後継者を選んでなかったから内部で後継者争いが起こりそうになっていたの」
「ほう」
「皇帝には皇子が三人と皇女が一人いたの。だから当然後継者はこの中から選ばれるとみんな思っていたんだけど、皇帝が病床で弱々しく手を伸ばして指差した相手は息子たちじゃなくて、ネコちゃんだったの」
なにいってんの?こいつ。
「みんな驚いたわ。ネコちゃん本人もにゃにーっ、て顔をして驚いたわ」
どんな顔だ、それは。
「実はその先に人がいたんじゃねえのか?」
「するどいわね。そう、その先に確かにいたわ。でもね、その男、第一皇子は皇帝と仲が悪かったし、なによりその男こそ皇帝に毒をもった張本人だと疑われてた人物だったの」
「病気じゃなかったのかよ」
「そんなこと言ってないわよ」
「なんだと、この野郎!」
「うるさいわね!ともかく!皇帝は自分に毒を盛った犯人として第一皇子を指差したんだってみんな思っていたわ」
「ふーん」
「結局、皇帝はそのまま帰らぬ人となったのでその真相はわからずじまいになったけど、第一皇子は性格が悪くみんな嫌っていたから、そのネコちゃんを皇帝に迎えたの」
「ムチャクチャだ。よくできたな」
「当然よ!実はそのネコちゃんは皇女を守る騎士で皆の信頼も厚かったのよ!」
「そうか」
やっぱり作り話だ。俺は確信したね。この馬鹿話を信じる奴がいたら見てみたいぜ。
「皇帝となったネコちゃんの活躍は凄まじかったわ!常に先陣に立ち、並みいる敵を蹴散らし、ついには侵入してきた敵兵を一掃してしまったの!」
姫は自分の言葉に興奮し、手足を振り回す。
「危ねえだろ、おい」
自分の言葉に酔った姫は当然のように俺の言葉を無視。
「一騎当千って言葉があるけど超アマよ!ネコちゃんは一騎当億の力を発揮したのよ!」
「敵はそんなにいなかっただろ?」
俺の突っ込みをやっぱり無視。いや、聞こえてないみたいだ。
「こうして帝国はネコちゃんの活躍で守られ、それどころか勢いに乗って敵国へ侵攻し、滅ぼしてしまったの。この活躍が世界中に広まって、このネコちゃん達は皇帝猫と呼ばれるようになったの。めでたしめでたし」
「そんな力があったらなんで最初から使わなかったんだ?」
「責任感に決まってるじゃない。ネコちゃんは皇女を守る騎士団の団長だったんだから。皇女のそばを離れるわけにはいかなかったのよ」
いつの間にか団長になってやがる。
「何か質問があれば聞いて上げるわよ?」
「そうか、じゃあ、にゃにー顔ってのはどんなんなんだ?」
どうでもいい話だったのでどうでもいい質問をした。
「ふふふ、しょうがないわね。ほら、みーちゃん、見せてあげて。この無知男に。おもいっきり決め顔でにゃにー、を!」
そういいながら姫は自分でにゃにー顔らしきものをやっていることに気づいていない。
ほー、それがにゃにー顔か。アホっぽいぞ。せっかく顔だけはいいのに。
指名されたみーちゃんはというと飼い主の言葉をおもいっきり無視してにゃっくと肩を寄せ合いひそひそ話をしている、ようだ。
悪い。うそをついた。
皇帝猫は肩幅より頭の方がでっかいので肩を寄せ合うのは物理的に無理なのだ。
ところで皇帝猫達、
ヒソヒソ話す必要はないぞ。俺達にお前らの言葉わからんからな。
と、そこへ姫が二匹、いや二騎か、に忍び寄る。
それに気づきみーちゃんとにゃっくはゆっくりと離れた。
「ちぇえ」
「まさか…おまえ言葉がわかるのか?」
「まさか。邪魔するのって楽しいでしょ?」
当然のように胸を張って言いやがった。
だめだ、こいつ。
「それにみーちゃんがわたしに隠し事って悲しいわ。すべてをさらけ出した仲なのに」
と頬を染めて言う。
風呂に一緒に入っているということだろう。それがどうした。
結局、みーちゃんは姫の再三の催促にも拘らず、にゃにー顔を披露することはなかった。
姫は強引に話を変え、俺ににゃっくとの出会いを聞いてきた。
みーちゃんに相手にされていないことを俺に悟られないようするためだろうが、バレバレなんだよ。まあ、俺もどうでもいいことだったので突っ込む事はせず、これまでのことを簡単に説明した。
四季薫のことを除いてだ。
俺はまだまともに話を聞いていない。俺が一方的に情報をやるなんて不公平だからな。だから気づいたら奇妙な行動をしなくなったと説明したが、姫は特に不審に思わなかったようだ。
「にゃっくが監視していたのはおそらく<歪み>ね」
「歪み?」
「この世界が七つの連続世界の一つだってことは知っているわね?」
「知らねーよ」
「どんだけ無知なの、あんた。大学まで行って何やってるのよ?ああ、コンパね、コンパ。さかりのついたゴミどもめ!」
「うるせえ!そんなもん誰も知らんわ!お前の頭の中だけだ。その常識は!」
「失礼ね!あたしの仲間じゃ常識よ!」
またも俺に蹴りを放つ。
「痛えぞ、このあほ女!」
姫はさらにがんがん、と俺に蹴りをいれる。
「わかった、わかった。で、歪みってのは何だよ?」
「わかればいいのよ。で、歪みだったわね、歪みは隣接した世界とを繋ぐ、いってみればトンネルのようなものよ。それも一方通行の」
「ん?ちょっと待て…ということはだ、おまえのいうことを信じるなら、その歪みを通って別世界の生物がこっちへやってくることもあるってことか?」
「意外に鋭いわね。その通りよ。そして別世界の生物はまさに今、あんたの目の前にいるのよ!」
俺は姫がそう言う前から無意識に見ていたんだ。
にゃっくを。
いかん、
思いっきり否定したいのにできないぞ。なんてったって俺は現実離れしたにゃっくの能力を何度もこの目で見てきたんだからな。