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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
セクション・サーティーン編
67/247

60話 澄羅家の秘密

 次の日の朝。


「ーーで隣の部屋にこのあほがいたんですが」

「誰があほよ!誰が!」

「お前だお前」

「困ったわね、風子ちゃん。あれだけ注意しましたのに」

「やっぱり知ってたんですね」


 あ、こいつの事を風子って呼ぶ人初めてじゃないか?


「ごめんなさいね。内密にと言われてましたので」

「あたしは悪くないからね!こいつ、絶対聞き耳立ててたのよっ!」

「そんなことしてねえよ」

「あらあら、進藤君は風子ちゃんと仲がいいのですね」

「いえ……」

「そうよ!おばちゃん!」

「……」


 あ、こいつ!

 今一瞬、新田母の頬がピクッとなったぞ。

 確かにそう呼ばれてもおかしくない年齢だと思うが、見た目若いし、そう呼ばれたくないんじゃないかと思って俺は気をつかってたんだが、言うまでもなくぷーこはそこまで気が回る奴じゃない。


「あたしとこいつは敵同士よ!こいつはね!あたしのバディを奪い取ったのよ!それだけじゃ飽きたらずあたしの豊満なボディも狙ってるのよ!」

「何言い出すんだ!このばかが!」


 俺はぷーこのこめかみをぐりぐりする。


「ぎゃー!助けておばちゃん!」

「……」


 新田母は笑顔を崩さず見守っている。

 やっぱり機嫌悪くしてるな。


「……いい加減にしろ!ばかちいと!」


 ぷーこは自力で俺のぐりぐり攻撃から抜け出すとパンチを放つ。

 俺はひょいっと避けた。


 体が素早く反応したぞ。昔なら食らってたんじゃないか?

 訓練の効果が出てる!


 勢い余ってバランスを崩したぷーこは尻餅をついた。


「いったーい!お尻の骨が折れたわ!慰謝料を請求するわ!」

「勝手に言ってろ」

「あらあら、まあまあ」


 新田母はぷーこの首ねっこを掴むを片手で持ち上げた。


「痛い痛い!おばちゃん痛い!」

「まったく困った子ですね。外に出てきてはダメですよ……進藤君、ちょっと待っててくださいね」

「は、はい先生!」


 新田母よ、その笑顔、めっちゃ恐いんですけど……。


 新田母はぷーこを引きずりながら母屋へと消えた。

 それ以降、ぷーこの姿を見るものは誰もいなかった。

 ってなればいいのに。



 その日の晩。

 俺が月見ドライビングスクールでの実技を終えて戻ってくると部屋にぷーこがいた。

 外から俺の部屋の電気がついてるのが見えたから予想はついていたがな。


「あのばばあは帰ったの?」

「……お前、マジ殺されるぞ」

「ふん!」

「で、なんで俺の部屋にいるんだ?」

「あんたに話があるからよ」

「俺にはないな」

「その右腕のことでも?」

「……どういう意味だ?」

「知ってるのよ。あのばばあの娘のせりすんのせいで右腕ダメになったんでしょ?」

「せりすんって……、お前、新田さんと親しかったのか?」

「直接話した事ないわね」

「それでよくあだ名なんか付けれるな」

「そんな事はどうでもいいのよ!あんたはせりすんの暴走で右腕をダメにした、ってなに顔赤くしてるのよ?マゾ?」

「ちげえよ!」


 くそっ、暴走って聞くとあの晩の事を思い出してしまう。

 あれは、やっぱ失敗だったかなぁ。あそこはあのま押し切って……。


「……」


 ……あ、やべっ。


「そ、それでなんだよ?」

「……まあいいわ。今は"クララ"なしでは生きていけない体になってるんでしょ?」

「お前、言い方が一々いやらしいな。……まあそうだけどよ」

「あたしに感謝しなさいよ」

「いきなり何だ?」

「クララにはね、プリンセス・イーエスとその戦闘データが活かされてるのよ!」

「ほう」

「あれ?何その反応?『なんだってー⁉︎』ってアホ顔で驚くと思ってのに!」

「するか」


 軍事目的で開発された技術が民間に転用されるのは珍しくないしな。


「ちぇっ」

「それでなんでお前に感謝する必要があるんだ?お前が開発者じゃねえだろ」

「それはどうかしら?ふっふっふっ!」


 ……なんだ、こいつの自信満々な顔は………

 って、こいつはいつも意味もなく自信満々だったな。


「話は終わりか?俺は眠いんだ、さっさと自分の部屋に戻れ」

「何言ってるのよ。これからが本題よ。その腕、治したくない?」

「お前が治せる、なんて言わねえよな?」

「治せる、って言ったら?」

「なん、だと?」



 皇帝猫には固有の能力を持つものがいる。

 にゃっくでいえばラグナがまさにそれだ。

 これは皇帝猫の能力のひとつ、"それほしい!"だそうだ。

 ぷーこのいうことだから実際には別の名前がある気がするが今は名前などどうでもいい。


 この能力はいわゆるコピーだ。

 この能力で覚えることが出来るのは一つだけで、新たに能力を覚えるためには前の能力を消す必要があるそうだ。


「……本当か?葉山先生は知らなかったみたいだぞ」

「あのアラサーだって知らないことはあるのよ。あたしは皇帝猫の専門家よ!」


 実際はアラフォーなんだがな。

 それはいいとして、


「お前が言いたいのはこういうことか?皇帝猫の中に"それほしい!"の能力で呪いを解く力を身につけたものいる、と」

「いるかもしれない、よ!」

「かもかよ……。それじゃ、今までと変わらないぞ。それにやっぱりお前は治せねえんじゃねえか」

「何言ってるのよ!あたしと皇帝猫は一心同体と言っても過言じゃないわ!つまりあたしが治せると……って何よ、何追い出そうとしてるのよ!まだ話の途中でしょ!」

「わかったわかった」

「全然わかってないでしょ!あんた、顔取りを倒したからっていい気になってんじゃないの⁉︎」

「そんなわけねえだろ、倒したのはにゃっくだしな」

「言っとくけどね、顔取りは我ら四天王の中で最弱なのよ!」

「ほう、という事はお前もその四天王とやらの一人ってわけか」

「……あ、間違えた」

「いいからもう帰れ。呪いを解く能力を持った皇帝猫を見つけたらまた来い」

「ちょ……覚えてなさいよ!」


 ふう。

 しかし、選択肢が増えた事は間違いないか。

 とはいえ、今は冬だ。いたとしても見つけるのは困難だろう。


 この後も何度かぷーこの襲来があったが尽く撃退した。

 俺はぷーこに構ってる暇などないんだ。



 そして護身術の訓練の最終日を迎えた。

 その日の夕食は、楓さんとじじいだけでなく新田母もいた。

 そしてもう一人 、新田母に似た女性。

 見た目は新田母の姉という感じだが、姉妹は楓さんだけのはずだ。

 親戚という可能性もなくはないがこの女性が澄羅家当主のあやめ様だろう。


「初めまして、進藤千歳です」

「澄羅あやめだ。孫娘が世話になったそうだな。私からも礼を言う」

「いえ、そんな。こちらこそ今回はありがとうございました」

「うむ。あきら、彼はどうだった?」

「はい、悪くはありませんでした。一番驚いたのは回復力です」

「そうか」


 俺も実際自分の回復力には驚いてるんだよな。

 しかし、あやめ様は本当に若く見えるよな。六十歳は過ぎてると思うんだが……ん?


 あやめ様が俺をじっと見ている。じじいのような「孫に手を出す奴は許さん」という殺意の籠もった目ではない。


「あの、何か?」

「……いや、なんでもない。では食事にしよう」


 あやめ様の言葉で食事を始める。

 相変わらず食事中の会話は少なかった。じじいが一人でしゃべっていた気がする。殆どスルーされていたが。

 澄羅家の男はみんなこんな扱いだな。ちょっとだけ同情した。

 そう、伸びた爪程度な。

 あ、爪は合宿中ほぼ毎日切ってるんだった。

 へへ。



 食後、俺はあやめ様の部屋に呼ばれた。

 部屋にはあやめ様の他に楓さんと新田母だ。じじいはいなかった。


「お前は何者かに魔法使いにされたそうだな?」

「は、はい」


 情報筒抜けだな。もしかしてあやめ様は組織の一員だったりするのか?


「おそらくその者は我ら一族に呪いをかけたものだ」

「え?」

「お母さん!」

「それは!」

「かまわん。お前から微かに感じる力、それは我らの力と似ている……我らの先祖は向こうの世界の人間だったのだ」

「……え?」


 それはつまり、新田さんも向こうの世界の人間の血が流れてるってことだよな。

 ……もしかしてそれが原因でレイマに狙われたのか?


「我らの先祖は力を欲し、その願いは神、あるいは魔王と呼ばれるものよって叶えられた」


 あやめ様が俺に握り拳を向ける。


「……わかるか?」


 あやめ様の質問の意味はすぐに理解できた。

 あやめ様の握り拳がうっすらと青く輝いているのが見えたんだ。


「……ラグナですか?」

「やはり見えるか。今は力を抑えてるから普通の人間には見えないはずだ」


 それはつまり、俺が普通じゃない、って言ってるんだよな?

 魔法使いになった影響なんだろうな。

 今なら"聞いてミルンデス"を付けてなくても霊が見えたりするのか?


「先祖はこの力を得る代償に呪いを受けた。とはいえ、命に関わる呪いではない。生まれる子が全て女というだけだ」


 澄羅の家系に女性しか生まれないのは呪いだった、ってことかよ。


「お前は力を得る代償に何を支払ったのだ?」

「……わかりません。相手からはただ『僕を楽しませて』みたいなことを言われただけですし。それに肝心の魔法を一つも持っていませんから本当に魔法使いになったのかもわからないんです」

「そうか。だがお前は間違いなく力を持っている。それは間違いない」

「そうですか」


 まあ、確かに回復力は上がってるからな。前と同じでないことは確かだよな。


「あの、あやめ様、力を与えた者が同じなら俺も訓練すればラグナを使えるようになるんですか?」

「それはない」

「そ、そうですか」


 即答かよ。


「魔法使いとラグナ使いは対極に位置する。この二つを同時に習得した人間はいない」


 それじゃあ、しょうがないな。


「あ、新田さん、せりすさんはラグナを使えるようになるんですか?」

「もう使えるはずですよ」

「え?」

「進藤君の右腕の責任を感じてて、『私も魔物を倒す力が欲しい』って言い出しましてね。この春休みお母さんからラグナの使い方を学んでいたのです」

「あきら、それ内緒じゃなかった?」

「あらあら、まあまあ、私ったら。進藤君、せりすには知らないふりしてくださいね」

「は、はあ。努力します」


 しかし、なんでこんな重要なことを俺に話したんだ?と思っているとあやめ様と目があった。


「この力は代を追うごとに弱くなっていてな。血の薄れが原因だとは思っているのだが、女しか生まれぬ以上血を濃くすることもできぬ」

「は、はあ」

「お前には期待しているぞ」


 俺はこのとき初めてあやめ様の笑みを見た。


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