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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
セクション・サーティーン編
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55話 待ち受ける者達

 俺は部屋に用意されていた空手着に似た服装に着替えた。この格好で外に出るのは寒そうだったので、上にコートを着た。

 道場に持っていくリュックの中身をスマホやタオルなど必要な物だけにして離れから出ると、丁度新田母が母屋から出て来たところだった。

 新田母はさっきと同じ普段着だった。


 俺に護身術を教えてくれるのは新田母じゃないのか。


「先程聞きそびれてしまいましたが、親御さんにはなんて話して来たのかしら?」

「……運転免許の合宿と」

「あらあら、まあまあ。みんな考える事は一緒なのね」

「それって、」

「ここへ武術を学びに来る人の表向きの理由の中で一番多いんです」

「そ、そうですか」

「では、訓練が終わった後で学科試験のお手伝いをしましょうか?」

「え?」

「私、こう見えて指導員免許を持っているのです」

「そうなんですか?」

「はい。技能も夜でしたら練習に使える場所を貸してもらえると思います」

「本当ですか⁉︎」

「ええ。ただし、訓練が順調に進んでいる場合だけですよ」

「わかりました。よろしくお願いします」


 これは、俺の可愛い妹への言い訳を考えなくて済むかもしれないぞ!



「そういえば、俺以外誰も見ていないんですけど」

「今日は道場お休みなんです」

「え?そうなんですか?」


 だから門が閉まってたのか。


「組織から依頼をお受けした時は休日に受入れをしているのです」

「なるほど。他の人に知られてはマズイ事があるかもしれませんしね」

「はい」

「あれ?じゃあ、組織から訓練受けに来たのは俺だけなんですか?」

「はい。今回は進藤君だけです」

「そうなんですか。組織は人手不足なんですかね、ってこれはお母さんに話すことじゃないですね」

「そうですね、ふふふ」


 なんですか、その意味深な笑いは?


「そうそう、進藤君を指導するのは私です。私、こう見えて師範代でもあるんですよ」

「そうなんですね!はいっ、よろしくお願いします!」


 どんな奴が出てくるんだろう、とちょっと不安だったんだが、知っている人だと安心するよな。

 ……ん?ちょっと待てよ。


「あの、お母さんの本業は教習所の指導員なんですか?それとも道場の師範代ですか?それとも(魔物退治)ですか?」

「どれも違いますよ。本業は主婦です」


 新田母は笑顔でそう言った。


「そ、そうですか」


 うーん、本心で言ってるのかやっぱりわからん。


「ところで、お母さんはその格好でするんですか?」

「あ、ごめんなさいね、今日は違います。進藤君の相手をどうしてもしたい、って人がいまして。困りましたね、ふふ」


 新田母よ、全然困ったように見えないぞ。どちらかと言えば楽しそうだぞ。

 しかし、俺の相手をしたいって……もしかして新田さん?

 んな訳ないか。



「来たな」


 待っていたのは新田せりすではなく、そのおやじだった。


 いや、まあ、そんな気もしてたけどな。


「あの人ったらこの日のためにこっそり鍛えてたのよ。あ、こっそりしてたって思ってるのは本人だけでみんな知っていましたけど」

「はあ」


 確かに前よりちょっと体が引き締まっている気がする。中年オヤジをじっくり観察する趣味は俺にはないから絶対とは言えんが。

 って、そんなことより意味わかんないぞ。なんだよ、この日のためって?


「あの、おや、お父さんは組織のこと……」

「全然知らないですよ」

「そ、そうですか」

「貴様、娘だけでなく、母さんにまで手を出す気か!」

「あらあら、まあまあ」


 アホだな、このおやじ。


「仕事はどうしたんだよ?」

「その態度はなんだ!わざわざ有休取って来てやったんだぞ!」

「いや、頼んでねえよ。そもそもなんで俺がここに来る事知ってるんだ?」

「決まってるだろう。可愛い娘を持つ父親の超感覚だ!」


 やっぱアホだな。そんな能力あるか。そんなバカなこと言う奴の気が知れん!

 ん?

 一瞬、胸に痛みが走った気がしたが気のせいだろう。


 俺は疑いの目を新田母に向けるが、その笑顔からは何も読み取れなかった。


「なに人の嫁に見惚れとるんだ貴様!」

「見惚れてねえよ!」

「言い訳などいい!今日で息の根を止めてやるからな!」

「あの、あの人は何を言ってるんですか?」

「あらあら、まあまあ」


 新田母よ、あなたは楽しそうですね。


「こい!貴様の腐った根性を叩いて砕いて東京湾に撒いてやるわ!」

「チェンジで」

「……」


 あ、俺も思わず言っちまったぜ。


「聞いたか、母さん!」

「こいつはそういう店に入り浸ってやがるんだぞ!こんな奴を娘に近づけさせては絶対ダメだ!」

「何言い出すんだ、このおやじは!」

「あらあら、まあまあ」


 新田母は笑みを崩さず新田おやじに近づく。


「で、そういう店って?」

「え?」

「どういう店かしら?」


 新田母は笑みを崩さないが、そのプレッシャーを部外者である俺が感じるんだ。新田おやじはたまったもんじゃないはずだ。


 っていうか怖えよ、新田母!


「い、いや違うんだ!俺はそんな店行ったことないから!」

「あらあら」

「本当だよ!昔、先輩に誘われたことはあったけど振り切って帰ったんだ!」

「まあまあ」


 新田おやじは新田母に引きずられて登場早々に退場した。


 ……楽しい有休になりそうだな。


 ま、努力が必ず報われるとは限らないからな。

 そして報われないことで救われる奴もいる。


 俺のようにな!


 とは言え、心優しい俺はちょっとだけ同情した。そう、小指の伸びた爪程度な。


 あ、昨日、怪我したらヤバイって爪切ったんだった。

 てへっ。



「あれ?そうすると俺の相手は?」

「わしが相手をしよう」


 そう言って近づいて来たのは、今まで俺達のやり取りを黙って見ていたじいさんだった。じいさんは俺と同じ道着を着ていたが帯の色は俺が白に対して黒だ。


「わしは澄羅陵。この道場の師範にして、せりすの祖父じゃ」


 じいさんの俺を見る目は新田おやじと同等かそれ以上の殺気が込められていた。


「残念じゃの。お前に武術の心得が多少なりともあれば事故で済ませられたのにの。流石にど素人をヤッては澄羅流に傷が付く」


 事故で済ますとかヤッて、ってどう言う意味だよ?

 わかるけどわかりたくねぇ!



 じいさんはそれだけ言うと、一瞬で俺に近づき腕をつかんだ。

 じいさんの表情が更に厳しいものに変わった。


「む?これは暗器か。お前も奴をヤル気だったようじゃの。そこは誉めてやろう」


 じいさんがにやっと笑った。


 なに?お前もって?

 っていうか怖えよ、その笑顔!

 いや、それよりもだ!

 あんき、だと?聞いたことあるぞ!思い出せ!じいさんのこの笑顔はやばい!


 ……あ、そうだ!


「じ、じいさん、違う!これは右腕を痛めてて、そのギブスみたいなもんだ!決して隠し武器じゃない!」

「それが暗器であるかないかはわしが決める!間違いなく暗器じゃ!」


 なんと横暴な!


 ダメだ!掴まれた腕を振り解けねえ!

 クララの設定をアンリミテッドモードに変更してれば振り解けたかもしれねえが、後が続かないだろう。

 まだ何も教えてもらってねえし!

 いや、相手は師範だ。そんなレベルの話じゃねえ!

 

「わしはこれでも"仏の陵さん"と呼ばれた事もある。どうやって死にたいか選ばせてやろう!」

「し、死ぬのはなしで!」

「却下じゃ。孫に手を出した時点で死刑確定じゃ!」

「ま、待った!待った!まだ手を出してねえ!」

「まだ、と言ったな。つまり手を出すつもりはある、と言う事じゃな!」

「う……、そ、それはあくまでも可能性の話で、もしそうなったとしてもお互い合意の上でと言う意味で……」

「そんなもの知るか!」


 このジジイ!

 もしかしておやじよりタチが悪いんじゃないか⁉︎



「お父さん、あんまり無茶なことはしないで下さいね」

「む、あきら、もう帰ってきたのか?く、わしの仏心が仇となったか……」


 た、助かった、新田母!いや、あきら様!今のあなたは天使に見えるぞ。


「奴はどうした?今度こそ仕留めたんだろうな?」

「もう、お父さんたら。いい加減認めてあげてください」


 新田母はにこにこ顔だが、本当におやじはどうした?

 ……あれ、袖が赤くないか?さっきはなかったような……うん、俺は何も見てないし、聞きたくもない。


「そんなことより、無茶な事しないでくださいね。また信用落としますよ」

「またとはなんじゃ、またとは!」

「お父さんが毎回無茶ばかりするから、年々ここの希望者が減ってるんですよ」

「む、そ、それはわしのせいじゃない!最近の若い者は根性が足りんのじゃ!」

「仮にそうだったとしてもです。道場経営の事も考えて下さい。今回の希望者はたった一人だけなんですよ」


 なんだと⁈

 希望者ってなんだよ!俺は聞いてないぞ!なんで俺には選択権がないんだ⁉︎


「む、し、しかしじゃな、こいつは腕に暗器を仕込んどったぞ!こいつもわしをヤル気じゃったんじゃ!」

「無茶言うなよ、じいさん!そもそも俺がじいさんをヤル理由がないだろう!」


 って言ったらすっげー顔で睨まれた。

 昔の俺だったら失神してたかもしれねえ。


「それは暗器じゃありません。進藤君は右腕を痛めてます、って話しましたよ。そのための補助器具を付けてることも」

「初耳じゃ」

「嘘付け!」


 って言ったら更にすっげー顔で睨まれた。

 昔の俺だったら心臓止まってたかもしれねえ。


「……仕方ないですね。本当ならあの人の気が済んだら、後はお父さんにお願いするはずでしたが、今日から私が進藤君の指導を始めましょう」

「え?それって……」


 おやじの暴走を止める気はなかったってことかよ?

 ちょっとおかしくないか?


「待つんじゃ!」

「なんです?」

「わしがやる」

「いえ、これ以上お父さんには任せられません」

「反省した。もう無茶はせん!それにお前はこの後用事があるのじゃろう?」

「そうですけど、このままお父さんに進藤君を任せるのは心配です」

「大丈夫じゃ!」

「本当ですか?」

「いや、俺はお母さ……」

「大丈夫じゃ‼︎」

「……」

「あの、俺は……」

「進藤君、もう一度だけお父さんにチャンスをくれないかしら?」

「え、あ、いや、でも……」


 知ってますか?命は一つしかないんですよ?


「お願いします」


 新田母にそんな真剣な表情で、しかも頭まで下げられては流石に嫌とは言えんな。今日、用事もあるみたいだし。


「……わかりました」

「ありがとうございます」

「……ふん」


 なんか言いたそうだな、じいさん。


 じいさんの教え方は予想に反して分かり易かった。

 あとはその嫌そうな表情と口調をどうにかしてくれれば言うことなしだった。



 新田母はじいさんの指導をしばらく見ていたが、時間になったのか、大丈夫と判断したのかはわからないが道場を出て行った。

 その途端、じいさんは再び鬼のような形相に変わった。


「あ、あの、師範?」

「……じゃあ、そろそろちょっと本気を出してみるかの」

「いや、まだ早くないですか?」

「黙れ!」


 じいさんはそう叫ぶと俺を思い切り投げ飛ばした。


「っ‼︎」


 さっきまでとは比べものにならない速さだった。

 俺は受け身に失敗し、背中を床に思いっきり打ち付けて一瞬、呼吸困難に陥った。

 そんな俺をじいさんは無理やり立たせるとまたも投げ飛ばす。


「これはいじめじゃないぞ!お前のためじゃ!」


 嘘つけ!


 そう言ってやりたいが、声がでねえ。


「いいな?あきらには言うんじゃないぞ!」


 そう言ってる時点でいじめだって認めてるようなもんだぞ!


 じいさんは俺が態勢を整える隙も、口を開く暇も与えず、ひたすら投げ続けた。

 最後は本音がダダ漏れだった。


「可愛い娘を取られ!その上孫娘までも取られてたまるか!」


 ちょっと待て、じじい!

 新田さんとは手を握っただけだ!それも無意識にだ!

 それに新田母に至ってはまったく関係ないぞ!完全な八つ当たりだ!



 こうして午前中の訓練は終わったようだ。

 ようだ、って言うのは気づいたら離れの俺の部屋のベッドに寝かされていたからだ。

 

 ……全身が痛くてたまらん。右腕なんか感覚が全くないぞ。

 あ、それは前からか。


 俺が道場に持ち込んでいたリュックが部屋の隅に置かれているのに気づいた。

 痛みをこらえて起き上がり、リュックを開けてスマホを取り出し時間を確認した。


 午後四時を過ぎたところだった。



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