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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
セクション・サーティーン編
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54話 澄羅道場

 後期試験が終わった。

 自分で言うのもなんだが、結構良い成績だった。

 取れるだけの単位を取ったので、二年で多少単位を落としても留年することはないと思う。

 そして春休みに入った。



 俺は今、組織から連絡のあった場所に向かっていた。言うまでもなく護衛術を学ぶためだぜ。

 訓練は三週間の予定だ。ど素人の俺がそんな短期間で使い物になる程上達すると組織は思っていないだろうし、俺自身も思っていない。

 その後の事は俺の結果を見て決めるようだ。


 これ、下手に良い結果を残すより、悪い方が魔法使いになる近道じゃないか?


 と思ったが、俺の考えはアヴリルにはお見通しのようで、


「あまり酷い結果だと、即クビだから。私の信用も落ちるから死ぬ気で頑張りなさい」


 と釘を刺された。


 長期間家を空けることになるが、親には自動車免許の合宿に行くと話した。

 いきなり「体を鍛えたいから道場の合宿に参加するぜ」と言うより信じるよな?


 と思ったのだが、母は不審そうな顔で俺を見たんだ。


「……それ本当?」


 おかしいな?完璧な理由だよな?何処に疑問を持った?俺の表情が変だったか?


「なんだよ、俺が免許取ったらおかしいのかよ?」

「実は新田さんと旅行とかじゃないの?」


 そっちか!


「母さんは物分かりがいいってご近所で有名なのよ。正直に言いなさい。そうなんでしょ?」

「違うわっ。そんな金ない。それに新田さんとはまだそういう仲じゃない」

「あれ?付き合ってるんでしょ?」

「まだ、って言っただろ。付き合い始めたばかりなんだぜ。いきなりそんな長期の旅行に行くかよ」

「でもねえ……」

「なんでそんなに疑うんだよ?」

「あんたが自分から妹から離れる理由としては弱すぎるわ。普通のあんたからは考えられないのよ。しかも三週間なんて……あんた、なんか病気じゃないの?死ぬんじゃないの?」


 我が母親ながら失礼な奴だな。俺はきっぱり言ってやったぜ。


「我慢出来きなくなったら帰ってくるわ!」



「……はあ、自分で無駄にハードル上げちまったよな」


 元々試験すら受ける気などなく、「免許取れんかったわ、へへ」で済まそうと思っていた。

 組織とは関係ないしな。

 問題は俺の可愛い妹が大好きお兄ちゃんの能力に疑問を抱くかもしれない、という事だ。


 すごくマズイだろ⁉︎


 とりあえず、既に免許を持っている皇から要らなくなった参考書を入手している。

 これで筆記試験は何とかなるとしてもだ、実技をどうするか?

 ……ダメだ。受かる気が全くしない。

 ここは俺の可愛い妹を失望させないような理由を考えたほうがいいな。



「……ここだよな」


 指定された場所は大きな屋敷で、門の看板には澄羅道場と書かれていた。

 "澄羅"は"スラ"と読むらしい。

 門は閉じられており、約束の九時までまだ二十分ほどある。


 ちょっと早く着き過ぎたか。屋敷を一回りしてみるか?


 一回りしてみるともう一つ入口があった。普段はこちらから出入りするのだろう。

 予めスマホのマップで確認していたが、この辺りは住宅街で店はなく、買い物するなら駅前の商店街までいく必要がありそうだった。

 一回りするのに約十分かかった。十分前になっても門は開いていなかった。


 もう一周する、はないな。

 十分前なら早過ぎじゃないよな。インターホンで呼び出すか。


「あらあら、まあまあ、進藤君、いつまでそこに立ってるつもり?」

「……え?」


 聞き覚えのある声がインターホンから聞こえたかと思うと門が自動で開き、正面奥に道場が見えた。その右側の家屋からこちらにゆっくりと歩いてくる人物に気付いた。


「……新田さんのお母さん?」

「あらあら?聞いてなかったのかしら。ここは私の実家ですよ」


 なんだってっ!


「さあ入って頂戴」

「あ、はい、お邪魔します」


 俺は新田母が出てきた母屋と廊下で繋がった離れの二階の一室に案内された。


「ここを使って頂戴。トイレは一階と二階の突き当たり。キッチンとお風呂は一階ね」

「あ、はい」


 二階の部屋は四つ。俺の案内された部屋の広さは六畳くらい。内装は丸い小さなテーブルとベッドだけだ。


「ご飯はこちらで準備するつもりでいますけど、もし自分で買ったり作ったりしたいのでしたらキッチンを自由に使って構わないですよ。どちらがいいのかしら?」


 考えるまでもない。

 お世話になった方が楽だし、そして何よりタダだ。


「よろしくお願いします」

「わかりました。ご飯の時間は大体七時、十二時、十八時頃ね。場所は母屋になりますからこの後案内しますね」

「はい」

「因みに好き嫌いはあるのかしら?」

「いえ、特に」

「そう、それはよかったわ」


 その言葉とは裏腹になぜかその笑顔が残念と言っているように見えた。


 ……まさかな。


「何かわからないことあるかしら?」

「いえ……あ、他に誰かこの離れに住んでいるんですか?」

「ええ。でも今は出かけていますので会うことはないかもしれないですね。戻って来たらその時紹介しますね」

「はい。よろしくお願いします」


 一通りの説明を終えると新田母の顔からいつもの笑顔が消え真剣な表情になった。


「お礼が遅くなりましたけど、娘を助けてくれてありがとうございました」

「あ、いえ、そんな……」

「こういう大事な事をメールで済ますのもどうかしら、と思ってたら随分経ってしまったわ。本当にごめんなさいね」

「いえ、俺はただその場にいただけですから。魔物を倒したのもにゃっくですし……」

「そんな事はないわ。その右腕も元はと言えばあの子が言う事を聞かなかったからなんでしょう?」

「あ、いや、でも助けようと思ったのは俺の意思ですから」

「それだけじゃないわ。最初の時のこともありますよね?」

「最初って、集団記憶消失事件の事ですか?」

「ええ。進藤君が助けてくれなかったら今、あの子は生きていなかったかもしれないわ。あのとき本当はその場でお礼を言うべきでしたが、あなたが偶然その場に居合わせただけなのか、あの魔物達の事を知っているのかもわかりませんでしたので……ごめんなさいね」

「いえ、本当に俺は……」

「進藤君、あなたは少し謙虚過ぎますよ」

「本当に俺は何もしてないんだ!何も出来なかったんだ!」

「進藤君?……」


 ダメだ、新田さんには考えるな、って言いながらも俺自身、あの時の事を忘れられない。あれは新田さんにだけ言ったんじゃなかった。今こうして話しているとあの時の事が思い出されて感情を抑えきれなくなる。


 『抑える必要なんてないじゃないか』


 ……そうだよな、その通りだ!


「あの時、もっと<領域>の中には助けられる人がいたはずなんだ!助けを求めてる人がいたはずなんだ!でも俺には力がなかった。俺は見捨てたんだ!にゃっくが、四季がいなければ新田さんも誰も救えなかった!」

「……」

「それだけじゃない!俺は、」


 俺の心にずっと突き刺さっていた大きな棘、決して認めたくない、言いたくなかった事を俺は吐き出した。


「俺は人を殺したんだ!」

「……」


 はは、流石に引くよな。でも事実だ。例え俺が直接手を下していなくても……。


「……殺人鬼のことね」

「……お母さんはなんでも知ってるんですね」

「そうでもないですよ」

「にゃっく達が殺したのはレイマだ。でもその前は確かに人間だった。ムーンシーカーだって人間だ!それを殺した。殺されるのを見ていたんだ!」


 戦いの直後まではなんとも思ってなかった。だが日が経つ度にその記憶は薄れるどころか鮮明になっていった。

 人間の姿の殺人鬼を俺が殺す、という悪夢を見たこともある。


「……それが許せいないの?人だったモノを殺したにゃっくちゃん達を許せないの?」

「そうじゃない!そうじゃないんだ!にゃっく達が殺さなかったら、もっと多くの人が殺されていた!それは間違いない!それはわかってるんだ!でも、俺は!」


 何を言ってるんだ、俺は!俺は何が言いたいんだ⁉︎

 自分の事なのにわからない。頭が混乱する!

 俺はどうしたいんだ!


「進藤君」


 温もりを感じた。

 新田母が俺を優しく抱きしめていた。


「進藤君、あなたの気持ちはわかります。もちろん、すべてなんて言えません。あなたの決断が全て正しかった、とも言えません。その答えはあなたが出すべき事ですから。でも私は、私だから言えることがあります。私はあなたに感謝しています。せりすを助けてくれて本当にありがとうございます」


 俺は泣いていた。

 泣くなんていつ以来だよ?


「それにね、殺人鬼のことですが、あなたがそこまで責任を感じる必要はありませんよ」

「それってどういう意味ですか?」

「そうですね、例えば人を食い殺した熊を殺したら人殺しですか?」

「そんな訳ないじゃないですか」

「そうですよね。でもね、進藤君が言った事はそういうことなのですよ」

「それって……」

「人がレイマになる事はありません」

「でも……」

「レイマは最初から殺人鬼の中に棲んでいたのでしょう。それが殺人鬼のムーンシーカーとしての能力だったのかはわかりませんが」

「そのレイマが殺人鬼を殺して体を奪ったと?」

「ええ」

「そうだったとしてもまだ生きていたかも……」

「それはないでしょう。レイマは人を滅ぼす為に生まれた存在なのです。人間を生かす理由などありません。ですからにゃっくちゃん達が殺したのはレイマであって人間ではないのです」


 新田母の言ったことが本当のことか、俺の為に嘘をついたのか、今の俺にはわからない。だが、その言葉を聞いて俺の心が安らいだのは事実だ。


「……済みません、なんか興奮しちゃって」

「……あらあら、まあまあ。娘じゃなく私に興奮するなんて」


 俺は慌てて新田母から離れた。


「そ、そういう意味じゃ……」

「ふふふ」

「はは」


「……ありがとうございます。なんか少しスッキリしました」

「それはよかったわ」


 と言ったのもつかの間、新田母は再び真剣な表情になった。


「進藤君、あなたが今、選ぼうとしている道を進めば、本当に人を殺す事になるかもしれません。それは理解していますね?」

「……はい」

「今ならまだ戻ることもできますよ?」

「……それじゃ何も変わらない。俺の大切な人達を守れない」

「その覚悟があるのですね?今以上の苦しみを背負う覚悟があるのですね?」

「はい」

「……そうですか」


 新田母はいつもの笑顔を浮かべた。


「では、私も出来る限り協力しましょう」

「ありがとうございます」



 その後、母屋に移動し、一通り説明を受けた後、また離れの俺の部屋に戻ってきた。


「それでは運動できる服装に着替えて十時までに道場へ来てください」

「わかりました」


 そうだ、あの事を聞いてしまおう。今度いつ話せるかわからないしな。


「あの、いいですか?」

「何かしら?」

「顔取りとの戦いの後、新田さんに何を言ったんですか?」

「……なんのことかしら?うふふ」


 あー、この顔はわかるぞ。わかってて白を切ってるな!


「じゃあ、もしも、ですけど、俺と新田さんが恋人同士になってもいいんですか?」

「あらあら、まあまあ、既婚者で子持ちの私とですか?困ったわ」

「せりすさんですよ!」

「あらあら、まあまあ、もう、そうならそうと言ってください」


 いやいや、普通勘違いしないだろ、そこ。


「私は夫と違ってせりすの意思を尊重します。ですから私は賛成も反対もしません。失敗するも後悔するもあの子の人生ですから」

「そう……って今のどっちもダメの方でしたよね?」

「あらあら、うふふ」


 くー、さっぱり読めん。


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