51話 セクション・サーティーン
俺とアヴリルは喫茶店<青い宝石>に向かった。
いつもと同じ二階の個室に案内される。
ここに来ると前の出来事を思い出すな。
このアヴリルは……本人だよな。
「もしかして私が偽者かもって疑ってる?」
「いや、お前は本物だよ」
「断言したわね。どうしてそう思うの?」
「カンだ」
「カンなのに自信満々なの?」
「最近、俺のカンはよく当たるんだ。それに奴ならここまで本人の演技をするとは思えない」
「成る程ね。まあ、今回は以前よりセキュリティーを強化してるから異変があればすぐ対処できるわ」
「そうか。会話とかも聞かれてるのか?」
「何?私に卑猥なことでも言うつもりだった?」
「んなわけあるか!」
アヴリルには悪いがちょっとやそっとのセキュリティ強化では奴を防げるとは思えなかった。
あれはとても人間がかなう相手ではない。
って、俺は何を言ってるんだ?
「千歳?」
「あ、ああ悪い。しかし、今日はモテモテだったな」
「すごく疲れたわ。ぷーこの真似が、だけど。」
「俺から見ればまだまだだけどな。真のぷーこになるにはもっと怠け癖をつけないと」
「本業に支障をきたすわ」
思わず笑ってしまったが、アヴリルも笑ってる。
しばらくしてウェイターが注文した飲み物を運んで来て、去っていった。
「私が今日、千歳に会いに来たのは、今後のこともあるけど……」
そういって、アヴリルはコートのポケットに手をつっこむと、そのポケットのあたりから『レディ』と小さな機械音が聞こえた。
その後に何事か呟く。
「……」
「おい、アヴリル?」
「……やっぱり何も感じないわね」
「どういうことだ?今、何をしたんだ?」
「魔法を使ったのよ」
「魔法⁈」
「ええ。今使ったのは感知魔法。本来は、魔法がかかったアイテムを見分ける魔法だけど、人相手にも使えるわ。魔法使い、っていうより魔粒子にも反応するのよ」
「ん?魔粒子?なんだそれ?」
「簡単に言えば魔法の素ね。魔法使いは体内の魔粒子を消費して魔法を発動させるのよ。レベルの高い魔法使いほど魔粒子の保有量が多いの」
「なんで急に?」
「千歳が一般人を超える魔粒子を持っているという情報が入ったから」
「俺が?じゃあ、俺、魔法使い……」
「でも一般人レベルね」
「……は?あれ?」
「バイト中も何度か調べてたんだけどやっぱり一般人レベルだったわ」
「……何だよ、デマかよ。ったく、誰が言ってたんだよ?あ、ぷーこか?ぷーこだな。ぷーこの野郎!」
「いいえ、真夏よ」
「真夏?」
「葉山真夏」
「ああ、アラサ……、葉山先生か」
前回、向こうの世界の人間がどうとか聞いて来たのはそういうことか。
「もし真夏の言うことが本当だったら、以前、千歳が言ってたこと、私の姿をした何者かが存在し、その者が言った通り、魔法使いになったのかもと思ったんだけどね」
「でも違った、か」
「そう決まったわけじゃないわ。真夏は性格はアレだけど、腕は確かよ。間違いとは思えない」
「まだ可能性はあるんだな?」
「ええ。何か条件があるのかもしれないし、しばらく様子見ね」
「期待せずに待ってるよ」
「ええ。」
「今後のことだけど」
「ああ」
「二月に入ったら、まず護衛術を学んでもらうわ。あなたは魔物との戦闘経験はあるけど、素人であることは変わらないから」
「わかった。それは俺も望んでいたことだ。で、どこでやるんだ?」
「先方には話をつけてあるから、今月中に連絡があると思うから指示に従って」
「わかった」
「次にクララね。あなたはクララとの相性は良かったみたいね」
「ああ。これで感覚も戻れば言うことなしなんだが」
「あくまでも補助だから。ずっとそのままでいるつもりはないでしょ?」
「そりゃそうだが……あれ?」
「どうしたの?」
「いや、そろそろっていうか、もうバッテリーが切れててもおかしくないはずなんだが、まだ動いてる。警告も聞いてないよな」
俺はスマホを操作してクララのバッテリー残量を確認した。
ん?
「何か問題があった?」
「いや、問題っていうか、バッテリーがまだ三十パーセントも残ってる。もう十二時間以上経ってるのに。アプリのバグ、な訳ないよな?実際、クララ稼働してるんだから」
「……一つ考えられることがあるわ。ちょっとスマホ貸して」
アヴリルは俺の返事を待たず、スマホを俺から取り上げる。
「お、おい……」
「……やっぱりそういうことね」
「何かわかったのか?」
「ええ。これで全ての辻褄があうわ」
そういってアヴリルは、俺にクララの設定画面を向け、あるパラメータを指差す。
パラメーター名を見たが、なんの項目かさっぱりわからない
「これは?」
「クララの供給モード設定よ。デフォルトはバッテリーに設定してあるはずなんだけど、今はハイブリッドに変更されているわ。バッテリーと魔粒子のね」
「それって……」
「そう、バッテリーの減りが少ないのはあなたの魔粒子を使用していたからよ。だから今の千歳の魔粒子量は一般人レベルしかないのよ。あなた、色々パラメーターいじってたでしょ。このパラメータも変更した。違う?」
「否定できない」
先生に診てもらったときはまだクララを装備してなかったな。
確かに辻褄が合うな。
アヴリルは供給モードをハイブリッドからバッテリーに変更した。
「これで、魔粒子が蓄積されるんだな?」
「ええ。でもすぐに蓄積されるようなものじゃないわよ。この世界は大気中に含まれる魔粒子が非常に少ない。体内生成も同様にね」
「そうなんだ」
ん?
もしかしてにゃっくは俺の魔粒子に惹かれて布団に入ってきたのか?
「皇帝猫は魔粒子に惹かれるのか?」
「さあ?どうして?」
「いや、なんでもない。ということは俺、魔法使いの訓練もすることになるんだよな?」
俺は期待を込めた目でアヴリルを見るが、
「いいえ。当初の予定どおり体を鍛えて。魔法使いになれる程の魔粒子を蓄積できたとしても魔法の訓練をするのはそのあとよ。」
「でも魔法の方が化け物に効果があるんだよな?」
「千歳。私があなたを組織に誘ったのは戦闘員としてじゃなくて、そのサポートよ。あなたのお祖父さんと同じように」
あ、そうだよ!じいさん!
「わかった。とりあえずそれはいいとして、本当なのか?探偵事務所の所長が俺の祖父さんというのは?」
「……あ、今のなし」
「いや、もう聞いちまったし」
「気のせいよ」
「以前も聞いたし」
「……」
「観念しろ」
「……はあ、私もぷーこのこと言えないわね」
「そうそ、あとぷーことお前の関係」
「それはノーコメント」
「じゃあ、祖父さんのほう教えてくれ」
「……わかったわよ」
「俺、祖父さんは死んだって聞いてたんだが」
「その辺りの経緯は私は知らないわ。家庭の問題でしょ。直接本人に聞いて」
「その本人はどこにいるんだよ?探偵事務所閉まってるよな?」
「わからないわ。今は自分の仕事をしているはずよ」
「化け物退治か?」
「何をいってるのよ。探偵に決まってるでしょ」
「え?探偵事務所って組織のダミーじゃないのか?祖父さんは兼業してるってことのか?」
「ええ。所長には主に私達が開発した装備の運用試験をしてもらってるのよ」
「なるほど。じゃあ、あのサングラスはやっぱり”スカウにゃー”だったんだな」
「”サーチアイ”ね」
「あ、そうそう、”サーチアイ”だ」
くそっ、ぷーこが勝手に名付けた方が先に頭に浮かんじまったぜ。
「ちなみに”聞いてミルンデス”を最初に発明したのは所長よ」
「なに?」
「今使ってるのはその改良版だけどね。あ、そういえば”聞いてミルンデス”貸しっぱなしだったわね」
しまった!
新田さんから返してもらうの忘れてたぞ!
「悪い、今持ってないんだ」
「別にいいわよ。不要になったら返して」
「わかった」
あー、びっくりした。でも早めに返してもらわないとな。
「ところで、祖父さんは魔法使いなのか?力を持っているとか?」
「いいえ。普通の人間よ。だから魔物に対抗するために”聞いてミルンデス”を発明したらしいわ」
「なんでそんなことをしようと思ったんだ?」
「……さあ。私は知らないわ」
本当は何か知っているような気がしたが、教える気はないみたいだな。
まあ、やっぱり一度本人に確かめないとな。
「じゃあ、もう時間も遅いから、今日はここまでね。また連絡するわ」
「ああ……って、ちょっと待った。まだ確認したいことがあるんだ」
「なに?」
「新田さんの母親は組織の人間じゃないんだよな?でも協力者ではある、で合ってるんだよな?」
「ええ」
「もし新田さんの母親に組織のこと聞かれたら俺はどこまで話していいんだ?」
「あなたが知ってることはすべて話していいわ。すべてすでに知ってる情報だから」
「っていうことは新田さんの母親は俺が組織に入ったことも知ってるのか?」
「ええ」
「そうなんだ」
「あと、もしかしたら新田せりすも入ることになるかもしれないわ」
「え?」
「彼女、魔物の存在も、母のことも知った。それに思い出したんでしょ。自分が巻き込まれた事件のことも」
「だからって……」
「こちらからは何も言ってないわよ。母親から『もしものときはよろしく』と言われただけ」
「そうか……そうだよな。確かに新田さんは何度も化け物、いや、俺も魔物って言った方がいいか、魔物に狙われてるからな。そっちのほうが安全か」
「あとはいい?」
「もう一つ。ずっと聞きそびれてたんだが」
「何?」
「俺が入った組織の名前は何なんだ?」
「あ……ごめんなさい、言うのすっかり忘れてたわ。あまり自分達の組織の名を口に出したりしないから」
「そうなんだ。いや、まあ、そういうものか」
秘密結社みたいなもんだからな。安易に口にするのはまずいよな。
「組織の名はセクション・サーティーン」
「ん?セクション・サーティーン?」
「ええ」
「それ、スペーストレックに出てきた非公式組織の名前に似てるな。名付けたやつ、スペーストレック好きだったりして」
「さあ、それは知らないわ」
まあ、事実でもそうは言わないよな。
「あとはいいかしら?」
「ああ」
「じゃあ、出ましょうか」
「ああ」
アヴリルはドアのノブに手を伸ばしかけたが、中止して振り向いた。
「どうした?」
「私からも一つあったわ」
「なんだよ?」
「真夏はアラサーじゃないわよ」
「そ、そうか」
聞かれてたか!
「アラフォーよ」
「まじか!?」
俺はてっきり三十歳になったばかりだと思ってたぜ。
実際、見た目も二十代で通じそうだったし。
若作りなのか、化粧が上手いのか、はたまた魔法の力か。
もしかして、ぷーこのあれは褒め言葉のつもりだったのか?
……んなわきゃないな。




