50話 バイト最後の日
本当はもう少し新田母の事を聞きたかったが、また嫌な事を思い出させるので諦めることにした。
新田母の電話番号もメールも知ってる。後は直接聞いてもいい。
話題を大学生活に変えた。
新田さんも化け物の話に戻そうとする事はなく、お互いの面白かった出来事を話し合った。
話題に出て来るのはお互い皇夫妻の事が多かった。
「最初、皇はあんな奴じゃなかったんだ」
「え?それってどう言う事?」
「会った時はさ、無口でさ、必要な事以外話さない奴だったんだ」
「そうなんだ。今はよく喋るわよね」
「ああ、結婚した途端、ああなった。あれが本当の姿なんだろうな」
「ふふっ、そうね、つかさの話す皇君もそんな感じだし」
「あの二人の話す『恥バナ』についてどう思う?どっちの話が本当だったとしてもよく人に話せるよな。あの二人、絶対恥を晒す事に喜びを感じてるぜ」
「ひ、酷いわ、進藤、君、くくくっ」
「酷いと思うなら笑うなよ」
よし、なんか良い雰囲気になって来てないか?
皇!お前らの恥バナは無駄じゃなかったぞ!
しばらく皇夫妻の事で盛り上がっているとドアが小さくノックされ、母がみーちゃんを抱いた俺の可愛い妹を連れて入って来た。
言うまでもないかもしれないが、みーちゃんは眠ったまま、体をだらーんとさせている。不満げな表情に見えるのは気のせいだろう。
「七海が新田さんと遊びたいって言うの。一緒に遊んでくれる?」
俺は母の行動に裏があると思った。
そしてそれが正しかった事がすぐに証明される事になる。
「いいですよ。おいで七海ちゃん」
「ありがと、ぎりねちゃん!」
そう言って俺の可愛い妹は新田さんに抱きついた。
「え?ぎりね?……‼︎」
意味を理解し、新田さんの表情が強張った。
ついでに新田さんと俺の可愛い妹の間に挟まれ、みーちゃんが苦悶の表情に変わる。
昼前に雪は止み、電車も復旧した。
新田さんは昼御飯を一緒に食べたあと、「お母さんが心配してるので」と言って帰って行った。
「逃げるように帰って行ったわね」
「その通りだろ」
「あんた何したの?」
「やったのは母さんだろ!」
「何のことかしら?」
「七海に『ぎりねちゃん』なんて言わせるからだ」
最初にそう呼ばれたときの新田さんの引きつった顔が忘れられない。
言うまでもないことだが、俺の可愛い妹に罪はない。唆されただけで意味も理解していないだろう。
幸いにも俺の可愛い妹は自分のせいで新田さんが帰った事に気付いていないようだ。今はみーちゃんを抱いてお昼寝している。
「言ってないわよ。私は『義理のお姉ちゃん』って呼びなさいって言ったのよ」
「言い方を言ってるんじゃねえよ!意味は同じだろうが!」
「七海も新田さんに義理のお姉ちゃんになってほしいと思ったのよ」
「嘘付け!」
「……まさか、あんたからそんな言葉が出るとは思わなかったわ」
「どう言う意味だよ?」
「あんたの可愛い妹が私の意図に気づかないとでも?」
「それは……」
確かに俺の可愛い妹の可愛さは尋常じゃない。
母如きの企みに気付いてもおかしくはないよな。
……だとしたら本当に俺の可愛い妹は新田さんを気に入ったのか?
「納得した?」
なんだ、その勝ち誇った顔は?
「とにかくだ、二度と七海に変なことさせるなよな!」
「……」
うーむ、この顔はまたやる気だな。まったく困った親だ。
これは子離れが出来ていないと言うことか?
「それにしても情けないわね。あんだけお膳立てしたのに」
「何言ってんだ。露骨すぎて新田さん、引きまくってたじゃないか。俺もな」
「あんた、これ逃して次があると思ってるの?」
「どんだけ信用ないんだよ、俺は」
「あら?信用できるようなことしてきた?少なとくとも私に覚えはないわ」
く、
「ま、まあ、これは言ってなかったけど、俺達は付き合ってるんだ。だから……」
「へー、いつから?」
「……三日からだよ。まだ付き合い始めたばかりで大事な時だったんだぞ」
「全然、そうは見えなかったけど。新田さんもそんな事一言も言ってなかったし」
「そりゃ、恥ずかしいだろ!……まあ、これで新田さんは二度と家に来ないかもな」
「分かり易くていいじゃない」
「何がだよ?」
「次遊びに来たらうちの家族になる覚悟があるってことよ」
そう言って笑顔を見せる母に恐怖を覚えた。
「失礼ね!」
あ、声出てたか。
「ともかく、もう余計な事するなよ」
母は無言だった。
俺がもう一度クギを刺そうとした時にスマホが鳴り、ささっと母は去って行った。
くそっ、誰だよ?タイミング悪いな。
相手はバイト先の店長だった。
人手が足りないから今からでも来てくれないか?とのことだった。
もともと今日はバイトするつもりだったからOKの返事をし、バイトに出来かけた。
クララの訓練にもなるしな。
俺がバイトに行くと既にぷーこが来ていた。
「おはよう、ちいと」
「……ああ」
俺はぷーこに違和感を覚えた。
俺の感じた通り、今日のぷーこはいつもと違った。ミスはするものの致命的な失敗はないし、サボりも少ない。
……こいつ、やっぱり。
お客がいなくなったので俺はぷーこを倉庫整理に誘った。
倉庫には俺とぷーこの二人だけだ。
「どういうつもりだ、アヴリル」
「……やっぱりわかる?」
「違和感が半端ない」
「そう?」
「ああ、ぷーこにしては仕事を真面目にし過ぎる」
「そこかぁ。うーん、結構手を抜いてたつもりだったけど、まだ甘かったのね」
「ぷーこのダメさはそんなもんじゃない」
「わかってたつもりだったんだけどね。でも大丈夫。もう少しで何か掴めそうだから」
「掴むなよ。それは掴んじゃダメなやつだ」
「……やっぱり?」
とアヴリルは笑顔を見せる。
冗談かよ。
「で、何でまたぷーこの代わりにバイトしてんだよ?本業のほう、忙しいんだろ?」
「千歳に会いたかったから」
く、なんて表情するんだよ。
勘違いするだろうが。
その時、脳裏に眠っている俺の右腕に力一杯シッペしている新田さんの姿が見えた。
って、なんでそこなんだ?なんでそんなに嬉しそうなんだ?
「聞いてる?」
「あ、ああ悪い。で、俺に会いたかって、今後のことか、それともクララのことか?」
「それもあるけど、あなたが会ったという私の姿をした何者かについてちょっと確認したい事があったのよ」
「何で今更?話したときは信じてなかったよな?まあ、俺も今は本当にあった事か怪しくなってる。体にはなんの変化もないしな」
「その事なんだけど……」
そこでお客が来たとバイトがぷーこ(実はアヴリル)を呼びに来て話は中断した。
「続きはバイトが終わってからね」
そう俺にだけ聞こえる声でアヴリルは言うと倉庫を出て行った。
二人は必要ないみたいだったので俺は倉庫整理を続けることにした。
普通だったら仕事が出来る方の俺を連れて行かないか?
と思うだろう?
忙しい時なら間違いなく俺が先に呼ばれるはずだが、今日客は多くない。
なら、多少仕事が出来なくても一緒にするなら女の子の方がいい、というわけだ。
ぷーこは見た目だけはいいから多少の失敗なら男どもは笑って許してしまう。
その分、女性陣の反感は大きいが、今日バイトで来ている女性はぷーこ(アヴリル)だけだから問題ない。
仕事が終わり、帰る前に店長に今月限りでバイトを辞めたい事を話した。
最初は辞めないでほしいと言われた。
まあ、自分で言うのもなんだが、俺は真面目だったからな。
悪い気持ちはしなかったが、流石に組織、学業、バイトの三つは無理だ。
学業に専念したいからと言うと納得してくれた。




