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にゃっく・ザ・リッパー  作者: ねこおう
セクション・サーティーン編
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44話 力を欲するもの

 アヴリルにメールを送った後、シャワーを浴びてサッパリした。


 あー、やっぱり片腕だと服着にくいなぁ

 慣れればどうってことないだろうが、慣れるほど片腕で生活したくないよな。


 部屋に戻り机に目をやるとスマホにメールが届いているのに気づいた。アヴリルからで今日なら時間がとれるとのことだった。

 肉体的にも精神的にも疲れはとれていないがこれを逃したら今度いつ会えるかわからない。


 俺に選択肢はないよな。


 俺はOKと返信するとすぐさま待ち合わせ場所に向かった。

 待ち合わせ場所は以前アヴリルに奢ってもらい、ぷーこに奢った喫茶店<青い宝石>だ。


 待ち合わせ時間の十分前に到着し、ウェイターにアヴリルの名を告げると二階の前と同じ個室へ案内された。

 部屋には誰もいなかった。



「千歳」


 ハッとして目を開けると正面にアヴリルが座っていた。


「悪い、眠ってたみたいだ」

「こちらこそ遅れてごめんなさい」

「いや、それはいい」

「右腕はどう?まだ動かない?痛みはないんでしょ?」

「俺の右腕のこと知ってるんだな」

「もちろん」


 まあ当然か。


「腕の痛みはないが心が痛い」

「何それ」

「包帯巻いてたら厨二病と間違われた」

「ふふ。それ見たかったわね」


 二度とやるかよ。


「昨日は行けなくてごめんない。みーちゃんの方に行ってたから」

「それならしょうがないよな。俺の妹を守ってくれたってことだし。まあ、元々文句言える立場じゃないけどよ」

「あなたの妹、家族を助けたのはついでよ」


 その言葉にカチンときた。


「それはつまりみーちゃんがいなかったら見殺しにしたということか?」


 アヴリルも俺の言葉に表情を険しくした。


「そもそもみーちゃんがいなかったら魔物が現れた事自体わからなかったでしょ。それとも私達は魔物が出現した場所全てを瞬時にわかるとでも思ってるの?」

「それは……」

「そんなことができればもっと被害を抑えることができるわ。仲間だって、もっと犠牲を減らせてたわ!」


 失言だった!

 アヴリルは最近仲間を失ったんだと悟った。


「悪い……」

「……こっちこそごめんなさい」


 気まずい雰囲気のなか、ドアがノックされ、アヴリルが注文したレモンティが運ばれて来た。

 ウェイターが去り、アヴリルがレモンティを一口飲む。


「うん、やっぱりここの紅茶はおいしいわ」


 ナイスタイミングだ、ウェイター!

 ちょっと雰囲気が和らいだぞ。


「それにしても最近多くないか?また現れ出したのか?」

「ちょっと違うわね。あれらは前からいたのよ。危険度ランクが低かったから後回しにしてたのよ」

「あれでか!」

「最近急に力をつけてきたのよ。原因を調査してるけどまだはっきりとはわかってないわ。でも千歳が遭遇した顔取りは例外よ。あれは危険度ランクB。本来なら即退治しなくてはならない程の危険な魔物よ」

「見逃してたとか?」

「それはないと思うわ。少なくとも数日前までは顔取りの存在は確認されていなかったわ。突然現れたのか、どこからかやって来たのか」

「そうなのか」

「雑談はこれくらいで。あまり時間がないから本題に入るわ」

「あ、ああ」

「組織に入りたい 、でいいのよね?」

「ああ」

「それが命に関わることだとわかって言ってるのよね?」

「わかってる」

「実際、もう何人も命を落としているわ。それでも決心は変わらない?」

「ああ。今のままじゃだめだ。にゃっく達がいればどうにかなるかもなんて思ったこともあるが、少なくとも春まで、数ヶ月はにゃっく、それにおそらくみーちゃんも戦えないだろ?そうなれば今度化け物が現れた時、もうどうしようもない。何もできない。それは我慢できない。俺は力がほしいんだ!それが無理でも組織に入れば”優先的”に力を貸してくれるんだよな?」

「ええ」

「なら俺の決心は変わらない。よろしく頼む!」

「わかったわ。じゃあ、上に連絡しておくわ」


 そう言うとアヴリルは立ち上った。


「え?ちょっと待った!」

「何?」

「上に報告ってなんだよ?俺、組織に入れるんじゃないのか?」

「まだよ。私に決定権はないわ」

「じゃあ……」

「今回は最終面接ってとこね。こんな重要なことメールや電話で確認って訳にもいかないでしょ」

「そりゃ、確かにそうだけど。面接だったら短くないか?ほとんど何も聞いてないぞ」

「千歳の事はよく知ってるし、今更聞くことはないわね」

「そ、そうか」

「なんで顔赤くしてるの?」

「ちょ、ちょっと部屋が暑いからだ」

「そう?」

「そうだ!」


 やっベー、さっきの言葉、「千歳の事はよく知ってる」って聞いて鼓動が早くなった。

 落ち着くんだ俺!

 こいつに深い意味はない!それにこいつは美人だがあのぷーこと同じ顔だぞ!それにだ、俺には新田さんという彼女が……ほんとに彼女なのか?


「この先は上の承認を得てからね。でも大丈夫。元々私が誘ったんだから落ちることはないわ」

「それを聞いて安心した」

「でもこれだけは約束して。決して勝手な行動を取らないで。私がスカウトした人が死んだら目覚め悪いから」

「わかった」

「じゃあね」

「ああ……って、ちょっと待った!」

「なに?」

「聞きたいことがあるんだ!」

「あまり時間がないんだけど」

「二つだけ!」

「手短にね」


 思わず二つだけって言っちまったが本当にそれだけだったか?

 まあいいや。


「じゃあ、まず一つ目。新田さんの母親も組織の人間なんだよな?」

「違うわよ」


 あれ?


「いや、だって……」

「協力関係ではあるけどね」

「そうなのか?」

「色々あるのよ。で、あと一つは?」

「お前とぷーこの関係」


 アヴリルが表情を変えた。


 うわっ、すっげー嫌そうな顔だな。


「あなたが組織に入れば、わかるわ」

「言えないのか?」

「少なくとも今はね」


 そう言ってアヴリルは去って行った。



 あ、しまった!

 もう一つあったじゃないか!

 探偵事務所の所長は本当に俺の祖父なのか?

 ……まあ、これはばあちゃんに聞けばわかるか。


 俺が冷え切った紅茶を飲むため席に着こうとしたとき、背後に気配を感じた。

 振り返るとアヴリルが立っていた。


 あれ?確かに出て行ったよな。

 ドアを開ける音もしなかったよな?

 考え事してて気づかなかったのか?


「忘れ物か?でも丁度よかった。俺、まだお前に聞きたいことが……」

「君は力が欲しいんだよね?」


 ん?……君?


「アヴリル、なんか雰囲気が変わったぞ」

「……そうかい?ちなみにどの辺りがかな?」

「その口調もそうだが、なんか……そう、どこか中性的な感じがする」


 更に口に出しては言えないが、さっきまで感じていたドキドキ感がない。

 いや、ドキドキはしているがこれはまた別の感情だ。


「……もしかしてとは思ってたが、お前、多重人格じゃないのか?ぷーこはその一つとか」

「なるほど」

「おい……」

「まあ、僕のことは置いといて」

「僕?って、おい……」

「声がね、聞こえたんだ」

「声?」

「そう、聞こえたんだ、君の声が、無力な自分に絶望し、力を欲する悲痛な叫びが僕に届いたんだ」

「おかしいぞ、お前、一体何を言ってるんだ?」

「君は力が欲しいんだよね?」


 なんだ?声も変わった。まるで少年のような声だ。

 ん?

 この声、どこかで聞いたことがあるような気がする。

 どこで聞いたんだ?


「僕の話、聞いてる?」

「あ?ああ」

「それでどんな力が欲しいんだい?」


 アヴリルの問いで真っ先に頭に浮かんだのは四季の持つ黒い剣だ。


「ああ、”永遠”ね」

「永遠?」

「あの剣の名前だよ」

「そうなのか……って、ちょっと待て!今、俺、声に出してないよな⁉︎お前、心が読めるのか⁉︎」

「え?そう?声に出していなかったかな?」


 そう言ってアヴリルは笑顔を見せる。その顔はとても嘘をついているようには見えない。だが、それが余計に違和感を覚えた。


「……おまえ、本当にアヴリルか?」

「見ての通りだよ」

「答えになってないぞ」

「そんなことより僕が君に力をあげるよ」

「……何?」

「でもね、”永遠”は無理。あれは強力過ぎるんだ。無理にあれと同等のものを”この世界”に送り込んだらよくてこの辺りが消滅、最悪この世界が滅ぶかもね。どちらにしても君は死ぬから意味がないよ」


 消滅?世界が滅ぶ、だと?


「……おまえ、やっぱりアヴリルじゃないな。誰だ?」


 アヴリルの姿をした何かは笑顔を浮かべるだけだ。肯定も否定もしない。


「……あ、そうか。君は魔法使いになりたいんだったね」


 こいつ、また俺の心を読んだのか⁈

 絶対こいつは組織の人間じゃないぞ!

 侵入者じゃないのか⁉︎


「だ、誰かいないのか⁈」

「無駄だよ。今、僕達はね、君達のいう<領域>の中にいるんだよ」

「な……」


 俺の知ってる<領域>の中は全体的に暗く、どこか不自然さを感じた。だが、今俺のいる喫茶店の個室はさっきまでとどこも変わらない。少なくとも俺には違いがわからない。

 こいつが嘘を言っているのかもしれない。

 一つだけ確かなのは、こいつに出会ってからずっと感じていたドキドキ、恐怖が増大したことだ。今、こいつに感じる恐怖は今までに出会ったレイマなど比ではない。


「それにね、仮に誰かが駆けつけてきたとしてもどうすることもできないよ」

「お、お前は……」

「僕の名かい?当ててみて」

「わかるわけないだろ!」

「うん、いいツッコミだね。どんな時にでもツッコミを忘れない。そういうの、"カンサイジン"っていうんだっけ?」

「言わねえよ!それに俺は関西人じゃねえ!」


 うんうん、と嬉しそうに何度も頷くアヴリルの姿をした何か。


 こいつ、ふざけてるのか?


「決めた。君に”この力”を与えよう」

「何?おいっ、”この力”ってなんだよっ⁉︎」


 アヴリルの姿をした何かは俺の問いを無視し俺を指差した。たまたまか、その指は俺の心臓を指しているように見えた。


「どーん」

 

 アヴリルの姿をした何かがそう言うと同時に俺は胸に衝撃を受け、一瞬息が詰まった。


「お、お前……」

「はい、終わり。これからもせいぜい僕を楽しませてね。君にはその責任がある。僕をこんなところにまで呼んだんだから」


 一体なんのことだよ⁉︎俺は何もしてねえぞ!

 お前は一体何なんだ⁉︎


 

「……さん。お客さん!」

「……ん?」

「大丈夫ですか⁈」


 目の前にウェイターがいた。心配そうな顔で俺を見ている。


「ここは……ああ、喫茶店か」

「一体何があったのですか?」

「何って?いや……」


 アヴリルの姿をした何かが、どーん、って言って……あれで意識を失ったのか⁈

 俺は胸に手を当ててみるが、特に変わったところはない。

 一瞬、右腕が動くことを期待したが相変わらず動かないままだった。

 


 この後、アヴリルにメールで確認してみたが、やはり戻っては来なかったらしい。

 それどころか、誰もあの部屋で起こった異変に気付いていなかった。

 

 夢だった、ってことは……いや、それじゃあ、俺が気を失った理由がわからない。とはいえ、夢だった事を完全に否定することもできない。

 あれが本当に起こったことなら俺には何らかの力が与えられたはずだが、それが何なのかわからないんだからな。

 ただ、あのアヴリルの姿をした何かの声、あの少年の声は顔取りとの戦いの時に聞こえた声に似ていた気がした。


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