43話 千歳の決意
葉山医院には病室が二部屋あり、どちらも空室だった。
俺とにゃっくはその一つを借りた。
ベッドに腰を下ろし今後の事を考えてみる。
右手が使えなくて直近の問題は期末試験だな。
左手で文字を書く、か。
病室にペンとメモ用紙があったので試しに書いてみたがとても読めたもんじゃない。
そりゃそうだよな。
ちなみに自分でいうのもなんだが俺の書く字は結構綺麗なんだぜ。
俺の名前は画数多いだろ。昔は上手く書けなかったんだ。それを見兼ねた母に徹底的にしごかれた。母は子供の頃に習字を習ってたらしくて俺より字が上手い。その頃はなんでこんな面倒な漢字の名前にしたんだと腹が立った。名前が女っぽいとよくからかわれたしな。
今は感謝してるぜ。やっぱ字が綺麗なのはいいよな。
名前も中学のときに流行った映画の主人公が同じ名前だったのでそれを見てから気にならなくなかった。
いや、好きになったんだ。
……待てよ、試験前に利き腕怪我した奴なんて今までにもいたはずだよな。
そいつらはどうしてたんだ?
帰ったら調べてみるか。
他にも考えなきゃならないことはあるはずだが、ベッドに横になったらすぐに眠ってしまい、目覚めたら朝だった。
時計を見ると八時を過ぎたところだった。
メールが届いているのに気づいた。
新田さんと皇嫁だ。
しまった!連絡するって言ったのにすっかり忘れていた!
いや、ベッドに横になるまでは覚えてたんだよ!
って、誰に言い訳してんだよ、俺。
まずは新田さんからだよな。
『ごめんさない。待ちきれなくて連絡しちゃった。怪我のほうはどう?』
にゃっくのことは正直に話してもいいだろう。
問題は俺のほうだ。
治る目処が立っていない今、「大丈夫だったよ」なんて嘘をついてもすぐにバレる。
なるべく嘘はつかないようにと考えた挙句、下記の文面で返信した。
『連絡遅れてごめん。ホッとしたら眠気が襲ってきて、今目覚めたところだよ。
にゃっくの傷は大したことはなかったよ。今はぐっすり眠ってる。
俺の右腕はまだ動かないけど異常も見つかってないんで、しばらく様子見ってことになったよ。
特に痛い訳じゃないし、ちょっと不便だけどそのうち動くんじゃないかな。精神的なことかもしれないしね。
新田さんもあまり心配しないで。』
さて次は皇嫁だ。あいつは何を送ってきたんだ?
『ちいと、送り狼してないでしょうね!』
……こいつは平和だな。
出来た人間である俺は皇嫁の挑発に冷静に対処した。
ん?どうしたかって?
『昨晩はお楽しみでしたね』
と返信しただけだ。
宿屋の主人になったら一度は言ってみたい言葉ナンバーワンだ。
たぶん。
本当に言ったら訴えられるかもしれないがな。
返信後、すぐにスマホの電源を落とした。
今日はバイトあったかな……、ないな。だが明日はあるな。
後で休むって連絡しとくか。
今、スマホの電源入れるとどっかの嫁から迷惑メールが大量に送られてきてる気がするからな。
「忘れ物だよ」
帰り際に葉山先生が俺に差し出したもの。
それは治療費の請求書だった。
「……これ高すぎないですか?」
「こんなもんさ。魔物相手の怪我は保険利かないからね」
くっそー、予定外の出費だぜ。
「そうだ、呪いを解く方法だけどまだあったよ」
「それは?」
またろくな方法じゃないだろ。
「こちらの世界にも特殊な力を持つ者達はいるだろ」
「それって超能力者とか?」
言われるまで気づかなかったな。
でも一度も会ったことないしな。
「それとムーンシーカー」
「‼」
「ムーンシーカーにもそういう能力を持つ者がいるかもしれない。私は知らないが。まあ、仮にいたとしても彼らを探し出すのも大変だろうな」
ムーンシーカーと聞いて最初に顔が浮かんだのは四季薫だ。
アヴリルは四季の持つあの黒い剣はムーンシーカーの能力とは違うようなことを言ってたよな。
ダメ元でまたメール出しとくか。
腹が減ったので駅へ向かう途中にあった喫茶店で朝食をとることにした。
モーニングを頼んだところでスマホの電源を入れる。
予想通り皇嫁から何通か来てたが読まず、ゴミ箱へ直行させた。
新田さんからは来てないか。
そういや、母親とはどんな話をしたんだろうな。
さて本題だ。
俺は別に皇嫁のメールをゴミ箱へ送るためにスマホの電源を入れたわけじゃない。
四季へメールを送るためだ。
今回の戦いについての顛末と呪いを解く方法はないか、というような内容だ。
続いてファレミスに明日のバイトを休むと連絡を入れた。
そっとキャリーバッグを開けてみる。
にゃっくは相変わらず熟睡しており目覚める気配はない。
朝の検査での葉山先生の言葉が蘇る。
『この子はこのまま春まで目覚めないかもね』
本当に目覚めなかったら、今後化け物が現れたらみーちゃん頼り、って、みーちゃんも皇帝猫だから同じように冬眠するんじゃないのか?
まあ、俺が化け物退治に関わらなければいいのだが、被害が出るとわかってて放置するっていうのもな……ん?
なんか、視線を感じるぞ。
視線を感じる方に目を向けるとカップルと目が合った。とカップルがすっと目を逸らした。
なんだ?
その二人に見覚えはない。
と、カップルが話し声が聞こえた。
「いるんだよな。あれカッコイいと思ってる奴」
「そうそう」
あれ?あれってなんだ?……あ、
気づいてしまった。
あのカップルが言ってるのは間違いなく俺の右手の包帯のことだ。
ちげーよ!俺は厨二病じゃねえ!
ほんとに怪我してる奴だっているんだろ!
何か、手に包帯巻いたらみんな厨二病なのかよ!
「あれで彼女の気を引けると思ってるんじゃないか?」
「うける!」
……なに?彼女、だと?
……間違いない。こいつら、あのオタクイベントに来てたんだ。そして俺の事を知ってる。彼女とは新田さんのことだろう。
新田さんの事はともかく、よく俺の事まで覚えてたよな。目立つような事した覚えはないんだが。
いや、そんなことよりだ、
俺が厨二病を発症したと思われてるとは!
おのれ、皇!
この屈辱、本一冊じゃ割に合わないぞ!
なに?八つ当たり?
そんな事はない!
俺は運ばれて来たモーニングを数分で片付け、店を出た。
俺が家に帰ると俺の可愛い妹が出迎えた。
その顔を見ただけで俺は少し元気になる。
だが、俺は俺の可愛い妹を両手で抱きしめられないことに気付き、それ以上にショックを受けた。
腕はまったく痛くないのに胸が痛かった。
「にーたん、どしたの?いたいの?にーたんもけがしたの?」
「……大丈夫だよ」
やっべー、涙出そうになった。
やっぱり俺の可愛い妹はやさしいなあ……ん?
俺も?
にゃっくの事は話していないし……。
「誰か怪我したのか?」
「みーちゃがけがしたの!」
「なに?」
「みーちゃ、おばけとたたかってけがしたの!」
お化け、だと?
「もう、この子ったら、違うわよ、野良犬よ、野良犬」
「その野良犬、母さんは見たのか?」
「母さんが来た時にはもう追い払った後だったわよ。みーちゃん、犬に勝つなんてすごいわね」
「おばけなの!」
俺の可愛い妹がぷうと頬を膨らませる。
うむ、どんな表情も可愛いな。
「千歳、あんた危ない顔してるわよ」
「失礼な!」
そこへみーちゃんが現れた。
なんか包帯が変な風に巻かれてるな。
その手当を俺の可愛い妹したのだと母に聞かされた。
みーちゃんの傷はかすり傷程度で包帯を巻く必要はないとも。
自慢げな俺の可愛い妹を見て思った。
完璧だ。将来看護師にもなれるな。
それはそれとして、
俺を見るみーちゃんの表情は真剣だった。
俺は確信した。
俺の可愛い妹の言っていることは事実だ。
みーちゃんも化け物と遭遇したのだと。
なんだ、この化け物の発生率は?異常じゃないか?
もうこれは迷ってる場合じゃないな。
俺は自室に入るとアヴリルにメールを送った。
『決心したから会いたい』
と。




