40話 蒼き流星となって
化け物の動きはにゃっくの一撃で一時的に鈍くなったが、すぐに前と変わらない動きを見せるようになった。
化け物はにゃっくの攻撃の合間を縫って新田さんの顔に触れようと残った左手を伸ばしてくる。
なんなんだ、こいつは⁉︎
血は止まったようだが、傷は治っていない、右腕も再生する様子はない。確実にダメージはあるはずなんだ!
あいつは痛みを感じないのか⁉︎そう見えるだけで実は大してダメージを受けていないのか⁈
一方、にゃっくはさっきの攻撃で力を使い切ったらしく、動きが鈍い。これは演技じゃないみたいだ。
俺達はブランコ側、つまり公園の出口と反対側に追いやられていた。
公園は金網で囲まれているから、出口以外から出ようとするとこの金網を乗り越えなければならない。
そんな隙は与えてくれないだろうし、新田さんはまだまともに歩けない状態だ。仮にこの公園から脱出できてもすぐに追いつかれるだろう。俺達が助かるためにはここで化け物を倒すしかない。
今度は逆ににゃっくが隙を突かれ、化け物の攻撃をまともに受け吹き飛ばされた。
マズい!
俺は迫り来る化け物から新田さんを守るため、化け物が伸ばした左腕を咄嗟に右手で弾く。
実際には俺の手は化け物の腕を素通りし、弾く事は出来なかったが、その行為は無駄ではなく、化け物は手を引っ込めた。
化け物の腕は凍り付くかのように冷たかった。その直後、右腕から力が抜け、指一本動かなくなった。
にゃっくが立ち上がるのが見えたがフラついている。次の攻撃にはとても間に合わないだろう。
俺は残った左腕で構える。
このとき俺に恐怖はなかった。
いや、あったかも知れないがそれ以上に俺の心は自分の無力さへの怒り、そして失望で埋め尽くされていた。
その時だった。声が聞こえた。
(……しい?)
誰だ?この化け物……じゃないな、当然にゃっくでも新田さんでもない。
いや、そもそも、本当に聞こえたのか?幻聴だったんじゃないのか?
その声に気を取られていたとき、俺は隙だらけだったはずだ。もし化け物が攻撃してきていたら新田さんを守ることは出来なかっただろう。だが化け物は攻撃してこなかった。その妖しい赤い瞳でじっと俺を見ていた。
「……あなた、面白いわね。『仮面』を手に入れたら私がその女の代わりに遊んで、あ、げ、る」
化け物の目が一瞬強く光った気がした。
その瞬間、今まで不気味に見えていた化け物の姿が美しく思えてきた。
が、それも一瞬のことだった。
新田さんの俺の服を掴む手に力が入ったのだ。
痛えよ!新田さん!肉も掴んでる!
女のプライドか、偶然か、
ともかく、その痛みのおかげで俺は正気に戻った。
「遠慮しとくぜ。俺は人間の女の子が好きなんだ」
「……あははは、あなたに選択権、ないのよ」
その赤い瞳に殺意が宿った気がした。
どうやら俺はこの化け物のプライドを傷つけたらしい。
その時だった。
聞き覚えのある声が聞こえた。
「あらあら、まあまあ!」
「お、お母……さん?」
そう、それは新田さん言う通り、新田母だった。新田母がいつもの笑顔で公園に入ってきた。
「帰ってくるのが遅いから探しにきてみれば、こんな夜遅くに公園で何をしているの?」
普通の人間にあの化け物は見えない。
傍から見れば夜遅くに男女が二人きりでいるようにしか見えないはずだ。化け物相手の立ち回りも酔ってるか、イチャついているように見えるかも知れない。
「危ない!近づいちゃダメだ!」
だが、新田母は俺の忠告を無視して近づいてくる。
親子揃って人の言うことを聞かねえな。
あ、そうか、新田さんは容姿だけじゃなく、性格も母親譲りか、
って、今はそんな事はどうでもいい!
「母さん、感心しないわね。こんな寒空で露出プレイしようだなんて。しかもこんなご近所で」
「そんなこと一言も言ってねえ!てか危ないから来るなって!」
……ん?
暖かく、近所でなければ露出プレイOKなのか?
って、何考えてんだ俺!
化け物が新田母を見て舌舐めずりをした。
新田母もターゲットにされた!
それは当然だかもしれない。新田母も美人だし、何も知らない者が見たら二人は姉妹だと思う程若く見えるからな。
「お母さん!信じられないかもしれないが、そこに化け物がいるんだ!だからすぐ逃げてくれ!」
「あらあら、まあまあ!『お母さん』だなんて。困ったわ」
いやいや、そういう意味で言ったんじゃねえよ。
って、いうかなんでそっちに反応するんだよっ!
新田母は化け物の存在を信じていないらしく、歩みを止めず俺達に近づいて来る。
「『コレ』は予備にとって置こう。今日はいい日だわ」
化け物は先に新田母を襲うことにしたようだ。
新田母の位置はにゃっくから最も遠い。邪魔が入る可能性が一番低いからだろう。
「に、逃げて、母さん!」
「せりす、もう夜も遅いのよ。大声を上げるのはよしなさい。それに、」
「みんなに見られちゃうわよ」と口に手を添えて小さな声で付け加えた。
だから、なんで露出プレイするって決めつけてんだよっ!
などと言う間に化け物は新田母に近づき、その手を新田母の顔に伸ばした。
ダメだ!間に合わねえ!
触れたかと思われた瞬間、新田母はすっとその手を避けた。
へ?
もしかして新田母は化け物が見えている?
「あらあら、まあまあ!何か嫌な臭いがするわ!」
「この、下等な人間ごときが!」
化け物が再び新田母を触れようとするが、またも避けた。
間違いない!新田母には化け物が見えているんだ!
さっきの言葉も露出プレイのことじゃなくて化け物との戦いのことを言ってたんだ!
……だよな?
「新田さんのお母さんって化け物が見えるのか?」
「し、知らないわ、そんな話、した事ないし……」
そりゃ、まあ、普通そんな話しないか。
……もしかして新田母は組織の人間なのか?
俺がアヴリルに送ったメールで助けに来た……考え過ぎか?
だが、それなら新田母がここに現れた説明がつく。
……あれ?
新田母はなんで化け物を攻撃しないんだ?
一度も攻撃してないよな……あ、武術の達人だから化け物を攻撃できるとは限らないか。
「見える」イコール「戦える」ではない。
そして、「戦えない」奴が下手に化け物に触れたらどうなるか、俺は身を以て知ったばかりだ。
新田母は防戦一方だったがそれは無駄ではなかった。
にゃっくが必殺技を放つための時間を稼いでくれたのだ。
にゃっくの全身を青い光が包んでいた。
今までに見たことのない姿だ。
「Vマックス……」
新田さんが何か呟くのが聞こえた。
新田さんが皇帝猫の必殺技の名前を知っている筈はないので、恐らくゲームか何かの必殺技の名前だろう。
青い光を纏ったにゃっくが一瞬で化け物の前に現れた。
俺は瞬間移動したのかと思ったがそうではなかった。目にも止まらぬ速さで移動したのだ。その証拠ににゃっくが元いた場所から今の位置まで移動した道筋に微かに青い光が残っていたんだ。
「……き流星」
新田さんがぼそりと呟いた。
最初の方はよく聞き取れなかったが確かに今のにゃっくの動きは流星に見えなくもない。
にゃっくが化け物に皇帝拳を放った。
化け物の左足が飛んだ。
化け物は体勢を崩しながらもにゃっくに殴りかかる。
が、その攻撃はにゃっくの体をすり抜けた。化け物が殴ったのは残像だった。
化け物の左腕が飛んだ。
動きの止まった化け物ににゃっくは皇帝拳を何発も何発も撃ち込んだ。
化け物は切り刻まれ四散し、消滅した。
「やったぞ!にゃっく!」
俺の声はにゃっくに届いたのか、
にゃっくから全身を包む青い光が消え、ぽてっ、とその場に倒れた。
「にゃっく!」
俺は駆け寄ってにゃっくを左腕で抱きかかえる。
息はある、だが弱々しい。
「無茶しやがって」
ああ、右手が動かないのがもどかしい!
俺はにゃっくを一旦下ろし、左手でスマホを取り出すと、ぷーこに電話をかける。
しかし、繋がらない。
やっぱりあいつは役にたたねぇ!
「この辺に動物病院ある⁈」
にゃっくは猫じゃない。だから普通の病院じゃ治療できないかもしれない。だが今はそんなことを考えている暇はない。
俺にぴたっ、とくっついて離れない新田さんに尋ねるが、首を横に振る。
「ちょっとごめんなさいね」
そういって新田母はにゃっくの首元に指を当てる。
そして俺の動かない右腕にも触れる。触れたはずだが何も感じなかった。
「あらあら、まあまあ」
「あの……」
「これは大変」
新田母は自分のスマホを取り出し、どこかへ電話をかける。
「すぐ来るわ」
「ありがとうございます!がんばれ、にゃっく!」
「その子より自分の心配したほうがいいわよ、進藤君」
「え?」
「その右腕、もうダメかも」
「……は?」
どうやらにゃっくより俺のほうが重症だったようだ。
ぷーこの補足コーナー
◯能力覚醒ワイヤレスイヤホン 正式名:聞いてミルンデス
超絶優しいあたしがちいとに無償で貸したアレね。
ちいととせりすんがバカップルかのように「聞いてミルンデス」を二人で使ってるけど、
「あれっ?それ変じゃね?左右のイヤホンはコードで繋がってるんじゃね?」
って疑問に思った人がいるかもしれないから補足しておくわ!
「聞いてミルンデス」の左右のイヤホンは完全独立だから。あたし達の組織のちょー科学によってそれぞれにちょー小型のバッテリーを内蔵してるのよ。一度充電すればそれぞれ十時間くらいは持つという優れものよ!
決して後付け設定じゃないから!ほんとよ!
あたし、嘘つかないので!




