39話 仮面
幽霊の服装はTシャツに短パンと真冬にはあり得ない格好だった。
マスクをしているため、顔で性別を判断することはできないが、その体つきで女性であることがわかる。
なるほどな、確かに普通の人と見分けがつかねえな。あの格好で平気な奴だって世の中にはいるだろうし。
相手が幽霊でなれけば「そんな格好してるから風邪引くんだろう!」って突っ込みたいところだぜ。
俺達は一旦公園から離れた。
幽霊に気づかれるのを恐れたのもあるが、公園の中を覗いている姿は通行人から見たら明らかに不審者ぽいからな。夜遅いとはいえ、まったく人が通らないわけじゃないんだ。
さて、どうするか。
にゃっくがどう思っているかはともかく、俺としては不意打ちでもいいから出来るだけ楽に、確実に倒したいと思っていた。
だが、実際には公園の中に隠れる場所はなく、にゃっくの攻撃が届く距離まで幽霊に気づかれずに近づく方法はなさそうだ。
幽霊の存在に気づいていない振りして近づくか?
この公園にある遊具はブランコ、滑り台、砂場だ。ブランコに座る程度ならこの歳でもおかしくないよな。よくテレビでも見かけるし。
だが、まさにそのブランコに幽霊はいるんだよな。
ブランコは流石に近づきすぎだよな。もう少し離れたところでどんな奴か様子見をしたいところだ。
うむ、にゃっくも同意見のようだ。
……待てよ、バカップルの振りをすれば滑り台もいけるか?
新田さん、OKするかな?
……いやいや、新田さんを危険な目に会わせるわけにはいかねえよな。
やはりここは危険を承知で俺とにゃっくでブランコに近づくか。
あとは臨機応変で。
って自分で言っててなんだが適当な作戦だよな。
「ねえ、進藤君」
「ん?」
「あの幽霊、本当に危険なの?」
「ああ。俺は何度もこういう奴と遭遇してるんだ。その経験とにゃっくの態度からも間違いなく危険だ」
「でもさっきから何人も公園の前を通り過ぎてるけど何もしてこないわよ」
「地縛霊かもしれないし、何か別の理由があるのかもしれない。ともかくアレは危険だ」
「そうなんだ」
あまり納得していないような顔をしてる。
恐怖より好奇心が勝ったみたいだな。その適応力の高さはいいのか悪いのか。
「それでどうするの?」
「応援が来てくれるといいんだがな」
スマホを確認するが、アヴリルからの返事はない。
あと期待できるのはみーちゃんなんだが、今は俺の可愛い妹のボディーガードしてるはずだから無理だろう。
ぷーこ?
みーちゃんのいないぷーこに何か出来るとは思えない。足手纏いになるに決まってる。
と、冷たいものが頬に当たった。
雪だ。
まずいな。寒くなればなる程にゃっく、皇帝猫の戦闘力は低下する。
こんな事になるならサンタクロースの着ぐるみを持ってくるんだったぜ。
って、あれ戦闘服じゃないけどな。
にゃっくが俺の頬を突く。
その意味は言葉が話せなくてもわかる。
「出来るだけ近くまでは行く。それでいいか?」
にゃっくが頷くのがわかった。
「新田さんは……」
「私も行くわ」
まあ、言っても聞かないんだろうな。
「公園には入らないでくれよ。あと危ないと思ったら逃げてくれ」
新田さんは笑顔で頷いた。
その笑顔が信用できないんだよな……。
公園の中で無人のブランコが揺れている。
と普通の人には見えるだろう。
実際、イヤホンを外した俺にはそう見える。
なんでイヤホンを外しているかって?
下手に見えているとどうしても意識してしまうと思ったからだ。イヤホンはロングフードパーカーのポケットに突っ込んだ手の中にあり、いつでも挿せる準備はしている。
「いるんだよな?」
にゃっくに小声で確認する。
「ええ、いるわよ」
「へ?」
新田さんはしっかり俺の後からついて来ていた。
この人、まったく人の言うこと聞かないよ。
「あのな、俺の話……」
「あ、目が合っちゃった」
へ?
俺は慌ててイヤホンを挿す。
幽霊はこっちを、新田さんをじっと見ていた。
マスクをしているので表情は見えないが、それでもそいつは笑った、と俺は思った。
幽霊はブランコから降りるとゆっくりとこちらに歩いてきた。
「私、幽霊と話すの初めて。あ、言葉通じるのよね?」
「え?ああ、たぶんね、っていうか新田さん、余裕だね」
「なんか友好的に見えるし、案外、あっさり成仏してくれるんじゃない?」
なんでこんな楽観的なんだ?
それに友好的だって?
俺にはそうは見えない。
奴の新田さんを見る目が俺を酷く不安にさせる。
幽霊は三メートル程の距離で立ち止まると、マスクをとった。
美人だった。年は二十代後半っていったところか。
肌が異様に白い。まるで白粉でも塗っているかのように。ただその唇と目だけが赤かった。
「私、探し物してるの」
「探し物?それって……」
「新田さん!」
あー、くそっ、なんで安易に答えるんだよ。
「大丈夫よ」
その自信はどこからくんだよ!
こいつはやばい。
何を企んでいるのかわからないが、ともかくやばい。
俺の直感がそう告げている。にゃっくの俺の肩を掴む力も強くなった。
「新田さんは黙って!俺の後ろに!」
「え、でも、その探し物を見つけてあげれば成仏するんじゃないかしら?」
「……成仏?って私が?」
「ええ」
「それじゃあ、私、まるで死んでるみたいね」
幽霊がくすりと笑った。
なんだ?自分が死んでいることに気づいていない?
いや、……こいつ、幽霊じゃない?
このイヤホンは幽霊だけじゃなく、レイマみたいな化け物も見えるようになるんだった。
「探し物って?」
「ええ、もう見つかったわ。あなたが持ってる」
「え?私が?それって……」
「顔」
「顔?」
「そう、あなたの、顔」
そいつがにぃっと笑みを浮かべると、その口が一気に耳まで裂けた。
口裂け女。
そんな言葉が一瞬頭に浮かんだ。だが、よく見ると裂けた口元に別の肌が見える。
「あ、やっぱりこの『仮面』もう限界みたい。丁度よかったわ。新しい仮面の材料が見つかって」
仮面の材料、だと?
まさかこいつ、「人の皮」で作った仮面を被っている⁈
こいつは幽霊じゃない、口裂け女でもない!
別の化け物だ!
こいつは次の「顔」を探していたんだ!
今まで通行人を襲わなかったのは気に入った顔じゃなかっただけだったんだ!
「新田さん!逃げるんだ!」
返事がない。
振り返ると新田さんは怯えた表情で固まっていた。
無理もない。俺だって最初レイマと遭遇した時そうなった。
今の俺は恐怖を感じていないわけじゃない。俺が動けるのは経験の差だ。
にゃっくが先に動いた。
ジャンプし、化け物に一撃を食らわせる。
化け物が退く。だがダメージは大して受けていないようだ。
やはりにゃっくにいつもの切れがない。
俺は新田さんを庇いながら無理やり後ろへ下がらせた。
「わ、私の方が進藤君より強いわよっ」
新田さん、この状況でその強がり、いい性格してるよ。
確かに俺は弱いさ。だが俺は経験だけは積んでるんだ。
「素人は大人しく下がってるんだ!そんなガチガチじゃにゃっくの邪魔になるだけだ!」
にゃっくの攻撃はあまり効果がない。
というより、動きか鈍すぎて攻撃がかわされる。致命傷を与えられないんだ。
逆ににゃっくの傷が増えていく。
だが、それはにゃっくの作戦だった。
にゃっくは歴戦の勇者、いや勇猫だった。
今までの攻撃は相手を油断させるため本気を出していなかったのだ。
化け物が油断した一瞬の隙を逃さず、にゃっくは今日最速の動きで化け物に接近すると皇帝拳を放った。
化け物の右腕と共に頭が宙を舞う。
いや違った。
頭ではなく「仮面」だった。
化け物の真の顔はどす黒かった。本来あるべき場所に鼻と耳はなく、その代わりに顔中に小さな穴があいていた。皇帝拳による裂傷があり、そこから更にどす黒い血が流れ出ていた。
俺のフードパーカーを握りしめる新田さんの手から震えが伝わってくる。
化け物は右腕を失ったし、相当なダメージを負ったように見える。体もフラついている。
だが、致命傷ではないようだ。
「あーあ。その顔、お気に入りだったのよ。記念にとって置こうと思ってたのにもうダメね。でもまあいいわ。あなたの顔の方が私の、こ、の、み。あなたの顔なら今までで一番いい『仮面』が作れそう!」
化け物が笑った。
戦いはまだ終わらない。




