38話 新田さんは頑固
キャリーバッグの中から音がした。
キャリーバッグを開けると、にゃっくがジャンプして俺の肩に乗った。
にゃっくはぷるっと身を震わせ、すぐさま俺の着ているロングフードパーカーのフードの中に潜り込むとでっかい頭だけちょこん、と出した、ようだ。
ようだ、っていうのは俺からじゃよく見えないからな。
「にゃっく、放っておくとマズイのか?」
「あ、頷いたわ!」
「やれるか?」
「また頷いた!すごい!本当に言葉がわかるみたい」
どうやら新田さんにゆっくり説明する時間はなさそうだ。
まあ、もうすぐ二十二時だし、喫茶店で説明するって話だったが、ほとんどの店はもう閉まってるよな。
「ところでやるって何をするの?」
「退治するんだ」
「退治って、さっきの女性を?」
「ああ」
「まるで化け物みたいな言い方ね」
その通りなんだよ、新田さん。
「新田さんは公園で女性を見たんだよね?」
「ええ、真冬にあんな薄着で……」
「俺には見えなかった」
「……え?」
「新田さんが見たのはたぶん幽霊だ」
「またまた……」
「または化け物」
「……」
ま、普通は信じないよな。
「……退治って、進藤君とにゃっくちゃんで?」
「俺にそんな力はない。戦うのはにゃっくだけだ。にゃっくはこう見えて化け物退治のプロなんだ」
「……」
「詳しい説明はまた今度な。危険だから新田さんは先帰ってて。本当なら家まで送りたいところだけど、その間にアレがどこかに移動するかもしれない」
そこで俺は公園からずっと新田さんと手を繋いでいたことに気づいた。
「あ、悪いっ!」
「気にしないで。この辺り、結構知り合いいるし、実際、何人かに見られたけど」
えーと、その笑顔が気になるんだが……。
いや、今は考えるのをよそう。
俺とにゃっくは公園に引き返そうとしたんだが、新田さんはついて来た。
「私も行くわ」
「ダメだ。俺の話が信じられないのはわかるが……」
「違うわ。本当だと思うから確かめたいの!」
そんな真剣な表情されてもな。
この寒さの中でにゃっくがどれくらいの力が出せるのかわからない。
正直、俺だけでも邪魔になりそうなんだ。これ以上にゃっくの負担を大きくしたくない。
そんな俺の考えを新田さんは察したようだ。
「自分の身は自分で守るから」
「最初に言っとくけど、あの手の化け物は普通の攻撃は効かないんだ」
「幽霊ってアンデッドだもんね。なんかRPGみたい」
俺は真面目に言ってるんだが。
「これは遊びじゃないんだ。命に関わるかもしれないんだ」
「面白がってるように見えたのなら謝るわ。でも私は本気よ。確かめたいの。何があっても進藤君を責めたりしないわ!」
こりゃ、いくら言っても付いてくるな。場所知ってるし。
それに説明するより実際に見てもらった方が早いか。百聞は一見にしかず、っていうしな。
それにしても新田さんは結構頑固なんだな。
「わかったよ」
「ありがとう!」
「ただし、勝手な行動はしないでくれよ。新田さんに何かあったらおやじに殺される」
「わかってるわ」
ホントか?
やっぱり面白がってるように見えるんだよな。
にゃっくが催促するように俺の頬をつつく。
「わかってるよーーあ、ちょっと待ってくれ。メール送るから」
保険つけといたほうがいいよな。
「相手は皇君?」
「違う。あいつはこの事を知らない」
「そうなの?」
「見えない奴に言っても信じないだろ」
「それはそうね。じゃあ誰?」
「この手の専門家」
「やっぱりそういう人達いるんだ」
「ああ、今度説明するよ」
「うん」
俺は新田さんにあの公園の名前を聞き、『悪霊らしきものを見つけたのでにゃっくと退治する』というメールをアヴリルに送った。
正しくはアヴリルのメールアドレスと思われる、だが。
え?ぷーこ?誰それ。
「ところで、」
「なに?」
「新田さんってゲーマー?」
「ふふふ」
否定しないか。
俺達は公園に引き返し、慎重に中の様子を探る。
「いないわね。どっか行っちゃったみたいね」
「……いや」
新田さんの霊を見る力は不安定のようだな。
「見えるの?」
「いや。だが新田さんも急激な温度低下を感じただろ?」
「え?ええ」
「それが証拠だ」
そしてにゃっくだ。
フードの中からにゃっくが顔を出してどこかを凝視している、ようだ。
「新田さん、にゃっくはどこ見てる?」
「え?えっと……ブランコの辺り、かな」
俺はポケットからイヤホンを取り出すと耳に挿しブランコの辺りを見た。
いた。
「進藤君?」
新田さんは俺が突然イヤホンをつけたことに疑問を持ったようだ。
「これは霊などの化け物を見やすくする機能があるんだ」
「え?……あ、そのイヤホンて、もしかしてイベントでつけてた……」
「ああ。そんで使い続けるとつけなくても霊が見えるようになるらしい」
「すごい!私も使ってみたいわ!」
「これ、脳に刺激を与えるんで身体には良くないと思うん……」
新田さんは俺の話を最後まで聞かずに手を差し出す。
「身体に良くないかもしれない、それでも使いたい?」
「ええ」
俺はちょっと躊躇したが片方のイヤホンを新田さんに渡す。新田さんは迷うことなくイヤホンを耳に挿すと「あっ」と小さな声を上げた。
「見えたんだね?」
「ええ……」
その声はちょっと震えていた。




