4話 皇帝猫
にゃっくは四季と出会った日から、監視をやめてしまった。
四季の奇妙な行動と関係があるのは間違いない。
にゃっくはどこか気が抜けた様子で元気がないようにも見える。
ふと四季が言っていた言葉を思い出した。
すっかり忘れてたが、にゃっくのことを皇帝猫って言ったな。
俺は高校入学時に買ってもらったノートパソコンを立ち上げた。
ハードディスクがうんうん唸りながらOSが立ち上がる。
皇が俺の家に遊びに来たときにこのパソコンを見て驚いていたのを思い出した。
買ったときすでに型落ちだった。
パソコンでオンラインゲームをしている皇には耐えられないかもしれないが基本ウェブを見たりメール書いたり、レポート作成に使用するだけだ。
性能的にはこれでも不満はない。
問題なのは最近うなり声を上げるハードディスクだ。壊れる前兆じゃないのか?
データは定期的にUSBメモリにバックアップしてるから問題ないが、遅くともOSの期限が切れるまでには買い換えないとな。
ウェブで皇帝猫を検索してみるといくつかヒットした。
どれもリンク先は同じだった。
トップページにアップで凛々しく?空を見上げる猫が現れる。
毛並み、瞳の色など異なるがにゃっくに非常に似ている。
なるほど。確かににゃっくは皇帝猫というらしい。
『可愛さと強さ、そしてかっこよさを兼ね備えた最強の猫。それが皇帝猫』
四季がいった言葉がトップページに書かれていた。
ページの作りはよくいえば質素、悪くいえば手抜きだ。
書かれているのは皇帝猫についての説明、目撃場所程度だ。掲示板はなく、カウンタすら置いてない。
皇帝猫はこの管理者が知る限り三騎確認されている。
どうでもいいことだが皇帝猫は一匹二匹ではなく、一騎二騎と数えるらしい。
皇帝猫とはという項目をクリックする。
『皇帝猫は孤高の戦士です。
ゆえに馴れ合うことをよしとせず、単独で行動することが多いです。
皇帝猫のことを禍を呼ぶねこ、という人もいますが、大きな間違いです。禍があるからやってくるのです。
皇帝猫は人知れず世界を守る戦いをしているのです。
皇帝猫が一ヶ所に留まっていたら注意してください。
そこで禍が起きようとしているのです。
ただし、皇帝猫が禍以外の理由で留まっている場合もあります。
寒さです。
皇帝猫は寒さに弱いのです。唯一の弱点といっていいでしょう。
もし冬に皇帝猫を見つけたら春まで保護してあげて下さい。
皇帝猫はボディガードとしても一流なのであなたをあらゆる危険から守ってくれるでしょう。』
「……なんじゃこりゃ」
俺は次に皇帝猫のスキルという項目をクリックする。
皇帝拳、空中歩行、逆毛レーダー。
どれもが思い当たる。
皇帝拳奥義に何でも切り裂く技があった。カーテンを切ったあれのことだろう。
机を垂直に駆け上がったのはこの空中歩行に違いない。
そして逆毛レーダーは見ると絶叫するアレだ。敵が自分を発見したことを知らせるための能力らしいのだが、中途半端な能力だよな。
間違いない。この管理者はにゃっく、皇帝猫のことを知っている。
次に目撃場所をクリックした。
三匹、いや三騎か、が目撃されており名前は発見者が付けたらしい。
愛知県でノブナガ、アメリカでアルカポネ、残る一騎、エドッコは東京とあった。
どれもにゃっくではなかった。
つまりにゃっくは未確認の四騎目ということだ。
しかし、
「なんでこいつらみんなカメラ目線なんだ?」
特にこいつだ。北米ラスベガスのカジノで目撃された葉巻をくわえた皇帝猫、アルカポネ。
『勇気ある若者によって隠し撮りされた貴重な一枚である。』
「って、何が隠し撮りだ!思い切りカメラ目線送ってるぞ、おい。それにだ、勇気はどこに必要なんだよ。そもそもネコが葉巻くわえてスロットをやっているんだぞ。なんで誰も何も言わんのだ。ヤラセだろ、どう見たって」
ひとしきり突っ込んだところで俺は冷静さを取り戻した。
「おい、にゃっく」
俺の呼び声に一瞬こちらに顔を向ける。
俺はノートパソコンの画面をにゃっくに向けた。
「こいつら、お前の知り合いか?」
にゃっくの目が見開かれた。
おお、興味持ってる、持ってる。
ホームページの一番下に、皇帝猫の情報をお持ちの方はご連絡くださいと
連絡先のメールアドレスがかかれていた。
「会いたいか?」
にゃっくは無言で俺を見つめる。
「そうか。わかった。でももうちょっと待ってくれな。こういうのはもう少し慎重に考えた方がいいだろう」
俺の言葉が通じたのか、にゃっくは画面から顔を外し体を丸めた。
「もう眠るか。おやすみな、にゃっく」
それにしても、
"孤高の戦士"って俺が最初ににゃっくに会った時に思ったことじゃないか。
なんか気持ち悪いな。
俺がアルバイトを終え、家に帰ると、机の上ににゃっくの姿はなかった。
もしかして出て行ったのか?
あのホームページに書いてあったことが本当なら、俺の家のそばには禍とやらがあったみたいだ。その禍をにゃっくが監視していたが、先日、四季薫によって排除された。その後のにゃっくの行動から間違いないだろう。
つまり、もうここにいる必要はなくなったという訳だ。
俺は下に降り、だめもとで母に尋ねると意外にも居場所を知っていた。
俺は親の寝室のドアを静かに開け中に入った。
かわいい妹が幸せそうな顔で眠っているのを見ると疲れがぶっ飛んだ。よく見るとぬいぐるみを抱いているらしく、そのでっかい頭が布団から出ていた。
にゃっくだった。
にゃっくは俺に気づき妹の腕の中から逃れようと体をもぞもぞと動かすが、意外に力があるのか脱出できないようであった。
もちろん、力づくでなら可能だろうが、そんなことをすれば俺のかわいい妹は目を覚ますだろうし、何より怪我をするかもしれない。それを避けるために手加減しているのだろう。
俺はにゃっくに、もうちょっと我慢してくれと、片手で謝る合図を送り部屋を出た。
母に聞いた話をまとめると、
俺のかわいい妹はお昼寝から目覚めると一緒に寝ていたはずの母親がいなかったことで寂しくなり、泣きながら一階を探し回った。そして、いないとわかり二階への階段を上り始めた。
そのとき母は二階の俺の部屋を掃除していたらしい。掃除機の音で泣き声に気づかなかったのだ。
掃除機を止めた時に妹の泣き声に気づき、俺の部屋から出て階段を見ると、まさに妹がバランスを崩し階段から落ちるところだった。
そのとき、にゃっくが動いた。
部屋からばっと飛び出すと、妹の背後に回って支え、間一髪で妹が落ちるのを救ったのだ。
そんなミラクルをやってのけたにゃっくに母は感謝し、にゃっくを家族として認めた。
妹もにゃっくをとても気に入り、にゃーく、にゃーく、とその腕ににゃっくを抱きしめ離そうとしなかった。
こうして今に至るというわけだ。
話のあと、母が首を傾げながら言った。
「でもおかしいのよね。確かににゃっくがあの子の背中を支えてくれたはずなんだけど、冷静に考えると、にゃっくが二本足で立ってもあの場所じゃ床に足が着かないはずなのよねぇ。一体どうやったのかしら?」
俺は想像がついたがもちろん口に出したりしない。
「さあな。俺は見てないから何とも言えないな」