32話 本の内容は飾りなのか?
眠気覚ましに会場を回っていた。
時間の割に人は多いとは思うが、ほとんどの店、いやサークルか、はガラガラで列が出来ているのはほんの一握りだ。
テレビで見た有名同人誌即売会とは大違いだな。
って今深夜なんだからこんなものか。
見る限りみんな楽しそうだ。
言うまでもなくその中に俺は含まれていない。
イヤホンが外れかけていたのでつけ直した。
今のところ、霊やレイマなどの化物は見ていない。
手紙に書かれていたメールアドレスがアヴリルのものとわかり、当初のほどの不安は感じていない。
……あれ?これ、変だよな。
アヴリルが戦っているところを一度も見たことがないのに何か事件が起きてもアヴリルならなんとかしてくれる、と思っていた。
根拠はない。ただの思い込みなのか、もしかしたらこのイヤホンをつけ続けたことで俺の体に変化が起き始めていてその能力が……なわけないか。
仮にそうだったとしても絶対戦闘向きの能力じゃないよな。
……さてと、コスプレブースに行ってみるか。
別に俺は興味なんてないんだが、皇お勧めだからな。
ここは皇の顔を立てて行ってやらねばなるまい。決して女の子のボディペイント目当てじゃないぞ。ホントだぜ!
コスプレブースでは各々がなんらかのキャラになりきって、客の要求に応えてポーズをとったりしている。
でだ、
皇の言う通りボディペイントした奴がいた。
男がな!
俺だって海外サイトで見たような真っ裸の女性がいるなんて期待した訳じゃない。
即退場もんだからな。
でも水着姿くらいは期待してたんだ。
皇もそう言ってたよな?
だが、見る限り水着姿の女性はおらず、過激な衣装を着た子もいない。
休憩でもしているのか、
それとも皇に騙されたのか?
あるいは皇に騙されたのか?
やっぱり皇に騙されたのか?
おのれ、皇!
目を覚まさせるためにここまでするか!
……あ、いや、別に俺はそれが目的で来たわけじゃないぞ!
……ホントだぞ!
パンツ一丁のボディペイント男は自慢げに筋肉を見せつけている。
一部の女性からは歓声が上がってる。
果たして本当にあんなキャラがいるのだろうか?
俺にはわからん。わかりたいとも思わん。
筋肉男は酔っ払ってでもいたのか調子に乗って水着を脱いだ。
女性陣からなんとも言えない悲鳴が上がる。
即座に全裸男は警備員に連れ出されて行った。
……嫌なもんを見ちまったぜ。おかげで完全に目が覚めたがな!
七時半頃、新田さんと皇嫁が朝食を持ってやって来た。
皇嫁の機嫌が悪そうだったので先に行かせ、俺と新田さんで店番をすることになった。
「こういうのやるの久しぶり」
「バイトはしたことなかったんだよな?」
「え?ああ、高校の文化祭で」
「なるほど」
「あれ?新田さん⁉︎」
「はい?」
どうやら同じ大学の奴のようだ。
新田さんはその学生の事を知らないようだったが、流石新田さんだ。うまく話を合わせている。
その学生は一冊買って行った。
俺の見た限りでは本の内容を確認しなかった。
俺には敵意剥き出しの視線を向けたがな。
俺の頭の中に看板娘という言葉が思い浮かぶ。
その存在だけで品物の良し悪しに拘らず売上を上げる。
って違うか?
「悪いな。朝飯なんか作ってもらって」
「気にしないで。私、進藤君にちゃんとお礼してなかったから」
「礼?」
「事件のとき助けてもらったお礼」
「……ああ」
そうか、普通は礼をするか。あのオヤジが割り込んで来たからすっかり忘れていたぜ。
新田さんがなんで俺に朝飯作ってくれるんだろうと不思議だったがやっと納得できた。
「気にしなくていいよ。たまたまなんだし」
「それでもちゃんとお礼をしたかったの」
「そう、じゃあ、これでチャラということで」
あれ?新田さん、微妙な顔をしたな。
「……あとね、にゃっくちゃん?にもお礼しないと」
なに?
なんでにゃっくの話が出る?
……まさか、新田さん、あの時のことを覚えている?
いや、思い出したのか?
ここは慎重に行かないとな。
「……にゃっくって新田さんに何かしたのか?」
「……それは……あ、いらっしゃいませ」
会話は客によって断ち切られた。
その客も同じ大学の奴らしい、それも同じ学科の奴のようだ。
他に客がいないことをいいことに世間話を始める。
俺は一人会話から取り残されているうちに再び眠気が襲って来た。
はっとして辺りを見回し、店番をしていた事を思い出す。
「おはよう」
「わ、悪い!うっかり寝ちまった。どれくらい眠ってた?」
「うーん、十分くらいかな」
「そ、そうか、悪い、頼んでる本人が寝ちまって」
「いいわよ。それより終わってるわよ」
「ん?終わってるって何が?」
新田さんが自分の髪をかき上げるとその耳にイヤホンが見えた。
慌てて俺は自分の耳に手を当てる。
ない!
「それ!」
俺は手を伸ばし、新田さんの耳に触れる直前で手を止めた。
無理矢理取るのは良くないよな。
「……返してくれるか?」
「ご、ごめんなさい」
俺は険しい表情をしていたようだ。
新田さんがイヤホンを外し申し訳なさそうに俺に返した。
俺はそれと俺の耳に残ったもう片方のイヤホンを外し、無造作にポケットに突っ込んだ。
「こっちこそごめん、俺が寝ちゃったのが悪いんだから」
「本当にごめんなさい」
「いや、ホントいいんだって」
迂闊だったな。さっさと外しておけばよかったんだよな。
皇ならともかく新田さんの前でイヤホン、っていうか音楽を聴いてるのは失礼だよな。
実際は音楽を聴いていた訳じゃないが、それを説明することはできない。
アヴリルの話では新田さんはなんらかの能力があるんだよな。だからレイマに狙われたって。
すでにその能力に自分で気づいているならともかく、今ので能力が目覚めてしまったら……どうすればいいんだ⁉︎
「……もしかしてそれ、大切な人からのプレゼントだった?」
一瞬、バカの顔が頭に浮かぶ。
「それはない」
「そ、そう」
どうする?聞くべきか?
だが、さっきのにゃっくの事もある。薮蛇にならないか?
「ちょっとマイナーな歌だったからさ」
「皇君が好きそうな?」
「それはない」
「そ、そう」
しまった!そうですと言っとけばよかったか?
……いや、だめだな。
そんなこと言って皇に協力を求めたら最後、皇の趣味に引きずり込まれ、二度と這い上がってこれなくなる。
それ程にオタクとは危険な存在だ、
とどっかのサイトに書いてあった。
そこに救いの女神、もとい客がやって来た。
その目は俺を見ていない。
よろしく、新田さん!
幸い、新田さんは客が去った後にこの話の続きをすることはなかった。
ふう、どうにか話を有耶無耶でにできたぞ。
それはそれとして、
漫研の本、内容に関係なく売れてるぞ。
それでいいのか?
俺達は皇夫妻と入れ替わりに休憩室に向かった。
さっきの話が蒸し返されないように気をつけないとな。
新田さんが持ってきてくれた朝ご飯はオニギリと味噌汁だった。
「オニギリどう?」
「美味いよ」
嘘じゃない。
っていうかオニギリ不味く作る方が難しいよな?
「味噌汁はどう?」
「ああ、こっちも美味い」
これも嘘じゃない。オニギリよりは難易度は高いが、出汁さえ取ってればそれなりに飲めるやつは作れるよな。俺だって作ったことあるし。
「それはよかったわ。愛情込めたから」
「は?」
今なんて言いました新田さん。
「お母さんが」
「は?」
「うそ」
「はは……」
えーと、どっちが嘘なんだ?両方か?
よし、ここは聞かなかったことにしよう。
「そうだ、新田さんは三日空いてる?」
「みんなでご飯食べるって話?」
「あ、もしかして皇嫁から聞いてた?」
「ええ」
「そうか。で、大丈夫?」
「大丈夫よ。進藤君が凄く豪華な店を予約してみんなに奢ってくれるんでしょ?」
なんだよ、凄く豪華って、しかもみんなにって、皇嫁め!
「はは、それはどうかな?」
「ふふ」
「ははは」
「ふふふ」
ってなんだよこれ?
この状況。
なんか周りの視線が痛いぞ。
特に男ども!




