30話 千客万来
十二月二十七日、今日は朝からファミレスでバイトだ。
来客を知らせるチャイムが鳴り、出迎えるとそれは皇だった。
正確には漫研の面々だ。
朝から集まって年末イベントの打ち合わせか、と思ったがそれだけではなかった。
その前に行われる有名同人即売会での同人誌購入の割り振りだ。一人で回るには広すぎるので手分けして手に入れるらしい。
俺が注文を取りに来た時に皇がそう教えてくれた。
どうでもいい情報をありがとよ。
っていうか、お前ら、自分達が参加しない方は全員参加かよ!自分達の部活の方をもっと真剣にやれよ!
「皇くん、我らの情報を安易に漏らしては困るよ。敵に知られたらどうするのかね?」
なんだこいつ?っていうか敵ってなんだよ、敵って。うちの漫研はどっかと戦っているのか?
「あ、すみません、部長。紹介が遅れましたが、彼が進藤です。今回イベントの手伝いをしてくれる」
「ほう、君かね、我がサークルに是非参加したいと申し出たというのは」
こいつか、あと三ヶ月で卒業にもかかわらず、いまだ部長の座を後輩に譲らないという……。
「君には勇者の素質がある、かもしれないな」
いや、勇者はあんただよ。
真冬にTシャツ一枚に短パンってなんだよ。なんとかフィールドでも張ってるのか?
……いかん、俺らしくない表現だったな。きっとこの部長の体温調節機能は壊れてるんだろう。
それはそれとして、
皇が言ったように俺はイベントを手伝う決心をした。
やはり『ここどこ戦記』を読んで見たいと思ったのだ。
それに皇には俺の可愛い妹のためにいろいろ協力してもらってるしな。
だがな、
「是非参加したい」なんて言ってないぞ!
皇に抗議の視線を送る。
「違いますよ、部長。無理言ってお願いしたんですよ。進藤はその日もバイトがあるから」
「なるほど。つまり、君は我が部に入りたいと?」
「……は?」
「あ、部長、進藤は仕事中だから、そろそろ……」
「仕事よりも私との話の方が重要だろう?」
「そんなわけあるか!」と怒鳴ってやりたいところだが、こんな奴でも客は客だ。
俺は長年のバイトで身につけた笑顔の仮面をかぶり、「私語は禁止されておりますので」と頭を下げてその場を離れた。
その後、料理を運んだりしている中で部長が皇を嫌っているのはすぐにわかった。
理由は単純明快。皇が結婚しているからだ。
つまり、リア充憎し、なのだ。
よくもまあ、こんな嫌がらせを受けて残ってるぜ。
俺だったらとっと辞めてるね。金もらえるわけじゃねえしな。
俺が休憩中の時だった。
「おいっ、新田さんが来た!」
「一緒の子も可愛いよな。誰だろうなあ。ちょっと無愛想だけど」
そんな声が聞こえた。
可愛くて無愛想、それでそいつが誰かぴんときた。
皇嫁だ。
……気づいていない振りをしよう。
ここで下手に挨拶したら皇嫁が余計なことを口走るかもしれねえしな。
あと、あの部長に見つかったら、面倒そうだ。
皇嫁を見たら、皇に対する嫌がらせがさらに酷くなるかもしれねえ。
午後三時を過ぎた頃だ。
またも知り合いが来店した。
ぷーこだ。
「何しに来たんだよ?」
「それが客にする態度?なってないわね」
ムカついたが確かにぷーこの言う通りだ。俺は再び笑顔の仮面をかぶる。
「いらっしゃいませ、お客様は一名様でしょうか?」
「客じゃないわよ」
なんだと、このアマ!
ぷーこは俺の心情など気にすることもなく目の前に紙を突き出した。
!!
それは入り口に張ってあったアルバイト募集の紙だった。
「やってあげてもいいわよ」
なんだその横柄な態度は、ってそれよりも、
「お前、なんでとっちゃうんだよ!」
「だって募集一名なんでしょう?」
「なんで受かると思うんだ?」
「あんたでも受かったんでしょ。あたしが受からないわけがないじゃない」
どこから来るんだその自信は。
ぷーこが俺に顔を寄せ、小さな声で囁く。
「四季薫に支配されたこのファミレスをあたしの魅力で解放してあげるわ」
……はあ?
「そしてその噂が広まれば行方をくらましている四季薫は絶対にここに現れるわ!」
あほだ、こいつ。
「で、現れたらどうするんだ?」
「……」
考えてねえのかよ。
しかしバイトって、こいつ、組織とやらを完全にクビになったな。
でも結構重要機密知ってるんじゃないのか?
大丈夫なのか、こんな奴野放しで……。
そこで魔法のことが思い浮かんだ。
魔法は存在する。
実際に使用したところを見たことはないが、殺人鬼にやられた傷が数時間で完治したのだ。
それ以外に方法が思い浮かばない。
魔法で記憶を消した、あるいは改ざんしたのかもしれないな。
だが、四季薫の事を覚えてるってことはそうでもないのか?
案外、こいつには俺の知らない重要な秘密があるのかもしれねえ。
こいつそっくりのアヴリルのこともあるしな。
「何、あたしの顔をじっと見てるのよ!そんなに見つめられたら……妊娠するでしょ」
あほだ、こいつ。
スタッフや客の視線を感じる。
目立ちすぎたな。
まあいいや、このバカは店長に任せよう。
「ちょっと待ってろ」
俺は店長を呼びに行きアルバイトの応募者が来た、とだけ告げた。
知り合いなどとは一言も口に出さない。
面倒ごとに巻き込まれたくないからな。
夕方、
皇嫁と新田さんは皇を尾行していたみたいだがドリンクバーでばったり出会ってゲームオーバーとなった。
まあ、よく保った方だろう。
幸い、皇嫁のことは部長に気づかれなかったようだ。
俺が帰り支度をしていると店長に声をかけられた。
「進藤君」
「はい?」
「姫野さん、雇うことにしたから」
「……は?」
なんだって?
何が起こった?なんの奇跡だ?
「君の遠い親戚なんだってね」
「は?」
「何かあっても進藤君が責任を取ってくれるって」
「は?」
「それにはスタッフが是非ってね」
まあ、あいつは容姿だけはいいからな。中身は空っぽだが。
それよりもだ、
「あいつ、面接大丈夫でしたか?」
主に一般常識。
店長はちょっと困った顔をした。
「うーん、まあ、進藤君が面倒見てくれるんだから」
「いや、俺、そんなこと一言も……」
「シフトはできるだけ進藤君と一緒にするから。あ、でも恋愛とかはないって聞いてるけど、信じてるからね」
「それは絶対ないですが……」
「それを聞いて安心したよ」
……なんだよ、これ。
まあ、ぷーこのことだ。長くは続かないに決まってる。
でも、その場合、俺の評価が下がるのか?
頭いてー!




