27話 みーちゃんの荷物
帰宅すると母にトナカイの着ぐるみの修繕を頼んだ。
「みーちゃんもなの?……もしかしてにゃっくと喧嘩したの?」
先ににゃっくのサンタクロースの修繕を頼んだのでそう思ったようだ。
「そうじゃない。一緒に強大な敵と戦ったんじゃないのか」
「なによ、それ」
「俺もよく知らん」
まだ言いたそうな母を残して早々に自室へ引き上げた。しつこく聞かれても本当の事を言える訳ないからな。
リュックを机の隅に置くとノートパソコンの電源を入れた。
「……何故どこにもない?」
帰りの電車の中、スマホでざっと調べてわかってはいたが、パソコンで改めて詳しく調べてみてもやはりどこにも「ここどこ戦記」の在庫はなかった。
駅前の本屋に寄ってみたが、「いつ入荷するかわからない」と言われ、古本屋も覗いてみたが一冊も置いてなかった。
なんなんだよ、この「ここどこ戦記」って本は。
……いや、これが「ここどこ戦記」とやらが普通じゃない証拠か?
売れないから置いてないという考えも捨てきれないけどな。
俺が考えに耽っていると、ドアがノックされた。音はドアの下のほうから聞こえた。
にゃっく?それともみーちゃん?
更にノックされ「どうぞ」というとドアが開き、にゃっくとお揃いのマントを纏ったみーちゃんが入ってきた。
母さん、仕事早いな。
みーちゃんの目は半分閉じられ眠そうな顔でとことこと俺に近づくと机を垂直に歩いて上ってきた。よく見ると足は机に触れていない。
皇帝猫の能力の一つ、<空中歩行>ってやつだ。
でもちょっと無警戒過ぎないか?誰か見てたらどうするんだよ。
みーちゃんは机の隅に置いたリュックを器用にあけると中からポーチを取り出し、またまた器用にファスナーを引いた。
中から一通の封筒を取り出すと俺に差し出し、更にUSBメモリを取り出した。
俺をじっと見ながらUSBメモリをつんつんする。
「それを挿せってか?」
大きく頷くみーちゃん。
俺がノートパソコンにUSBメモリを挿すとアプリが自動で起動し始めた。
画面に凛々しい表情をした皇帝猫のイラストが表示され、
『にゃーん!』
と力強く鳴いた。
誰がモデルだ?少なくとも毛色からみーちゃんではない。
しばらくして皇帝猫のイラストが悲しげな表情に変わり、
『にゃーん……』
と消え入りそうな鳴き声を発してアプリは終了した。
どうやら俺のノートパソコンはこのアプリを起動させるためのスペックを満たしていなかったようだ。
まあ、買ったときに既に型落ち品だったしな。
みーちゃんがイラストと同じように悲しそうな顔を俺に向ける。
「悪かったな。そろそろ買い換えようと思ってはいるんだぜ」
って、なんで俺は猫に言い訳してるんだよ。
みーちゃんは小さなため息をつき?ポーチからマウスを取り出した。
藤原探偵事務所で愛用していたネズミの形をしたマウスだ。
マウスの裏にある電源を入れると俺のノートパソコンとブルートゥースによる自動接続が行われた。
みーちゃんはマウスを掴み、ディスプレイの正面、つまり俺の前に移動すると慣れた手つき?でブラウザを操作しネットショップのページへ飛んだ。
やはり猫にはマウスが似合うな。
なんて俺が思っている間にみーちゃんは新型のノートパソコンの発注処理を始める。
送り先住所入力のところで振り返り俺を見た。
「わかったよ」
俺はうちの住所と受取人として俺の名を記入する。
発注が完了するとみーちゃんは俺のベッドへジャンプし布団に潜り込んだ。
どうやら今日は俺の部屋で寝るつもりらしい。
まあ、いいけどよ。
「それはそれとして、あのバカはどうしてるんだ?」
みーちゃんから反応はない。もう寝てしまったのだろうか。
まあ、直接話を聞くのは無理だからノートパソコンが届いてからかな。
「おやすみ、みーちゃん」
俺は渡された封筒を改めて見る。
宛名は進藤千歳様、俺だ。差出人はない。
俺は封を切り手紙を読む。
内容はとても簡潔だった。
『今後も事件に関わる気があるなら下記に連絡を』
とメールアドレスが書かれているだけだった。
期日が書かれてないってことは返事はいつでもいいってことなのか?
次の日の夜、俺がバイトから帰ってくると玄関にダンボール箱が置かれており、その上にはマントで体を包み丸くなっているみーちゃんがいた。
俺の気配に気づいたらしく、その目がぱっと開かれた。
みーちゃんが自分が乗っているダンボール箱をぽんぽん叩く。
それは昨日注文したノートパソコンだった。
早いな。って、そういや、みーちゃん、あのネットショップの特別会員だったな。
俺がみーちゃんを乗せたままダンボール箱を持って二階に上がろうとしたところで母に声をかけられた。
「みーちゃん、朝からずっと玄関にいたのよ。ぷーこちゃんが迎えに来るのを待ってるなんて、忠犬ハチ公みたいね。あんなおバカな子でも懐かれているのねぇ」
「……そうだな」
なるほど。そう見えたか。
いうまでもなく、それは間違いだ。
みーちゃんはぷーこを待っていたのではない。この荷物を待っていたのだ。
荷物が届いた後は俺を待っていたのだ。正確にはこの荷物を解いてくれる者を、だが。
ダンボール箱の上に乗っているみーちゃんの目は昨日とは違い、輝いており眠気など微塵も見られない。
「そんなにパソコンが待ち遠しかったのか」
みーちゃんはダンボール箱の上からジャンプして俺の肩に乗ると頬を肉球でぐりぐりしてきた。
「急げってか、わかったよ。でもよ、その態度はどうかと思うぞ。その図々しさはぷーこみたいだぞ」
俺の言葉にショックを受けたようで、体がふらつき、俺の肩から落ちそうになった。
どうにか踏ん張って耐え落ちずに済んだが、俺に不満そうな表情を見せる。
「悪かった。ちょっと言い過ぎた。ぷーこみたいは酷すぎたな」
ドアノブはみーちゃんが回した。
部屋に入ると、みーちゃんは俺の肩からジャンプし、机の上に着地した。
そして手招きをする。
ほんとにあるんだな、猫招き。
俺はダンボール箱を開け、ノートパソコンとその備品を机の上に置く。
みーちゃんは電源コードを挿す時間も惜しいのか、バッテリー駆動で立ち上げを始めた。
俺はみーちゃんの代わりに電源コードをコンセントに接続してやる。
みーちゃんがネズミ型マウス、そしてあのUSBメモリを接続した。
今度はアプリは正常に起動したようで満面の笑みを浮かべた皇帝猫が表示された。
画面上では何の変化もなく、しばらくしてアプリは終了した。
結局、そのアプリがなんだったのか俺にはさっぱりわからなかった。
その後、みーちゃんは株チェックを済ませると、ぱたん、とディスプレイを閉じ、俺のベッドへジャンプした。
そして布団の中に潜り込む。
今日も俺のベッドで寝るつもりか。
まあ、いいけどよ。




