番外7 僕達の祭り
大晦日。
時刻は午後十一時を少し過ぎたところだ。
いろんな行事がある中で僕と進藤は月ヶ丘アリーナにいた。いうまでもなく同人即売会に参加するためだよ。
深夜から始まる関係上、零時から五時までは入場制限がされている。十八歳未満は入れないんだ。そのためこの時間帯は所定の場所以外でも十八禁の雑誌類を売る事ができるので二種類用意しているサークルもあった。
僕等漫研の作品はそこまできついものは描いていないので一種類しか用意してない。そんな時間も予算もなかったしね。つかさちゃんにはいろいろなポーズをとってもらったけど、最終的にそのほとんどは使わなかった。でも無駄じゃないよ。いつか必要とする時が来るはず、きっとね。
「よくこんなに集まったな」
「そうだね。でも僕の想定内ではあるよ」
「そういうものか」
進藤の機嫌は悪い。
進藤は漫研部員じゃないし、同人誌に興味があるわけじゃないから、「並ばなくても入れるよ」っていう入場優先権はなんの役にも立たない。
漫研部員は総勢六名。幽霊部員を入れればもっといるけど意味ないから除外。
その中でどうしても抜けられない用事とかで三名脱落。脱落した中には部長も含まれていた。
あれだけ注文つけといて参加しないなんて、ほんとさっさと引退してほしいよ。なんで四年にもなってまだ部長なのかな?就職はどうなってるんだろう?
どうでもいいけど。
結局、残った中で夜間の売り子が出来るのが僕だけだった。規約で最低二人っていうのがあったからつかさちゃんにお願いしたんだけど、
「なんで自分の恥を売らなきゃならないのよ!」
「つかさちゃんだとわかるキャラは描いてないよ」
って言ってもダメだった。
で進藤にお願いしたんだ。進藤にも最初は断られたんだけどあれが役に立った。
そう、「ここどこ戦記」
「ここどこ戦記」の事を話したらとても興味を持ったので手伝ってくれたら貸すって言ったんだ。
僕が古本屋で約十倍の値段で買ったと聞いて、
「バカだな、取寄せりゃよかっただろ?」
って言われたんだけど、その後にメールが来て、
『どこも在庫なしだと、しかも重版予定なしって、なんだこれ?』
そう、それが、それこそが「ここどこ戦記」なんだよ、進藤。
その後も僕は交渉を続け、結局「ここどこ戦記」は売り子代として進藤に譲る事で交渉は成立した。
譲ると言ってもいつでも貸してもらえるから僕は痛くない。逆に保管してもらえるから嬉しいくらいだ。
うちに置いておくとつかさちゃんの八つ当たりで捨てられる可能性だってあるしね。
大袈裟じゃないよ。以前、本当に捨てられそうになった事があったんだ。
……えっちな資料だけどね。
なんだかんだ言いながらもつかさちゃんは朝ごはんを持ってきてくれることになっている。あと新田さんも差し入れをしてくれるらしいし、進藤にとってもそんなに悪い話じゃないんじゃないかな?
まあ、つかさちゃんから新田さんも漫画やアニメが好きって聞いたから進藤目当てではないかもしれないけどそれは黙っておいた。
言わなくていいことってあるよね?
午前零時になったけどオープニングテーマは流れない。オープニングテーマに選ばれたのは今回参加したサークルの投票で選ばれた誰でも知ってる有名なアニメの主題歌だ。
「もう零時過ぎたよな?中止か?帰るか?」
「進藤、それは自分の願望だよ。初めてなんだからトラブルだってあるよ」
「それは残念だ」
結局十分ほど遅れてオープニングテーマが流れ入場が始まった。
「……なんだこれ、深夜にこんなに来るのか」
「うん、感動だね」
今の時間帯、年齢制限もあるし、他の行事もある。にもかかわらず多くの人が詰めかけてきた。言うまでもなくメジャーな同人即売会には及びもしない。使用されている会場だって三分の一程度。メジャー同人即売会で抽選漏れしたサークルが流れてきただけだってネットで叩く人もいた。でも僕はそれでも構わない。だってみんな同人誌が好きで集まってるのは間違いないんだから!
「暇人多いな」
……例外もいたね。しかも誘ったの僕だし。
「……みんな通り過ぎて行くな」
「しょうがないよ。僕等は有名じゃないし。絵は贔屓目に見てもちょっとうまいかなって程度だし。今の時間帯はエロ目的の人が多いと思うよ」
「お前らもエロやるんじゃなかったっけ?」
「僕らのは『エロ』といよりは『えっち』だね。推してたのは部長だけで女子の大反対を受けて変更になったんだ」
「ふうん」
「ところで進藤はさっきから何を聴いてるの?」
「ん?これか?なんも聴いてないぜ。イヤホン差してるだけだ」
「ファッションてこと?」
「まあ、そんなところだ」
ちょっと疑問が残るけどまあいいか。
進藤がしばらく一人で見ててくれるって言うんで僕は一般参加者となりイベントを楽しむことにした。
まず漫研部員に頼まれていた同人誌を手に入れようかな。
さすが年齢制限があるだけあって楽に買える。
今買えるものは全て手に入れた。あとは五時からの年齢制限が解除されてから発売する物だけだ。
今売ってくれればいいのに。
自分のスペースに戻る途中、有名どころのサークルで長蛇の列が出来ているのを見かけた。
メジャー同人即売会で売ったものと同じものを売るんだろうと思ってチェックしてなかったけど、別物だって話しているのを聞いて僕は急いで列に並んだ。
ラッキーだ!
夜間の売り子を引き受けた甲斐があった。一人一冊だったからみんなごめんね。もう一度あの列に並ぶ気力はないし、結構時間も経ってるし、進藤一人に任せても悪いから諦めてね。
僕がスペースに戻ってくると進藤はお客と何か話していた。
あれ?あの子は確か前にファミレスで見た子じゃないかな?
僕の姿に気づいたその少女は一冊買って去っていった。
「あの子、ファミレスに来た子だよね?」
「そうだったか?」
「あとあの子、十八歳未満じゃないの?」
「知らん。本人は否定してたぞ」
「進藤の知り合いなんだよね?」
「知り合いと言えば知り合いだが親しくはない」
「そうなんだ」
あれ?
「もしかして今のの他にも売れた?」
「ああ、二冊売れた。計三冊だな」
「すごいよ!」
「すごいのか?まだこんなにあるんだぜ?」
残り四十七冊。幸先いいじゃないか。
でもそこから二時間売り上げゼロ。
「もしかして進藤、知り合いに買わせた?」
「なんで俺がそんなことしなくちゃならないんだ?」
「そうだよね」
進藤にはこの同人誌が売れようが売れまいが懐は痛まない。
「ちょっといいか?」
「なに?」
「さっき買ってきたそれ、全部でいくらするんだ?」
「三万くらいかな」
「……は?」
「あ、全部が僕のって訳じゃないよ。 僕の分は六千円くらい」
「……」
うわー、引かれちゃったよ。「これで全部じゃないよ」とは言わないほうがいいな。
「これ、一冊六百円だから全部売れても三万円だよな?」
「そうだね」
「利益出るのか?」
「まあトントンかな。参加することに意義があるんだよ。同じ趣味を持ったもの同士でイベントを楽しむ!」
「ふうん」
進藤には理解できないか。しょうがないよね。
進藤が大きな欠伸をした。
僕はしっかり寝てきたから大丈夫だけどファミレスのバイトから連チャンの進藤はちょっと辛そうだ。眠気覚ましに缶コーヒーを飲んでるけどあまり効果はないみたい。
「進藤も楽しんできたら?一回りするなら今のうちだよ。五時過ぎたらもっと人が多くなると思うし」
「別に同人誌に興味ないしな」
「コスプレもあるよ」
「たぶん見ても誰のコスプレかわからんしな」
「かわいい子もいたよ。年齢制限が関係あるかわからないけど過激なのもあったよ。そういえばボディペイントしてる人もいたかな」
「……しょうがないな。そこまで言うならちょと回ってみるか」
「五時まで戻ってきてくれたらいいから」
「わかった」
進藤は三十分も経たずに帰ってきた。怒っているように見えるけど気のせいだよね。
「皇」
「なに?」
「ボディペイントしてるの男じゃないか」
「え、僕、女性だなんて言ってないよ」
「……」
「でも目が覚めたでしょ?」
「お陰様でなっ!」
午前五時。
再びオープニングテーマが流れた。
全年齢対象の真なる同人即売会のスタートだ。
「……なんでこんなに人がいるんだ?電車動いてないだろ?」
「並んでいたみたいだね」
「この寒い中をか?年齢制限の意味あったのか?」
「そうだね、次回の課題かな」
幸いにも揉め事は起きていないようだった。
「お前の嫁はいつ来るんだ?」
「ちゃんとは聞いてないけど七時くらいじゃないかな。たぶん新田さんも一緒だと思うよ」
「仲良いよな」
「うん、よく電話やメールしてるし、友達が増えてよかったよ」
「そうか。で、俺の朝飯もあるんだよな?」
「大丈夫だよ」
つかさちゃんは僕の予想よりちょっと遅く七時半に現れた。新田さんも一緒だ。
つかさちゃんは不機嫌そうな表情をしている。
あ、これは本当に機嫌が悪いよ。
「この寒い中、三十三分四十五秒も待たされたんだけど」
「ごめんね、でも助かったよ。僕達お腹ペコペコだよ、ね、進藤」
「ああ」
「じゃあ、どっちが先に行く?」
「先に行っていいぞ」
「進藤、お腹空いてるんじゃないの?」
「ああ、だから早く済ましてこいよ」
流石に今のつかさちゃんが機嫌悪いのは誰でもわかるよね。
「わかった」
「皇君、私も店番してようか?」
「それは助かるけどいいの?」
「ええ」
「じゃあよろしく」
「せりす」
「何?」
「泣き寝入りはダメだから」
「さっさと行け!」
サークルスペースでは飲みもの以外は禁止されている。お菓子くらいなら注意されないかもしれないけど弁当は流石にアウトだろう。だから僕とつかさちゃんはサークル参加者専用の休憩場所へ向かった。
時間的に結構混んでいたけど、二人座る場所はなんとか確保できた。
朝ご飯はおにぎりと味噌汁だった。
「つかさちゃんが作ってくれたんだ」
「零ごときのご飯を親に作らせるわけにはいかないでしょ」
とちょっと顔を赤らめるつかさちゃん。
「進藤の分は?」
「せりすが用意してる」
「そうなんだ」
「あの二人って付き合ってるの?」
「よくわからないんだよね。つかさちゃんから見てどうかな?」
「さあ?私そういうの疎いから」
「僕もなんだよね」
「零はそういうの『も』でしょ!」
「そうだね」
「……何笑ってるのよ?」
「なんでもないよ、いただきます」
僕達が戻ってくると同人誌が五冊売れていた。
「……なんだろう?僕が席を外すと売れるよね。僕、厄病神なのかな?」
「いや、今回は新田さんのおかげだ」
「そうなの?」
「私は別に」
「大学の奴が買ってった、みたいだ」
「そうなんだ。ありがとう、新田さん」
「だから私は何もしてないから」
「まだ続きがあるぞ」
「なに?」
「去り際にみんな俺を睨んでいきやがった」
「まあ、進藤は一度噂になったしね」
「ああ、そういえばそんなこともあったわね」
うーん、新田さん普通に流したなぁ。やっぱり僕にはつかちゃん以外の女の子のことはわからないや。
進藤と新田さんが休憩所に向かい、僕とつかさちゃんが売り子になった。と言っても座ってるだけだけどね。
「九時までだっけ?」
「うん、そこまでで僕の担当は終わり。終わったら一緒に見て回る?」
「この人混みを?ゴミの中を?」
進藤より反応悪いな。
「すっごい嫌そうだね」
「私はいいわ。せりすとどっかでお茶して帰る」
「わかった」
進藤達は三十分程で戻ってきた。その時には僕達のあとに売り子をする先輩二人がもう来てくれていた。
「せりす、変なことされなかった?」
「失礼だな」
「大丈夫よ」
「え、新田さんがなんで⁈」
「?」
新田さんが不思議そうな顔をする。ま、そうだよね。二人とも僕達の学科の一年先輩で新田さんが知ってるわけがない。先輩達が知ってるのはそれだけ新田さんが有名だからだ。
「新田さんはつかさちゃんの友達で朝ご飯は運ぶのに付き合ってくれたんだ」
すでに紹介を済ました僕のお嫁さんの友達という事でとりあえず納得してもらおう。あとは若いお二人に任せるよ。
っていっても先輩達は内気だからこれ以上聞いてくることはないと思うけど。
つかさちゃんと新田さんは帰っていった。
ごはん、ありがとうね。
あとで聞いたんだけど二人でちょっと回ったらしい。新田さんはゲームを購入し、つかさちゃんはコスプレに何か思うところがあったみたい。そのうちわかると思う。
交代まで残り三十分、進藤はウトウトしている。お腹がふくれたことで眠気が再び襲ってきたみたい。
交代要員の先輩達には五時から販売されている一般向け同人誌を買いに行ってもらっている。帰ってきたところで交代という事にしたんだ。
僕とつかさちゃんが売り子をしてる時に二冊売れたんで残り四十冊。
うーん、男性比率高いから売り子は女性の方が良いのかな。別に呼び込みしてないのに売れたんだよね。まあ、それだと内容関係ないみたいで複雑だけど、まず読んでもらわないと始まらないしなぁ。これは次回の課題だな。
今回、完売は無理だろうけど僕はやってよかったよ。




